白の誘惑  風邪で一週間ほどゴブサタしていたバイト先に、久々に出勤した。
「こんばんわ」
 社員のさおりさんが久しぶり、というように軽く手をあげる。頭を下げながら部屋に入った私の目に、ふと見慣れないものが飛び込んでくる。私がそれを質問しようとした時、背後からサキーと耳慣れた声。振り向くと先輩の浩太さん。と言っても一番の新入りの私には先輩しかいないのだけれど。
「もう大丈夫? てかサキがいなくて寂しかったよう」
「えと、まだ大丈夫じゃないんでそんなにくっつかない方がいいと思うんですけど」
 コタ、早くタイムカード押しちゃいな、とさおりさんが促し、押していなかった私も浩太さんの横に並ぶ。細長の厚紙を機械がのみこんでいく間に、あれ、新品ですか、と浩太さんに少し小声で話しかける。浩太さんは少し首を傾げて「あれ」を見たあと吐き出された出勤簿を元の位置に戻した。
「シーツの事?」
 頷いて視線を巡らせると、やはり大量のまぶしい白が視界に飛び込んでくる。うずたかく積まれる新品特有の白さに、私はイケナイ欲望を抱いてくらくらする。
 常々もうダメだろう買い換えようと裏で表で言っていたのを、ラブホのシーツなんか寝タバコで焦げようがナニで汚れようがそんなこと求めてきてるんじゃないんだから一緒、とさおりさんは言っていたのだ。
「この前、集めたシーツの中にタバコが紛れこんでんのに気付かなくて、まとめて使い物になんなくなっちゃったんだよね、で、あれ」
 さすがのさおり姉さんも客に半分焦げたシーツは提供できないらしい、そう言って小さく笑う浩太さんの話を聞く間にも、白いかたまりが目から離れない。私はそっとその新品のまぶしさに近づいた。ちらと様子を伺うとさおりさんは先程の話を聞いていたらしく浩太さんとじゃれている。今。
 少し勢いをつけてダイヴする。頬に触れる白いそれは思ったより新品の張りがなかったけれどひんやりと心地よい。子供の頃に布団に倒れ込むのと同じ感覚。
「あ、こら佐樹っ」
 さおりさんの叱責の後、仕方ないなあと言うような溜息が聞こえたものだから、調子にのって私はさらに体重を預ける。シーツの山が歪み始め、崩れそうなのを私は抱きかかえる様にして体を埋めた。
「こんにちはー」
 この声は多分私の次に新入りの蛍くんだ。私は顔も上げずに、羨ましがれとばかりその白の感触を楽しむ。
「……あれ来たの一昨日でもう使用済みだって教えてあげてますか?」
「本人満足してるみたいだからいいんじゃない?」
 げ。
 
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