過去の日記このページのミラーサイト募集中。詳細はmailで。

[2011.9.12]
 イスラエルの駐エジプト大使が帰国。
 エジプトで暴動騒ぎがあり、イスラエル大使館が襲撃されたという話が、イスラエル大使の事実上の召還にまで発展してしまった。
 中東でドンパチをおこすというのは、欧州の景気回復にとって、それなりに効果が期待できる。特に、グローバリゼーションで工場を受け入れ輸出産業を手にした所を重点的に焼き払い、労働力をジハードと言って戦場に引きずり出してすりつぶしてしまえば、あとには、石油の代金で生き長らえる消費者だけしか残らなくなる。
 やらせたくないのだが、当事者たちが暴走を始めてしまってからでは、手遅れになる。手遅れにならないように、両睨みで準備をしておかなければならないとなる。
 工業地帯を抱えている国家・地域が戦場になるようにコントロールしなければならないというのは、かなり無理があるが、それをやらないと、効果が無い。
 中国を巻き込まないと美味しくないが、そこまで状況が広がってしまうと、第三次世界大戦になってしまう。


[2011.9.11]
 金融緩和で景気が回復するか?
 アメリカがやっているQEを見て、中央銀行がお金をばら撒けば景気が回復する、日本もやるべきだという意見が出ているらしい。
 金融緩和は、日本のバブル崩壊直後にも散々行われたが、それで、誰が幸せになったのかという政策評価は、一切行われていない。簡単なことで、それで幸せになったのは、浮利を追って帳簿を焦げ付かせた金融機関だけだったからである。本来ならば、従業員を解雇し、事業を生産して廃業にまで追い込まれて当然だった金融機関が、大きすぎて潰せないという建前によって、帳簿上の負債をバッドバンクに飛ばし、低金利を維持する政策によって生き長らえただけであった。
 庶民の預金を守るという建前はあったが、本当に守られたのは、赤字国債を確実に売り切る為のルートだけであった。
 土地バブルを退治する為の法改正は間違いではなかったが、それをやっても、景気が良くなった時にお金が流れ込むのが土地でしかなかったという合理的な選択肢が存在しない状態は何も変わっていないわけで、金融をいくら緩和しても、まともな投資が行われるわけではない。技術開発も新製品開発もリスクばかり高くて美味しい所が無いとなれば、合理化によって人を減らす事で利益を上げるとか、より安い生産コストを目指して海外に工場を持っていくといった、景気に対してマイナスなだけの努力が行われる事になる。
 まともな投資が行われるように、法制度を変えていかなければならないのに、それをやれず、雇用対策と称して税金で短期雇用を作り出しても、一生をかけられる仕事ではないし、将来、その為に使った赤字に金利が乗った分が、税によって償還されなければならないという、不景気の先送り行為にしかならない。
 アメリカにおけるQEも、雇用対策も、かつての日本において行われてきた金融緩和や雇用対策と同じ、無駄で無意味なばかりか、害のある努力である。
 かつて、雇用対策とは、農閑期における短期雇用を作り出す事であり、地方の過疎地域を票田とする議員の選挙対策であった。農業が暇になる時期に、働きに出かけて小遣い稼ぎをやれるようにする事が、票田の手入れであった時期があった。雇用対策といえば、農業だけしかやってこなかったような人にでも出来る、簡単で短期の仕事をばら撒く事であるとなっているのは、この為である。
 一生働ける安定した職場・雇用があって、小遣い稼ぎに短期雇用に応じるという構造は既に破綻しているというのに、それしか出来ないというのが、能力の限界をあらわしているのであった。
 財政の健全性が維持されなければ成長は出来ないというのも、嘘である。財政を不健全にしてきたのは景気対策である。不景気が続いているから財政が不健全になるのであって、景気を悪くしている法制度を変えていかなければ、景気は決して良くならない。増税して財政赤字を減らしても、デフレーションが進むだけであるし、ばら撒きをやっても、投資や開発や研究がハイリスクでローリターンな愚行となっている現状の制度下では、お金は、純金や原油や食料といった商品相場に流れ込むしかなく、今のアメリカのように物価の上昇を招くだけで、不景気なのにインフレというスタグフレーションを起こす。
 増税や金利引き上げや金融引き締めは、景気を冷す効果があるが、減税や金利引き下げや金融緩和に、景気を過熱させる効果は無い。ブレーキだけしか持っていない車掌がいくら騒いでも、列車は加速しないのである。
 資本主義社会において経済を牽引するのは技術であり、新商品開発であり、それらを購入できる環境である。そういった部分を整備しない限り、景気対策とは、時間を無駄にして財政赤字を増大させるだけの愚行でしかない。


[2011.9.10]
 はわっ。
 ねぼーんにゅ。o(>_< )oo( >_<)oじたばたじたばた
 涼しくなってきたせいか、いくらでも眠れてしまうのであった。
 目覚し時計を止めたところまでは覚えている。そのあと、何で二度寝しちゃったのかが、覚えていないのであった。


[2011.9.9]
 インフレにする方法?
 デフレだと不景気だから、インフレにすれば好景気であるというのは、あまりにも短絡的すぎる。デフレ・インフレと不景気・好景気との相関は、一方的であって、双方向ではない。つまり、不景気だとデフレになり、好景気だとインフレになりやすいというのは真であるが、デフレだから不景気であり、インフレになれば好景気になるというのは必ずしもそうとは言い切れない。インフレでも不景気になる状態を示す単語として、スタグフレーションという言葉が既に存在しているように、それらの関係性は、単純結合は出来ないのである。
 因果関係の向きが、景気が先で、デフレ・インフレの側から、景気をコントロールする事は出来ないと考えるべきである。特に、海外からの輸入や資本の流動がある状態では、景気が良くてもデフレや、景気が悪いのにインフレといった、教科書では稀にしか発生しないとされている現象が発生しやすい。国内の貧富の格差など、世界に出れば誤差の範疇でしかないという現実は、教科書には書かれていない為である。
 そして、現状のデフレーションは、買う物が無いし、買ってもそれを置く場所が無いという家屋事情と、海外から安価に消耗品が流れ込んでくる為に雇用が消失し、買う金が無く、より安価な物しか売れないという、景気が悪くなる二つの理由によって発生している。
 前者の対策は、人々の一極集中を緩め、広い家に住めるように、地方への分散を実現することでしか解決しないし、後者の対策は、産業の活性化によって、海外からの輸入品に負けない価格競争力なり機能なり品質なりを実現する事でしか、達成できない。
 前者の為には、高速道路の国道化、後戻りの無い無料化が必要であるし、後者の対策は、許認可や行政指導、工場の立地規制、特許による独占、消費者保護に名を借りた大企業の寡占、大資本の後追い体質といった、産業活性化を妨げる法制度の改正が必用であるし、帳簿の信頼性を高めて直接金融を活性化するといった積極対策も必要である。
 財政出動をやり、同時に金利を引き下げても、土地転がしくらいしかお金の使い道が無いという社会環境では、実際、土地転がししか行われなかった。研究開発にお金がつぎ込まれると期待していたようだが、結果はバブルであった。土地の価格が上昇するだけで、人々の暮らしは相対的に貧しくなっていった。インフレにしても、景気が良くなるとは限らないし、民草が幸せになるとは限らない。土地転がしを法的規制によって出来なくしてしまえば、研究開発によって産業が活性化されると期待したようだが、法制度がそれを間抜けで愚かでハイリスク・ローリターンな事としてしまっている為に、今度は、海外に工場を移転させるという話にしかならなかった。
 失敗を繰り返しておきながら、未だに答えに気がつかないというのは、あまりにも愚かであるし、気がついているけど、それをやってしまうと道路族としての利権が削られるとか、献金を出してくれている大企業に嫌われるとか、天下り先を削る事になりかねないので官僚機構が働いてくれなくなるといった事情があって、気付かない振りをしているというのであれば、愚かな上に俗物という事になる。それらの既得権益者の為に、政治家は、愚かな上に俗物である道化師の役割を演じる職業となっているのが、現在の日本を含めた先進国の民主主義の姿ではなかろうか。それを指摘できないし、政治家の愚かさ、俗物さをアピールするだけで、その先を提示できないマスコミ・評論家も同じくらい愚かで俗物であると言える。

 昨日の日記を修正。"ユーロに加盟していないのにペッグするという矛盾した行動は、スイスの安全保障上の成約が生んだ矛盾と言える。"を、"ユーロに加盟していないのにペッグするという矛盾した行動は、スイスの安全保障上の制約が生んだ矛盾と言える。"へ。誤変換。


[2011.9.8]
 CHFがユーロにペッグされる。
 市場に、1EUR≦1.2CHFという条件が外挿された。
 なぜ、対ユーロなのか、なぜハーフペッグなのかというと、スイスの成り立ちに原因がある。
 スイスは永世中立をうたっているが、それを実現する手法は、対立する両陣営に、等しく武器弾薬を売りつけるという死の商人である。攻撃すると武器弾薬の入手が途絶えるから、攻撃できない。したがって、中立を維持できるという手法をとっている。
 安全保障条約によって後ろ盾を得ている国家とも、自力武装を行っていつでも戦争できるぞと周辺国との緊張を維持する国家とも、核兵器を開発して安全保障を確保しようとする国家とも違う手法であるが、それなりに有効であった。
 というのも、通常、武器商人にとって美味しいビジネスは、平和な国に国防用の武器を売りつける事である。規模が大きくなるし、代金のとりっぱぐれも無い。紛争中の国家に、武器弾薬といった消耗品を売りつけるのは、商売の規模が小さいし代金の回収リスクも高いという事で、武器商人見習いの若者に修羅場を経験させる為とか、武器の実用性を確認する為とか、平和な国に食い込む為の実績作りの為といった理由が無い限り、見向きもしない。しかし、ここに、自国の安全保障の為に、対立する両陣営に武器弾薬といった消耗品を売り込むスイスのような国家が食い込む余地があった。
 スイスにとっては、自国の安全保障の為に、武器弾薬といった消耗品を安価に輸出できる状態を維持する必要がある。
 ただの商売であれば、通貨が高くなったのであれば製造工場を外国に出してライセンス品を輸出するという迂回輸出の手法が取れるが、スイスの戦争商売は、安全保障の為の製造・輸出である為に、外国に出してしまっては、意味が無いのである。
 このために、無制限の自国通貨売り介入を宣言して、上限をつけたと言える。
 ペア通貨がなぜユーロなのかというと、ユーロを持っている人が、安全通貨として、CHFを購入している為である。自国の通貨であるユーロよりも、スイスの通貨であるCHFの方が安全であるというほどに、ユーロの信認が落ちている為である。
 ユーロに加盟しないのは、中立を維持するのに必用であるし、ペッグをするのは、安価に武器弾薬を輸出する為に必用だからである。ユーロに加盟していないのにペッグするという矛盾した行動は、スイスの安全保障上の制約が生んだ矛盾と言える。
 日本円もドルペッグを宣言して無制限円売り介入すべきだという主張が出ているようであるが、現状の日本のビジネスは、日本の安全保障に直結していない。日本がスイスのように死の商人をやるというのであれば、ドルペッグを行って安価に武器弾薬を輸出できる環境を維持する必要は出てくるが、日本は武器輸出を行っていない国家であり、国家安全保障の為に、通貨政策を歪める必然性が無い。また、対米関係においては、ドルポンプとしての役割から解任されている以上、円安よりも円高の方が望ましい状態になっているし、技術開発・新製品開発による購買意欲・市場の開拓というビジネスの正道に進むしかない状態にある。それを邪魔する法制度や許認可制度を改めることこそが、日本の円高対策である。武器弾薬のように、進歩よりも確実性という消耗品商売で生きていくには、日本の図体は大きすぎる。
 それぞれの国家ごとに、置かれている状況は違い、取りうる政策も別になる。


[2011.9.7]
 耳が痒い!
 綿棒で石鹸の泡を流し込んでも、耳かきで引っかいても、痒くて、イライラの元であった。
 合わせ鏡で見てみたら、耳毛が一本伸びていて、それが、耳道を刺激していた。
 バリカンで頭を刈るようになってから、床屋に行っていないし、それ以前に通っていた、いわゆる1000円床屋では、耳の毛までは処理してくれないから、伸び放題であったのであろう。
 それにしても、一本だけ伸びていたのは何故なのであろう。
 毛抜きで引き抜いたあと、うぶ毛が残っていたので、鉗子で綿球を掴み、消アルに浸して火をつけ、鏡で見ながら耳穴に近づけて、うぶ毛を焼いたのであった。


[2011.9.6]
 野田新首相に外国人からの献金が判明。
 噂はあったが、公開しなければならない献金者名簿を選挙人名簿と照らし合わせた結果、公民権不所持者からの献金が確認されたようである。
 前首相も元首相も、首相候補も、結局、ほとんど全員が貰っていたという事である。
 この日記では、献金者の国籍を調べて事務処理を行うのに、web投票の為のシステムを維持する費用と事務諸掛かりを加えて、有権者一人につき年額1000円で済むと記述している(cf.[2010.4.27])が、これに食いついてきたのがいる。国籍の調査には、興信所を使って調査対象を被告とする裁判を起こし、弁護士が被告側の身元調査を行える書類を手に入れると即座に訴訟を取り下げるという、偽装裁判を使った合法的な調査を行わなければならず、一件あたり1000円では到底足りないという話である。
 しかし、日本国民で政治に参加する権利を持つ者は、選挙人名簿に記載されており、その閲覧は、政党・政治家(及びその代理人)が行うのであれば、無料となっている。政治資金管理責任者の一番の仕事は、入党希望者や寄付金や献金の出し手の身元を選挙人名簿で洗う事であり、この作業は、政治家・政党ならば、どこでもやっていると思っていたのだが、民主党ではまるっきりやっていなかったという事である。偽装裁判などしなくても、その人が有権者かどうかを調べるのは、簡単な事なのである。
 民主党は政党としては勿論、議員各位も、これらの調査を一切行ってこなかったのであろう。民主党の党員・党友には国籍条項が無いが、これも、国籍条項をつけても、それをローコストに調べる方法を思いつかなかっただけであろう。このために、外国人の意向すら日本の政治に反映させる売国政党となっている。
 外国人からの献金が暴露される度に、献金者の国籍を調べる事は現実的ではないと主張し、新規立法をすると主張しているが、立法以前の行為は法の不遡及によって無罪になるという制度を利用して、違法行為を正当化しようとしているのである。既に外国人献金は違法であると法によって定められており、献金者が日本の公民権を保持しているかどうかを簡便に確認できる選挙人名簿の閲覧という制度が整えられている以上、民主党・議員各位の違法行為は、逃げ場のない犯罪であり、新規の立法など、一切必要が無いのである。法の解釈も有罪無罪の判断も党が行うという中国並の政党独裁を再びやり始めるつもりであろうか。
 献金を返して、国籍を盾に支援を断ろうにも、枯れ木も山の賑わいであり、公民権が無くても、ポスター配りや演説の動員には使えるという事であろう。それに、パチンコ業界からの献金など、民主党の党・議員各位の台所事情もある。
 それらが、日本人に敬遠される原因であったとしても、転進できない状態にまで、ずぶずぶなのであろう。
 次の衆参同日選挙で、民主党が万年野党ですらない泡沫野党へと転落するのは確実である。政党要件を満たすには未改選の参議院勢力に頼らなければならず、幹事長を参議院から選ぶという民主党の選択は、衆議院議員の大部分を切り捨て、地盤の固いほんの一握りの衆議院議員と参議院で、民主党を延命させるというプランである。
 それを、民主党の衆議院議員が手放しで喜んでいるというのは、つくづく、先の見えてない者達であると思う。このグダグダが、あと22ヶ月間続くのかと思うと、呆然とするしかない。


[2011.9.5]
 はわわっ。
 o(>_< )oo( >_<)oじたばたじたばた
 台風が通り過ぎていって、涼しくなった。いくらでも眠れてしまうので、二度寝をしてしまったのであった。


[2011.9.4]
 トルコがイスラエルの大使に国外退去要請。
 2010年6月に、トルコがテロリストを乗せて送り出したパレスチナ支援船をイスラエルが拿捕した事件(cf.[2010.6.3])で、1年3ヶ月が経った今になって、両国関係が断絶状態に陥った。
 トルコとしては、イスラムの盟主としての面子を維持するには、イスラムの大義に従わなければならないという事で、パレスチナ支援をやったのであろう。クルド人問題でイランやイラクと話をするのに、イスラム教のルートを使わなければならず、その為には功徳を積んでおかなければならなかったという事情もささやかれているが、こちらは裏が取れない。イスラエルの後ろ盾であったアメリカが、反ユダヤな民主党政権になっていたというのもある。
 イスラエルがそれに気付いて、海上でテロリストを捕まえ、さらに、その際にイスラエルの兵士がテロリストによって袋叩きにあった動画も公開した為に、テロ支援国であるトルコをどうするかという問題になるかと思ったのだが、アメリカが産油国とイスラム勢力のお金に日和った為に、トルコとイスラエルの二国間問題になった挙句、合法な攻撃だったという話に落ち着いた。この結末にトルコが納得していないわけで、イスラエルの大使に国外退去を要求している。
 エジプトのムバラクが失脚したイスラム革命によって、パレスチナに対する支援ルートはエジプト側に出来たわけで、トルコからの支援ルートは、完全に無駄になったというのもある。エジプト領のシナイ半島からイスラエルに密入国する、テロリスト用のルートも構築されているようである。
 トルコは、イスラムの盟主としての面子を失ったわけで、イスラエルとの軍事協定も凍結という話になっている。
 イスラム勢力に対して、勝てない戦争はしないほうが良いという現実を知らせるのに、トルコのオスマン帝国の後継という立場は有効であった。イスラエルは軍事協定によって、イスラエル軍の実力を見せ付け、安全保障の手段の一つとしてきたが、トルコの面子が潰され、エジプトがイスラム勢力に牛耳られたという状況においては、トルコによるイスラエルの軍事力についての情報発信は、弱腰や、反イスラムと取られかねない状態になっている。
 軍事協定の凍結は、イスラエル軍の実力に対する評価を歪めかねない。中進国・後進国向けに、兵器の販売が伸びているが、それらを買い集めて強化した軍隊によって、イスラエルをやるという話になりかねない。
 国内の不満を外敵に向けるというのは、初歩的な統治の技術であり、不満を押さえ込むと同時に、不満分子を対イスラエル戦争の最前線に送り込んで消毒するという手法が取られる可能性が出てくるのである。
 アラブの春によって、革命が起きたチェニジア、エジプト、リビアや、デモで民主化の要求が部分的に通った国家、デモが弾圧されて不満が地に潜っている国家といった、中東の王制国家・宗教独裁国家では、一歩間違えればいつでも革命騒ぎになりかねない状態であり、アメリカでイスラエルに肩入れしない民主党の大統領が再選されるのであれば、第5次中東戦争を起こすというオプションが実現味を帯びてくるであろう。
 アメリカのユダヤ系は全力を挙げて、民主党オバマ政権を潰しにかかるであろうから、アメリカの経済指標が悪く、雇用が伸びないで失業者と無業者が増えるのは当然となるのであった。
 第5次中東戦争は、石油の時代の終わりとなりかねない。しかし、その先のエネルギーである増殖炉や、バイオエタノール、バイオディーゼルの実用化は、まだまだである。それらを頑張って、第5次中東戦争に備えるか、第5次中東戦争の可能性を潰して、今のビジネスを続けるかという話は、今のビジネスを続ける限り、産油国における民主化圧力は高まり、政情不安から革命か第5次中東戦争かという選択の実行圧力が高まるだけなのであった。第5次中東戦争になっても石油の時代が続くというのは、イスラエル消滅を認めた場合以外、ちょっと期待できない展開である。


[2011.9.3]
 リビア動乱の後始末。
 フランスがリビア産石油の35%を取得したという話が流れている。反カダフィ派の国民評議会に対する軍事支援の対価として、取得したらしい。
 リビア産の原油は軽質で、ナフサやガソリン等の揮発成分が多く、相対的に高価に売れる。地中海を運ぶだけで済む欧州では、多く使われていた。リビア動乱で一時期供給が不安定になったが、結局、フランスがシェアを分捕ったようである。
 2010年の資料で、リビア産原油の輸出先は、イタリア28%、フランス15%、中国11%、ドイツ10%、スペイン10%、ギリシャ5%、イギリス4%、アメリカ3%、その他が14%であった。今回の動乱の結果、フランスが35%を取得したので、20%分、どこかが割を食うことになる。その他の14%を全量あてても、6%足りない。お金のないギリシャがドロップアウトしても1%、足りない。
 反カダフィ派に食い込んでいない所が割を食うのは当然であるが、非民主主義国家である中国が、その候補となる。安保理理事国としての権力をちらつかせたとしても、動乱前のアメリカの3%程度にまで削られるというのが、現時点での予想である。
 他国の戦争は儲け話というのが、国際常識であり、核保有国や安保理理事国の地位は、それに絡んで利権を確保したり、絡めなかったとしても、最悪、0になる事だけは避けられるという、便利な道具である。
 国際政治の修羅場に、市民感覚や台所感覚や主婦感覚や泥鰌感覚は通用しないという事に、早く気付いて欲しいものである。
 日本の省庁にこういう資料が無いという時点で、人材の質や能力、気構えという点で劣っているという証拠になってしまっている。財政改革の前に行政改革が必要であり、給料に比べて能力・見識が低いという事実を元に、締め付けていかなければならない。


[2011.9.2]
 はにゃ。ねぼーんにゅ。
 目覚まし時計をセットし忘れて寝てしまった。
 o(>_< )oo( >_<)oじたばたじたばた
 油断したなぁ。


[2011.9.1]
 指標が悪いアメリカと、ECBがギリシャやスペインの国債を買って未達をごまかしている欧州。
 ドルとユーロがいっそう弱い状態になってきている。G7のうち、日本とドイツ以外は、いざとなったら貿易を封鎖して自給自足でやっていけるので、デフレゲームから降りるつもりは無いであろう。
 日本とドイツが莫大な外貨準備を持っているのは、自給自足が出来ない国家だからであり、自由貿易体制の実現と維持に、強いインセンティブを持っている為である。しかし、アメリカが自由貿易体制から腰が引けつつあるし、かつて世界帝国を作ったイギリスも、昔の経緯からのお付き合い程度となっている状態では、外貨準備を積む事によって自由貿易体制を強力に支えるという方針を、転換していかなければならなくなる可能性が出てきている。
 この現実において、エネルギーの自給自足の為には、原子力発電は必要であるし、食料の自給率を高める為の、価格競争力の強化と、非食料用途での使用を可能にする過剰生産対策も必要となる。
 さもなくば、アメリカがやっていたように、武力で世界を仕切るという方向に向かうしかない。
 日独同盟で自由貿易体制を堅持するというのは、おそらく、もう一回、世界大戦をやった後でなければ出来ないであろうから、それまでは、自給自足を可能にする国内改革と技術開発に拠らなければならない。ドイツは、ユーロを財政破綻国家の国土を合法的に切り取って穀倉地帯を増やしていく道具にするというプランをやっているが、財政破綻国の方が多数派になってしまっては、ユーロは借金を踏み倒す機関になってしまう。そうなる時期は、もっともっと先になってくれないと困るのであるが、ドイツの都合で借金の増えるペースが遅くなるわけではないし、市場の判断が甘くなるわけでもない。


[2011.8.31]
 景気と物価と金利。
 この三者は連動しているか否かという話であるが、閉鎖系においては連動するが、貿易や国境を越えた資金移動がある状態では、非連動である。
 景気が良くなっていても他の国がもっと景気が良くなっていれば、相対的に物価や金利は上がらない。アメリカのように物価が上がっていても、通貨が安くなっているのと他国が資源や食料を買い漁っている為に、国内物価がつり上がっているだけで、景気が良くなっているとは限らない。欧州のように金利が上がっていても、より有利な外国への投資の為に資金が流出していたり、財政破綻のリスクを嫌がって誰も国債を買わず、結果的に不景気なのに高金利を出さざるを得ない状態になっている場合もある。後進国や中進国のように、雇用が増えて国民所得が増加しているのに、先進国から資本が流入しているので金利が上がらない場合もある。
 オールドモデルの経済学においては、外為と関税や規制による閉鎖系を前提としていて、その知識と経験だけで現実の経済を語る事が出来なくなった事から、ミクロ経済とマクロ経済という形で経済学は分裂したのだが、マクロ経済の対象は、国家規模にまで縮小されてしまっている。似非経済学者が多いのであろう。
 では、ミクロ経済学は何をやっているのかというと、不換紙幣制度下においては、経済活動は国家単位でくくって見れるという立場から、国家経済を論じる筈なのに、線形計画法などの経営学か、未だにマルクス経済学をやっているのであった。
 マクロ経済学という名前はできても、人材が新しくなったわけではなく、学界内や学内抗争に拠るべき立場を与えただけで、中身は全然革新されていなかった。この弊害が、経済学に対する信用の無さを招いているとも言える。
 景気が良くなる事と、物価が上昇することと、金利が上がる事とは、貿易や資金の国境を越えた移動がある状態では、非連動であり、この事が、経済政策の評価を難しくしている。物価や金利は数値で評価し易いし、財政出動の結果が相対的にはっきりと目に見えるので、政治家や官僚の実績作りに利用され易いが、その副作用も大きい。
 景気を、物価と金利によって計るというのは、国民の生活や人生の質を無視した基準である。一極集中を緩和して生活や生き方の質の向上を図るのは、物価や金利に与える影響の少ない景気改善策である。
 ばら撒きは、ばら撒いた先の景気を一時的に良くするが、所得の再分配でしかない以上、税金を取られるだけでばら撒いてもらえなかった地域や所得層や世代に、それ以上の景気の悪化を招く。赤字国債という将来世代に先送りした不景気が爆発する前に、ばら撒きという悪弊を終わらせ、まともな景気刺激策に転換する必要がある。
 多国間経済・国際経済について何も知らない半可通の経済学者の戯言を真に受けて経済財政政策を策定してる間は、先送り不可能な規模になるまでは、不景気が利息をつけて先送りされていくだけとなる。


[2011.8.30]
 民主党の新党首が決まった。
 前回の党首選では、小沢200票対菅206票で、その差は6人であったが、今回は、小沢・鳩山系の海江田が177票、当選した野田が215票である。
 海江田票に党員資格停止処分中の9票を加えても186票、小沢・鳩山系は14人減ったことになる。一本釣りで取り込まれ反小沢で行くしかなくなった人と、loopy鳩山に見切りをつけて離れていった人の分であろう。
 反小沢陣営が野田で固まったというのが、今回の民主党代表選の結果と言える。
 献金スキャンダルが既に取り沙汰されているようなので、内閣不信任案は意外と早いかもしれない。
 となると、小沢・鳩山系186票のうちに、衆議院議員が何人含まれて居るかが、問題になる。参議院での問責はどうせ通るのだから、衆議院での不信任案を否決できるかどうかが、臨時国会を乗り切る為の条件となる。
 野田内閣が菅内閣を継承するのであれば、今年の年末には新党立ち上げとなり、内閣不信任案を新党が出して自民党が賛成するという展開もありえるとなる。
 それを防ぐには、二つの方策がある。一つは、小沢系を取り込む事であり、もう一つは、小沢系を干したように、菅系を干すという事である。
 党役員や閣僚ポストで報いるのに、小沢系を取り込むと、ポストが減る。菅系を干すのであれば、その分だけポストが取れる。支持者に報いるのにポストのばら撒きが必用なので、どちらかといえば、小沢系と菅系を両方とも干すという結果が予想される。さらに、管政権のやった事をことごとく否定してみせて、小沢・鳩山系186票を取り込むという手もありえる。菅政権の支持率、及び、民主党の政党支持率を考えれば、国民の支持を得ていない事は明らかであり、悪いのは菅内閣であって、民主党ではないという事をアピールするという考え方である。
 脳たりんが、朝鮮学校への高校無償化適用の審査再開を進めるようにという指示を出したという話が伝わっている。その理由として、朝鮮半島情勢が砲撃事件以前の状態に戻ったからという事であるが、日本政府だけがそう考えている状態である。陸上の大会が南鮮で開催されているのを見て、国際的イベントが行われるのであれば平和であるという考え方なのであろう。国際的情勢は、多国間の認識の一致によるモノで、個人の思いつきで変化するモノではない。さらに、この条件では、朝鮮半島の情勢によって日本の内政が変化する事を公認してしまっている。事実に基づかない歴史教育や反日教育といった偏向教育を、日本の税金で支援するのは、いかがなものか。
 最後まで浅薄であった。


[2011.8.29]
 少し気温が下がったので、寝るときに扇風機を止めたら、体温の上昇で目が覚めた。
 おなかを冷さない為に載せていたタオルケットのせいで、体温が上がってしまったらしい。冷水を少しずつ、ゆっくりと飲むと、体温が下がるのが分かる。熱中症は、暑い昼間だけではなく、少し涼しくなりかけの頃が、一番危ないようである。
 タオルケットをバスタオルに変えて、扇風機を回して風を当てると、ようやく、眠れるようになったのであった。


[2011.8.28]
 民主党代表選挙をまたやるらしい。
 5頭立てと、出走数が多いレースになった。この中で誰が出てくるかを予想してみる。
 その基準は、連立と党内事情と期間である。
 連立は、衆議院を解散総選挙して過半数を取ったが3分の2には届かないので、参議院と捻れが解消されないという状態の時に行う手法であり、衆議院を解散して過半数をとらなければならない。直近の民意という錦の御旗が参議院にある状態で、連立をしようとしても、民意という基準で考えるならば、首相と官房長官以外の全ポストを野党に渡すくらいの事をしなければ、連立などできっこない。首相ポストを渡すと、国会開会と同時に解散総選挙に打って出るというのが、直近の民意を背負う野党側の立場だからである。
 つまり、連立を口にした候補は、解散総選挙をやって勝てるつもりか、あるいは、予算を通す為の消耗品になるのが嫌なだけである。今の民主党に、解散総選挙をして勝てる見込みは無いので、首相としての延命の為に貴重な大臣ポストを野党に渡すと言っているに等しい。
 この前提で見ると、連立を口にした候補は、推薦人の票だけで立ち消えになる泡沫となる。残るのは、連立を口にしなかった候補となる。
 次の基準である党内事情であるが、民主党の主流である小沢・鳩山系と、現首相の社会党・市民連合系に、どっちつかずの浮動票というのが、民主党の党内構造である。loopy鳩山の酷さに、社会党・市民連合系のsleepy菅に地滑り的な票の移動が発生して勝ったが、菅首相は鳩山以上に酷かったということで、浮動票は、小沢・鳩山系に戻るというのが、一つの見方となる。
 菅政権において、小沢系を干していた連中は、ここで小沢・鳩山系を復権させると、自分たちが干されるという事で、党内融和そっちのけで団結するが、それに荷担した人数は、内閣や党の要職に取り上げられた人達だけで、それ以外の、ポストがもらえなかった人にとっては、無能な連中をパージしないと、民主党の支持率が復活しないという現実の方が重たいとなる。
 最後の期間についてであるが、衆参が捻れている状態で赤字財政を続ける以上、解散総選挙をして勝ち、直近の民意という錦の御旗を取り戻さない限り、首相の首は予算を通す為の消耗品である。首相就任後に解散や連立で延命策を取らず、来年の予算を通す為に首を差し出す覚悟のある人でなければならないという点である。
 ここまで条件が揃うと、理屈の上では、一着が特定できてしまうのであるが、理屈どおりにいかないのが競馬である。投票箱を開けてみるまで結果は分からない。


[2011.8.27]
 特許権の有効期間は長いほうが良いか短い方が良いか。
 特許権は国家毎に制度が違い、有効期間もばらばらである。有効期間が統一されない最大の理由は、他国で成立している特許であっても、自国の制度下では有効期間切れによって無料で利用できるようになるという状態が望ましい国家が複数存在する為である。
 他国に対して、自国民の特許にのみ自国の法律が成立し、他国民の特許はその国民が所属する国家の特許法が適用されるという状況が理想なのだが、施政権を特許権が上書きする事になるので、事実上不可能である。
 特許権は、それぞれの国家毎に出願して認められなければならないという状態も、問題と言える。後進国・中進国等で、特許権の出願がされていない地域に工場を持っていけば、成立している特許をただで利用して製造が出来てしまう。これは、グローバリゼーションの暗黒面の一つである。
 そこで、特許権が成立している国家・地域に、特許権の正規の使用許諾を受けていない企業が製造した製品を輸出しようとすると、税関でストップ出来るという方策が採られる事になる。輸出先で特許権が成立している商品については、正規のライセンス契約を取らなければならないという状態になっている。商売がし易い先進国での出願は、その国で生産するつもりが無くても、製品の輸出先を守る為に、出願されるようになってきている。この場合、出願を受け付ける時には、工場が来るかも知れない、雇用が増えるかもしれないと、喜んで受け付けるが、実際には、製品が輸出されてくるだけ、しかも、特許権を出願していない後進国・中進国で特許使用料無しで生産された山塞品の輸入を防止しなければならない義務だけが残るとなる。特許権を成立させてしまったばかりに、安い山塞品を使えずに、正規品を輸入しなければならないとなると、特許制度自体に対して、一体誰の為の制度なのかという話になってしまう。
 さらに、AIDS治療薬で実際にあった話であるが、出願を政治的理由によって拒絶し、その国内においては、特許使用料無しで製造して販売できるという状況にしてしまった国家すらある。自国民のAIDS蔓延を押さえ込みたいという切実な事情を優先させてしまったのである。AIDS患者が蔓延しているその国はAIDS治療薬にとって最大の市場であった筈である。売れると思って開発して、合法的に独占できる権利である特許権を出願したのに、政治的な意思で法律が捻じ曲げられてしまったのである。
 特許権を持っている側にしてみれば、有効期間は長ければ長いほど良いし、有効な国家・地域が全世界に広がる方が良い。特許権を使う側にしてみれば、有効期間は短ければ短いほど良いし、有効ではない国家・地域があれば、そこで生産して個人輸入してもらって売り上げをゲットという話も出てくるし、只ならもっと良いとなる。
 簡単な技術は既に出尽くした為に、研究・開発は、ハズレが多くなり、結果的に、長い時間と多額の費用がかかるようになってしまっている。これを回収できなければ、拡大再生産が出来ないわけで、有効期間をある程度延ばさざるを得ないとなるが、単純に国内法で伸ばしても、国境を越えて資本や製品が動いてしまう現代においては、世界的に特許が成立して使用料を取れ、その研究・開発資金が回収できるようにならなければ、意味が無い。
 特許使用料は只が良いというのが、特許権を使う側の本音であるが、そのような本音の一つ手前の建前として、使用料が明確化されていないという理屈が出てくる。特許使用料は言い値であって、根拠は無い。研究・開発費用がかかったとしても、無能な人材に高給を支払った挙句の果てのとんでもない総経費だった場合に、適正な研究・開発を行っていれば負担しなくて済んだ部分を、どのように捉えるかという問題が出てくる。
 そこで、特許使用料が言い値なのは仕方が無いとしても、その料金が明示され、会計帳簿の信頼性の条件を満たしさえすれば、誰でもその料金で利用できるという状況を作るという話になる。特許権が成立している地域・国家に輸出する為には帳簿の信頼性が必要で、帳簿の信頼性があるという事は、特許権が成立していない地域・国家に輸出した分についても数量が把握できるということで、その分の使用料を取れるようになるという事である。
 知的財産権の有効期間を延ばすのは、必用ではあるが、一方的に延ばすのでは、利用者側が納得しない。そこで、利用者側が納得できるようにしつつ、延ばすという方策が必要となる。
 旧来の独占型での運用では有効期間を延ばさずに、非独占型での運用をやれるようにし、そちらの方で有効期間を延ばすというのは、有効期間を延ばしたいという知的財産権所有者側の意向と、利用者側の意向との妥協点の一つとなりえるのである。


[2011.8.26]
 はわっ。
 ねぼーんにゅ。o(>_< )oo( >_<)oじたばたじたばた
 少し涼しくなって、しのぎ易くなってきた。でも、寝坊する程に、いくら眠っても足りないのであった。


[2011.8.25]
 フジテレビの従業員が視聴者プレゼントをネットオークションに横流し?
 偏向放送で有名なフジテレビの従業員がネットで反論した所、そのアカウントに紐付けされた別のサービスのログから、過去の悪行が表沙汰になって炎上中という話である。
 業務上横領した物品をネットオークションで換金していたら、その取り引き記録からばれるという事ぐらい、理解できなかったのであろうか。ジャニーズ関連商品やF1グッズといった、足のつき易い物を流していれば、ばれないほうがおかしい。それを知って苦々しく思ってたフジテレビ内部からの情報提供の可能性すらありえる。
 放送局を始めとするレガシーメディアに、インターネットの知識が無いのは当然であるが、それにしても、お粗末である。
 インターネットの知識も、コンピューターサイエンスの知識も無いというのは、放送局のホームページを見れば、良くわかる。
 ホームページを記述するには、HTML(HyperText Markup Language)で記述しなければならない。この記述が、HTMLの規則や文法に適合しているかを判断する方法として、Another HTML-lintといったサービスが存在している。
キー局のトップページをこれでチェックしてみると、

NHK(http://www.nhk.or.jp/) 69点、25個のエラー
NTV(http://www.ntv.co.jp/) 12点、143個のエラー
TBS(http://www.tbs.co.jp/) 65点、32個のエラー
フジ(http://www.fujitv.co.jp/) -98点、781個のエラー
朝日(http://www.tv-asahi.co.jp/) -178点、582個のエラー
テレ東(http://www.tv-tokyo.co.jp/) -147点、240個のエラー

となった。
 このサービスにおいて0点以上を取れるのが、コンピューターサイエンスに係わる者が公開するwebならば当然であり、出来る事ならば全てのページにおいて100点を維持する事が望ましいとなる。多少のミスがあったとしても、軽微なものでなければならない。0点から100点の間にあるのはケアレスミスがあるからであり、得点がマイナスになっているのは、環境によっては閲覧不能になるような重大なミスがあるという事である。それを公開して平然としているという状態は、恥を晒しているに等しい。
 HTMLのような緩い規格の言語にすら適応出来ない者が、遥かに規則が厳しい上にハードウェアを直接いじくれてしまうC言語や機械語でプログラムを書けるわけが無い。エンジニアとしては、落第である。
 ウェブデザインという緩い職種であっても、HTMLの規格だけは守るべきであり、それすらも守れないという事で、どのようなレベルの人が集まっているのかを、外から窺えてしまうのであった。
 フジテレビはコンピューターサイエンスの知識が無いのに発注側として管理監督しなければならないという状態から、無理難題や馬鹿を晒す発言を繰り返し、まともなエンジニアにそっぽをむかれ、南鮮系のウェブデザイナーしか仕事を引き受けてくれなくなっているのであろう。
 朝日は関連会社の新聞社の影響で、サヨクの人しか付き合わない。まともなエンジニアはサヨクにならないので、ダメなのは当然となる。
 テレビ東京は二流テレビ局としては、妥当な成績といえる。
 南鮮製のソープオペラの個別広報ページは、コンテンツ契約の際に、そのwebページを製作するデザイン会社を指定され、南鮮系のHTMLの規格すら理解していないwebデザイナーが書いたhtmlをそのままアップロードしなければならないと仄聞している。ブラウザクラッシャー並の酷いページで、ろくな知識のない高齢者や主婦がそれを見ると、それこそ、PCをリブートしなければ他の作業が出来なくなるような腐った.htmlファイルを作っている。パソコンは難しいという印象をもたせて、テレビに依存させるという目的でやっているのかもしれないが、そういう人のPCの面倒を見ている人は、HTMLの規格に適合していない腐れファイルを公開しているという事に気がつくし、それを指摘する。ルールを守れない南鮮系テレビ局という印象が、日常の中でアピールされていくのである。
 世の中の動きというのは、建前としての理由はいくらでもあるが、現実には、細かい事実が積み重なって、ある日突然、目に見える動きとなる。建前としての理由はいくらでもつけられるが、それに対策をしたとしても、次から次へと、建前としての理由が出てきて、さらに状況が悪化していくだけとなる。離婚と一緒で、積み重なった事実によって発酵された感情が、些細なきっかけで爆発するのである。


