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Eternal.



おおよそ警察官には見えない男達が交差している。
―警察庁。ここで働くものたちは国家公務員であり立派な“お役人”である。
元刑事だった男達。もはやその面影すら残っていない。

――私ももう警察官には見えないのだろうな・・・。
「局長?」
一瞬足を止め行き交う男達を眺めていた室井に、側にいた男が声をかける。
見れば三人のSP達が困惑の表情を浮かべていた。
「ああ、すまん」
室井は少々感傷的になった自分を無理矢理追い払い、何事もなかったかのようにいつもの自分に戻る。
「ここまでで結構だ。ご苦労様でした。」
今日一日警護してくれた専属のSP達に礼を言い、タイミングよく来たエレベーターに逃げるように飛び乗った。お疲れ様ですと言うSP達の声は閉まるドアにかき消された。

一人になりエレベーターの中でほっと息をつく。
室井は自分が刑事警察の頂点に立つ男であることは十分認識している。
警察庁刑事局刑事局長―それが現在の室井の肩書きである。
それでも警察官が警察官に守られるという事に、室井は今だに慣れないでいた。
官僚に対する警備員の縮小・・ここ数年室井が働きかけている提案は、他の局長クラスに阻まれ実現する見通しはなかった。
――なかなか上手くいかないものだな・・。
一つ一つ上がっていくエレベーターのランプを睨みつけながら、室井は一つため息をついた。

警察庁に席を置いてからというもの、定時に帰れないということはよほどの大きな事件が起きない限り、まずありえない。公用車を用意するという部下の申し出に、昼間本庁管轄下で起きた一つの事件が解決したと報告を受けた事をふと思い出す。公用車は不要の旨を部下に伝えると、月に数回ある局長のこの返事に部下はさして気にする風でもなく、失礼しましたと局長室を出ていった。

タイミング良く室井の携帯電話が鳴る。携帯の表示を見なくとも誰かはわかっていた。
「室井さん?」
思った通りの人物の声が飛びこんでくる。
「ああ、終わったのか?」
「はい、ひとまず。現場検証は明日からです。」
さすがに疲れているようだな。
「会えるか?」
「もちろんです!」
とたんに元気になる恋人の声に思わず苦笑する。
どんなに疲れていても、会ってしまえば疲れなんて吹っ飛んでしまう事ぐらいお互い自覚している。
「下にいろ。」
長電話の必要はない。
すばやく身支度をし、室井は局長室を出た。

人事院の正面玄関の前に丁度たどり着いた時、室井の携帯が鳴る。
「どこにいる?」
室井はざっと周りを見まわす。
「対向斜線に止まっているタクシーです。」
一台のタクシーがハザードをだして止まっていた。急いで道路を渡り青島が待っていたタクシーに乗り込む。室井はタクシーが二つのビルから離れていくのを見やってから、ホッとしたように声を落として青島に話しかけた。
「はやかったな。」
「隣ですから。」
青島は小さくなっていく警視庁を目だけで追う。
警視庁捜査一課三係、彼が配属されてから二年が経つ。
お互いお疲れ様と言い合った後、青島がとりとめない近状報告や世間話をはじめた。
なんでもないフリをする。上司と部下、もしくは友人同士に見えるように。はやる心が見えないように。
青島は面白おかしく話を盛り上げ、室井は合間合間に相槌を入れ熱心に彼の話に耳を傾ける。
けれども、かすかに触れている二人の肩が車の振動で揺れる度に、相手の体温を意識してしまう自分達を痛いほど自覚していた。



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青島の指がゆっくりと室井の髪を梳いていく。
室井は行為の後の甘く心地よいけだるさを味わう。
「室井さん?」
「・・・ん。」
まだ瞼が重い。室井は目を閉じたまま返事をする。
「今日、電話の声、少し疲れてた。」
――やっぱりバレてしまうのだな・・・。
「今日、全捜があってな。」
「・・・ああ、なるほど。」
それは大変でしたね、青島は言葉を交わす代わりに、室井の髪を耳の後からうなじにかけてゆっくりと撫でた。
全国捜査担当者会議。警察庁刑事局が主催する、全国都道府県警察本部の刑事部の課長クラスが一斉に会する全国会議のことである。
そういえば今日一日一課長と理事官が不在だった為、すべて管理官が仕切っていたな、と青島は思い出す。
刑事捜査の課題や今後の方針などを取り決めるこの会議で、各本部の叩き上げの“刑事”達が原則的には捜査指揮権ない警察庁の言う事を素直に聞かないだろうという事は必至。一筋縄ではいかない彼らをやり込める事に室井が苦労したであろう事は、容易に想像つく。
“今日全捜があった”室井はそれ以外は何も言わなかった。
室井のその一言で青島はすべてを理解してくれただろうから。
青島もそれ以上は追及しなかった。室井の表情を見て、彼がもうこれ以上話すつもりはないと悟ったからだ。

「青島、お前は?」
やっと事件解決したんだろ?
室井の双眸がまっすぐに青島に向けられる。
大変に決まってる。本庁捜査一課、現場最前線である。
かつて所轄で自分の仕事を頑張ると言っていた青島がここまで上がってきてくれた。
本庁と所轄の枠を取り払い正しい事が出来る様にしたいと言う、室井の改革を実現するために。
「もう、大丈夫です。室井さんに会ったら辛かったのなんて吹っ飛んじゃいました。」
年を重ねさらに男らしくなった青島は、これだけは昔と全く変わらない少年のような笑みを室井に見せる。

ああ、変わらないものはもう一つ。
いつまで経ってもこの恋は冷めないな、室井は年下の恋人にそっと囁いた。



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     年齢設定・・・どうしましょう。
     一応局長クラスの階級は警視監。警視監は48〜49歳でなれます。
     入庁して30年くらいでうまくいけば刑事局長にもなれます。 
     その2つを踏まえて順風満帆にいけば48〜52歳くらいなんですが。
     室井さん、浪人してないけど順風満帆じゃないよねぇ・・・。
     一倉さんは官房長あたりか。
     

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