その名はCウィルス





1

 柔らかな日差しが心地よい小春日和を迎えた朝。縁側に座り暖かい緑茶を飲みながら、ウルドは秋の優しい風に身を委ね、今はもう見慣れてしまった庭の景色をぼんやりと眺めていた。
「はぁー。平和だねぇ・・・・・・」
 10月は初めの月曜日。もちろん森里螢一はベルダンディーと共に仕事に出かけている。そして妹のスクルドはと言えば、あいも変わらず部屋(自称・スクルド研究所)に閉じこもって何やら妙な機器音を響かせている。まあ、どうせ何時ものくだらない発明だろう。毎度毎度思う事だが、本当によく飽きないモノだ。
「平和な朝はお茶に限るわねぇ。ねえ、あなたもそう思うでしょ?」
 少し離れた床に寝そべり、小さくあくびをしてる黒猫ヴェルスパーに問い掛けてみる。すると彼はウルドの顔を軽く一瞥してから、いかにも興味無い、といった風体で丸めた身体に首を沈めてしまった。
「無愛想な奴ねぇ」
 ウルドは軽く肩をすくめると、湯飲みの中に入っている緑茶を一気に飲み干した。下に溜まっていた渋みが喉下を過ぎる。ウルドは軽く顔をしかめてから、よし、と立ち上がった。
「さて、と」
 今日は何をして遊ぼうか。見たいTV番組は夜まで特に無いし、酒屋の特売日はまだ遠いし・・・・・・。仕事場にでも行って螢一をからかってやろうかしら。にしてもあいつ、何時になったらベルダンディーとくっ付くのよ。ああいうのを青臭い青春恋愛って言うの? まぁベルダンディーもベルダンディーだからなぁ。しょうがないって言えばしょうがないけど・・・・・・。

 じりりりんっ

「ちょっと、シーグル! 電話よーっ!」

 じりりりんっ

「シーグル! 居ないの? ったく、しょうがないわねぇ」

 じりりりんっ

 そういえば。シーグルはメンテナンスの為に朝いちからスクルドの部屋にいる事を思い出し、ウルドはやれやれと足取りも重く、りんりんと鳴り響く黒電話の受話器を手に取ったのだった。

