「400年の歴史を持つ郷中教育」
新しい日本の夜明けである明治維新には、薩摩から西郷 隆盛や、大久保 利通・五代 友厚
・寺島 宗則・松方 正義・森 有礼・東郷 平八郎・大山 巌などの多くの人材が出て、近代
日本を築く原動力になった事はよく知られています。これらの人々は幼少の頃から郷中教育
で育った人々です。郷中教育は島津 義弘公のころに確立され、今日まで継承されてきた
400年の歴史を持つ薩摩藩独特の青少年教育です。
イギリスで生まれたボーイスカウトは、イギリスの少年達の心身を健全に育成するために、
ベーデン・パウエル卿が、1908年に薩摩の郷中教育の制度を研究して創始したと伝えられ
ています。
では、なぜパウエル卿は郷中教育に関心を持ったのでしょうか。 それは1863年に起きた
薩英戦争で、薩摩は常勝イギリス艦隊7隻を錦江湾で迎え撃ち、大損害を与え、イギリス国民を
驚かせたからです。この薩英戦争を一転機に、イギリスと薩摩藩は親近関係が深まります。
その2年後には薩摩藩は19名の藩留学生を日本で
初めてイギリスに留学させています。この逸話は薩摩の郷中教育が世界的に高く評価されたことを物語っています。
「学舎は何をするところ?」
薩摩藩では、地域の小単位を郷(方限)と称して、方限ごとにそこに住む青少年達が自発的に
学習団体を編成し、学舎で学んでいました。学舎の教育基盤は武道に励み、心身を鍛え、
廉恥を重んじ、礼節を大事にする知・徳・体の調和のとれた人格形成にありました。それを継承して
来た四方学舎は、桜島を錦江湾に望む南洲神社にあり、小中学生の異年齢集団で、市内11学舎中、
教育活動を実践している数少ない健児の舎です。
「うそを言うな」「負けるな」「弱い者をいじめるな」の薩摩のおしえは、日新公のいろは歌と
共に子ども達の心に定着しています。
土曜日の午後になると市内全域から舎生が出舎して来ます。読書、自顕流、郷土の歴史や偉人伝
の話を聞きます。主な年間行事に、西郷どんの遠行
、妙円寺詣り武者行列、薩摩義士伝輪読会、
赤穂義臣伝輪読会、陶芸教室、キャンプ、唐芋づくりなどがあります。
四方学舎は、男子なら誰でも入れます。子ども達は互いにふれあいの中で切磋琢磨しながら
成長していくものです。
|