懺 悔
今日も医務室で、シタンは深く溜息をつく。今日でフェイが意識不明になってから、一ヶ月と一日が経つ。もうすっかり傷は癒えているが、心の傷が響いているのか…フェイは目覚めない。
「あの時…私に…もう少し力があれば…フェイ…すいません…」
シタンは、フェイの寝顔を見て涙した。自分の無力さが腹立しくて。時に愛は残酷な現実を突き付ける。次から次へと流れ出す雫。止められない。
「…駄目ですね…私がこんなでは…」
自分を自嘲した後、シタンは医務室から退室した。自分は常に冷静で、なければならない。頭を冷やさねば。見慣れた、ユグドラシルの廊下。行く、宛ても無く歩いた。途中、クルーとすれ違う。その際、交す挨拶。人と会話したせいか少し心が、楽になった気がする。そして、再びフェイのいる医務室へ戻ってみた。すると、そこには誰もいない。
「!?…フェイ!?…とにかく、捜さないとっ!」
シタンは慌てて医務室から、飛び出し捜し始めた。ギアドッグに行ってみても、フェイはいない、ガンルームにも。何処に行ったのか。彼があの部屋にいないという事は、目覚めたという事。普段ならそれ程、心配ではないのだが今のフェイは精神的にも、不安定な筈。シタンの不安は頂点に達っする。ユグドラシル内で、フェイの行きそうな所を、必死で捜したがいない。シタンは最後の頼みの綱として、ユグドラシルの甲板に赴く。シタンが甲板上部に向った時、とても美しくそして悲しい笛の音が耳に飛び込む。笛の音色?このユグドラシルの中で、誰か笛を吹ける人物がいただろうか?シタンが幾ら考えても、答は出ない。思いきって、甲板上部に足を踏み入れて見る。そこには長い髪を風に靡かせ、笛を吹いているフェイがいた。後姿だったが、それが彼だとシタンには直ぐに分かる。意外な人物に、シタンは珍しく動揺してしまう。
「フェ、フェイ!いつ起きたんです!?私がどれ程、心配したと思ってるんですかっ!」
「…シタン!…ご、ごめん!!でも…よく分かったね。俺がここにいるって!」
フェイの意外な微笑みと明るい声にシタンは、身を引き裂かれる想いがした。今の彼は、精神的に疲れ果てている筈なのに自分の前で強がっている。彼が強がる時は必ずと言って良い程、悩み苦しんでいる時だ。だけどフェイの微笑みを見ると、先程抱いた不安が嘘のように消えていく。シタンはそんな自分に、苦笑する。気を取り直して、フェイを気遣った。
「フェイ…大丈夫ですか?…あんな事が、あったんです…無理しなくても、いいんですよ?」
「シタン…有難う。でも俺、平気だよ!俺には、シタンが居てくれるから!…大丈夫!」
シタンは彼を優しく抱き締める。フェイの健気な姿を、見ていられなかった。頑なに強がる時は、それほど傷ついているという事。シタンにとって、それが一番辛い。フェイはシタンから、離れ不思議そうに顔を覗かせる。
「シタン?どうしたの?俺…大丈夫だよ?…心配しないで…。ねっ?」
「…フェイ…無理しないで下さい…辛い事があると、何時もそうでしたね…」
「シタン?」
「…貴方は辛い事があった時…いつも私に心配かけまいと、強がっていました…そして、誰も居ない所で、貴方は…泣いていた…私が気付かないとでも?」
「…気にし過ぎだよ、シタン!平気だってば!」
何時までも、強がるフェイ。こんな彼は、見ていられない。シタンは”もう離れぬ様に、何処にも行かぬ様に”っと、願いを込め再び抱き締めた。フェイは最初恥ずかしがったが、シタンを優しく包む。やっと逢えた恋人同士、時間なんていらない。だからこそシタンはフェイの気持ちが、痛い程よく分る。彼が自分を心配させまいと、無理して明るく振舞っている事を。シタンは、先程よりも更に優しい口調で、話しかける。
