余は如何にして宝塚信徒となりし乎
映像作家宝塚にハマるの巻

第10回 「虚構」という人生(1) (2000.5)

年度末で忙しく、久々の連載となりましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。休載の間にも宝塚シーンではさまざまなことが起きています。第7回でベルリン公演について軽くお話ししましたが、そのときに公演座長紫吹淳の相手役が千紘れいかであるとお伝えしました。しかし、千紘れいかは東京月組公演を最後に退団ということが発表されたのです。

さまざまな噂、情報を総合すると、どうやらこの退団の真相は、限りなく馘首に近い退団のようなのです。実は千紘は劇団四季のオーディションを歌劇団に内緒で受けて合格し、こっそりと退団しようとしたのですが、歌劇団もそんなには甘くありません。ベルリン公演のトップ相手役の名誉も、宝塚大劇場の退団者の恒例である、ハカマ姿での「卒業」式も完全に召し上げられ、「退団者ご挨拶」も拒まれたのです。

まあ、芸能界での移籍のルールは比較的厳しいのが普通です。ある劇団に所属していれば、他の劇団のオーディションを勝手に受けることは禁止されますし、円満移籍でもない限り、逃げられた方のプロダクションは「誰々を使ってはいけない」というパージ通達を影響力のある関係プロダクションに回して、そのスターをホします。そうでなくても、ダブルブッキングを防ぐために、一定の期間仕事が出来ないというのも常識です。宝塚歌劇団は宝塚音楽学校の卒業生、それも未婚の女性だけによる劇団であり、そのために、歌劇団自体を一種の「学校」という擬制のもとに捉えることがよくあります。確かにどんな人気のあるスターでも、結婚すれば退団しなくてはなりませんし、そうでなくてもトップスターとしての常識的な在任期間(長くて5年)に満ちてくるようだと、なんのかんのという回りの声によって、「卒業」というかたちで実質的に退団に追い込まれることも少なくないのです。

30代の女性の労働として、トップスターの仕事量は半端ではありません。体力的にも限界に近づくこともありますし、魅力的な男を演じること自体、女性としての美しさが充実していないと難しいという面もあり、スターを長く続けることはほとんど不可能に近いわけで、このような「卒業」システムが劇団自体の新陳代謝の役割を果たしていることも否定できないのです。つまり、まだ美しさを保っているうちに潔く退団することが、スターのその後の人生に対してもメリットがあり、なおかつ後輩に道を譲ることでもあり、多少の営業的マイナスを差し引いても全体的なメリットがそれに優るという判断が常識として定着しているのです。

そんなことからタカラジェンヌという人生についていろいろと考えることもあり、タカラジェンヌの人生パターンについて考察してみることにしました。

タカラジェンヌとしての人生は、まず宝塚音楽学校の入試に合格することから始まります。応募資格は「中学・高校卒業または高校在学中」の女性であり、最大4回受験することができます。宝塚音楽学校はいわゆる「各種学校」であり、要するに「イメージフォーラム附属研究所」と同様な学校でしかないのです。しかし、「東の東大、西の宝塚音楽学校」と俗に言われる程、入学が難しく社会的ステータスのある学校としても知られているわけで、特に関西では合格発表がテレビのニュースで報道されるほどです。超厳しい校則(自衛隊による団体行動訓練さえあります)と、宝塚の舞台に立つことを前提とした実技訓練、なおかつ試験科目に「面接(容姿)」とあり「舞台人としての適性のある容姿端麗な」と入試要項にうたわれるほど、女性の容姿自体が「入試」のかたちで裁かれるわけです。ですから、宝塚音楽学校卒業生は「女性であることのエリート」であるとさえ言えるのであり、そのため「花嫁学校」として不動のステータスを誇っていさえするのです。