「はいもしもし。森里ですけどー」
「あら、ウルドさん? お久しぶりですわね」
 声の主は1級神2種非限定、ペイオースである。ウルドは受話器を首に挟み、思わず眉を顰めた。天界からの電話に、今までロクなものがあった試しはない。
「ペイオース? どうしたのよ。またそっちで不具合でも出たの」
「当たらずとも遠からず、ですわ。今そっちにベルダンディーはいますか?」
「ベルダンディーなら螢一と一緒に仕事に出かけたわ。今家に居るのは、あたしとスクルドだけよ」
「そうですか・・・・・・それならば仕方がありませんわね」
 そして、暫しの沈黙。
「まぁいいですわ。なら、また夜にでも掛け直します」
「なによ。急ぎじゃなかったの?」
「ベルダンディーでなければ意味が無いのです。それに、特に緊急と言った訳でもありませんし。とにかくベルダンディーが帰ってきたら、私から電話があった事を伝えておいてくださいな」
「わかったわ」
「ああ、ところでウルドさん。最近・・・・・・、なんだか体調がおかしくなった事ってあります?」
 先ほどとは少しだけ声色を低く変えて、ペイオース。
「はぁ? 体調って、あたし?」
「ええ。ああ、スクルドさんでもいいのですけれど」
「んー。お互いにこれと言って何もないわよ? 至って平常だけど・・・・・・。ああ、酒は美味くなったわ。ほら、螢一の大学の後輩がね、旅行に行ったお土産に地酒を買ってきてくれたのよ。それがまた美味い事なんのってもう!」
「はぁ・・・・・・、もういいですわ。電話を切ります。ああ、ベルダンディーの事。くれぐれもよろしくお願いしますわよ」
「はいはい、わかったわよ」
 ベルダンディーに何かあったのだろうか。受話器を戻し、ウルドは腕を組んで天井を見上げた。当たらずとも遠からず。しかし、もしシステムの不調ならば、ベルダンディーではなく管理限定神である、あたしやスクルドに用が行くはずだ。となれば問題とはシステム以外なのだろう。システム以外で1級神に用があるという事は、それ相応の事情がある筈である。今からでも仕事場に向かい、ベルダンディーに事を伝えるべきだろうか? しかしペイオースは特に急いでいる訳でもないらしい。ならば言葉通り、特に大した用事では無いのだろうけれど・・・・・・。
「でもま、暇だしね」
 ふぅ。小さく息を吐き、ウルドは大学に行くことの旨を伝えるため、スクルドの部屋へと向かったのだった。
 スクルド研究所、とプレートの掲げられた部屋に近づくに連れて、金属音や電子音の弾ける音が大きくなってくる。既に耳に馴染んでいる音でもあったが、それでもウルドは軽く眉を潜めた。
「スクルド、ちょっと入るわよ」
 ノックも無しに部屋に入るなり、普段どおりのさんざんたる部屋の散らかり具合にウルドは苦笑いを浮かべた。部品やらでき損ないの訳のわからない機械の散らばった足の踏み場も無い床、部屋の隅に乱雑に積み上げられ今にも崩れ落ちそうな図面。そんな部屋の中央にはメンテ中なのだろう、パーツ毎にばらされたシーグルと、工具片手の普段着のスクルドの姿があった。
「なによ。今忙しいんだから後にしてくれない?」
「あんたさぁ。モノ作るのもいいけど、たまには部屋を片付けなさいよね」
 ウルドの言葉に、スクルドはぷーっと頬を膨らませた。
「ふんだ。放っといてよ! 別に誰に迷惑を掛けている訳でもないんだからっ」
「はいはい。ちょっと今から出かけるから、スクルド、留守番よろしくね」
「え? どこに行くの?」
「ちょっとベルダンディーの所にね。今さっき天界から電話があってさ。ペイオースが、なんか用事があるらしいのよ」
「お姉様に? わたしやウルドじゃなくって?」
 不思議そうに首を傾げるスクルド。どうやら自分と同じ事を考えているらしい。ウルドは小さく頷いた。
「そう。だから、今からあの子の所に行って来るわ。・・・・・・あ」
 そう言えば。ウルドはぽん、と手を打つと、
「そうえいばスクルド。あんた最近、身体の調子がおかしかったりしない?」
「・・・・・・どうして?」
 言葉の意味が判らないのだろう。首を傾げるスクルド。
「どうしてもなにも、言葉通りの意味よ。ただ、あたしにも詳しいことは判らない。ペイオースがあたしに聞いたのよ。あたしと、あんた。最近体調は大丈夫かって」
「んー。わたしは元気だけど? アイスクリームだってこんなに美味しいしぃ」
 と、手元に置かれたアイスクリームを一口食べるスクルド。
「ああっ、やっぱりアイスはローヤルゼリー入りのビメラバニアよねぇ。このまったりとしながらもあっさりとした、それでいてコクある舌触り。最高だわっ」
「あっそ」
 陶酔して瞳をウルウルと潤わせるスクルドに、ウルドはやれやれと肩をすくめた。まったく誰に似たんだか・・・・・・。
「ならいいわ。それじゃあ留守番よろしくね」
「あーっ! ウルド、悪いけど帰りに本屋によって 「どぼん」 買ってきてくれない? 今日が発売日なのよっ」
「嫌よ。自分で買いに行けばいいじゃない」
「今日はシーグルのメンテナンスで夜まで手が離せないのっ」
「うふふふ。買ってきてあげてもいいけどただじゃあ嫌よ。そうねぇ・・・・・・、今晩の7時からのチャンネル独占させてくれるってんなら、考えてもいいけど?」
「今日って・・・・・・ええと、7時? ・・・・・・駄目よっ! 今日の7時からは 「世界びっくり動物ランド」 の特番があるのよっ!!」
「へぇ。それじゃあ 「どぼん」 は諦めて貰うしかないわねー」
「ううっ、ウルドの意地悪! 馬鹿ぁっ!!!」
 スクルドの手から放たれた衝撃派をひょい、とかわすと、背後でどかん、と大きな爆音が轟く。最近また強度が上がったらしいが、精度はまだまだである。それに、さすがにそうそう何度も食らっては姉の沽券に関わるというものだ。
「法術の勉強もちゃんとしなさいよ。早くベルダンディーみたいになりたいんでしょう」
「うるさいっ、とっとと出て行けっ!」
 再度放たれた法術をすんでの所でかわすと、ウルドはスクルドの部屋を後にしたのだった。
「もうっ、ウルドの馬鹿馬鹿! ちょっとは優しくしてくれてもいいじゃないっ!」
 肩で大きく息をつき、閉じられた扉に向かって叫び声を上げたとき。
「・・・・・・っ?!」
 目に見えることの無い振動。スクルドはビクン、と大きく身体を震わせた。自分の身体に、突如異変が起きたのだ。それは正体不明の熱い塊で、足元からじわじわと身体全体を包み込むようにを這い上がっていく。それが頭の中心まで辿り付くときには、スクルドの小さな身体全体は妙な・・・・・・風邪をひいたときに似ている・・・・・・火照りに包まれてしまっていた。
「何、これ。身体が、熱い・・・・・・」
 苦しげに吐き出した息はどこまでも熱かった。スクルドは畳の上に膝を付くと、両手で胸を抱きしめ、眉を顰めた。
「ちょっと・・・・・・ウルドが言っていたのって、これの事なの・・・・・・」
 はぁ、はぁ。
 掠れた声と共に荒い息を吐く。全てが熱い。頭がぼぅっとする。
「なによ、これ」
 そして気付く。熱の源地を。
「ちょっと待ってよ。これってまさか・・・・・・」
 熱の源地。そう、それは紛れも無い。その証拠に、ショーツに熱い湿り気を感じた。
「なんなのよぅ、もうっ」
 スクルドは目を潤ませ頬を火照らせ泣きそうな顔で、突如異変を来たした自分の下半身を見つめたのだった。