[2011.8.24]
 上げ潮派の主張は俗論か?
 財政再建派が巻き返しを図ったようである。
 財政再建派とは、現状の既得権益をそのままに、増税によって財政赤字を解決しようという一派である。この考え方の問題点は、既得権益の中に、税負担も含まれている事にある。つまり、既得権益を維持するといいつつ、増税によってその権益の一部を侵害しているわけである。そこで、全員に等しく負担させられる消費税を増税するという話になるのであるが、消費税の逆進性によって、低所得者層ほど、生活必需品にかかる税負担が増大するという欠陥によって、それを主張した政権は支持を失い、議席を失うという結果を招いた。増税によって、間違いなく、物価は上昇する。個人所得税のような所得課税や法人税のような利益課税であれば、利益に対して課税されるので、物価への影響は無いが、消費税は物価そのものを上昇させる構造がある。
 消費税が成立している状態においては、物価の上昇に伴って、消費税税収も増加する。消費税の賦課やその税率の引き上げによって物価が上昇した状態を考えてみれば、自明である。物価の上昇は買い控えや消費の冷え込みにつながり、法人税収入や個人所得税収入が落ち込み、トータルでは、マイナスとなってしまうという結果を招く。
 成長無き物価上昇や、後進国・中進国製の安価な輸入物資の蔓延、雇用の消失による消費者の可処分所得の消滅といった要因によって、安い物しか売れず、消費税収入が伸びず、それ以外の税収も大幅に減少という状態になっている。
 増税しても税収が増えないどころか、減るという状況が、日本においては発生しているのである。
 財政再建派は、算数の出来ない人が集まる派閥であり、経済の実成長を目指す上げ潮派が俗論ならば、財政再建派は空理空論のカルトである。ばら撒きをすれば景気は良くなるという積極財政派は、物価の上昇だけを成長と捉えるという点で、これも宗教の一種と言える。
 ウサギ小屋に暮らし、満員電車に揺られ、三十年以上、中には二世代におよぶ長期のローンを抱える暮らしが、豊かと言えるのであろうか。リストラされて、子供はNEET、年金にすがり付き、糖尿や通風や高血圧の薬を毎日飲むだけの暮らしが豊かな暮らしといえるであろうか。
 生活の実質を成長させる事が必用であり、それは、物価の上昇ではない。円高が円の価値の上昇であるように、物価は貨幣価値の変動でしかない。物価は安定しているのが望ましく、人々の暮らしの実質を豊かにする事こそが、経済の成長である。その為に、人口や企業の一極集中を緩める必要がある。集約していれば便利というのは、情報通信や交通手段が貧弱だった時代の話であり、携帯電話やインターネットで情報が飛び交い、車やバイクや電動自転車が普及している現状において、密集して暮らすのは、非合理となっている。
 高速道路の後戻りしない無料化である国道化を実現し、人口と雇用の場の分散を実現するのは、一番手っ取り早い内需の拡大策となる。高速道路の国道化は高速道路建設を始める時の約束であり、揮発油税という財源が使い道が無くなる程になっている以上、そして、財源を手放したくないのであれば、その使い道を約束を実現する事に使うことで、国内の経済成長を実現する事が可能となる。
 立法府の本分は法律の改正であり、法律の改正をせずに、増税したりばら撒きを続けたりしても、根本的な状況である法制度が変わらない以上、増税は景気を冷してトータルの税収を減らし、ばら撒きは問題を先送りするだけでその間に財政赤字はさらに増加していってしまうだけである。積極財政派も財政再建派も、自民党時代に散々失敗してきた。その失敗を学習しないで再び同じ失敗を繰り返そうというのだから、財政を再建する前に、これまでの経済財政政策の内容とその顛末についての認識を再建しなおしたほうが良いであろう。


[2011.8.23]
 円高対策?
 円高対策とは、円安にすることではない。そんな事をしたら、中国と同じ為替操作国になってしまう。
 自由貿易体制下における通貨高対策とは、国内の制度の改正によって、企業がその国において活動する事に必然性と価値を維持する事である。
 もちろん、税制ではない。企業の活動とは、税金を支払う事ではないからである。
 企業の活動とは生産であり、付加価値の付与である。それらを行うのに不適切な地域においては、たとえどんなにその地域の通貨が安くても、企業は存在できないし、発展できない。日本を始めとする先進国の国内制度は、治安や水資源や電源や人的資源といった面では優れているが、法制度の面で劣っていて、それらにおいて自由度が高い中進国・後進国へと工場を流出させ、雇用を消失させてしまっている。
 これは、自国通貨高対策において、法制度を整える立法府が無能だから発生している人災である。治安も水資源も電源も人的資源も、お金で解決する事は不可能ではないが、法制度は、長期間稼動させなければ投資利益の回収ができない合法的投資活動においては、致命的な悪影響を及ぼすのである。
 消費者保護も重要だが、独占ではない選択の余地がある商品・サービスにおいては、自己責任であるべきだし(cf.懲罰的賠償2010.1.30)、その国に工場を置き、市場に上場する事に意義と価値がある環境(非独占型の知的財産権2010.1.17)を作らなければ、産業はよりよい環境を求めて海外へと出て行ってしまう。
 それらの悪影響を放置しておいて円高対策をやっているとは、片腹痛いのであった。


[2011.8.22]
 さ、寒いにゃ。
 めちゃくちゃ寒いにゃ。夏だというのにこんなに寒いだなんて、詐欺にゃ。
 長袖に長ズボンを出してきても、やっぱり寒いのであった。ハンモックをやめて、毛布に包まるべきかもしれない。
 鼻水がとまらにゃい。


[2011.8.21]
 グーグルのMotorola Mobility買収とHPのパソコン製造からの撤退。
 携帯やスマートフォン、ハンドヘルドPCといった、携帯端末は、PCとは違うというコンセプトなのであろう。だが、実際は、無線通信契約が主で、その独占要因によってお金が集まっているだけで、中身は省電力PCでしかない。
 何でもできるけど、使いこなすのが大変なPCという世界において、メーカーメイドのPCは、使いこなす人にとっては性能不足で、メールとウェブくらいしか使わない人にとっては、携帯端末よりも割高という点で、競争力が無かった。そこから撤収するというのも、一つの考え方ではある。
 PC部門を、携帯端末部門へと変化させる事が出来なかったのは、技術開発の方向性が違った為である。電力消費に糸目をつけずに、最高性能を目指すというPCの開発から、蓄電池を軽く、その持ちを少しでも長くする為に、省電力でそこそこの性能という携帯端末の開発に転換させる事が出来なかったという事であろう。
 ただし、携帯端末が独自のハードウェアとして存在できるのは、無線通信事業の独占というバックグラウンドがあっての話であり、それらが無い状態では、どんなに頑張っても、無線通信事業を独占するキャリアに採用されない限り、実を結ぶ事は無いであろう。
 したがって、これらの変化の評価は、HPのリストラは単純に事業規模の縮小であり、短期的に資本効率は良くなるが、事業の限界がはっきりしたということで、先はあまり期待できない。IBMの一周遅れをどこまで続けるのかというのが、興味となるであろう。グーグルについては、完全に迷走している状態にある。携帯端末用OSの供給において、特許紛争に巻き込まれた時に、バーターできる種が欲しいからという理由が出ているが、モトローラーの特許に意味があったのは、モトローラーがキャリアであったからで、キャリアから切り離された特許に、価値はない。モトローラーの無線ネットワークインフラ部門は、2010年7月19日に、MSNに売り飛ばされている。MSNは、モトローラーの所有する特許に興味を持っていなかったわけで、グーグルは、ゴミを掴んだ状態なのであった。
 どんなに高性能なハードを作っても、無線通信事業体から採用されなければ、ただのガジェットに過ぎないというのが、携帯端末の歴史である。グーグルは、FONに投資しており、そちらに望みをかけているのかもしれないが、無線通信事業会社を根こそぎにしてしまう事に、インターネットプロパイダや光ファイバーを提供している企業が、賛成するかどうかというと、難しい部分があるであろう。
 小電力無線APを公開し、そこからFONが割り当てたIPアドレスでインターネットに出て行くのではなく、VPNで自宅のAPまでトンネルを掘り、自宅のルーターから、インターネットに出て行くというサービスであれば、無線APを公開し、かつ、自宅のルーターが有線接続されていなければ利用できないという状態を強制する事になり、法律面はクリアできるのであろうが、そこまで踏み込めないというのが、FONの技術面での限界であろう。FONの利益は、他人が公開したAPを有料で使わせてもらおうという人からの支払いにあり、VPNトンネリング強制では、まるっきり利益が発生しない。
 グーグルが、FONの特許の一部の使用権をとり、VPNトンネリング強制の無線AP公開ルーターをばら撒くと、携帯端末の需要はオープンになり、キャリアの意向に左右されない競争環境が作られるのだが、そこまで踏み込めるかどうかが、興味の対象となる。
 キャリアがグーグルのアンドロイドOSを無視するならば、無線通信事業の独占を破壊するという脅しを入れる為にFON事業の方に手を入れれば良かったので、モトローラーにつぎ込んだお金はどう考えても無駄銭なのであった。

 7.24の日記を修正。"さらに、高速での走行中に信号や標識を運転手が見分ける事は不可能なので、中央管制室から、速度や停止の指示が送られてきて、それにしたがって操作を行い、または、操作が行われなければ、勝手に指示を実現してしまうようになっているのだが、中国では、閉塞区間による全線官制という新幹線の一番重要なノウハウを真似せず、ダイヤ通りに走っていれば追突事故は発生しないという前提でやっている可能性もある。"を、"さらに、高速での走行中に信号や標識を運転手が見分ける事は不可能なので、中央管制室から、速度や停止の指示が送られてきて、それにしたがって操作を行い、または、操作が行われなければ、勝手に指示を実現してしまうようになっているのだが、中国では、閉塞区間による全線管制という新幹線の一番重要なノウハウを真似せず、ダイヤ通りに走っていれば追突事故は発生しないという前提でやっている可能性もある。"へ。
 "日本のミニ新幹線(中国に輸出されたバージョンは、これから中央官制室からの制御機能を取り除いた物である)では、専用軌道を出た時点で操縦系統を切り替え、中央管制室からのリモート制御が不可能になり、TGVと同じように、運転手が停止させなければならなくなる。"を、"日本のミニ新幹線(中国に輸出されたバージョンは、これから中央管制室からの制御機能を取り除いた物である)では、専用軌道を出た時点で操縦系統を切り替え、中央管制室からのリモート制御が不可能になり、TGVと同じように、運転手が停止させなければならなくなる。"へ。管制が官制になっていた。誤変換。


[2011.8.20]
 協調介入は何故行われないのか。
 G7レベルでの理由としては、2つあげられる。
 一つは、日本の政府当局に、それを実現できるだけの説得力や交渉力が無いという点にある。いかなる理屈があろうとも、日本の民主党はサヨクと市民運動家崩れのキチガイばかりなので、外交的接触を回避されている状態にある。つまり、民主党政権が続く限り、円高は止まらないと考えるべきである。
 その後に期待する為に、論を進める。
 二つ目は、為替に対して介入を行った場合、あふれ出たマネーの行き場は、原油や小麦・大豆・コーンといった商品相場に向かうしかなくなる。当然、物価の高騰となり、政府の支持率は地に落ちる。G7において、物価高で政情不安を起こすぐらいならば、キチガイが政権についていて没交渉状態の日本円に集中させておいた方が、害は少ないという判断が成立しているのである。
 G20レベルでの理由としても2つあげられる。
 一つは、中国の外貨規制であり、もう一つは、人民元の為替操作にある。
 グローバリゼーションは、日米関係を打ち切り、中米関係へと乗り換えさせる工作であった。この工作において、日本から工場を後進国・中進国へと移転させる際に、当時の基軸通貨である米ドルを介して行う必用があった事から、米ドルの発行量が増大した。日本の企業による円売りドル買いが行われたのである。本来、日本の国内で投資されて内需に資する筈のお金が、ハイパワードマネーとして、アメリカに流入した。
 このお金は、中国に投資されるのであるが、米ドルが通貨として通用するのはアメリカ国内だけであり、米国内に投資対象の無い状態の現金が増大するとなる。このお金を不胎化する為に、土地バブルへと誘導されたのは、後進国・中進国へと産業が移転していって、アメリカには移転しなかったという状態においては、やむを得ない選択であったといえる。しかし、長期的には、日本の工業力が消失し、中進国・後進国に移転した工場も、自力では発展できないので、輸出の増大によってそれぞれの国家の通貨が強くなって輸出力を失い、その頃には、アメリカが工業力を取り戻し、それらの国家を市場として美味しく食べるという展開を狙っていたのである。
 この展開が潰れたのは、このプランの当事者の一方であった中国の背信にある。
 中国は、外貨規制によって投資されたお金の利潤を海外の投資家に支払う事を禁止して、中国国内での再投資を強制するという制度を、改正せずに放置した。この為、投資の利益がいつまでたっても帰ってこないとなり、投資として成立しない状態になってしまった。配当が無い投資なので手仕舞いしたくとも、お金を回収できないので、手仕舞いのやりようが無いのである。投資したお金は全額、焦げ付いた状態に等しい。ここに、投資の配当を当てにした経済構造は、破綻する事になる。対中投資の利潤によって、アメリカ人の平均所得を引き上げ、結果的に、割高に吊り上げた土地価格を割高で無くすというバブルの軟着陸プランが潰えたのである。そこに追い討ちをかけたのが、いつまでたってもフロートしない人民元である。為替を割安にすることで、輸出を続けるという状態が続いている。輸出利益が発生することによって通貨価値が上昇し、輸出力が消失するという自然な展開によって、結果的に、世界の工場としての輸出力をアメリカに取り戻し、それらの経済成長した国家を市場として利益を上げるというプランは、完全に潰れたとなる。
 バブルの崩壊からリーマンショックへと続くアメリカ経済の変調は、対中投資利益のリターンが受け取れないという状態から始まっている。
 さらに、中国は、米国債を大量に買うという形で、政府支出を増大させ、政府にしがみつく無業者・生活保護者の増大を狙っている。まともに働くよりも、社会福祉に依存して暮らした方が楽な社会にしてしまえば、たとえ人民元のレートが上がって中国の輸出力が衰えたとしても、アメリカに工業国家としての復活はありえないとなる。アメリカは、中国製品のマーケットであり続けるという狙いである。
 この状態に対して、アメリカの人民は、民主党に責任を取らせろと、あえて、民主党に政権を渡したが、パンダハガーに叩頭派ぞろいの民主党に腰抜けのオバマ大統領では、外貨規制も人民元の為替操作も、止めさせる事は出来なかった。支持率は低迷し、大統領の改選すら危ない状態にある。
 それらを止めさせると、短期的にはハイパワードマネーが増大する事になるが、中国の輸出力は消失し、市場として輸入大国へと転落する事から、工業という投資先へと、ハイパワードマネーが吸収される事になる。自国内で工業をやる事が不利でハイリスクになってしまっている法制度の改正は必要であるが、それを怠らせる事も、中国にとっては自国が世界の工場であり続ける為に必用なロビイングである。
 ケネディ以来、アメリカの政治に大きな地位を占めてきた民主党が、ついに終わるのかと思うと、万感の思いである。将来のアメリカ議会は、民主党と共和党から、共和党とティーパーティとなるであろう。
 ただし、そうなったからといって、中国の外貨規制と為替操作が無くなる訳ではない。それらを終わらせるには、別のアプローチが必要となるであろう。第三次世界大戦になるか、極東戦役で終わるかは、やって見なければ分からないが、そういうことである。なにせ、契約や約束は破る為にあるもので、強い者には、それらを破って裏切る権利があるというのが、中国人の道徳である。犬のように殴って躾なければ従わない民族であり、西側の道徳が通用しないという事を、アメリカ人も、いい加減理解した頃であろう。
 3000年近く隣国にありながら、国境が存在し続けた日本とは、まるっきり別の民族なのであるという事を、体験しなければ理解できなかったという点で、アメリカの民主党は、愚かだったということである。

 昨日の日記を修正。"日本はお盆休み中なので、日本のマーケットに影響が出てくるのは、週が開けてからとなるであろう。"を、"日本はお盆休み中なので、日本のマーケットに影響が出てくるのは、週が明けてからとなるであろう。"へ。誤変換。


[2011.8.19]
 ドル高、株安、金高騰。
 正確には、ユーロ安、株安、金高騰である。
 モルスタのレポートがきっかけという話である。
 世界的な景気減速懸念についてのレポートで、この手のいわゆる弱気なレポートが欧州に向けて出るのは、事態がごまかし様の無い状況に入ってきたということであろう。
 これまでは、全然大丈夫と強気で、ギリシャやアイルランドやポーランドといった弱小国の債務問題は、ユーロ全体から見れば小さな問題であり、解決可能であるとしてきた建前が、スペインもヤバイし、金融機関の資本に組み込まれている国債がデフォルトすると、カウンターパーティリスクが発生するということで、流動性に不安のあるユーロ系銀行に対するLIBORにプレミアム金利がついたという話も出ている。
 ユーロ圏共通債券の実現の可能性が薄れているというのもある。ユーロ圏共通債券が実現するかもという期待から、国債のCDSスプレッドは縮小していたが、来週は拡大するかもしれない。
 日本はお盆休み中なので、日本のマーケットに影響が出てくるのは、週が明けてからとなるであろう。
 ユーロから一時ドルに退避していたキャッシュが、円に流れ込んでくる可能性がある。日本の政治家はキチガイなので、円売り介入をして来る可能性があるが、円売り介入をして来るなら、その分、割安に円を買えるので、キチガイが地位に居る間にという話である。


[2011.8.18]
 はわわぅ。
 ねぼーんにゅ。暑いせいか、眠りが浅く、何度でも寝直してしまう。
 昼寝をしても、やっぱり眠いのであった。
 o(>_< )oo( >_<)oじたばたじたばた。


[2011.8.17]
 広告代理店をどうするか。
 諸悪の根源であるとは言わない。マスコミにスキャンダルを叩かれたくないというのは、失敗する可能性のある人ならば、誰もが等しく思う欲求であり、それを実現しようと努力してしまったというのは、確かに間違った努力ではあるが、実際にお金になってしまったのである。人の弱みや不幸につけ込む商売は、強いという事でしかない。広告代理店というビジネスは、環境に適合進化しすぎてしまい、環境の変化に対応できなくなっていると言える。
 マスコミに対して企業が圧力を加える際の窓口として、広告代理店は有効な存在であった。スキャンダルが起きた時に、マスコミが沈黙するという状態であれば、示談交渉を有利に進められる。この点において、マスコミを沈黙させる道具としての広告代理店は有効であった。しかし、インターネット以後は、スキャンダルをマスコミが報道しなくても、ネットで暴露されてしまう状態にある。
 示談交渉において、マスコミは沈黙しているので、さっさと示談に応じるしかないと圧力をかける前提条件が崩れている。
 示談交渉を有利に進める事が出来なくなっている以上、広告代理店を使ったマスコミ支配体制というビジネスモデルは、既に寿命が尽きた存在といえる。
 広告代理店の生き残りの方法となると、インターネット上での言論に対して乗り出してくるしかないのだが、肝心の、インターネット上のコンテンツにおいては、広告モデルが成立しない。このwebでは、インターネット上のコンテンツの企業による利用は、ソフトウェア等の知的財産権の利用においてただ乗りと言われない為の手段としてや、株主の価値観や方向性を事前に掴み、場合によってはガス抜きの道具とする事としている。その手段として、複製がいくらでも可能であるwen上のコンテンツをミラーする際に、どのコンテンツをミラーするかを、株主の投票によって選ばせるという方法が望ましいとしている。サラリーマンが失敗を糊塗する為に宣伝広告費に名を借りて、株主の資産である会社を危うくするという状況を、二度とやれなくするという目的において、インターネットは有効であり、この価値観によって、広告代理店をその象徴とする広告宣伝費を使った世論工作は否定される。マスメディアとの癒着体質と一緒に、どこまで抵抗勢力として頑張るのかというのが、この問題の最終的な結論となる。
 広告代理店というビジネスモデルは、既存のメディアにしがみついて存続を図るしかない状態にあり、そのメディアの代表格となるテレビは、地デジ化によって、視聴者層が、高齢者層と、学齢前層に絞り込まれてしまった。高齢者層は、携帯電話の操作方法を覚えるのが面倒だし、老眼で小さな画面を見続けるのが辛い為であり、学齢前層は、インターネットを自由に使える環境に無い為に、テレビを見るぐらいしかない為である。
 この二つの層だけで、広告代理店というビジネスモデルを存続させていかなければならない状態にあり、どちらも、購買力という点で期待できない層となっている。
 購買力が期待できない層しか視聴者が居ない所に、宣伝CMを投入し続けることの是非を、株主がどこまで認めるかという問題が表面化するのは、時間の問題であろう。その他の層がテレビを見る時には、録画機能を使ってのタイムシフト視聴であり、その際、CMは早送りで飛ばされる。飛ばされない為には、画面の袖や天地に、テロップ上のCMを長時間貼り付け続けるという方法ぐらいしかないが、これを電波資源を使った放送で行う事は、不可能である。webストリーミングで、コンテンツとサーバー・帯域を提供するという負担を背負った所が、自社サーバーから見ている人に対して強制するというやり方ぐらいしか、やりようが無い。
 株主は、株主であると同時に、消費者であり、国民でもある。自分や周辺のライフスタイルにおいて、テレビやCMが占める割合、位置が変化しており、この変化が企業に対して伝えられつつある。判断基準が変化し、新しい価値観が発生していくのを止める事は、どんなにテレビで宣伝しても、もはや止められない。テレビだけしか存在しない状態でしか、テレビによるプロパガンダは成立しないのだ。
 郵便しか手段が無い状態では郵便はどんなに赤字でも存続させられたが、携帯電話によってE-mailが飛び交うようになると、郵便という手段は時代遅れで使えない手段であるという旧来の認識が表面化して誰も利用しなくなったように、テレビも、テレビだけしかなかった時代においては、どんなに問題があっても放置されてきたが、テレビよりも便利な情報の流通ルートであるインターネットが出てくると、テレビが抱え込んでいた問題や欠点を、自ら正す事が出来ないのであれば、大衆は支持を取り下げ、見ないという選択を取るようになるのである。


[2011.8.16]
 副詞を使わない喋りかた。
 口語の特徴として、副詞の多用がある。すごい、とっても、ぱねぇ、超、大といった、形容詞を修飾している単語である。
 これらの単語が使われると、どうすごいのか、何に比べてとっても、半端無いのか、といった突っ込みを入れなければならない。会話はやり取りなのだから、突っ込みを入れていけば良いのだが、相手によっては、この突っ込みが地雷になりかねない。
 若い世代だと、喋る内容がもともと無い所で、副詞を使って膨らましているわけで、突っ込みを入れると、会話が凍り付くのである。
 地雷を避ける為に突っ込まないで流すと、いわゆるボケ殺し状態になる。
 話を進める事はできるが、進めた先に何があるのかというと、実は、何も無いという結果になりかねない。
 女のおしゃべりは時間を潰す為のモノというが、結論らしきものが無い結果になってしまうと、これはこれで、凍り付くのであった。
 暑い夏に丁度良いとはいえ、人間関係が凍り付いてしまうというのは、それはそれで、困りものである。他所で何を言われるか分からないとなれば、地雷には触れないようにしようという結論しかでてこない。
 副詞を使わないで喋ってくれるというのが、一番楽な解決方法なのだが、ネタや話術が無い状態で喋らなければならないという状況こそが、一番の問題で、喋りの台本を全部作って、フリートーク無しでやるというのが、建設的な議論や価値のあるコンテンツを実現する、一番確実な方法なのかもしれない。
 ここは突っ込みどころですよ、ここを膨らましたいんだよと、相手に教える為にあえて副詞を使ったのに、突っ込んで来てくれなかったりすると、それもまた、悲しいのであった。


[2011.8.15]
 外貨準備を毎年15兆円ずつ取り崩していけば増税無しでばら撒きできる!?
 日本が外貨準備として保有する米国債は、毎年満期になった分を借り換えている。これを、日本政府が米ドル建ての国債を発行して吸収。その米ドルを、外為市場において米ドルの現物売り先物買いのスワップ取引をする事で、レートに影響を与えずに日本円にして、使い込むという話らしい。
 この話には、2つの根本的な問題がある。
 一つ目は、外貨準備における米国債は、日本国債の一部と見合いになっていて、米国債を減らすのであれば、同じ分だけ日本国債も償還しなければならないという点である。
 これは、為替介入において、円売りドル買いを行う時にどのようにして円を準備するのかという点を考えれば、自明である。為替介入においては、無担保無保証で日本円の紙幣を日銀から借り出して、円売りドル買いを行う。市場に流出した担税能力の担保の無い紙幣の見返りとして、米ドル紙幣が日銀には押し付けられる。介入の実務は日銀が行うので、押し付けられたという自覚は無いかもしれない。
 そして、市場に流出した日本円は、日本国債によって不胎化される。
 日本の赤字国債が毎年低金利のままで着実に消化されている最大の理由の一つは、この、莫大な外貨準備を作り出す為に濫発された日本円にある。円売りドル買い介入の度に、日本円が市場に押し出され、それは、とりあえずはTBに吸収され、新発国債の期日にあわせて、長期国債へと転換されていっているのである。この程度のことすらも知らないというのは、財政に携わる国会議員として、いかがなものか。
 米国債と日本国債の一部とは見合いになっていて、米国債を減らすのであれば、その分の米ドルは日銀の外為介入資金としての無担保無保証融資の返済に全額当てられなければならない。為替レートの差によって損失なり利益なりが出るが、それは介入に伴う損益として、経費・もしくは利益として税務を通じて処理される。
 日銀の外為介入資金としての無担保無保証融資の返済金を、政府が勝手に使い込む事は、紙幣の濫発行為そのものである。
 2点目は、スワップ取引にある。
 スワップ取引とは、一般に、現物の買い(または売り)と、先物の売り(または買い)を同時に行う事で、期間の利益(金利や流動性)を手に入れる取り引きである。取り引きの常識として、売る為には買ってくれる人が居なければならず、買う為には売ってくれる人が居なければならない。15兆円のドル円スワップの受け手は、日本国債を買うつもりだった15兆円を、米ドル購入に当てる事になる。つまり、米ドル建て国債を売っても、その分だけ、日本国債の売り上げが減るので、政府の国債売り上げは増えないのである。
 しかも、低金利通貨である円を売って高金利通貨である米ドルを買う人は、金利差による利益を狙う行為であり、高金利通貨である米ドルを売って低金利通貨である日本円を買う日本政府は、金利収入を放棄して流動性を手に入れる行為となる。常識で考えて、手取りが増えない上に、金利収入も消滅するだけで、カウンターパーティとなる銀行側にとってだけ、金利差収入が入るので美味しいという話でしかない。国益を銀行に移転する売国行為であり、民族系銀行であれば、米国債の利子を円に転換するドル売り円買い行為が上乗せされる。
 しかも、この取り引きは、継続することが前提となっている。日本政府は15兆円分の日本円をばら撒きに使い込むつもりなんだから、契約の満期がきても、15兆円分の日本円を支払えない。さらに毎年15兆円分なのだから、7年後には105兆円の取り引きの継続をお願いしなければならなくなる。金利差が無くなって取り引きを継続する意義が無くなれば、銀行側は105兆円の日本円、耳を揃えて返してと言ってくる。このとき、日本政府は、105兆円分の赤字国債を発行して不胎化する羽目になる。日銀から105兆円分の紙幣を借りて銀行に渡し、その銀行に赤字国債105兆円分を買ってもらい、不胎化後に手元に戻ってきた105兆円分の紙幣を日銀に返さなければならない。赤字国債が105兆円増える時期が先送りされるだけで、金利と手数料分だけ損をするという取り引きである。さらに、銀行から帰ってきた105兆円分の米ドルは、本来、外為介入資金の返済に回すべきであるのに、政府が使い込んでいるわけなので、当然、米ドルを日銀に返さなければならない。
 日銀は、外為介入で市場に出回ってしまった105兆円分の日本円を回収する為に、米ドルを売らなければならなくなってドル売り円買いで円高、国債売りで金利高騰と、時間を先延ばししただけで、状況を悪化させるだけという、正気とは思えないプランである。
 外貨準備が日本国債の一部と見合いになっているという前提を知らない人が、帳簿上に資産があるなら使えば良い、為替レートが動いてしまうなら、スワップを使えばいいと、半可通の知識を振り回しているだけである。民主党の埋蔵金と同じ間違いを繰り返すというのは、万年野党の特徴なのであろう。
 いい年をして、恥を晒しているという自覚すらないらしい。


[2011.8.14]
 民主党と自民党の連立はありえるか?
 連立しなければならない理由が、どちらの側にも無い。民主党は、自力で支持率を上げなければ選挙で生き残れないのだから、自民党に手伝ってもらったのでは意味が無い。民主党の当選回数の多い議員にとって、今の内に大臣や副大臣や政務官といった役職についておかないと、以後、一生つけないのだから、ポストが減る連立など、絶対に反対するに決まっている。
 当選回数が多くても先の内閣不信任案を棄権して党員資格停止処分中の議員と、陣笠議員にとって重要なのは、選挙の時期が可能な限り先送りされる事と、タイミングを見計らって新党を立てて反自民票の受け皿になる事である。
 民主党を支持していた票は、全て自民党に流れるが、道路族で親中派の自民党にも任せられないという反自民の票は、少なからず存在する。その受け皿となる事で、比例復活当選を目指すという展開である。
 宏池会系自民党候補と、民主党から脱藩した新党候補だけの選挙区であれば、惜敗率で復活の可能性がある。したがって、脱藩後に刺客を立てられないように、ギリギリのタイミングまで引張る必用がある。そのタイミングは、選挙にかかる金を手配するのに必要な政党交付金の期日を考えると、来年の年末となる。来年の年末以後であれば、民主党が単独過半数を取れなくなっても構わないとなる。解散総選挙になるならば、刺客が立てられないのだから問題はない。ぎりぎりまで引き伸ばして衆参同日選挙という日程以外に考えられなくなった時点で、脱藩して新党立ち上げによる生き残り策が有効になる。それまでは、隠忍自重の日々が続くとなるであろう。
 今回選ばれる民主党代表は来年の初夏には、予算を通す為に辞任する。その次の首相が、衆参同日選管理内閣になる。その首班指名選挙まで、衆議院で単独過半数を維持する事だけが重要である。その対価は、ポストが取れない以上、お金となる。
 脱藩前提の議員達にとっては、民主党主流派が政権を取るが失敗し続け、それに愛想をつかすという外形を整える必要があるが、これについては、何の心配も要らない。政権担当能力が無い万年野党でしかないので、誰がなっても、めちゃくちゃな政権運営しか出来ない。
 政党支持率が低い今の状況では、解散総選挙はありえないし、内閣支持率も政党支持率も、上向く可能性は無い。状況はとてもわかりやすいのであるが、状況を理解していないというレベルのキチガイでないと、民主党の代表になろうとしないであろうというのが、問題と言えば問題であろう。
 次の首相は、現首相に輪をかけた劣化品になる可能性が高い。下には下があるものだが、民主党の人材の酷さは底なしである。違法子供手当てのloopy鳩山が一番マシだったとなるのが、民主党政権四年間の総括となりかねない状態なのであった。


[2011.8.13]
 はわっ。ねぼーんにゅ。
 久しぶりにぶっちぎってしまったにゃ!
 o(>_< )oo( >_<)oじたばたじたばた
 やっぱ、暑いからねぇ。


[2011.8.12]
 日本の不人気首相がようやく交代。
 衆参が捻れている状態で赤字財政を続けるならば、首相の首は予算を通す為の消耗品となる。
 1年以上首相を続けたければ、赤字財政を止めるか、解散総選挙に打って出て、直近の民意によって参議院を黙らせるしかない。
 首相の首を消耗品にしたのは、日本民主党である。野党時代に、さんざんやってきた事であり、与党になったからといって、やってはならないと批判する事は出来ない。これを改めたければ、野党に転落した後で、衆参が捻れた時の行動によって証明しなければならない。しかし、日本民主党の政権転落後の運命は、政党消滅レベルの大敗であり、その後にできるであろう野党に期待するしかないとなる。
 国民は、赤字財政を望んでいない。自分の取り分が守られるのであれば、赤字財政は今すぐにでも止めるべきだというのが世論である。総論賛成各論反対の状態であるが、これを改めるには、政府支出にしがみついている層を自立させなければならない。経済の成長こそが万能薬であり、財政出動は偽薬でしかないし、その為の増税は失敗確実の外科手術である。
 で、次の首相であるが、常識では、先の民主党党首選で菅直人に投票した者は1ペナルティ。内閣不信任案で否決票を投じた者も1ペナルティである。ペナルティが0の者の中から選ぶというのが、民意を当てにするならば最低条件となるが、この基準でいくと、小沢氏とその側近ぐらいしか当てはまらない。これでは民意は集まらない。
 そこで、民主党内の党内力学だけで考えると、2ペナルティの者が最大グループを形成するので、このグループの中から次の首相が選ばれてくると考えられる。失格者が多数を占めると、数の力によって、正義や道理や民意よりも多数派の事情がモノを言うのである。
 この場合も、民意はあてに出来ない。民主党内の多数派であるという点だけで衆議院を運営する事になる。
 どうせ来年の予算を通すまでの首相である。そこで、ポストの欲しい人が支持に回り、その次の首相、すなわち、衆参同日選挙に挑む事になる民主党最後の首相の地位とその閣僚や党役員のポストが欲しい人は、棄権なり対立候補に投票といった行動に出ることになるだろう。
 衆参同日選管理内閣までのつなぎと考えると、次の首相と閣僚と党役員の地位は、責任を負わなくて済むという、無責任で美味しいポジションと言える。灰汁抜きの為に軽くてバカな神輿を担ぎ上げるという展開も十分にありえるが、勝手に解散総選挙だけはさせないように、コントロールできる程度のバカでなければならない。
 内閣不信任案を棄権するくらいの危機回避能力がないと危なっかしいのだが、それでは、2ペナルティ組が納得しないであろう。バカが多数派を占めると、迷走するしかなくなるのであった。

 蝉時雨に 目覚めてみれば 朝まだき 昨日も猛暑 今日も猛暑


[2011.8.11]
 ロンドン暴動。
 欧州において若者の失業率が高くなるのは、移民を排斥する為である。
 移民を受け入れてきたのは間違いだったというのがコンセンサスとなり、移民をそれぞれの祖国に帰還させるべきだという話になっている。そこで取られる手法が、若者の職を無くす事である。
 移民は、基本的に技能を持っていない。技能を持っていない人の就職を厳しくする事で、移民してきても職が無いから暮らせないとしている。すると、同じように技能の無い若者が、就職難となる。
 ここで機能するのが人的ネットワーク"コネ"であり、コネのない若者である移民やその子孫だけが、職に就けなくなる。公募しておいて区別したら差別であるが、公募せずに、コネで紹介のあった人だけを採用するのであれば、肌の色や出自で区別しても差別にはならない。
 さらに、ここのところの緊縮財政も影響を落としている。定職にはならないが、最低限の収入が得られるような仕事が雇用助成によってばら撒かれていたが、それが財政支出カットによって、減っている。社会福祉は充実させるべきであるが、移民のような望まれない存在については、その対象外にするべきであるという意思が働いているのである。
 バカンス中に発生したロンドン暴動の主たる勢力は、有色人種の若者である。ホワイトの奴等がバカンスしている時に、俺達は職も無く、食べ物も無く、くそ暑いゲットーにへばりついているという不満に、拳銃密売犯とはいえ、仲間が裁判抜きで射殺されたという事で、暴動へと発展したのであった。
 景気を良くすると移民が居付いてしまう。しかし、景気が悪いままでは暮らし難い。この二律背反が、抜本的な景気対策を取りにくくさせているのである。移民さえ居なくなれば景気回復の為の抜本的対策を取れるという状態は、移民が居る間は現状を続けるという事であり、既得権益層にとっては問題が無く、現状に不満を持つ低中所得層には、その不満を移民に向けさせるという構造になっている。
 全ては移民が悪いという事になるのであるが、移民とその子孫に、それぞれの母国に帰還した方が暮らし易いという事に気付かせ、自発的に帰還させるには、それぞれの母国が経済発展しているという事実を報道する事から始めなければならないし、それらの国家に進出する企業に雇われて逆移民した人が成功しているという実例によって訴えるしかないのであるが、暴動を起こすようでは、犯罪者として逮捕して国外追放処分にした方が、手っ取り早いかもしれない。
 移民を排斥する手段が、太陽ではなく北風の方法となってしまっているという事である。

 昨日の日記を修正。"大相撲のような興行の場合、100人が年間90日間興行して9000人日、12ヶ月で割って一ヶ月あたり750人日となる。"を、"大相撲のような興行の場合、70人が年間90日間興行して6300人日、12ヶ月で割って一ヶ月あたり525人日となる。"へ。幕内の定員が28人、十両の定員が42人で、関取全体の定員は70人であった。
 8.8の日記を修正。"放射能米は、害虫に食べられたりしないように冷温等湿保管庫に置くと、とんでもないコストがかかるし、かといって、焼却して灰にするにしても、焼却時の排気で放射性物質が舞い上がらないようにするには、霧水を排気に吹き付けて、汚水と灰をそれぞれ保管という話になる。"を、"放射能米は、害虫に食べられたりしないように冷温高湿貯蔵庫に置くと、とんでもないコストがかかるし、かといって、焼却して灰にするにしても、焼却時の排気で放射性物質が舞い上がらないようにするには、霧水を排気に吹き付けて、汚水と灰をそれぞれ保管という話になる。"へ。置換しわすれ。


[2011.8.10]
 ミラーサイトの権利料金はいくらが適当か。
 コンテンツの値段は、それを作るのに必用な技量の蓄積を経費として明確化できない為に、言い値がまかり通る状態にある。
 物質媒体や木戸商売の時には、物質や劇場のコストに、一定料率を加えてというやり方に落ち着いていたが、著作者が媒体を押さえる著作権者の奴隷状態に陥る元凶となっていた。インターネットは、この媒体の独占を消失させる変化であり、コンテンツの値段に対して、誰もが納得できる算出方式を打ち出さなければならない変化でもある。
 この日記では、複製が自由にできるwebの特徴を生かし、コンテンツサイトを有料でミラーする事で、著作者に対する報酬の支払いと、消費者に対する訴求、世論工作の道具とする方策を提案している。その中には、当然、コンテンツの料金設定に対する言及もある(cf.[2002.4.12],[2004.3.8])。
 一人日を基準とする計算方法である。
 どんな計算方法であっても、納得しない人は必ず出てくる。しかし、計算方法が明記されていて、それが機械的に適用されるのであれば、多数がその計算方法を利用する事で、デファクトスタンダードとなり得る。そこから普及の為にディスカウントしたり、イメージ戦略として割高にしたりといった変化は構わないが、基礎的な部分で共通の方式を取る事が望ましい。
 その計算方法とは、過去の一定期間の新作コンテンツ発表状況と、それに要した著作者数(もしくは肖像権者数)とを掛け合わせた期間当たりの人日を計算の基礎とする方法である。
 この日記のように、一人が毎日新作を発表しているような場合には、一ヶ月あたり30人日。劇団や交響楽団のように、たとえば40人が2ヶ月稽古して1ヶ月公演、公演中は毎日ストリーミングというような場合には、30日間の公開を40人で1200人日、3ヶ月で割って、一ヶ月あたり400人日。大相撲のような興行の場合、70人が年間90日間興行して6300人日、12ヶ月で割って一ヶ月あたり525人日となる。
 一人日あたりの料金をこれに掛け合わせれば、一ヶ月の権利料金がでる。この日記では一人日あたりの料金に最低時間給を想定しているが、これは、毎年の改定が無条件でやれるからであって、この数値に対して、適当な倍数をかけた金額を主張する事も、何ら問題はない。ミラーする企業の資本金額別にクラス分けして、1時間分から8時間分まで段階的に増やしていくというやり方もあるし、普及の為に、算出後に係数をかけて割り引きする事も可能となる。出演者の一公演あたりの平均出演時間を出して、5分分から2時間分といった具体的な数値を割り当てる事もできる。
 重要なのは、料金請求の根拠が明確になっている事であって、その根拠となるのは、著作者(肖像権者)が何人それに係わっているかとなる。裏方として何十人係わっていても、それは、表方が表現を実現する為に必用な手伝いとして雇っている人数であって、それを請求の根拠にする事は出来ない。
 演劇等で脚本や音楽は表方か裏方かという話が出てくるが、これは、劇団のコンテンツに対しては裏方である。脚本家や音楽家は自分のwebを持ち、そこで発表する事が可能であり、そこにおいては、脚本家や音楽家は表方となり、実演している劇団員やミュージシャンは裏方となる。コンテンツの独占がなされないということは、実演者が自らを主役・主たる権利者としてコンテンツを発表できるということであり、お金の配分や内容に不満があれば、より良い形態を目指して、自ら市場に殴り込みをかけられるという自由がある。より良い新作を継続的に発表し続けられる才能だけが、多くの人の支持を集めて生き残れるともいえる。
 独占契約によって自らは発表しない代わりに、割高な分配を受け取るという話も可能であるし、無名の新人を囲い込んで育成してやるといいつつ、只同然で使ってコストダウンという手も可能となる。この辺の契約による条件闘争は、独占媒体時代と変わらないが、契約期間が切れた時点で、自らの手で公開が可能になるという点が、変化といえる。


