下町侍女事情




 1

「マリスっ、ねえ聞いて聞いてっ!!」
 と、ペンギン柄の可愛らしいパジャマとお揃いのナイトキャップを着込んだリーザスの女王、リア・パラパラ・リーザスが頬を膨らませて部屋に駆け込んできた時。マリス・アマリリスは今朝図書館から借りてきたばかりの小説を、ちょうど読み終えた所だった。
「マリスマリスマリスマリスっ!!!」
「どうしました、リア様」
「ダーリンが居ないのっ! 今晩こそは可愛がってねーっ! ってあれだけ言っておいたのにどこにも居ないのっ!」
「ランス様ですか?」
 歴史の割には痛みの少ないハードカバーの表紙をそっと閉じ、マリスは寝間着の襟元を正しながらゆっくりと椅子から立ち上がった。そして余程急いで走ってきたのだろう、ぜいはあと息を切らせているリアに向かってたおやかに微笑む。
「ランス様なら、一時間ほど前にシィル様とお出かけになりましたよ」

 今からちょうど一時間ほど前。
「よぉ、マリスじゃねーか」
「こんばんわー」
「ランス様とシィル様? どうされたんですか、こんな夜分遅くに」
 本日の最後の仕事である書類を胸に抱えて自室に戻る最中、マリスはランスとシィルにちょうど出合っていた。その時に二、三、言葉を交したのだが、その時の話によると、これから城下町に新しくできたばかりの魔法道具屋へ行くと言う事だった。
「ウェンディさんが、さっき教えてくれたんですよ」
「何やらすんげぇイイモンが揃っているみたいだからな。今から早速、買い占めに行く所だ」
「ウェンディさんが? ああ、そういえば」
 そんな話をちょうど昼間に、侍女達が話していた事を思い出す。彼女達の噂によると、その魔法道具屋はどうやら大人のおもちゃを専門に扱っていると言う事らしい。中にはとんでもないレアアイテムも扱っており、ディルドゥ一本で何万ゴールドもする様な品物まで在るという。

「えーっ!!! あの道具屋だってこっちが先に約束してたのにーーっ!!!」
 リンゴの様に大きく膨らませた頬を、更に膨らませるリア。
「ダーリンのーっ、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ!!」
「今、美味しい紅茶をお入れしますから」
「ぷーっ!!」
「美味しいお茶菓子もありますよ」
「むーっ。リア、苺のショートケーキじゃなきゃ嫌だもん」
「ご安心下さい。ちょうどここに在ります」
 マリスは戸棚の扉を開けて、大きな苺の乗った美味しそうなショートケーキを取り出した。
「リア、モンブランも食べたい・・・」
 指をくわえてリア。マリスは微笑んだ。
「ご安心下さい。ちょうどここに在ります」
 戸棚から、大きな栗の乗ったモンブランを取り出す。
「チョコパフェ!」
 笑顔でリア。マリスは微笑む。
「ご安心下さい。ちょうどここに在ります」
 そしてマリスは、棚の中からチョコレートとたっぷりの生クリームでデコレートされたチョコパフェを取り出した。
「ところで、リア様」
「ふぇ、ふぁふぃ?」
 口の周りをクリームたっぷりにしてお茶菓子を頬張るリアの為に、あの魔人ケッセルリンクすらもを虜にしたと名高い極上の紅茶を煎れながら、
「明日、覗いてみませんか? 魔法道具屋を」
「? マリス、何か欲しいモノがあるの?」
「ああいった道具に、古代の技術がどう生かされているのか。興味はあります」
「それじゃあ一緒に行こう!」
「はい。お供させて頂きます」
 こうして、マリスとリアは魔法道具屋に出かける事になったのだった。


