精 算

 

フェイが女性と変化した事を、皆に報告せねばならない。皆が集まる場所は、ガンルームだけ。事実、休憩時間や飛行中の時等、その部屋で待機している事が多い。報告するには、もってこいの場所だ。二人がその部屋につくと…バルトとビリーが何時もの漫才紛いの会話を交わしている。。どうやら、このコンビは暇を持て余しいたらしく、休憩していたらしい。ドアが開く音に気が付いたのか、。2人の視線はシタンとフェイに注がれる。そして、彼等は固まってしまう。シタンの隣にいる女性…まさか。カラオケ大会の時、生じたあの疑惑が鮮明に脳裏を過る。嫌な予感。バルトはシタンに冗談交じりで問いた。
「先生も意外と、好き物だな〜!どこで捕まえてきたんだよ、その女ぁ〜。全く、やってくれるぜ!」
「若君…好き物とは何です…失礼しちゃいますねぇ、全く。ねえ?フェイ。」
シタンは少々飽きれた声で、返答する。まさか「好き物」という言葉をこの歳で、聞かされるとは。シタンの一言に、バルトとビリーは更に嫌な予感を募らせる。まさか…あの時の疑惑は、真実へと変わるのではっと。恐る恐るビリーは、尋ねた。
「もしか…して…君、フェイなの?」
フェイはビリーの、問いかけに対し素直に頷く。
「う、嘘だろーー!マジかっ!?お前どうしちまったんだよ、その体ぁー!」
「どうしたって言われても…」
「何か、原因があるだろ?変なもん食ったとか、先生に何か、飲まされたとか!」
「あのですねぇ…若君。」
「だってよぅ…先生なら、やりかねないだろ?フェイ、どうなんだ?」
「バルトが想像してる様な事は、無いよ…」
「だったら、何で女になるんだ!?可笑しいじゃねぇか!原因は、何々だ!」
「俺は何にも、知らない!知らないよっ!本当に、何にも知らないからな…!」
フェイは耳を手で包むとかぶり振り、強い口調で言い返す。
「そうか、分かった。皆には俺が、上手く誤魔化しといてやる。感謝しろよ?こういう俺様はすっごく、珍しいんだからな!」
「有難う、バルト。さっきは、怒鳴って…ごめん。」
「気にしてねぇよ。…そう言えば今日お前、顔色悪いぜ?明日から又、戦いの日々になる。今のうちに体調、整えておけ。」
「……ああ。」
フェイはシタンと共に、ガンルームを後にする。彼女の、顔色がどうも悪い。シタンは医務室に、連れて行く事にした。ガンルームから医務室に移動するには、対して時間はかからない。フェイを休ませるには、絶好の場所だ。医務室に入ると、フェイは椅子に腰を下ろす。シタンは先程、彼女がバルトに発した言動を、不審に思っていた。悟られぬよう、フェイに、吹っ掛けてみる。
「本当は…知っているんでしょう?」
「な、何を?」
フェイは怯えた口調で、問いを返す。シタンは嘆息をし、言葉を紡ぐ。
「ですから、貴方が女性に、変化した原因です。先程、若君にとったあの態度…本当に知らないのであれば、あれ程までに否定する筈が無い。違いますか?フェイ。」
「な、何言ってるんだ?…し、知らない!俺、知らないてばっ!…何でそんな事言うんだよ…シタンのバカッ!」
フェイはシタンの鋭い指摘に、恐怖しその場から逃げた。彼の呼び止める声に耳を貸さず、フェイは自分の部屋に閉じ篭ってしまう。
『シタンに酷い事、言っちゃった。バカなのは、俺なのに。どうしよう。やっぱり、言えないよ、母さん。助けて…』
フェイはベッドと向き合う感じで、座り込んだ。どうしても、言えない。4歳になる前日に、起こったあの出来事が。ずっと、閉じ込めていたあの記憶。出来れば、忘れていたかった。フェイ自らの手で顔を隠し、涙を零す。シタンと想いを通わせて以来、良く泣く様になったなっとフェイは苦笑いする。思い返していると遠くから、カツンと足音がした。徐々にその音が、近くなる。フェイの表情は険しくなり、不安を隠せない。
(まさかシタン?…この部屋に来るのか?さっきあんな事、言ったから?怒ってる?嫌だっ!嫌わないで!)
