一番下へ

お国自慢 メモ帳(2) H15.5.14〜

 このページは、これまでにお寄せいただいたご意見や質問、お気づきの話題などをまとめてみました。
 過去の「メモ帳」は、こちら→  (H14.10.28)〜10 (H15.4.10)〕

20 日本三大伊勢・伊勢三宮

⇒   大林憲司さんより   2005/04/17(Sun)

 …久しぶりの情報書き込みです…
 ☆ 日本三大伊勢
「伊勢神宮」「元伊勢神宮」「宗像大社」

 ごく最近知ったのですが、福岡県の宗像大社は「裏伊勢」と呼ばれているそうです。
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/5856/jinjyabukkaku/munakata-taisya.html
http://kokoro.sytes.net/area07/munakata.html
 まあ、宗像大社の御祭神は伊勢神宮の天照大神の娘だとされているので、 そう呼ばれても不思議はないような気がします。
 その「裏伊勢」に「本家」と「元伊勢」を加えれば、日本三大伊勢ということになるでしょう。
 ただー、元伊勢を名乗るところがいくつかあるらしいので、 すっきり三つにまとまるかどうかわかりませんが…

 元伊勢の参考リンク
http://inoues.net/tango/motoise_shrine.html
http://www5.ocn.ne.jp/~miyosino/kamigami_001.htm
http://www5.nkansai.ne.jp/com/tankai/konozinnzya.htm
 これはこのとおりで、特に問題ないのですが…
 三大伊勢のことを載せてくださってありがとうございます。

 ところで、伊勢神宮は「内宮と外宮」から成り立っているので、 「元伊勢」皇大神社・豊受大神社という表記にした方がいいかもしれません。

 それから、宗像大社も辺津宮・中津宮・沖津宮の三宮の総称なので、 単に「宗像大社」でいいのではないでしょうか?
 それから、「宗像大社は天照大神の御子神である宗像三女神をまつり、 裏伊勢とも呼ばれる」という一文を付け加えた方がわかりやすいと思います。 (私は昔から宗像大社には行ってましたが、「裏伊勢」と呼ばれていることはつい最近知ったばかりですし…)
 なお、宗像大社は立派な神社ですが、門前には小さな茶店と宗像市経営の物産館があるだけだという、 ものすごくのどかな所です。観光地だと思って行ったら意表つかれます(笑)。m
 ここも、結局のところ、シンプルに、 伊勢神宮、元伊勢神社、宗像大社とさせていただき、説明書きについては、 当該神社名の上にマウスを載せると説明書きが出るようにしました。
これでなんとかクリア…と思ったのですが、
 そこは天下の“お伊勢さん”
 修正ありがとうございました。

 ところで、伊勢のことを調べていて「伊勢三宮」とかいうものもあるらしいです。
 滝原宮のところに出てきたので滝原宮が入っているのは確かなんですが、後の二つはまだわかりません。
(内宮・外宮・滝原宮? あるいは内宮・外宮をひとつと見て、伊雑宮を加えたのかも……)
 なお、これらは伊勢神宮ファミリー(なんと125社!)に入っているので、 三大伊勢とはちょっと違うかと思います。
 えぇっ…と思いつつも気を取り直して検索してみると…
 どうも「伊勢三宮」という言葉で検索してもほとんど引っかかってきません。
 それで、 こんなページを見つけたもんで、 よく分からないながらも、勝手に推測をして、

 皇大神宮(内宮)
 豊受大神宮(外宮)
 別宮(べっくう)

の三宮のことでないでしょうか…

 ところが、この「別宮」は、内宮に10箇所、外宮に4箇所、合計14あるそうです。

 荒祭宮(あらまつりのみや)風日祈宮(かざひのみのみや)月読宮(つきよみのみや)月読荒祭宮(つきよみあらまつりのみや)伊佐奈岐宮(いざなぎのみや)伊佐奈弥宮(いざなみのみや) 滝原宮(たきはらのみや) 滝原竝宮(たきはらのならびのみや)伊雑宮(いざわのみや)倭姫宮(やまとひめのみや)
 多賀宮(たがのみや)風宮(かぜのみや)土宮(つちのみや)月夜見宮(つきよみのみや)

 とにかく、三市三郡にまたがり、別宮(べつぐう)摂社(せっしゃ)末社(まっしゃ)所管社(しょかんしゃ)なども含めた総称である「神宮」は、 「すご〜い」ということが分かりました…