[2011.8.9]
 はわっ。
 ねぼーんにゅ。o(>_< )oo( >_<)oじたばたじたばた。
 ちょっと気温が上がってきているようである。夏らしい暑さになったという事で、眠りが浅くなってしまった。
 ハードタイプの保冷剤をタオルで巻いて、首筋に当てて寝ると、血液が冷されて、汗をかかずに眠れるようになる。冷房を使わなくても、涼しく眠る為の方法はある。


[2011.8.8]
 スーパーで米が売れているらしいという話。
 福島第一のメルトダウンで、東北地方の米が低濃度放射性物質化してしまっているということで、安全な米を今のうちに買い占めておこうという話らしい。
 しかし、精白した米は、夏だと半月、冬でも2ヶ月くらいで、食味が落ちてしまう。さらに、家庭での保存では、虫やカビが発生する。
 玄米の状態で、冷温高湿貯蔵庫に保存しない限り、長期間の保存は不可能である。
 精白した米を、このくそ暑い時期に大量に買い込んでいるというのは、おそらく、米を長期保存の効く保存食と勘違いしているのであろう。
 虫がわいたり、発ガン性物質の元となるカビが生えたりしても、放射能米よりはマシと食べるのであろうか。
 放射能米は、政府が買い取って全量廃棄処分にするという話が出ている。
 カビ米を廃棄処分にしたら、食用に出回っていたという話がだいぶ前にあったが、今度は大丈夫であろうか。あれがあったから、庶民が買い占めという行動に出ているのかもしれない。廃棄処分にしたといっても、他の産地の米と混ぜてしまえば、暫定基準値以下にできるということで、米業者は、放射能米を、混ぜ米の原料として安く政府から仕入れられるという事になりかねない。
 放射能米は、害虫に食べられたりしないように冷温高湿貯蔵庫に置くと、とんでもないコストがかかるし、かといって、焼却して灰にするにしても、焼却時の排気で放射性物質が舞い上がらないようにするには、霧水を排気に吹き付けて、汚水と灰をそれぞれ保管という話になる。
 それらのコストは、全部、東京電力に請求する事になるであろう。
 米については、政府が介入するという話になっているが、他の農産物はどうなのであろうか。米はやるが、野菜はやらないというのは、筋が通らない。
 今後数年から、数十年にわたって、放射能に汚染された地域は回復しない。来年と再来年の需要分については、他の産地の新米と政府備蓄米で賄えるが、その間に、他の地域で減反していた部分を放射能汚染地域代替分として稲作地に振り替えていかないと、供給量を維持できなくなるであろう。
 アナウンスするべき情報をアナウンスしないというのは、庶民の生活に対する感度が低いという事である。


[2011.8.7]
 S&Pが米国債の格付けをワンノッチ、ダウンさせた。
 財政赤字を減らす為に、歳出の削減と課税の強化を議論していた。それを、正しいステップであると主張していて、正しいステップを取っているのに評価されないのは遺憾であるという反論が出ている。
 歳出の削減と課税の強化という手段しか取れないという所が、失望と落胆を集めているという事に気がついてないのだから、主張が噛み合わないのである。
 減税は歳入の減少に繋がるが、増税が歳入増加に繋がるとは限らない。増税は景気を冷却させるが、減税が景気を刺激するとは限らない。歳出の増加は財政赤字の増加に繋がるが、歳出の削減は財政赤字の削減に繋がるとは限らない。歳出の削減は景気を冷却させるが、歳出の増加は景気を刺激するとは限らない。
 税や政府支出が社会に与える影響は、論理学が通用しない点に特徴がある。というのも、それらの要因が独立していない為である。法制度という手段の影響を無視して、課税や歳出を弄くっても、それは制度的影響を理解できない一部国民や直接お金を受け取れる一部既得権者に対してのみ影響を与え、大多数の国民の経済行為に対しては、反発しか与えない。
 必用なのは歳入の増加であるが、その為の手段として、増税という手法しか出てこないのでは、課税のターゲットになった人々が少数であっても、次は自分達が狙われるとして、財布の紐を締める。歳出の削減のターゲットになった人々が少数であっても、次は自分達が狙われるとなる。
 本来削減しなければならないターゲットを削減できるとは限らない。削減し易い所や、削減したのは間違いだったと政府に対する反発を起こさせ易い所を削減するようになるのは、歴史が証明している。既得権益層には一切触れさせないというのが、財政削減という行為における権力闘争であり、それは、過去に幾度となく繰り返されている。
 特に、最大の赤字要因である公務員・準公務員の人件費の削減は、民間に転出していって使い物になるような人材ではない為に、天下り先を作って飼い殺しにするしかなくなる。政府の人件費を削減できた代わりに、天下り先への支出が増大するとなる。さらに、数年後には、政府の仕事が回らなくなったので人員の増加が必要になり、政府の人件費は元通りになり、天下り先への支出も止まらないとなる。公務員が、民間に、自ら転出していくように、民間の景気を良くしていかないと、政府にしがみつくしかない公務員の人件費を減らすことは出来ないのである。
 歳入の増加と公務員削減といった目的を達成するのに、課税の強化と歳出の削減といった間違った手段しか出てこないという事が、失望されているのであった。民意を受けている政治が、手足であるはずの官僚機構に逆に使われてしまっているという事であり、ならば、民意は役に立たない政治家を切り捨てて、次の人材に期待するという事になる。民選政治家という職を全うしたければ、民意に従い続ける事なのに、それをやれないのだから、先進国において、政権や政治家がコロコロ変わるのは、仕方が無い事なのであろう。


[2011.8.6]
 単独介入の^2。
 4兆円つぎ込んでたったの3円、しかも、既に半分戻されている。来週早々にも効果は消えるであろう。
 無駄な事をやったものである。無駄な事だと理解していないからやれたのであろうが、単独介入の蛮勇を奮って、文字通り討ち取られたという状況である。
 しかし、財政的には、4兆円の現金が市場に投下された事になり、その現金は国債(とりあえずTB,Treasury Bills)によって吸収されることになる。つまり、赤字国債が4兆円分、売れるのである。
 景気と雇用の低迷による税収の減少による歳入不足を起こしていた所に、4兆円の現金が入るわけで、赤字国債発行法案成立後に発行されるべき赤字国債を、外為特会とTBを使って、繰り上げ発行した状態になっているのであった。資金ショート対策としての円売り介入であったという事で、日本以外のG7が揃ってNoと言っても、単独で実行したわけである。
 民主党政権になってから、外交関係は壊滅状態なので、根回しができるわけが無いのであるが、歳入欠陥の資金繰りの為に外為相場を巻きこんだわけで、国際的に、白い目で見られるのは当然となる。
 アメリカやユーロですらやらなかった事をやってしまったわけで、民主党政権が続いている間、外交関係の修復は、政治的な部分だけでなく、経済的な部分においても、ほぼ、絶望的であろう。
 内政的にぼっちなだけでなく、外交的にもぼっちとなったわけである。


[2011.8.5]
 日銀が単独円売り介入。
 ぎりぎりまで待って、アメリカが介入に非協力というので、やらないと判断したのだが、まさか、やるとは思わなかった。協調介入でない以上、効果は限定的であり、スムージングにすらならないであろう。
 理由が無いし、必然性も無いし、効果も期待できないという状態でやったので、意外性という条件だけは満たしているが、与党関係者がFXをやっていて、政治資金を手当てする為にやったと考えるぐらいしかない。
 アメリカが非協力なので、NYテーブルで割安な円を買えば、ぼろ儲けのチャンスとなっているのであるが、問題になるのが、明日の東京テーブルで再び介入してくるかどうかである。単独介入なので、日銀の思惑が海外ルートから流れてこない。協調介入にする為に接触があれば分かりやすいとはいえ、拒絶されても単独介入するというのが、今回の介入であった事を思えば、キチガイのやる事は理解できないとするしかない。所詮は他人の金なので、市場に突っ込んで大損しても痛くも痒くも無いのであろう。
 円安になっても、輸出先である諸外国で雇用の消失と不景気が続いているので、輸出は伸びない。むしろ、輸入物資である燃料や原料のコストが高騰するという点で、円安は喜ばしい状況ではない。円安が良い事だったのは、輸出先に購買力がある時期だけである。経済の実態に対する理解が乏しいので、何をやっているのか、理解していないのであろう。意味の無い上に、生活物資の値段を引き上げかねない円売り介入という事で、日本国民の目はさらに冷ややかになるという状態にある。日本民主党は、支持率がどんなに下がっても気にしないという状態である。次の選挙で政党消滅レベルの大敗を覚悟したバカは、手におえないのであった。


[2011.8.4]
 開放系経済?
 通貨が純金や純銀であった頃には、国境を越えて貨幣が流通していた。この時期、純度の高い金属を産出する鉱山と、それを精製し、加工する工業力が経済大国の条件であった。品位が長い間安定している事が信用であり、信用の高い通貨が標準貿易通貨として通用していた。ローマ帝国のソリドゥス金貨や、ヴェネツィアのドゥカート銀貨は欧州から中東まで通用し、日本の一両小判や一円銀貨はアジアに広がった。大航海時代に入り、中南米の植民地から貴金属を強奪したスペインのエスクード金貨、さらに、イギリスのソブリン金貨が基軸通貨となっていった。国境を越えて貨幣が通用し、貿易が行われていた。しかし、貨幣の原料である貴金属の産出量と、人口や経済の発展速度とのアンバランスから、貨幣不足によるデフレーションが発生し、兌換紙幣制度を経て、不換紙幣制度へと、通貨は変わっていった。
 この、本位貨幣と不換紙幣との間の本質的な差として、その通貨の通用範囲が、国境によって閉鎖系となるという違いが発生している。開放系であった経済が、閉鎖系へと切り替わっていったのである。その最大の理由は、不換紙幣の一般受容性は、その紙幣の通用地域における人民の納税貨幣としての強制使用に依存している為である。インクのついた紙に過ぎない紙幣は、法律によって、他の通貨の使用を禁止するという方法で、その国家の法定貨幣として独占的地位を与えて、強制的に通用させるという手段が必要であり、ここに、経済は国境の内側に閉じ込められ、外部との貿易においては、外為という手続きを必用とするようになった。
 グローバリゼーションによって経済活動の国境を無くすというプランにおいて、この国境の内外での経済格差、貨幣価値のばらつきを、どのようにして吸収するのかというプランは、未だにでてきていない。
 国内の物価と国外の物価に差があれば、その差を吸収する方向で、お金が動き、工場が移動して、雇用が消失し、また、同じ商品が割高に売れる地域があるのであれば輸出が行われるとなり、外貨獲得能力の低下と輸入、雇用の消失によって、貿易赤字と財政赤字が同時に発生していくとなる。
 第二次世界大戦後のアメリカは、労働者の権利や環境、消費者保護といった理想を実現する為に、国内で製造業をやる事を非合理にしていったが、それによる双子の赤字は、まだ、コントロールが可能な範囲であった。しかし、グローバリゼーションによって、国境の内外価格差を対象とした投機行為-安い人件費をあてにして後進国・中進国に工場を動かしたり、貿易によってその国の国内市場を根こそぎにしたりといった事-が行われるようになると、外為市場に流れ込むお金を国内物価に影響を与えない為に、不胎化処理を行わなければならなくなってしまった。その手段として選ばれたのが、アメリカの不動産に対する融資であり、土地転がしであった。不渡り確実なゴミ債券でも、集めて混ぜて、償還可能性でランク付けして切り分ければ、最上位にはAAA格の格付けをでっち上げられるとなり、それらを、内外格差をあてにして流れ込んできたお金で豊かになった後進国・中進国に売りつけるという手法が必要になっていったのである。
 反米諸国や資金運用先の多様化としてユーロに回っていたお金も、結局は、腐敗債券に行き着いていたわけで、不胎化処理の後始末として、腐敗債券のデフォルトが行われると、欧州の金融機関が根こそぎ吹っ飛ぶとなっている。信用リスクがとてつもなく高い状態にあり、欧州では金詰りが起きていて、財政の弱い国家から、破綻という話が聞こえるようになっているのであった。
 さて、不胎化処理の土地転がしによって不良債権がてんこもりになった状態は、本来行わなければならなかった、産業の強化、雇用の創出、市場をリードできる技術の開発といった努力を怠り、土地バブルという濡れ手で泡の儲け話にうつつを抜かした結果である。ここで本来の努力に転換できるというのであれば、誰も苦労はしない。人間は、怠けられる限り怠けるし、その変化が苦難の道である事が分かっていればいる分だけ、それをやらずに済ませる為に知恵と労力を使うものである。
 産業の強化、雇用の創出、市場をリードできる技術開発、といった努力よりも、財政出動でばら撒きをやれば景気は良くなるに違いない、赤字は将来に先送りして、自分が引退した後の世代に押し付ければ良いという話になってしまうのであった。
 グローバリゼーションをやっておきながら、国境の中のぬるま湯を維持することに汲々とするというのは、矛盾している。この矛盾を不換紙幣制度が正当化してしまっているのであった。国境の内側には独占という状態が成立していて、競争に対する防波堤となってしまっている為に、危機感が届かない。自国通貨安によって輸入物資が高騰し、不景気なのにインフレが発生するという状態を貨幣的な現象と捉え、中央銀行が怠けていると思い込むようになる。国境の内側で貨幣価値を維持するには、相応の能力や仕掛けが必用であり、その能力や仕掛けを壊してしまっている状態では、為替の変動に物価が引きずられて、企業活動や庶民の生活を苦しめるのであった。
 不換紙幣制度によって、国内の経済は外部から切り離されているというのは、幻想であったという事なのかもしれない。関税や規格・規制といった貿易障壁こそが、国境の内外を切り離していたのであって、国際標準に比べて弱い分野を障壁を少しでも弱めれば、貿易は活発になるが、内外価格差をあてにした投機行為が発生してしまう。弱い部分を強くするのが先であるのに、障壁を外すのが先になり、生き残りたければ強くなれというのは、結局のところ、そこまで追い込まれなければ、努力をしないという事なのかもしれない。
 制度を改廃し、競争へと誘導する事で、自発的に強化するように仕向けるというのが政治なのだが、補助金のばら撒きや圧力団体の票目当ての妥協といった事で時間と税金を無駄にした挙句、貿易障壁を外してハードランディングというのは、あまりにも芸が無いのであった。

 昨日の日記を修正。"それらの放送局に番組を提供しているスポンサー企業の製品に対する不買運動が始まっているようであるが、これも、代替品の無い商品については、止まらないであろう。"を、"それらの放送局に番組を提供しているスポンサー企業の製品に対する不買運動が始まっているようであるが、これも、代替品の無い商品以外については、止まらないであろう。"へ。二字欠落。


[2011.8.3]
 安愚楽牧場が破綻。
 2010年の赤松山田口蹄疫の原因農場であったが、ウィルスの運搬者が南鮮からの見学者である事から、南鮮寄りのマスコミは報道を控えていた。しかし、市場において、安愚楽牧場産の牛肉を買う人は居なくなっていた。宮崎県内の安愚楽牧場の牛は全頭処分されたが、他県の安愚楽牧場の牛についても、消費者が買わない権利を行使したのである。
 マスコミが報道しない権利をいくら行使しようとも、情報の流通ルートが多様化している現代においては、中国のような独裁国家でない限り、いずれ、カタをつける羽目になるという事である。
 これは、ネットによる社会の浄化作用といえる。
 社会の木鐸がマスコミだけであった時代に比べれば、マスコミが沈黙するようなスキャンダルについても、ちゃんと落とし前をつけられるようになったという点で、インターネットの発展は社会の為になっている。この状態を、マスコミは、自分達の商売が妨害されていると捉えて、ネットに対して反発している。ネットは犯罪者とロリコンと民族差別主義者と性差別主義者とヒステリーババアの溜まり場と主張している。しかし、それらよりも、金だけで転び、売国までするマスコミの方が、遥かに悪質であるという自覚が無いのが救いがたい。マスコミがスポンサーからの札束に転ばなければ、インターネットなど必要なかったし、時代の流れによってインターネットが実用化したとしても、今のような形にはならなかったであろう。
 そういう意味では、既に手遅れともいえる。
 フジテレビと日本テレビの、株式保有者における外国人株主の比率が20%を超えている事が一部で話題になったが、この話の問題点は、外国人比率が20%を超えると放送免許が剥奪されるから、本来名義変更をしなければならない株式を、20%の範囲内におさまるように比例配分でしか名義変更を受け付けないという手段の合法性にある。裁判沙汰になれば名義を変更しなければならないが、それでは放送免許が剥奪されるので、比例配分による一部の名義変更に甘んじる。その代わり、いつでも裁判沙汰に訴え出られるというオプションの分だけ、放送内容に対して圧力をかけられるという、外国人特殊株主による総会屋行為が発生しているのである。
 それらの放送局に番組を提供しているスポンサー企業の製品に対する不買運動が始まっているようであるが、これも、代替品の無い商品以外については、止まらないであろう。このままでは、スポンサー企業は次の安愚楽牧場となる運命にある。
 スポンサードする対象の選択を、サラリーマンが思い付きで決定して責任を背負うというやり方は、もはや、限界と言えるし、テレビという媒体の宣伝効果は、ネガティブイメージになってきている。番組内容の低俗化と、製品使用者のイメージが結び付けられてしまい、宣伝されている商品を使うという事が、侮蔑の対象となりつつあるのである。
 高尚な番組を作ればというが、それをやれる人材が、テレビや出版といったレトロメディアには、もはや存在しないのであった。

 昨日の日記を修正。"民主制では、誰より多くばら撒いてくれるかで票が動いてしまう。"を、"民主制では、誰がより多くばら撒いてくれるかで票が動いてしまう。"へ。一字欠落。


[2011.8.2]
 なぜ、米国債の発行総額には枠がはめられているのか。
 放漫財政を抑止する為である。
 民主制では、誰がより多くばら撒いてくれるかで票が動いてしまう。それを実現させない為に、ばら撒きが出来ないように、制度として歯止めをかけている。その仕組みの一つが、赤字国債の発行を制限する、債務上限である。
 この上限を突破するには、相応の建前が無ければならない。たとえば、戦費だとか、天災対応といった、やむを得ない政府出費である。
 グローバリゼーション以前においては、米国債の発行額の伸びは、インフレ率にほぼ相当する額であった。これは、米ドルの価値がコントロールされていた為で、その為の仕組みが、米軍と米ドルでなければ買えないmade in Japanであった。この仕組みを、民主党政権は壊してしまった。以後、米ドルの価値は、暴落する一方であり、米国債務の上限の伸び率は、米ドルの価値の下落率によって決定されるようになっている。アメリカのインフレ率は、米ドルの下落率によって決まるようになってしまっている。
 米ドルの価値がコントロールされていた時期においては、アメリカ国内のインフレ率に対して、米ドルの価値の変動はほとんど影響を与えていなかった。それ以前のインフレ率は、流入する移民人口を含めた人口の増加率に、ほぼ一致していたのである。
 グローバリゼーション以後、Federal Reserve Bankは、米ドルの価値の維持が出来なくなっているのである。社会保障に依存している年金生活者や貧困層は、米国債の発行総額を引き上げても、米ドルの価値が低くなっているので、ばら撒きの総額を増やさなければ、以前のレベルの生活を維持できない状態になっている。
 貨幣価値の維持という不換紙幣制度における中央銀行の最大の責務を果たせない状態になった表面的な原因は、税収の低下であり、国内の雇用の喪失である。そして、これらは法制度の改正によって、対策しなければならない事である。ボールは議会にあるのだが、議会において話されているのは、連邦債務上限の引き上げと赤字削減と増税である。
 アメリカは、いや、日本も同じなのだが、自国の産業を弱めている法制度を改める事で対策をしなければならない状態になっている。議論すべき問題と、実際に議論される内容とがかけ離れているというのは、倒産目前の会社の経営者が、目の前の手形を落とす為に金策に駆け回っているのと同じにしか見えない。
 無能な経営者は、さっさと退場させるべきなのだが、日本には、問題を先送りするだけの下らない法案が通るまで辞めないと地位にしがみついているバカも居る。職を賭すならば、もっとましな問題にチップを置くべきなのに、それすらもわからないというのは、政治センスが無いのであろう。


[2011.8.1]
 中東では、今日からラマダンである。
 去年の今頃は、熱帯夜と真夏日が続いていたが、今年は、台風6号が通り過ぎて以降、湿度が高く、比較的過ごし易い。で、もうそろそろ湿気が抜けて暑くなりそうだというのに、台風9号が来るかもしれないという話になっている。
 深部体温が上がり気味で、水を飲んで冷やさなければならない状態ではあるが、寝苦しいとか、冷房がないと生きていけないというほどには、暑くない。
 簾に水を掛ける点滴装置も、準備はしているが、まだ使っていないぐらいである。
 冷夏とは言わないが、ようやく、例年並の夏になったという事であろう。
 太陽活動は相変わらず低い状態にあり、数年のタイムラグで反映されるとなると、向こう数年間は例年並、その後はもしかしたら冷夏という事になるかもしれない。


[2011.7.31]
 高速道路無料化を悪用する車両が多いので見直し?
 現在の高速道路無料化は、東北地域のインターチェンジから入った中型車以上の車両はどこのインターチェンジから出ても無料になり、どこのインターチェンジから入った中型車以上の車両でも、東北地域のインターチェンジから出れば無料になるという制度である。
 この制度によって、出発地と目的地の間に、東北地域のインターチェンジを挟んで出入りを入れることで、遠回りになっても、高速道路利用料金を無料化できるという状態になっている。これを、悪用だと主張しているのである。
 そもそも、これらの制度の財源は、ガソリンに掛けられている揮発油税であり、中型車以上の車両はディーゼルエンジンを使用しているのが普通であり、ガソリン揮発油税を負担していない。受益者負担の原則からかけ離れた運用となっている。これこそが税金の悪用である。
 地域限定の無料化によって遠回りする車両が出てくる事は、燃料代と運転手の時間賃金の合計が無料化によって節約できる額面を上回れば、合理的な行動として実行される事であり、なんら、違法でも悪用でもない。
 思い付きが思い通りにならないから悪だと決め付けるのは、幼児性の現れであろう。
 この日記では、高速道路の国道化について、ディーゼルエンジン使用車両に対しては、揮発油税の割り増し分に相当する金額を軽油に負荷して財源にするべきだと主張している。
 高速道路の完全国道化は、財源の無いバラまきである子供手当てや、携帯電話やEメールを駆使して反対運動を繰り広げている郵政民営化廃止運動とは、現実の変化にしても、財源にしても、それがもたらす経済効果にしても、明らかに違う政策である。自民党が、子供手当てと一緒にして廃止させようとしているのは、今の自民党が道路族の自民党であり、道路族の利権である燃料課税を勝手にやられるのは困るという面子の問題でしかない。
 夏休みに入り、円高なのに、ガソリンが値上がりしている。フリー客を当てにした例年の事であるが、今年は、売り上げがまったく伸びていない。休日1000円乗り放題がなくなった為に、道路も渋滞が発生しないぐらいに空いている状態である。


[2011.7.30]
 スペインで総選挙になるかもしれないという話。
 9月末ぐらいに解散して、11月に総選挙という話らしい。スペインの地方自治体が抱え込んでいる負債を明らかにして、前政権の失策を叩く以上、それは、当然総選挙によって息の根を止める所までやらなければならない。中途半端な結論では、その後に、身動きが取れなくなる。
 それにしても、アメリカも欧州も日本も、目先の金繰りだけで一杯一杯で、将来の展望がどこにも出てこないというのは、政治家の質と能力が、それだけ低くなってきているという事なのであろう。
 日本の場合、無能を絵に描いたような宰相が2代も続いているので、その他の議員が相対的にマシに見えているようだが、能力の絶対値で言うと、平均未満である。
 無能である事に気がつかないのは、政治が地域独占であるからであろう。加工貿易で飯を食わなければならないのに、国際的な競争を支援せずに、妨害するばかり。たまにやろうとすると、為替レートを動かそうとか、知的財産権の強化に名を借りた独占体制の促進といった小手先の策で、競争促進策とは程遠いばかりか、金ばかりかかって効果の無い話ばかりとなる。
 ガラガラポンをしなきゃならないんだが、そのための構想すら、自力では出せないという県議レベルの能力しかないのであった。県議ならば、まだ、頭を下げる度量もあるが、国会議員になってしまうと、たかだか当選4回程度で首相を勤められると勘違いするぐらいである。


[2011.7.29]
 中国の高速鉄道で発生した事故の原因は人災?
 本来後発の筈の列車が先発していたのが、きっかけだったようである。
 線路上を走っている列車のIdentification(Transponder)が未実装で、列車管制は、ダイヤ通りに運行していると認識していたが、実際には、後発の筈の列車が先行し、先発の筈の列車がその後ろを追いかけていた。
 二つの列車のうち、先発の筈なのに後ろ側から追いかけていた方は日本の新幹線の車両をぱくった物で、高速走行が出来る。ダイヤから遅れているのだから、その遅れを取り戻そうとして、性能上限一杯で走行していた。二つの列車の距離が接近した時、列車管制は、二つの列車の距離を広げようと、列車番号で後発の側に減速を指示するが、それは、先行している側を減速させる事になった。
 全ては、列車の先発後発が入れ替わってしまった事から始まっていて、入れ替わった事の報告がどこかで消えてしまったという事らしい。だが、線路上を走っている列車のIdentification(Transponder)が無い事が、本質的な原因であろう。
 高速鉄道は、高速で走る。その分だけ、移動距離も広がり、線路網も複雑になる。当然、線路上に存在する列車の先発後発が入れ替わるという事も、頻繁に起こりえるとなる。そのような事態を想定しておかないと、一部の経路で遅れが出たときに、全線にその遅れを波及させる事になる。遅れから復旧させる時に、駅に止まって回復をまっていた列車に臨時ダイヤを割り当てたり、本来の列車番号を変更して、停止中に運行されていた筈の列車を消滅させて定時運行に復行させたりといった復旧作業のノウハウは、実際に、大規模な高速鉄道網を定時性を維持して運営している日本ぐらいにしか存在しない。
 在来線で10分も20分も遅れが出るような運用しかできないのに、高速鉄道になれば、4倍も5倍も速度が上なのだから、同じ遅れで影響がでる範囲がそれだけ広がってしまう。自主技術や自主運用を行うならば、身の丈にあった運用をする事である。
 日本の新幹線を買うという事は、機材だけでなく、そういった運営ノウハウをまとめて買うという事である。いろんな国から機材だけを買って、組み合わせて国産高速鉄道と言い張っている中国は、ノウハウを、お金ではなく、自国民の生命で購う事になっているのであった。


[2011.7.28]
 米鮮交渉が再開するかもという話。
 最後通牒をするには、交渉の機会がなければならない。交渉の完全打ち切り状態は、それ以上、国際関係が悪化する事は無いという意味で、平和な状態であったと言える。その平和な期間に何をするかが問われていたのであるが、北鮮は、事態を悪化させるだけであった。
 米国債上限問題において、連邦経費の削減という話が出ている。赤字国債の発行上限を上乗せしても、双子の赤字体質は全然変わらないわけで、それを何とかしないと、米国債は格下げされていく事になる。
 民主党政権において最大の削減ターゲットは米軍の経費である以上、米軍は、ここで大きな仕事をしなければならない。つまり、戦争である。手っ取り早く叩けて、どこからも文句の出てこない相手として、北鮮をやるという話になる。
 戦争は、米ドル高を演出する確実な方法でもある。
 バブルが崩壊しかかっている上にインフレで、高速鉄道でも事故がおきて統治に不安が発生している中国にとって、外敵との戦争は、有効な道具となりえる。
 米軍と組んで短期間で終わらせるにせよ、北鮮と組んで反体制派や敵対軍閥を戦場に送って消毒した上で和解するにせよ、どちらに転んでも、メリットがある状態となっている。北鮮の金王朝消滅後に、北鮮領域の黄海側を中国、日本海側をロシアの、委任統治領とするという事ならば、北鮮に対する多国籍軍による討伐プランは、安保理を通せるであろう。
 日本が地震と原発のメルトダウンによって動けない状態にある今ならば、南鮮は北鮮側にのみ注意を向けていれば良いとなる。哨戒艦撃沈事件や延坪島砲撃事件の落とし前として、金剛山や開城あたりを切り取って辻褄を合わせることができる。
 北鮮のみを対象とする花火大会を始めるには、丁度良いタイミングと言える。


[2011.7.27]
 はわっ。
 ねぼーんにゅ。o(>_< )oo( >_<)oじたばたじたばた
 ツールドフランスと大相撲を連荘していた疲れが出たのであろう。

 7.24の日記を修正。"しかし、その為に取った手法というのが、中国的であった。安全装置のような重たい物を外し、軽量化と称して部品や構造部材を肉抜きしたり薄物に替えたりして、軽量化していったのである。"を、"しかし、その為に取った手法というのが、中国的であった。安全装置のような重たい物を外し、国産化と称して部品や構造部材を肉抜きしたり薄物に替えたりして、軽量化していったのである。"へ。


[2011.7.26]
 ギリシャ国債の格付けがデフォルト寸前の評価に。
 ちょっと早すぎるかな。デフォルト後のギリシャをどうするかが決まっていないのに、勝手にデフォルトにされてしまうのは、困る。かといって、市場側が催促しなければ、時間を浪費しながら赤字を増やすだけとなる。
 ユーロ圏共通債券の話は、まだまだ先が長く、今すぐにどうこうできる話ではない。なにしろ、償還不能時には国土を差し出せという条項がないと、回収不能なだけになるから、簡単に合意は形成できない。
 ユーロ圏共通債券の成立よりも先にギリシャ国債がデフォルトした場合、デフォルト後のギリシャを維持するお金は、どこから都合をつけるのであろうか。
 過去の負債はデフォルトによって踏み倒せるが、以後、誰も金を貸してくれなくなる。ユーロに残るのであれば、緊縮財政と増税によって、プライマリーバランスを無理やり維持しなければならなくなる。
 ユーロから脱退してドラクマを引っ張り出しても、緊縮財政と増税が出来なければ、紙幣が重さで取り引きされるようなハイパーインフレになるだけであろう。
 ギリシャだけで済むならいいが、ギリシャ国債が踏み倒されれば、それを抱え込んでいたユーロ参加国の金融機関や年金基金は多額の欠損を計上する事になり、それらの属する国家は、その年度以後の繰越欠損金によって、長期間の税収欠損を蒙ることになる。国債を発行して穴を埋めるという手段は、ギリシャ国債をデフォルトさせてしまった以上、通用しない。緊縮財政と増税の嵐が吹き荒れる事になるのであった。
 財政破綻国は国土を切り取られるという落とし前のつけ方以外に、経済危機を避ける方法は無いというコンセンサスを作ろうとし始めた矢先に、デフォルト寸前であると喧伝されるのは、果たして効果的なのか逆効果なのか。
 このまま破綻まで放置されるのであれば、国土の切り売りを飲ませる為の駆け引きに、格付けが使えなくなった事になる。格付け会社は、そういうことに巻き込まれたくなかったのかもしれない。あるいは、格付けを乱高下させてjunk債の売買で儲ける仕込みなのかもしれない。両極端な解釈が出てきてしまうという点で、目立たず、でも、着実にというリサーチ屋としては減点である。

 昨日の日記を修正。"水と安全が確実な国を作れないというのは、失政以外の何物でもないのだが、その失敗を指摘すると、不満分子として粛清されてしまうという状態では、何万年たとうとも、文明国家にはなりえないのだが、自覚していないのであろう。"を、"水と安全が確実な国を作れないというのは、失政以外の何物でもない。その失敗を指摘すると、不満分子として粛清されてしまうという状態では、何万年たとうとも、文明国家にはなりえないのだが、自覚していないのであろう。"へ。だがの重複。


[2011.7.25]
 中国の高速鉄道の事故処理。
 禄に検証もせずに、高架橋にぶら下がっていた車両を付き落とし、下に転落していた車両と一緒に、バックホーでよってたかってつつきまわして転がし、埋めてしまった。
 さすが中国。事故検証も証拠物件も一切必要ないし、遺体の回収すら必要無いという事であろう。つつきまわしているうちに遺体が零れ落ちてきたら回収するが、出てこなかった分は車両を棺桶にしてしまっている。
 政府発表が真実で、真実を作るのに事実は必要無いという、全体主義国家ならではの処理方法といえる。死者も航空機と違って名簿が無いから、乗っていないと言い張れば、行方不明で終わらせられる。損害賠償をしなくて済むわけである。それでも噛み付いてきたら、不満分子として粛清してしまえばよい。
 邪魔な事故車両の撤去が終わり次第、運行が再開されるという話も伝わってきている。誰が乗るのであろうか。
 中国では、旅行するのも命がけである。
 水と安全が確実な国を作れないというのは、失政以外の何物でもない。その失敗を指摘すると、不満分子として粛清されてしまうという状態では、何万年たとうとも、文明国家にはなりえないのだが、自覚していないのであろう。
 中国が文明国になるには、一党独裁を終わらせ、民主主義体制にするのが必要条件であり、手段となる。十分条件であり目的となるのは、民度を上げる事である。
 それまでは、高速鉄道も、民度に見あった速度で運行する事である。中国の在来線は、50Km/hで運行されているという。日本が満州に引いた満鉄は、平均時速80Kmだったと聞く。つまり、当時の日本人に比べて、中国人は現代にいたっても4割も低能と考える事が可能となるのであった。


[2011.7.24]
 中国の高速鉄道で追突事故。
 中国は、日本から導入した高速鉄道を独自技術だと言い張っている。その根拠として、日本よりも高速で運転しているというのがある。高性能化されているので、導入元の新幹線とは別物であると主張しているのだ。
 しかし、その為に取った手法というのが、中国的であった。安全装置のような重たい物を外し、国産化と称して部品や構造部材を肉抜きしたり薄物に替えたりして、軽量化していったのである
 当然、安全性が犠牲になっている。部品や部材は、長期間の営業運転を行っても、十分な耐久性・強度を維持するように、わざと重たく、頑丈に作られている。耐久性・強度を維持したまま軽量化するには、使用する素材を、より強度の高い高張力鋼にしたり、チタン合金にしたりといった、とてつもなくお金のかかる改良をしなければならず、経済合理性と天秤にかけて、少しずつ変化させていくという状態になっている。
 しかし、中国は、素材を変えるというコストのかかる手法を使わずに、耐久性・強度を犠牲にして、軽量化して低コスト化と高速化を実現したのである。だから、すぐに壊れて整備が必要になり、定時運行ができなくなっている。
 落雷によって停車した列車に、後続列車が追突するという事故が発生しているが、新幹線ならば、前の列車が停車すると、後続列車は、中央管制室のコントロールによって減速し、または、停止して、列車間隔を維持する。
 通常、鉄道は、一定の距離毎に線路を区切り、その区間内には常に一編成だけしか列車が存在しないようにするという閉塞区間という安全確保の手法が取られているが、この閉塞区間の一区間の長さは、主に、列車の運行速度と平均編成長と信号の処理速度によって決定される。中国版高速鉄道の営業運転速度は、日本との契約においては最高速度250km/hであり、閉塞区間の設計長も、時速250km/hを前提にしている。したがって、閉塞区間の長さを変える全路線規模のレール絶縁区間の切り直しをしない限り、250Km/h以上の速度で運転すると、追突事故が発生する可能性が高くなる。閉塞区間二つを一つの区間とみなすという便法があるが、これをやるには、集中管制のソフトウェアを改造しなければならず、この部分で、中国人がまともなソフトウェアを作っているわけが無いのであった。
 さらに、高速での走行中に信号や標識を運転手が見分ける事は不可能なので、中央管制室から、速度や停止の指示が送られてきて、それにしたがって操作を行い、または、操作が行われなければ、勝手に指示を実現してしまうようになっているのだが、中国では、閉塞区間による全線
管制という新幹線の一番重要なノウハウを真似せず、ダイヤ通りに走っていれば追突事故は発生しないという前提でやっている可能性もある。
 200km/hを超えると、人間の目で信号や標識を読み取るのは、短時間ならば可能であるが、運行時間中、ずうっと読み取り続けるのは、不可能である。よって、閉塞区間によって列車の位置情報を常に中央管制室で監視し、それぞれの列車に速度を指示して列車の間隔を維持するというのが、新幹線の安全技術の基本点であり、この技術を丸ごとパクらない限り、高速鉄道の安全運行はできない。速度を指示する方法の中には、列車を外部から止めてしまう命令も含まれており、新幹線が、完全独立軌道で、通信線も含めて、隔離された環境で運用されるようになっているのは、この為である。
 TGVやそのパクリである南鮮のKTXや中国の高速鉄道は、隔離された専用軌道ではない在来線部分も走るようになっており、外部から列車を強制停止できる機能が組み込まれていない。日本のミニ新幹線(中国に輸出されたバージョンは、これから中央管制室からの制御機能を取り除いた物である)では、専用軌道を出た時点で操縦系統を切り替え、中央管制室からのリモート制御が不可能になり、TGVと同じように、運転手が停止させなければならなくなる。このため、デッドマンスイッチのような、運転手が急死した時に自動で止まる装置を搭載するとなっている。正規の新幹線は、運転手が急死しても列車は走り続けるが、指定の減速操作がされないと、異常事態が発生したと判断され、中央管制室の操作によって駅に止まる。駅員が運転席を確認して、初めて、運転手の死亡が発見されるとなる。
 落雷によって停止した列車が発生した時点で、後続列車に対して、速度抑制の指示が出される筈なのに、中国の高速鉄道では、その指示が、何らかの理由で発効しなかった。中央管制室が指示を出すのを忘れたのか、運転手が聞き落としたのかはわからないが、このような安全性に係わる重大な欠陥を複数、放置して、高速運行を続けているという点で、中国らしいと言うしかないのであった。
 高速鉄道を導入したいという国家は沢山あるが、正規の新幹線ではなく、ミニ新幹線やTGVのような安全性に問題のある欠陥品を導入したがるのは、何故なのであろうか。