「フェイ…私と居る時は、無理しなくて良いんですよ?…泣きたい時は、泣いて下さい。」
「む、無理してなんてしてないよ、俺。………!?…あ、あれ?…な…涙?…なんで…?…止まらな…い…ハハ…・お、可笑しいな…俺…」
「フェイ…」
シタンは彼を抱き締めている腕に、力を入れる。つい先刻まで強がっていたフェイだが、シタンの想いに触れ泣き叫び始めた。彼はシタンの胸に顔を寄せ、封印していた思いを吐く。そしてこれまで、受けた実験の数々を全て恋人に暴露した。長い時間、泣きじゃくるフェイ。シタンは彼を呱々まで追い詰めた、ミァンとカレルレンそしてグラーフに対し壮絶な怒りを潜める。だが、それは心の中に留めておく。今は、彼等に怒りを覚える暇などない。
シタンはフェイの髪を、優しく撫で続け慰める。今のシタンにできる事といえば、其れくらいだ。フェイが泣き止むと、シタンは優しい口調で囁いた。
「フェイ。貴方の受けたその心の傷、私にも分けて下さい。傷は半分にした方が、楽でしょう?」
シタンの思い掛けない発言に、フェイは涙で擦れた声で答えた。
「シタン…俺は、人を殺したんだよ…だから、そんな事…言っちゃ駄目だ!」
フェイは更に、続ける。
「俺、生きてて良いのかな?俺と関わった人は、全て傷ついて行く…俺さえ…生まれてこなければ…こんな事には…なら無かった…のに…俺、死んだ方が…良いのかな?」
…フェイの余りに悲しい言葉に、シタンは胸を締め付けられる想いがした。
『この侭だと、フェイが又居なくなってしまうかもしれない…!』
シタンの中で、先程と違う不安が過る。もう彼を二度と、離したくない…だがフェイの眼は既に生きる気力を、失っている。シタンは意を決し、彼を諭す事を決心した。現状態のフェイにシタンの言葉が、通じるかは分からない。だが…彼が居なくなるよりはましだ。
『フェイ…本当の貴方を取り戻す為なら、鬼でも何でもなります!…許してください!』
シタンは抱き締めていた腕を離し、フェイの肩に両手を移動する。そして目を見据え、諭し始めた。
「…いい加減に、なさい!それで死んで逝った人達が、納得するとでも思ってるんですか!…確かに貴方の力が、多くの人命を奪ったかもしれない…でもね、フェイ…それは貴方の意思では、無いでしょう?貴方が殺したいと望んだ訳では、無いでしょう?なら、それで良いじゃないですか…生きるんです!…生きて、償うんです!ラハンが無くなった時にも、言ったでしょう!…忘れたのですか?」
「…シタン…ごめん…でも俺…生きる権利が、あるのかなってふっと思ったんだ…ミァンは14年前にも同じ様な事をしたって、言った…もしも本当に14年前、同じ様な事、してたとしたら…!?俺がいるせいで、罪も無い人が死んだなんて俺には…耐えれない!」
思いつめた言葉にシタンは先程の決心が、鈍りそうになるのを感じた。もはや諭しているのか、自分の気持ちをぶつけているのかシタン自身分からない。こんな想いをしたのは、生まれて始めての経験だ。
「フェイ…例えそうだとしても、貴方は死んではいけない。まだ貴方には、しなければならない事が、沢山あるはずです。」
「だけど!」
「それにまた貴方は私を、一人にするつもり…なんですか?…フェイ…私を…捨てるのですか?」
「そ、そんな事、出来るわけない!」
「だったら…生きなさい。私の為にも、そして呱々にいる貴方の仲間の為にも…」
「分かった…有難う…俺もう一度、生きてみる。ごめんね、心配かけて…俺らしくなかった、ね。」
「それでこそ、私のフェイです。…ソラリスで貴方を見つけた時は、本当に心配ましたよ?おまけに脱出する時、あんな無茶をするし…」
「ごめん。あの時は…シタンを…バルトや仲間を、守りたかった…俺の為に、皆が傷つくのが怖かった…」