 と、極めて個人的な結論付けをしてしまったのですが…
 検索にかけてみたところ、「内宮」「外宮」「伊雑宮」が「伊勢三宮」とのページが見つかりました。
 どうも昔、伊雑宮が内宮・外宮と自分を並べて「伊勢三宮」と称したところ、 伊勢神宮から怒られてあんまり言わなくなったような感じです。 (神道では伊勢神宮はあらゆる神社に超越している存在ですから。)

 ただ、伊勢神宮ファミリー125社の中でも天照大神を祭っている神社は、 「内宮」「伊雑宮」「滝原宮」の三つですから、「伊勢神宮(←内宮と外宮を一つと見て)」 「伊雑宮」「滝原宮」を「伊勢三宮」と見るのが一番すっきりしているのかもしれません。
 トホホッ
 そこまで指定して書いてあるページがあったんじゃ、推測で言ってみたところで無駄ですね…
 “お伊勢さん”…あんまり奥が深すぎますぅ…
 ご参考までに、 伊勢三宮について検索したところ、次のようなサイトが見つかりました。
http://www.ztv.ne.jp/web/skmietsu/shima/Isedoro/Isedo.htm
http://kami-yashiro.hp.infoseek.co.jp/ise5.html
http://www.ceres.dti.ne.jp/~alex-x/shosai/sh-01/isawa.html
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/sumita/map/5C019.html

 昔はいろいろとゴタゴタあったんですねえ…
 これらを見ると、「載せない方がいいのかな?」 と思わなくもないです。

 ところで、日本三大粥祭りの「千栗八幡宮のお粥だめし」ですが、 福岡西方沖地震を予知したとのことで話題になってたりします。(今年の三月十五日のお粥だめし で「地震、大いに見ゆ」との判定が出まして、ローカルニュースでも流れました。)

19 日本三大松原

⇒ watariguさんより   平成16年11月6日(土)

 …日本三大松原の項目が無いようですが…
 検索してみると、 「通訳ガイド国家試験」にも出題されたようで、有名だと思います。

 私は、約40年前から耳にしたことがあります。

 通常は、唐津市の虹ノ松原、静岡市(旧 清水市)の三保の松原、敦賀市の気比の松原 を 言うと思います。
 気比の松原の代わりに、天の橋立を入れることもあるような気がします。

 ただし、上記の通訳ガイド国家試験にある、舞子の松原というのは、初耳です。
  『日本の白砂青松100選』(日本の松の緑を守る会選定 1987年 1月10日)でも、 虹ノ松原、三保の松原、気比の松原を「3大松原」としています。

 なお、2000年ー2001年(平成12年度1年間)のBS2NHK衛星放送で行われた、
  『21世紀に残したい日本の風景』URL http://www.nhk.or.jp/fukei/ (リンク切れ)投票の結果
 ※ キャッチフレーズは“愛してるぞージャパン”
   39万票余りの投票、風景の総数は1万6千件余

 1.富士山(静岡県、山梨県)
 2.別府の湯けむり(大分県)
 3.函館の夜景(北海道)
 4.飛騨高山(岐阜県)
 5.虹の松原(佐賀県)
 6.志摩半島のリアス式海岸(三重県)
 7.室生寺(奈良県)
 8.松島(宮城県)
 9.蔵王(山形県、宮城県)
10.上高地・穂高(長野県)
 watariguさん、お便りありがとうございます。

 実は「日本三大松原」の項目は、以前は 『1 風景、自然、地図 』 のジャンルに入れていたのですが、整理をしていて、 『6 動物、植物、鉱物』に入れることに変更しました。

 項目が増えてくると、分類が難しく、悩ませられることが多くなりましたが、 ご指摘のとおり「日本三大松原」というのは有名な項目でもあり、 こちらの『ランク決定版』 というページでも少し詳しく紹介しました。watariguさんのご推察と相反することはないと 思います。

 でも、こうして改めて考えてみると、やっぱり「風景」ということで、 『1 風景、自然、地図 』 のジャンルに入れるのが 妥当のような気もしてきます。それで、苦肉の策として、※印を付けて再掲しておきました。

 そういうわけで、今後とも気軽にご意見を寄せていただきますようよろしくお願いします。

 なお、井沢 元彦さんの『日本人の心をとらえる3の霊力に迫る』 旅行読売出版社刊にも 掲載されており、その説明によると、

 T 三保の松原、天の橋立、虹ノ松原
 U 松島、気比の松原、舞子の松原

と言われたり、諸説あるそうですが、松島と天の橋立は『日本三景』にも 取り上げられているということで、独断と偏見と断りながら、

 V 三保の松原、虹ノ松原、気比の松原

を「日本三大松原」として考察しておられます…

18 日本三大巨大仏

⇒  ami and miho さん 牛久大仏同盟の『牛久大仏研究室』より   平成16年9月25日(土)