[2011.7.23]
 Selective Default.
 選択的債務不履行と翻訳されている。これは、破綻処理において、賃金や担保付負債のような優先債権と無担保負債や売掛金のような劣後債権が発生するように、債券においても、優先債券と劣後債券とがあるという場合に、優先債券のみ償還し、劣後債券は不履行にするという場合に発生する。
 これは、あの悪名高きCDO(Collateralized Debt Obligation、債務担保証券)において発生した悪弊である。
 CDOでは、低金利だけど優先的に償還されるシニア債、少し金利が高いけど、もしかしたら償還されないかもしれないメザニン債、そして、高金利だけど償還されないリスクが高いジュニア債というように分類されて、販売されていた。質の悪い債務であっても、束にして償還可能性においてランク付けをすることで、優先償還が設定されているシニア債にはAAAの高格付けをつけられるという格付け偽装債券が出回った。この格付け偽装債券において、ジュニア債がデフォルトしたけど、シニア債やメザニン債は償還が可能と言うときに、Selective Defaultとなる。普通は、債務の毀損が想定以上になった時点で、債務者全体に対して一定割合でのヘアカットを要請してデフォルト処理となるのであるが、償還可能性に対してクラス分けを前もってしてあった債券においては、リスク負担者が最初から決まっている事から、Selective Defaultという概念が発生したのである。
 さて、ユーロ危機において、Selective Defaultという単語が使われている。これは、破綻国家の国債がデフォルトしても、ユーロ債全体においては、高格付け部分のドイツ債やフランス債はデフォルトしないという事である。
 ギリシャ国債がSelective Defaultするという言い方は、間違った表現であり、翻訳ミスであろう。そもそも、ギリシャ国債には、担保付とか、優先償還といった、償還可能性に対するトランシェはつけられてない。償還期日が複数あるので、特定の期間に償還期日が来る分だけ踏み倒されて、残りの分は償還されるというやり方が想定されているのかもしれないが、このようなやり方をすると、以後、特定の期間の設定が恣意的になる為に、全ての国債を手放すという行動が取られる事になり、国債発行が不可能になる。ヘアカットが適用された場合、ヘアカットされた金額に、償還期日までの期間の金利を差し引いたのが、実際の配当額になるというやり方で、デフォルト処理はなされるのである。
 ギリシャやポーランドの国債が、ヘアカットされたり、強制的に償還期日が先の国債に差し替えられたりすれば、その時点で、それらの国債はデフォルトであり、ユーロ債全体に対しては、Selective Default状態となる。
 国債は、各国が国債を持ち合っていたり、資本に組み入れられていたりするので、contaminationによって、破綻国家以外の国家においても資本の欠損が発生し、リーマンショック直後の市場において発生したような、一時的な資金の枯渇、流動性の消滅が発生する可能性がある。これが、Selective Defaultの危険性である。破綻国家がどうなろうとかまわないが、それが、自国経済にも波及してくるという事で、それを回避する為に、首脳が集まって会議を開いたのであった。
 今回の首脳緊急会議においては、それを避ける為に、目の前の償還分の償還に必要な金額を積み上げるという事で合意しただけである。新規国債を発行して、その売り上げで借り替えるという市場を使った手法をすると、高金利を強いられて赤字が雪だるまになる事から、ユーロ加盟国が資金を出して、市場の代わりに償還資金手当ての為の国債を買い上げるという状態になっているのである。
 ユーロ加盟国は、その資金を自国の国債を発行して市場から集める。ギリシャやポーランドの国債を持っていた投資家は、償還を受けたお金で、それらの黒字国家の国債を買う。破綻国家は低金利で国債を売れた事になり、金利の負担を低減できる。ユーロ加盟国が抱えこむ事になった破綻国家の国債が償還されれば、表面的には問題はないのであるが、実際には、この償還の可能性が著しく低いと市場は判断しているわけで、普通のやり方では償還は不可能となる。
 Selective Defaultの解消は、デフォルトした債券の処理が終わった時点である。デフォルトした債券を紙くずにする手続きが終わり次第、Selective Defaultは解消される。デフォルトした債券を紙くずにする手続きとは、満額の償還は不可能となったので、ヘアカットされた残余が配当されるという事である。しかし、債権者が国家になった場合には、額面に足りない分は、国土を切り取って回収するという話になるであろう。債券が、額面とはかけ離れた現金に変わった時点で、債券のデフォルト処理は終了となり、この後に、破綻国家の破綻処理が行われる。
 自己破産者が破産によって借金を踏み倒したというデータは、信用機関においては7年間、実際に踏み倒された金融機関においては永遠に保存されるとされているが、破綻国家が再び国債を発行して市場から借金をできるようになるには、何年間のクールダウン期間を置くべきであろうか。いっそのこと、破綻国家は地上から消滅させ、それらの地域に生きている人々は、その国土を継承した別の国家の二級市民にされるという方が、分かり易いかもしれない。


[2011.7.22]
 ユーロ圏共通債券が実現するかもという話。
 実際の会議は、小出しの金融支援が決まっただけであるが、これは時間稼ぎでしかない。いずれやらなければならない事として、ユーロ圏共通債券による赤字国債の発行を不可能にするというプランが検討の対象となったらしいという話である。
 7.16の日記で、政治経済において同じ制度に統一された後の話であると書いたが、別の要因から、ユーロ圏共通債券が実現する可能性が出てきた。
 現状、ユーロ紙幣の印刷は、監査によって枚数が限定されており、お金が足りないからという理由で勝手に刷る事はできない。そこで、ギリシャやアイルランドやポルトガルは、国債を発行する事で、足りないお金を補ってきた。この赤字国債が償還が不可能な規模にまで膨らんでしまった事から、ユーロの危機となっている。
 で、ユーロ圏共通債券が実現すると、ユーロ紙幣と同様に、その発行量も監査によって限定され、無節操な赤字国債の発行をやめさせられるという話なのである。
 ユーロ圏共通債券になれば、投資対象としては、ギリシャ国債やアイルランド国債やポルトガル国債といった区分がなくなり、ユーロ債に統一されるが、それらの国家は、財政赤字を補う為の手段が無くなる事になる。
 ユーロ圏共通債券が実現すれば、赤字国家は過去に発行した国債の償還義務が低減され、投資家もデフォルトしないという事になるが、将来的に、赤字国家は金詰まりが激しくなり、大幅な緊縮財政を強いられる。公務員の解雇や年金の減額、社会保障の大幅なカットをした上で増税といった対策をしなければならなくなるであろう。
 ユーロ圏共通債券は、過去に発行した赤字国債の償還義務を軽減できるという点で、財政破綻国にとって有利に見えるが、将来を考えると、以後、国債発行が事実上不能になり、借金できなくなるという事で、とんでもない話となる。もし強行されるのであれば、その先は、財政破綻国が、地域通貨として、ドラクマやアイルランド・ポンドやエスクードを復活させるという話になるであろう。
 日本においては、江戸時代中期以後、秤量貨幣や本位貨幣では重たいし、その都度鑑定しなければならない、銅銭は額面が小さい為に、多額の取り引きには向かない、ということで、藩札と呼ばれる地域通貨の兌換紙幣が発行されていた。本位貨幣と地域通貨との同時使用は、決して不可能ではない。しかし、この貨幣の二本立ては、兌換紙幣と言いつつも、兌換可能性を把握しているのは藩札の発行者だけであり、赤字財政に歯止めが利かなくなり、幕藩体制の維持が不可能になっていく元凶でもあった。
 ユーロ圏共通債券の実現によって、毎年の財政赤字を埋める国債の発行という手段を奪われた財政破綻国は、ユーロという本位貨幣に対し、補助貨幣という建前で、旧貨幣を発行・流通させるようになる。そしてそれは、ゆるやかに、統一貨幣から離脱させる事になるという展開である。
 この通貨二本立てのメリットは、財政破綻国にとっては、補助貨幣はいくらでも刷れるし、補助貨幣とユーロとの交換比率は、補助貨幣の発行主体が恣意的に決められるという点にある。黒字国にとっては、ユーロで面倒を見なければならない負債が限定される事と、以後の赤字国債の発生が原理的に消滅するという点にある。国債を買っている投資家は、財政破綻国がユーロから脱退したわけではないので、既存国債はユーロ全体が裏書きしてくれる事になり、デフォルトの可能性が無くなるという点にある。
 ユーロ圏共通債券が実現した場合、実務的には、それぞれの国家の償還可能性に応じて、発行額が強制的に割り当てられる事になる。国債を発行する必要が無い国家でも、割り当て分を発行しなければならず、発行直後に買い戻したとしても、手数料分だけは損をするという事になる。さらに、破綻によって償還不能になった国家に対するペナルティとして、たとえば、国土に対して租借権を設定するといった債権回収の為のルールを押し込む事が必要となる。このペナルティは、既発未償還国債の残高に対しても適用されるという事で、財政破綻国の国土を切り取るという事になるのであった。
 デフォルトにはならないし、短期的にはユーロのメンツも保てる。長期的には、財政破綻国に自発的にユーロから離脱してもらい、さらに、国土を租借地として差し出させる事で、破綻処理を終わらせられる。ユーロ圏共通債券の導入は、この手段として出てくる可能性が高くなっているのであった。


[2011.7.21]
 提言における無責任さ。
 世間に向かって言説を披露するという事は、自身の能力・見識を批評の場に晒すという事である。
 インターネット以後、誰でも世間に向けて発言できるようになったが、当然、責任と覚悟が必要となる。この責任と覚悟が見られない発言が、かなり目立つというのが表題である。
 無名・有名を問わず、世間に向けて発言すれば、その内容によっては、叩かれるし、炎上する。
 インターネット以前では、編集者やデスク、ディレクターといった立場の人が検閲をして、場合によっては編集権を行使していたが、それらの立場の人々が、能力・見識において上等かというと、とんでもない事であったのがバレたのが、インターネットの効果である。それは、能力・見識が高いのではなく、独占によって評価対象が無い状態に置かれていた為に、能力・見識が批評の対象にならなかっただけなのである。
 インターネット以後、それらのメディアが凋落したのは、実力通りの結果であって、インターネットのせいではない。インターネット以前の方が幸せだったのは、独占していた側の人々だけである。独占が無くなって競争が厳しくなれば、実力の無い人や衰えた人は、没落していくだけである。
 で、言説のリーダー的立場にいたメディアの能力・見識が著しく低い事から、それを手本にしてきた大衆の能力・見識も、同じように低い。だから、インターネットという場において自由を与えられると、恥を晒すバカばかりという事になる。
 IMFですら、日本の復興の為には増税してばら撒くべきだというケインズ主義の提言を出しているくらいだから、世界的にみて、能力・見識のトップというのは、あまり高くないのかもしれない。
 では、提言の内容が良ければ、諸手を上げて賛成してくれるかというと、そうとも言えない。真実ほど人を激怒させるものはないという金言があるのは、正しい事が正しいからという理由だけで力を持つとは限らないという事である。多くの人が、それを是とし、多数派の意見になるまで、しつこく主張し、待たなければならない。主張しながら待つというのが、提言という手法の本質であり、多くの人に理性的で合理的な変化を起こす為の、唯一の手法といえる。無責任であるというのは、強制しないという事の裏面でもある。
 能力・見識において問題のある発言は叩くべきである。しかし、その内容に、正しい所があるならば、それを取り込むべきである。
 多数派を形成するには、間違った主張をしていた人が、メンツを保ちながら転進するのを待たなければならない。そういう人々をも取り込むのが、多数派を形成するという事であり、本当に世の中を動かそうとしている人ならば、転向者が増えることを待っている。
 ただし、転進するのを待ってくれるのであれば、ぎりぎりまで引張った方が良いというのが出てくる事がある。どこかで足切りをしなければならないし、その転回点までに転向しない者は、時代遅れの不適合者として、切り捨てるという事になるというのは、今も昔も変わらない。
 転回点を見極める能力が高い人が多ければ多いほど、変化が非線形に起きるという事もありえる。


[2011.7.20]
 月曜日に、スクーターのメンテナンスをやった。
 後輪タイヤにスリップマークが出ていたので交換しなければならなかったのである。
 3.00-10のタイヤを1350円で買ってきて組み付ける。10インチのタイヤは小さいし軽いので、ムシ外しもビートワックスも必要無い。マイナスドライバーをタイヤレバー代わりにして、体重をかけるだけでビートを落とせるし、タイヤの脱着もできる。しかし、ビート出しの空気を入れる時だけは、ガソリンスタンドの空気入れを使わせてもらわなければならない。自転車にタイヤを積んで、ガソリンスタンドまで行かなければならない。
 12Vで動くコンプレッサーを購入するというのは、だいぶ前から考えていたのだが、ビート出し以外に使わないというのが最大の問題点である。タイヤの空気圧は、ガソリンを入れる度に、ガソリンスタンドの空気入れを借りてやったほうが確実なので、コンプレッサーを買う必然性が薄い。
 排気管とエンジンのつなぎ目に当てていたガスケットが一部切れていたので、ガスケットシートから現物当てで切り抜いて当て直すという作業も必要であった。排気圧で切れたのであろう。切れ目が排気カーボンで真っ黒になっていた。固着してしまっていて、外す時に切れた場合には、切れ目は綺麗なままになっている筈である。汚れていたということは、切れ目から排ガスが漏れていたという事である。
 ガスケットは、150mm×150mm×0.8mmのガスケットシート一枚から六枚切り出せるが、リアタイヤ交換毎に一枚ずつしか使わないので、ようやく、半分に減った所である。
 ブレーキシューもストックしてあった新品と並べてみて、減り具合を確かめるのであるが、後輪はほとんど減っていない。停止する時と、坂道で停止中に動いてしまうのを防ぐ為にブレーキレバーストッパーを使う時以外は使わないのだから、減っている方がおかしい。
 これまで使ってきた2st用のエンジンオイルは値上げされていたので、別の製品を探さなければならないようである。毎年、1リットルの缶を2本買っていたのだが、今年は1本だけにした。近所のホームセンターで、安くて性能の良いオイルを探すつもりである。
 それらをやり終えるだけで、海の日は終わってしまったのであった。蚊に7ヶ所食われていた。


[2011.7.19]
 金相場が史上最高値を更新。
 GC:CMXの期近(8月渡し)で1トロイオンス(31.1034768グラム)あたり1607.7ドルまで上がった。長期物の決済月である12月渡しだと1609.7ドル、同じく来年の6月渡しだと1613.3ドルまで上がっている。
 1グラムあたり4000円ぐらいであろうか。
 それにしても、上がったものである。
 金本位制には戻れないが、株や債券や現金よりも、純金の方が信用できるという状態は、不換紙幣制度や資本主義制度が存在する経済としては、明らかに不健全である。
 この不健全な状態は、法制度の度重なる改正によって発生している。良かれと思って改正してきたが、その結果が、財政は破綻し、企業活動は低迷するという現状である。
 富を生み出し、生み出した富を技術開発に注ぎ込んで、市場を広げていくというサイクルに戻さないと、経済は縮小するばかり、財政赤字は増加するばかりとなる。
 技術開発が割に合わないようになっているから、お金を土地転がしのような富を生まない分野や、保険といった、損失を減らすといいつつ、時間軸効果を得ているだけで、手数料分だけ損という、無駄なお金の使い方が増えている。そういう使い方を正当化させる方向に、法制度がさらに捻じ曲げられているのである。
 この状態を治すことこそが、政治に求められているのであるが、そういった構想を持っている者は皆無のようである。
 このグダグダは、まだまだ当分続くということで、純金の先物は、かなり先の方まで値上がりで揃っているのであった。という訳で、空売りしていた人達が泣きを入れても、市場はどうにもならないのであった。諦めて踏み上げてもらうしかないのであった。


[2011.7.18]
 福島産の畜肉からセシウム。
 暫定規制値を上回っているという話であるが、暫定規制値というのも、本来安全とされるレベルを上回っているので、基本的に、あのあたりで生産されている食べ物は、全部危ない。
 メルトダウンした頃に野積みしていた稲藁を餌に使ったからという説明がされているが、稲藁に付着するような物質は、呼吸に伴って肺に取り込まれているであろうし、水にも混じっている。
 下水の処理汚泥が低レベル放射性廃棄物になってしまっていて、廃棄できずに困っているように、植物も動物も、放射性物質を取り込んでしまっているのである。
 放射線に晒されると、遺伝子の切断と修復の頻度が上昇する。この頻度の上昇は、一過性であれば、細胞活性化の効果が見られるが、継続すると、修復エラーが多発しやすくなり、癌化のリスクが高まる。
 あのエリアで、癌発症のリスクが統計上有意な数値としてあらわれるのは、時間の問題といえる。
 医療費に対してどれほどの負担になるかが問題なのだが、あの地域の癌患者の全てを福島第一のせいであるとするのは、難しい。メルトダウンをしていなくても、原発が運転している間に漏れ出ていた分があり、影響を与えている筈なので、その分との区別が難しい。アメリカやフランスや中国やソビエトの核実験でばら撒かれた放射性物質の影響は、世界中にばら撒かれている為に、癌の統計上の平均値が上昇していて、基準が存在しない状態になっている。
 とりあえず、低レベル放射性廃棄物となってしまっている下水汚泥や食肉の余計にかかった処理費用は、東京電力に請求する事になるであろうし、癌患者の増大に伴う医療費についても、放射性物質の飛散地域・高濃度汚染地域に滞在した事が明らかな人が癌患者になった場合には、相応の負担を求める事になるであろう。
 問題処理にどれだけの時間と手間がかかるかと考えると、げんなりするばかりである。しかも、この問題処理は、富を発生させないばかりか、労力を浪費するばかりという、後ろ向きの活動となるのであった。


[2011.7.17]
 釣りガール?
 女性が魚釣りをするという話である。別にやっても構わないのだが、きゃぁきゃぁ騒ぐのだけは、やめてもらえないであろうか。
 魚を釣るということは、その魚を殺すということで、食べるということである。
 他の生き物の犠牲なくしては一日足りとも生きていけないという現実と向き合うのが、狩猟であり、採取である。獲物を取れて嬉しいというのは、当然であるが、相手の命を奪うという事に対して、真摯であるべきであろう。
 目の前の事にしか意識が向かないというのは女性の特質であるが、他の生き物の命を奪って喜ぶ姿を見た人が、どう思うかまで考える事ができないものであろうか。
 まぁ、数珠を手に、活け〆の度に六字念仏を唱えろとまではいわないし、それは、かえって嫌味になる。だが、心の中で、感謝と成仏を念じるという思いやりがあれば、見苦しい騒ぎ方はしないであろう。
 そうなると、映像にする意味が無いというのもあるのだろう。芸も見た目もとりえの無いタレントを売り出す手段として、釣りという趣味の世界を開拓しているのであろうが、殺生をしている姿を撮られて放送されて喜ぶというのは、理解できない感性である。


[2011.7.16]
 ユーロ圏共通債券。
 通貨は統一されているのに、国債はそれぞれの参加国建てになっているのを、中途半端だから、ユーロ圏共通債券を発行するというプランがでているらしい。
 ユーロ参加国の国内法や税制には、未統一の部分があり、それが、ドイツのような黒字国と、ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペイン、イタリアのような赤字国との格差を広げる原因となっている。
 通貨を統一するよりも、制度を統一する方が先なのだが、通貨の統一が先に始まってしまっている。
 制度がバラバラで、財政赤字の度合いもばらばらなのだから、赤字財政を取り繕う為に国債を発行する時に、その返済義務を他国に押し付けられるのであれば、限度額一杯まで赤字国債を発行し、無駄遣いをした方が良いとなる。それを防ぐ為に、国債は国家毎に分けたままとしていたのに、その配慮をやめるべきだという意見がでているわけである。
 2年債で、ギリシャは年利33.07%、アイルランドは23.12%、ポルトガルは18.53%なのに、ドイツは1.21%である。ユーロに参加していないイギリスは0.70%であり、本来ならば、ドイツはイギリスよりも金利が低くなって当然なのに、1.5倍の高利率になっているのは、ユーロに参加しているということがもたらすハンディキャップであろう。
 借りた金は返すという事と、身の丈にあった暮らしをするという事だけなのに、それを実現する事が、なんと難しい事なのであろう。民主主義において、多数派が衆愚となってしまうと、事態は、予想を越えた悪化を見せる。
 ユーロ圏共通債券は、ユーロ参加国の全てが政治経済において同じ制度に統一された後で、ようやく検討が始まるという性質の物である。


[2011.7.15]
 ムーディズが米国債の格付け見通しをネガティブに。
 格付け見通しは、将来の方向を予想するモノであり、ネガティブになったからといって、すぐに引き下げられるモノではない。が、日本国債が、ネガティブになってから1年後に、実際に1段階引き下げられたというのも、紛れも無い事実である。
 税収を上回る赤字国債を二年連続でやれば、プライマリーバランスどころか財政破綻へまっしぐらと判断されて引き下げられるのは当然である。
 問題は、他国が、それ以上に酷い状態で、悪化する速度という点では、相対的にマシな方になってしまっている為に、危機感が薄いというところであろう。
 米国債を引き下げるよりは、それ以外の国債の格付けを一ランクずつ引き上げるという手法が取られと予想していたのだが、ここに来て、いよいよそういう手段も取りにくくなってきているという事であろう。
 ユーロも米ドルも総崩れ状態であり、回復させようにも、当事国の国民の多数派が回復させる事を拒絶している状態であれば、格付けを実際に引き下げていくしかないとなる。
 基軸通貨不在時代は、意外と早く来るかもしれないのであった。


[2011.7.14]
 日本が脱原発?
 まだ政権についていたのかという印象が先であったのだが、本当に、余計な事しかやらない。日本で政権交代が起きれば、外電に流れてくるだろうから、それが未だに流れてこないという事は、相変わらず迷走しているという事だと思っていたが、予想の斜め上を行っている。
 福島第一のメルトダウンは、原子炉の問題ではなく、それを運営していた電力会社の問題であり、脱電力会社とやるのがこの問題の筋道の通った解決方法だというのに、原発廃止を打ち上げている。
 電力会社を潰す一番の近道は、損害賠償の確定判決の積み上げであり、それこそが、被害者救済の唯一の方法である。それを実現する為に、司法関係者に働きかけるというのが、法と秩序のある国家の運営を委ねられた政府の仕事だというのに、それを怠けるばかりが、先頭に立ってあさっての方向の努力をしている。しかも、本人は、被害者の為、国民の為になると信じているというのだから、救いようが無い。周りに居るのも、同程度のキチガイという事なのであろう。
 問題解決に対して何の役にも立たないばかりか、混乱を引き起こすだけであるという現実を見ていないから、平然と地位にしがみついていられるのである。
 無能な働き者の実例と言える。
 原子炉そのものは、地震の揺れに耐えている。津波対策を取っていた原発は津波被害にも耐え、メルトダウンさせずに停止させられている。この事実を無視して、全ての原発を廃止するというのでは、努力していた所も、サボっていた所も、全部一緒にしてしまうということである。ダメな所に対してケジメをつけるのが先で、その後で、全体をどうするかというのが手続きである。
 世間の合意を形成するどころか、政党内や身内相手ですら、合意を形成するという事をやってこなかった万年野党だという自覚が無いのであろう。
 思いつきを言う前に、為すべき事をやるのが先である。万年野党ならば奇麗事を並べていれば良いが、政権与党はやるべき事をちゃんとやるのが仕事である。もっとも、それができないから、万年野党にしか居場所が無かったわけである。
 自分の手に余る事態だという自覚すらないという事で、歴代最低といわれていた村山内閣を超えた最低内閣の評価を、既に獲得しているといえる。
 下には下があるものである。
 脱原発よりも、脱民主党政権の方が先である。


[2011.7.13]
 NHK受信料制度等専門調査会。
 という委員会があるらしい。そこが、"NHKが現在放映している番組を、インターネットを介して同時配信する"べきだという答申をだすという話である。
 しかし、インターネットは国境も国籍も関係の無い、完全自由競争の環境であり、今の日本のマスコミに、そこで生き残れるだけの能力は無い。
 ネットユーザーがテレビや雑誌や新聞から離れたのは、それらのコンテンツの中身が、明らかに劣っているからである。海外のメディアに、明らかに負けている為に、日本人はテレビを見なくなり、雑誌や新聞を買わなくなっているのである。
 南鮮製のソープオペラにドラマ枠が食われている状態で、まさか、世界に通用するコンテンツ製作能力があると主張する気なのであろうか?
 NHK受信料制度等専門調査会は、NHKが、受信料制度によって支えられるに値するだけの価値があるかどうかという点を論じるべきであって、そこを論じずに、世界に伍していけると前提して、議論を進めてしまっている。現実を見ておらず、議論のスタート地点が根本的に間違っているわけで、お金と時間の無駄としか言いようが無い。こういう委員会こそ仕分けるべきである。
 同時配信する事によって、インターネットを利用している人全員から受信料を徴集するというのが当面の目的で、日本語や日本文化を世界に向けて発信する機関としての独占的地位を狙うというのが本音であろうが、NHKごときのコンテンツ製作能力で、世界に通用すると思っているのだとしたら、恥晒しでしかない。民放においては、広告代理店の企画提供が無ければ何もできないに等しいのだから、言わずもがなである。だいたい、利用者が望んでいないゴミを送信可能にしただけで代金を払えというのは、アダルトサイト利用料名目で現金詐取をする詐欺グループ並みの押し売り商法である。公序良俗に反する行為であり、反社会的組織として日本の社会から排除するべき企みである。
 テレビ局もラジオ局も出版社も、電波帯域の独占や出版取次に対する優先的地位といった独占要因にあぐらをかき、下請けが持ってくるモノを買い叩いていただけでしかない。著作者から権利を奪い取って著作権者となっただけでしかなく、著作権者として権利を振り回しているだけで、何も生産していないし、何も作り出せていない。この辺の体質は東京電力にそっくりである。
 標準日本語を日本国内だけでなく世界に広めるという点において、国営放送局は必用であるが、それがNHKでなければならない理由は、どこにも無い。NHKを、税金で運用されるニュースと教育だけのチャンネルと、娯楽目的のペイチャンネルとに分離するという議論をするか、あるいは、NHKは完全に民放化させて受信料徴集の根拠となっている法律を廃止し、新たに、国営放送局を作るかというのが、議論の出発点となるべきである。

 昨日の日記を修正。"米ドルの信認が崩れていっているのだが、ユーロの信任も崩れているし、日本円も政治が迷走しているので、消去法で米ドルの基軸通貨の地位は維持されるという判断らしいが、貨幣よりも物、株式よりも商品という流れは、国際経済の重心を動かしてしまう事になる。"を、"米ドルの信認が崩れていっているのだが、ユーロの信認も崩れているし、日本円も政治が迷走しているので、消去法で米ドルの基軸通貨の地位は維持されるという判断らしいが、貨幣よりも物、株式よりも商品という流れは、国際経済の重心を動かしてしまう事になる。"へ。誤変換。


[2011.7.12]
 米国債の発行総額。
 今年もこの話がでてきた。話がでてくる時期が徐々に早くなってきているのは、一年もつ筈の金額を増額しているのに、財政赤字の増加速度が加速していて、追いついてしまう為である。
 景気は低迷しているのに物価は上昇し、失業者数や無業者数は増えて行くばかりという状況では、財政赤字は増える事はあっても減る事はない。雇用と生産を増やすように、それらを妨げている法制度を改革しなければならないのだが、弁護士になるのが一番金になるサービス業優先の社会を作ってしまっている為に、実業優先の社会に転換すると、サービス業を選択した人生設計が間違いになるという事で、話が止まってしまっているのであった。
 今のアメリカの景気は、QE2に代表される財政出動によって支えられており、そのお金の出所である赤字国債が、発行残高制限に引っかかるという事で、景気が中折れするという予想が立っている。
 景気に敏感な株式市場から逃げ出したお金は、不景気とインフレに強い商品市場に流れ込み、いっそうのインフレを演出するという、困った現象を引き起こしているのであった。
 米ドルの信認が崩れていっているのだが、ユーロの信認も崩れているし、日本円も政治が迷走しているので、消去法で米ドルの基軸通貨の地位は維持されるという判断らしいが、貨幣よりも物、株式よりも商品という流れは、国際経済の重心を動かしてしまう事になる。
 先の事や全体の事が考えられなくなり、目の前にある請求書を何とかする事だけで精一杯になるのは、借金地獄に落ちた債務者の末路である。
 他人の不幸につけ込む事で利益を確保するサービス業にとっては、国家が不幸であることは最大のビジネスチャンスなのだが、社会のあり方として間違えている。
 米国債の残高上限を切り上げてばら撒きを続けるか、予算切れによる政府機関の窓口閉鎖(shutdown)を覚悟するかという選択は、どちらかといえば、shutdownさせて破綻再生手続きに入った方がマシなのだが、そこまで踏み込めるかというと、難しいであろう。
 日本でも、予算法案と財源法案を切り離すという手段を使った為に、予算法案は通っているが赤字国債発行法案は通らず、このままで行くと、shutdownになるという予想が出ている。雇用の消失による税収の減少と社会福祉支出の増大による予算の欠陥も表面化しつつあり、shutdownの時期は、早ければ9月中にも来るとなるのであった。年金や生活保護の支給がストップし、その層が隼町や議事堂周辺を埋め尽くし、政府与党の無為無策を糾弾する民衆蜂起となると面白いのであった。
 今なら、日本の民主党首脳部が暗殺されても、被疑者不詳で書類だけ送検して終わりになるかもしれない。


[2011.7.11]
 大相撲夏場所が始まっていた。
 前回限りで終わると思っていたネット中継が継続していたので、驚いている。
 どうやら、力士の待遇改善の為の資金集めに動き出すようである。
 土俵の充実だけでは、お金は集まらない。どんなに偉そうなことを言っていても、お金が無ければ民間では通用しないという事に、ようやく気がついたのであろう。お金が無くても大抵の事がやれるのは、法や規制を国民に強制できる政治権力だけである。
 スポンサー集めの為に企業を回るのに、大相撲協会のホームページをミラーして、世界中に本場所の取り組みを中継しないかというのは、話の持っていき方としては、かなり面白い。その話を受ける企業の側にとっても、お金の出し方として、かなり有意義な方になる。少なくとも、ほんの一瞬だけしかテレビに映らない懸賞幕に大金を注ぎ込むよりは、堂々と自社CMや宣伝テロップを挟み込め、実業団で活躍していた引退選手や引退力士をコメンテーターとして喋らせるという手も使えるようになるコンテンツサイトの取り込みの方が、大きな効果が見込める。視聴率が低下する一方の民放や雑誌にCMを出しても、効果は無いし、SNSやサーチエンジンに広告を出しても、ネットユーザーにとっては、必用な情報取得の邪魔をするデータにしかならない。魅力のあるコンテンツを提供する事でしか、ネットでは価値を認めてもらえないし、サラリーマンが業務命令でコンテンツを作っても、人を集めることはできない。
 コンテンツ製作は外注に出すしかないが、魅力的なコンテンツを独占するには莫大なコストがかかり、それを支払うことができないとなれば、複製がいくらでも作れるというネットの特性に沿った、ミラーサイトになってデータの公開に協力するという手法を取るしかない。
 ミラーの対象となるコンテンツは、スポーツだけではない。通信社のニュースや、交響楽団や劇団といったコンテンツも、それらがオリジナルのサイトで公開されているのであれば、ミラーサイトになることは可能である。
 オリジナルサイトから公式にミラーサイトであると認定して貰う事で著作権や肖像権問題はクリアできるし、その為に支払う金銭がクリエイターの収入となる(cf.[2002.4.12],[2004.3.8])事で、木戸商売や物質媒体商売といった、独占を前提とし、消費者を泥棒扱いする前時代的なコンテンツビジネスを終わらせる事ができるのである。
 広告代理店も、ミラーの仲介によって15%の口銭を取るという話に持っていけるようになる。出版社やタレント事務所が、代理店となるというやりかたもありえるし、サーバーのホスティング業者が、代理店業を代行するという話も十分にありえるとなる。貧弱なサーバーとコンテンツで満足している企業のwebサイトを、大相撲のストリーミングや他のスポーツのストリーミング等をミラーサイトとして抱え込めるだけの帯域と処理能力を持ったサーバーに変えないかと営業をかけるチャンスとなっているのである。


[2011.7.10]
 九州電力が業務命令でやらせメール。
 メールにしても、匿名掲示板のメッセージにしても、量が問題になるならば、それを偽装する方法はいくらでもある。バルクメーラーで2億通くらい送りつければ、日本の人口を超えているけど確実に多数意見を作れるわけであるし、自動書き込みツールもある。これらはツールモンキーレベルの児戯であるし、そういった現実を知らずに、それらの裏付けの無い発言を世論であるとカウントするのは、間抜けな事である。
 ネットを世論操作の道具として使いたければ、まず、ネット上に論壇を形成する事から始めなければならない。論壇があって、そこで行われている議論の趨勢が、結果的に世論となる。メディアが独占されていた時代には、論壇は出版社や新聞社が商売の為に作っていたが、メディアの独占がなくなり、それらの商業主義論壇がやっていた事が、単なる銭儲けの為でしかなく、世のため人の為になっていない事が暴露されてしまい、商業論壇は存在しなくなった。
 論壇がない状態で世論は、情報公開、反マスゴミ、ワンフレーズポリティクスという方向に進んできた。情報公開によって有権者が判断するというのは、情報公開によって、霞が関文学の詳細な実例や利権構造といった、既得権益層の存在とそれを温存する仕組みを明らかにした。それは、過去の諸制度に対する批判を掘り起こす結果につながり、反マスゴミ、ワンフレーズポリティクスへと進んでいき、ついに、無能な政治家は支持しないという風潮から、政権交代という結果になったが、政権交代の結果は、それ以前よりもさらに無能で恥知らずな愚物がのさばるという、どうしようもない結果となってしまった。
 政治家を育てるには、育てるに値する信用が無ければならない。政治家の側が、育てて貰えるだけの価値を証明しなければならない。日頃の政治活動の可視化という、一番具体的な方法があるのに、それをやらず、また、地域密着の結果として、地域の利権代表であって国家の代表にはなりえないという宿痾を解決する多選規制という手法もあるのに、それをやれていない。
 衆参が捻れている状態では、首相の任期は一年で、予算を通す度にコロコロ変わるのは当然となるし、選挙民に信用されない限り、一期限りで落選させるという事になる。利権代表でしかないのであれば、多選されたければ、利権をばら撒く地域を広げていくしかなく、その為の財源として赤字国債や増税といった手法をとるのであれば、税として取られる分や将来の負担を補えるだけのばら撒きが無ければ支持は集められないし、ばら撒きの量に差があれば、不平等だからという事で、自分達により多くばら撒いてくれる人を担ぎ上げるという話になる。それだけの手厚いばら撒きをやれる財源など、どこにもないので、結果的に、一期限りで落選させるという代議士の使い方にならざるを得ないのである。
 電力会社の幹部にしても、政治家にしても、質の劣化は酷いものである。
 質が劣化しているのは、質を向上させる仕組みがない為であるし、向上する必然性が無い為でもある。電力会社も政治家も、世界的視野から見れば、地域独占事業となる。独占に甘んじ、競争を怠ると、人材の質はどこまでも劣化していく。この体質を改める事こそが改革なのだが、人材の質を高める仕組みを作ると、オールドパージに繋がりかねないということで、反対する者が出てくる。
 公共の利益よりも私益を優先する時点で、地域独占である政治や独占が認められている企業の従業員としては落第である。個人の利益を優先するならば、私企業で活動するべきなのだが、それすらも判断できないほどに質が低下しているのである。
 個人の質の低下は単なる質の低下であり、低劣な人材を排除していけば済む事だが、質の低下を是正できないのは、社会の質の低下である。まさしく国難なのだが、それに気がついていないか、気がついていても、自分自身がそのものなので、気がつかないふりをしているというのが、多数派になっているのであった。
 無能な多数派よりは、捏造メールの多数派の方が、害は少ない。無能な多数派は、原発をメルトダウンさせてしまったり、歳入よりも多額の赤字国債を発行する法案を通そうとしたりする。これは実害である。

 蝉の初鳴き。
 もうそんな時期になったんだねぇ。
 梅雨も明けたようだし、いよいよ、夏本番である。


[2011.7.9]
 東電救済法案?
 原発賠償支援法案というのが正式名称らしいが、東京電力は株式会社であり、主権者は株主であり、実行者は従業員達である。株主や従業員達が責任を取るのが先であり、政府が動くのは、時期尚早である。
 東京電力は民間会社のままで営業を続けたいならば、福島第一の損害賠償のケリがつくまで、人件費を削減し、毎年、必用な資金を株主に対する第三者割り当て増資で集め、将来利益の中から償却していくというのが筋である。
 東電を支えるのは、まず、株主と従業員が身銭を切って支えてからである。
 先の株主総会では、損害賠償資金について、何の動議も無く終わったという事らしい、これでは、株主は、東京電力を支えないと判断するしかないであろう。
 一部の大株主の委任状を振りかざし、採決を強行していたという話もでてきているが、議長一任の委任状であったとしても、東京電力が負担しなければならない莫大な損害賠償金について、何の対策も講じられなかったというのは、事実となる。株主の財布をあてにしなければならないのに、一部の大株主の委任状で強行採決をしたとなると、株主は、増資に応じて青天井で金を出す側と、一銭も出さずに100%減資を覚悟した側とに分かれたとなる。第三者割り当て増資を行い、大株主がそれを買い切り続けるというのが、委任状を出した責任となる。
 東京電力が100%減資で民間企業であることを辞めた後でなければ、公的資金は一円足りとも出すべきではない。福島第一周辺からの避難者の生活支援にしても、政府が窓口を開く必用は無く、損害賠償請求を裁判所に申し立てるというやり方で進めさせるべきとなる。たとえば、1ヶ月分の被害額として、民事調停を申し立て、調停の中で、2ヶ月目以降の損害についての雛型となる取り決めを結ばせるというのが、民間企業と民間人の間の問題の解決方法となる。さもないと、毎月全被害者が調停を申し立てるとなり、東電側の代理人となる弁護士費用だけで、莫大な額となってしまう。
 裁判所の命令が無ければ、民間企業は損害賠償金を支払う事はできないのだから、裁判所に命令を出させるようにするのが、損害賠償処理の第一歩であり、その為に、弁護士や司法書士を動員できるようにし、費用立替制度を活用させるというぐらいが、精一杯となる。
 一か月分だけならば小額請求となるので、本人請求が可能であるし、着手金や裁判費用も少なくなり、手軽に訴訟ができるが、弁護士や司法書士にとっては、金にならない仕事なので、引き受け手が居ないとなる。もうしばらく放置して、請求額が巨大になってからでないと、着手金や成功報酬の面で美味しくないのだ。
 使えなくなった土地や建物等は、メルトダウン以前の放射線濃度にまで下がり、元通りの生活ができるようになるまで、東京電力にレンタルしているとして、使用料を請求するしかないし、避難先での生活費等、合理的な請求の根拠となるモノを積み重ね、一軒一軒の損害を確定していかなければ、処理は終わらない。
 処理に必用な新設法案など、存在しない。土地も建物も個別に算定しなければならず、既存の制度を活用させる事を働きかけるのが、問題解決の一番確実で早い方法なのである。例外があるとすれば、借地借家に対して、東京電力に又貸しする事を可能とするという事ぐらいであろう。放射能が無くなったら元に戻るのだから、それまでの間、元の賃貸契約は継続させなければならないが、放射能によって利用が妨げられているという状況を、現行法は想定していない。沖縄の軍用地の民間版と言えなくもないが、この部分に付いては、例外を作る必要があるだろう。
 裁判所が認めた損害賠償金が積み重なり、それを賄う為の第三者割り当て増資が未達に終わり、株主が見捨て、資金ショートが確定した時点で、100%減資をして政府管理にという話になる。損害賠償の調停や訴訟を起こさせ、毎月の被害額を確定しなければ、資金ショートは発生しないわけで、増資や減資といった話にすらなりえない。
 物事は順番に進めていかなければならない。現実を相手にするのに、魔法の呪文や一足飛びの冴えた方法など、存在しないのである。


