囚われの子兎


 その日、淡いグリーンのパジャマに身を包んだ草摩紅葉は、草摩家にある自室の白くて柔らかいベッドの上に寝転び、デフォルメされた真ん丸い兎のクッションを抱きしめながら、今日知り合ったばかりの本田透の事を思い出していた。
 ほんだとおる。
 それは草摩家に関わりの無い人間で有りながら、十二支の秘密を知っている人。
 とても優しくて、とても暖かい雰囲気を持った人。
 抱き付き、変化した自分をまるで気味悪がる事無く、胸の中に迎え入れてくれた人。
 そして、その胸の柔らかな感触。
 その暖かな温もりが、今も紅葉の心の中に焼き付いて離れないでいた。
「透・・・・・・・」
 紅葉は小さく呟くと、クッションを強く抱きしめた。
 人は自分を、天真爛漫な、それでいて女の子の様な性格の持ち主だと言う。それは紅葉自身も自覚している事だった。自分はいつもはしゃいでばかりいて周りの人に迷惑を掛けているし、それに、確かに仕種や言葉づかいも女の子っぽいと思う。
 しかし紅葉はそんな自分を自覚していると共に、自分が高校入学を控えた「男」である事も自覚していた。そして男で在る以上、女性に対しての性欲も、人並みにしっかりと持っていた。もちろん今日、透の胸に飛び込んだのは紅葉なりの挨拶であって、下心などは一切無かったし、その胸に抱かれ欲情する事もその時は無かった。透は紫呉が教えてくれていた通りの可愛らしい女の子で、その温もりに溢れた笑顔に出会えた事に、紅葉は心の底から感激したのだ。
 そして草摩家に戻った紅葉は、夕食を済ませるとシャワーを浴びた。そして紅葉は、何時ものように浴室の中で自慰をした。自分の股間にそそり立った小さな性器を弄りながら紅葉が思い描いたのは、本田透の柔らかい胸の感触だった。何故透を思い描いたのか、それは紅葉にも良く判らない。しかし絶頂はあっと言う間で、紅葉はその快感に眉をひそめ、小さな呻き声と共に、性器から精子を迸らせたのだった。
 紅葉が自慰を憶えたのは最近の事で、そのきっかけは中学での友人との会話だった。彼等が言うには、ソレはとても気持ち良い事で、けれどとても後ろめたい事だという。それまで自慰とは何かを全く知らなかった紅葉は、その話を聞いてその行為に強い興味を憶えたのだ。

「ねぇ、ソレってそんなに気持ち良い事なの?」
「おい紅葉、声がでかいって。女子に聞こえちゃうだろっ・・・・・・!」
「だって気持ち良い事なら構わないでしょ? それって悪い事なの?」
「悪くはないけど、普通は内緒にしておくモンだ」

 その日の夜、紅葉はシャワーを浴びながら初めての自慰を経験した。射精での快感は紅葉の意識を甘く溶かし、それ以来紅葉は毎晩、シャワーを浴びる毎に自慰を繰り返すようになった。しかし誰を思い浮かべる訳でもない、それは本当にただ自分を慰めるだけの行為だったのだ。今日、本田透に出会うまでは。
「透・・・・・・」
 紅葉はもう一度その名前を呟くと、パジャマの上から、既に熱く火照りを帯び始めている性器を手でゆっくりとなぞった。それだけでむず痒い快感が背中を走り、紅葉は頬を赤く染め上げ、はぁ、と熱い息を吐いた。
「駄目だよ。もう・・・我慢出来ないよぉ」
 胸の中へぎゅっとクッションを抱きしめてから、紅葉は熱い息と共に小さく呟いた。