 …たくさんの「日本三大〜」があっていいですね…
 私も勝手に「日本三大巨大仏」っていうのを定義してます。
 ・ 牛久大仏
 ・ 仙台大観音
 ・ 世界平和大観音
です。  やっぱり上の二つは文句ないんですけど、3つ目が迷います。
巨像  おー、またまた大仏さん、出てきましたね…

 牛久大仏って、確かに、世界一の巨大仏と聞いており、 「日本裏三大仏」には既に掲載しておりましたが、 観音様なんかも含めて、巨大仏を掲載するのもいいですね…

 ちょっと調べてみたところ…
 まあ、牛久(うしく)大仏の120mというのは、メチャクチャすごいですね…

  「巨像背比べ」でいけば、やはり上記の三つが100m級でベスト3のようですね…
 背の高いのは立像ということで、やさしそうな観音様が人気あるようですね…
 50m以上のものも全国にたくさんあるようです。

小豆島大観音
 北海道大観音(芦別市・北海道) 88m 平成元年
 加賀寺 加賀大観音(加賀市・石川) 73m
 仏歯寺 小豆島大観音(土庄町・香川) 68m
 久留米成田山久留米大観音慈母観音像(久留米市・福岡) 62m
 会津慈母大観音(河東町・福島) 57m
 東京湾観音(富津市・千葉) 56m 昭和36年
 うさみ大観音(伊東市・静岡) 50m

高崎白衣大観音
などがあり、そのほかにも、 平和観音 「大悲殿 25m 青銅(金属製観音像 東洋一) 昭和39年」(山ノ内町・長野)とか…
 でも、やっぱり、大観音と言えば、 高崎白衣(びゃくえ)大観音 「高野山真言宗 慈眼院 41.8m コンクリート 1936年(昭和11年)」(高崎市・群馬) が有名ですね! やさしそうで、古くから親しまれていますね…

17 日本三古湯

⇒ 大林 憲司 さんより   平成16年7月20日(火)

 えー、すでに記載があったとは思いますが、「日本三古湯」 についての記事がありましたので、お知らせしておきます。
http://www.yomiuri.co.jp/tabi/oyunavi/oyu040714.htm

 私も「日本書紀」を読む限りでは有馬温泉・白浜温泉・道後 温泉が日本三古湯かなあという気がします。
 この中で、文句なく一番古いのは「道後温泉」でしょう。「古事記」 にも「 軽皇子をここに流刑にした」との一説がありますし、 釈日本紀(しゃく にほんぎ)によると、 聖徳太子も来ていたらしいです。
 ついでに、白村江(はくすきのえ)の戦い」の直前には、大和朝廷の主要メンバー が道後温泉に集結したようです。
 うーん、1500年ほど前からの温泉場なんですね… すごい歴史があるもんですね…
 祭りに温泉、「日本」というものに対する理解が深まっていくようですね……

 文献上、日本一古いと言われているのが 「道後温泉」だそうです。
  「伊予国風土記」には、大国主命(おおくにぬしのみこと)少彦名命(すくなひこなのみこと)の伝説の中にも書かれているそうです。
「伊豫国風土記逸文」には、596年に 聖徳太子が来浴したという文があり、 これが最も古い温泉の記録だとされているそうです。(原文は残ってないそうです)

  「日本書紀」によると、軽大郎女(かるのおおいらつめ)が、 允恭(いんぎょう)天皇(441〜453)の子供、 軽太子との恋愛で処罰を受け、伊予に流されたという。
 また、舒明(じょめい)天皇(629〜641)が、 有馬温泉と道後温泉に行幸したと書かれているそうです。

  「古事記」によると、軽太子(かるたいし)穴穂皇子(あなほのみこ)攻撃に失敗して 伊予の湯に流され、軽大郎女が後を追って、 二人とも自害を遂げたという。

  「有馬温泉」は、僧侶の行基によって奈良時代に開湯されたという長い歴史をもち 有馬温泉は「日本書紀」に舒明天皇、孝徳天皇の名前。 大(おお)国(くに)主(ぬしの)命(みこと)発見の神話を秘めた古湯で、 「日本書紀」によれば、舒明(じょめい)天皇(629〜641)や 孝徳天皇(645〜654)などが行幸したそうです。