[2011.7.8]
 一事不再議。
 国会の審議において、一度議決した法案などは、会期中に再び審議できないというのが、一事不再議の原則である。
 当国会において、すでに不信任案が否決されているから、以後、不信任案は提出できない。しかし、国会を延長した場合、不信任案は提出できないかというと、一事不再議は会期が延長された場合を想定していない。
 会期が延長されたという事は、会期決定時と比べて状況が変わったという事であり、延長国会は、それまでの国会とは、状況が変わったと判断する事も、可能となる。
 したがって、延長国会に入った時点で、一度否決された議案においても、再び提出できるようにするというのが、望ましいとなる。
 会期延長という制度自体が間違いで、なぜそんな制度があるかというと、審議未了分は自動的に廃案になるという制度にある。予算案は通常国会で成立させなければならず、審議未了廃案にできない。成立させるまで、通常国会の会期を延長しなければならない。かといって、自動的に継続審議にして次期国会に引張れるとなると、今度は、解散総選挙によって院の構成が変わったのに、議案が引き継がれてしまうという場合が発生しかねない。議案の提出者が落選したり、不逮捕特権が切れている間に逮捕されたりして不在なのに、議案だけが残っているというのは、明らかにまずい。
 結局、延長国会は、法案提出に関しては新規の国会とみなすべきであるとなる。同一法案に対して、同一国会で異なる議決がでるのは、確かに問題であるが、会期延長という状況の変化を政府与党側が主張するのであれば、野党側も法案提出において、状況の変化を主張できるとなるべきである。
 無能で嘘吐きの首相が地位にしがみつくという憲政史上前代未聞の恥晒しが無ければ、ここまで面倒な事にはならなかったであろう。菅首相の歴史に名を残すという目的は、これで果たされたわけである。


[2011.7.7]
 中国の金利。
 為替を固定した結果、輸入物資に起因する物価上昇が発生し、物価上昇を抑制する為に市中資金を絞る必用が出てきたので、金利を引き上げている。
 為替の固定をやめるというのが、一番合理的な解決方法なのだが、それをやれないということで、金利操作に偏っているわけである。
 この手法の最大の問題点は、国民が高金利を信用して、国債を買ってくれるか否かにかかっている。別に国民が買わなくても、金融機関が買ってくれれば良いのだが、金融機関が買うには、国民から預金を集めなければならず、国家と金融機関の、いずれが信用されているかという問題になる。
 日本においては、金融機関、特に郵便貯金が信用され、国債の大口の買い手となっていったが、中国においては、中国人は政府も他人も信用しない為に、この信用の形成が為されていない。中国の場合、預金者の信用情報は保護されておらず、中央政府どころか、地方政府や黒社会にまで筒抜けな為に、下手に預金や国債を口座に積み上げていると、狙われる。信用を作る為に意図的に積み上げる見せ金でなければ、危険な行為となる。
 つまり、改革解放にしても、金利の引き上げにしても、外貨や純金といった換金性の高い物品が売れるようになっていくだけであった。
 通常の国家においては、金利の高騰に伴い金詰りが発生し、企業の倒産が発生して、結果的に物価は抑制されるのだが、中国の場合、国家に対する信用が建前でしかないので、物価は高止まりしたままとなる。企業活動も、外貨や純金といった物資を確実に入手する手段として必要とされるので、内需向けがおろそかになるだけで、輸出向けは、それまで以上に頑張るようになる。
 金利の引き上げは、物価抑制に対しては、全然効いていない。では、どこに効いているのかというと、内需に対して効いているのであった。
 内需向け投資は、非効率部門となる。インフラや住宅投資といった部門は、特に、投資利益率が金利に比べてマイナスになっている。
 自国政府や自国民が、自国民から信用されているかどうかについて、重大な勘違いがある為に、政策が裏目に出ているのであった。
 物価抑制の為に金利を引き上げている以上、物価が下がるまで、金利を引き上げ続けなければならない。その時期がいつ来るのかというと、おそらく、"十年後"であろう。


[2011.7.6]
 ポルトガルの格付けが下げられている。
 これで、ポルトガルの赤字国債も、ギリシャ同様に、支援で買い支えなければならなくなったわけである。
 経済建て直しの為に、国内改革をやられてしまうと、自分達のビジネスが食われるということで、改革はしなくて良いが、赤字の垂れ流しは止めろというのが、ユーロ黒字国の本音である。破綻国家には緊縮財政だけが押し付けられる事になる。借金で首が回らない破綻国家に、本気で再建してもらっては困るが、赤字を垂れ流して破綻されるのも困るわけである。
 本気の改革をされると困るというのは、破綻国家の国民の本音でもある。働きたくないし、税金も取られたくない。社会保障のばら撒きは続けろという本音を、そのまま放置していれば、黒字国家の縄張りを侵すような事態は、発生しない。
 財政赤字は増えないように、だけど、本気の改革が始まらないように、というバランスを取りながら、財政支援を小出しにするというのは、結局、統一通貨という制度の破綻を先送りするだけでしかない。
 ユーロは、黒字国家は自国通貨建てに戻り、財政破綻国家だけが残るという形で、終焉を迎えるであろう。


[2011.7.5]
 復興担当大臣が舌禍?
 宮城県の知事と会見した際に、
1)知恵を出さないやつは助けない。
2)客を迎える時は先に部屋に入って招き入れろ。
3)これはオフレコ、書いたらもう、その社は終わりだから。
と言ったとある。これはyoutubeで流れているのでおそらく事実であろう。
 どこが舌禍?なのかというと、おそらく3)なのではなかろうか。
 1)は当たり前であり、被災者という立場に甘え、赤字自治体を赤字のままで復活させて赤字の垂れ流しを酷くさせるだけというのを防ぐには、誰かが言わなければならない事である。復興担当大臣だけでなく、内閣の統一意見として言うべき事であるし、知恵を出すのは当たり前、汗も流せというべきである。2)は、余計な事であろう。議員会館に陳情者や訪問者を迎える時に、自分がそれを確実に実現できるのかというと、難しい場合もある。だから、次に機会があった時に、同じ対応で返せば良いだけである。となると、この話が騒ぎになるのは、3)となる。おそらく、マスゴミが、終わりにできるものならやってみせろと、売られた喧嘩を買ったという事であろう。
 あとは、3)に対する批判を、1)に対する批判であると捻じ曲げ、非常識な発言、常軌を逸した発言、暴言であると、フレームアップするだけとなる。1)に対して批判するのは間違いであるが、3)に対する批判ならば集められる。3)に対する批判をそのまま流すと、オフレコにしろと言ったのを破って報道したことになるので、3)に対する批判を1)に対する批判であると捏造するのである。
 1)に対して批判していると、勝手に発言を捏造された人は、怒るべきである。
 被疑者取調べの可視化を主張する前に、政治家の発言・言動を、マスゴミに捏造されないように可視化させる方が先である。


[2011.7.4]
 タイの下院選挙で野党が圧勝。
 タクシン派が、再び政権につく事になった。
 タクシン派は、地方へのばら撒きによって票を集めて、政権につき、地方へのばら撒きを継続した為に、税の負担に対する不公平が表面化し、都市住民の反発と不健全な国家財政を憂いる軍部によって、政権を追われた。
 まともな選挙をやれば、ばら撒きを求める地方の票によって、タクシン派が有利になるのは当然のことである。
 問題は、タクシン派が、かつてのようなばら撒きを復活させるのか否かにかかっている。支持者はばら撒きを求めるが、再びばら撒きをやれば、税を取られるばかりで全然還元されない都市住民と軍部がクーデターを起こす。二度目のクーデターでは、タクシン派が二度と復活しないように、消毒が行われる事になるであろう。
 政治家が勘違いをすると、民意を得た以上、好き勝手ができると思い込んで、とんでもないことをしでかすようになる。クーデターによって政権を終わらせるというのは、本来あってはならない事であるが、政治家が勘違いして暴走するという事態が起きている時に限っては、国体にとっては正当防衛行為と言える。
 民意によってのみ正邪が決まるのであれば、道理も物理法則も必要無いとなるのだが、そのくらいの事すら理解できていないのが偶然や幸運によって政治権力を手にしてしまうと、勘違いして暴走を起こすのである。偶然や幸運が無ければ、絶対に権力を手にする事は無かったという愚物であるが故に、そうなってしまうと言えるのかもしれない。
 タイでは、王室が介入して、一度目は流血を避けるという事になった。国外追放で生き長らえさせたのを、勘違いしていなければ良いのであるが、難しいかもしれない。
 タイが再びクーデターに向かうのか、それとも、ばら撒きをしない為に突き上げをくらい、ばら撒きを約束する次の政党へと支持が移り、新たな政争へと進んでいくのかというのが、興味の対象となる。この愚行の連鎖を打ち切るには、国庫から収入を得た人、税金で行われる事業に携わる企業に勤めている人、税金によって補填されている年金を受け取っている人、および、それらの人が世帯主の家族は、選挙権を停止し、被選挙権だけにするという制限を行う(cf.[2011.6.23])事なのだが、そこまで踏み込めるかというと、おそらく無理であろう。
 民主主義国家における財政破綻を予防するには、予算において優先権のある議院については、選挙権に制限を加えるべきとなる。ばら撒きをしないというのが、一番簡単で手間のかからない対策なのだが、制度として可能な事は、必ず実行する奴が出てくる。その時に被害が大きくなるし、多数決では改める事ができなくなるという事を考えると、それが不可能や、非効率、票にならないとなるように、事前に制度を改廃しておくというのが、立法府の本来の仕事となるのであった。


[2011.7.3]
 Le Tour de Franceが始まる。
 同時にCopa Americaも始まっていた。
 近代化とは、パンとサーカスのうちの、サーカスがスポーツに置き換わる事であると言ったのは、誰だったであろうか。
 素人には真似できない高度な技術や体力が、限界点でぶつかり合うというのは、筋書きの無い分だけサーカスよりも面白い。
 それにしても惜しいのは、Copa Americaに日本代表が出場していない事である。招待してもらえたというのに断ったという。急に決まって日程の調整がつかなかったという話らしいが、日本のサッカーを強くするには、常に、強い相手と戦わなければならない。世界を相手にしなければならないという意識が薄いのであろう。
 Copa Americaに参加しているチームに比べると、戦歴・経験において、差が広がってしまう。それなりに強くなると、内向きになるというのは、日本の社会の常である。敵は国外にあるという意識が薄くなり、国内だけでやっていけると、安易な選択に流れていくのである。


[2011.7.2]
 PENTAXが身売り。
 コンパクトカメラの必然性が消滅しているのに、生産が続いているのは、一体何の為なのかというと、事業部内の統合ができない為という事らしい。カメラメーカーはどこも同じで、PENTAXは、丸ごとリコーに事業部を売り飛ばす事で、シェアが低く、利益率が上がらない事業部を消滅させるという手法をとったといえる。
 一眼レフと、コンパクトカメラとが統合できないとなれば、どちらかを無くすのは無理なので、丸ごと売り飛ばすというのは、次善策といえる。
 携帯電話にカメラがついている以上、携帯電話のカメラで撮れる程度の写真しか取れないコンパクトカメラは、必要無い。では、レンズ交換式の一眼レフならば生き残れるのかというと、図体がでかすぎて、実用性が低い。
 カメラの将来は、コンパクトカメラに、絞りとピントリング機能がつき、レンズ交換が不能なだけで、一眼レフと機能的には変わらないという方向にあると思う。
 レンズ交換方式は、フィルムという生モノを効率的に消費する為に、暗箱にレンズを付け替えて使うという発想である。デジタル化によってフィルムが無くなり、メモリーカードが簡単に差し替えられる、つまり、チェンジバッグ(明室でカメラへのフィルム装填や現像タンクのリール巻きなどの作業ができる袋)を使ってフィルムを詰め替え、空シャッターを切って撮影済み部分を送るというリスクを背負わなくても良くなった以上、一台のボディにこだわる必然性は消滅している。レンズを交換するのではなく、レンズとボディが一体化したモノに電池とメモリーカードを差し替えて撮影するという方向である。メモリーカードを差し替えた時点で、直前まで使っていた絞りやシャッタースピードの設定がそのまま引き継がれるように、撮影データだけでなく、操作データの流用も可能になるというのが望ましい。
 ズームレンズにしても、大きな絞りでパンフォーカス気味で撮るならば、パソコンで画像の切り出しができる以上、可能な限り大きな画素数で撮影しさえすれば賄えてしまう。デジタルズームによって、光学ズームの必然性は消滅しつつある。小さな絞りで前ボケ、後ボケを生かした描写をしない限り、望遠系のレンズは存在意義がなくなりつつある。撮像素子が小さくなり、f値的には有利になっている筈なのに、携帯電話並の暗いレンズばかりでパンフォーカスな写真しか撮れないのでは、単体カメラを持つ必然性は無い。


[2011.7.1]
 はわっ。
 久しぶりに二度寝をしてしまった。o(>_< )oo( >_<)oじたばたじたばた
 ハンモックで寝ると、背中が熱くならないので、熟睡できるようになる。
 そういうわけで、久しぶりに二度寝をしてしまったのであった。
 眠るのにすら体力を使うので、環境が良くないと、眠りが浅くなってしまい、昼寝で補うとなるが、まとめて眠れるのであれば、昼寝をする必要は無くなるのであった。


[2011.6.30]
 東京テーブルで円売りドル買いが行われて、一瞬、81円台にまで円安になったが、ニューヨークテーブルが開くと、元通り80円台に押し戻された。円売りが増えたというよりも、ドルの売りが減って、上値を取ってしまったのであろう。オバマ大統領の記者会見待ちで板が薄くなった時に、東京テーブルで決済する必要があるドル買い需要が上回ってしまったという感じである。
 双子の赤字を解決するには、国内に産業を興す事である。失業率を引き下げて税収を確保できるし、輸出によって貿易赤字を削減できる。その為に何をやるかが重要なので、ステートメントを出してそれで終わりというわけには、いかない。
 競争促進策を取れればよいのだが、実際には、ケインズ主義の亡霊が復活するというパターンに陥り易い。雇用は増えたけど、それ以上に財政赤字は増え、輸出競争力の無い労働力は輸入物資の消費者でしかなく、貿易赤字を増やす。双子の赤字はますます育つというのが、これまでの実践例の顛末である。
 年金制度や医療保険制度は、ネズミ講になりやすく、国営ネズミ講を継続させる為に財源が必用であり、その為に増税というのでは、破綻を先送りするだけでしかない。国営ねずみ講を継続させる為の増税は論外であり、国営ネズミ講を廃止し、人口の増減や景気の上下に左右されない、持続可能な社会福祉制度に切り替えるというのが、先にこなければならない(cf.[2007.5.8][2009.9.13][2009.7.24])。
 医療費の大部分が、医療過誤保険料や破産者によって踏み倒された分を回収する為の引き当て金となり、それらを負担する為に医療保険金が引き上げられていくというのは、サービス業だけが産業となってしまった社会において、本来必用とされるサービスに対し、不必要なサービスを上乗せしていくことでしか、経済規模を拡大できないという状況が表面化しただけである。医療のような他人の不幸につけ込む商売は、広く分厚くお金を集められるので、サービス業者である保険会社と弁護士に、医者と患者が喰い物にされているだけといえる。
 優秀な人材が起業や技術開発に向かわずに、サービス業について、本来不要なサービスを合法的に売りつける為に労力を費やしているというのは、国力の無駄遣いでしかない。
 無駄を省けば、増税などしなくても国家は回るのだが、何が無駄で何が無駄ではないのかという基準を持っていない人がやると、仕分けや、国家がサボってはならない軍事や治安維持といった部分のコストを削ってしまう。基準は、国力を強化するという一点だけであり、それ以外の基準は、国家の運営においては、必用無いのである。


[2011.6.29]
 エネルギー政策は次期国政選挙の争点?
 解散権者から次期選挙の争点が出された以上、解散は時間の問題となる。解散しないなら、総辞職である。吐いた唾は飲めんきにのぉ。
 東京電力の総会は6時間に及んだという話であるが、原発撤退を定款に盛り込む議案は、反対89%で否決されている。
 国民の89%が原発廃止に反対しているとは言わないが、代替電源が見つからない限り、この多数派が動く事は無い。
 福島第一のメルトダウン以降、原発反対運動家とやらがでしゃばっているが、その主張は、自分達がいかに前から原発の危険性を訴えていたかという事ばかりで、原発を廃止した後の電源確保については、何も出てこない。長年反対運動をしてきたならば、当然、原発廃止後の電源確保について、しかるべき準備をしているだろうと思って話を聞いても、出てくるのは自慰行為同然の原発廃止論だけであり、時間の無駄だったとなるばかりである。
 風力発電や太陽電池と原発とでは、安定性・確実性に原理的な部分で差があり、代替にはなりえないという事を、全然理解していないのである。それを指摘すると、電気の無い暮らしこそがエコであると、原理主義者に転換する。電気なくして、工業製品はおろか、食肉・魚といった食品すら生産不能・流通不能になるという事を理解できていないのである。
 首相が主張するエネルギー政策とやらが、どの程度のモノなのか、首相の周りに集まっている連中の顔ぶれを見ていれば、大体予想がつくが、国民の支持を得られると、本気で思っているのであろうか。
 郵政民営化は、国民のほとんどがE-mailを使いはじめ、郵政族の国会議員ですら、郵便よりもE-mailを使っているという現実の変化に立脚した改革であったが、エネルギー政策は、原発よりも安定供給ができる確実な電源技術が確立していないのに、争点化しようとしているのである。
 総論賛成各論反対以前の、総論レベルで反対になるであろう。
 日本製の原発は、地震の揺れに耐えられる。耐えられなかったのは津波に対してである。津波による被害は、過去に実際に津波が到達した高さまでは、将来確実に津波が来るという常識的な判断ができなかった運営会社である東京電力による人災であり、原発が悪いのではなく、原発の安全対策をサボっていた東京電力が悪いのである。この問題は、エネルギー政策ではなく、東京電力を始めとする電力会社の体質の問題であり、電力会社を甘やかしてきた地域独占や総括原価といった制度の問題なのである。
 問題の本質を取り違えるのは毎度の事とはいえ、地に足がついてないだけあって、的外れっぷりも桁違いである。


[2011.6.28]
 スペイン以上に派手な住宅バブルを起こしている中国について。
 スペインが破綻するならば、中国も破綻する。しかし、中国はユーロ加盟国ではない。通貨主権がある以上、人民元の切り下げは不可能ではない。
 もっとも、国家が発行する通貨は、税収によって裏付けられているのだが、中国の人民元の裏付けは、何も無い。中国の経済は、賄賂による不透明経済のほうが大きく、人民の生活に影響を与えている。まともな統計が成立しないし、まともな統計が仮に成立したとしても、経済実態にそぐわない統計にしかならない。
 発表されている統計が、経済実態にそぐわない過少評価された統計であると信じる人は、中国はまだまだ成長するとして投資を続けようとし、逆に、可能な限り実体に近づけようと、かなりの補正が行われていると判断している人は、もうそろそろヤバイから、今の内に資金を抜き取る算段をつけておこうとなる。
 買い手が居るうちに売り逃げしないと、ババを掴まされる。
 中国の経済がいつ破綻するかというと、通貨主権がある以上、破綻はしないと答えるしかない。中国への投資が有利な投資であるのはいつまでかというと、既に旬は過ぎていて、手仕舞いの時期に入っていると答えるしかない。
 輸出利益の確保は、その利益を何に使うかによって、持続可能性が大きく変わっていく。他国から技術をパクって価格競争を仕掛けて手にした輸出利益は、技術開発への再投資にも回される訳が無く、人民の胃袋を満たし、ささやかな贅沢品である電化製品や車を買い、砂利道や泥道を舗装するのに使われる程度で、使い尽くされてしまう事になる。輸出利益が、技術やノウハウによる物ではなく、通貨安政策による物であれば、利益が出なくなる時期は、余計に早まる。
 その後には、生活水準が上がってしまった多量の人民のわがままや、設備の維持といった、金のかかる環境だけが残される事になる。
 北鮮のように、独裁の利点を生かし、不満分子は粛清という手法で国内を引き締めながら貧しい生活、少ない人民という環境へと戻っていくというのであれば、派手な破綻はしないが、それらのコストセクターを養っていく為に無理をすれば、派手な破綻は起こりうるし、人民が独裁制に対して反発して民主化革命を起こすという展開もありえるのだが、それは、もう少し先の事となるであろう。
 人民が貧しい生活へと転落していくのに、党幹部だけは裕福な暮らしをしているという状況が固定化し、それを暴露する事態が発生しないと、革命にまでは発展しない。それまでは、ストやデモや暴動といったゴタゴタが続き、賃金や物価は上昇し、生産は低迷し、外貨獲得能力が減り、支払いだけが増えて行くという状態が続くであろう。
 中国で生産された物とのバーターで無い限り、対中国輸出は不可能となれば、その販路を探し、不良品の後始末に走り回らされる位ならば、中国への輸出そのものを打ち切る事が合理的となりえるのであった。


[2011.6.27]
 高速増殖炉もんじゅで、炉内に脱落していた燃料棒交換用炉内中継装置の回収がようやく成功。
 米軍のチルトローター機オスプレイにしても、もんじゅにしても、過去に類例の無い新製品・新技術の実用化には、さまざまな失敗が付き物であり、それらの失敗を乗り越える事こそが、技術やノウハウの蓄積である。それらの蓄積がなければ、デッドコピーしかできなくなる。独自技術を手にするにはリスクが付き物であり、そのリスクを恐れていては、技術立国は成立しない。
 開発中の飛行機が墜落するのは当然であり、墜落しなければ、限界がわからない。開発中の原子炉にしても、どこにどんなトラブルがあるのかを実際に体験してみなければ、わからない部分がある。
 墜落したから危険であるとか、燃料棒交換用炉内中継装置が脱落したから危険だという主張は、開発をやった事が無い者の主張である。実際に開発に挑戦した者ならば、失敗は当然であり、重大な被害に発展するまえに解決方法を見つけだせる事を喜ぶ。技術や製品といったモノではなく、個人の能力の開発においてもである。
 ブログやTwitterで、未熟な精神性と知力を曝け出して炎上する愚か者が出てきているが、匿名の環境という、失敗を経験できる環境が用意されているのに、ろくに経験を積まずに、いきなり実名で発言をして恥を晒すというのは、欠陥の洗い出しをせずに製品化してしまい、リコールを出して大損する事に等しい。
 手軽な発明・発見が出尽くし、新発見・新発明には、多大なコストとリスクと労力がかかるようになってきている。このため、現行の特許権や実用新案権の最長15年間の独占では、回収ができなくなりつつある。しかし、独占を可能とする期間を長くすると、市場の競争が無くなってしまい、次の開発に対するインセンティブが低くなる。コストと手間が膨大になると、それを回収できるかどうか分からない状態でチャレンジするというのは、冒険になってしまう。
 冒険心のある経営陣が居ればいいが、実際には、サラリーマン取締役ばかりとなっていて、リスクを取っても回収できる期間が15年間だけという状況では、やらない方が合理的となってしまう。
 技術は、失敗した時のリスクが大きければ大きいほど、それを避ける為のノウハウの価値が高くなる。技術はパクれば良いというのは、南鮮や中国と同じである。
 回収できる期間は伸ばすべきであるが、独占を維持したまま伸ばすのでは、技術の発展や競争を妨げる。そこで、この日記では、独占できるけど15年間だけという旧来の権利方式と、特定の株式市場に上場し、帳簿が信用できる相手に限って、権利者が利用料を明確にして、非独占で利用料金だけを取れ、権利の存続期間はもっと長くするという権利方式の二本立てにすることを提案している(cf.[2010.1.17])。
 株式市場に上場する事で、帳簿の信用度が保証されるし、帳簿の信用度を維持するには生産地を国内に限定する事になり、海外に流出した工場を呼び戻し、雇用を生み出す事に繋がる。
 技術開発とは失敗を乗り越える事であり、失敗した経験すらない者には、価値のあるノウハウや知見は期待できない。
 失敗して尻尾を巻いて逃げ出すのであれば、失敗しないほうが良い。しかし、それを乗り越えられるのであれば、失敗はノウハウの獲得の機会なのである。


[2011.6.26]
 復興構想会議が提言をまとめる。
 金を使って復興するならば、誰でもできる。誰でもできる事を、わざわざ12回も会議をやって決めたというのは、間抜けである。
 金を使って復興するならば、自分で稼いだ金の範疇で復興する民間に任せた方がマシである。政府は、金を稼いでいない。他人の金なので、使い方に無駄が多くても気にならないし、むしろ、無駄遣いをして問題解決を長引かせ、予算が足りないから増やせと捻じ込んだ方が、権限や天下り先を増やせるとなる。
 震災復興にかこつけて始めるという臨時増税も、復興が終われば、復興事業で雇った人や働いていた人を解雇できないからと、既成事実化するのは目に見えている。
 政治の本分は法制度の改革・改正であり、税金の分配ではない。
 財源が問題になるのは、知恵や能力が無いからである。優秀な人材が集まっているのであれば、知恵や能力を示すべきである。
 復興構想会議は内閣が勝手に任命した人員で行われた、いわば自慰行為である。それを真に受けて、政府の方針にするというのは、軽率である。
 叩き台を作る行為が、政府の方針を作る行為にすりかえられ、政府の方針となった以上、実現する為に努力するというのは、一部の人の思いつきで国家を私する行為に他ならない。
 政治主導にしても、官僚主導にしても、国民の為にならなければ、時間と費用の無駄である。
 説得すべきは国民であり、国民が望んでいるのは、増税した金を使った解決ではなく、法制度の改革・改正という、立法府の本分を尽くす事による復興である。
 赤字の地方自治体を復興させても、赤字を垂れ流すだけである。黒字にして、地方交付税交付金を受け取らなくて済むように、集約化や合理化、産業の誘致・起業を進め、雇用を発生させなければならない。これは、被災地だけの問題ではなく、地方交付税交付金を受け取っている自治体全てに共通の課題である。
 それができないならば、何もしないで、被災者が死に絶えるのを放置する方がマシとなる。その責任は無能な政府・与党にあるとなる。


[2011.6.25]
 国際エネルギー機関(International Energy Agency)の石油備蓄放出。
 原油価格の高騰を沈静化する為というお題目である。
 確かに、3月11日の福島第一のメルトダウン以後、3月に8ドル、4月に4ドルと、WTIは値を上げていたが、5月に10ドル、6月に入って10ドルと、既に3月の値を割って92ドル台にまで落ちてきている。去年の7月に76ドル台をつけていたことを考えれば、確かに値上がりしているといえなくも無いが、それ以前に140ドルのピークをつけていたし、当時に比べて米ドルの価値が下がってきていることを思えば、相対的には安くなっていると言える。
 原油の価格は沈静化しているわけで、他の要因となると、リビアの政変で石油の輸出が止まっていて、地中海を越えるだけで済んでいたのが、スエズを越えなければならないとか、大西洋を渡ってメキシコ湾のオクラホマ州クッシングにまで行かなければならないというのであれば、海運市況が値上がりしてという話になるのだが、実際には、全然動いていない。
 いったい、どこに高騰があるのかというと、どうやら、福島第一のメルトダウンによって世界中の原発が停止されると、原油が必要になるので値上がりするに違いないという思い込みで動き出してしまい、それが、5月、6月と値崩れを起こしてきているのに止められなくて、長期的には高騰するに違いないからという話になっているようである。
 石油備蓄は有限であり、放出して値下がりさせたとしても一時的なもので、いずれ、買戻して備蓄量を維持しなければならない。さらに、原油備蓄は国家が大量に購入し、購入した分だけ、市場に放出するというやり方で、定期的に在庫を入れ替えるという事が行われている。スポット市場に安定的に原油が供給される仕組みの一つとして運用されており、規模の小さな民間企業がスポット市場での原油の購入に依存できる状態を作り出す道具となっているのである。
 IEAの多数派は、スポット市場で原油を手当てしている後進国・中進国であり、需給構造の変化に対して極端に敏感であり、一度動き出してしまったら、簡単には止められないという事であろう。そして、実際に市場に放出するのかというと、今ひとつ信用できない。放出という話を流す事で市場を暴落させて、底値で拾いたいだけなのではないだろうか。
 中東の民主化・消費生活水準の向上によって、石油の売り物は増えている。値崩れさせないように、1セントでも高く売ろうと、神経質な売りが為されているので、備蓄原油の放出という話は、その動きをブレイクさせる効果はある。先行きは安値になると分かりきっていても、少しでも安く買いたいということでまとまったのであろう。
 売り物が多い状態では、一度下がった水準は簡単には上がらないし、むしろ、ずるずると下がり続けるとなる。
 スポット物で手当てをしていたとしても、長期契約で手当てをしていたとしても、重要なのは、為替レートである。自国通貨を安くする通貨安競争をやっていて、原油価格の値下がり以上に通貨を安くしてしまっていたら、国内での物価は上昇するのは当然である。需要がどうのこうのというよりも、通貨安政策を止める事の方が先なのだが、それができないという事なのであろう。

 昨日の日記を修正。変更分の冒頭にhtmlに変換させる際のタグが残っていた。
 6.23の日記を修正。"しかも、この状態においては、国家に依存している事を誰もが正しい事だと思い込んでしまい、自立した個人であり、他人にとやかく言われる筋合いは無いと、開き直ってしまうという点にある。"を、"しかも、この状態においては、国家に依存している事を誰もが正しい事だと思い込んでしまい、自立した個人であり、他人にとやかく言われる筋合いは無いと、開き直ってしまう。"へ。7文字消し忘れ。
 "民主主義は、国家が何をしてくれるかではなく、国家に対して何ができるかを考え、行動できる個人が過半数を越える状態を維持しなければ、衆愚制に陥る。"を、"民主主義は、国家が何をしてくれるかではなく、国家に対して何ができるかを考え、行動できる個人が過半数を超える状態を維持しなければ、衆愚制に陥る。"へ。誤変換。
 6.8の日記を修正。"それを防ぐ為に、パーティション開始オフセットを8の倍数に直すというのが、Advanced Format Technology(AFT)におけるパーティションアラインメント問題であり、それを解決する為の方法として、Windowsで使う事を前提とするならば、ジャンパーピン設定のWDよりは、拡張パーテーションで論理ドライブとしてフォーマットするだけのシーゲート方が、簡単である。"を、"それを防ぐ為に、パーティション開始オフセットを8の倍数に直すというのが、Advanced Format Technology(AFT)におけるパーティションアラインメント問題であり、それを解決する為の方法として、Windowsで使う事を前提とするならば、ジャンパーピン設定のWDよりは、拡張パーテーションで論理ドライブとしてフォーマットするだけのシーゲートの方が、簡単である。"へ。のが漏れていた。
 5.24の日記を修正。"SNSという、ユーザーを囲い込んで広告を見せ、広告料を集めてというやり方は、やっている事は代わらないけど、広告という商売をやる為に必用だからという形式でしかない。"を、"SNSという、ユーザーを囲い込んで広告を見せ、広告料を集めてというやり方は、ブログとやっている事は変わらないけど、広告という商売をやる為に必用だからという形式でしかない。"へ。4文字欠落を補った。誤変換。


[2011.6.24]
 夏支度。
 すっかり暑くなったので、簾をかけ、ハンモックを出した。夏バテ予防のビタミン剤と塩の小瓶も準備した。
 暑くて眠りが浅くなると、集中力が欠けるので、熟睡できる環境は絶対に必要である。その為に、クーラーをガンガンにかけるよりは、ハンモックの方が良いと思うのだが、あまり普及しない。ハンモックは、もっと広まっても良いと思うのだが、水兵用の質の悪いハンモックの印象が強いらしい。
 刷り込まれたイメージを上書きするのは難しいのであった。
 安価なハンモックを供給したとしても、日本の家屋の設計は、ハンモックを吊り下げる強度を前提としていないという問題がある。
 柱や壁に、クーラーの室内機を支える強度はあっても、人間一人分の重さを支える強度は無い。
 マットレスの中にファンで空気を通すという空調マットレスというのがあるらしい。そういう方向に進むしかないのであろうか。
 電気を使わなくても、涼しく過ごす方法はあるのだが、一軒でもクーラーを使い始めると、そこから吐き出される熱風が周辺の家に、連鎖的にクーラー使用を働きかけてしまうという現象は、家屋密度が高すぎるという根本的問題を解決しなければならない。
 夏を涼しく過ごすだけなのに、山積みの問題を解決しなければ実現しないというのは、ひたすらに鬱陶しいのであった。

 6.21の日記を修正。"メルトダウン後から、権利落ちまでの間に株を買った人だけが、参加する総会となるのであれば、罵声と怒号が飛び交う長時間総会になるであろうし、売り逃げるのが遅れていた多ければ、本当の株主はわずかしか出て来ず、与党総会屋によるシャンシャン総会になる。"を、"メルトダウン後から、権利落ちまでの間に株を買った人だけが、参加する総会となるのであれば、罵声と怒号が飛び交う長時間総会になるであろうし、売り逃げるのが遅れていた人が多ければ、本当の株主はわずかしか出て来ず、与党総会屋によるシャンシャン総会になる。"へ。人がが抜けていた。


[2011.6.23]
 ギリシャの改造内閣が信任されたという話。
 与党内の締め付けが一応成功したという事だが、締め付けなければならない状態であるという点は、何も変わっていない。公務員労組と民間労組の協同によるデモやストは止まらないし、民意は離れつつある。
 緊縮財政と増税による再建が続いている間は、金融支援が続くので、7月中の24億ユーロや8月中の66億ユーロ、あわせて90億ユーロの償還は乗り越えられそうであるが、債務残高の現状維持は、緊縮財政の継続でしかない。
 慢性的赤字財政のギリシャにとっては、債務残高を増加させていく以外に、社会保障等を維持することは不可能であり、債務残高が増やせないのであれば、社会保障や公務員の雇用といったコストセクターを削っていくしかない。
 必用だからという理由で作っていった制度や増やしていった人員であろうが、その必要性は、投資に対する利益、出費に対する税収増という観点からの考察が無い状態で論じられた必要性であり、やればやるだけ財政赤字が増えて行くという制度や人員であった。
 国家が赤字を無視してやらなければならないのは、国防と国内の秩序の維持だけであり、それ以外の事は、経済的な余裕がある場合に行う事であって、その余裕が無い状態であれば、止めていくしかない。なんでもかんでも国家にやらせ、国家に依存するという状態は、自立できない個人主義が、国家という名の家に依存するという失敗状態でしかない。
 家制度を否定して個人主義を貫こうとしたら、より大きな国家という名の家に依存するようになったというのは、ギャグにしては情けない話である。しかも、この状態においては、国家に依存している事を誰もが正しい事だと思い込んでしまい、自立した個人であり、他人にとやかく言われる筋合いは無いと、開き直ってしまう。開き直っているのだから、治しようが無いし、治す必然性を感じていないのである。
 慢性的財政赤字の国家に依存している人民が過半数を超えると、多数決では、それをひっくり返せなくなる。民主主義は、国家が何をしてくれるかではなく、国家に対して何ができるかを考え、行動できる個人が過半数を超える状態を維持しなければ、衆愚制に陥る。
 国庫から収入を得た人、税金で行われる事業に携わる企業に勤めている人、税金によって補填されている年金を受け取っている人、および、それらの人が世帯主の家族は、選挙権を停止し、被選挙権だけにするというぐらいで、本当は丁度良いのかもしれない。税金を支払い、ナショナルミニマム以外は何も得ていないという国民だけが有権者とならないと、国家に寄生する者が多数派を占めるようになってしまう。
 国家社会主義(Nationalsozialistische)を標榜する政党が、熱狂的支持を受けるのは、つまるところ、自分が苦労しなくても他人が苦労してくれるという、被保護者の身分を簡単に手に入れられるという点にある。目先の利益という点では確実であるが、苦労してくれる他人が居なくなった時に、制度そのものが破綻するという欠陥に考えが及ばないという点で、未熟で愚かな選択なのだが、それを自覚していないほど未熟で愚かだから選択してしまうというのが、民主主義が衆愚に陥っている証拠なのかもしれない。


[2011.6.22]
 ギリシャの信任投票の結果待ちの間、久しぶりに国内ニュースを見てみた。
 無能を晒し、嘘を付いているというのに、政治生命がまだ残っていると思っているというのは、どういう認識なのだろうか。次の衆議院選挙で落選するという、首相経験者の引退以外の落選という状況がほぼ確実視されているというのに、政治生命もくそも無いであろう。
 今日が今国会の会期末日なので、今日中に会期延長が通らなければ、閉会して臨時国会の開催となる。会期延長よりは、臨時国会の方が、会期の設定は長く取れるが、政治生命が既に尽きている現首相のままでは、衆議院で開会早々に不信任決議案が出るであろう。民主党議員団も、今度は騙されないであろう。会期延長でも、参議院で問責が出ると、以後は、国会が空転する事になる。会期一杯まで総辞職を引張った場合、その後に、民主党代表選をやってから臨時国会となり、会期を延長した期間の分だけ、空転が長引くことになる。民主党が与党である間は空転するだけなのだから、放置しておいてもさほど差は無いのだが、少なくとも、民主党内の人事という点では、かなりの差が出る。
 あと二年の間に、二回、内閣を取りかえることが可能であり、大臣や副大臣や政務官の経験者をそれだけ増やせる。民主党議員は、次の選挙で落選確実である以上、大臣や副大臣を勤めたという箔をつけるぐらいしか、やる事が残っていない。
 首相が居座れば、その分、ポストが減る。為すべき事があって、その為に政権を取った場合には、内閣改造は党内不和の原因にしかならないが、敵失で政権が転がり込んできただけで、何もやれない無能者の集まりの場合、ポストのたらい回しは、党内融和の手法となりえる。誰がやっても無能であるという点は変わらないのだから、どうせ無能ならば、現状維持しかできない官僚に丸投げする方がマシとなる。
 現状維持しかやれなかった末期の自民党政治に対する批判票で政権交代が起きたという点を無視すれば、最善の選択となり得るのである。


[2011.6.21]
 東京電力の総会まで一週間。
 しゃんしゃん総会で終わろうとも、罵声と怒号が飛び交う長時間総会になろうとも、建設的な展開は期待できないというのが、下馬評である。
 株主をまとめ上げて、東電の損害賠償は全額、既存株主に対する第三者割り当て増資で賄うという話にならない限り、東電の上場維持は不可能であり、100%減資で政府管理となるしかない。
 株主をまとめ上げるには、メルトダウンが明らかになってから、総会に株主提案が可能である総会の8週間前である5月の3日までというのが、とりあえずの期間であったが、5月3日までに、既存株主側から、そういう話は一切出なかったというのが現実である。
 株主の量が多すぎて、話の持っていきようが無かったという可能性はあるが、多いならばインターネットを使って世論を誘導するというやり方もあったのに、誰も、それをやらなかったのである。つまり、世論も株主も、東電を見捨てていると判断せざるを得ない。
 メルトダウン前から投資していた人々は、値のあるうちに売り逃げしているという事であろう。だとすると、今回の総会には、事故前からの株主はほとんど出て来ず、事故後に株付けした連中が喰い付いてくるという観測になる。
 メルトダウン後から、権利落ちまでの間に株を買った人だけが、参加する総会となるのであれば、罵声と怒号が飛び交う長時間総会になるであろうし、売り逃げるのが遅れていた人が多ければ、本当の株主はわずかしか出て来ず、与党総会屋によるシャンシャン総会になる。
 いずれにしても、株主から資金を調達し、将来利益の中から株主に返還していくという、株主を使ったファイナンス以外に、民間企業のままの東京電力が頼れる財布は無い。
 この日記に対し、後知恵等と批判があるようだが、たとえば、東京電力がこの日記をミラーして公式ミラー認定料を支払っていたといった外形があれば、利益共同体として民間企業としての存続に手を貸さなければならなかっただろうし、短期間とはいえ、東京電力に雇われていたとか、友人が居るといった、一宿一飯の義理・友情といったしがらみがあれば、多少の配慮はしなければならなかったであろう。しかし、そういった関係が無かった以上、協力しないのは当然となる。知恵を貸すのも只ではないし、世論誘導に手を貸すとなれば、相応の外形が整っていなければ、そのリスクを被るいわれはない。
 人や組織を評価する時に、何をやったかや、どれだけ資金力があるかといった即物的な評価のほかに、どんな人や組織と利害共同体になっているか、どんな人に義理・人情といったしがらみを作っているかという評価基準がある。できる企業・人は、外に、しかも、技量・能力のある組織や人に、しがらみを広げているモノである。組織の内側にのみしがらみを広げていると、組織内での出世には有利かもしれないが、順調な時だけしか役に立たないし、組織から離れたら、途端に濡れ落ち葉となるしかなくなる。
 東京電力がしがらみを広げていた株主も学者も官僚も政治家もマスコミも金融機関も、この非常時においては、揃って、役に立たなかったわけである。


