■電車

いつもよりちょっと早く起きて、いつもよりちょっと早い電車は、急行ではなく準急だった。
僕はのんびり行こうと思ったが、よく考えたらいつも乗っている電車のほうが、早く着くことを知った。
たまにはのんびり電車もいいと思ったが、このままでは遅刻してしまうと思ったので、途中からいつもの急行に乗り換えることにした。
途中から乗ったいつもの急行は、いつものように混んでいて、いつものようにのんびり座ってうたた寝しているはずの僕が、そこにはいなかった。

ドアにぼんやりよりかかって見るともなく外を見る。
いつもは寝ていて気がつかなかったトンネルや橋、河。
一つ一つが新鮮に映った。

進行方向と逆の座席に座ると、気持ち悪くなるがというが、新鮮な視界は心地よくもさせる。
飛びこんでは一瞬にして消えていく鉄柱を次々と眺めてみたり、消えてなおその影を追うようにただ見つめ続けた。
線路に自生する雑草は色合いを薄めて、一本の糸が束のようになってどこまでも続く長い反物のようになっていた。
いつもなら不快にしか思わないセイタカアワダチソウでさえ、電車のスピードにかかれば菜の花に見える。
正直な気持ちで、綺麗だと思えた。

次々と消えていく風景は、巻き戻しのようにも見える。
巻き戻されて、今あるものが全て消えて、たどり着く頃にはアンモナイトにさえ会えることも不可能ではないような気がした。
タイムマシーンとはきっとこんな感じなのかもしれない。

目的地に近づいていくほど電車のスピードは衰えていき、同時に少しづつ現実へ引き戻されていく。
完全に止まった電車は、いつか見た夢物語に出てくるタイムマシーンではなく、ただ人を運ぶだけの箱になってしまった。

いつものように流れる人の波は、僕が垣間見た夢物語の続きを全て消してしまった。
不思議と寂しくも悲しくもなかった。
アンモナイトがいつか会いに来てくれることが、やっとわかったからなのかもしれない。





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