  「白浜温泉」は、「日本書紀」に登場する「牟婁(むろ)の湯」にあたるそうです。 大化改新後、有馬皇子(640〜58)が斉明天皇と中大兄皇子に行幸を勧め、 その間に謀反を企てたとして自殺に追い込まれる(658年)。 「日本最古の露天風呂」と称され、 今も当時のまま海岸に湧いているそうです…

16 日本三大善光寺

⇒ 大林 憲司 さんより   平成16年5月22日(月)

 いろんな「日本三大○○」があって面白く読ませていただきました。
 私としては「日本三奇」が判明したのがラッキーでした。「石の宝殿」に行ったことがあるのですが、 長い間、他の二つがわからなかったもので……

 それから、『日本三大善光寺』は「長野善光寺、飯田市の元善光寺、甲府市の甲斐善光寺」 で決まりのはずです。
 長野は本家、
 元善光寺は長野善光寺創建前に善光寺如来が祀られていたいわば元祖、
 甲斐善光寺は、武田信玄によって善光寺如来がここにしばらく移されていて、しかも、 現在の本尊は長い間善光寺如来の御前立ちだったといういわば代理、と特別の歴史があります。
 また、七年前の御前立本尊御開帳の時には、この三善光寺がそろって開帳法要をやってましたので、 善光寺側でもこの三寺院は特別視しているはずです。

 ちなみに、去年の開帳法要には愛知県の善光寺も加わりましたが、さすがに、 「あんた、創建されてから百年経ってないやん!」と突っ込みを入れたくなりました(笑)
 こちらの情報がお役に立てたと言っていただき嬉しいです!  私の方は、三つとも行ったことないのですが…

 ところで、善光寺については、すごく詳しいですね!
 なるほど、おっしゃるとおりだと思います。これまで、こちらで掲載していたものは どうも不適切だと思いますので、 早速、訂正しておきます。

  長野の善光寺 飯田の元善光寺は、「両方にお詣りしなければ片詣りと昔から云われる」そうです。

 なにしろ、ここ千数百年間、実物の善光寺阿弥陀如来は誰も見ていないという秘仏中の秘仏で、 その本尊の前立仏(ぜんりつぶつ)(今で言えば、レプリカのようなもの)でさえも、 七年に一度しか御開帳(公開)しないと言うからスゴイ…

 日本に初めて伝わった仏像だそうで、六世紀の聖徳太子の時代に、 蘇我氏と争っていた物部氏が奪って川に捨てたのを、 信濃の住人・本田 善光(よしみつ)が難波の川で見つけて持ち帰ったのが 始まりと言われているそうです…

15 日本三大八幡宮

⇒ アンチ関東 さんより   平成16年1月5日(月)

 どうなんでしょう?
 日本三大八幡宮は、宇佐神宮(うさじんぐう)石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)とするのは妥当ですが、 もう一つは鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)とするのはいかがでしょう?
 確かに知名度では筥崎宮(はこざきぐう)は劣るやもしれませんが、 由緒正しいのは筥崎宮のほうだと思います。

1.歴史的背景
 筥崎宮:御祭神である応神天皇が筑紫国宇美の里で西暦二百年にお生まれになったとき、 その御胞衣を筥に納め白砂のこの地に埋め標として松を植えた。
 鶴岡八幡:源頼義公が奥州を平定して鎌倉に帰り、源氏の氏神として由比ケ浜辺にお祀りしたのが始め。 つまり、皇族とは直接関係がない。
2.創立が早い
 筥崎宮:延喜21年(921年)
 鶴岡八幡:康平6年(1063年)
3.社格
 筥崎宮:官弊大社
 鶴岡八幡:国弊中社

 要は、関東だからといって何かとひいきにされることが大嫌いな僕は、近所にある筥崎宮が、 関東の鶴岡八幡宮より下というのが腹立たしいだけのことなのですが、 客観的にこれらを見ると残りの一つは筥崎宮にするほうが妥当のように思います。
 新年早々、なかなか厳しいところを突いてこられましたね…
 冷汗タラタラものです… かつて、I・Yさんより、 逆に三番目に鶴岡八幡宮がくるとのご指摘を受けたのですが…

 歴史の古さと社格から言えば筥崎で、歴史の中でのインパクト、知名度、 規模などでは鶴岡が勝っているようにも見えるのですが…

 実は、私の尊敬する井沢元彦氏が、「日本人の心をとらえる『3の霊力に迫る』」という著書の中でも、 「日本三大八幡宮」について触れておられました。それによると、 鶴岡が「皇族とは直接関係がない」とうことではなく、むしろ、 公家と武家との融和の象徴と捉えておられます。
 ただ、冒頭には、鶴岡のほうは、「別説」と記載されており、やはり一般的には「福岡支店」の筥崎の方を 三大とすべきなのかもしれませんね…
 根拠だててのご意見ありがとうございました。