[2011.6.20]
 被災者高速無料制度が始まった。
 被災地のインターで乗り降りする車両に対して一律に無償化すれば良かったのに、いちいち被災証明書を求めるとなっている。
 一つには、このやり方だと、被災地のインターで受けとった通行券が無料券になってしまい、それを融通する事が可能になるという問題点が指摘された為である。被災地発行の通行券を入手したら、それで目的地で降りる。本来の通行券は帰路に使う事で、キセルが可能になるというやり方である。
 通行券には、ナンバープレートの下2桁の数値が刷り込まれているので、単純には利用できないが、下2桁さえ一致すれば、いくらでも利用できるという事でもある。インターネット上では情報がばれてしまうが、携帯電話のようなクローズドなネットの闇サイトであれば、被災地発行通行券下2桁の数字で、通信販売事業が可能になる。通行券の仕入れは、一区間だけ高速に乗って通行券を紛失したとして通行券無しで料金を支払って出てくるという利用方法で、合法的に入手できるとなる。紛失した通行券を無効化するには、合理的な時間を超えても清算されない通行券の情報が確定するまでやれないとなっている。通行券に、下2桁を刷り込む事はやっても、4桁全部を刷り込む、あるいは、ナンバープレートの写真を直接刷り込んでしまうというやり方もあるであろうし、その際のデータを保存しておいて、ナンバープレートから紛失したとされる通行券を割り出して個別に無効化する作業を行うというやり方もあるが、結局、被災者証明書という別の書類を使うという方法になったようである。
 これにも抜け穴はある。被災者証明書も免許証も、偽造がいくらでも可能である。免許証の偽造に比べれば、被災者証明書の偽造は簡単であるとされている。
 被災者証明書の真偽を料金所で見抜けるかというと、無理であろう。時間をかければ渋滞になる。
 やるべきではない事をやれと命じられた時に、理由をつけてできないと否定するのは、ぎりぎりの勇気である。そこで命じた側は謙虚になるべきなのに、反発されたからとムキになって別の制度をでっち上げて無理やり実現させたという印象である。思い付きを実現する為に、かえって事態をややこしくし、周りに迷惑をかけているという認識が無いのであろう。
 日本人の政府・お上に対する信用は、江戸幕府時代250年間の善政によって培われたモノであり、明治維新にしても、善政において江戸時代に負けないようにしようという意識があったが、第二次世界大戦後の日本においては、そのような意識は消滅し、政治が善政とはかけ離れた方向に向かいつつある。民主主義は、独創的な事を実現するのは難しい制度であり、善政は、独創的な事の一つと言えるようである。


[2011.6.19]
 分散と集約。
 どちらが良いかという話ではない。どちらが有利かは、状況による。
 リスクが大きい時期には分散投資が有利だし、絶対値上がりする(もしくは暴落する)と分かっている時には集約投資が有利である。都市機能は、配管や配線、人の移動コストや連絡コストが高価な時期には集約が有利であるが、それらのコストが下がってくると、騒音や空間の狭さといった環境の悪化が問題になり、分散した方が良くなる。HDDやメモリやCPUのコストが、通信コストよりも高価な場合には、中央集権的な集約システムが有利であるが、HDDやメモリやCPUが通信コストよりも安価になってくると、停電やテロや誤操作によるデータ消失やプログラムエラーのリスクが表面化してきて、それらの対策として自家発電や警備隊や人海戦術でのプログラム開発チームを維持するよりは、分散したり、オープンソフトの使用といった方向に向かう事になる。解雇したプログラマーや金に目が眩んだ従業員から情報が漏れるのを防ぐ事は不可能であり、機密性をシステム防衛に取り入れる事は、結果的に脆弱性に繋がる。
 人の集団も、既にお手本があって、それをなぞる事が目的の場合には、人海戦術でやった方が効率が良くなるが、お手本の無いフロンティアに立ち向かうには、集約しているとチャレンジができないので、後ろ向きの努力をするようになる。問題を解決することや売り上げを大きくするといった本来業務よりも、組織を大きくすることが、合理的なチャレンジとなってしまうのである。特別会計を作って天下り先を作るという官僚の行動や、成功した商品が出てきたら大資本で追い上げてシェアを分捕るという大企業の行動は、このあらわれである。
 高速道路の1000円走り放題や無料化を失敗だったと主張している人の論点には、現状認識に対するズレが存在する。一極集中が起きている状態で、土日のみや観光道路のみの方策を採るのであれば、観光客だけしか行かない。実験をするまでも無く、渋滞が発生して高速道路としての機能が損なわれるのは、分かりきっている。分かりきっていた答えを出して、それに満足しているようでは、問題解決よりも既得権益の極大化に努力している勢力と見られてもしかたがあるまい。国道化して完全無料状態にしなければ、工場や人家の分散は発生しない。
 円高な上にWTIも値下がり傾向であるというのに、ガソリンカルテルは値上げの方針を打ち出しているようである。これも、集中がもたらした弊害と言える。
 集中が効率的になるのは、解決すべき問題とその解決方法が明らかな場合だけであり、解決方法が不明な場合や解決すべき問題がとっくに解決されてしまっているのに解雇されたくないから組織だけは残さなければならない、あるいは、無能で解決すべき問題がある事にすら気がつかない、といった無様な状態になっていると、集中は非効率を生み出すばかりとなる。この状態になると、問題はあえて解決しない方が、組織は延命できるとなる。集中しているということは独占しているという事であり、その弊害が表面化するのである。
 集中が有効な局面は条件が限定されていて、一般性が無い。一般性が無いのに、それが長い間続いてきた為に、成功体験となって、集中する事が良い事だと、思い込んでしまっているだけなのである。人の立場の数だけ現実が存在するとはいえ、視野の広狭の差はある。集中しすぎていて視野が狭くなっているのではないかと、周りを見渡す余裕や度量が無いというのであれば、その程度の器局でしかない事を自覚するべきであろう。


[2011.6.18]
 南米チリのプジェウエ火山が噴火している。
 6月4日に噴火が始まって、かなりの量の火山灰を噴き上げている。この火山灰が、南半球の気候に与える影響が、問題となっている。
 大気中に噴き上げられた火山灰は、地表に届く光を減らし、寒冷化させる事が、過去の経験からわかっている。これから冬に入る南半球では、寒さがより厳しくなるという見込みとなっている。
 南半球向けの暖房用燃料の供給を増やすか否かという話もあるし、それが相場に与える影響もある。さらに、火山灰が来年の小麦等の農作物の作付けや、牧草の生育に対して、どのくらいマイナスの影響を与えるかというのも、ある。北半球で増産しないと、困ることになるかもしれないのであった。
 温暖化どころか、火山灰による冷涼化の影響によって、かなりの冷害が予想されるのであった。
 アイスランドのグリムスボトン火山の噴火があったが、1週間で終息したので、影響は余り大きくない。それに比べると、プジェウエ火山はまだ噴火を続けていて、おさまる気配が無いので、かなり影響が大きくなる見込みである。この火山灰が、中部及び東部赤道太平洋の水温を引き下げると、ラニーニャ現象となりかねない。早ければ今年の冬に大雪、来年の夏に猛暑といった影響が来るのが予想されるのであった。
 火山灰による温度低下でもラニーニャ現象になるのかどうかという点で、単純に適用するのは難しいのだが、南米で大規模な噴火は長い間無かったので、気象に与える影響を測りきれていないのであった。
 足元の地球にすら、まだまだ、謎な事は多いのである。


[2011.6.17]
 ギリシャで内閣改造という話。
 解散すればするほど首相の権力は強くなり、内閣改造をすればするほど首相の権力は弱くなるといったのは、誰であったろうか。
 改造が首相の権力を弱めるのは、大臣を外された人の恨み、なれなかった人の恨みが発生し、大臣になった人も、いずれ外されるから、就任中にコネを広げる為に首相よりも官僚の方を向いて仕事をするようになる為である。
 総主流体制や挙国一致体制などというのは、理念の中にしか存在しないという事である。
 緊縮財政に反対する公務員労組と民間労組が協同して、ゼネストをやらかしたギリシャは、政治的に行き詰まりになっていると言える。与党の政策に対し、労働者が叛旗を翻している以上、国民に信を問うべき状態と言えるのである。
 緊縮財政による債務の返済は、総論賛成各論反対という事になっていて、総論においては誰もが賛成するが、実際に削減されると、その対象となった人が反対運動を始める。その反対運動が、有権者の過半数を超えるのであれば、もう一度、選挙によって国家の進路を決めるべきとなる。
 それで政権交代が起きるとしても、それは、ギリシャの人々が決めた事であり、その結果起きるデフォルトの責任は、ギリシャの人々が背負う事になるだけである。
 民主主義は、一度始めてしまった以上、最後までそれを貫くしかないのである。
 国家財政の健全化において必要なのは、増税ではなく、税収増である。税収増の為には、工場を招き、産業を興し、雇用を増やさなければならず、それを妨げている法制度を改正していく事が、結果的に、一番近道なのだが、それを棚上げにして、増税や緊縮財政といった話になっている。支払う金が無い以上、緊縮財政になるのは当然であるし、支払い義務がある分を払う為の金の手当てをする為に赤字国債の濫発や増税といった目先の金にとらわれるのも、やむを得ないとはいえ、目先の問題の為に右往左往するだけでは、政治という制度は必要無い。政治とは立法であり、法制度によって発生している不況は法制度の改正によって治すしかないのである。
 ゼネストは、表面的には緊縮財政に対する不満の表明であるが、本質は、政治が為すべき事をやっていないという不満の表明である。
 改造をやっても、求心力は生まれず、むしろ、党の締め付けが緩まるだけとなるであろう。党の指示よりも労組の支持である。票の為なら党をも裏切るというのが民選議員制度であり、改造によって大臣から外された人や大臣になれなかった人には、それだけで、大儀名分ができてしまうのであった。

 6.15の日記を修正。"電気代は高いし雇用コストも高いとなれば。海外移転すれば会社だけは生き残れるが、居座れば、会社ごと消滅という事になる。"を、"電気代は高いし雇用コストも高いとなれば、海外移転すれば会社だけは生き残れるが、居座れば、会社ごと消滅という事になる。"へ。句読点の間違い。


[2011.6.16]
 はわっ。
 ねぼーんにゅ。o(>_< )oo( >_<)oじたばたじたばた
 夏至が近づき、夜明けは早く、日没は遅くなっている。梅雨明けも近く、いよいよ、夏が来るのであった。


[2011.6.15]
 イタリアの国民投票制度。
 さすが、ローマ帝国を滅ぼした蛮族の末裔だけあって、後先の事を考えない決断力である。後になってから、こんな筈じゃなかったとヘタレる所まで含めて、イタリアンなのであろう。
 原発を廃止するという議論をするならば、廃止した後をどうするかについての議論があって然るべきなのだが、その議論抜きで、国民投票にかけてしまっている。
 投票による民意は重要であるが、その民意を、十分に熟させるのが、議論の役割である。
 イタリアの経済が破綻状態に向かっているのは、議論よりも民意という性質にあるのではなかろうか。民意が優先されるのは当然であるが、道理よりも優先されるわけではない。借りた金は返さなければならないし、無い袖は振れない。道理よりも民意が優先されるならば、借金を踏み倒すのも民意によって正当化されかねない。
 このリスクは、デフォルトリスクの要因となりえる。
 金を借りる時は平身低頭だが、一度借りてしまえば、返さないばかりか、返済を要求すると人でなしと罵られるというのは、洋の東西を問わない。
 金持ちは、そういうトラブルを避ける為に貧乏人を雇って金貸しをやらせ、きっちりと回収できるようにする。これが、お金の世界の始まりである。
 ドイツと違って、イタリアの外貨獲得手段は貧弱である。発電所で燃やす燃料を買う事ができないし、製造コストの上昇は、外貨獲得能力の劣化に繋がる。ユーロ債を発行してという事になりかねない。それでなくとも慢性的赤字財政だというのに、ここで赤字国債の濫発となれば、プライマリーバランスどころか、破綻まっしぐらとなるであろう。
 いったい、どうするつもりなのであろうか。電気代が跳ね上がってから、慌てて原発再開で電気代を引き下げるとやるのであろうか。
 昔は、民間企業は政治の混乱に付き合わなければならなかったが、今は、海外にいくらでも工場を移転できる。電気代は高いし雇用コストも高いとなれば、海外移転すれば会社だけは生き残れるが、居座れば、会社ごと消滅という事になる。いずれにしても、雇用は激減するわけで、担税能力の減少と社会保障費の増加という結果は、赤字国債の発行となる。
 あれ、日本と同じジャン? 無能な政治家とサラリーマン取締役が勝手にやらかすよりは、国民投票がある分だけ、イタリアの方がマシかもしれない。
 東電株主は株価の暴落や無配で責任を取ったと寝言を言っているのが居るが、株主としての責任を果たしていなかったから、メルトダウンさせてしまったのである。メルトダウンによって、東電のバランスシートは債務超過状態にあり、政府の保護が無ければ事業継続は不能となっている以上、株主の発言権が通用するのは、今年の総会が最後となるであろう。最大の信用供給者が最大の発言権を持つという道理を捻じ曲げる事は、経済秩序を捻じ曲げる事になる。株主が責任を果たすというのであれば、東電が負担する事になる損害賠償金に相当する金額を第三者割り当て増資で全額賄う事である。既存株主が、所有株の割合に応じて出資金を払い込み、そのお金で、原発災害の全損害を賄えるのであれば、お金の世界の基準では、責任を取ったと見なされる。資本の増大に伴って配当は希薄化することになる。経営責任・出資責任というのであれば、ここまでやらなければ筋が通らない。株価の暴落や無配転落は無能な経営陣を放置した結果であり、その経営陣がやらかした大災害の責任は、未だ、取っていない。電気代を値上げしてとか、他の電力会社に負担を押しつけてというのは、間違った方法である。
 出資に応じるのが嫌なら、100%減資で出資金を上限に損切りをする事である。この場合、商法的には責任を取った事になる。実行者である経営陣や従業員が無限責任を負うだけである。もっとも、お金の世界では、以後、小口の木っ端投資家としてしか、相手にされなくなるであろう
 株主になるという事、出資するという事の責任を、軽く考えている人が多い。金は命と同じくらい重いのである。有権者になるという事、選挙や国民投票で一票を投じるという事の責任は、お金や命を使っても始末できず、他人の金や子孫が稼ぐであろうお金にまで影響を与える結果を招くという意味では、遙に重いのである。


[2011.6.14]
 参議院で問責が出る可能性について。
 菅首相は、赤字国債を出す為の法案も、2次補正もやりたいと色気を出しているようである。
 赤字国債を出す為の法案は、参議院の通過が必要であり、衆議院の優越が認められていない。このため、国が赤字財政を続ける限り、衆議院の優越は条文上だけにしか存在し得ない。衆議院の優越を取り戻したければ、赤字財政を辞めれば良いのだが、赤字財政を辞めるのではなく、赤字国債発行法案にまで、衆議院の優越を広げようという主張が出ているようである。今の与党は、万年野党時代に、さんざん、この赤字国債法案を通すか通さないかで、衆議院での優越を持っていた自民党に嫌がらせをしてきたのを、すっかり忘れているようである。何をやっても、民主党が次の選挙で泡沫野党に転落するのは確実な状態であるが、衆議院の優越を広げてしまっては、参議院は完全に不要な議院となるであろう。
 参議院で問責が通れば、審議は不能となり、国会を一旦閉じて、臨時国会を開かなければならなくなる。もちろん、問責が通った際の理由が解消されていなければ、冒頭で再び問責という展開もありえるわけで、国会が機能不全に陥る。野党が機能不全にしているのではなく、法令違反や責任を全うしていない首相や大臣・与党が、機能不全にしているのである。
 首相は外国人から継続して、多額の献金を受け取っていたというスキャンダルを抱えており、この問題が参議院に出てくれば、当然、問責となる。
 22日の会期末までの日数を計算すると、もうそろそろ、献金疑惑を取り上げ、週末には問責という形になるであろう。献金者の身柄を押さえて、いきなり証人喚問という荒業もあるかもしれないし、それを避ける為に友愛しちゃうという展開もありえる。
 これで、赤字国債法案の参議院通過はありえなくなったし、国会の会期延長も、問責が通る以上不可能になる。臨時会を即座に開くとしても、菅首相の退陣以外に、議院の秩序の回復は無理であり、次の首相を出さなければならなくなる。


[2011.6.13]
 原子力損害賠償支援機構?
 焼け太り法案が出てきた。電力会社から冥加金をかき集め、天下り先を作るというプランである。電力会社は、地域独占が認められているとはいえ、民間企業である。民間企業の不始末に、同業者が連帯責任を負えというのでは、株仲間みたいなモノで、カルテルが組まれていたという事を認める事になるし、これまでカルテルが組まれていなかったとしても、運上金を吸い上げられる以上、株仲間として、政府公認のカルテルを組む事になる。
 復興庁や自然エネルギー推進庁とかいう話も出ているようである。知識も経験も無く、社会人としての礼儀作法も知らず、まともな組織運営経験もない民主党議員に愛想を尽かしそっぽを向いている官僚に、ポストのばら撒きで媚びを売りに入ったと見るべきであろう。
 これが民主党の政治主導の末路であり、自民党よりも酷い結果へと向かっている。自民党は省庁を増やしたが、再編で減らしもした。政治家が無能だと、官僚を働かせる為に、ポストをばら撒かなければならなくなり、省庁が増えるし、言う事を聞く人を増やそうと、直接採用した人員が増える。そうやって膨らんできた人員に、何をやらせるかというと、現場の箸の上げ下ろしまで指図するような事となる。政治家がまともだと、省庁や人員は、必要無いとして減らされるし、国家予算の過半を占めている中央・地方の公務員人件費を削減できるようになる。
 中央が地方に対して細かい指図をしないと、ナショナルミニマムが維持できないというのは、担税能力が衰え、自己財源でナショナルミニマムを達成できない状態の地域が多い為である。中央からお金を貰ってナショナルミニマムを達成するのであれば、ナショナルミニマムを達成してしまうと、それ以上お金が入ってこなくなるという事である。ならば、別の用途に流用して無駄遣いし、ナショナルミニマムが達成されていないからという理由でお金を引張り続けられるようにしたほうが良いとなる。それを防ぐには、中央が地方に対して細かい指図をしなければならなくなる。
 平時であれば、中央が無能な地方を領導するのは、切り捨てられない以上、やむを得ないが、震災被害のような非常時になると、その地域を復興させるかどうかという点で、話が止まる。赤字の地域を再建しても、赤字のままでは、ただのお荷物である。
 黒字に転換する見込みが無い地域程、何とかして生き残ろうと、なりふり構わない方法に出てくる。落ち目で退陣確実の首相に、辞める必用は無い、もっと頑張れと声をかけ、支持者である事をアピールして、特別な配慮を獲得しようとするという、分かり易い媚態を取る。
 政治家は官僚に媚びを売り、被災者は政治家に媚びを売る。耳に心地よい言葉に実利で応えるのに必用なお金は、それ以外の大多数の国民から取るというのでは、大多数の国民は白けるばかりとなる。政治不信・行政不信・被災地不信といった、不信が募るばかりとなる。
 一年で首相がコロコロと変わるのも、連続当選する代議士が減って新人ばかりになるのも、それらの人物が無能だからであり、信を置くに値しないからである。
 自民党政治に対する不信を捉えて政権交代を成し遂げた民主党であるが、サヨクと、自民党を追い出された低品質議員の寄せ集め集団であるという点は何ら変わっておらず、自民党以上に無能で、結果的に政治不信を高めてしまっているというのは、当然の結末と言えるのであった。


[2011.6.12]
 シリアで反政府デモを弾圧中。
 シリアはイスラエルの北東部に接するイスラム国家であり、大統領制である。
 シリア側からみると、南西部でイスラエルに接し、北東部にはクルド人問題があり、東部には民主化したイラクがある。イスラム強硬派に牛耳られたレバノンとも国境を接しているし、北側にはトルコがいる。
 イスラエルは堕落したユダヤ人の国家だから、民主化されていても問題は無かったが、トルコやイラクが民主化されてしまうと、さすがに、シリアの人民を騙しきれなくなった。トルコだけならば、シリアと接するあたりは山岳地域であり、民主化の影響は低かったが、イラクの民主化は、かなり効いたようである。
 弾圧しきって独裁政権を維持するか、あるいは、弾圧しきれずに政権を追われるかというきわどい所に向かいつつある。
 シリアの国境は、植民地時代から第二次世界大戦後のゴタゴタの間に勝手に引かれたもので、それ以前からそこに住んでいた部族のテリトリーを無視して引かれている。このため、その国家に所属している事にメリットのあるうちは、おとなしくしているが、メリットが無くなれば、簡単に叛旗を翻し、場合によっては、部族のつながりによって、国境線を引きなおすという話になる。トルコとイランとイラクにまたがるクルド人居住区のように独立国家認証となると国際問題となってややこしくなるが、既存の国家への所属の変更であれば、二国間問題となって、当事者の意思が尊重されるという事になりかねない。
 トルコの国境に近いエリア、レバノンの国境に近いエリアといった所は、武器密輸の盛んな場所で、武装が可能であり、本格的な内戦へと発展させられるだけの実力がある地域でもある。
 内戦を継続して国土が分割されていくという結果は、好ましくないし、かといって、内戦を終わらせる為にシリアのアサド大統領を退陣させるというのも、味をしめた民衆の要求が暴走するきっかけとなりかねない。
 中東の問題は地下資源とイスラム教が原因であり、宗教統制や独裁制といった無理がある統治をやらなければならないのは、民族自決や民主主義という建前と、国境が勝手に引かれるような後進地域であったという現実の間に、中東の人々が暮らしている為である。
 民度が低ければ、宗教統制や独裁制を取らなければならない。しかし、宗教家や独裁者にとっては、統治の安定とは民度を低いままに維持する事となる。情報の流通の自由化によって、民度は強制的に引き上げられるが、それに宗教統制や独裁制による社会は、対応しきれないし、対応してしまっては、既得権益を失う事になる。
 民度を低いままに据え置かれた人々は被害者であり、宗教家や独裁者は加害者である。グローバリゼーションによって被害者は被害者である事を自覚し、革命の火があちこちで燃え始めるというのは、民度の低い人々ゆえの必然なのかもしれない。シリアのアサド大統領も、リビアのカダフィーも、火傷で瀕死の状態にあるイエメンのサーレハ大統領も、グローバリゼーションさえ無ければ平和だったのにと、歯噛みをしているのかもしれない。


[2011.6.11]
 P2Pに関する法改正の影響について。
 キャッシュだけでも有罪にできるように法改正されていた。ということは、著作物を買う資力の無い者でも、大量の著作物を保有・公開できるわけで、それをターゲットにしたビジネスが可能になる。
1)時代遅れのコンテンツを抱え込んだコンテンツ会社の株式を第三者割り当てで脱税したい人に売り、事実上のオーナーにする。
2)自己破産予定の人を用意する。
3)コンテンツをP2Pネットワークに流し、自己破産予定の連中にキャッシュさせる。
4)密告してガサ入れしてもらい、有罪が確定した後で、莫大な額の民事損害賠償を起こす。
5)自己破産予定の連中は欠席し、被告欠席の為原告の言い分が丸ごと通る。
6)判決が確定した後で、自己破産予定の連中に自己破産させる。
7)損害賠償金は全額踏み倒されるので、繰越欠損金になる。
8)旧経営陣は責任を取って辞任、繰越欠損金を抱え込んだコンテンツ会社のオーナーを脱税したい人に書き換える。
9)7年後、繰越欠損金が償却し終わったら、コンテンツ会社を買い戻し、1)に戻る。
 コンテンツ会社の売買は必要無いように見えるが、理不尽な額の民事損害賠償を起こすという悪名を金持ちが被るのは、世間体が悪いし、理不尽な額の民事損害賠償が確定すると、著作者に対しても配分しろという圧力が加わるので、それを踏み倒す為に、会社が破綻して身売りをしたという外形を整える必要がある為である。お金の世界は、お金持ちの人が自分でやると世間体が悪かったり前科が付いてしまうような事を、貧乏人を高給で雇って身代わりにやらせる世界である。
 この手法では、会社を実質的に譲渡してから繰越欠損金が発生するので、租税回避にはならない。コンテンツは、動画でも写真集でもコミックでも、何でも良く、古いコンテンツは売れないゴミだったのに、この法改正で金の卵になったわけである。しかも、現行法では初公表後50年間の権利が保障されているから、最初の仕込みに1年かけて7回転させて49年間というスケジュールも可能になる。もう、コンテンツから儲ける必用は無い。その内容がどんなにくだらなく、売れる見込みが無くても、著作物でさえあれば、脱税の道具として使えるのである。売り上げの為に、無理してポルノコミックやポルノDVDを作る必用は無くなったのである。脱税したい人と自己破産予定者を探す能力さえあれば、コンテンツ会社の売り物はいくらでもあるので、美味しいシノギになる。
 著作権法は、文化の発展に寄与することを目的としていた筈なのに、著作者よりも著作権者の言い分を聞いている為に、文化とは無関係な方向に発展させてしまっているのであった。
 一番最初の公開者が権利関係を処理していると判断するのが消尽理論であり、ネット上に出ているコンテンツは、一番最初の公開者によって、その公開方法における権利関係が処理されている筈というのが当然の結論となる。権利が処理されていないという主張をするのであれば、ネット上において公開されているデータと、権利の対象となっているデータとが同一である事を証明する必要があるが、この証明の為には、権利の対象となっているデータを公開しなければならないし、訴人がオリジナルであり権利者であることを証明しなければならない。それには、ネットでの公開や継続して新作を発表し続けているという実績が必要となる。それらを裁判所が判定するというのであれば、裁判所は、オリジナリティの判断や、権利の対象となっているデータが公衆の要求を満たすだけの複製が公開されている事を最初に判定しなければならないとなる。
 現代において、ネットによらずに公衆の要求を満たすだけの複製を公開する事はナンセンスであり、ネット上で無制限無条件の公開をしていない以上、公衆の要求を満たしていない著作物であると判定する事になるのだが、さて、裁判所にそこまでの判断を下せるであろうか。民事裁判は、損害賠償金を確定させる事が目的の連中しか出てこないから、民事で判例を作るというのは通用しない。
 良かれと思ってやっているのであろうが、統治の能力や適性が欠けている人が、官界・政界に増えているようである。


[2011.6.10]
 円高?
 ドル安、ユーロ安であって、円の価値も毀損されているが、毀損の度合いが相対的に低いので、結果的に円高となっている。
 それにしても、ずいぶん前から80.00を割ると言われていたのに、自動車業界は全然準備をしていなかったようである。
 海外生産という下策で対策を取ったとしている軽工業は論外である。
 円高になって海外市場では値上げしなければならなくなっても、その値上げを正当化できるだけの機能や性能の向上を恒常的に維持し、日本国内に工場を作り、雇用して生産し、海外に輸出するという構造を作らないと、日本の経済は衰退するばかりである。その為に、政治に対する影響力を行使するならばまだしも、円高対策を求めるというのでは、状況が悪化していくだけとなる。
 日本に工場を残す事は間違いとなっていくが、海外に出て行っても、政治に対する影響力を正しく行使できないのであれば、技術と資本を吸い取られるだけで終わるであろう。母国ですら使いこなせなかったのが、余所者である他国において使えるわけが無い。


[2011.6.9]
 東北地方の高速道路の無料化。
 全国的に行っていた高速道路の休日1000円と無料化社会実験を終わらせ、その分を、東北地方に注ぎ込む、余った分は子供手当て等のばら撒きにつかうという話である。財源である揮発油税は受益者負担の税であり、東北地方の為に、日本中が負担しなければならないというのは、筋が違う。復興という建前があるが、それだけで押し通すには、無理がある制度である。
 この話には、8月一杯までを限度に、中型車以上を無料にするという話がついている。中型車以上の大部分は軽油を燃料とする車両であり、ガソリンに課税したお金で、軽油で走る車を優遇するというのも、筋が通っていない。
 この話は、軽油に対して、揮発油税の割り増し部分に相当する金額を課税し、それを財源として、軽油使用車両に対してもガソリン使用車両と同等にするという前提を通してからという話にするべきであろう(cf.[2008.5.10])。軽油分の割り増しを使って始めるが、税収の見込みが不明なので、東北地方の復興の為に割り当てるとして様子を見るという建前でならば、まだ、国民を説得できたであろう。説得する、説明するという姿勢がまるでなく、底の浅い思い付きを勝手に並べているだけなので、国民の理解を得られないのである。
 それにしても、東北地方だけというのは、拙劣である。全国的に行い、その中で、東北地方を重点的にというのであれば、まだ筋が通るが、全国的に廃止し、東北地方だけというのでは、負担が目に見えてしまい、東北地方に対する国民の感情が、マイナスに向かう。その感情は、同時に、政府・与党にも向かうのである。
 現状の高速道路の無料化は政治的にころころと変わる以上、観光以外の目的では利用されない。それをあてに、工場を設置したり住居を移転したりといった、人口と産業の分散には、繋がらないのである。これでは、均衡の取れた国土の発展にならない。
 政治の貧困によって、制度がころころと変わり、観光地としても、設備投資や雇用の変動に巻き込まれて、迷惑を蒙るという状態になっているのに、気がつかないのである。当時者に聞こうとしても、本当の事は、批判になるから口を噤まれてしまうのであった。


[2011.6.8]
 新しいHDDを買ってきた。
 ファイルの断片化が激しくなって、動作がもっさりとしていた事、PIO病を発症していた事、綿ホコリが積もっていて、湿度が高くなる季節なので、大掃除をしなければならない事といった理由がつもりつもって、まとめて解決する為に、あたらしいHDDを買ってきた。
 振動に弱いというWDを避け、今回はシーゲートである。
 NTFSはデフォルトで4KiBのアロケーションユニットサイズを使い、転送処理を行うのに、HDDの処理が512B毎であった。そこで、HDD側が4KiB毎の処理にするというのが、AFTの本質であるが、これに伴って、パーティション開始オフセットの問題が表面化してしまった。512Bを8個、まとめて処理すると4KiBになるのだが、HDDのセクターが8の倍数からずれていた為に、HDD上のフォーマットとデータの配置が、1セクター分ずれてしまい、余計な読み書きが発生する。それを防ぐ為に、パーティション開始オフセットを8の倍数に直すというのが、Advanced Format Technology(AFT)におけるパーティションアラインメント問題であり、それを解決する為の方法として、Windowsで使う事を前提とするならば、ジャンパーピン設定のWDよりは、拡張パーテーションで論理ドライブとしてフォーマットするだけのシーゲートの方が、簡単である。
 linux等のUnix系では、パーティション開始オフセットをGNU parted等を使って、手作業でずらしてパーテーションを作る事になるのだが、Windowsでそういうやり方を取れなかったというあたりに、この問題の根っこがある。HDDのパーティション開始オフセットをユーザーが操作できるようにする事は、ユーザーフレンドリーではないという判断なのであろう。
 デフラグをするよりも、丸ごとコピーをしたほうが、データの並びは確実に綺麗になるし、電源を落とす時に掃除をして綿ホコリも取れる。PIO病はPIOモードになっていたHDDのレジストリの値を書き換えて再起動で治る。
 と、予定通りにいけば昨日にも復活していた筈なのだが、誤操作で移動のつもりで消去してしまったファイルのリカバリーで、まだまだ終わっていないのであった。
 それにしても、P2Pで最初にデータをネットに流した一次放流者ではない、流通しているファイルをキャッシュしていた人が逮捕されているという事案が報道されているが、公判が維持できるのであろうか。ド田舎であることから、家族が容疑者のアニメ趣味を止めさせようとして密告して始まったドタバタに、警察が巻き込まれたように見えるのであった。


[2011.6.7]
 アラブの春。
 民主化闘争で荒れているアラブであるが、一時の高揚が薄れ、現実的にならざるを得なくなりつつある。
 新しい権力者層が、かつての独裁者と同じ生活をやろうと、公金を使い込みはじめ、支持者へのばら撒きで、社会保障費が増大しつつある。独裁が維持されている国家においても、宣撫の為の社会保障費の増大が発生している。それらのコストを賄えるのは、地下資源しかない。原油市場に徐々に売り物が増えていて、資源価格は先物を含めてフラットになっている。投げ売りではなく、一円でも高く売りたいので、値段が下がらないようにこまめに売りを出しているようである。政治的安定度が低いので、長期の大型契約という話は出てこないが、直接交渉でスポットでならば、かなりの量を手当てできる状態になっている。お金が必要なのである。
 エジプトは、イスラエルとの国境地帯にあるパレスチナ人居住区の封じ込め政策を転換し、国境を開いた。パレスチナの取り込みによるシナイ半島の安定化という狙いであろう。パレスチナが元気になれば、イスラエルはシナイ半島に南下できない。ただし、パレスチナが元気になりすぎると、エジプトとパレスチナが同一視されて、叩かれることになる。
 独裁者を追い出し、民主化を実現したが、さしたる成果は何も無い。産業が興るわけでも、海外から工場が移転してくるわけでもないとなれば、再革命を防ぐには、外敵の存在によって国内を引き締めるくらいしか無いわけで、丁度良い敵となると、イスラエルとなる。民主主義国家同士の紛争となると、国際社会としては、表面的には介入しにくい。
 アラブの春によって、消費生活の発展は正当化され、それを賄う外貨獲得手段として、地下資源の売り物が増えるという点は、変わらない。
 ドイツが脱原発をやるようであるが、当面は、地下資源に頼った発電で乗り切れるという目論見であり、これには、アラブの春による資源価格の低下が織り込まれている。ドイツ製の工業製品の輸出先であるアラブから、地下資源を買わざるを得ないドイツにとっては、十分にありえる選択である。
 原発廃止を訴えている連中は、こないだまで地球温暖化を訴えていた連中であり、その変わり身の速さと節操の無さについてはあえて取り上げないが、化石燃料を燃やしまくるのが、当面の欧州の政策になったわけである。
 アラブの春は、グローバリゼーションの一面である。消費生活の水準は、一度上がってしまうと、なかなか引き下げられない。後戻りが難しい変化であり、それを賄う為の経済力を、どのようにして、獲得・維持するかという問題に直面する。この問題の解決能力が無かったり、衰えてしまったりすると、ギリシャやアイルランドやポルトガルやスペインや日本のように、破綻に向かう事になる。


[2011.6.6]
 サマータイム。
 始業時間を1時間程度早めるサマータイムが、節電策と称して、あちこちで行われている。以前、サマータイムを行った時に、全然省エネにならなかったという事実を学習していないのであろう。
 時間を早めるサマータイムでは、早い時間帯からクーラーが稼動を開始し、周囲の気温を高めてしまう。オフィス内だけ、会社が負担する電気代だけを考え、設定温度を高めにしたり、昼休みには止めたりといった事をやっても、クーラーは電力を熱に転換しながら、室内の熱を屋外に放出する機械であり、屋外に放出された熱は、ご近所の環境を悪化させ、連鎖的クーラー稼動を働きかけてしまう。
 節電に努力していますというポーズをとるのは、世間体を良くする為であろうが、それが、熱の発生を早め、朝の涼しい時間帯を壊しているのである。
 この日記では、時計を遅らせる逆サマータイムを提案している(cf.[2007.6.3])。
 朝の涼しい時間を長引かせ、クーラーを稼動させる時間帯を短くするのが主目的である。照明や暖房が高価な時代には、日照を有効利用する為に、夜明けを基準に活動する方が効果的であるが、照明コストが下がり、冷房という高コストの道具が必然となるのであれば、その活用時間を可能な限り短くする為には、時計を遅らせた方が良いとなる。
 この他に、夜間電力をあてにして、深夜操業という事を考えている所もあるようだが、真夏の夜勤をやった事が無い人が考えているのであろう。真夏の夜勤の一番辛いところは、昼間、暑いさなかに寝なければならない事である。暗くするには締め切らなければならず、クーラーをつけなければ寝られない。会社は夜間電力で節電できても、従業員は睡眠を取る為に、昼間にクーラーをつけて寝る事になるので、全然節電にならないのである。しかも、昼間、ずうっとクーラーがついているので、ご近所さんに迷惑であるし、身体にも良くない。
 エコといっている連中は、地球環境がどうのこうのと高説を垂れ流しているが、ご近所や世間といった現実を、見ていないのではないだろうか。考えが浅いから、時計を早めるサマータイムや、深夜電力の有効活用といった、身勝手なプランを出して、努力しているつもりになっているのである。


[2011.6.5]
 現役首相が公然と嘘をつく。
 65歳にもなって、このザマというのは、恥ずかしいとは思わないのであろうか。
 内政の山は一つ越えたと思って、ニュースの巡回先を外電に戻したら、とんでもないことになっていた。
 今国会の会期は6月22日までであり、政治空白を無くすというのであれば、直ちに民主党代表選を公示し、6月23日から臨時国会を開き、冒頭で新首相の所信表明を打つというのが、常識的な展開であろう。無能な阿呆を外し、衆参で過半数を取れる首相を出すというのが、最低条件であり、主導権を取り続けられる相手となると、公明との連立という結果になる。
 不信任は否決されたが、野党に首を切られるという形を否定しただけで、自発的に降りるという形になっただけであるという認識だと思っていたのだが、そう思っていたのは、不信任案に否決の投票をした間抜けどもだけで、首相とその周辺は、最初から騙すつもりでいたという事である。
 この不信任案では、賛成票を投じた者と欠席棄権した者がマシで、否決票を投じた者は、全員、政治家としては不適切である。この投票結果は、次の選挙の時に、有権者の投票行動に大きな影響を与えるであろう。
 議員で無くなった後に、世間からどのような目でみられ、処遇されるかを想像する事ができないというのは、未来に対する想像力の欠落というよりも、自己を客観視できていないのではなかろうか。
 いい年をしているのにねぇ。


[2011.6.4]
 はわわっ。
 ねぼーんにゅ。o(>_< )oo( >_<)oじたばたじたばた
 土曜日という事で油断があったのであろう。


[2011.6.3]
 不信任案が否決される。
 自民党的なモノを否定して政権についた身にとっては、自殺行為であるという事に、気がつかなかったようである。
 政権や議席は維持できたが、民意はいっそう離れたわけで、首相の首を挿げ替えたとしても、たらい回しでしかない。政権担当能力が無いという事については、なんら変わっていないわけで、次の首相が誰になったとしても、国民の支持は集まらない。衆議院の3分の2が使えなくなった以上、参議院の過半数を取る為に公明党との連立・連携が必要となる。次の民主党代表は、公明党に指名権があるという状態になったわけである。
 野党の出した不信任案に乗じるのは党人としていかがなものかという理屈を通した為に、野党、それも、Casting voteを握っているだけの弱小勢力に党代表の指名権を握られるというのは、本末転倒である。この点においては、自民党よりも愚かだと断言できる。
 支持無き政権がどうせ不人気ならばと、消費税の引き上げをやらかすようである。社会主義政権特有の所得の再分配政策であり、富の生産が無ければ分配すべき富自体がなくなっていくという現実を食い止めるどころか、加速させるだけとなるであろう。
 この内閣不信任案によって、菅内閣だけでなく、民主党自身がlame duckである事が、明白となったわけである。
 残り任期をlame duckとして過ごすというのは、日本の政治がその期間、麻痺したままとなるという事である。
 国民の支持を失った政党が任期一杯まで居座るという現象を防ぐ為に、国会議員に対するリコール制度が必用であるという認識が広がった事が、民主党が政権についた事によって生じた、唯一の良い事である。


