Blue Zoon
最近、フェイの様子が可笑しい。
話しかけると、何かに怯え体を震わせている。
“どうしました?”と私は聞いてみる。
でも、フェイは…首を横に振るだけで、何も言わない。
私といるのに。まあ、彼がどうなろうが関係ない。
私は陛下に言われた通り、彼を監視するだけ。
◆
フェイがラハン村に来て、半年。彼と私は、患者と医者と言う関係。フェイは自分の患者という事もあり、良く構ってやった。彼に必要な遊び友達や、親代わり等を演じたりして。そのせいか、私の事を骨の隋まで信頼を寄せてくる。始め任務遂行の為なら、それでも良いと思った。でも何時からか彼の寄せる信頼という情が、妙にもどかしい。彼にはもっと、そう。自分自身を見て欲しい。保護者ではなく、一人の人間として。…どうして、こんな気持ちを抱くのだろう。……いけない。こんな感情を抱いては。彼とは…フェイとは、仮初の関係に過ぎないのだから。
(くだらない。こんな情など、必要ない。フェイはただの敵だ。)
シタンは気分転換する為、ドアを開く。外の風が吹き注がれ、気持ちいい。本日は、晴天。こんなに、天気が良いと、決まってあの子が遊びに来る。…今日こそは、この感情が何なのか、確めよう。そう待ち構えて、半時。フェイが、こない。何時もなら、既に来てミドリと遊んでいる時間なのに。まあ、いい。今日くらい、自分から村に行ってやろう。彼は何時ものように、“仕事にいく”と妻に言い残し外出した。大抵の事は、そういっていれば怪しまれない。本当の理由は闇に葬られ、シタンの思うが侭に事は運ばれて行く。彼からすれば、彼女など只の同居人に過ぎない。ユイは只の駒。自分の障害に、なるようなら斬り殺す。胸にそんな狂気を秘め、ラハン村を目指した。大凡、自宅からラハン村へは300mある。岩道を越え吊り橋を渡れば、村は直ぐ其処。村人に怪しまれぬよう、彼の保養者「リー」の元に足を運んだ。シタンはフェイのいる場所を訪ねるがリーは“彼なら呱々にいない、貴方の自宅に向ったが。”そう彼に切り返した。
(私の自宅に向った?……すれ違いか?)
シタンは訝しみながらも、自宅に舞い戻る。が、やはり“あの子”がいない。
(可笑しい。あの子が…来ないだけで何故、之ほどまでに気になる?…私、らしくもない。)
彼は自分の心根が分らず、考えこむ。結局、答が出ない。こんなに、考えても分からないなんて。それなら、行動あるのみ。また、捜しに行ってみよう。山頂に吹き注ぐ風。真冬の山頂は寒気が立ち込め、息が白くにごる。早くあの子を捜して、温まりたい。フェイは、何処にいるのやら。転々と山道を歩き、吊り橋付近に到達した。通常通り橋を渡ろうとした時…誰かの声がした。
“助けて…”
「…?…今の声は…」
「せん…せ…助…けて」
「フェイ…?」
微かに、聞こえる彼の声。シタンはハッとした表情で、橋の辺りを詮索し始めた。吊り橋の真ん中を通る最中、何か違和感を感じる。いやこれは、違和感ではなく気配だ。橋の中心を見渡しても、誰の姿もない。気のせいだろうか。不審に感じながら、第2声。
“…せんせ…い…”
「フェイなんですね?…どこです?」
「せ…ん…せい…」
フェイの声は吊り橋の下方から、聞こえる。…不自然な事もあるものだ。橋の下方から声がするなんて。シタンは半信半疑で、吊り橋の下方を見つめてみた。そこには手足を拘束された、フェイの姿が。
「フェイ!…少し…待ってなさい。直ぐに助けますから。」
シタンは橋に寝そべると、フェイの手足に巻かれたロープを手持ちのナイフで切り裂く。その最中、シタンはずっと彼の手を優しく握っていた。というより、強く握れなかったのだ。何故なら彼の肢体は酷い痣が出来るほど、腫れていたのだから。当然の如く吊り橋から自力で這い上がれそうもない。シタンは仕方なく、彼を抱き挙げる形で救出してやった。