⇒ 大林 憲司 さんより   平成16年6月2日(水)

 「日本三大八幡宮」についての論争があるようですが、 私もそれについての私見を書かせていただきたいと思います。

☆筥崎宮について
 八幡宮を「護国の神」として見た場合、筥崎宮は外せません。
 大陸に面した博多の土地にあり、元寇の時は戦場にもなりました。そのこともあって、 筥崎宮の楼門には「敵国降伏」の額が掛かっています。
 また「筥崎宮は筑前国一宮であるが、鶴岡八幡宮は相模国一宮ではない」 (←相模国一宮は寒川神社だったかと…)という事実もあります。

☆鶴岡八幡宮について
 日本の歴史上、「八幡神は源氏の守護神」と考えられてきました。 すると、鎌倉の守護神である鶴岡八幡宮は歴史的にも特別な八幡宮なのは確かです。
 また、八幡神の信仰が、「渡来人の守護神」→「朝廷の守護神」→「武家の守護神」と 移り変わってきた以上、それに対応する「宇佐神宮」→「石清水八幡宮」→「鶴岡八幡宮」を 日本三大八幡宮とするのは自然なことです。

 まあ、要するに西日本では「宇佐・石清水・筥崎」、 東日本では「宇佐・石清水・鶴岡」を日本三大八幡宮だと考えていればいいんじゃないでしょうか (笑)。

 ところで私は、福岡県の 大分八幡宮・大阪府の 誉田八幡宮・奈良県の 手向山八幡宮を、 勝手に「日本三大八幡宮を越えるかもしれない(でも、すごくマイナーな)『日本裏三大八幡宮』」 と認定しています(笑)。
 う〜ん、この「八幡宮」なかなかシャンシャン手打ちというわけにはいかないですね…

 まあ、それにしても、『日本裏三大八幡宮』というのは最高ですね!

 神亀3年(726)に創建された 大分(だいぶ)八幡宮(筑穂町・福岡)は、宇佐八幡宮の本宮であり、 その宇佐八幡宮の託宣により遷座され、延長元年(923)に創建された筥崎八幡宮(福岡市)の元宮 だというから由緒ありますね。

  誉田(こんだ)八幡宮(羽曳野市・大阪)は、縁起によると、 まず、4世紀の応神天皇御陵の記事から始まり、 次いで、欽明天皇の勅願により御陵前に社殿を建立し、八幡大菩薩を勧請したとある。 歴代天皇は一代に一度は誉田八幡宮に行幸すべきことが定められたそうである。 続いて、聖徳太子、弘法大師、行基、菅原道真などが参籠したとあり、 後冷泉院のとき新たに社殿を造営したという… う〜ん、すごい!

  手向山(たむけやま)八幡宮(奈良市雑司町)は、聖武天皇が大仏造営に際し、 東大寺の鎮守の神として天平感宝元年(749)に宇佐より招聘、鏡池の辺りに祀る。 その後、北条時頼が建長2年(1250)に現在地に移したという… やはり、なかなかのもの!
 この『日本裏三大八幡宮』でもって、これにて、一件落着ということで…(*^_^*)

14 世界三大ゲームクリエイター
   日本三大楼閣

⇒ T さんより   11月21日(金)

 非常に面白いサイトで、とてもためになりました…
 個人的には「世界三大英雄」と「世界三大ゲームクリエイター」を入れてほしいなと思います。

 …

 「世界三大ゲームクリエイター」は、 スーパーマリオの生みの親の 宮本 茂 氏、 FF 坂口 博信 氏、 バーチャファイター鈴木 裕 氏だと思います。 全員日本人というのがすごいです。本当は鈴木 裕 氏よりも ドラクエ 堀井 雄二 氏の方が優れたゲームクリエイターだと思いますが、 世界的には鈴木氏の知名度の方が格段に上だそうです。 FFの次回作 FF12のプロデューサーを務める 松野 泰己 氏も天才クリエイターであると思います。しかし世界的には宮本、坂口、鈴木 氏となるでしょう。
 ※ これにつきましては、Tさん本人より訂正の依頼(2004.7.27)があり、 「アメリカのゲーム殿堂入りした最初の三人」ということで、 シド・マイヤー(アメリカ)を鈴木裕の代わりに入れて修正しました。
 “四大”ということになると、鈴木 裕 さんが入ってくるそうです…