では宝塚音楽学校に合格するのはどういう人たちなのでしょう。入試科目には「声楽」と「バレエ」、「面接(容姿・試問)」とあります。実際には「宝塚受験コース」を持っている元タカラジェンヌが教えるダンススクールが各地にあり、1ファンからそのような学校に通って合格した、というパターンがかなりあります。もう一つ別なパターンもあります。それはいかにも宝塚らしいのですが、子供の頃からバレエ一筋に打ち込んできて、将来はバレエ団のプリマドンナを目指しているバレエ少女が、あまりに「成長しすぎて」、つりあってペアで踊れる男性がいなくなってしまう、という「不幸」な状況です。いくらダンス力重視のバレエ団でも大きすぎるバレリーナは困るわけで、そういうバレリーナの最後の切札が「宝塚受験」なのです。このパターンで有名なのが私のご贔屓である紫吹淳や、現星組トップ稔幸などです。このパターンでは宝塚ファン時代と言うものが受験前にはまったくない、ことがザラで、受験の後で初めて宝塚を見たなんてことがあるわけです。

晴れて合格したタカラジェンヌの卵たちは、2年間の学校生活を送ることになります。1年目は「予科」、2年目は「本科」と呼ばれ、ほとんどの生徒は寮で集団生活をするわけです。華やかな、というよりも、体育会系の集団生活であり、昼間は実技中心の授業、夜は個人レッスンに励むわけです。2年生(本科)の文化祭が芸名のお披露目であり、この時には男役でいくか、娘役でいくかを決めなくてはなりません。身長164cmを境にして大体分かれると言われています。つまり、舞台上の性別は、身長だけで決まってしまうといってもいいわけです。

こうして音楽学校を卒業すると、歌劇団に入団するわけですが、「学校」と銘打っている以上、学校の成績が入団時にも付いて回ります。新入団者の「序列」は卒業時の成績であり、これがさまざまなリストなどで公開されているだけではなく、奇数年次に試験があり、それによってこの序列が変動していくという仕組みになっているわけで、企業並のキビシイ出世競争に曝されているのです。ファン心理としては、一種の代理出世競争みたいな感情をご贔屓のジェンヌに対して感じる、なんていう意外とセチ辛い部分もあるわけです。形式的にはこの新入団者たちは「研究科」と呼ばれる組織に入ることになるわけで、「研究科1年」、略して「研1」という風に呼ばれていき、この「研究科」は7年で終りです。その後は「タレント契約」という形で残っていくわけですが、この時に、あまり不出来だとタレント契約を拒まれることもあります。しかし、タレント契約になった後も、「研13」という風にこの呼び方は残っていきます。

では、若手時代はどのように出世していくのでしょう。いわゆる「抜擢」というものもあります。本公演の演出家に気に入られる(どのように?)、劇団幹部に気に入られ、スポンサー(有名なところでは現花組トップの愛華みれの住友VISA)がつく、なんていう実力以外の面が大きい「抜擢」は陰でいろいろ噂されたりもします。ここらへんはいわゆる宝塚のダークサイドで、「役を買った」とか、いろいろとアングラな噂が飛び交うあたりです。そうでないジェンヌは、宝塚大劇場と東京で1日だけ研7までの若手だけの配役で本公演に準じて行う特殊公演である新人公演や、小人数公演であるバウホール、地方公演などで目だった実力を見せていかなければなりません。特に娘役は比較的いい役がついてそれがトップスターの目にとまり、いきなり娘役トップに「大抜擢」されるということがないわけではありません。なぜなら娘役トップは看板であるトップスターの相手役であり、体格的釣合であるとか、トップスターの得意ジャンルとの相性であるとか、人間的相性もかなり比重が大きいわけで、必ずしも実力本位でいいというものではないからです。