2


 繁華街の奥地。寂れた雑居ビルの薄汚れた地下室の中に、絶叫が響き渡った。
「何故っ! どうして勝てないっ!」
 筐体をダン! と叩き、半泣きの顔でマーラーは無常にコンティニューカウントが続いていく非情な画面を眺めた。これで289チャレンジ目。300チャレンジの大台まであと僅かである。
「私の何が悪いんだっ?! こんなにも練習を繰り返しているのにっ!!」
 台の上に積まれたコインを乱暴に投入し、即座にコンティニュー。すると、筐体の向こうからひょい、と呆れ顔を覗かせた少女が居た。1000分の1に分離した大魔界長。そう、あのヒルドである。
「だーかーらぁ。マーちゃんてばゲームの才能ぜんっぜん無いんだから。すぱっと諦めちゃった方がいいって、あたしは思うんだけどねぇ」
 ヒルドの溜息混じりの声に、しかしマーラーは首をぶんぶんと横に振った。
「しかしっ、たかが人間如きが製作したプログラムにこのまま負けっぱなしでは、私の魔族としてのプライドがぁ!」
 昨日の晩、どこからか新しい基盤を拾ってきてから、翌日の昼の今の今まで延々とこの調子である。しかも、こんな見せ掛けだけの安っぽいプログラムにこの体たらく。ヒルドは腰に手を当て、はぁ、と息を吐いた。地上界担当、やっぱり代えたほうがいいのかしら。
「まぁいいわ・・・・・・、付き合ってあげるわよ。ほら、見ていて上げるから早く始めなさい」
「ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします!」
「はいはい」
 もちろんそれはマーラーの事、300の大台があっという間であった事は言うまでも無い。
「・・・・・・うう、もう嫌だ・・・・・・」
 そして遂にコインが底を尽き、筐体に突っ伏して真っ白に燃え尽きたマーラーに、ヒルドはやれやれと肩をすくめた。
「ま、頑張る子は嫌いじゃないんだけどね」
 それからその口元に、少女の外見からは想像ができない程の妖艶な笑みを浮かべ、
「それよりもマーちゃん。あの計画は順調なの?」
「は・・・・・・」
「ほら、起きるの」
 口元に笑みを浮かべたまま、ヒルドはマーラーの身体を抱きしめると、マーラーの唇に深くその唇を重ねた。
「ん!」
「んぁ・・・・・・っ」
 そして濃厚なディープキス。驚きに目を見開き、しかし唾液に濡れた熱い舌を絡められると、マーラーは成す術も無くその身体をヒルドに委ねるしかなかった。マーラーの口内がヒルドの熱い舌に執拗になぶられる。そして、5分間もの濃厚な交わり。何度も大きく身体を震わせ、マーラーの目が焦点を失う頃。ヒルドはようやくその唇を離した。濁った白い唾液が、二人の唇の間を怪しく伝う。
「・・・・・・ふぁ」
「どう? ちょっとは元気になったかしら」
 ヒルドの問いに、マーラーは軽く全身を痙攣させながら、コクン、と頷いた。何度自分は絶頂に達したのだろうか、それすらも判らないほどの凶悪的な快楽に、身体が全く言う事をきかない。マーラーはヒルドの身体にもたれ掛かったまま、欲情に潤んだ瞳を見開き何度も荒い息をついた。しかしどうだろう、身体に力が満たされている。
「ふふふ。マーちゃんには、ちょっと刺激がきつかったかしら?」
「ひっ、ヒルド様自らのご寵愛・・・・・・感謝します」
 激しく熱を持った身体は、マーラーにそう喋らせるだけでやっとだった。ヒルドのキスによって身体に精気が満たされたとはいえ、その威力たるはマーラーのキャパシティーを遥に上回るモノであったのだ。改めて畏怖の念が強くなる。さすがは大魔界長。これで1000分の1の分身なのだから・・・・・・。
「で。あの計画。順調に進んでいるの?」
「・・・・・・はい。現段階では、何一つ滞りなく」
「そう、それが聞けて安心したわぁ」
 ヒルドはその顔に無邪気な笑顔を浮かべると、マーラーの頬に軽く口付けをしてから立ち上がった。