フェイは直ちにドアに駆け寄り、自動ロックをかける。個人用のパスワードを入力し、誰も入れ無いように設定を施す。先程、聞こえた足音は案の定、彼女の部屋でその足音は止まった。
「フェイ…開けて下さい。…怒っていませんから。」
シタンはドアのロックに気付き、子供を宥めるかの如く囁く。だが、フェイは動じない。ロック解除されない間々、時間は過ぎ沈黙が流れて行く。折角、心配してきてくれたのに。これでは余りにも、シタンに失礼だ。フェイは彼に嫌われる事を恐れ、部屋の中から声をかけた。
「部屋に戻ってくれないかな?お願い。今はそっとしてほしんだ…ごめん。」
フェイは気まずそうに、シタンに返答する。分かりました、彼がそう言い残すと、シタンの足音が再び遠退いて行く。フェイは再び部屋に座り込んだ。
(この間々じゃ…あの人を、傷付けてしまう!…助けて、母さん!…母さん?確か…)
夢の中で語った母の言葉を、思い出す。あの家に戻りなさいと、母は言っていた。家…色々な事が起こったあの場所。帰ってみよう。そしたら、救われるかもしれない。何かに、縋りたかった。それが例え、夢だとしても。母の言葉に賭けて見ようと、フェイは決心する。フェイは接触者ゆえ幼少時の、記憶を全て持ち合わせている。無論、家の所在も全て。あの家があった場所、アクヴィだった筈。古い記憶を呼び覚ましながら、思い出して行く。
「ユグドラシルが停泊している場所は、確かアクヴィだな。丁度良いや、帰ってみよう…」
誰にも告げず、ユグドラシルを後にする。フェイはシタンや皆にこの行動が、筒抜けだった事は知らない。こんな事もあろうかと、シタンは発信機と盗聴グッズを予め、フェイの服に仕込ませていたのだ。彼女はそんな事も露知らず、自分の育ったあの家を目指す。アクヴィには沢山の島々が、連なり地理的に見て複雑だ。記憶によるとビリーの孤児院から、北100mに位置する島が故郷だという事が判明した。島自体は小規模である。己の記憶を頼りに、帰っていく。皆が気付かれない様につけている事などフェイが知る由もない。それ故足を止める事無く、懐かしい林を抜け目的地に辿り付く。自宅は一部屋根が破壊されていたが、家の原型は留められていた。フェイは辺りを見渡し、入り口を捜し当て入室する。家の大分破損していたが、奇跡的に中身は無事だ。数年も手を付けられていなかった為、蜘蛛の巣が張り付いている。が、不思議と汚れは少ない。
『あの頃と全然、変わらない。俺だけだな、変わったのは。』
懐かしいテーブル、椅子…そして、自分が愛用していたセボイム時代に、作られた音楽機器を触ってみる。その機械は小型で、誰にでも使える代物だった。昔通り起動させ聞いてみる。流れて来たメロディー。過去、母と一緒に聞いていた曲の数々が、耳に飛び込んでくる。まるで昔に戻ったかのような、錯覚。でも、両親はもういない。それは紛れも無い真実。暗い表情を浮かべたフェイは、音楽を止め再び家の中を見渡す。過去ウォン家ではセボイム時代の、機械を愛用していた。カーンの趣味と仕事の都合上、これらの品々が必要不可欠だったのだ。これらの機材。シタンが見れば大層、喜ぶ事だろう。機械いじりが大好きな彼は、こういう品物に目がない。クスっとフェイは笑うと、過去毎日の様に母が黒い機械を手に持ち、自分を見ていた事に気付く。確か“ビデオカメラ”と父は、言っていた。
(そういえば、説明してくれたっけ。これ過去の映像が、見れるだよな。えっ…!…か、過去!?ま、まさか!?)
冷汗が、流れる。手の震えを我慢しながら、その機械を手に取った。操作方法は、覚えている。本体からテープと呼ばれる物を入れ、再生ボタンを押すと映像が見れる仕組みだ。デッキを使用すれば、大きな画面でも見られる。フェイの脳裏に当時、父が説明してくれた言葉が鮮明に思い返された。言われた通りに、操作してみる。すると…あの時の映像が、鮮明に映し出されていた。14年経っているのに、信じられない。普通なら、映像が汚れたり、壊れているはず。奇跡に、近い事かもしれない。フェイは映像の内容に、恐怖し目を離すとテープを取りだし壊そうとした。だがそれは、阻止される。シタンによって、止められたのだ。いるはずの無いこの人が何故、いるんだろう…?
