世界を終わらせるのは、
 人間の無だと思う。
 何も感じなくなった無が
 段々と汚濁した世界から外れて
 最後には包み込み

 だから、一番強いのは、屍。



「目覚めた」
「覚醒した」
「空の死ぬ瞬間を知ってる?」
「夕焼け」
「真っ赤に燃える太陽」
「燃え尽きた黒い残骸」
「残された紅い紅い天を染める太陽の血」
「見たいね」
「見ようか」
「うん」




『もう二度と、あのソラに僕は歓迎されない』




「空が、黒いねえ…」
「いつもの事」
「でも、…やっぱり綺麗だよね」
「ハナには良くわかんない」
「鳥のうめき声。叫び声。声にならない意味の分からない音……」
「ヒナは死にたがり。死ぬ時は教えて」
「…呑み込まれる白に、覆い隠そうとする漆黒の暗闇…。二つが交錯しぶつかり合い殺し
合い、そして目の前の視界が真っ黒にばっと一瞬の内に染まって…っ!」
「聞いてる?」
「…ステキ」
「聞いてよ」




『それがもし嘘なら、壁一枚隔てられたトリは、……きっとかみさまに近い存在』





 コンクリートで固められた建物の屋上、それも今にもプラグが飛んで崩れ落ちてしまい
そうな手すりに堂々とと身体の全体重を預けている少女が二人。全く同じ顔の一卵性双生
児が冷たい銀色の手すりに座り、足をぶらぶらさせている。下を向けば、遥か彼方にコン
クリートの堅い地面が、大きな口を開けて待ちかまえている。
 コンクリートで押し固められた、「黒」につつまれた世界で何を見つけられるかって、
そんなの解ったら今此処に居ないけど、気持ちさえ「黒」くなってしまうなら深い眠りに
落ちたいとは思う。


「夢」
「何が?」
「幸せな事全部」
「悪夢はないの?」
「幸せな夢が悪夢」
「……難しいなあ。ハナ頭良いから」
「ヒナもおんなじ。頭良いのに」
「全部おんなじ」
「全部おんなじ」
「あはは」
「んふふ」


 全く同じサイズの肩紐の淡い水色のワンピースを着た双子は、更に身体を前にずらしな
がら、少しずつ晴れていく、…まるで霧がさっと消えるように風に呑み込まれる「白」を
見つめる。滑らかな筋を描くように逃げていく「白」。人工的な空は、青空を造らなかっ
たらしい。双子は身体を乗り出し口元に少しだけ微笑みながら、同じ長さの髪を同じよう
に風に靡かした。

 そして、世界は「黒」くなる。


「ハナはねえ、信じてみたいんだ」
「何を?」
「メシアの到来」
「偽善メシアは到来したよ」
「此処からずっと先にねーぇ? 姫が居るのぉ」
「へえ、まだ生きてたんだねえ」
「変な人ほどしぶといからね」
「常識みたい」
「非常識だよ」

「姫はーぁ、死んじゃうの待ってるのーぉ。ハナに似てるね」
「ヤだぁ。姫は誰にも殺せないだけだもん」


 足をぶらぶらと宙に浮かせながら、恐怖心など全く存在しない二人の少女は、けらけら
と笑いながら楽しそうに喋る。時々手すりから手を離してバンザイの形をして、危なっか
しい方法を何故か好んでする事もあり、更にぎしぎしと軋むプラグは、跳ね飛ぶ時を待っ
ているようだった。


 未だ見えないあの空の底。


「大天使の堕落も、もしかしたらステキかも知れない」
「あぁ、ほんとーぉ。良いかも知れないね。背負ったまま存在する楽園」
「その度に手を合わせてお祈りするの」
「神様神様。ヒナを殺してくださーぁい」
「神様神様。ハナを生かしてくださーぁい」
「んふふー、お祈りしたら叶うのかな。叶ったら嬉しいよねーぇ」
「パンの供給と贖罪、懺悔。楽園の到来」
「何それ?」
「ヒナ、忘れたの?」
「何を?」
「知らなぁい……」
「そゆの嫌ぁい」
「嫌いになっちゃヤだあ」


 両手を顔の近くで合わせながら、「お祈りーぃ」と明るく言って笑う。時々不可解な微
笑みを湛えながら、目を閉じるハナを、ヒナが不思議そうに見つめている。

 しばらくそうしていると、ヒナもハナと同じように顔の側で両手を合わせる。二人とも
同じ表情で、同じ格好で目を閉じて黙っている。其処に何かのチャイムが何回か轟いた。
あまりにも大きな音だったのだが、二人は驚いた様子も全く見せず、ゆっくりと目を開け
る。そして互いに目を見合わせてくすりと笑った。


「何お願いした?」
「言ったら叶わなくなっちゃうもーぉん、内緒」
「あっ、何それ。教えてよーぉ、ね、ヒナお願ーぁい」
「やだぁ、そっち言ってくれた言うもん」
「ヤだ。叶わなくなっちゃう」
「それ酷いよぉ」
「イイじゃん教えてー?」


 ……ピ、ピ、ポーン。零時です。


「わっ、どっかにスピーカーある?」
「ラジオ持ってない」
「明日になっちゃいましたーぁ」
「良い子は早く帰ってベットに潜って、ママのキスを待ちましょー」
「……理想?」
「ぶぁーか」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんだからねっ」
「あはは、将来ろくな大人になりませんよーぉ」
「ろくな大人って、会った事ないからわかんない」
「そうだよね」
「そうだよ」


 ……The LORD is my shepherd, I shall not want.