 2

 翌日、昼。
 さんさんと照り付ける太陽と澄み渡る青空の下、マリスはリアと2人並んで、色とりどりの露天が軒を並べ、行き交う人々で華やかに賑わう城下町を歩いていた。そして目指すは城下町の外れ。スラムの近くに最近店を開けたばかりの魔法道具屋、その名も 『まじかるあんてぃーく』 である。
「ねぇねぇ、マリス」
「なんですか? リア様」
 リアは、先ほど露天で買ったばかりの大きなリンゴ飴をペロペロと舐めながら、
「知ってる? メナドちゃん、彼氏ができたんだって!」
「それはそれは」
「で、付き合ってるのが、確か・・・・・・ざら、ざら、ざら・・・・・・・・・」
「ざら、さん、ですか?」
「ちがうのっ、ざら、ざら・・・」
 リンゴ飴を鼻先でくるくると回しながら、
「・・・ざら、ざら・・・・・・そうそう、ザラックっていう奴!」
「メナド様が、あのザラック様と・・・・・・ですか?」
 マリスは表情こそ変えはしないが、少なからず驚いた様子である。
 それもその筈だった。メナド・シセイといえば赤の将軍リックの副官であり、その純粋で実直な性格から、異性とは縁程遠い少女であった筈だ。そんな彼女が、まさかあのザラックと付き合うとは。正に青天の霹靂という奴である。
 彼、ザラックは有名な兵士であるが、特に優秀な戦果を上げている訳ではない。悪い意味で有名な兵士なのである。侍女長であるマリスの耳には、彼の悪行の報告が度々寄せられているのだ。まぁそのほとんどが程度の低いものばかりで(痴漢、万引き)、特にどうこうと動く者は無く。侍女長と言う仕事の傍らでリーザスの人事を裏で操るマリスも、そんな程度の低い人事に時間を割くよりも、新王ランスの豪快な政策の事後処理をする方がもちろんリアの為になると思い、ザラックには見向きもしなかったのだが・・・・・・。
「驚きでしょーっ! まさか、あのメナドに彼氏ができるなんて!」
「・・・・・・」
「マリス? どうかしたの?」
「いえ。少々考え事をしていました。すいませんリア様」
「それよりほらほらマリスマリスっ、看板が見えてきたよ! あそこじゃない?! まじかるあんてぃーく!!」
 話しながら歩いている間に、辺りの景色は何時の間にか華やいだモノからどんより影の落ちたモノへと変わっていた。城下街の外れ、スラム街に入ったのである。
 その影の落ちたスラム街にあって、激しく場違いな雰囲気を醸し出している一件の店があった。今にも崩れそうに見えるのは気のせいだろうか、それとも演出か。そんな佇まいの店の軒に飾られたのは、原色散りばめられた艶やかな電飾の看板に仰々しく描かれた、まじかるあんてぃーく、という文字。そして扉の両横には、誰が見ても目を背けたくなる、巨大でリアルな男根のオブジェクト。
 品性を疑う、とは正にこの事だろう。マリアは微かではない疲労を感じたが、
「そうですね」
 リアの手前、にっこりと頷くのだった。
「うっわーっ、すっごく面白そう!! マリスマリス、早くいこうよーっ!」
「リア様、急がなくても店は逃げませんよ」
「でもでもっ、欲しい物が売れちゃったら嫌だもん!」
「それでは急ぎましょう・・・・・・あら?」
 駆け出したリアを追うマリスの足が、静かに止まる。
 『まじかるあんてぃーく』 から、ちょうど一人の男が出てきたのだ。中肉中背、整えられた長髪、目つきが鋭く、何やら危うい印象を受ける男。その顔には見覚えがあった。
 そう。偶然にもたった今話題に上がっていた人物、ザラック本人である。
 彼は両腕で大事そうに胸元の紙袋を抱え店を出ると、辺りを慎重に伺おうとした。まさか自国の王女が駆け寄ってきている事など想像できなかったのであろう、軒先でリアと蜂合うと、その表情が見る見るうちに強張る。
「りっ、りっ、リアさまっ・・・?!」
「じゃまよっ、そこじゃまっ! どいてどいてっ!」
「はっ、しっ、失礼しましたあっ!」
 王女に睨まれ、慌てて扉の前を譲るザラック。
「マリスっ、早く早く!」
「只今参ります。ザラック様、失礼します」
 路地脇で冷や汗らしいモノを拭いながら胸をなで下ろしている男、ザラックに小さく一礼をして、マリスはリアの後を追う為に店の門を潜った。