「シタン!?」
「驚かせて、すいません…貴方の事が、心配だったものですから。」
「勝手な行動を、とった事は謝るよ。でも…どうして呱々が?」
「貴方の着ているその服を、調べてみなさい。何か違和感があるでしょう?」
「え?そう言えば、何だか重いような…」
「そうでしょう、ね。その服には発信機と盗聴機材が、仕込まれているのですから。通常の女性なら、直ぐに気付くのですがねぇ…」
「どうせ、俺は普通じゃないよ!悪かったな!でも何でこんな事、するんだっ!?」
「そんなに、怒らないで下さいよ。折角の可愛いらしいその顔が、台無しですよ?お嬢さん。」
「口説き文句のつもり、かしらぁ?それとも、殺し文句?お・医・者・様・!」
フェイは悪戯っぽい笑顔で、シタンを睨み自ら彼の唇を奪った。普段の純粋な彼女から一転し、小悪魔の様だ。流石のシタンも、これには面食らう。
「フェ、フェイ…」
少々、照れた様子を見せるシタン。自らの唇に手を添えながら、戸惑っている。そんな彼にフェイは愛らしい、照れ笑いをしてみせた。
「クス。これくらい、良いだろ?へぇ〜。シタンでも、そんな顔するんだぁ〜」
「もう、許してくださいよ…幾らでも、謝りますから!」
「謝らなくても、良いってば。俺の方こそ、ごめんね。医務室で酷い事、言ちゃって…」
「別に、気にしてはいません。其れよりもフェイ、先程から気になっていたんですが。それは、カメラですか?少し、形が…奇妙ですが。」
「ああ、これ?…カメラの種類らしいよ。シタンの持っているカメラとは、違うみたい。」
「どれどれ、良く見せて下さい。成る程、ふむふむ。」
(シタン、やっぱり機械大好きなんだな。綺麗な横顔…なんだか、得した気分♪)
「大体は分かりました。私のカメラとは随分、異なってます。恐らく、その時代にしかない部品を、使用しているんでしょう。…例えば、この薄いレンズ。現在の技術では、厚さ最低6mが限度なんです。だが、これは2.5mから3m間で作られている。現在の化学力では、不可能なサイズなんですよ。余程、高度な素材と加工技術が、あれば別ですけどね。」
「そうなんだぁ…知らなかったな。あの頃、小さかったし、分かるはずも無いっか。」
「ハハ、確かに。そう言えば先程、このビデオカメラとテープ壊そうと、しましたよね?…何故です?。」
「だって…これには…」
「フェイ、隠していては、分かる物も分かりません。本当の事を言いなさい。」
「え、あ…うん。これにはね、俺の過去全てが記録されているんだ。隅々まで、きっちりと。日常生活から、ソラリスの実験まで全部。ねえ…各部屋とリビング、見た?」
「何をです?」
「…監視カメラだよ。俺…接触者だったから、あらゆる事を監視されてた。シタンと出会う前から、ずっと監視されてたんだよ。あ!ごめん。責めてる訳じゃ…」
「分かってますよ。それにしても、監視カメラ…ですか。」
シタンは、複雑だった。監視と言う言葉を、聞いたからかもしれない。そもそもフェイと知り合ったのは、天帝から密命を受けたからだ。我々の仇…だった時には、迷わず殺す。そのつもりだった、なのに。運命とは、なんと皮肉な物か。所詮は人間、情が移ってしまう。感情移入だけなら、未だ良かった。普通の情は恋に変わり、今では彼女しか見えない。愛を、信じる様になるとは。思えば、随分変わった気がする。ヒュウガ・リクドウとしての己は、任務によっては誰であろうと即、殺す。例え親だろうが、友人とて同じ。当然、妻さえも。現妻ユイとは偽装する為に、結婚した。シェバトと、和解する為だけに。そんな最低な、人間だったのに。シタン・ウヅキとして、3年前この子と出会った、あの瞬間。何かが壊れた。まるで、硝子が砕け散るように。もしかしたら自分は、硝子の欠片を拾いながら人になったのかもしれない。愛を語り、憎しみを抱き、或いは嫉妬したりする人間に。そう思いを巡らせ、苦笑いするが、シタンは何事もなかったの如く会話を進めた。
「それで、壊そうとしたんですか。」
「壊して全てを、忘れてしまいたかった。消してしまいたかった、自分の過去を。男に変えられてしまった、理由を。」
「そうですか、やはり貴方は…」
“俺は、女として生まれたんだ”と、彼女は辛そうに呟いた。
「…詳しくは、ガンルームで聞きます。…さあ、戻りましょう。皆さんが、心配しています。ああ、その前に何か、持って行きたい物があったら捜してらっしゃい。」
「ああ、分かった。」