 あと、自分が京都人ということもあって、 「日本三大楼閣」 金閣銀閣飛雲閣 も追加してもらいたいなとも思います。 
 Tさん、しがないサイトですが、ようこそおいでやす!
 たくさんの新情報ありがとうございます。

 …

 ゲームクリエイターについては、まったく分かりませんので、 全面的にTさんのおっしゃるとおり鵜呑みにさせていただきます…

 金閣や銀閣には、何度も行きました。銀閣も銀色だったらおもしろかったのに… と思ったりもしましたが…
  「金閣」(京都市北区)は、皆さん御存知、室町幕府3代将軍 足利 義満が別荘「北山殿」として 1397年に完成する。義満の死後は臨済宗の北山 鹿苑寺(ほくざん ろくおんじ) となる。
  「銀閣」(京都市左京区)は、室町幕府8代将軍 足利 義政が東山の別荘の一部に「観音殿」 として1489年に完成する。義政の死後は臨済宗相国寺派の 東山 慈照寺(とうざん じしょうじ)となる。
 そう言えば、 「洛陽の三閣」 「京都三閣」ともいわれる国宝の西本願寺 「飛雲閣」(京都市下京区)は、豊臣秀吉が天正14(1586)年〜1587年に京都に造営した聚楽第から、 寛永年間(1624〜44)に現在の場所に移したと伝えられている。行ったことがないので、 機会があったら行ってみたいですね…
 ついでに、ここを調べていて、中国の 「三大楼閣」というのが見つかりました。縢王閣(南昌)、岳陽楼、黄鶴楼だそうです…

 ほかにも、また、なんでもありましたら是非教えてください!
 掲載済みのものでも、根拠やおもしろい話題などがありましたら聞かせていただければ幸いです。

13 日本三大アルプス

⇒ 京 さんより   9月23日(火)

 「北アルプス」 って山の正式名なんですか?
 子どもに聞かれて、
 「富山の山が北アルプスたい」などと言ってしまいました。
 ヨーロッパアルプスを模して、「日本アルプス」があり、山岳地帯の塊ごとに 「南アルプス」「中央アルプス」「北アルプス」があります。
 「北アルプス」は、中部山岳国立公園一帯をそう呼んでおり、富山のほかに、 新潟、長野、岐阜などにまたがっています。
 「北アルプス」での主峰は、剱岳、立山、槍ヶ岳、穂高岳、白馬岳などありますが、 富山での主な山と言えば、広義の「立山連峰」で、その主峰が剱岳と雄山(狭義の立山) といった感じです。
 北アルプスは、中部山岳地帯のことなんだ〜
 では、南と、中央アルプスはどこですか?
 日本アルプスは富士山でしょうか?
 地理に疎いもので(^^ゞ
 私も地理には疎いんですが…
 北アルプスのことなら割と分かるんですが、
たたみかけて尋ねられると辛いもんがあるんですが、この際ちょっと調べてみます。

 まず、 「日本アルプス」は北・中央・南アルプスの総称のように使っているようです。
「中央アルプス」は、木曾駒ケ岳(2956m)を主峰として、長野県の木曽地方あたりの山岳帯で、 「南アルプス」は、北岳(3192m)や甲斐駒ケ岳(2965m)を主峰として、長野、山梨、 静岡などにまたがっています。
 南アルプス市 というのも市町村合併でできたようですね…
 富士山もだいぶ近くにはあるようなんですが、どうも「日本アルプス」の範疇には入ってないようです… ふぅ(+_+)
 勉強になります〜
 日本アルプスは、長野県は北も、南も、中央もはいってますね。
 日本海側が北で、太平洋側が南アルプスのことだったんですね。
 ほとんどの山が3000mほどの高い山というのもわかりました。
 調べてもらってありがとうございます。
 少し頭がよくなったかもしれない。(^^)
 こちらも、ちょっとは頭よくなったかなぁ…
 ちょっと、ついでに調べてみると、
 『日本三大巨峰』というものがあって、それは、
 富士山、北アルプス、南アルプス となっておりました…

12 日本三大RPG

⇒ 悪魔の囁き さんより   2003/07/22(Tue)

 「RPG」とは、「Role Plaing Game」の略で、 直訳は「役割を演じるゲーム」です。
 元々は、人間同士で一定のルールの元に役割を演じて、ゲームマスターなる人間が作ったストーリーを 複数人で疑似体験する ゲームでした。 まぁ、簡単に言えば、「ウルトラマンごっこ」みたいなものを更にリアルに複雑にしたものですね。

