傷…そして(04)

Rushifa 作

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「あ!!何処いくんだよっ!三蔵っっ!!」

背後から戸惑ったように聞こえる、“悟空”の声。
本来なら「嬉しい」、「生きててよかった」と常人なら口にするのだろうが。

―冗談じゃねぇ。

この1年、どんな思いで記憶から掻き消そうと思ってたか。
馬鹿らしくなってくる。雨の日の憂鬱に付け加え、
あいつの血に染まった姿。あの時に抱いていた気持ちは、
どうすればいい。…よりにもよって、面倒臭がりの俺に…。
道昭もない苛立ちが、煙草の本数を自動的に増やして行く。

2人とは違う方位を目指し、行く宛がある訳では
ないが、歩いてく。彼らから離れるために。

ラシクネェ オレハヨワクアッテハナラナイ ツヨクアラナクテハ
ヨワケレバ ミナ シヌ
イキルタメニ ツヨクアル シショウサマトモ チカッタ ・・・

しかも「抗魂の業」だと?聞いたこともない。
やはり神の領域と…でもいいてぇのか。

それも、記憶と引き換えとは。

―わけわかんねぇ…

あの「観世音菩薩」の事だ。
どーせ、浮遊している未練たらたらの魂を、
神の暇潰しとやらで拾っただけで、あの術名は
只端に漕ぎ着けただけのような気がするが…。

まぁ、…どの道、あいつの記憶はねぇ事に変わりはない。
だからといって、悟空への想いは消し切れんが。
だが、アイツは…。

「三蔵!」

ああ、五月蝿ぇ…。俺の気持ちを逆撫でする悟空の声。
足音が近付いてくる。追いかけてくるのか…。
何か、懐かしいものを感じる

幾ら無視しても、連呼される俺の名。

―うざすぎる…。

ハリセンを炸裂させ、「黙れ」と戒めるが、
頭を押さえつけ涙目で痛さを訴える事も、
「打つ事ないじゃんかっ!!」と、むきになる所も彼その物だった。

― 悟空…

奴を試すかのように、歩く素振りを見せ、
相手の出方をみる。アイツなら俺の法衣を掴み、
引きとめる筈。1歩2歩、足を…進めると…。

俺が倒れそうになるくらい、力強く抱き付いてきた。
引き剥がそうと、暴れるが…離さない。

「どういうつもりだ。」

舌打ちし、仕方なく目線を合わせると“悟空”は
目許から大粒の涙を滴らせていた。

― 泣いている、だと?

怪訝な表情を浮かべる彼に溜息を吐き、
暫く抱擁を交してみる。

久し振りの腕の中の感触。

悪い気がしない…。調子が狂う一方だ。

悟空への気持ちは、掻き消したつもり…ダッタノニ…。

「三蔵……」

落ち付きを取り戻し、温もりに安堵したのか
数分後、笑みを浮かべる彼。

その様子を面白そうに見る、外野の姿が
気になりはしたが、腕から悟空を逃す事無く
抱き締め続けた。

ただ、そうしたいと、望んだ。

ずっと、そうしたくて、たまらなかったから。
散々、偽り続けてきた情。

「…また飼ってやる。」

自然とその言葉は紡ぎ出され、驚いたように凝視する
混じりっ気のない瞳。

「あの…さ、あのババアから、良い事…聞いたん
だけど…三蔵って俺の事すきって本当?」

彼の唐突とも言える言葉に、顔を顰め「あ?」と間抜けな
声を漏らしてしまう。

「だからさぁ!三蔵っっ…俺、ず〜〜〜っと、聞きたかったんだからなっ!!」

何を言っているんだ。この猿はっ!!
まるで、記憶があるかのような言いまわし。

おもわず条件反射とも言えるハリセンを、悟空に浴びせ
「ませくれてんじゃねぇっ」と怒鳴るように告げる。
それが、気に食わなかったのか、“ぷぅっ”噴くとされる
彼。

ただ、それだけで。心が激しく揺れる。

何をこんなに、考え込んでいるんだ、俺はっ。
悟空に惚れてるのは、最早、否定できねぇ所
まできているというのに、口には出せない。

「いくぞ……」

漸く離れようとした…その瞬間。彼から、
確信をつくような言葉が発せられた。

「あ!八戒!悟浄!!」

ハッと口を塞ぐ悟空の姿とは裏腹に、
居酒屋から出、酔い覚ましに歩いていた、
と思われる彼らの姿。
只々、呆気に取られ、瞬きを繰り返していた。
状況が飲み込めていないのだろうか。


「どーいう事だっ!!説明しやがれっ!!!」

銃を思わず乱射し、威嚇してしまう。
見に覚えのある光景に吹き出すように笑う、悟浄と八戒。
それを蹴散らすかのように、発砲を繰り返すが、
説得力は最早、なく。

眉間に皺を寄せながら、ピリピリっと、したムードの中、
内心、呟く。「あのババア…の所為か」と。

それを知って知らずか、只管、笑顔で彼を見遣る八戒に、
流石に気が退けたらしく「ごめん…」と反省の色を窺わせる悟空。

悟浄は彼の頭を“ポン”っと叩くだけで、「ほーんと、お馬鹿ちゃん」と連発していた。
奴は奴なりに、傷付き痛手を被っていたと言う事なのだろうか。

頭をクシャクシャっと掻き上げ、「これ以上、うぜぇことは真っ平だ」と
言い放ち、宿に連行するかの如く歩いていく。

本来なら文句を24時間、言い放ちハリセン地獄をお見舞いしたい所だが、
敢えて堪えてやる。

『…今夜はゆっくり寝れそうだな…。』

不意に漏らした言葉を聞き逃さなかったのか、
またもや悟空に抱き着かれる。
…何で今日はこんなに、疲れんだ…。
頭を抱えたくなる情を抑え、大人しくなるよう八戒に
ジープを変身させ、後部座席に投げつけた。

1年前と変わらぬ、あの日のように。

“これで良かったんだ、ろう?…金蝉…。”

彼等に気づかれぬようそっと見守る、観世音菩薩。
欠伸をしながら、姿を天界へと移すのだった。
 
THE END

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