●破魔の願い●

  by 北村K介 

 

ビュンッ!!

アオシマの顔面髪の毛一本程の前を、優美な装飾を施された細身の杖が横なぎに払われた。

「ちょっとぉ!」

飛びすさりながら叫ぶ。

運悪く小石に躓き、足が縺れたところに再び杖が振り下ろされる。

「痛ってえぇ!」

容赦なく脳天めがけて振り下ろされた杖を、避けようとしたが避けきれず、したたかに

かざした上腕部を打ち据えられた。

「もーう許さねぇかんな!」

アオシマは持っていた片刃の剣を、クルリと反転させた。

よせアオシマ!という室井の声が聞こえた気がしたが、この際無視する。

自分を睨んでいるシンジョウが、再び杖を振り上げ、襲いかかってきた、そのとき。

「でぇえいっ!!」

音声を響かせ、シンジョウに剣を向けた。

倒れるシンジョウ。

彼はそのまま起き上がってこなかった。

「アオシマ!!」

咎めるムロイの声に、「もちろん、手加減しましたよ!」と大声で返して、再び剣を持ち直して

走り寄った。

「てぇい!」

剣を閃かせ、ムロイが相手にしていた二匹のモンスターのうちの一頭を薙ぎ払う。

止めを刺して振り返ると、もう一頭をムロイが仕留めたところだった。

オオバヤシは?とこうべを巡らすと、自分の周りに山のように落ちている戦利品を集めている。

それを見て慌てて自分の周りも確認する。

あるある、薬草、おっ、キメラの翼!

嬉々として拾っていると、後ろから頭をはたかれた。

中腰だったので、前につんのめってしまう。

「酷いですよぉ、ムロイさん」

土で汚れた顔で、恨みがましく見上げる。

冷たい目で見下されて、冷たい声で言い渡される。

「先にすることがあるだろ」

逸らせた顎先で、指し示された先には、まだ動けずにいるシンジョウがいた。

 

「だってですねえ!ここんとこずっとですよ!

 混乱して、しかも俺ばっかやられてんですよ!」

ぶすくれたアオシマが尖らせた口で言い募る。

そうなのだ。我等がパーティーの魔法使い殿は、ここのところすぐモンスターの

「メダパニ」にやられてしまう。

ここら辺りがそう強力なモンスターの出る地域ではないため、なんとか凌いでいるが、

やはり強力な魔法使いの混乱は、できればご遠慮ねがいたい。

ただ唯一の救いは、混乱したシンジョウが、魔法力ではなく、体力を使った攻撃で、暴れること。

しかもターゲットはアオシマに限られている。

「混乱してても、冷静な判断をしている、ってことだな」

「混乱してる奴に冷静な判断もなにもあるわけないっしょ!?」

叫ぶアオシマのあとに、オオバヤシが続ける。

「では、本能で、自分の敵を見定めている、ってことでしょう。日頃の恨みを忘れてないって

ことですね」

「恨み、って…俺が何したって言うんスか?!」

ムロイとオオバヤシは、顔を見合わせる。

目で会話をした二人は、交互に続けた。

「シンジョウが取っておいたスィーティーを、食ってしまった」

「ダンジョンの階段で、シンジョウさんのマントの裾を踏んで転ばせました」

「シンジョウの杖の飾りを弄っていて、毀してしまった」

「アオシマさんが追い回したスライムが、シンジョウさんのマントに張り付きました」

「水場に裸で飛び込んで、側にいたシンジョウをずぶ濡れにした。シンジョウは服着てたのに」

まだまだ続けようと口を開いたままの二人に、恨みがましい視線を向けるアオシマ。

「なんで俺のしたことだけ、そんなに覚えてンのよ?(小声)

 シンジョウさんだって、俺に色々してるじゃないスか?」

二人は、またもや顔を見合わせた。そして同時に口を開こうとしたのを見て取って、自分の

味方はいないことを、アオシマは悟った。

そこに、小さなうめき声が聞こえてくる。

「あ、シンジョウさん、気付いたみたいっスよ?」

これ幸いとダッシュで二人の前を離れて、シンジョウのもとに駆け寄った。

意識を取り戻しかけて身じろぎしているシンジョウの身体を、引き起こしてやりながら、

アオシマは「あれ?」と思った。

何が何なのかわからないが、シンジョウのいでたちに違和感を感じる。

(何だ?)

思考が頭の中で答を形作る前に、パッと目を見開いたシンジョウに、意識を取られた。

「触るな!」

バシッ!!

