きんのあめの降る  外では風が、ごうごうとなっている。飛ばされた小さなものが、かちかちと窓を叩く。
 まどに写る私の顔は、泣き出しそうだ。
 また、きんのあめの季節が、来る。

 ばたん、とドアが閉まる音がした。布団を頭までかぶる。
 お母さんだ。何かのうたを歌っていて、こういうときはきっと怒らない。私の部屋のドアがあく音がして、きしきし、と小さく床が鳴る。布団をゆっくりとかけなおす。丁寧に。 でも私はそのあいだじゅう、ずっと寝たふりをしていた。
 夜中に水を飲みに行くと、きまってお父さんとお母さんが何か話していて、私がいるのがわかると、ふたりともにっこりと微笑んだ。そしてお父さんは手を伸ばして言う。眠れないのかい、まあこ。遅くまで起きてちゃいけないよ、
「ん……ぉ父さん……」 
 ばあん、
 痛かった。いたい。いたい。
 目を開けて、体をおこすとお母さんが立っていた。おにのような顔をして、顔を真っ赤にして。
「まぁこ!!」
 お母さんの大きな手がまた、きた。爪が赤くぬってあって、私のいやなにおいがする、お母さん。そのにおいは、あの男の人でしょう?
「うあああぁぁぁぁ!!」
 お母さんは、なんどもなんども私を叩いた。
 泣きながら。 
お母さんは私のおなかのあたりに顔をうずめて、泣いていた。その間も、手はばんばんと私の足や胸や顔にあたって、痛かった。
 窓から月が見えた。ぱしり、と窓が鳴る。その奥では風がうなっている。
 お父さんが、私が遅くまで起きているのをゆるした事がある。私とお母さんとお父さんで、近くの神社に行った。空がぐるぐると回っていて、木はざわざわと囁いた。こわい、と私は言った。下を向いてぎゅうと目を閉じて、お母さんの手にしがみついて。ははは、とお父さんは笑った。お父さんも怖かったよ、お父さんのお父さんが教えてくれたんだ。ごうごう言う風のうなりに、私は耳もふさぎたかった。
「うえを見てごらん、まあこ」
恐る恐るの動きを風がさらっていった。むりやりに顔を上に上げさせられた。
 黄金の雨が降りそそぐ。

「銀杏、って言うんだよ。これは食べられるから、お父さんのお父さんに家族みんなで拾わされた。お父さんはさあ、嫌で仕方がなかったよ。拾いに来るのは夜のうちだから、暗かったし、怖かったし、それに臭いだろう? ははは、まあこは臭くない?
 でもね、それでもいいことがあったんだ。これだよ。すごいだろう? 落ちてきてるのは、臭い銀杏に違いはないんだけど、ほんとうに、これはきれいだと思ったんだ」

 お母さんはまだ小さく泣いていた。私はお母さんのあたまにうえに手をおいた。
 そういえば、あの神社でお葬式もやったのだった。

 外では風が、ごうごうとなっている。飛ばされた小さなものが、かちかちと窓を叩く。
 まどに写る私の顔は、本当に、今すぐにでも泣き出しそうだ。
 お父さん、
 また、黄金の雨の季節が、来るのに。

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