「いりません」
 ノイズが入ったような砂嵐の画面が言い放つ。
 身の不安を感じたのか、腕の中の赤ん坊が泣き出した。私は急に厭な気分になる。 
 テレビ電話が普及してないなんて事はこの国でありえないのだから、意図的に画面を切っているのだろう。そりゃそうだ。自分の子供の受け取り拒否にあまり顔を出したくはなかろう。
「あの、今日は受け取りに来れない、と言うことでしょうか」
 私は少しばかり抵抗を試みてみる。赤ん坊を抱いたことなどあまりないから、腕がすっかり疲れている。大体子供など嫌いなのだ。こんな事なら看護婦を連れてくるのだった。お渡しできますよ、と私が言い、その後に看護婦に抱かれた我が子と対面、でも構図は全然問題なかったな。
「違います。そっちでもう処理して欲しいんですけど」
「処理、と言われましても」
 腕の中の子供がまたぐずっている。大きな声で泣いて喜ばれるのは生まれ出た次の瞬間だけだ。その後のそれはただ周囲を徒に不安な気分にさせる。苛々した気分にさせる。
「お金、要るんですか」
「ええまぁ。……でもそういう問題じゃないでしょう。あなたこの子のお母さんなんですから、もっと責任を持って下さい。」
 卵巣摘出して体外受精した子だから実感ないかもしれないですけど、と心の中で付け加える。
 誰と電話してンだよ、と向こうの電話口から遠く聞こえる。男の声だった。何でもない、と彼女は答えた。受話器を押さえているのだろう、くぐもった声だった。
 私は肩と顔で受話器をはさんで、カルテを繰った。安物のクリップはさまれた写真。笑っているオンナとその隣にいるのは随分と気弱そうな男。今の声はまさかこの男ではあるまい。私はいっぺんに状況を理解した。
「お金は後で払いますから」
「だから、そういうことじゃ……」
 だから、誰と電話してンの?さっきより近くで声が聞こえる。
「何でもないってば」
 がちゃん。つぅーつぅーつぅー
 私にでも、自分の子供あてにでもない言葉で電話は切れた。私は小さく舌打ちした後、おもむろに腕の中のものを見る。
「どうするか……」
 処理、口の中で小さく呟く。抵抗がないわけじゃないが、もう慣れた。TB(俗に言う試験管ベビーの事だ)で引き取り手がなくなった場合(文字通り亡くなった場合も、今回のケースの様に新しく男が出来る等親が引き取り拒否する場合も)医師に責任が一任されているのだ。
 どうするか。それが問題だ。里子は余っているような状況、回せないな。医学生の実習用に回すか、しかし赤ん坊はあまり喜ばれない。各種臓器が小さいのと、やはり成人とは身体が違うのだ。それにこの前、裏からくぎを差されたばかりだし(本来禁止されているのは言うまでもない事だ)。食肉。赤ん坊が一番喜ばれるだろう。柔らかい肉。好事家はいくらでもいるのだ。それもお偉いサンばかりに。
 赤ん坊がむずがる。こいつは自分の行く先が分かっているのだろうか。腕が痺れる。赤い、命の塊のようなものが私の腕の中に。
 泣くな。
 五月蠅い。
 だから厭なのだ。子供など。
 私は机の上にあるセロハンテープを二枚取ると、
 赤ん坊の口に×印に貼りダストシュートに放り込んでしまった。
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