「あー、驚いたぜ。まさかリア様がこんな場所に来るなんてな・・・・・・」
 二人のお偉方を見送り、ザラックは心底疲れ果てた様子だった。しかし胸に抱えた紙袋の中身を確認すると、その表情が見る見るうちに生き生きとしたモノになる。
「こいつで今晩はメナドと・・・・・・へっへっ」
 にやついた笑みを浮かべたザラックは、スラムの街中へと消えて行ったのだった。


 3

 その日の夜は、澄んだ空に大きな満月が浮かんでいた。
 そして盛り酒場からも灯が消える、そんな深夜遅く。マリスはたった1人で、兵舎脇にある大きな古井戸のふもとへと足を運んでいた。
 マリスの目的は、一人の男と落ち合う事。
 そして、彼が所有する「とある」アイテムを譲り受ける事でる。

 あれから。『まじかるあんてぃーく』 に足を踏み入れた二人が見たものは、それはもう見るも無残な光景であった。店主にとっては最高の光景なのであろう、小柄な髭面の男は金貨が詰まった袋を手に小躍りしてはいたが。そう、商品と言う商品が全て売り切れていたのである。
 本来ならば商品が陳列されている筈の小汚い棚、放出品と札の張られた大人1人が丸々入れそうな大きな壷3つ、そして天井から釣り下げられた、商品を掛けておく為だろう数十の錆びたフック。まるで搬入する前の新店舗の如く、それらには商品と呼べる物が何一つ無かった。
 無論この非常事態に、あのリア王女が正気で要られる訳が無い。早速店主に詰めかかり事の顛末を聞き出すと、なんと昨晩の内にほとんどの商品が買い占められたと言う事が判明したのである。誰が買い占めたのかは言うまでもない。そう、ランスである。
「最後の商品も、たった今売れちまいやして・・・・・・」
 般若の如く様相で迫る王女に、冷や汗を流しながら小男。
「さっき出て行った奴がいましたやろ? あいつですわ」
「えーっ! 嘘嘘嘘嘘ーっ! くやしいーっ!!!」
「ああっ、あんまり暴れんとって下はいな!」
 ドンドンと地団太を踏むリアに、小男は慌てて縋り付く。外見通り、どうやらかなりの安普請らしい。狭い店内が3人と共にギシギシと揺れる。しかしそんな事、リアには知った事では無い。
「ダーリンの馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!! 馬鹿ーっ!!!」
「ああっ、店が壊れてまう! 後生やから堪忍やーっ!」
「店主、聞きたい事があるのですが」
「あんた何をのんきに・・・・・・! はよぅ王女さんを止めてんか!」
「ああ、それならご心配なく。もし破損された箇所があれば、請求書をお出しいただければ修繕させていただきますので。それよりも、次回の納品は何時になりますか?」
「次は半月後や! ああっ、王女様、そこは触らんといてぇ! ひぇぇ!」
「むきーっ!!」
「半月、ですか・・・」
 狭く軋む店内をどたどた走り回るリアと、それを泣きそうになりながら追い掛ける店主を眺めながら。マリスは暫く腕組みをして考えに耽っていたが。
「では、リア様。こういたしませんか?」
「何か良い考えがあるの?!」
 それでも店内を勢い良く駆け回りながら、リアは「ぱぁっ」と笑顔を浮かべた。
「もしかして、ダーリンに頼んで」
「それは無理でしょう」
 マリスは即答する。
「あのお方は、ご自分で手に入れたモノを簡単にお譲りになる様な方ではありませんから」
 それほどまでに付き合いが深い訳ではないマリスでさえ、ランスの性格は良く知っている。彼は自分のモノを (気に入っていれば尚更に) 絶対に飽きるまで手放さない男だ。しかも昨日の今日である。そう易々と、買ったばかりの魔法アイテムを譲ってくれる訳が無い。
 だからマリスは、こう提案した。
「ですから、ランス様以外の方と交渉する、というのはどうでしょうか」
「えーっ。だってこの店のモノ、全部ダーリンが買い占めちゃったんじゃないの?」
「ぜい、売れ残りを、ぜい、何人かの客が、はあ、買うて、いった、ふう、わ・・・・・・」
 ようやく走り回る足を止めて、リア。息も絶え絶えで追い掛けていた男は空の壷によたりかかりながら、その言葉に弱々しく首を振った。
「ふぅ、はぁ、死ぬか、思たわ・・・・・・」