 やがて、パソコンの世界では、こういった人間 対 人間で行っていた「RPG」をゲームにしようと試行錯誤して、 一つの体系ができたんです。
 これが、複雑な「謎解き」を(はら)んだ主人公がアイテムや戦闘を 経て成長をしていきながら、 ストーリーを進めるゲームです。
 「リアルさ」が売り物ですから、失敗をすればゲームの主人公は死ぬことも充分にありえます。
 これらの代表作とされるのが、「ドラゴンスレイヤー」「夢幻の心臓」「ハイドライド」なんですね。
 世界で有名な作品は「ウィザードリー」「ダンジョンズ&ドラゴンズ」などですね。

 こういった難しいRPGを、一般の低年齢層も含めたユーザーにも分かりやすく広めようという作品が、 「ドラゴンクエスト」シリーズです。 このシリーズの爆発的ヒットにより、 日本での「RPG」の定義が また変わってしまいます。 謎解きらしい謎解きはなく、 ただストーリーに従って進めていくだけ(極論)のゲームが 「RPG」となってしまったんですね。
 これらの日本代表が、「ドラゴンクエスト」シリーズであり、 「ファイナル・ファンタジー」シリーズであり、 「デジタルデビルストーリー女神転生」シリーズであるのです。
 そうだったんですか…
 ご多忙の折、懇切な説明ありがとうございます。

 …でも…まだもうひとつビンとこないんですが…
 自分なりにイメージした感覚としては、昔流行(はや)った 「たまごッチ」や「ゼルダの伝説」 のようなものが、より複雑でリアルな「謎解き」を加えて進化したようなものでしょうか…?

 すみません…やっぱり実際に一度くらいやってみないと分からないのかも…
 家の子どもたちは「ファイナル・ファンタジー」とか、よく言ってたようなので、 きっとイメージはつかんでるんでしょうね…

11 日本三大神宮・日本三大鳥居

⇒ I・Y さんより   2003年5月5日(Thu)

 日本三大物件について、…大変楽しく拝見しました。
 異議を申し立て済みません。

1.三大神宮: 「神宮」と「神社」をごちゃ混ぜにせず、 神宮なら神宮で由緒正しき処から並べて頂きたい。
2.三大鳥居: 平安神宮H:未調査, 安芸の宮島H:16m, オノコロ島神社H:21m
 が定説になっているようです。
3.八幡神社の由緒正しき順序は、
 @ 宇佐八幡(発祥の地) A 石清水八幡(当時の皇室が宇佐から勧奨し建立した)  B 鶴ヶ丘八幡(石清水八幡から勧奨した)
 と理解しています。
 後はお国自慢ですからそれはそれで良いと思いますが…日本一落差の大きい滝は別にあったと思います。
 突然変な翁の異論を失礼しました。

(5月6日)
 * 老人の勝手な言い分失礼しました…
 小生が調べた滝のリスト(落差順)エクセルのフィル添付しますのでご参考まで…
 貴HPはお国自慢的な意味からも大変興味深く拝見しました。
 ほんとに専門的なご指摘ありがとうございます!
 最近は、このページの更新も少し滞っており、遅れましたが、一応、訂正の上掲載しました…
 まだ、おかしい点やお気づきの点がありましたら、お気軽に教えてください…

 歴史的に、「日本三社」とか「五社詣」などと言われているようなところは、どうも 「神宮、宮、神社、大社」などがゴタ混ぜになってるようなのですが…
 せっかくですから、この機会にちょっと整理してみましょう…

 まず、「神宮、宮、神社、大社」の違いについて、説明している ホームページを見つけました。
 それから、「神社本庁の延喜式」ということで神宮・神社の格付けについて説明している ホームページをI・Y さんから教えていただきました。  また、「神社と神道」については、こちら→の ホームページが詳しいです…

日本三大神宮 候補
  宇佐神宮(宇佐八幡宮)(宇佐市・大分)、 伊勢神宮(伊勢市・三重) 熱田神宮(名古屋市熱田区) 明治神宮(渋谷区・東京) 鹿島神宮(鹿嶋市・茨城) 平安神宮(左京区・京都)
 
靖国神社 日本三大神社 候補
  靖国神社(千代田区・東京)、 賀茂神社〔上賀茂神社・下鴨神社〕(京都)、 厳島神社(広島) 大宰府天満宮(太宰府市・福岡) 高千穂神社(高千穂町・宮崎) 白山比(しらやまひめ)神社(鶴来町・石川) 金刀比羅宮(ことひらぐう)(琴平町・香川) 八坂神社(祇園町・京都)
 