「…私達には貴方が、必要なんです。もう死ぬ様な事を、仄めかさないで下さい。約束なさい。良いですね?」
「ああ。約束する、シタン。今日は珍しく、優しいんだな…」
「一言、余計ですよ?フェイ。」
悪戯っぽい笑顔をフェイに向けた。シタンの笑顔を見て一瞬笑顔を見せたフェイだったが、すぐに真顔になってシタンに話しかける。
「シタン…さっきの台詞…きついよ…」
「さっきの…台詞?…ああ、あれですか…しかし…私の本心ですよ?あれは…」
「!?俺にシタンを捨てられる訳、無いだろ!それなのにあんな事…言うなんて…酷いよ!」
「…だったら、貴方は私の気持ちが分かるんですか?私が今までどんな想いで…この一ヶ月と一日、貴方を看病していたか!」
「えっ…?!」
「…貴方がソラリスにいた間…私が何を思っていたか、貴方に分かりますか!?」
「……!」
「もしかすると私といるのが嫌で、ソラリスに行ったのかもしれない…或いは私を嫌いになって、記憶を消したのかもしれないって、ずっと不安で仕方なかったんですよ!?」
「シタン…そんな事…想うわけ無いじゃないか!…俺には、シタンが必要なんだ…今回の事だってシタンがいなかったら、俺あの侭…死んでたかもしれない…」
「…フェイ…」
「シタン…ごめんね。俺…自分の気持ちだけ、押しつけてた…シタンの気持ち…気付いてあげられてなかった…」
「もういいんですよ、フェイ。貴方がこれからも、私の傍にいてくればそれで良いんです。」
「有難う…俺、シタンに出会えて…幸せだよ。」
「私もですよ、フェイ。…所で、さっきの笛の事ですが…」
「ああ。これ?多分、これ母さんの物だと思う。…ソラリスにいた時、ミァンが「これを見て、苦しみ続けなさい」って診察台の上に置いて行ったんだ。俺…見てすぐ分かった…これが、母さんの物だって…」
「そうだったんですか?…ミァンが…その笛を?…可笑しな事も、ありますね…まあ今日の所は、いいでしょう。それにしても、先程の笛の音色は、見事でしたよ。しかし何処と無く、悲しい音色でしたね。」
「そう?この笛見た時、笛の吹き方とか自然と思い出したんだ。…笛の音色…悲しそうだった?…それって…俺の心、そのものって事?」
「さあ、どうでしょうね。こればかりは、私にも判りかねます。…いずれにせよ、ここにいては風邪を引きますよ。医務室へ、戻りましょう。」
「ああ、そうだな。帰ろう…シタン。色々…心配かけて…ごめん。」
「別に、構いませんよ。その代わりと言っては、何ですが…フェイ、此方へ。」
「…へっ!?な、何!?やっ!ちょっと!シタン、恥ずかしいよぉ!」
フェイが恥ずかしがるのも、無理はない。シタンはフェイをお姫様抱っこをして、医務室に戻そうとしたのだ。突然の出来事にフェイは赤面してしまう。
「や!降ろしてよ!シタン!!俺、歩けるてばっー!!」
「何が恥ずかしいんですって?フェイ。…この私をあれ程、心配させたんです。これ位、いいでしょう?」
「なっ!!…シ、シタンの意地悪ぅーーー!!」
シタンは優しい微笑を浮かべながら、フェイを見つめた。その微笑を見て降参したのか、お姫様抱っこ状態のフェイは上半身を器用に使いシタンを抱き締める。そして永遠の誓いを、するかの如くシタンに甘く囁いた。
『シタン…ずっと、一緒にいようね。シタン…愛してる…ずっと…』
シタンは心底、嬉しそうな表情を浮かばせた。…そして2人は、お互いを労りながら医務室に帰る。その夜2人が愛し合ったのは、言うまでも無い。
FIN
<言い訳>
初作の小説で、こんな荒荒しい文章で良かったのだろうか…
誤字脱字が沢山あったのに、読んでいただいた方、心から感謝申し上げます。