フェイは母との思い出が詰まった、あの音楽機器を持っていくことにする。小型な為、場所を取らない。身支度が終わると、シタンの元へ駆け寄った。
「用意、出来たよ!シタン、帰ろ!」
「ええ。思ったよりも、速かったですね。私も今、終わった所です。」
「終わったって、何が?ま、まさか。そのテープ…持ってくの!?」
「ええ。貴方の過去が、知りたいんです。貴方をそこまで苦しめる、過去をね。それには、テープを見るのが最前の手段だと思いまして。」
「でも…嫌いに、なるかもしれないよ?軽蔑するかも…そのテープ見て。」
「それは、ありえません。例えどんな過去が、映し出されていようと私は、貴方を嫌ったり軽蔑したりしない。皆さんだって、理解してくれます。さあ、戻りましょう。」
2人はユグドラシルへ戻る為、外にでる。フェイは何も、言わなかった。何時の間にか外にいた他のメンバーと合流し、その場所へ戻る。仲間達は口に出さなかったが、彼女を本当に心配していたらしい。チームリーダーとして、時には友人として彼女の存在は大きかった。フェイ自身、気付いていないだろう。
(今の俺には仲間がいる。シタンがいる。怖がる事は、何もない。全てを…打ち明ければ良いんだ。でも、怖い!)
皆はフェイの過去に興味があるらしく、テープを見たがった。2本重ねのテープは、ラベルが貼られている。1本目には、「フェイ、3歳から4歳までの記録」と題され2本目には「ソラリス実験」と記述されていた。シタンは皆の要望を聞き入れる為、彼女に許可を得て、カラオケ大会に使用した機材を使い再生する。彼の技術を持ってすれば、こんな事は朝飯前だ。
(フェイがあれ程、拘り怯えさせる過去とは…何だ?)
画面は当時の様子を、細かく伝える。まず、1本目のテープ。4歳前のフェイに関する、日常生活が映し出されていた。毎日、林に行っては母を困らせるそんな、彼女が映っている。次に映ったのは、フェイとカレンが、歌を歌うシーン。そして、フェイがカレンに歌を、披露しているシーン。様々なシーンが映し出されていく。そういえば。いつもある人物が、映っている。誰だろう。フェイと同じ、年齢くらいの男の子。声が小さい為、名前が分からない。シタンはフェイに、聞いてみた。
「フェイ、誰です?あの男の子は。」
「俺の…従兄弟で、名前は…ウィル…だよ。」
フェイは消え入りそうな声で、返答する。何処となく、辛そうだ。
「そうですか…」
彼の事を訝しみながら、テープの内容を確かめて行く。ウィルと、遊ぶシーンが続く。ある時ウィルがフェイを、古小屋に連れこんだ。その小屋の中には賊と思われる男が、5名ほどいる。
「よう、ウィル。ご苦労だった。貴様がカーンの娘、フェイだな。」
「はい。叔父さん達は、ウィルの友達?」
「ああ、でも少し違うよ。お嬢ちゃん。俺達は、ウィルの飼い主だ。」
「飼い主って…どういう意味ですか?教えて…ねぇ、ウィル?…ウ、ウィル!!?」
古小屋に入るなり、従兄弟の様子が変だ。フェイは近寄ろうとした時、彼に異変が起きた。幼い彼の体が引き裂かれ、醜い羽が飛び出す。ギシギシ。ウィルの体は人間から、モンスターへと変わって行く。人間とモンスターの、混合生物。呪われし生命体、「キメラ」。従兄弟のウィルに、何が起こったのか。フェイには、訳が分からない。賊は移動するらしく、フェイにクロロホルムを嗅がせている。眠らされたフェイが行き付いた、先。それは、手術台の上だった。目を覚まし首を右にすると、賊とウィルが視界に映った。賊がウィルに何か、囁いている。どうやら、命令を受けたらしい。彼はキィと言葉を発し、フェイの上に乗りかかる。
「ウィ…ルなの?」
彼は細長いその舌を出し、フェイを弄びだした。あの歳で今の出来事を、理解しているだろうか。恐怖に怯え、泣き喚いている。どうやらウィルは、DNAを操作されキメラにされていたらしい。この賊はカーンに相当の恨みを、募らせていたらしくフェイを睨み付ける。余りの恐怖にフェイの中で、何かが目覚めた。彼女の体から水色の光の粒子が、放たれる。周囲にいた賊・ウィルの体は、粉々に砕け散り消えしまう。若干3歳にして、接触者としての力を解放したのか?それとも、フェイ自身の力か?砕けた骨・肉片を目の当りにした彼女は、意識を失う。そこで、1本目のテープが終わる。
(…これが、貴方が抱いているもう1つの、トラウマ?ウィルを殺した、哀しみが彼女を、蝕んでいるのか?先程のあの力は一体?)