(この私が…何故、ここまで…する?この子を助ける手立てくらい、幾らでもあったのに。)
自分自身の中に、確実に芽生えつつある感情。だがシタン自身それに、気づいていない。
フェイの震える姿を見て、心が軋む。何故だ?…今は、こんな事考えている暇はない。自分は、医者。彼の主治医として、理由くらい聞かなくては。
「フェイ…何で、こんな所に?可笑しいじゃありませんか。何があ…って、フェイ…!?」
「せんせ…い…先生!!――っぁああ!」
「フェ…イ…」
フェイはシタンに縋り、泣き崩れた。一気に恐怖が抜け落ち、安心しきったのだろう。所詮、彼は15歳の少年。相当…心細かっただろう、恐かっただろうに。シタンの胸を通して、フェイの温もりが伝わってくる。何と暖かく、落ち付けるものか。…体温。彼の温もりが伝わるだけで、こんなに穏やかな気持ちになるなんて。駄目だ。この侭では、己の任務に支障をきたしてしまう。でも、ほっとけない。結局シタンはフェイを自宅に宿泊させる事にした。その夜、彼は相当ショックを受けているのか何も口にせず、両足をクの字に曲げ顔を埋めている。普段の彼からは、想像できない光景。
(これが、世界を滅ぼす者の姿か。何と、儚く脆い…彼を守りたい…私は、この子を…)
シタンの深層奥深くに、仕舞われた感情。今それが、暴れ出す。フェイの力になりたい。彼の傍にいたい。そんな想いを抱えながら、シタンは診察室にいるフェイに目を向けた。すると、未だ彼は怯えている。シタンはそんな彼に不安を覚え、声をかけずにはいられない。
「フェイ…」
「……」
「何があったんですか。そんなに、怯えるなんて。…貴方らしくもない。」
『黙れ、偽善の塊が。』
「フェイ?…」
いや、違う。この声は…彼のものではない。まさか…
「よう。久し振りだな。エルル以来か…」
フェイとは違った、凍て付いた声。そうだ、この声・気配。これはもう一人の、フェイ「イド」の物。シタンは上着の裾に備えてある、ナイフを片手に握り後ろに構える。そして何もなかったように、彼は振る舞った。
「…やはり、貴方ですか“イド”」
シタンは腰を低くし、イドを威嚇する。破壊衝動の塊であり、愛を欲し続ける哀れな鬼神「イド」。フェイとは全く、違う容姿。真紅の髪を靡かせ、金色の瞳を研ぎ澄ませている。彼の周囲から、漂う殺気は尋常ではない。
「何故…貴方が…」
「そんなに俺が出た事が珍しいか?言っとくが、フェイは俺より下位の模擬人格なんだ。何時、俺が出てきても、不思議ではない。」
「ですが、イド…貴方が出て来たということは、フェイに何かありましたね?」
「奴に何かあったら、どうするって言うんだ?ヒュウガ・リクドウ!」
イドは会話を遮り、戦闘を開始する。イドは拳法とエーテル両方共に繰り出し、シタンを圧倒する。この侭だと、やられる。反撃せねば。シタンは意を決し、イドの足を目掛け得意の拳法で攻撃してみる。だが、軽く交されてしまう。どうする?シタンは警戒しながら、イドの攻撃をよけていく。
「どうした!攻撃してこないのか!?どこまでも偽善の塊だな、ヒュウガ・リクドウ!!」
「くっ…」
シタンは素手で、イドの胸元に詰めより衝撃を与えるが。決定的な、ダメージを与える事は出来ず空回りしてしまう。シタンは躊躇いながらも、ナイフを構えイドの下腹に突刺した。
「ぐはぁ!貴様!!」
「イド…貴方なら、その程度で死にはしないでしょう?」
「貴様…フェイが大事じゃないのか!?」
「それと、これとは別です。さあ、イド。フェイに何があったのか、教えて下さい。」
イドはその場に倒れこみ、息を切らしている。
「それを知ってどうする!?思いあがるな!俺はフェイほど、貴様を信用していない!」
「貴方に、信用などしてほしくありませんよ。さあ、話しなさい。」