大丈夫か、と声をかけるまもなく、アオシマは張り飛ばされていた。

混乱しててもしてなくても、することは一緒じゃん、と冷たい地面を背中に感じながら、

アオシマは思った…。

 

 

「ああ〜、いい匂い。腹減った〜」

宿屋のドアを開けた途端、漂う食欲をモロに刺激する匂いに、ため息まじりの感嘆の声を

あげるアオシマだった。

「いらっしゃいませ〜」

ゾロゾロとドアを潜る一行に、明るい声が掛けられる。

ここの宿屋もよくあるように、一階は食堂を兼ねているようだった。

カウンターの奥の厨房らしきところから、年若い娘が出てきて、にっこりと笑う。

そこそこ賑わっている店内を見回し、隅の空いていたテーブルへと向かいながら、身体を

捻ってアオシマが言った。

「葡萄酒ね!何か食べさせて!腹一杯!お勧めは何?」

腰を落ち着けた一行のもとに、すぐに女将らしき女性が酒杯を4つ提げてやってきた。

その後に先程の娘が、何か盛られた皿を提げて続く。

女将がみんなに酒杯を配っている横で、娘はその皿を、迷うことなくシンジョウの前に置いた。

「はい。香辛料の配合を少し変えてみたんですけど。お口に会うかな?」

皿には、良い匂いと湯気を立ちのぼらせる、カレーが山盛りで入っていた。

「?まだ何も頼んでないけど」

アオシマが不思議そうな顔で娘に尋ねる。

「黙ってろ!」

不機嫌そうに言ったシンジョウは、さっさと皿に手をつけていた。

何で?と娘に尋ねようとしたアオシマだったが、そのときにはもう、娘はムロイとオオバヤシの

注文を厨房に伝えるべく去ったあとだった。

「え?え?何?どうなってるの?」

一人混乱するアオシマだったが、誰も彼に答はくれない。

シンジョウは黙々とスプーンを動かし、皿の中身を消費していった。

「おまちどうさま〜」

先ほどの娘が、他の料理を運んできたときには、シンジョウは既に食べ終えていて、娘に

一言、「うまかった」と言って店を出て行った。

「なんだ、それ?」

いつも以上に不可解なシンジョウの行動に、アオシマはただ首を捻るばかりだった。

 

 

がつがつと口に押し込むペースが、やっと一段落したころ、青島は皿を下げに来た先ほどの

娘に声をかけた。

「ねえ、君」

「ナツミです。」

「ナツミちゃん、シンジョウさんと知り合いなの?」

「シンジョウさん、ていうんですか?あの人?」

娘がぱっ、と顔を輝かせて言った。

「え、知らなかったの?」

「はい、よく来てくれるんですけど、お名前は聞いたことがなくて」

「よく…って、よく?」

「はい。1週間に一回ぐらいは」

「えー!?」

大仰な声をあげるアオシマを、ムロイが机の下で足を蹴って咎めた。

「別にそれほど驚くことじゃないでしょう。キメラの翼かルーラなら、すぐですし。」

オオバヤシの言葉に、ムロイを睨みつつ向こう脛をさすりながら、ああ、なるほどね〜と

アオシマは大きく頷いた。

娘は笑って、そんなアオシマに話しかける。

「あの人、うちのカレーを気に入って下さったみたいで。」

嬉しそうに続ける。あ、あたしが作ってるんですよ。と。

「いつもカレー食べてくれるんで、最近は注文取ったりしないんです。

 始めは、難しそうな顔して食べてるから、怖い人かと思ったんですけど。

 全然そんなことなくて」

優しい瞳をして喋る娘を見て、アオシマは「おや」と思った。

これは、ひょっとしてひょっとすると…

そのとき、アオシマの眼が、娘の胸元に吸い寄せられた。

「それ、って…」

娘の胸元には、見覚えのある美しい細工の首飾りが光っていた。

「シンジョウさんに貰ったんです。」

ビンゴ!アオシマは心の中で叫んだ。

シンジョウを見て、感じた違和感の正体はこれだ。

さっき浮かんだ考えも、きっと間違ってない。

これは、あれだよ。あれですよ。

「綺麗ですね、って言ったら、下さったんです。」

お守り代わりだから守ってくれる、って。

輝くような笑顔で告げる娘に、アオシマは心の中で「ごちそうさま」と呟いた。

 