「マーちゃんには色々と期待しているんだから。頑張ってよね」
「はっ、はいいっ」
「さて、と。順調なら・・・・・・、あと少しで頃合よね」
 見据えた先は、はるか彼方。ヒルドは薄暗い地下室の古ぼけた天井を見上げてから、先程と同じように、口元に妖艶な笑みを浮かべた。
「待っていてね、子猫ちゃん達。もうすぐ地獄を味合わせてあげるから・・・・・・」
「ところでヒルド様。どうしてそんなに回りくどい方法なのですか? 封印してしまうのが一番に手っ取り早いと思うんですが」
「ふふ、これだからマーちゃんは何時までたっても女神達に負けっぱなしなのよ。いい? 物事には順序って言うモノがあるの。それに、やっぱりやるからには楽しめなくっちゃ。勿体無いでしょう?」
「はぁ、そんなもんですか・・・・・・」
「そ。そんなもんなの」
 人差し指を立てて、ヒルドはにっこりと微笑みを浮かべた。
「それじゃあそろそろ行こっか。マーちゃん、準備はいい?」
「あのっ、ちょっと待ってください!」
「どうかしたの?」
「行く前に、きっ、着替えをさせて下さい」
 頬を赤く染めてマーラー。ヒルドは首を傾げた。
「どうして?」
「あのっ、先程ので・・・・・・下着が・・・・・・・・・その」
 声がどんどん小さくなる。失禁こそなんとか免れたとはいえ、マーラーの下着には、自らが出した愛液がベットリ付着していたのだ。その仕草が可愛かったのだろう、ヒルドはマーラーに抱きつくと、赤く染まったマーラーの頬に何度も頬擦りをした。
「気が変わっちゃったわ。行くのはもうちょっと後にしましょ」
「は?」
「だってマーちゃん可愛いんだモノ。もっと可愛がってあげたくなっちゃった」
「いやっ、それは・・・・・・!」
「ほら、服なんて要らないわ」
 ヒルドが手を上げると、瞬時にマーラーの衣服が全て剥ぎ取られる。
「ちょ・・・・・・」
 ちょっと待った、そう叫ぼうと大きく開けた口がヒルドの唇に覆われる。そうなるともう後は一方的な陵辱だった。先程以上に激しいディープキス、舌を巻き取られ、生ぬるい唾液を大量に注ぎ込まれ、そして強引に冷たい床に押し倒される。ヒルドの右手はマーラーの大きな乳房を巧妙に愛撫し、もう片方の手は茂みの奥、愛液でぐしょぐしょになったクレヴァスを執拗になぞり上げた。
「ああっ、もう許して下さいぃ」
 朦朧とする意識の中で、必死に叫ぶ。ヒルドの唇が敏感な部分に触れるだけで、気が遠くなるほどの快感がマーラーの精神を侵していく。しかしヒルドは容赦なかった。
「だめよ。マーちゃんてばまだ全然満足していないでしょ? 大丈夫、思いっきり優しくしてあげるからぁ」
「ひぃぃっ! 駄目ぇ!」
 大きく膨らみ充血しきったクリトリスを爪で引っ掻かれ、マーラーは白目を剥いて悶えた。それはもはや快楽を超えた快楽だった。絶え間無く襲い来る凶悪なエクスタシーの波に、どこまでも流されていくしか術はない。
「ほらほらっ、ここも気持ちいいでしょ? ほら、ほらぁ」
「ひぃっ! ひぃぃぃ!」
 そして、それから一時間近く。雑居ビルの薄汚れた地下室の中に、マーラーのあられもない喘ぎ声が延々と響き渡ったのであった。

 失禁し、痙攣したまま意識を失ったマーラーの頬にキスをしてから、ヒルドはゆっくりと立ち上がった。そして、うーん、と背伸びをする。
「ふぅ。マーちゃんてばもうちょっと頑張ってくれないと。これは要修行、ね」
 くるり、と身体を回転させ新しい服を身にまとうと、ヒルドは肩をすくめた。
「さてと、マーちゃんは疲れているみたいだし・・・・・・。あたし一人でいこっかな」
 時刻は正午を過ぎたばかり。
 事が順調に運んでいれば、そろそろ頃合である。
「まずは・・・・・・妹ちゃんね」
 小さく呟き。ヒルドは唇の端を吊り上げ、凄絶な笑みを浮かべのだった。
「女神とだなんて久々だからね。ふふっ、期待させてもらおうかしら・・・・・・」