Lost days
きっと、許してくれない。
ユイさんとミドリに、嫌われたくないよ…
俺、とても卑怯だ。でも…
シタンと想いを通わせ、1週間が経過しようとしていた。確かに、想いは通じた。だが、彼は妻子持ち。彼女達に対し罪悪感が日増しに、増大して行く。それでも逢いたくて、あの人の家に向う。ラハン村を出て見慣れた道を歩くと、シタンの家がある。何時も通りに、家のドアをノックしシタンが出るのを待つ。すると、シタンではなくその人の妻、ユイがフェイを迎えた。
「ユイさん、こんにちは。先生、いる?」
ズキンと胸に痛みが走るが、それを悟られない様に上手く尋ねる。
「こんにちは、フェイ。ごめんなさいね、あの人は今、ミドリと一緒に、出かけていないの。今日は多分、泊まるんじゃないかしら?」
「へえ、先生にしては、珍しい事するんだな。ミドリとお出かけなんて…」
フェイはテーブルに腰掛けユイが入れてくれた、紅茶を飲みながら答える。
「そうね、あの人も気にしているんじゃない?“お父さん”って呼んで貰えなくて。」
「そっか。そうだよね…いつか呼んでもらえると良いな…お父さんって。」
「そうね、いつかは…ね。それよりも、フェイ。」
ユイは行き成りフェイの唇に、舌を入れ絡ませてきた。フェイは驚いた表情で、ユイから離れ睨み付ける。
「ユイさん、行き成り何するんだよっ!?」
フェイは汚い物が触れたかのように、唇を拭く。
「あら。偉く嫌われたものね。そんなに、あの人が良い?私、知っているのよ?」
「な、何の事?」
フェイはシタンの事を考え、2人の関係を隠そうとする。
「惚けないでっ!あの人と…あの人と、寝たでしょう!?卑らしい!」
普段の彼女からは、想像出来ない憎悪にも似た表情で、フェイを見つめ叫ぶ。答を返そうとした時、フェイは突然、強い眠気に襲われる。足元をふら付かせるようにして、倒れ込んだ。どうやら、睡眠薬が注入されていたらしい。ユイは面白い玩具が手に入った事に、喜びを感じ妖しい微笑みを浮かべる。
「う…ん。お、俺…は?」
「目が覚めたようね、フェイ。クス。どう?縄で縛られた挙句、天井から吊るされる気分は。」
「えっ?ユ、ユイさ…ん?…ここは!?」
「呱々は、私の隠れ部屋なの。私だけの、秘密部屋。だから、誰も入ってこない、誰も貴方を助けてくれないわ。あの人でも、知らない事があるのよ。…いくら夫婦でもね。逃げられないわよ、諦めなさい。フェイ。」
ユイはそれだけ告げると、フェイの体を弄り始めた。首筋、胸元、鎖骨にユイの手が口が彼に触れてくる。繊細な彼女の指に弄られる度、フェイの体は反応し喘いでしまう。括り付けられた縄は彼の体に食込み、快楽を倍増させる。
「はぁ…はっ…いや…ぁ!…あうっ!」
ユイの唇は、肢体に移動しフェイの局部を、舐めずり犯し始めた。彼女は、根元を手で摘み、口に含んだ。舌を動かすにつれ、フェイの体は赤みを帯びて行く。
「ひっ…やだぁ!やだよ!…ユイ…さんっ!」
喘ぎ声は、自分でも信じられない程、大きくなって行く。愛を感じさせる情交ではなく、只管、刺激だけを求め快楽だけを貪る彼女の愛撫。フェイの心の中では虚しさが、込み上げる。ユイの拷問とも言える愛撫に、フェイは無意識にシタンを求めてしまう。
『…せんせい!せん…せ…い!』
聞こえるはずも無いのに、恋人を呼び続ける。不覚にも其れは、声に出てしまった。先生と。それがユイに更なる嫉妬心を、掻き立てさせる。抱いているのは夫ではなく妻であるこの私の方なのに、何故この子は其れほどまで、あの人を求めるのか。
(…許せない!私以外の人と、許さない!私だって、フェイ…貴方を愛してるのに!!)
