余は如何にして宝塚信徒となりし乎
映像作家宝塚にハマるの巻

第11回 「虚構」という人生(2) (2000.6)

さて、前回の続きの「「虚構」という人生」の後半です。苛烈な出世競争の中でタカラジェンヌはどう闘って生き抜くのでしょうか。ほんとにロールプレイングゲームのネタにでもなりそうなほど、タカラジェンヌとしての出世コースは定型的です。前回では新人公演を卒業した研7くらいのところまでお話しました。御歳は高卒では27才くらい、中卒では24才くらいです。すでに同期の娘役でトップになっている人もいるし、同期は50人弱の中のもう半分くらいは辞めています。「花嫁学校」として良縁がついた人もいれば、 組替えなどの劇団の方針に不満をもち、結婚準備を理由として辞める人もいれば、若いうちに芸能界へ行った方が有利だ、という理由で内密の芸能プロダクションからの誘いを受けて辞める人(映画に出演して賞をもらった宮本真希「斐貴きら」なんてその口)もいるわけで、必ずしも舞台人としての限界を感じて退団するわけではないのです。

この中で結婚退団は俗に「寿退団」と呼ばれ、ジェンヌが「結婚しますので退団します」といえば、歌劇団は一切それを止めることができない、究極の切札であるとまで言われます。ですから、結婚退団の中には少なからず歌劇団の方針に対し不満を持って辞める人もいないわけではないでしょう。しかし、この「寿退団」の真相は掘り返さないのが普通です。有名な例としては、当時雪組2番手だった寿ひずるが人気があるために、じゃあ、花組でトップにしようとしたら、寿は雪組に強い愛着をもっていて、花組に移籍するなら辞める、と決意して坂東八十助との結婚を口実に退団したなんていう話が囁かれています。

そんなこんなでライバルたちは消えて行き、幸運にもセンターラインで活躍できたジェンヌは順当に「番手がついて」いきます。男役は旧ソ連並の序列社会で、トップスターを頂点として2番手、3番手、4番手、といった序列によって芝居やショーの中で振られる役割や、登場回数が決定されます。このような「番手」は公式にはまったく触れられることない「非公式」の序列なのですが、ファンは皆知っていますし、また、知っていなければショーの構成を正しく把握できないとさえ言ってもいいでしょう。

この番手を正しく把握するためにもっとも正確な資料は大劇場作品のプログラムの写真掲載順です。大きな1枚写真でトップ、娘役トップ、2番手が載り、やや小さな1枚写真で3番手以下が、そして若手センターラインが2枚写真で載り、それからはほぼ「学年順」で組長から掲載されていくというのが、宝塚の慣例です。 しかし、4番手以下の序列はまったく不確定的な要素が多く、ひっくり返ることもありますし、2枚写真から1枚写真への昇格や、あるいは組替えによる変動もあるわけで、人気と実力によってこの写真掲載順が変動し、順調に行けば2枚写真から1枚写真へ、そして準トップ(二番手)、トップへと出世していくことになるのです。そして大劇場作品での出番も増え、バウホールの主演作品もいくつかこなし、というように実績を積み重ねて行くと、順に番手が上がり、出世していくことになるのです。

そしてもうじき30才、という頃にようやく準トップ(二番手)に昇進し、トップスターの「死を待つ」状態に出世するわけです。この頃には同期の娘役トップはもう退団しています。トップスターが退団するときに、娘役トップも同時に退団することが多い背景には、宝塚の「男尊女卑」と言われる「娘役は使い捨て」という習慣が実はあるわけで、旧トップの相手役が必ずしも新トップとの相性が良いとは限らないために、「辞めて下さい」と歌劇団から言われることがあるのです。このことを大地真央の相手役だった黒木瞳が暴露しています。黒木瞳はそれに対する反発から、映画界へ転身し、「宝塚の娘役」のイメージを壊すようなヌード写真集を出して、おかげで娘役の出世頭になったわけです。他の同期たちも残っているのは10人程度にまで減ります。

次期の興行の看板として、この2番手という地位は人気が重要になってきます。 この時期に人気を十分に蓄えておかないと、トップとして短命なスターに終るわけですから、直接の競争相手はもういないにせよ、何があるかわからないともいえるのです。最近では順当に準トップになればトップへの道が約束されているとも言えるのですが、しかし、トップが退団する時に三番手と人気がわずかの差しかない、という状況だと、ひょっとして飛ばされて退団を強いられることにならないともいえないわけです。これが起きたのが花組トップ大浦みずきが退団を決めて、次期トップとして3番手でオスカルをやって人気上昇中の安寿ミラが選ばれ、2番手の朝香じゅんが飛ばされて退団に追い込まれたという事件もかつてあったわけです。

そしてトップの「死を看取って」晴れてトップスターに昇進するわけです。とはいえ、年齢は普通30過ぎ、公演の軸としてほとんど出ずっぱりに近い労働量、体力も衰えてきますし、公演の看板である以上、よほどの怪我や病気でないかぎり休演さえできません。また、組の顔としてさまざまなイヴェントにメインゲストとして出演したり、宝塚での各種イヴェント興行でも中心になって場面を持たせなくてはなりません。 そんな状況ではトップスターとして活躍できるのは最近では長くて4年、短い人では2年程度で退団するようになっています。 そしてトップスターとして退団した後は、いかに宝塚を愛していようとも歌劇団に残る手段はありません。