「…そんなに気になるなら、直接…本人から、聞いたらどうだ?」
「それができれば、苦労しません。」
「…お前なら、犯すなりして聞き出しそうだがな。……フン…またな。」
「待ちなさい、イド!!」
シタンの叫びは聞き入れられず、真紅の髪から漆黒へと戻る。
(行ってしまったか。今度は手加減しませんよ…イド。)
「…うっ…」
「貴方…下腹、怪我してますね…恐らく、吊り橋に拘束された時、出来た傷でしょう。フェイ…痛みますか?」
「…う…ん。」
彼がそう告げると、シタンはフェイの衣服を脱がせた。先程、シタンが傷付けた傷。イドからフェイを取り戻す為にしたとはいえ、彼を刺すなんて。心の中でフェイに謝罪しながらシタンは丁寧に消毒し真っ白な包帯で巻いた。手当てを終えた時点で、フェイが弱々しい声で言葉を発する。
「先生…ごめ…ん…」
「何故、貴方が謝るんです?」
「だって、迷惑かけちゃっ…た…」
「ええ、確かに。貴方が私に隠し事するから、こんな怪我してしまいましたねぇ。」
「だ、だって…」
「貴方の事です。どうせ、村の人と喧嘩したんでしょう?」
「違う…違うんだよ…先生。」
「おや、違うんですか?それなら、説明してください。貴方の身に、何が起ったのかを。」
「…うん…実は…最近、村の人達に…苛められてて。」
「ラハンの人達に…!?」
「ああ…『お前は“余所者”だ。出て行け。どうせ村長を、脅して居座ってるんだろう。』ってこの前、言われたんだ。…その時は運良く、ティモシーとアルルが、庇ってくれて何もされなかった。俺…それくらいなら…我慢しようと思った。」
「それなら何故、あんな場所に貴方がいたんです?」
「今日…ティモシーの友達って名乗る奴に、呼び出されたんだ。ラハンの奥地にある、吊り橋まで来いって。…俺…気が進まなかったけど、村の一員として、認めて欲しかったから…言われた通り、その場所に行ったんだ。そしたら…あいつ等いきなり、複数で襲ってきた…抵抗しようとしたら、村の人達に言い付けるって言われて…逆らえなくなった…気がついたら、あんな事されてた…」
「フェイ…貴方、ずっと一人で苦しんですか?…何故、早く私に相談してくれなかったんです?一言いってくれたら、貴方を守ったのに。」
「先生…。だって…」
「まあ、今回は大目に見ましょう。ですが、フェイ。今度、私に隠し事したら、許しませんよ?」
「…うん…」
フェイの浮かべる、満面の笑み。彼の穢れなき笑顔。心が安らぐ。何時までも、見ていたい。…漸く自分の中にあるこの気持ち、理解した気がする。
「フェイ…今日はゆっくり、眠りなさい。」
「うん。有難う。」
シタンはフェイを、診察室のベッドで休ませた。疲れが溜まっていたのか。彼は直ぐに、眠りに付いてしまった。
「フェイ…」
フェイの額にキスを落した後、シタンは彼の手を握りその日を明かす。
「先生、おはよう。」
「フェイ、おはようございます。さあ、これからラハンに帰ります。良いですね?」
「でも…。」
「フェイ。村の皆さんには私が、良く言っときますから安心なさい。それでも不安だと言うのなら、私の所に来なさい。私は何時でも、貴方の逃げ場になってあげますから。」
「有難う…先生は、優しいね…」
「いえ、私は優しくありませんよ?もしそうなら…貴方だから優しいんでしょうね。」
「へ?どういう意味?」
「いえいえ。こちらの独り言です。」
「何だよ!それーー!変な先生!」
フェイはプクウと、膨れッ面をして見せた。その表情を見ただけで、胸が高鳴り彼を独占したくなる。貴方が…愛しい。こんなに愛しい彼を殺せと、命じるのなら。陛下…私は貴方を、裏切ります。例え、どんな罰を受けようとも。私は…もう自分に嘘をつかない。
FIN
<言い訳>
こらんさんに捧げたきり番小説です。イドを始めて、書いてみました。
イド…もう少し、出番ふやしたかったな〜