「それで店主。先程の方は、何をお買いに?」
「ぜい、はぁ・・・・・・はぁ、バイブですわ。ちょっと、まってや」
 男はよたよた歩くと、カウンターの下から箱を取り出した。
「展示用の空箱でよかったら、見たって下さいな」
 長さ太さは男性の二の腕程の、茶色く煤けた長方形の箱。その正面には、難解な古代語で文字が記されていた。どうやら商品名であるらしいのだが、店主も読み方は解らないらしい。無論リアにも、そしてマリスにも解読は無理だった。
「それで、このバイブにはどのような魔術が施されているのです?」
 神妙な面持ちで、箱を眺めながらのマリス。しかし店主の言葉に、その表情が更に神妙になる。
「わからん」
「わか・・・・・・」
「ついでに言うとな、製作者も制作日も賞味期限もなーんもわからん」
「それは、つまり」
 すぅはぁ、とマリスは息を吐いてから、
「カースドアイテムの可能性も」
「ああ、あるわな」
 店主もマリスに習ってか、神妙な顔で肯いた。この時点で既にマリスの頭からは 「ザラックから品物を譲り受ける」 という案は消え去ったていたのだが・・・・・・。
「ねーねー、マリス。カースドアイテムって?」
 リアだけが好奇心にランランと目を輝かせている。マリスは何やらやるせない感傷を抱きながらも、笑顔で答えた。
「カース。つまり、呪われしモノです」
「実際には、呪われたアイテムなんてそうそうあらへん。ただ、古代遺跡品の多くには魔法が掛けらてましてな」
 流石に腐ってもこんな店を開業するだけ在り、知識は豊富らしい店主。似合わないウサギの前掛けのポケットから取り出したるは一本の人差し指大の棒。
「みといてや」
 と、棒の下のスイッチを押した瞬間、棒はあっと言う間にその姿を変えて、3メートル程の縄となる。
「すっごーい!」
「しかもこの縄、肌にめちゃくちゃ奇麗に跡残すけど、使用者が好きな時に跡を消せるっちゅう優れクンや。王女様、いりますかい?」
「ほしいほしい!」
「縄から棒に戻す時は、縄の端のボタンを押す。ほら、元に戻るやろ。使い方はボタン一つやから簡単明快や。ちなみに跡の消し方やけど、棒で跡をなぞればええ」
 と、元の棒切れに戻ったそれをリアに手渡してから、
「まぁ見ての通りや。こんな棒切れ一つとっても、その魔力が半端じゃあらへん。そやから、製作者は自分のしなもんを悪用されんよう、鍵を掛けとる事が多いんですわ。特にこんな・・・・・・」
 と、店主は箱を手に取る。
「バイブなんかは特注品が多かったみたいやし、これにも、間違いのう鍵がかかってるんとちゃいますか?」
「ちなみに鍵の開け方は・・・・・・」
「知らん。そやから流石にわても売る気無くてな、ずーっと隠しておいたんや。やけどさっきの男が 「なんでもいいからよこせっ」 てしつこいもんでな。しかも全部売り切れたっちゅーたら、胸座掴んできくさった。わて頭来たから、じゃあこれでもどないやって売りつけたったんや」
 と、胸を張る店主。なるほど、あのザラックなら頷ける話だった。
「ちなみに鍵が開けられないと、どうなるの?」
「良くて動かない。最悪の場合は呪われます」
「それが、古代魔法品に「 カースドアイテム」 が多いって言われる所以や。掘り出したばかりでロクに解析もできてへんモン使うと、大概は鍵開けれんで呪われてまうっちゅーことやな」
 と、店主は話を締めくくり、
「さて。わてはこれから闘神都市まで仕入れにいくさかい、今日はこれで店じまいですわ。王女様、次回もええ品ようさん仕入れてきますさかい、これに懲りんとあんじょう頼みますな」
 そして、城への帰り道。
「ねーねー、マリス」
「はい、リア様」
 酷く嫌な予感が脳裏を霞めるが、マリスは笑顔で相づちを打つ。
「どうなさいました?」
「私ね、さっき言ってたバイブがすっごく欲しいの!」
「ですが、あれは鍵が」
「そんなの宮廷魔術師の誰かに開けてもらえばいいじゃない! 私は欲しいのっ欲しいの欲しいのーっ!」
 リアがこうなってしまえば絶対に収まりが付かない事は、マリスには重々判っていた。
 だからマリスは、笑顔で頷くのだ。
「判りました。では早速、今晩にでも交渉してみます」
 と。

