■繁殖行為の呪い


たくさんの死骸が落ちている光の下に、それでも蛾が光に向かって飛んでいくのはなぜかと考えてみた。
なかなかの暇人。


モンシロチョウにしろ、成虫になれば自分の生まれたキャベツ畑から飛び立っていく。
しかしまた繁殖のために、自分が生まれた似たような場所にもどってくる。

だから蛾もそうではないかと考えた。


光の下でも蛾は多く見られるが、たくさんの種類を見たいと思えば雑木林だと思う。
雑木林に街灯などない。
でも多くみられるのは、蛾の幼虫が雑木林の木の葉を餌としているからだと思われる。
どんなに目のいい夜行性の動物や蛾にしても、コウモリのような超音波を使って飛ばない限り、なにかしらの小さな光がなければ、動けないのではないだろうかと思う。
そう考えると、蛾は月の光に反射した葉に寄っていって卵をうみつけているのではないかと思った。
夜行性の蛾にとっての光は月が全てではないかと思う。
しかし蛾の生態などなにも知らないので、これはわたしの勝手な予測にしかぎない。

わたしの予測を仮定すると、蛾が光によっていく理由がつく。
繁殖のために街灯に寄っていき、クラクラ舞い落ちながらそれでも何度でも光に寄っていく。
蛾の生態について考えなければ、蛾が光に向かって死んでいくのは、狂っているのかそれとも呪われているようにしか思えない。
蛾にしてみれば繁殖行為は生まれてからの最大のイベントだと思う。
そのイベントを成功させるために、繁殖もできないような場所と知らず、死ぬこともいとわず果敢に向かっていく様子は、健気であるなと思った。
しかし蛾にとって繁殖が全てなら健気など関係なく、あたりまえのことなのだろう。

日本画に暗闇に轟々と燃える火に蛾が飛びこんでいく絵がある。
なんとも幻想的な絵だが、小学生のときに見て以来なので、作家名も知らない。
人間からして見ればただの自殺行為だが、蛾にとっての火の光が最高の繁殖場所であると思ったに違いない。


蛾は成虫になると口が退化するそうだ。
そうなるとなにも食べず、ただ繁殖するだけに生まれてくるようなものだ。
しかし食べることやしゃべること、考えたりすること全ての行為がなにかしら繁殖行為に関係していると考えれば、人間も蛾も変りは無い。
日記を考えるのもテキストネタを考えるのも、繁殖行為を成功させたという理由もややあるのではないかと思う。
ある意味光に呪われて狂ってしまった蛾のようだ。
繁殖行為のためにネットに呪われて、自分の日記サイトに狂ってしまった状態。


蛾について考えてる暇は無いと思った。
せっせと日記やテキストネタでも考えて、ぜひとも繁殖行為を成功させたいものである。





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