「もーシンジョウさんたら」

アオシマは、ぶつぶつと言いながらシンジョウを探していた。

お目当ての武器屋での買い物も無事終わり、そろそろ出発しなくてはならない。

四つ辻のところで、アオシマはムロイを振り返る。

オオバヤシは、街の外れで荷物の番をしながら待ってくれている筈だった。

「俺、こっち探しますから。ムロイさんはあっち探して下さい。」

後で落ち合うことにして、二手に別れた。

ムロイは、アオシマに指示された方向へ、足を進めた。

小さな商店や民家が軒を連ねる通りを、小柄な魔法使いの姿を求めて歩く。

不意に開けた通りの先に、小さな噴水の広場があった。

子供や、奥さんや、お年寄りが、遊んだり、お喋りしながら午後の時間を楽しんでいる。

見回すと、色とりどりのタイルに彩られた噴水の縁に、ぽつんと見慣れた男が腰掛けていた。

「シンジョウ」

声をかけ近付くと、はっとしたシンジョウが顔を上げた。

「こんなところにいたのか。行こう、出発だ。」

ムロイはそれだけ言うと、素早く踵を返して、待ち合わせの場所へと歩き始めた。

何も聞かないその背中に、少しだけ感謝して、シンジョウも慌てて後を追う。

ムロイは、隣に並んだシンジョウの気配を感じて、懐からあるものを取り出した。

「ほら」

顔も見ずに、歩みも止めずに、ムロイが差し出したそれを、戸惑いながら受け取るシンジョウ。

「?」

シンジョウは、自らの手にあるものに、じっと視線を当てた。

「敵の魔法から身を守る、サークレットだそうだ。

 薬草を買いに行ったところに、たまたまあったんだ。」

「……。」

一瞬、言葉が出ないシンジョウ。少しの間を置いて、やっと言えた言葉は、

「高かったでしょう、これ…」だった。

横目でチラ、とシンジョウを見やりながら、ムロイが言う。

「アオシマが、剣を買うのをやめたんで、金が余ったんだ。」

そのときのアオシマを思い出して、ムロイの口許が優しく緩む。

「武器のランクを上げなくても、腕のランクが上がったんで、大丈夫だそうだ。

 買うならもうワンランク上のを、次買うだと」

シンジョウは、そっとサークレットを握りしめた。

少し悔しそうな顔をするシンジョウが可愛く見えて、ムロイは微笑を堪えるのに苦労した。

 

 

「あ、ムロイさん!シンジョウさんいたんスね?」

向こうから、能天気な笑顔をした男が、駆けてくる。

忌ま忌ましい、とシンジョウは心の中で舌打ちする。

ほんの少し、染まった自分の耳に、気付かないフリして。

鼻の奥が、少しつんとしたのは、きっと気のせいに違いない。

「もー、駄目ッスよ、子供が一人歩きしちゃ」

いつもの軽口をたたく男を、ひと睨みしてやる。

「誰が子供だ、お前じゃあるまいし。」

こっちを向いて立つアオシマの横を、スッと通り抜ける。

「口の周りに、カレーつけてるような奴を、ガキ、と言うんだ」

通り抜けざま、ジンジョウが放ったセリフに、慌てて口許に手をやるアオシマ。

目の前に立っているムロイに、情けない顔して言う。

「ホント、ついてるんですか?」

「ああ」

笑いを堪えて言うムロイに、恨みがましい視線が向けられる。

「酷いッスよ!なんでもっと早く教えてくれなかったんです?」

俺このままで、武器屋も何も、街中歩き回っちゃいましたよ!と、情けない声で言うアオシマの

頭をポンポンと撫でてやって、ムロイもシンジョウに続いた。

ゴシゴシと口許をこすりながら、アオシマも身を翻す。

街の外れでは、オオバヤシが待っている。

さあ、あたらしい冒険に出発だ。

 

 


K介先生、踊るドラクエ小説第2弾、

どうもありがとうございました〜♪(*^o^*)/ 

 きゃ〜っ、新夏ですよ奥さんっ♪ 

大好きな新夏で頂けるなんてすごく嬉しいです〜!! (><) 

それなのに相変わらずセンスの欠片も無いタイトルの付け方でスミマセン(^_^;;) 

心温まる可愛いお話にほんわか幸せな気持ちになれました♪(うっとり) 

 ナツミに譲った首飾りにはきっと愛しい者を魔物から護りたい 

シンジョウの破魔の願いが込められているんですね♪ 

メダパニにやられたシンジョウに攻撃されるアオシマ笑いました(笑) 

 ムロイさんの友情もいい感じです(はぁと) 

素敵なお話を本当にありがとうございました〜♪(*^o^*)/ 

 

★蛇足の映像作ってみました(笑)★

 


モドル