続いて、2本目のテープ。これには、ソラリスの研究所が、映し出された。この様な過去の実験映像は、ソラリスでは極秘盤として保管されている。何故、映っているのか。機材がない限り映像は、撮れないはず。シタンは、首を傾げ考え込む。
(まさか…私が服に盗聴器を取り付けたように、フェイに何らかの機材を、仕掛けていたのか!?)
シタンの勘は、当たっていた。事実、彼女が接触者だと言う事を、カーンはしっており、彼は娘を守る為小型カメラを彼女の服に仕掛けた。そして、彼女の日常生活を監視し続けていたのだ。そんな事を、夢にも思わないシタンは画面を再度、見据える。ソラリスで行われた実験。どのようなものか。已然フェイから、話しに聞いた事はあったが、まさか映像で見れるとは。こんな機会は、まずないだろう。
(この時は、まだ女性…でも…私と出会った時は、男性だった。どういう事だ?)
ビデオは実験の全てを、映し出す。能力分析や戦闘能力の分析など。その中でも、一目目を引く物。それは、精神接合実験。これにより、性別が転換したとでも言うのか。シタン注意しながら見、チェックする。
「お母さん!止めて!もう、止めて!!」
「あら、穢れた女の癖に、助けを求めているの?何て、図々しい子。」
別室にいたカレン(ミァン)が、見下した口調で話す。
「やぁあああ!どうして、こんな事をするの!お母さん!」
彼女の声をカレンは全く無視し、訝しむ。
「しかし、どういう事?代々、接触者は男性のはず。フェイ…何故、貴方は…」
「助け…て!誰か!助けてぇっ!!いやぁあーー!」
フェイの助けを求める声を聞く度、運命的な皮肉に歯痒さを感じるカレン。
「精々、助けを求めてなさい。それにしても、エレハイム(対存在)が転生したと言うのに、何て事!最後の最後で、こんな事になるなんて!」
カレンの苛立ちが、頂点に達しようとしている。その時隣席していた研究員が、恐るべき提案をしてきた。
「…リミッタを設置してはどうでしょう。能力・意志を制御する代物ですし。上手くすれば、男の因子を組込み操作できるかもしれません。」
その言葉が、終わったと同時に、彼女は凍て付く瞳で微笑む。そうか、その手があったかっと、呟きながら。
「カレルレンが研究していたDNAレベルのリミッタ…あれを試してみましょう。さあ、やってちょうだい。」
「かしこまりました。それでは、リミッタ名<ブロークン・イン・メシア>始動。」
「フフ。これで貴方は、今日から男よ。貴方の力全てを、封じてあげる。フフ。」
カレンの意味深な発言で、そのテープは終わりを告げた。
(これが、人のする事か!酷すぎる…これでは、フェイが余りにも…)
シタンは想像以上に、酷い実験の数々に驚きを隠せない。彼女が話した内容から、見当はついていたが。これほど、酷く惨いとは。シタンは巻き戻しをせず、ビデオを取り出す。皆は余りの衝撃的な映像に、言葉が出ない。フェイは自らの古傷を触られたせいか、様子が可笑しい。何処に忍ばせていたのか、ナイフを取り出し両手でそれを握ると首元にその凶器を向ける。
「フェイ!?」
「先生…俺…穢れた…女なん…だ。貴方に愛してもらう、資格…ない…」
フェイは首元に、ナイフを食込ませる。深く、深く。血が線を描く様に、滴って行く。