「ヒナ」
「この唄知ってる」
「歌える?」
「うん、多分」
「嘘」
「嘘じゃないもん」


 鼻でスッと息を吸い込み、腹に力を入れた。
 手すりがぎしりと音を立てて叫ぶが、お構いなしに足をぶらぶらと振りながら歌い始め
る。目を瞑って自分の声が聞こえるように、少し上向きに歌うヒナを、ハナが横目で複雑
な表情で見守る。……少々の憤りを覚えながら。


 He makes me lie down in green pastures; he leads me beside still waters;
 he restores my soul.
 He leads me in right paths for His name's sake. 


 Even though I walk through the darkest valley,
  I fear no evil; for you are with me; your rod and your staff---
 they comfort me. 


 You prepare a table before me in the presence of my enemies;
 you anoint my head with oil; my cup overflows.
 Surely goodness and mercy shall follow me all the days of my life,
 and I shall dwell in the house of the LORD my whole life long ……


「覚えてるんだ」
「何を?」
「……教えない」


 風が吹き抜ける。
 それに混じって、硝煙の匂い。


「……誰か、また死んだね」
「まだわかんないよ。その人の首に触って脈がドクンッドクンッて動いてなかったら死ん
だって決めつけて良いんだからねー。この前先生に教わったもん。だから簡単に言っちゃ
いけないんですよーぉ」
「その先生どうなったの?」
「死んだ」
「誰に?」
「シェリィ」
「やっぱり」
「そうそう」
「うわぁ、やっぱり葬儀屋最近儲かるじゃん」
「あっ、そうだね」


 風に乗って運ばれてきた匂いが、身体を楽々と包み込んだ。
 身体にこびり付いて離れないような、懐かしい、匂い。
 ちらりとその方向に目を向けると、ハナはヒナの方に微笑みながら目線を戻す。あまり
にもその動作は一連過ぎていたのだが。


「ね、何かして遊ぼ?」
「お仕事始まるって」


 まだ馬鹿みたいに明るい時に破滅を選ぶ、アンチモラルな子供達。








 ……The LORD is my shepherd, I shall not want.

 He makes me lie down in green pastures; he leads me beside still waters;
 he restores my soul.
 He leads me in right paths for His name's sake. 


 Even though I walk through the darkest valley,
  I fear no evil; for you are with me; your rod and your staff---
 they comfort me. 


 You prepare a table before me in the presence of my enemies;
 you anoint my head with oil; my cup overflows.
 Surely goodness and mercy shall follow me all the days of my life,
 and I shall dwell in the house of the LORD my whole life long ……








「起きたんだね」














 えーっと整理整理。
 何でシエネがジギィに銃向けられてるかって。
 あー、うーんと、あれだ。シエネがジギィの銃を見破っちゃったから?


「圧縮光エネルギー砲……ですか?」


 ジギィの腰に刺さってる銃を見て開口一番言った台詞がこれ。
 うん、これじゃ、無理ないよね。



「シエネは外界の事知らないのに何でそんなに軍事情に詳しいの?」
「え……、僕も良く分かんない……。ただ、何となく?」


 くぃっと首を傾げて頭にハテナマーク。
 ジギィは素早く腰から銃を抜き取ると、シエネの額にぴったりと銃口を合わせた。それ
を見て俺はあたふたする。その割にはシエネが意外と腰が据わっているのが驚いた。だっ
て額に銃突き付けられて普通にしてられる? 俺にはちょっと無理。


「カデンツァの犬か」
「大佐は関係ないよ」
「馬鹿犬、テメェにゃ訊いてねえよ」
「でも俺にも知る権利はあるね!!」
「何処にだよ!!」
「シエネに手ェ出したら誰でもぶっ殺す」


 シエネが、少しだけ、動いた。
 眉が、申し訳なさそうに垂れ下がり、泣きそうな顔になった。それを防ぐようにして、
俺がシエネをすっぽりと抱き抱えた。シエネは俺の腕の中で抵抗しながら、しっかりと服
の端を握っていた。


「馬鹿犬が……発情期かテメェは!」
「可愛いものを愛でるのは本能でーす!」
「愛でるなんて単語何処で覚えやがった」
「センセイ」
「あのマッドが……」


 チッと舌打ちして、ジギィは銃をしまった。


「僕が軍に関して知っているのは」


 シエネが俺の腕の中からそんな事を言う。
 傍から見れば馬鹿犬と子犬なんて言われそうだけど。





「軍のデータベースが全て収納されたアトリエへの侵入が唯一許可されているからです」



 だからいつか其処へ行こう、シエネはそんな事を提案した。
 俺とジギィは何の事か分からずに、ただぽかんと間抜けな顔をしていた。



2004/07/23