もうほとんど昼に近い時間に起床し、パジャマのままリビングへ向かう。誰もいない家。テレビをつけると、43歳の男性が刃物のようなもので腹部を数ヶ所刺され死亡、というありがちなニュース。テレビを消して、下着と去年買ったTシャツとジーンズを持って風呂場へ。洗面台の鏡にひどい顔が映る。これは私。鏡に映る自分を殴る気力もなく、着ていたものを脱ぎ散らかして、シャワーを浴びる。これで汚いものは水と一緒に流れていく。でも流れていくのは外側についた汚れだけで、内側についた汚れはシャワーでは落とすことができない。ラズベリーの香りのボディソープで身体を洗っても同じこと。私はキャミソールとジーンズだけ着て、濡れた髪のまま、ラズベリーの香りを漂わせてキッチンへ向かう。コップに水をなみなみ注ぎ、一気に飲み干しているとき、今日の私のしていることは何かの映画のワンシーンみたいだ、とぼんやり考える。

映画といえば、昔のフランス映画の『ベティ・ブルー』。原題は『37.2℃』、人の常温より少し高い温度のこと。この映画をビデオで見て物凄い衝撃を受けて、次は絶対この映画のような恋をしようと心に決めた。それから半年くらい後にできた彼は、責任感が強くて包容力があって、ゾルグにぴったり。だから私は子供っぽくて感情の波が激しいベティになりきる。

都会とも田舎とも言えない中途半端なこの町が、私にはフランスの町のように思えてきたのだった。そうすると、さえないサラリーマンも、腰の曲がった老婆も、ぼろぼろの看板も、なんでもお洒落に感じる。私は映画の主人公になった気分で、少し微笑みながら、頬を赤く染めて、小走りで彼の家へ向かった。

彼はアパートの2階に住んでいる。ゾルグの家の玄関も階段を上がったところにあるから、家が浜辺にないことに目をつぶればばっちり。ドアチャイムがあるのにわざとドアをとんとんとん、とノックする。3回くらい繰り返したところで彼がでてきた。白いランニングのシャツを着ている。映画ではどうだったかしら?まぁそんなことはどうでもいいわ、ストーリーを進めなきゃ、と思って
「あたしに会えてうれしい?」
ってベティを真似て、少し上目遣いに言った。ここでゾルグは「別に」と言う。彼からその言葉を期待していた。のに
「ああ、すごくうれしいよ」
なんてつまらない男!と思って、機嫌を損ねてそのまま帰ってやろうと思った。けどそんなことで帰られたら相手の方が不愉快になるに違いないので、そこはぐっとこらえて
「抱いて」
ってベティを真似て言ってみた。彼は要求どおり抱いてくれた。それでいいのだ。
あとは私がヒステリーを起こして部屋を荒らしたりフォークで刺してしまうほどのいや〜な人間が登場してくれればいいんだけど。人々は私たちには無関心だった。