まだ少し昼間の暑さが残っているが心地よい風が吹いていて、周りは波の音しか聞こえない静かな8月中旬の夜の浜辺。ユミとリエはチューハイの缶を片手に海を眺めていた。ビーサンなんかその辺に脱ぎ捨ててきてしまったから裸足だった。どこにおいてきたかわからないし、裸足で帰る羽目になってしまっても文句は言えない。それでも二人は何も気にしなかった。なにもかも忘れて、世間から離れたくなって、広々とした海を目の前に解放的な気分に浸っていた。


「あたし海で溺れたことあるんだけど、そのとき海水飲み込んですっごい苦しい思いをしたの。海ってほんとにしょっぱいんだなぁって実感したよ」

突然、リエが沈黙を破った。

「へえ」
「溺死が一番苦しい死に方だっていうけど、特に海で溺れ死ぬのは絶対やだ。どぶ川の方が幾分かマシ」
「そう」
「海ってなんでしょっぱいの?」
「わかんない」


普段おとなしいリエなのだが今日は喋りっぱなしだった。ユミは引き付けられるように海を見つめていて、ほぼ上の空状態だった。リエはチューハイの缶を一気に空にしてしまった。


「あんた飲むスピード速すぎだって。さっきから何本飲めば気がすむわけ?」
「わかんない。今日はなんか飲みたい気分なの」
「一応未成年なんだからさ。控えめにしときなよ?」
「ぶー」


リエは波を蹴っ飛ばした。ばしゃっという音がして、水しぶきがあがる。そしてまたぐいっと飲んだ。ユミは豪快に飲むリエとは正反対にちびちびと飲んでいて、今のバイトをやめようかどうかとか、将来はどうしようだとか、叶いそうにない片思いの相手のことなどを考えてぼんやりしていた。このことを忘れるために海にきたのに意味がなかったけれど、それしか考えられなかった。

ユミはすすり泣く声を聞いた。最初は空耳かと思ったのだが、リエの方を向くとリエが海を睨みつけて泣いているのを見た。


「あーあ、アルコール?泣き上戸?」

気まずい雰囲気にならないように、苦笑いして面白がってるように言った。

「……あのさあ」
「なによ?」

「あたし一人じゃ絶対生きていけないって思うの」
「…そりゃあんたはね。」

その言葉とともに大きなため息が出た。ユミはこういうシリアスな雰囲気が苦手だった。だからさっき明るく振舞ったのに。

リエは泣き続けていた。

「よくわかんないけど今、もし家族や友達がいなくなったら自分はどうするかってことを考えてみたの。そしたら家族や友達がすっごい大切に思えてきて」

「それで思わず泣いてるわけ?」

「でもいつかはあたしから離れていっちゃうでしょ。家族の場合あたしが嫁ぎがないで実家に残っていればいいけど、それでもいつかは離れて行っちゃう。だって死んじゃうんだもん。」

「………」

「今のままがずっと続けばいいなっていつも思うの。でもそんなの無理なんだよね」

「………」

「なんでみんなみんな変わっちゃうの?このままでいいのに」

「リエ…」

「子どもの頃やちょっと前のあたし、早く大人になりたいってずっと思ってたの。成人したら都会で一人暮らしして、部屋はおしゃれにしようとかバイトはあのカフェがいいなとか色々考えてたの。でも、自分のことに精一杯になってて大切な人から離れることばかり考えてて、バカみたい。自分。」

「そんなこと…」

「将来大切な人を失って、あのときもっと一緒にいればよかったって後悔するのが怖いの」


リエはしばらく泣き続けていた。ユミもつられて泣いた。リエが言ったことに対して泣いたし、自分自身の悩みに対しても泣いた。今のユミは全てがうまくいってなかった。今思いっきり泣いてすっきりしてやろう、と思ったけれど、泣いたところでどうなることではないということに気付き、途方にくれて泣いた。