 約束の時間まで、あと少しというトコロで。
「よっ、随分早いじゃないですか」
 Tシャツにたるみきったズボン、と言ういでたちのザラックが、ニヤ付いた笑みを浮かべながら厩舎から歩いてきた。その手に、昼間見たモノと同じ紙袋を持って。
「すいませんねぇ、侍女長様をお待たせしてしまいやして。あ、でも怒んないで下さいよ。俺だって別に、遅刻した訳じゃないんだし」
 あからさまに見下されている。お荷物でしかない、たかが屑兵ごときに。しかしマリスはその口元に微かな笑みを浮かべ、頭を下げる。
「この様な時間にお呼び出ししてすいません、ザラック様」
「いえいえ。で、侍女長マリスさんが欲しいのは」
 ザラックは紙袋から、一本のバイブを取り出した。
 それは太さ10センチ、長さは40センチはあろうか。月光を受けて黒光りする巨大なバイブであった。これほどの大きさは、マリスも数度ほどしかお目にかかった事はない。
「この、馬鹿ぶっといバイブですか? あの清楚な侍女長様が? 驚きだなぁ!」
 と、ザラックはさも可笑しそうにクックッと声を漏らす。しかしマリスは全く相手にせず、淡々と話を進める。
「それは、今日あの魔法道具屋で買われたモノですか?」
「ああ。結構高かったんだぜ。おかげで今月の小遣い、全部使っちまった」
「では率直に申します。いくらでお譲りしていただきますか」
「そうだなぁ。金の問題って言うよりも・・・・・・」
 バイブを紙袋に戻しにやついた笑みを浮かべたまま、ザラックは空を見上げる。
「俺としては、今晩にでもこいつを使って彼女をヒィヒィ言わせたかったんだ。けどマリスさんが呼び出してくれたお陰で、お預けをくっちまった。俺としてみれば、収まるモンも収まらねぇってわけですよ」
「それは・・・・・・」
 マリスは口元を引き締め、尋ねる。
「私に、今晩相手をしろ。そうおっしゃっているのですか?」
「おっと、早まらねぇでくれよ」
 ザラックは視線をマリスに戻すと、滑稽なくらいに大袈裟に肩を竦めてみせた。
「このバイブはな、30ゴールドもしたんだ。30ゴールドありゃあ良い所の娼婦と30回は寝れる」
 そう言いながら、ザラックはマリスの身体をジロジロと舐め上げるように眺める。
「つまりマリスさん一回抱くだけじゃあ、元を取るどころか大赤字って訳だ」
「それでは・・・・・・どうすればいいのですか?」
「一週間だ」
 ザラックは人差し指を立てた。
「一週間の間、俺の奴隷になると誓ってくれれば。考えてやってもいいぜ」
 それはザラックにしてみれば、叶う筈無いと踏んで敢えて出した提案だった。
 こんなふざけた提案を、才媛に長けたあの侍女長マリスが受け入れる訳が無いのは目に見えている。だからこの提案をマリスが断った後に、譲歩したと見せかけて出す提案が彼の本命だったのだ。
 だから、
「判りました。それでお譲りいただけるのでしたら」
「じゃあしょうがねえな・・・・・・へ?」
 まさか頷くとは想像もしていなかったザラックは、間抜けにも大きくぽかんと口を開けて、マリスを見返すのだった。