[2011.6.2]
 不信任決議案が提出された。
 というわけで、自民公明以外の政党は、右往左往の大騒動である。政権についた経験が無い為であろうが、政権につく為に欠けている物があるという事である。
 機を見るに敏である事と、鈍感である事の両立、誠実としたたかの同居と、正反対の要素を、時に応じて演じ分けるというのが、民主政体における政治家の宿命である。
 民主制は国民のレベルに応じた政治家しか得られないというが、国民の標準的な機敏さと鈍感さ、誠実としたたかの使い分けと、同程度の能力という意味であろう。専門化が進んで複雑になってしまっている現実に対し、万能の天才はありえないのだし、一途に道を極めている人に、別の事をやってきた人が指図を出して通用するわけが無い。だから、権力者による統治である王制や寡頭制は否定され、民主制が選択されている。この状況において、特殊な能力や技芸において認めてもらいたければ、それに一途であるべきであり、政治家は、政治家という職に一途になるしかない。国民からみて、侮られない程度に、機敏であり、鈍感であり、誠実であり、したたかであるというのが、政治家の条件となるのである。
 今回の騒動でも、政治家として不適切な人材が炙り出されてきている。その最たるのが当選10回の菅首相であるが、それに与するという形で適性の欠落をアピールしている者が、わらわらと出てきている。選挙の洗礼を受けても、万年野党で能力を問われる環境に居なかったので、馬齢を重ねていたという事である。一年生議員だけでなく、そういう馬が結構居たようで、これらは、次の選挙で落とされるという形で淘汰されるであろう。
 仮に、ポストと政党交付金をばら撒いて議員を引き止め、菅政権が延命したとしても、次の選挙までに党勢が回復する見込みは無い。この場合、不信任案に賛成したとして離党する小沢グループは、参議院議員を引き連れて離党となり、自民党と野合する事になるので、参議院の勢力は完全に野党が優勢となる。赤字国債法案は、首相の首を差し出しても絶対に通らなくなり、衆議院の3分の2による再可決も不可能になる。八方塞りで、結果的に、国民に信を問うしかなくなり、不人気の菅民主党という泥舟に乗ったまま、沈む事になる。
 国民と同程度ぐらいの先の事を考える能力があれば、選択は決まるのだが、その程度の能力すらないとなれば、次の選挙で落選という結果に甘んじるのも、必然であろう。
 13:20追加。
 民主党の党代議士会で菅首相が発言。
 復興基本法と二次補正予算が通ったら辞職する、党を壊してはならない、自民党に政権を奪われてはならないという事を当面の目標としているようであるが、対策法や補正予算が通らなければ職に居座るという事であり、不信任決議が通っても、解散せずに総辞職するという事であり、党の勢力を維持する為に、造反議員に対しては一切処分しないという事になる。
 となれば、不信任を通して総辞職させた方が、民主党内の旧社会党勢力を黙らせられるとなる。造反しても処分しないという言質を取られたという事に気がつかないあたり間抜けである。
 野党との協力体制を築くには、不信任案を通して面子を立てなければならないし、違法子供手当ての鳩山、一億円ザブトンの小沢、外国人献金の前原・菅がいる政党とは協力できないという前提は、何も変わっていないのであった。


[2011.6.1]
 菅首相、最後の調整に失敗。
 2010年6月4日に行われた民主党代表選挙は、菅氏と樽床氏の一騎打ちであったが、あれから一年である。
 民主党は、鳩山・小沢の政党であり、無能と不祥事で党の顔を張れなくなった為に、傍流派閥の菅氏が代表となっている。雇われマダムのようなもので、オーナーの顔色を伺っていればいいのに、"民主主義とは期間を区切った独裁"であると独り善がりな主張をし、独断専行を繰り返した。
 オーナーとしても、これ以上勝手にやらせていたら、店が潰れてしまうとして辞任を働きかけたが、そのオーナーに対して喧嘩腰で対応し支持を失ってしまった。
 内閣不信任決議案は、他の議題に優先する議案であり、提出されたら、全ての案件を差し置いて審議に入らなければならない。審議を長引かせる事は難しく、民主党の両院議員総会を開く時間的余裕は無くなったわけである。今日の党首討論終了直後に議員総会を開くと事前に通告して、党代表解任による辞職にするからと寝技に持ち込む可能性は0ではないが、代表解任をやれる議員総会を一日で開けるかどうかというと、無理であろう。党執行部を牛耳っている菅氏が反対派に開催を通告せず、勝手に開いて議員総会は無事に終了したと既成事実化をやろうとしても、招かれなかった反対派議員は事実上の除名処分を受けたと解釈し、不信任案に賛成に回るだけとなる。これで時間を稼げるのはせいぜい1日であり、明日にはやっぱり出されて、遅くとも3日には採決となるであろう。
 党内のゴタゴタで済ませるには、既に手遅れである。
 で、この後の展開であるが、除名者新党の代表は、樽床氏がつくというのが、落し所になるであろう。小沢氏や鳩山氏や前原氏は無所属として、院内会派で参加である。神輿は軽くて馬鹿が良く、外からコントロール可能な人材として、手ごろである。自民党との連立政権において副首相となり、末は衆議院議長を目指すというパターンになるであろう。副首相は解散権に対する拒否権を持つ事だけが仕事なので、政権担当能力が無くてもボロが出ない。それ以外の議員達も、副大臣や政務官ならば、政権担当能力が無い事がばれないし、経験を積んで勉強していくという環境を手に入れられる。
 選挙になれば、民主党は壊滅して除名者新党に成り代わるし、選挙にならなければ、民主党は菅代表のまま野党に転落する。どちらにしても、参議院の勢力に頼りきった、社民連のような泡沫政党になる。党代表の器局に見合った大きさになるわけである。


[2011.5.31]
 東電の格付けが投資不適格に。
 S&Pが東京電力の長期会社格付けを投資不適格であるB+にまで引き下げた。
 これで、新規融資も社債の発行も不可能になり、株式を保有している投資家は、評価額の時価基準での再評価が必用となった。莫大な損失を計上しなければならなくなったのである。
 東京電力のgoing concernに赤信号がともったわけである。
 こうなった以上、この日記の4月21日に書いたように、電力供給の安定の為には、政府保証をつけるしかなく、その為には、100%減資の上、上場廃止、一株だけを発行して第三者割り当てで政府が買い、全発行株式保有という形式に持っていくしかない。社債や融資、福島第一の核物質漏洩に伴う損害賠償義務と東電資産を見合いにするしかないとなる。従業員は一旦全員解雇の上、新しく設立する東京電力新社に採用、東京電力新社は、東京電力から設備や営業権を借りて電力供給業務を続けるとなる。ここで重要なのは、東京電力新社という別会社が、営業所や発電所等の設備を借りるという事である。社債保有者や金融機関や被災者が東京電力の資産を担保として差し押さえをかけようとした時に、対抗するには、別法人に賃貸中という事実が必用となる。送電経路の一部でも差し押さえられてしまっては、電力供給の安定が難しくなる為である。
 解雇して新社へ採用という作業を挟むことで、大幅な人員の削減と給与待遇の切り下げも実現できる。
 東京電力の負債の支払い力は、分不相応な人件費等のコスト削減以外に無い。そして、それが実現できるのが、地域独占企業という例外的条件なのである。


[2011.5.30]
 選挙になるなら、6月の下旬までに投票日が来た方が、暑くならなくて良い。
 株主総会の時期にぶつかるが、昔と違って、総会屋が絶滅状態なので、この時期に選挙が移動してきても、困らないであろう。むしろ、真夏の暑い時期に供応の内偵をやるよりは、マシである。
 不信任が通ってから9日目までに解散で、40日以内に投票なので、仮に6月3日に通ったならば、7月17日までにとなる。それよりも遅れると完全に夏休みに入るので、浮動票が増えてしまう。浮動票を減らしたい公明党的には7月17日がベストであろう。しかし、民主党的には、造反議員の新党に活動の余裕を与えない為には、迅速な公示・投票が効果的となる。新党結成の余裕を与えないとすると、6月中旬に投票日を設定するということがありえる。震災対策の為に政治空白は許されないと主張している以上、この展開が、一番ありえる。
 今の状況であれば、自民党は黙っていても大勝できるから、いつでも良いとなる。
 暑さが増してきて、電力不足による大停電が起きるまで長引かせては、与党・民主党の立場は決定的に悪くなる。しかも、大停電後は、計画停電が再び施行されるであろうから、時間がたてばたつほど、民主党政権の無策が浮かび上がる。どうせ政権を奪われるのだから、早めに自民党に押し付けて、対応の為の時間は十分にあったと主張する根拠を作るのが利口な方法なのだが、そこまで知恵が回らないのであろう。
 菅代表の自発的総辞職が、誰も傷つかずに済む方法なのだが、無能を晒したまま政権にしがみ付くのであれば、議員総会で代表解任案に賛成、それでもダメなら、国会で不信任案に賛成というのが、民主党議員の足りない頭で考えた精一杯の本音であろう。先の事を考えていれば、もっと前倒しになったであろうに。


[2011.5.29]
 梅雨入り。
 台風に刺激されているとはいえ、地域的に、前線が停滞して雨が降り続いている以上、梅雨入りしたとしても差し支えが無いとなる。
 気象の定義において、広域的・大域的な前提条件が揃った時を気象現象の前提にすると、現場で起きている事実を無視する事になりかねない。
 観測網を充実させたいという本音が、結果的に判断を邪魔しているということになる。
 長期的な予報を的中させるには、現在の観測網は不十分であるが、短期的な予報であれば十分であるという現状が、投資を拡大するか否かという判断を難しくしているのであった。
 科学・技術立国を目指す以上、投資は続けるべきであるというのが筋なのだが、無い袖は振れないというのも筋である。一極集中で投資分野を限定しても、その分野の選定に失敗すれば、全部が無駄になりかねない。
 太陽電池の効率を上げる研究が進んでいるが、藻から油を搾り取り、絞り粕はアルコール発酵させるという手法の方が、エネルギー効率的には遙に上回るし、水資源の豊かな日本にはふさわしい。既存山林の木材資源にしても、高速道路の国道化によって輸送コストを大幅に切り下げる事ができるのであれば、火力発電用の燃料としての転用が可能になる。木材だけを燃やした灰ならば、酸性土壌の改良材として使える。
 太陽電池は、時間と共に性能の劣化が始まり、電池本体だけでなく、そこから電気を取り出す電線や整流装置等の耐用年数が短く、採算が取れる時期が永遠に来ない状態にある。特に、日本は高温多湿であり、電気系そのものである太陽電池にとって、環境は劣悪である。ほとんど雨が降らず、雲も発生せず、風も吹かない砂漠や礫砂漠のような環境でないと、太陽電池発電は採算は取れない。
 台風や梅雨が目の前にあるというのに、日本中の家のすべての屋根に太陽発電パネルを載せる等と吹いているが、もう少し、現実的になるべきであろう。
 さんざん独断専行しておきながら、民主党は一致して行動できると言っているようでは、現実を見ろといっても手遅れだろうがね。


[2011.5.28]
 内閣不信任決議案において、賛成は固より欠席でも造反とみなし除名処分にする。
 欠席しても賛成しても、どちらも同じならば、賛成した方が、国民に対しては申し開きが立つ。不信任が通ったら、閣僚を解任してでも解散をぶつと主張しているとなれば、なおさらである。民主党を除名された方が、選挙においては通りが良い。自発的離党者や隠れ民主と言われるくらいならば、不信任案に賛成して除名されたとアピールした方がマシとなる。
 賛成者を除名した上で解散したら、民主党の衆議院議員数は一桁台にまで減る。当然、参議院の勢力が民主党の党内力学の主成分となる。
 民主党の参議院議員数は106人。小沢派37人、鳩山派10人では、過半数に8人足りない。参議院議員を8人以上抱えているグループのトップは、小沢・鳩山連合に与するという選択肢しか、残っていないとなる。解散総選挙で生き残るには、不信任に賛成して除名された方が有利であるが、除名された後、復党するには、参議院における多数派をキープしておく必用があるからである。民主党の衆議院議員が一桁台にまで落ち込んだとしても、参議院議員の多数派との連携によって、復党できる。一時的に離党する事になったとしても、ここで旧社会党の膿を出し切れた方が、都合が良いとなる。
 いちばん困るのは、不信任が通った後で、除名はするが、解散はしないという展開であるが、この場合、除名した以上、民主党は衆議院で多数を取る事ができない。菅元首相は民主党総裁に居残りするだろうから、自民党と民主党の連立はありえない。おそらく、自民党と除名者とが野合した連立政権となる。
 ただし、自民党としては、違法子供手当ての鳩山、1億円ザブトン4個の小沢、南鮮人から政治献金を受け取っていた前原・菅が存在する政党とは、連立を組めない。除名レベルの不祥事をしでかしている議員と、同じ釜の飯は食えないのである。鳩山・小沢・前原抜きの、除名者新党というのが最低条件となる。院内会派としてならば組めるから、票読みにおいては計算に入れられるのだが、有権者に対するケジメとして、そういう配慮が必要となる。連立政権においては、解散権に対して拒否権を持つ副首相ポストと、副大臣全部、政務官半分というのが、除名者新党側のポストの落し所となるであろう。
 野党に転落した菅民主党は、参議院の勢力に恃む事になるが、ここで、民主党参議院議員団の過半数を支配している事が、意味を持ってくる。総裁任期がくれば、菅総裁は落選となり、次の党代表の下で除名者新党の吸収による民主党の再構成が行われる。除名した議員が大手を振って戻ってくるのを見たら、いかに恥知らずの菅氏と言えども離党するであろう。結果的に、自民と民主の連立という形になるが、このタイミングで、連立政権が解消されて、解散権に対する拒否権が消滅し、解散総選挙となるという可能性が高い。


[2011.5.27]
 福島第一で、首相の指示に逆らって海水の注水を続けていた事が暴露される。
 当然の事であろう。いかに首相といえども、安全な場所で専門知識も経験も無い者が、現場の細かい作業に指示を出す事は、間抜けで阿呆な事である。
 メルトダウンしている原子炉を直接相手にしている者が、そんな指示に従う方が、おかしい。
 首相のみならず、官房長官も、野党の党首も、いったい、どこの将軍様のつもりなのであろうか。
 指示を出したければ、現場の最前線に立ち、作業員と一緒の釜の飯を食ってからである。もっとも、飯の数が偉さの順番なので、昨日今日から食べ始めただけで、先任達を、アゴで使えるわけではない。
 人の上に立つという事を、選挙で勝つ事、テストでよい点を取る事だと勘違いしているのであろう。選挙で勝ちさえすれば、一流大学に入って有力官庁に採用されさえすれば、万民の上に立てるというのは思い込みでしかない。選挙で選ばれる政治家を始めとする公務員は、社会の小間使いである。民主制というのは、権力者を選ぶ制度ではなく、人民の代表という名の奴隷を選び出す制度でしかない。人民の為の奉仕者としての自覚が無いから、ああなるのであろう。
 そんなものに喜んでなりたがるのは、自覚が無いという証拠である。
 政治家も官僚も、高給で優遇されているのは、そうでもしないと、まともな人はなりたがらないからである。ここで、レモン市場現象が発生する。
 高給優遇しなければまともな人は来ない。しかし、採用した人が、すべてまともな人であるという保証はどこにもない。そこで、まともな人一人と、普通の人数人分を混ぜて平均化した待遇で募集するとなる。すると、まともな人にとっては安すぎて応募するに値せず、普通の人にとっては高待遇なので飛びつくとなる。結果として、普通の人ばかりが集まり、賃金は高いがアウトプットが低く、コストパフォーマンスが悪くなる。さらに、高待遇に勘違いをして、あたかも自分が優秀な人材であると思い込むようになるのである。
 政治家も官僚も、レモン市場となってしまっている。
 この市場を改善するには、情報の非対称性を打破する事であり、情報公開となるのであるが、今の民主党政権は、議事録すら取らない。議事録を取ると、間抜けな発言が記録されてしまい、不都合だからという事である。情報公開の為に必要ならば、記憶をつきあわせて事実を再構成すると言っているが、これは、力関係によって、不都合な事実を全部改変し、捏造すると言っているに等しい。中国や南鮮のようなことを平然と言っているのである。


[2011.5.26]
 SNS(Social Network Service)について。
 SNSは、実名が保証されているやり取りができる、ノイズが少なく、有意義なやり取りができるという建前で、ブログから、人が移動していった。ブログにおけるコメントやトラックバックに、SPAMが増えてくると、コミュニケーションが妨害される事から、そのようなノイズが排除される環境へと、移動したというのが、表向きの理由である。
 しかし、本音は、付き合いたくない人が出てきたからである。コメントやトラックバックには、同意や賞賛するコメント・トラックバック以外禁止したいというのが、自己顕示欲の発露としてのネット活動である。
 時間が経てば、興味分野も変わるし、ネット上でコミュニティを作ってきた人の能力の上限も見えてくる。女性の場合、結婚の可能性としての三高条件の上限が、徐々に上がっていくというのもある。その集まりを維持する意義が無くなった時に、その集まりを、どのように解消するかという問題が出てくる。この手法の一つとして、ブログからSNSへの移動という手法が利用されたのである。移動先を知らせる相手、知らせない相手という選別が可能であるし、偶然、移動先で出会っても、友人として認定するか否かという選択肢が出てくる。
 アドレス帳を整理する為に、携帯電話の機種変更・契約会社変更をするようなものである。最近は、アドレス帳を完全移転できるようになっているらしいので、この手は使えないようだが、二台目無料等のサービスを使って、複数台を所有して使い分けと、同伴出勤の相手を常に探しているキャバ嬢のような事になっているらしい。
 最近は、SNSから別のSNSへの移動となってきている。そこで、新しいSNSが出てくると、民族大移動が発生するようになるのである。
 移転する度に、付き合う相手、縁を切る相手と区別を行い、振り落としていくのである。勿論、新しいSNSでは、新しい人が簡単につかまるという環境もある。特に、女性から招かれて拒絶する人は滅多にいない。
 SNS側としては、利用者に広告を見せて、出広者からお金を集めて運用しているのであるが、古いSNSは、ユーザー数が多くても、活発なコミュニティが少なく、広告の露出数は捏造されている可能性が高い。アカウントを消してしまっては、切り捨てた人達が、切り捨てられたと気付いてしまうので、アカウントは放置する傾向が高い為である。新しいSNSはユーザー数が少なめでもアクティブなユーザーが多く、広告の露出数は増える傾向にあり、ユーザー数が少ないのにアクティブであるということから、もっともっと成長するに違いないと、誤解させる事が可能となっている。
 このような、新しい場所を作って、移転しながら、要らない人を篩い落とすというのは、インターネット創世記から続いている手法である。IETFのワーキンググループでは、未だに、この手法が使われている(cf.[2007.1.17])。これに代わる有効な方法が見つかっていないというのもある。
 SNSという、ユーザーを囲い込んで広告を見せ、広告料を集めてというやり方は、ブログとやっている事は変わらないけど、広告という商売をやる為に必用だからという形式でしかない。SNSに熱中している利用者を、SNSの運用側は、どのように見ているのかという点を考える事ができるだけの頭があれば、あんなに効率の悪い方法には係わらないと思うのだが、考える事ができるだけの頭が無いから、引っかかっているのであろう。
 自身の持つポテンシャルや能力を多くの人が求めるように、自らを高める為に時間を使ったほうがマシな結果を得られると思うのだが、SNSの引越しや、誰を呼び、誰を呼ばないかを考え、コレクションケースに並べるようにアドレスを集めるという行為に熱中するのである。


[2011.5.25]
 Groupon Now?
 アメリカでローンチされたサービスである。スマートフォンのGPS機能を使い、実店舗等の前でスマートフォンにアクセスすると、その時間、その店で使えるクーポンを入手できるというガジェットである。
 インターネット上でのクーポンビジネスは、新規顧客の掘り起こしという目的で出す広告宣伝手法であり、極端な値引きは、固定常連客に対してマイナスの効果しか与えない。新店舗進出や、セールといったイベントに客を集める目的でのみ有効であり、既に集まっている客にクーポンを出すというのであれば、店頭で配るなり、値札を張り替えるといった方が、コストがかからない。
 となると、このサービスの目的は、自分の店に来る人に対してではないとなる。目的の店に行く為に、ナビゲートソフトを動かしている最中に、途中の店が競合する目的で出しているクーポン情報が表示されるという状況が、目的であろう。この行為は、既に目的の店のクーポンを購入してしまっている客に対しては、サービスの質に対する評価基準を引き上げ、目的の店においてリピーター化するのを妨げるという効果が期待できる。
 店舗の立地における優位が、インターネットクーポンによる価格戦争によって薄れた事を、道案内の道具であるナビゲートシステムにクーポンを出す事で、取り戻そうとする、店同士の足の引っ張り合いという事である。
 クーポンを買ってしまっている客は、サンドイッチマンが配るフライヤーについているクーポンを信用しないが、インターネットから配信されるクーポン情報は、信用するという点を突いた手法と言える。
 この仕組みの良い点は、どんな破格なクーポンを出していても、ライバル店のクーポンを既に買っている客は、それを使えないという点である。良いクーポンがあったという記憶だけが残り、ライバル店におけるサービスの評価がきつくなって、リピーター化を妨害できる。しかも、その次に、あの破格なクーポンを出した店を使おうと思っても、その時にクーポンがあるかどうかは不確実となる。極端な話、ライバル店のクーポン券を買った人がその店の前を通った時にだけ、破格なクーポンを表示させるという事をやっても、バレないのである。
 クーポンビジネスをflash marketingとして批判したが、これは、それよりも情報の非公開性・恣意性が高く、インターネットに寄生するクーポンビジネスに、さらに寄生するという構造を持っている。
 技術的には可能だけど、まさか実際にやるとは思っていなかったという、筋の悪い話ばかりが実現するというのは、それをやろうと思い付き、お金を出す人の能力に、重大な欠陥があるという事なのではないだろうか。
 家賃の高い好立地な店を出している人にとっては、立地における優位が薄れるサービス上で競合するのは腹立たしいという事なのであろうが、こういったnegativeな感情に対応するビジネスの方が、お金は集め易いのであろう。


[2011.5.24]
 スペインの地方選挙で野党が圧勝。
 事前の予想通りであるが、地方自治体の隠れ借金問題が確実に暴かれるであろうから、スペインの赤字財政問題がさらに深刻になるという結論までいくであろう。
 スペインは、ユーロが好調だった時に、土地バブルを起こしてしまっている。企業活動を妨げる規制や労働法制を放置したまま、グローバリゼーションバブル期のユーロ高を、そのまま、国内投資の、それも、一番効率の悪い土地バブル・建設バブルへと誘導してしまっていた。
 グローバリゼーションバブル期の欧州は、後進国・中進国・産油国の米ドル一極集中を避けるという消極的選択によって、ユーロ高を演出されていた。ユーロ紙幣を売って手に入れた米ドルで、米ドル建ての高利の腐敗債券を買い、ユーロ紙幣を手に入れたリスク回避者が購入したユーロ債の利払いを行うという、利子の中抜きによって、濡れ手で泡の、まさにあぶく銭を手に入れていた。このあぶく銭で何をやったかというのを見ると、国民性が明らかになる。
 あぶく銭が入ることを当てに、無駄遣いを続けたアイルランド、ギリシャ、ポーランド、そして、既得権の改革ができず、土地バブル・建設バブルを起こし、結果的に無駄遣いをしたスペイン、バブルすら起こせずに不景気を続けているイタリアと、破綻する国家は、破綻するべくして、破綻するのである。
 スペインの公的債務は、国家が管轄する部分と、地方自治体が管轄している部分とがあり、この、地方自治体分の赤字が隠蔽されているという疑惑が続いていた。赤字財政であることがばれて、財政再建団体となると、建前として、既得権益層が一掃される事になる。それを防ぐ為に、財政赤字を隠して、健全な自治体を装い続けているという疑惑である。この手の疑惑は、ギリシャにおいても存在し、実際、政権交代によって赤字隠しがばれて、財政再建が不可能な規模の赤字が存在していた事が表沙汰になり、ギリシャ国債は市場で買い手がつかない状態になってしまった。
 スペイン国債がそうなるのも、もはや、時間の問題と言える。


[2011.5.23]
 シェンゲン協定について。
 欧州統一の象徴として、統一通貨ユーロのほかに、EU市民の移動の自由というのがある。EU市民は、パスポートやビザなしに、EU域内を移動できるという取り決めで、国境検査を行わないという形で実施されている。国境で検査を行わないという事は、関税を取れないという事で、関税撤廃に関する条約が先行しているが、旅行の自由はシェンゲン協定によって定義されていた。
 居住の自由は無く、勝手に定住しても、そこで市民権を得るには、それぞれの国家・地域が定める手続きをクリアする事が必要とされているという点においては、一応の歯止めがかかっている。
 さて、このシェンゲン協定であるが、統一通貨ユーロに続いて、危機に瀕している。
 人の移動の自由を認めるという事自体は、善意溢れる思い付きであるが、現実に人が移動すると、さまざまな問題が出てくる。フーリガンやテロリストが入り込んでくるのを、どうやって止めればいいのか、国境における検査においては、非EU市民は検査対象であるが、EU市民は検査対象外となるという事は、EU市民である事を証明する身分証明書を持っていなければならないという事になり、結局のところ、国境における検査は、簡易化されるとはいえ、存続する事になる。この検査を無くしている、完全フリーパスの国境もあるけれど、それは、協定国家間を移動している間だけであって、非協定国家を挟むと、そこの国境では、いちいちチェックを受けなければならないとなる。
 理念は良いのだが、現実的には問題がある制度ではあったが、これまでは、何とかやってこれた。発生していた問題は、些細な問題として、取り上げられる事が無かったのだが、腐敗債券バブルが弾け飛び、景気が悪くなると、問題が些細ではなくなってきた。
 難民としてEUに入り込んで来た人々は、EU諸国のうち、どこか一箇所で、EU市民に準じる扱いを受けられるという難民証明を手にすれば、EU域内のどの国にでも行けて、そこで難民としての保護を求め、定住支援・生活支援を受けられるという事になってしまっているという、制度的欠陥が、無視できなくなってきたのである。景気が良い時は、低賃金で働く労働力が勝手に流れ込んでくるとして問題視されなかったし、ある程度稼いだ労働者は祖国に帰って一旗上げるという事で、循環がうまくいっていたのだが、景気が悪くなると、低賃金で働く労働者は労働者全体の雇用環境を悪化させるという反発や、低賃金の仕事から解雇され稼いでないから祖国に帰れないとして不良化するといった問題、さらに、仕事が無いのに流れ込んで来る難民に対する生活保護の出費といった税金の無駄遣いが、無視できない負担となっている。
 難民認定をした国家が難民の面倒を見るべきというのが筋であるが、難民にだけ、EU市民との間に差をつける事が認められるかという問題や、難民認定は人道上の問題で、認定を出す国家の財政状況によって左右されるべきではないという建前が、障害となっているのである。それらの個別の問題について対策を講じるよりは、いっそ、シェンゲン協定を潰してしまって、移動の自由を剥奪してしまえば、人道に悖る決定をしたという批判を浴びずに、他国が勝手に出した難民認定の後始末を押し付けられるという問題を解決できるという話になっているのであった。
 幕藩体制下の日本においては、その末期においては305の藩国が存在し、他国に行くには、街道沿いの関所において手形を改めるというやり方で、国境管理が行われていた。人物改め荷物改めが行われており、それらが全部廃止されて、事前届け出なしの移動の自由が認められたのが、明治維新における廃藩置県政策であった。
 日本の実例においては、難民という要素がその時点では無かった為に、東京都下にスラム街が発生してしまった事を除けばうまくいったが、現代においては、異文明異文化の人が、国境を越えて難民として流れ込んでくるので、うまくいかない事が判明している。朝鮮編入において、朝鮮人に対して移動の自由を与えたら、出稼ぎに来ておきながら、徴用されて働かされたと嘘を付き、さらに、日本に居座って勝手に日本人名を名乗る在日という存在が発生してしまった。
 異文化・異文明で育った人は、結局の所、その文化・文明が通用する社会で生活するべきであり、難民として流出することを容認するような政策は、移民元、移民先の両方が景気の良い状態の時にはうまくいくが、どちらか一方でも問題が発生すると、とたんにうまくいかなくなり、解決が困難な問題となってしまうのである。
 問題を発生させておいて、それを解決したというのは典型的なマッチポンプであり、問題を発生させない事こそが、本当の仕事と言える。
 どんな立派で理想主義にあふれた理念でも、それが実現されていないのは、どこかに問題があるからである。EU統合も、理念は立派であるが、景気の変動といった外部環境の変化や、PIIGS国民の人間性といった問題を見落としていた為に、失敗へと向かっているのであった。


[2011.5.22]
 菅首相、原子炉への海水注入を中断させていた事実を嘘で塗り固め中。
 だから、あの馬鹿にこれ以上喋らせるなといっているのに。
 海水注入によって炉の再利用ができなくなる事を東京電力側が渋った為に、首相の命令で海水注入を行ったと主張しているらしいが、メルトダウンが起きた時点で、その原子炉は廃炉である。廃炉が確定した炉において、冷却水として海水を使う事について政府の許可は、通常の3次冷却水のルートから分岐させて取る場合には、必用ない。政府の許可が必要であるとするならば、取水の為に発電所の敷地の外に設備を展開して取水するという場合ぐらいであるが、緊急事態の届けが出た後であれば、現場の判断を追認するだけとなるというのが、非常事態における常識である。これを、政治主導を振り回す馬鹿が、聞いてないからといって止めさせた。
 政府の指示によってどうこうという話ではないのに、海水を使って冷却しろと指示をしたと記録が残っているという事は、その前に、それをやるなという指示を出したからとなるのが、論理的結論となる。
 実際、福島第一原発の前線司令部のホワイトボードには、"19:25 注水停止 総理指示"と記録映像に残っている。
 間違った指示を出した事だけでも万死に値するのだが、それを糊塗する為に嘘を付くとなると、社会人として重大な問題があると判断するしかない。
 これで、24日から29日まで、フランス・ドーヴィルで開かれるサミットに出席するつもりだというのだから、不思議としか言いようが無い。2010年11月に横浜で開かれたAPECで国際的に恥を晒したのに、既に忘れているのであろう。都合の悪い事は忘れるという能力だけは優秀らしいが、必用な事や重要な事も忘れているというのでは、認知症として病院に放り込むべきである。2010年10月に行われた原子力総合防災訓練では、全電源喪失から放射性物質漏洩にいたるシミュレーションをやった筈なのに、全部忘れているのである。
 国際的に恥を晒させない為の倒閣の猶予は明日一日だけとなる。出席させた場合、日本の外交上の影響力という国益が、またしても損なわれるわけである。外遊中に問責と不信任が通り、外交レセプション中に失職が通知されるというのも、それはそれで趣があってよろしいが、恥晒しという点では変わらない。どうせ、諸外国の首脳も、日本民主党の政治家は自己愛と虚言症の発作持ちなので、付き合うだけ時間の無駄、下手に係わり合うと、喋っても居ない事を捏造されると十分に理解されているので、出席させない方が、日本の国益にとってはマシなのであった。


[2011.5.21]
 はわっ。
 ねぼーんにゅ。
 o(>_< )oo( >_<)oじたばたじたばた
 数十年ぶりであるが、大相撲をじっくり見てしまうと、さすがに、時間が足りなくなる。ツールドフランスのような、世界に文化としてアピールできるコンテンツだと思うのであった。
 外国人等の初めて見る人に分かり易くする為の情報提供として、音声による情報提供を別チャンネルで流すとか、web上の星取り表だけでなく、力士毎の過去の対戦相手とその結果の表、その力士の翌日の対戦が何時頃になるのかのおおよその目安といった情報もあるといいかもしれない。
 見落としを防ぐ為に、ストリーミングをパケットキャプチャーして追っかけ再生したり、切り出してスロー再生といった事までやってしまうと、時間がどんどん過ぎて行くのであった。


[2011.5.20]
 自前で発電機を運用するのはコストダウンに繋がらない?
 オイルショックの頃までは、そのとおりであった。あの頃は、燃料である石油を買うには、オイルメジャーと産油国のいずれかと直接交渉をしなければならず、どちらも、量がまとまっていなければ話すらできない状態であった。小口の買いは、スポット物を拾うしかなく、スポット市場に原油を投げてくれるのは、産油国やメジャーの気まぐれ次第であり、調達コストという点で、無理があった。
 中東で採掘権を取って和製メジャーの設立を目指すという話が、本気で実行されていた時代であり、日本の電力会社・民族系石油元売の注文をすべて、ひとまとめにして交渉するというスタイルで、原油が調達されていた時代であった。その後、東西対立の終了から東側から原油を買えるようになった事や、海底油田の掘削が可能になった事等から、中東諸国とオイルメジャーの原油市場の支配力が弱まった。国際市場にスポット物が潤沢に供給されるようになり、後進国・中進国における石油消費の拡大、文明化が実現可能になっていったのである。
 日本は、中東からまとめ買いをする事による安定供給を維持する道を選び、スポット市場で手配するのは、後進国・中進国の自由にさせていた。これは、そういう風に原油を取り巻く環境が変わってきている事を、国民に知らせたくなかったという事情があった為である。
 石油の自由化が行われてしまうと、国策会社として作った石油関係の天下り先がなくなってしまうし、輸入商社や電力会社、石油元売等に対する支配力がなくなってしまう。揮発油税を始めとする燃料課税を確実に取るには、燃料の統制ができていなければならない。密輸品が横行するようになっては、税金が取れなくなるのである。企業側にしても、新規参入者に市場を荒らされるくらいならば、政府が認めたカルテルを継続した方が、利益を増やせると判断したのである。
 今でも、原油を輸入して国内で精製しなければならないという規制は生きている。精製後の製品を輸入する事は建前として不可能ではないが、スポット品を前提としていて、継続的な輸入をやろうとすると、横槍が入るようになっている。品質検査の段取りを悪くして、タンカーを沖待ちさせて経費を無駄にかけさせるとか、陸揚げして貯蔵するタンクやパイプラインの安全点検を遅らせるといった嫌がらせの方法は、いくらでもある。こういった嫌がらせによって、燃料費が高騰する可能性があるという点では、確かに、自前で発電機を運用するのはリスクがあると言えなくも無い。しかし、これを放置するのは、本当に国益の為になるのかという観点で、考える必要がある。
 揮発油税を始めとする燃料課税を続けるのは、是か非かという問題なのである。売り上げ課税である消費税に全ての物品税・関税・価格統制を統合し、特別会計を全廃するというのが、消費税の本質であり、目的である。財政再建の為にとか、社会福祉対策の為にといった目的税化は、筋が違う。一般会計の数倍の規模の特別会計という税外の税を負担させられている状態で、さらに消費税を増税するのでは、税を取ってばら撒く仕事が国内における最大の産業になってしまう。日本の地方においては、赤字自治体のほとんどが、税として集めた分よりも多くのお金を、中央からの交付金としてばら撒いている。公務員が、その地域の高額納税者のほとんどを占めているという状態が普通となっているのである。
 アメリカにおいて発送電の分離が行われたのは、自国内油田や中東以外からも石油を買えるようになったのを見て、既存発電会社よりも安く電気を生産できると考える人が増えていった為である。アメリカにおける政府・行政は、ルールを定めてそれを実行するだけであるが、日本における政府・行政は、ルールを恣意的に解釈して実行する権限をもっているという違いを、放置するか否かという問題でもある。裁量を広くすることで権限は増やしつつ、責任からは逃げるという、とても人間的な行動を、政治家・官僚に対して認めてしまっては、社会の腐敗が発生するだけとなる。地域独占である政治家・官僚という職種にそれを認めてしまっては、誰もそれを正せなくなるのである。
 どんな社会においても、人間性を否定したところでやらなければならない仕事が、少なからずある。そういう仕事として、政治家や官僚という存在を作り出したのに、それらが人間性を剥き出しにして私利私欲の為に制度や法を私しているのでは、それらの制度自体を否定するという方向に、世論を持っていかなければならなくなる。特に、日本民主党が政権についてからは、政治の劣化が酷い。
 時代の変化を受けいれるべき部分において受け入れず、時代がどんなに変わっても変えてはならない部分を変えてしまうというのは、とても人間性に溢れる行動であるが、それを否定する事を仕事とするのが、政治や行政である。


[2011.5.19]
 reprofiling。
 国債のreschedulingの事を、reprofilingと言う事になったらしい。
 通常債務だと、債権者が限定されているので、直接交渉によってreschedulingが可能になるが、市場において売買されている国債のような債務だと、一方的なrescheduling宣言は、デフォルト事由になってしまう。reschedulingのような期限の利益の発生を回避するというのが、市販される債券の前提条件であるので、前提条件を満たせなくなった債券は、デフォルトしたとみなされる。
 そこで、デフォルトではないが、債券の償還期限を先伸ばしする方法として、reprofilingという概念をでっち上げようという話になったらしい。
 しかし、これは、償還期限が来た債券に対して、現金ではなく、償還期限が先の債券を交付するという、差し替えにしかならないであろう。
 償還期限が来て、ようやく現金化できると思ったら、さらに先の期限の債券が引き渡されたというようなモノで、債券所有者は、現金化の為に市場で売るか、CDSでプロテクションを買うかといった行動に出ることになる。つまり、金利がより高騰するとなる。
 筋の悪い話で、時間の浪費でしかないが、国債のデフォルトという、第二次世界大戦以来の話に、市場が対応できていないという事なのであろう。
 戦争で負けた国の外債は紙切れになるというのが、帝国主義時代の常識であり、戦争で負けたのに外債はちゃんと償還したというのは、日本ぐらいである。
 いかなる状態にあっても国債を償還するという事は、信用という無二の財産を買うという行為なのであるが、ギリシャを始めとする破綻国家は、取り込み詐欺の常習者と同じで、ユーロに加盟して得た信用で、借金を増やして破綻して踏み倒すという行動を行おうとしているのである。
 陸続きで先進国が多い欧州においてすら、国境がなくならないわけである。
 reprofilingは早々に潰れたようであり、ギリシャ国債のデフォルトは、時間の問題と認識されるようになったと考えるべきであろう。
 デフォルト後のギリシャをどうするかとなると、IMFのユーロ版である欧州通貨基金が破綻国家再建プロジェクトと称して動き出すであろう。ギリシャ政府と議会を一時停止できるという所まで踏み込むのであれば、本気の再生となるであろうし、その辺を放置したまま、指導のみを行うというのであれば、時間稼ぎとなるであろう。

 昨日の日記を修正。"これは、まったく別の話であるが、現状の固定電話には直流42Vの電気が送電されている。"を、"これは、まったく別の話であるが、現状の固定電話には直流48Vの電気が送電されている。"へ。記憶違い。
 電力会社だけでなく、政治や行政も地域独占なのだが、自覚が無いみたいである。