たとえば宙組の「女帝」と呼ばれる花總まりは研2で抜擢され、星組で準ヒロインを演じ、当時雪組トップの一路真輝に見初められて研4で娘役トップに大抜擢されました。こういう風に娘役は勝負が速く、研7までに娘役トップになれなければ、以降の逆転は難しくなります。また、準ヒロインとして扱われていても、娘役トップが長く在任したり、相手役としてややまずい面があったりすると、実力があっても平気で飛ばされてしまうことも多いわけで、そうすると、脇役に回るか退団するか、という選択を25才くらいで迫られるわけです。また、持ち味によっては最初から脇役として育成される娘役もいるわけです。大人っぽい容姿や、あるいはやや容姿に難あり(比較の問題ですよ、あくまで)でも歌、ダンス、芝居で傑出した実力がある、なんてことだと脇役に回り、「娘役」ではなくて「女役」と呼ばれることになるわけです。

男役は娘役よりも勝負が遅く、新人公演でトップあるいは2番手の役がついていることが、「センターライン」にいる、つまりは将来の主役として期待されているジェンヌである保証になります。この新人公演卒業(研8)頃に、大劇場に附属する小劇場であるバウホールでの主演が、「センターライン」にいるジェンヌには回って来ます。この時期には大劇場での役付きは若手トリオとか、ちょっとしたいい役がついたりしていくわけで、機関誌「歌劇」などにポートレートが載ったり、期待の若手として記事が載ったりして露出していくことになります。この時期が一番競争相手の多い時期であり、ここで「勝ち抜いた」ジェンヌだけがセンターラインに残っていくわけで、負けたジェンヌは脇役に回るか、何かの特技を生かすか、退団するか、ということにやはりなっていくのです。

さらに、この時期は女性にとっては「結婚適齢期」に突入してもいくわけで、少なくとも関西では「タカラジェンヌ」は花嫁最高のブランドであるという事情から、かなり引く手あまたの状態になっていきます。また、組の事情から別な組へと「組替え」になることも頻繁にあり、環境が変わってやる気をなくして退団するジェンヌもあれば、「組替え」で強い競争相手から逃れて敗者復活する場合もあるわけです。また、一般芸能界への憧れの強いジェンヌの場合には、ここらへんで宝塚での出世をあきらめて、売り込み易いうちに、と一般芸能界へ転身するために退団する、なんてこともあります。そういう状況で、どんどんと競争相手は脱落していくことになり、センターラインに残ったジェンヌは4番手、5番手といった地位につくことになるのです。

よく世の中の噂話として、タカラジェンヌの「レズ」話が流れますが、この真相は一般的な通り相場とはずいぶん違います。タカラジェンヌのレズは男役同士のレズが普通です。なぜなら、世の中の「男性」よりも「男らしい男」、「かっこいい男」、「絶対的に女にもてる男」を演じるべく養成された人々なのですから、その芸が男役同士の間でも発揮されてしまう、ということが真相であり、ということは「男役」でも女性ですから、「本当の女としての自分」が「虚構としてのかっこいい男」である男役を愛してしまうのは別に変なことではありません。この関係が男役同士のレズでは二重に重なるわけで、互いに「自分は女」だから、「かっこいい男」役を愛するのであり、このような恋愛感情はまったく正常な異性愛なのです。ですから在団中はレズの噂で有名だった元ジェンヌが芸能界で男と遊びまくっている、なんていうことが起きてしまうのも当然です。この男役同士の愛と比較すれば、男役と娘役の「愛」は頻度も低いですし、遊びで終ることも多いようです。また、娘役同士の「愛」はほとんどないわけで、いかにタカラジェンヌの恋愛感情がノーマルであるか、という証明のようなものです。

このような恋愛感情について余談をしたのは、男役の出世に多少影響がないわけでもないからなのです。元花組トップの安寿ミラと2番手真矢みきの「愛」は有名で、そのためにトップの安寿のライバルでもある真矢が、トップ安寿が安心できる2番手として強力に支えたという事情があったりもするわけで、こうなってくると戦国〜江戸時代の衆道でいう「念者」と「若衆」に近いような関係でもあるともいえるわけで、キビシイ出世競争を勝ち抜く勇気を与えているともいえるのでしょう。

(以下次号に続く)



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