 草摩家の浴室は桧張りの奥行きの広い作りで、その浴槽には大の大人が5人は悠に浸かれる程に広い。大浴場と言っても差し支えの無いそこは、しかし数人の人間が同時に使用する事はほとんど無かった。だから紅葉も、数えるほどしか身内と湯船に浸かった経験が無い。特に夜遅くにもなると、此処を利用する人間は皆無だった。
 紅葉は脱衣所でパジャマを脱ぎ去り裸になると、引き戸を開けて浴室へと足を踏み入れた。湯船には常時湯が張られているために、浴室は温かい空気が立ち込めている。  紅葉は浴室の手前に設けられたシャワーの前に来ると、ぺたりと桧床の上に座り込んだ。既に紅葉の性器はこれから行おうとしている行為を待ちきれず勃起し、その肌は熱く火照っている。
 ごくん。大きく唾を飲み込んだ。
「ふぅ・・・・・・」
 紅葉は透の胸の柔らかな感触を思い出しながら、ゆっくりと自分の性器をしごき始めた。そして、何故友人が自慰を内緒にしておけと言ったのか、その時になってようやく紅葉は理解した。想像とはいえ、女の人の事を想いながら自慰をする事は、とても後ろめたい気持ちにさせらるのだという事を知ったのだ。そして、その背徳感が更に自分の性欲を煽ると言う事を。
「ああ・・・・・・」
 熱に火照った熱い溜め息が、紅葉の口から長く零れた。5分もしない内に紅葉のソレは先走りの液体に濡れ、にちょにちょ、と淫靡な音を浴室に響かせ始めている。まだ自慰の刺激に耐性が無い紅葉、絶頂は間近だった。
「透、透っ!」
 小く叫び、紅葉が背筋を仰け反らせるのと同時に。
 浴室の扉が、すぅ、と開かれた。
 それに気付かない紅葉は勢い良く性器を擦り上げ、そして襲い来る絶頂の快感に酔いしれながら、床に向って激しく精液を迸らせた。
「・・・ふぁ」
「随分と、気持ち良さそうだね」
 放心状態の紅葉は、背後から突然投げかけられた声に、緩慢とした動作で振り返った。そこには一糸纏わぬ裸のアキトが、口元に笑みを浮かべながら立っていた。
「アキト・・・・・・どうして」
「こんなにも遅い時間にお風呂場の電気がついているから、気になって来てみたんだよ。それより、紅葉」
「うぁ!」
「まさか君が自慰をしているなんてね。驚いたよ」
 紅葉はアキトに、まだイッたばかりで敏感な性器を力強く掴まれ、声を上げて悶えた。しかしアキトはその手の力を緩めず、そのまま紅葉の性器をゆっくりとした動きを以って触り続ける。上へ、下へと。アキトの手は次第に紅葉の濃い精液に濡れ、それに比例するかのように、紅葉の性器はじわじわと強度を取り戻してゆく。
「やめて。やめてよアキト・・・・・・」
「嘘は駄目だよ紅葉。ほぅら、段々と固くなってきている。気持ち良いんだろう?」
「嫌。ああ、嫌だよぉ」
 言葉とは裏腹に、紅葉はアキトの手を振り解く事はできなかった。そうして紅葉の思考がまとまらない間に、アキトは巧みな手技で紅葉の性器を愛撫し、いつしか紅葉は荒い息遣いと共に大きく足を広げ、アキトの手に全てを委ねていた。そして襲い来る、他人の手による初めての絶頂。それは強烈な快感を伴って、紅葉の思考を完全に溶かしきった。だからアキトが身体を押し倒し唇を重ねてきても、紅葉は抵抗するどころか進んで唇を押し付けた。アキトの舌は瞬く間に紅葉の口内を蹂躪し、紅葉は生れて始めて味わうディープキスを、むず痒い快楽と共にうっとりとした表情で受け入れたのだった。
「んっ・・・そこは駄目だよぉ」
 アキトの右手は熱を帯びたままの透の性器を今だ弄んでいたが、その左手が紅葉の菊座を捉えると、紅葉は驚き、いやいやと首を振った。
「汚いよアキト。そんなところ、触っちゃ駄目だよ」
「汚くはないよ。紅葉のここは、とっても奇麗だよ」
「ああっ、駄目だよぉ・・・・・・ひぅ」
 なんとか逃れようとするも、只でさえ絶頂を極めたばかりで力の入らない紅葉は、アキトに押さえ付けられ身動きが取れないでいた。アキトの左人差し指が微かに菊座に埋め込まれると、紅葉は下半身を襲った鈍い痛みに小さく悲鳴を上げた。
「駄目だよっ、痛いよ、アキトぉ」
「痛いのは最初の内だけさ。ほうら、もっと身体の力を抜きなよ。そうしないと怪我をしちゃうかもしれないよ」
「うう・・・・・・あうぅ」
「最初だからね、ゆっくりと動かしてあげるよ」
「うぁ・・・・・・うぁぁ」
 紅葉はぎゅっと目を瞑り、肛門から襲い来る奇妙な感覚に呻き声を上げた。アキトの指は第一関節まで挿入され、紅葉の腸壁をじっくりと円を描きながらなぶり続ける。何時の間にか紅葉の性器は完全に勃起していて、アキトの細くしなやかな指がそれをなぞり上げるたびに、紅葉は荒い息遣いでそれに答える。
「どうだい。ちょっとは気持ち良くなってきたんじゃないか?」
「ん・・・・・・わからないよぉ」
「でも、ここは気持ち良いって言っているんだ」
 そう言ってから、アキトは紅葉の性器の亀頭を優しく舐め上げた。ブルリと大きく体を震わせる紅葉を満足げに見てから、アキトは大きく口を開けると、紅葉の性器を口内へと導き入れた。
「ぁぁっ!」
 突然訪れた生暖かい感触に、紅葉は声を上げて涙を溜めた目をきつく閉じると、思わずアキトの頭を押さえ付けていた。その間も肛門に差し込まれた指は淫靡に紅葉の腸壁をなぞりあげ、その苦痛にも似た奇妙な快感が紅葉の正常心を奪っていく。
「アキト、アキトぉ!」
 そして同性からの巧みなフェラチオの前に、紅葉はあっと言う間に昇り詰めてしまう。
「出ちゃうっ、出ちゃうよ!」
 紅葉の切羽詰まった言葉と同時に、アキトは紅葉の亀頭に舌を差し入れ、腸壁を大きくなぞり上げた。
「ひゃうううっ!!」
 半端ではない刺激が脳天を突き上げるのと同時に、紅葉は浴室に大きな声を響かせながら、アキトの口内に激しく精液を浴びせ掛けたのだった。
 そして、
「この事は、みんなには秘密だからね。僕と、紅葉だけの秘密だ」
 アキトはその言葉をだけ残し、床の上に寝そべり荒い息を吐き続ける紅葉の元を去っていったのだった。


 そして翌日。
 紅葉は微かな期待と共に、深夜の浴室へと向った。
 その証拠に、シャワーを浴びて身体を洗っている間も紅葉の性器は固く勃起し、先走りの液体が床へと垂れる程であった。
「さぁ、今日も可愛がってあげるよ」
 暫くしてアキトが浴室へと現れると、紅葉は微かに頬を染め、ちいさく頷いた。
「・・・・・・うん。もっと気持ち良い事、教えて欲しいんだ」

 汚れを知らない子兎を、欲望という名の色に染め上げて上げよう。

 アキトは紅葉を抱き寄せると、唇を重ねた。そして互いに舌を絡め合いながら。
 低く笑ったのだった。
 そう。
 淫猥な宴は、まだ始ったばかりなのである。