日本三大大社 候補
 出雲大社(出雲市・島根)日吉大社(大津市・滋賀)春日大社(春日野町・奈良市)熊野大社(南陽市・和歌山)諏訪大社(長野)伏見稲荷大社(伏見区・京都)住吉大社(住吉区・大阪市) 多賀大社(多賀町・滋賀)

 ※ 神社の称号は、由緒に基づいて定められている。
 「神宮」は、皇室と深いつながりや天皇を祭神としている神社。 また、戦後特に聴許を願い出たうえで改称したものもある。
 「宮」は、親王を祀っている神社に用いられるほかに、伝統的に用いるものもある。
 「大社」は、平安時代の官国幣社(かんこくへいしゃ)制度の 出雲大社だけをさしたが、戦後は、全国多数の同名神社の宗社であって、 旧社格が官幣(かんぺい)(国から(ぬさ)が奉られる)大社や 国幣(こくへい)(地方の国司から奉られる)大社も用いるようになって増えた。
 「社」は、大きな神社から御祭神を勧請(かんじょう)した 神社に用いられる。

 ・ 伊勢神宮は、単に「神宮」というのが正式な名称だそうですから驚きです!
 各地の「神明社」と言われているものが、 中世以降、伊勢神宮の神霊を祀った神社だそうです。
 ・ 宇佐神宮などは、全国に4万社余ある「八幡宮」の総本宮であると言うからすごいですね…
 ちなみに、
 ・ 伏見稲荷大社は、全国約3万社の総本宮で、元々「稲成」と言われていた農業の神様が 商売に転じたらしい…
 ・ 大宰府天満宮は、全国に1万社余ある「天満宮」「天神社」の総本宮で、 菅原道真が九州へ左遷され恨みを持って憤死し、 雷とか嵐で復讐したと京都のお公家様は思い、鎮魂のため神格化し神社を造ったと言われている。 学問の神様とも…
 ・ 長野の諏訪大社は、全国約5,700の「諏訪神社」の本社
 ・ 日吉大社は、全国に3,800社の分霊社をもつ「山王」総本宮
 ・ 熊野大社(和歌山)は、全国に約3,300社の分社をもつ。
 ・ 春日大社(奈良)は、「春日さま」全国に約3千余の分社をもつ藤原氏ゆかりの神社。
 ・ 八坂神社(祇園町・京都)は、、「祇園社」「感神院」と称したが、 明治の神仏分離で「八坂神社」と改称した。 全国に約3千の分社をもつ。
 ・ 白山比(しらやまひめ)神社(鶴来町・石川) …日本三名山・三霊山(富士・立山・白山)の白山山頂に鎮座する白山奥宮は、 全国に3千社といわれる「白山神社」「白山さま」の総元社である。
 ・ 住吉大社(住吉区・大阪市)は、全国に約2千余の分社をもつ。
 ・ 金刀比羅宮(ことひらぐう)(琴平町・香川)は、全国約2千社の金比羅(こんぴら)さん」「金刀比羅神社」「琴平神社」の本社

 その他、「護国神社」とか「愛宕神社」とかも各地でよく見かけますが…
 日本三名山の「白山神社」が全国に分社を持つのに対して、立山の 「雄山神社」 はあえて分社を持たずに、霊峰立山頂上の「峰本社」、立山信仰の里 芦峅寺の「中宮祈願殿」、 岩峅寺の里宮「前立社壇」の三社しかないというから、なにか神々しく誇り高い気がしますね…  平安期の『梁塵秘抄』には「験仏の尊きは先づ東の立山」と全国著名霊場の冒頭に記されているそうです…

 ※ 悠久の日本の歴史の中で、「神社と神道」というものは深く日本人に根ざしているのですね!
 ちょっとかじっただけでも大変な作業でした… ほんとに奥が深く、私など語る資格はないのですが、 どうもこうして見てくると、「神社」という言葉は、格式を表すというよりも「神宮、宮、社、大社」など すべてをひっくるめた「総称」のように思えてくるのですが… いかがなものでしょうか?

 それから、話は全然変わりますが、 I・Y さんが調査された 「(落差順の)滝のリスト(エクセルのファィル)」は、←をクリックして見てください。 楽しいです!
 ただ、 北海道の「羽衣の滝」は、自らは落差が日本3位と言っているようなのですが…
 「称名滝350m」の隣にある「ハンノキ滝400m」を1位としているものでしょうか?

 日本も広いものです… ふぅ〜

 過去の「メモ帳」は、こちら→ 
(H14.10.28)〜10 (H15.4.10)〕
一番上へ

フリー伝言板

 ここをクリック すればトップページに行くことができます。