ユイはフェイを夫の友人としてではなく、一人の男性として見ていた。彼女は彼に対し、密かに恋心を抱いてしまったのだ。その感情は忽ち、愛へと変ってしまう。その唇も、目も、全てが彼女を捕らえて離さない。自分の物にしたい衝動に、身を震わせたが言葉にしない。そして、打ち明けないつもりでいた。何故なら、自分は人妻。夫がいて、子供までいる。忘れなければ、封じなければ行けない。そう思っていた、2人の関係を知るまでは。
―(他の女の子なら未だしも、事もあろうに私の夫を愛すなんて!!)―
道昭もないジェラシーが燃え滾り、彼女を大胆な行動へと突き動かしていく。ユイは彼の局部から口を離すと、縄を外し力なく倒れるフェイを、力任せに横たえる。彼を仰向けにすると、乗り架る様にして自分の体を重ねた。女性と性交渉を持つ事に、馴れていないフェイにとって生暖かく、蕩ける様な其れで入て焼けるような…表現しきれない快楽が彼を襲う。
「ああ…も、もう…許し…てぇ…」
フェイは涙目になりながらも、彼女に懇願する。だがそれは、聞き入れられない。それどころか、彼女は非情に言い放つ。
「許さない!許せるわけないじゃない!あの人にとって、一番大事な…貴方を、奪って、壊して、滅茶苦茶にあげる!貴方が、いけないのよ!私じゃなくて、あの人を愛すから!!」
「え…?何、言って…あはぁ!」
彼女の言葉に、戸惑いながらもフェイは快楽に浸っていた。こんな仕打ちを、受けているのに、感じている自分。羞恥心と虚脱感が、彼を占めて行く。ユイはそんな彼に目も暮れず、自らの体を重ね更に腰を、上下に動かした。
「ひぁっ!ああ!」
馴れない快感に身を捩じらせる彼を、不気味な笑顔で見つめる彼女。普通の人が見たら、異様な光景に写るかもしれない。彼女は狂ってしまったのか?それとも、彼を手に入れた事への喜びが、顔に出たのか。それは、定かではない。恐らくユイ自身、気付いていないだろう。フェイを愛する余り一瞬でも、鬼と化した事を。彼が意識を失うと、彼女はタオルを使い彼の体を清める。そして、彼の背中を引き摺る形で、台所へとつれて行った。フェイは目を覚ますと、彼女の姿はない。どうやら、出かけたらしい。意識がはっきりし始めると、ユイとの情交を鮮明に思い出す。フェイは身を切られる思いで、ラハン村へと舞い戻った。
あの所業から、3週間半が経過する。…卯月家にはあの日以来、行っていない。シタンとユイに逢うのが怖くて、行く事が出来ない。また、犯されたら…という念がフェイを蝕んだ。シタンに対する罪悪感、ユイに対する恐怖にかられる日々が続く。ある日の事、村の子供が怪我をしたという情報が入った。が、フェイは部屋から出ない。怪我をしたと言う事は、医者が来て診て貰わなければならない。つまり、シタンがラハンにくる事だ。その事が重く、感じられる。逢いたいけど、逢えない。複雑な気持ちが空回りしていた。考え事をしていたのか、転寝してしまう。どれくらい、寝ていたのだろう?フッと、目を開いてみると…あの人が隣に、座っていた。
「良く、眠っていましたね…フェイ。」
「え…う、嘘!せ、先生!?」
隣にいるとは夢にも思わなかった為、声を荒げて彼を呼ぶ。
「本当に、久し振りですね。毎日の様に、逢いに来てくれてたのに…。どうしたんです?…私の事、嫌いになりましたか?」
彼から帰ってくる答は、分かりきっていたが、意地悪く聞いてみる。
「嫌いになる訳ないだろ!…大好きだよ。」
思った通りの答に、苦笑いしてしまう。笑いを堪えながら、シタンは恋人を見つめる。反応を、未だ待っているかのように。何も言わない為、フェイは不安な気持ちで一杯になる。シタンに気持ちを分かって欲しくて、強い口調で訴える。
「愛してる!俺には、先生しかいないんだ…信じてくれよ!」
フェイはベッドから降りると、シタンに抱き付いた。いかにも彼らしい行動に、シタンは笑い出してしまった。
「笑うなんて、酷いよ!俺、本気なのに!」
「ああ、すいません。別に貴方を、疑ったりした訳ではないんです。ですが…本当にどうしたんです?3週間以上も、私の家に来ないなんて…」
「…どうもしないよ。ごめん…心配かけちゃって。今日、先生の顔、見たら元気でた!明日、行くよ!」
フェイはやはり、シタンに逢いたいという気持ちが抑えられない。彼の顔を見ると、気持ちが抑えられなくなる一方だ。でもシタンに逢うという事は…つまりユイに逢うという事。少しだけ、自分の発言に後悔した。
(先生に逢いたい。だけど、ユイさんにまた…ばれたら、どうしよう。)
フェイは今何かに、悩まされている。シタンは、そう直感した。純真無垢な彼の恋人は、表情さえ見ていれば大抵、理解できる。訝しむシタンだったが、理由は明日聞けばいい。そう判断したのか、明るい声で返答する。
「約束ですよ?明日、待ってますからね。」
確認する様に復唱すると、シタンはフェイの顎を軽く掴み、キスした。舌を絡ませ、唾液が交わり甘い感覚が、押し寄せてくる。フェイの体が熱帯びた時点で、シタンは唇を離す。