「馬鹿な事は、止めなさい!フェイ!!」
「…さようなら、先生。バルト、皆…ごめん。許して…!」
シタンと皆の叫び声に、耳を貸さず深く深く刺して行く。この間々では、致命傷になってしまう。どうしたら良い?シュン、鞭の飛ぶ音が聞こえる。ナイフは鞭の衝撃により、地面に叩き付けられる。バルトは何か確信したかの様に、背後に目をやった。
「シグ!やっぱ、お前か!」
「はい。」
「サンキュ、シグ。助かったぁ。もう少しで、フェイがあの世行きになるとこだったぜ!」
「若!縁起でもない事、言わないで下さい!!すまない、ヒュウガ。…ヒュウガ?…お前…」
「何…故、こんな…馬鹿…な事を。」
膝を曲げ、フェイを抱える。シタンは己の胸の中で、彼女を寝そべる様にして包む。彼の瞳からは、透明な液体が溢れていた。
「シタ…ン、泣いてるのか?」
「…私は貴…方が…想っ…ているほど…強くあり…ません。こうして貴方を抱き締め…ていても、涙が…止まらな…いんです。」
涙で擦れた彼の声は、フェイの胸を締め付ける。
「泣かな…い…で。死のうにも…死ねなくな…っちゃ…うよ。」
喉から出血している為、咳き込みながら声を発する彼女。痛々しい。
「今の私にとって、貴方こそが全てなんです!死なせたりしない!生きなさい!」
「愛し…てた…シタ……ン…」
「嫌です!過去形になんか、しないで下さい!生きるんです!死んではいけない!」
「……」
「フェイ?フェイ!?」
青白い彼女の顔、危険な状態なのか。シタンは必死で、叫び彼女を揺さ振り続ける。応答なし。だが彼は彼女を、医務室に運ぼうとはしない。出血も止まっていないこの状況で、体を揺さぶると白血球が破壊される恐れがある。或いは減少するか、流れ落ちるか。どの道、生命に関わる。
(自分を見失っている?あの冷静な、ヒュウガが!?し、信じられん…其れ程までに、フェイ君を?例えそうだとしても、この侭では!)
シグルドは見るに見かねて、彼の頬を打つ。ヒリヒリする。シタンは打たれた理由を、直ぐに理解、出来ない。相変わらず、旧友の顔を見て意志喪失の表情を浮かばせている。
「お前が、取り乱してどうする!フェイ君を殺す気か!?彼女が大事なら早く、医務室に連れて行けっ!仮にもお前は、医者だろうがっ!」
「シグル…ド、わ、私は…」
「もう一発、殴られたいか!?しっかりしろ!フェイ君には、お前しかいないんだぞ!!」
「ええ。そうですね。分かりました、シグルド。…もう、大丈夫です。仮は何時か返しますから。」
「そんな無駄口、叩く暇があったら、直ぐ連れて行け!」
駄目押しの旧友の一言に、含み笑いをする。シタンはフェイを抱き締める形で、医務室に運んだ。
―あいつ、助かるよな?シグ…―
―はい。ヒュウガを信じましょう―
―ああ、そうだな―
シグルドはバルトの肩に手を当て、自らの体に引き寄せた。泣いているのか、バルトの体が震えている。皆は各自、部屋に戻ろうはせず、ガンルームにいる。医務室に運ばれたフェイは、既に息をしておらず心臓も止まっていた。通常、これを死と呼ぶのかもしれない。だけど…
(フェイ、貴方だけなんですよ。私を…私で、いさせてくれる人は。その貴方が私を残して、逝くなんて許さない!)
