迷い込んできたシャムの仔猫があまりうるさくぎゃーぎゃー鳴くので二、三日面倒見たがミルクにも鰹節にもいっさい手をつけようとしない。ただただ母親を求めて甲高く鳴いている。ものの本によれば仔猫は排便をうながさなければエサも食べないとか。脱脂綿を水に浸してウンチの出るあたりをちょんちょんとついてやったがなにも出さない。がりがりにやせているので気が気でない。ネットで検索すると幼い猫は体温調整が自分ではできないということだ。電気アンカを買ってきて上に置いてやると母親のぬくもりを思い出したのか急に黙りこくってそのまま半日も眠っていた。頭の大きさと体の大きさがほぼ同じくらいなので白い毛玉が二つちょこんと乗っている感じだ。夜半に目を覚まし、また鳴きはじめた。こちらも少しは利口になっている。スポイトに牛乳を仕込み、猫の口にもっていった。が、嫌がる。排便もしない。よ〜し、鰹節だぞ〜。これも食べない。少し眠って元気になったから、また母親を求めて鳴きだしているのだ。あるいは母猫もこいつを探しているかもしれない。しかし、この寒空に外へ放り出していいものかどうか。仔猫は体温調整ができないのだ。しばらくして鳴き止んだ仔猫は、今度はうらめしい目つきでわたしをジッと上目使いににらみはじめた。これはたまらん。こんな悲しい目で見られていては。とにかく母親のもとへ返してやろう。でないとこのまま何も食わずに死んでしまうだろ。厚手の下着で何重にも包んでカンガールーのように胸もとに抱えて外へ出た。するとなんとしたことだ。いままで鳴いてばかりいた仔猫が目をつむって安心したようにじっと動かない。まるですべて信じたかのようにわたしの胸に顔をうずめ、歩くたびに揺れる振動に心地よさそうに身をゆだねている。五、六分歩いて某私鉄の線路際に出た。路線にそって土手が続き、町内の有志が植えたさまざまな木々や植物が繁茂している。そこにそっと仔猫を置いた。厚手の下着から顔だけだした仔猫のもの問いたげな目からすぐに視線をはずし、駆け足で家に戻った。背後からはなぜか、仔猫の鳴き声はしなかった。
翌朝、昨夜の場所に仔猫の姿を探した。くるんだ下着の中はもぬけの空だった。きっと母猫がくわえて帰ったんだ。そう思いたかった。晴れ渡った青空がやけにまぶしく、風景にくっきりと濃い影をつくっていた。




猫を捨てる 2005/12/03

Iwaki Haluo