「ん…先生…?」
「心底、心配したんですよ、これでも。例えば他に好きな人が、出来たんじゃないかとか。」
「先生以外の人を、好きになるなんて、俺に出来る訳ないだろ。安心してよ、先生しか見えてないから。」
「それを、聞いて安心しました。では、また明日、逢いましょう。」
「うん…明日、ね。」
再び深い口付けを交し、誓約を交す。
フェイは約束通り、卯月家に向う。ユイは留守だった、今はミドリと村に遊びに行ったとシタンは告げた。フェイの表情は、いつもより、暗い。医者として、監視者としてあるいは恋人として、聞いてみる。
「悩みがあるんですね?隠しても無駄です。貴方の事は、全てお見通しなんですから。」
「先生……」
「言いなさい。聞いてあげますから。」
少し強い口調で諭され、フェイは堪忍する。この人には、嘘つけないし隠せない。なら、全てを話して…楽になろう。
「実は…」
フェイはユイと、自分に起こった出来事を、シタンに説明した。
「………。」
当然の事ながらシタンは、絶句してしまう。まさかユイに自分達の仲がばれていた所か、同じ相手を愛していたとは。夫婦は似るというが、恋愛まで似る訳ないと思ってきた。現実は、そういかない。嫉妬と憎悪そして、彼女に対する罪悪感が入り混じり、表現出来ない。
「俺、ユイさんを、止められなかった!逃げられなかった!謝ってすむ事じゃないけど…ごめんなさい。」
「貴方が、悪い訳じゃない。これは、夫婦間の問題です。……気にしなくても、いいんですよ。」
シタンはフェイの頬に、キスし囁いた。半ば、傷ついているようだった。会話を交している途中、人気があることに気付く。
「そうね。私達の問題ですものね。…あなた。」
彼女は、冷たい目で夫を凝視している。
「ユイ!?いつから、其処に?」
「…つい先程から、いました。」
「フェイ、別の部屋に行っていて、貰えませんか?…夫婦で話したいので。」
「…うん。」
フェイは書斎から出ると、診察室に行った。シタンは安心したのか、ユイを睨む。
「どういうつもりです?あの子は、私のもの。貴方には、渡しません。」
「あら、あなた。お忘れ?フェイは、男なのよ?なのに、どうしてあなたの物なの?」
「性別は、関係ありませんよ。問題は、気持ちです。私はフェイを、愛してます。」
「…愛ですの?変われば、変わる物ね。あなたの口から、そんな言葉…聞くなんて。昔のあなたからは、想像できないわね。」
「そうですね…人は変われるんですよ。本当に愛した人が、傍にいればね。」
「そう…あなたの気持ちは、分かりました。でも私とて諦めるわけには、いきません。フェイを健全な少年に、戻してあげないと行けませんから。」
夫婦の会話は、いつ終わるのだろう。フェイにとって、入れない世界。それは、夫婦。自分は男、シタンもまた男。自分のせいで、2人の仲を裂いてしまった。胸が…心が、痛む。
(早く先生、来てよ。一人にしないで。1人は、やだよ…)
「貴方がどう思おうと、勝手です。でもね、ユイ。貴方に、勝ち目はありませんよ?何故なら、私達は、愛し合っているんですから。貴方がどれだけフェイを想おうと、無駄な事。本来なら、貴方を殺す所ですが、フェイとミドリの為に、止めておきましょう…。別に、貴方の為ではありませんから、勘違いしないで下さい。」
シタンは口元だけで、微笑む。冷たい目だった。まるで相手を、凍り付かせるくらいその目は、冷たい。ユイは己の反論が聞き届けられない、そう悟ると彼女は諦めた口調で呟く。
「私ミドリと一緒に、シェバトに戻ります。フェイに逢うと、気持ちを抑えられなくなりますから。…用がある時は、仰って下さい。」
「ユイ…」
永遠に続く討論かと思われたが、ユイの方がある意味…大人だったのかもしれない。ユイはミドリと共に、故郷へと戻って行った。彼女達を無表情で見送ると、シタンはフェイがいる診察室へ即、足を運ぶ。そして話し合いの結果など細かく伝えた。フェイは複雑そうな、表情を浮かべシタンの話しを聞いている。
「…という訳です。フェイ、すいません。貴方を夫婦の揉め事に、巻き込んでしまって。」
「そんな事、ないよ。それどころか…逆に、嬉しいんだ。」
「嬉しい?何故?」
「だって。先生がユイさんじゃなくて…俺を、選んでくれたから。」
「私は自分の感情に、嘘がつけなかった。ただ…それだけです。」
「それでも、嬉しい!」
フェイは、シタンに飛び付く。身長が彼よりも低い為、胸の位置に収まった。シタンは片翼の背に手を伸ばすと、包み込む形で抱き合う。この先、フェイは運命の残酷な仕打ちに、耐えられなくなる時が来るかもしれない。だが、守って見せる。始めて愛という感情を、呼び覚まさせてくれた…この人だから。
<言い訳>
ユイさんが2人の関係を知っていたら、どうなるのかなと想像しながら書きました。ユイファンの方には、すいません。(泣)
エリィといい、私はこの女性達を憎んでいるんでしょうか。自分でも、分かりません。以上、管理人でした。