女医に包帯を巻いて貰いながら、心臓マッサージと人工呼吸を交互に施す。応急処置だが結構、効果のある方法の1つだ。懇親の力を込め、心臓マッサージをする。だが彼女の心臓は、動かない。こんなに力を、入れているのに。まるで臓器が、凍結したかのようだ。でも、諦めない。この子を見捨てたら、誰がこの子を救うのか。自分しかいない。その事実だけが、彼を動かす。切実な想いが通じたのか、微力ながらあの音が聞こえた。ドクン、ドクン。生命の音。伝わってくる、脈を打つ振動が。これで心臓は、動き出した。でも人工呼吸を施しても、まだ息をしない。彼女の頭を持ち上げ、唇を重ね息を降り注ぐ。何時もの口付けとは違い、彼女の口はヒンヤリしている。泣きたい気持ちを戒め、施していく蘇生治療。15分くらいだろうか?漸く、息を拭き返す。後は本人の生命力と生きる意志に、望みを託す。シタンはフェイの手を、握り締め囁いた。
「さあ、戻ってきなさい、フェイ。貴方のいるべき場所は、黄泉の国ではなく私の傍だけですよ…」
シタンが思いを馳せている頃、フェイは不思議な夢を見ていた。見慣れたあの家、美しい山河。歩いてみる。そして。
『ここは、お前が来る場所ではない。帰りなさい。』
一瞬にして、辺りの環境が一変する。懐かしいあの家や山河から、暗闇が支配する死の世界へと。
「え?…父さん!どうして?呱々は一体、何処だ?」
『呱々は死者の国に、通ずる中間地点。…貴方は迷い込んでしまったのよ。フェイ。』
「か、母さん!?」
『帰りなさい。…お前の生きるべき場所は、呱々ではないはずだ。』
「父さん…でも、俺…帰れないよ。俺、汚れてるから…」
『…お前は愛する者や、仲間達を悲しませるつもりか?』
「愛する人…?なか…ま?」
『見て御覧なさい。』
闇の中から巨大な鏡が現れ、現実を映し出す。それには、手を握り締め今にも泣き出しそうな、シタンが映し出されている。そして、ガンルームでシグルドに抱き付き啜り泣いているバルト、その他のメンバーも俯いている。そんな光景が、映し出された。
『貴方はこの人達を、苦しめるの?悲しませるの?』
「…だけど、俺。昔、ウィルに…いや、キメラに…体を…だから…」
『確かにお前の体はあの時、奪われたかもしれん。だが心は、綺麗な侭であろう?それなら、問題ない。もう、過去に拘らなくて良い。』
「と、父さん…」
『さあ、帰りなさい。もう夢で、会う事もないでしょう。幸せになるのよ…フェイ。』
『お前はもう、1人ではない。己を求めてくれる者達を悲しませてはならぬ。…私達は何時もお前を、見守っている。それを、忘れるな、フェイ。』
「父さん!母さん!待ってくれ!待って!行かないで!!」
2人の姿が幻の如く、消えて行く。気がつくと、医務室だった。顔を、シタンの方向に向けてみる。体が動くと同時に指が動く。その動作に、気付いたのか。シタンはフェイを見つめてみる。
「フェイ!意識が、戻ったんですね!良かった…本当に…」
「又…泣いてる…」
「……誰のせいだと…思ってる…んです…か。」
「意…外。シタンが、泣くなん…て。人前じゃあ絶…対、泣かない癖に。」
「ええ。…こんな情けな…い私を見せるのは貴方だけですよ…フェイ。」
「ごめん。シタンを苦しめるつもり…はなかったんだ。只、これだけは…分かってくれ。俺は、シタンだけの”フェイ”でいたかった。身も、心も…」
「ええ。分かっています。貴方は私だけのもの。その体も心も、全て。ですから、簡単に傷つけないで下さい。」
「うん…分かった。」
「よろしい。それでは、私はガンルームに行きます。貴方が無事だという事を、皆さんに伝えないといけませんから。あ、早々。貴方は眠ってなさいね?体力を温存していないと…明日からの戦闘に響きますから。分かりましたね?フェイ。」
すっかり何時もの調子を取り戻したシタンは、フェイの額に優しくキスすると彼女から離れ医務室を出ようとした。だが…
「嫌だ!傍にいて!離れちゃ嫌!俺の傍にいてよ!シタン!一人にしないで!」
フェイは首元の傷に目も暮れず、シタンを引き止めた。彼の背中に手を掛け抱き締めながら。シタンは背後から、抱き締められる形となる。彼女の、温もりが伝わって来た。温もりは生きている証拠、彼女が存在している証。彼は気がつくと振り返りフェイを抱き締め、彼女の口を貪る。呼吸が出来ないくらいに。息の出来ない苦しみよりも、幸福感がフェイを満たして行く。舌と舌が絡み会う度、泣きたくなる程の至福に包まれた。この間々、死んでも良いくらいに。小さい頃から、ずっと夢見て来た幸せ。この人なら、くれる。互いの過去を洗い流し、罪という楔をゆっくり外して行こう。過去よりも、未来を見つめて行く。永久不変の、幸せをこの手で掴む為に。

FIN

 

<言い訳>

これで、良かったのかな。甘々だ〜今度は、どうしようかな。

 

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