トップスターとして退団する瞬間が、実はそのジェンヌにとって生涯最高の瞬間です。 トップスター退団公演では、前楽と千秋楽にサヨナラショーが通常の番組の直後に特別番組として行われます。観客のほとんどはそのトップスターの熱烈なファンたちで埋まります。 2500人の観客と70人の組のメンバー(組子)が自分を迎えてくれるサヨナラショーの熱狂の中で、退団の儀式を執り行うわけです。 しかし、その後に虚脱状態になるのは退団されたファンだけではなく、退団したスターもそうなのです。 事実退団後の人生がほとんど余生に近くなってしまう元トップスターいます。芸能界に行かずに完全引退した紫苑ゆう麻路さきは「男役を極めた」芸風でしたから、「男役」のない一般芸能界で生きて行くことなぞまったく考えずに、そのまま結婚しました。一番極端な例は麻路さきで、ブラジルの宝石商と結婚して退団し、現ブラジル在住ですが、噂では「マリコさんに会いにいくツアー」というのがあって、ブラジルのその宝石商店にいくと、麻路さきが宝石を売りつけるというツアーだそうですが、行く人もやっぱりいるわけですね。

まあ、これは極端な例として、一般芸能界に普通は元トップスターが入って行くわけですが、これがかなり厳しい現実に曝されるわけです。なぜなら30過ぎのオバサンであり、発声も宝塚の人工的な「男役声」から直していかなくてはいけませんし、宝塚ファンの間では有名でも一般にはそれほどのネームヴァリューがあるともいえないわけですから。 当然一般芸能界に男役があるわけはありませんから、男役演技も変えていかなくてはなりません。現在の宝塚の演技自体はパブリックイメージとしての「宝塚調」とは異なり、自然な演技が普通です。しかし、いわゆる「舞台の」演技であり、映画やテレビドラマなどの映画的演技とは大きく違います。ですから映画の演技術を最初から学び直さなくてはいけないわけで、テレビなどに出演するにはかなりのハンディキャップがあるといった方が良いでしょう。では、一般の商業演劇はどうでしょう。

宝塚を所有する阪急コンツェルンは、兄弟会社として東宝をもっているわけで、東宝は映画とは別に商業演劇の大手でもあります。東宝はよくミュージカルを制作し、「東宝ミュージカル」として公演を行うのですが、これに宝塚出身者がかなり多く使われています。とはいえ、やはり娘役の方が使いやすいというのも否定できないようで、かつてのトップスターとはいっても、助演者に回っていることが多いわけです。 現状で見て、舞台女優として大成功している元トップスターは、鳳蘭大地真央麻美れいくらいで、一路真輝は今年の東宝版「エリザベート」が成功するかどうか、に懸かっているくらいなところです。あるいはダンスコンサートを定期的に開いている大浦みずき安寿ミラあたりまでしか成功組はいないといってもいいでしょう。元トップスターの「老後」はキビシイのです。

それでは「負けた」人々はどうなのでしょう。脇役として、スペシャリストとしての修行を積むと、まあ、日本的年功序列とでもいいましょうか、それなりにスターに近い位置に立つことができるようになるわけですし、決め技があるのならば、ファンにそれなりに愛されるジェンヌとなることも可能です。当り前のことですが、センターラインのスターだけで公演が成立するはずもないのですから。とはいえ、日本的結婚圧力というものもあるわけで、同期のトップスターが退団する時、残っている同期生は5人以下になっていることが普通です。性格がよく、まとめ役としての適性があると認められた場合には、「組長」「副組長」という「管理職」になって、組の公式の代表者として組をまとめていくことを仕事とすることもありますし、最近ではほとんどないのですが、「専科」と呼ばれる組所属を離れたベテラン集団に入ることもあるわけです。一応かの春日野八千代前理事長も「専科」に所属していることになっています。組長などはその組の全公演に出演する義務がありますが、専科は芝居だけ、というのも可能ですから、体力が衰えたから専科、という選択もあるわけです。

多少のスペシャリストたちは音楽学校の教師として採用されます。また、ダンサーを中心として宝塚受験コースがあるようなダンススクールを経営したりするようなこともあるわけで、元タカラジェンヌのその後の人生はさまざまであるといえるでしょう。扇千景みたいな政治家もいれば、琵琶奏者になった上原まりなど、単なる良家の奥様になるだけではなく、多彩な人生を送る人々がいるわけです。

そして、やはり娘を宝塚に入れようと努力したりもして、花園の円環が続いていくのです。結構タカラジェンヌには2世(3世)がいますし、姉妹でジェンヌという人達もいるのです。なぜなら、黒木瞳が書いています。

宝塚時代を語らなければ、私の人生は語れない。でも、宝塚時代を語ったところで、私の人生は語れない。 宝塚は虚構だから。花園だから。夢の世界だから。 宝塚に入ったら無期懲役が一番いいと思う。宝塚ほど素晴らしいところはない。私に女の子が生まれたら、宝塚に入れたいと思う。でも、一生そこからだしたくない。外気には触れさせたくない。宝塚には、なにか妙に気分がよくなる麻薬のような、誰も知らない秘薬のような、不思議で神秘的な力があると思う。 (黒木瞳「わたしが泣くとき」より)

後記:星組4番手で、ダンスの名手の音羽椋(おとわ・りょう)が退団を発表しました。噂では足の故障で手術をしたけども回復が思わしくないために退団を決意したとのこと。残念無念。ダンサーは要するに運動選手と同じで体が資本、プロ野球選手のケガで引退とほとんど変わりはしないのですが...



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