[2011.5.18]
 発送電を分離すると、電気代は安くなる?
 電気は保存ができない。使われる分だけ電気を確実に供給するには、余剰設備が必要となる。アンペア契約の限界まで使われても大丈夫というのが建前であるが、実際には、そのような事態は滅多に発生せず、アンペア契約の総計に比べて、はるかに少ない量で、需要を賄えるとなっている。
 この比率は、経験によって決定されている。前年度の最大需要量に対して、数割程度上回るように設備を維持するという方法で決定されているのである。というのも、生活形態や家電製品の使い方といった要因で変動してしまう為で、数式であらわしても、変動項の設定には前年度実績と安全係数に拠らなければならない。オイルショックの頃の電気使用量のピークは、真冬の夕方から夜にかけての照明と暖房用需要であったが、現代では真夏の昼間の冷房需要がピーク要因となっている。この変化は、電気の使い方そのものが変わったという事で、このような変動は変動項で処理するしかなく、方程式化しても、変動項の要素の方が大きいのでは、無意味となる。
 発送電を分離した時、契約アンペア数の総計を供給できるだけの設備を、発電側も送電側も準備をするというのであれば、何ら問題は発生しないが、現実には、それぞれ、理由をつけて余剰設備を削って利益をあげるという行動が出てくる。
 原発の安全対策すら削って人件費に回していたぐらいである。コストダウンと称して最大需要を低く見積もるようになる。
 2003年夏の北米大陸東部大停電は、送電設備の故障が直接の原因であるが、安定供給の為の迂回ルートを、コストダウンによって削減していた為に発電所が送電網から切り離されてしまった。発電所が送電網から脱落していても、消費者は電気を使い続ける為に、無事な発電所から供給される電力だけでは足りなくなって、大停電へと発展していったのである。
 このトラブルから、消費者が契約している発電所が止まったら、自動でその消費者の家のブレーカーを落とすようにしようという発想が出てきて、電気メーターのインテリジェント化、SmartMeterとなった。SmartMeterの駆動にも電気が必要だという点で、送電会社がそれを負担するというのが、とりあえずの落し所になっている。
 スマートメーターの問題は、この日記でも以前取り上げているが(cf.[2011.3.22])、発電の自由化は、大規模需要者は自前で発電所を作るようになるという事で、自前で発電所を作れない小規模事業者や消費者が、電力会社から電気を買い続けなければならない存在となって、いいように食い荒らされるだけとなるという事である。
 独占の弊害は競争が無くなる事であるが、競争すれば良いとは、一概にはいえない。無秩序な競争は、弱者に負担をしわ寄せするだけとなるという点で、代替手段が無い分野については、競争を規制するというのが、社会的コンセンサスとなっている。日本の電気代が世界的に見て高価なのは、競争の対象が国内電力会社だけとなっていて、国際的な水準に対する評価を、あえて行ってこなかった為である。これは、政治家に対する献金や官僚の天下りの受け入れ、マスコミに対する広告宣伝費の垂れ流しといった工作の輝かしい戦果と言えなくも無いが、努力の方向性が、明らかに間違っていた。しかも、それを正すべき存在が、目先の献金やCM料、定年後の高給と退職金の多重取りという誘惑に負けて、放置してきたのである。
 発送電の分離自由化は失敗であるというのがアメリカが行った結果であり、そこから教訓を学ぶとすれば、地域独占を認める代わりに、世界水準での競争を強いるという解決手段しかない。発電機や電線といった資材を外部から購入し、それらを運用しているだけで、外貨を稼いでいるわけでもなければ、技術や生活の進歩に貢献しているわけでもない電力会社に、経団連副会長のポストを出し、その従業員に対しても経団連主要企業並の高賃金を容認してきたのは、電力会社から嫌がらせをされたら工場が止まるという事で、企業は電力会社に対して、おだてる事はあっても、本音を言う事は無かった為である。本音を言えるようにする為に発送電を分離しても、それで利益になるのは大企業だけであり、それ以外の誰も得をしない。
 国民の生活と企業活動を両方させるには、電力会社のコスト積算の根拠に対して、国際標準での競争を前提とするという事である。電線を張ったり、発電機のメンテナンスをしたりするのは下請けの低賃金労働者で、メーターを眺め、会議室でうだうだと時間を潰し、間違った努力の為だけに汗をかく正社員や、発電所の地元だからという理由だけで採用された現地採用社員が高給を食んでいるというのは、明らかに間違っている。そういう人が、外貨を稼いでいる人やモノを作っている人よりも優遇されるというのは、社会として間違っている。それを正すのが、政治であり、行政であり、社会の木鐸であるマスコミの本来の仕事である。それは、地域独占を認める対価であり、それを強要するのが、政治や行政の本来の責務である。
 電力会社も政治・行政も、本来の責務を怠ける為に努力をしてきたというのが、間違いの本質であり、それを正すのに、発送電の分離をというのは、間違いを放置したまま、より質の悪い間違いを発生させるだけである。
 これは、まったく別の話であるが、現状の固定電話には直流48Vの電気が送電されている。電流量が低いし、送電事業は電力会社だけに独占されているので、電話機の駆動の為以外には使えないとなっているので、すぐにどうこうと言う話ではないが、固定電話回線加入権を、アナログ電話回線加入権と言い換え、デジタル電話回線加入権を新設し、差額負担だけで光ファイバーを直接引けるようにする事で、国民のお財布の中のお金で全国規模の設備投資を実現するというプランにおいて、光ファイバーを一本だけ通すというせこい事はせずに、銅線と光ファイバー数本を束ねた複合ケーブルを配線してしまえば良いという話を以前この日記でやったが(cf.[2006.9.16])、この複合ケーブルに、100アンペアぐらいまでの電流を通せる銅線を加えておくと、電話会社が送電業務を兼任できるようになってしまう。交流信号は光ファイバーの中を通る光信号に影響を与えないから、複合ケーブルにしても、信号伝達に問題は発生しない。どうせ、光信号とアナログ信号の変換機械を駆動させなければならないのだから、それなりの電圧の電気を供給しなければならない。ならば、その電気供給をビジネスにしてしまうという事も、発送電が自由化されるのであれば、可能となってしまう。
 ラスト1マイルを、単なる信号の伝達問題だけとして捉えるのではなく、ビジネスチャンスとして捉えるのであれば、そういう発想もありえるという話になるのである。


[2011.5.17]
 あの馬鹿にこれ以上喋らせるな。
 民間企業ならば、地方に飛ばすとか、子会社に押し出すといった温厚な手段から、リストラって放り出すといった手段まで、いろいろとあるが、そういった手段が無いのが国会議員である。
 喋れば喋るほど、馬脚をあらわし、嘘の上塗り、恥の重ね塗りをやっている状態になっているという事を自覚できないほど馬鹿だから、止まらないのであろう。
 本人は精一杯やっているつもりなのだろうが、根本で捻じ曲がっている為に、全部が無駄な努力となってしまっているのである。
 職業選択の自由という建前を鵜呑みにして報酬や名誉に釣られた人が、適性が無いのに職についてしまうと、劣化が始まる。個人の劣化であれば、その個人を排除すればよいが、社会の劣化だと、劣化している事が、その社会では日常化してしまい、修正が効かなくなる。
 以前、同じような事を書いたが、数学の問題文を聞いている間に答えにたどり着いてしまう人も居れば、3ヶ月考えても答えにたどり着かない人も居る。適性とは、そういうレベルのモノで、努力でどうにかなるようなモノではない。絶対音感は幼少期の音楽教育で身につくが、音楽を生み出す能力は教育では身につかない。デッサンは量を描けばそこそこのレベルにまでは行くが、描いたモノで人を感動させる能力は、教育では身につかないのである。
 本人は努力でこうなったと主張する。それは、電力会社が原発は安全だと言い続けているうちに、安全なんだから、安全の為にこれ以上投資するのは無意味であると自己欺瞞を本気にしてしまったようなモノで、建前として主張していた事が、いつしか真実になってしまうという、プロパガンダの悪影響と言える現象のせいである。
 努力さえすれば適性は補えるというのは、努力ではどうにもならない適性の差を否定するという結果に繋がっている。
 馬鹿が無駄な努力を続ける姿を目の当たりにしている現状は、反面教師として最高の教材となっているが、それが日本に与える国益の損失という点で、許容できない損害となっているのである。
 馬鹿なのに頭脳労働者を目指したり、テンカンなのに重機や自動車のオペレーターになったり、食品事業においては衛生管理は最低限度のサービスという意識が無いのに焼肉屋をやっちゃったりといった、適性の欠缺を放置されるというのは、人的資源の有効利用という観点からは、不適切となる。
 ドイツのように、本人の適性に応じた教育制度という、根本的な改革が必要なのかもしれない。全員に同じ教育というのは、一般常識や教養のレベルでのみ通用することで、生きていく上で必要となる能力・技術については、個人のレベルにおいて平等という基準が変わっていく。
 政治家として適性が無いのに政治家を目指した馬鹿でも、万年野党の末、敵失によって政権が転がり込むという盲亀浮木の如き偶然で首相や大臣・官房長官・副長官といった要職についてしまう事が実現してしまった以上、適性に応じた職業訓練を教育課程に取り込んでいくべきなのかもしれない。


[2011.5.16]
 参議院で首相問責決議が出るという話。
 問責が通ると、参議院の審議に出頭する事ができなくなる。つまり、衆議院の優越がある法案以外は、すべて、審議未了廃案とするという意思表示となる。
 問責が通ってからでないと、菅降ろしが始められないというのが、民主党内の事情であるから、この問責については、小沢派37人、鳩山派10人の民主党参議院議員は欠席する。欠席により、過半数は98人となり、民主党59人に公明党19人、たちあがれ日本4人、国民新党3人の計85人では、13人足らないとなる。みんなの党の11人を取り込んでも、2人足りない。自民党は84人なので、14人を集めれば、可決できる。公明党19人は、ここで、自民党に貸しを作る為に転ぶであろう。
 公明党にとって、沈むと分かりきっている泥舟に係わるのは、デメリットばかりとなる。
 参議院で問責が通った時点で、以後、菅内閣は法案を通せなくなるので、衆議院を解散して、現状参議院側にある直近の民意を奪い返すしかなくなるが、衆議院解散で勝てる見込みは、まるっきり無い。それどころか、現職総理大臣の落選が確実視されている以上、解散総選挙だけは無い。となれば、内閣総辞職となる。菅降ろしが成立するのである。
 次の首相が誰になるにしても、総理総裁を分離して、鳩山総裁・小沢幹事長体制に戻り、民主党首脳の手駒である参議院議員の出欠を操るだけで、次の選挙まで、いつでも参議院で問責を通して総理の首を挿げ替えられるという状態が成立することになる。
 平時ならば、月曜日に問責が出て、そのまま自然休会、6月22日の会期末の翌日に臨時国会を召集して首班指名選挙という展開となるが、震災被害と原発のメルトダウンという臨時事態に自然休会では、国民に対して説明がつかない。しかし、一週間程度の自然休会の後に首班指名選挙というスケジュールだと、所信表明演説をやって残り1ヶ月という会期では、何もできないであろう。もともと、民主党政権に何かができる訳が無いのだが、準備すらろくにない状態で始めるというのは無理がある。
 自然休会ではなく、6月22日までの議決休会で事実上の繰り上げ閉会とし、6月23日から臨時国会を長めの会期で開くというのが、現実的な展開となるであろう。議決休会にするのは、衆議院を休会させておかないと、離党しないなら賛成しろと、菅首相が暴走する可能性があるからである。衆議院の3分の2以上の賛成を実現する為に、自民党議員を議場に入れないように足止めして、勝手な議決を連発するという手法をやりかねない。


[2011.5.15]
 蚊がでたっ!
 蚊取り線香を引っ張り出して、早速焚いた。
 蚊取り線香を使うのは、必要な長さに折って使える為である。今時の家は、密閉度が高く、網戸を閉めてしまえば、蚊は入って来れない。布団や洗濯物の出し入れや人間の出入りの際について来ない限り、入ってこないのである。
 となれば、部屋の中に居る蚊を殲滅してしまえば、後は、長々と薫蒸を続ける必用は無い。
 家中の蚊を殲滅する為だけに、30分で燃え尽きる程度の長さに折った蚊取り線香を、広さに応じて数本、いっぺんに焚くという短期集中の使い方ができるから、蚊取り線香を使うのである。
 電気蚊取り機だと、一日8時間60日間で使い切りや、マット一枚8時間といった使い方になるが。前者だと使い切るのに数年がかりとなり、冬の間に薬液が蒸発してしまうし、後者だと、朝まで電気を入れっぱなしというのが、どうにも不経済となる。網戸を締め切る前に入ってしまった蚊を退治したら、その後は、一切不要となるのに、焚き続けるのは、不合理である。
 殺虫スプレー剤は、直接浴びせた時の効果は絶大だが、空気中の有効成分を一定期間維持して、隠れている蚊を殲滅するという使い方には向いていない。主成分であるピレスロイドは、光や空気で分解されてしまうが、この分解を遅くして、一回の散布で長時間効果を持続させて虫除けにするという方向の開発は、ピレスロイド耐性の蚊を発生させかねないので、望ましくない。
 昭和中期くらいまでは、家の密閉性が低かったので、一晩中焚き続けられる電気蚊取りが求められていたのだが、アルミサッシによる密閉性の高い家が普及してくるにつれて、電気蚊取りが不合理になってしまって、コスト面でも、使い勝手の面でも、蚊取り線香の方が良くなってしまったというのは、皮肉な事と言える。家屋の改造の方が影響が大きかったのだから、蚊取り機の研究開発は無意味だったという事になってしまったのだ。

 5.7の日記を修正。"技術的には不要な点検であっても、核燃料税を取る為に、定期点検制度が存続させているのである。"を"技術的には不要な点検であっても、核燃料税を取る為に、定期点検制度を存続させているのである。"へ。


[2011.5.14]
 大相撲技能審査場所。
 相撲協会のwebから、ストリーミングで閲覧できるようになっている。個人的には、ニコニコ動画でやっている方が、余計なおしゃべりが入らず、国技館の音だけなので好感が持てる。
 NHKで放映しない今回限りという事なのであろうが、どちらかというと、webストリーミングの方が、NHKの放送よりも、親しめるような気がする。解説やアナウンサーが喋らないからかもしれない。
 放映権料が入らないと、運営ができないという事であろうが、放映権料に依存するのは、健全な状態とはいえない。放映権料やチケット売り上げでその興行が成立させられるのであれば、わざわざ外注に出す必然性は無い。テレビ局が自前でタレントを用意し、イベントを組む筈である。放映権料は、テレビ局が自前でイベントをやるよりもはるかに安く済むという事である。
 つまり、放映権料もチケットの売り上げも、テレビ局が自前で商売に乗り出すには足りないという事である。出演者・選手のギャラを、十分に支払えていないという事である。実際、大相撲は、終身雇用で定年後にも年金を出すという雇用形態を実現できていない。
 お金を集める方法論として、チケットの売り上げも、放映権料も、大相撲特有の呼び出しの着物や懸賞幕といったシステムでも、足りないのである。
 昨今の不景気から、放映権料の引き下げという話も出ている。放映権料を引き下げた上に、これまでどおりの独占中継権を与えていたのでは、チケットや給金に至るまで、値下げを受け入れなければならなくなるであろう。そこで、放映権料を引き下げる代わりに、テレビだけとし、インターネット上での中継権は、別にするという考え方が出てくる。企業は、大相撲のスポンサーになりたくても、呼び出しの着物や懸賞幕といった手段でしか、お金を出せなかったが、もし、大相撲協会のwebから、毎場所ストリーミング中継が続くのであれば、相撲協会のwebサイトのミラーサイトになって、自社サイトからストリーミングする分には、自社宣伝を挟み込める、あるいは、テロップを流せるという状態になるのであれば、大相撲そのもののスポンサーになれることになる。
 NHKで全国中継される映像に、呼び出しの着物や懸賞幕が映る事に価値があるというのは、映像がNHKだけに独占されていた時代に限定される。NHKの商業宣伝禁止規約をかいくぐって宣伝するという、涙ぐましい努力と言えなくも無いが、NHKだけに独占されている状態のままでは、企業側の狙う宣伝効果も低いし、大相撲協会側の必要としているお金を集める事も、できないとなる。
 大相撲だけでなく、剣道もストリーミング中継をやっていた。日本固有の武道をスポンサーするのは、日本企業としてのアイデンティティを市場に対して主張する事に繋がる。
 お笑いタレントが馬鹿を競う番組にCMを流すよりも、建設的な宣伝費の使い道になると思うのだが、自社の株主や顧客の意見を直接集められるwebよりも、視聴率という数字の方が、信頼性が高く、広告効果もあるとなっているのであろう。


[2011.5.13]
 ガソリン市況が値崩れを起こしている。
 原油価格と外為と精製等のコストから割り出された適正価格には程遠いが、そこにたどり着く過程と捉えるべきであろう。
 高速道路無料化社会実験は、北関東・東北大震災のどさくさに延長法案が宙に浮き、期限切れによって打ち切りが決定になっている。ついで、高速道路定額制も延長法案を出さないというやり方で、期限切れ打ち切りになる予定である。両方ともこのままでは、6月末に終了となる。子供手当ては延長するようなので、事実上、民主党のばら撒きの為に、道路財源が使い込まれる事になる。
 高速道路を国道化して無料化するのは、国内物流や人の移動を活発化させて、経済を立て直す手段の一つである。
 工場が海外に逃げ出し、雇用が失われていくのは、税制や労働法制の問題もあるが、それ以上に、電気代が高く、運送経費も高くつくというコストで負けているという点にある。
 大規模な工場では、電力会社から電気を買うよりも、自前で大規模な発電所を作り、燃料を仕入れて発電したほうが、安価かつ安定的に電気を使えるが、国内では、電力会社に電気を売る事業を政府に認めて貰わなければ、やれない事になっている、海外では、そんな規制は無い。発電設備を自前で持ち、安定した電力を賄えるのであれば、高純度シリコンを作る電気炉だろうが半導体製造ラインだろうが、海外に持っていっても差し支えが無いとなる。
 国内運賃が高いのは、内航海運にしても、鉄道にしても、高速道路による運搬とのみ競争している為で、海外からのコンテナ輸送と、競争していない。この為、海外に工場を飛ばして、製品のみを小売店に積み出す集荷施設に輸入した方が、トータルでの運賃を安く押さえる事ができるようになっている。
 国内での物流・移動コストや生産コストが高い為に、産業が衰退していっているのである。この、震災以前から続いていた景気の低迷に、震災が追い討ちをかけた。
 ガソリンスタンドは、震災時に仕入れが止まってタンクが空になった反動で、タンクを可能な限り満たす方向にしていた為に、ガソリンが売れなくてタンクは一杯だし支払いの為の手持ちの現金が足りないと、業転に玉を出してキャッシュの確保に走っている。これが、値下がりの原因である。
 火力発電の増加によって、重油やLNGは値上がりするであろうが、ガソリンのような軽質油については、重油生産に伴って生産される分が、余剰分としてだぶつく事が予想されているので、この値下がり傾向は、当分止まらないであろう。低燃費車の増加、景気の低迷、レジャーを控える自粛の風潮と、ガソリン消費にとってはマイナスな要素ばかりとなっている事から、需要の増加も期待できない。
 高速道路の国道化は、工場を日本に呼び戻し、居住地を分散させる事で、雇用と需要を掘り起こす、内需促進策なのだが、子供手当てや被災地復興といった、目の前のばら撒きに忙しく、日本を衰退させる方向に舵を切り続けるようである。
 一時的な無料化・定額化では、今回のように、政治の都合で廃止されるリスクがあるから、工場や住居を移転させるお人よしは居ない。せいぜい、レジャーに使う程度であるが、そのレジャーすら、政府は必要無いと切り捨てたという事である。子供手当てと震災復興の為に、工場も無くなり、公共事業も補助金も削られ、観光産業も息の根を止められるとなった地方の有権者は、民主党に投票した結果を、しっかりと噛み締める事である。


[2011.5.12]
 民主党の若手が自民党の若手と勉強会を組んだという話が出ている。
 小沢抜きの小沢派となら、自民党は野合できる。鳩山抜きの鳩山グループとも、野合は可能である。自民党は与党で居たい人の集まりであり、政権を取る為ならば毒でも喰らうという体質がある。ただし、違法子供手当てや日銀特製一億円ザブトンといった悪名が付いている人を取り込むことはできない。政権を取っても国民の支持が得られないのでは、早々に政権を投げ出す羽目になる。そうしないと、与党で居つづけられなくなる為である。任期切れで解散し、大敗北しても良いと言うのであれば、今の菅内閣のように政権にしがみ付いていれば良いが、下の世代にとっては、たまらない。
 生き延びる道を模索しなければならず、その一つが、小沢抜きの小沢派、鳩山抜きの鳩山派と、自民党の野合による政権奪取となる。
 民主党の若手は、政権担当能力が無い。勉強会で官僚からレクチャーを受け、業界団体や専門家に話を聞き、党内議論で知見を磨き、政務官、副大臣と、キャリアを積み重ねていく中で経験を身につけて、ようやく、政権担当能力となるのだが、民主党の若手は、最初の勉強会の時点で、躓いている。一年生代議士は、次の選挙で勝つ事が最大の仕事であり、勉強会などもってのほかと、議論や討論や勉強会から排除されているのである。しかも、次の選挙で勝つ為の地元組織形成において、統一地方選での勝利は最低条件であったのに、大敗北であった。次の地方選は4年後であり、その前に衆議院選挙が来るのだから、今の民主党では、どうやっても勝ち目が無い。
 民主党から逃げ出すか、さもなくば、菅、小沢、鳩山といった、悪評芬々たるメンバーをパージするかという、イメージチェンジの手段が必要となる。
 自民党との野合を模索し、パージか、党を割るかという選択を突きつけるというのは、とりあえずの闘争としてはやむを得ないであろう。
 問題は、いずれも遅すぎるという点である。
 出処進退にかかわるタイミングは、遅巧よりも拙速の方が良く、政策決定については、拙速よりも遅功の方が良いのだが、大抵の政治家は、これが逆転している。党を割るべき時に割らず、賛成すべきでない法案にうかつに賛成してしまう。ODA倍増などというできもしない約束をしてしまうのも、前任のLoopy鳩山と同じ自己愛と虚言症の発作であろう。それらは、政治センスの無い証拠として、国民から見放される最大の原因なのだが、まさか、国民が政治センスの有無で政治家を選んで居るとは、露ほども思っていないのであろう。
 長年与党を務めてきた自民党を国民が見放したのは、小泉後の政治家達の政治センスの無い行動が原因である。小泉氏の政治センスが抜群であったが故に、その劣化・格差が大きく見え、実力よりも低く評価された為に、民主党ごときに負けたのである。
 民主党政権になって、その代表者達の資質・能力・見識が、無能と判断されていた小泉後の政治家達とは比べ物にならないぐらいに酷い事が明らかになり、国会議員や内閣の直接リコール制度が必要であるというのが、国民の認識となりつつある。
 国会議員や内閣の直接リコール制度を憲法に加えるという主張は、国民に訴えて票を稼げる公約の候補となりえるのだが、そういう公約を出すだけの覚悟のある政党は、あるだろうか。


[2011.5.11]
 浜岡原発の停止要請は、一ヶ月間の議論の末に決まった事?
 ならば、当然、議事録が存在し、公開されるべきであろう。一ヶ月間議論してあれでは、どれほどの無能が雁首を並べていたのか、とても興味深い。
 燃料棒を装填した原子炉は、正常出力で運転中が、一番安全となる。
 原子炉内にセットされた燃料棒は、連鎖反応によって発熱し続ける状態にあり、溶け出さないようにするには、熱を取り出し続けなければならない。制御棒を全部降ろしても、制御棒自身が放射化するまでしか、安全性は保たれない。制御棒に遮られて連鎖反応が止まるといっても、燃料棒から放射線は出続けていて、それによって制御棒自身が放射性物質化してしまうことは、避けられない。制御棒にも寿命があるという事で、原子炉を長く、安全に使うという観点からは、部品や材質や加工の信頼性が確立されたならば、可能な限り定常運転を継続するというのが、放射性廃棄物や被爆者を発生させずに済ませられる運用方法となる。
 原発停止要請の議論に、法解釈の自称専門家は居たようであるが、原発の専門家は、居なかったという事であろう。原発の専門家抜きで、一ヶ月間議論をやったというのは、民主党ならではの議論手法と言える。非専門家が、出所の不明な情報を元に、議事録も取らず、ああだこうだと山岳ベースの総括のような討論を続けた挙句、非論理的な結論を出して、議論を尽くしたと主張するのである。
 原発の専門家が議論に参加していれば、この話は、津波対策をしっかりやれ、本年9月末日までに完了できない場合には、当該原子炉から燃料棒を撤去せよという要請になったであろう。電力会社は、死に物狂いで津波対策を完成させるだけとなる。
 あれだけ沢山の会議があり、その中には原子力の専門家も参加している会議があるというのに、専門家の関与が無かったと判断するしかない結論が出てくるというのは、議論を尽くしたというのが嘘であったというのが、論理的な結論となるであろう。
 浜岡原発停止を決定するに至る会議の議事録が、いつ公開されるのか。そして、今後30年以内に87%の確率で発生する地震で、巨大津波に襲われるという前提が覆った時に、どのような損害賠償責任を取るのかが、興味深い。国会が設立を認めて予算を出した公式の会議で発案され、国会の決議を経て要請されたのであれば国家が責任を取らなければならないが、今回の要請は菅首相と民主党が勝手に出した物であり、なんら、法的根拠が無い。中部電力が損害賠償を要求する先は、菅首相と民主党だけである。
 地震が発生したとしても、巨大津波が起きるとは限らない。平安時代と江戸時代に富士山は噴火を起こしているが、この前後の地震は内陸型で、津波は日本から離れていく方向に発生したので、太平洋沿岸は、火山灰被害は大きかったが、津波被害は海抜5メートルから6メートル程度となっている。東海地震は、震源が海底にあれば浅いので小さな地震になり、内陸にあれば大きな地震になるという、プレート分析も出ている。大地震が来るから巨大津波も来るに違いないというのは、北関東東北大震災と混同しているという事である。地震の専門家も、原発の専門家も、過去の記録の専門家も議論に関与していなかったのであろう。
 今の首相や民主党には、人望が無いから、まともな人が集まらない。民主党周辺に集まっているのは、帰化鮮人や前科者や自己破産者といった、社会からつまはじきにされた連中ばかりである。


[2011.5.10]
 東京電力の記者会見が荒れているという話。
 記者会見のオープン化をしたら、クレーマーが現れて、糾弾する場になってしまっている。しかし、記者クラブによる閉鎖的な環境に戻したとしても、事態は何も変わらない。記者クラブによって、的外れな質問や核心を誰も突かない記者会見を繰り返しても、世論に対しては、何の効果もなくなってしまっている。
 テレビや新聞だけがメディアであった時代ならば、それで通用したし、それで通用する以上、広告宣伝費を大量に注ぎ込んで、スポンサーを怒らせるような質問をさせず、スポンサーの意向にそった世論を形成する事を強いるという事ができたが、現代では、インターネット上で世論が形成されるようになっている。
 一番の問題は糾弾されるような問題を起こした当事者であるが、記者会見が建設的とは言えない状態になるのは、インターネット上での世論操作の手法が、未成熟という点が問題といえなくもない。
 匿名掲示板に、擁護する方向性の書き込みを投下したり、堂々巡りのやり取りを行ってログを流すといったサービスを請け負う"書き込み監視代行業"が実在するが、それらで世論が動かせるわけではない。そういった工作を請け負う企業が実在する事がばれているからで、そのような企業が活動しているという可能性を含めて、匿名掲示板上での議論は行われている。気がついていないのは、そういう企業に高い金を払って世論操作を頼み込んだ人達だけである。
 オープン化された記者会見で騒いでいる人が、インターネット上の世論形成において影響力があるとは思えず、インターネット上での世論形成に影響力があるから金を出せと、売り込みをしている総会屋にしか見えない。影響力のある人に来てもらいたい、あわよくば、好意的な記事を書いてもらいたいという希望が、オープン化をさせたのであろうが、これは、玉子が先か鶏が先かという問題であろう。
 インターネット上の世論に対して影響力のある人を取り込みたいならば、三顧の礼をもって取り込むべきである。売り込みに来る人の中に、そういう人が居れば、安く使えるかも知れないが、そういう人が居る可能性は著しく低く、しかも、現在の東京電力のような、火中の栗状態の所に、わざわざ売り込みをかけるのは、総会屋まがいの連中だけとなる。ただし、まともな状態の時ならば、インターネット上の世論に対して影響力のある人が、わざわざ時間を使って顔を出すかと言えば、これも、Noであろう。
 足を使って記事を書く人は、足の届く範囲のことしか書けない。内部情報を漏らす人を使って記事を書く人は、内部情報を漏らす人が知っている事しか書けない。そういうレベルの記事で、記事が永遠に残ってしまうインターネット上で、世論に対する影響力を維持することはできない。
 そのような記事を否定しているわけではない。
 世界中に記者を配置して足の届く範囲を地球上全体にしてしまうのであれば、足を使って書いた記事だけで世界を漏らさず捉えることができる。内部情報を漏らす人が大量に居るのであれば、衆知を集める形になり、結果的に、全てを描ける可能性が出てくる。いずれも、地理的要件や、国家権力にすら対抗して内部情報提供者の身柄を守れるように、規模を大きくする事で問題を解決する方法と言える。ただ、いずれも、それを維持するコストを賄えるだけの利益を上げる事は難しいのである。内部情報をもたらす人がスポンサー企業の内部情報を持ってきた時に、スポンサー一社にでも不義理をすれば、残りの全てのスポンサーが手を引く可能性があるとなれば、どちらを守るかは明らかである。したがって、最低でも二社以上が必要であり、それらが均衡した存在であり、かつ、どれか一社しか企業はスポンサードできないという取り決めが無ければ無意味となり、結果的に、成立しない。地理的要因については、どんなにきめ細かく配置しようとしても、現地で生活している人にはかなわない。現場に居る普通の人の報告程度でしかない記事しか上がって来ないのであれば、Twitterやブログで十分となる。かくして、大規模な通信社や広告代理店は、その存在意義を失っていったのである。
 世論に対する工作は、軍隊と同じで、一朝の為に百年兵を養うという心構えで行わなければならない。火がついてから、火消しをしてくれる人を集めようとしても、火事が続いている間は金を毟り取れるという人ばかりしか集まらないのである。
 新しいメディアであるインターネットには、インターネットに適した世論工作方法がある。それを行って万が一の時に備えておかない限り、不祥事を起こした企業は、ネット上の世論において潰れるまで叩かれる事になる。


[2011.5.9]
 アイルランド、ギリシャ、ポルトガルとドイツ。
 破綻国家がユーロを脱退する可能性と、ドイツがユーロを脱退する可能性では、どちらが高いかという問題である。
 破綻国家がユーロから脱退し、既発国債については、全部自国通貨建てに額面を書き換え、あるいは、読み替えて償還すると開き直って、事実上の踏み倒しに進むとしても、ユーロ自体は、崩壊しない。むしろ、そういうダメ国家が脱落する事で、ユーロの信認が高まる可能性が出てくる。
 ユーロ建ての国債が買われていたのは、グローバリゼーションにおいて米ドルを稼いだ後進国・中進国・地下資源国が、自国通貨を高くするのを防ぎつつ、米ドル一極集中による投資リスクを避ける為の投資先として選好されただけでしかない。グローバリゼーションバブルが弾け飛び、輸出は輸入とバランスしてしまい、外貨資産が増えない状態では、ユーロ建て国債を大量に出すダメ国家の存在は、金利を引き上げてしまうだけで、ユーロ全体の信認にとってマイナスな存在でしかない。排除した方が合理的という考え方が出てくるのは、当然となる。
 しかし、排除される側としては、国債を発行して買ってもらわないと、国家財政が破綻してしまう自転車操業状態の慢性的赤字国家なので、ユーロから離脱して自国通貨建ての国債を発行して、それを市場が買いきってくれるという見込みが皆無である以上、不可能となる。ユーロにしがみ付くか、赤字国債を発行しなくて良い状態になるように頑張るかという二者択一となる。他人に対しては努力を求めるが、自分に対しては甘やかすというのは、普遍的人間性であり、ユーロ加盟国の中の破綻国家も、自助努力で苦労するよりはユーロにしがみ付いて、低利の国債を買い続けてもらい、赤字財政を続ける方を選択するのは、火を見るよりも明らかである。努力している振りはするだろうが、あくまでも振りなだけで、努力の甲斐なく赤字が続いたので、支援をお願いしたいと話を持っていく為の道具としてだけの努力となる。
 ユーロに参加していることのメリットデメリットを比べると、破綻国家ほど、メリットが大きく、黒字国家には、デメリットばかりとなる。となれば、ユーロ参加国の中で財政黒字を保っているドイツ等が、ユーロから脱退するという展開も、十分にありえるとなる。
 ユーロからドイツ等の黒字国家が抜けた場合、ユーロの信認は間違いなく低下する。この時は、黒字国家の側から、ユーロを脱退するという行動が続くことになる。ユーロには赤字破綻国家だけが残り、ジャンク通貨となるという展開である。この場合、ドイツ・フランスを始めとするユーロ脱退国家は、ユーロ建ての債権はユーロ建てのままで放置するという行動を取るであろう。ユーロは暴落するわけだから、暴落しきった所で償還に必要な分量だけユーロを買い集めて支払う方が、支払い総額を圧縮できるとなる。
 それを実現するには、ユーロ残留国が、どうしようもないボロ国家ばかりとなるようなタイミングと実情を作り出さなければならない。アイルランドもギリシャもポルトガルも経常赤字体質を改善するよりも、赤字を垂れ流し続ける方を選択している。ここに、スペインとイタリアを破綻させて加えた所で、ドイツやフランスがユーロを抜けて、巨大な赤字を抱えた破綻国家だけが残る状態にしてしまえば、このプランは完成するとなる。
 そうなるまで、それらの国家を甘やかす為に貸し付けたお金と、ユーロがジャンク通貨になることで圧縮できる償還額とのバランスポイントが、どの辺になるかが、この手段での問題解決が動き出すタイミングとなる。
 破綻国家をユーロから追放するよりは、破綻国家が沢山溜まり、まともな国家が逃げ出すという展開の方が、はるかに実現性が高いのであった。


[2011.5.8]
 民主制における政治家の役割。
 民主制において、政治責任を背負うのは有権者全員である。政治家が、勝手に物事を決めてしまい、その責任だけを有権者である国民が背負うというのでは、任期制の王制と変わらない。民主政体における政治家の役割は、有権者のコンセンサスを形成する事であり、独裁をする事ではない。戦後、2回以上の解散総選挙を行って連続して信任を得た首相は、吉田、池田、佐藤、中曽根、小泉の5人だけであり、これらの権力者は、独断専行をやれる立場にいながら、私利私欲の為にそれを望む官僚や同僚議員、支援者からの要求を、世論に諮ってからでなければやれないと、拒絶する事に多大な労力を費やしていた。
 それゆえに、国民からの支持が集まって、二度目の解散総選挙においても支持を得られたと言えるし、二度目の選挙で勝った後でも、独断専行を避け、国民主権を実現する為に働いた為に、任期満了によって辞任した後でも、政界において多大な影響力を残せるようになっていった。
 独裁者になれるのに、その権力を自分達の為に使ってくれなかったという逆恨みを持つ者は官界を始めとするあちこちの業界に居るが、それらは少数派である。それらの口車に乗って便宜を図っても、国民からの支持を失って地位を奪われるだけという実例が沢山あるのに、それをやってしまうというのは、学習能力が無いか、自分だけは大丈夫という過信があるかのどちらかであろう。国民主権という本質を理解していないだけなのだが、そこに、過信や無能が加わると、悪影響は留まるところをしらない。
 政治家が自分の頭で判断して、正しい結論が出せるというのであれば、王制でやっていける。それができないほど、世界が広く、社会が複雑になっているから、王制でも貴族制でもない、民主制が必要とされている。民主制によって選ばれた議員は、人民の代弁者であって、頭脳ではない。代弁する為には、人民の声を聞かなければならず、声を聞くには、十分な情報の公開と、議論の記録によって、堂々巡りや不確実な情報による憶測を排除していかなければならない。
 情報の公開と言論の自由、そして、議事録の記録と公開は、国民に意思表示を求める際の、必要条件である。争点を形成し、民意を問うという技術こそが、選挙で勝つ為の技術なのだが、利権を独り占めして選挙区にバラ撒きをやりたいという目的においては、それらは邪魔な事となってしまう。
 日本の民主党は、社会主義者と自民党を追われた土建族の野合政党であり、どちらも、民主主義とは相容れない体質であり、民主主義国家の与党には、ふさわしくない。独裁しておいて、頑張っていると主張しても、その頑張る方向性が明らかに間違えている以上、国民は認めない。民意を形成するという手続きを行わなければ、国民の支持は得られない。これは、政治だけでなく、事業においても同じである。良い製品を出荷し続けていても、それだけでは国民の支持を得られない。民意を味方につけなければ、外資系企業と同じ扱いにしかならない。
 社会に受け入れられるという事に価値を見出せない限り、その政権や事業が行っている事は、独り善がりの暴走でしかない。


[2011.5.7]
 静岡浜岡原発に停止要請。
 日本製の原発は、地震の揺れに対しては対策が取られている。発電所と変電所が別になっている為に、発電所で使われる電力を供給する外部電源となる送電設備が、地震の揺れによって壊れるといった問題は、原発の問題ではない。発電所用の変電所を分離するという間抜けな設備投資計画の欠点であり、送電設備の耐震対策の不備が原因である。
 津波によって非常用の発電設備が喪失したのは、非常用電源の設置において、津波被害の予想が過去の津波の実例に比べて、著しく低い想定で行われていた為である。津波被害を予想していた東北電力女川原発は、津波にあっても、安全に停止させられている。
 日本の原発に問題があるとすれば、それは、原子炉の地震対策は原発設備メーカーの仕事であるから、メーカーが頑張りさえすればちゃんと対策されるが、それ以外は、発電所の運営側の仕事であるので、サボり勝ちであったという点であろう。実際、サボっていた福島第一でメルトダウンを起こしてしまったのであった。
 地震多発地帯や、大規模な地震が予想されるから、原発を停めるべきというのは、あまりにも知恵と向上心が無い。そういう環境であればこそ、それに耐えられる設備を作り、実際に耐えてみせて実績を作り、世界中に輸出する糸口とするべきである。日本は、資源も無く四季の変化や噴火地震台風といった、天災に打ち勝てる知恵を出す事で、民度を高め、工業立国を成し遂げた。不幸を克服する為に努力をしてきたのが、日本という民族であり、国家なのである。
 日本の工業を破壊し尽くして中国や南鮮に献上したいという民主党政権にとっては、福島第一のメルトダウンを機会に、日本の原発メーカーを潰して、身売りさせてしまいたいという狙いがあるのであろう。
 原発を停めるといっても、核燃料を解体できる状態になるまで冷却し続けなければならず、その為に電力を消費しなければならない。発電できなくなる上に、電気を消費するだけとなれば、決算に重大な影響を与えることになる。冷却中に地震や津波が来て核燃料を冷やす為の電力が途切れれば、メルトダウンを起こす。
 停止すれば安全というのは大嘘で、核燃料を撤去するまで危険だし、撤去した核燃料を核廃棄物にまで薄めて地層処理を行うまでは、安全とは言えない。
 原子炉の危険性は確かに大きいが、それを避ける為に投資をするしかないというのが、原子力という技術なのである。そして、その投資を賄う為には、発電を続けなければならない。
 本来、原子力発電による利益は、原子力を安全に使いこなす為の技術開発に向けられるべきなのに、人件費や地元対策費等に無駄遣いされている。
 核燃料税という制度があるが、これは、原子炉に核燃料を装填すると納付しなければならないと定義されている。つまり、定期点検の為に核燃料を保管プールに移し、点検終了時に再び核燃料を炉に戻す際に、中古の核燃料棒なのに、税を満額納付しなければならないという制度になっている。定期点検の頻度は、信頼性の低い初期の原子炉を前提として法律で決められており、信頼性が上がったのに、定期点検を行い、その都度、核燃料税を地元自治体に納めるという制度になっている。技術的には不要な点検であっても、核燃料税を取る為に、定期点検制度を存続させているのである。
 地震が来る可能性が高いから停止を要請したというが、地震が来なかったら、原子炉を止めた事による損失は誰が負担するのであろうか。
 典型的な、羹に懲りて膾を吹くという行動であり、本人は熟慮したつもりになっているのが、救いようが無い点なのであった。
 これで、二酸化炭素の25%削減は行わないと宣言したに等しいので、鳩山グループが内閣不信任案に同調する理由は出来上がったわけである。旧社会党の生き残りである菅グループを離党に追い込むという方向で、民主党内の調整が始まるであろう。総裁総理を分離し、鳩山総裁・小沢幹事長で、首相は軽くて馬鹿な神輿となる。おそらく、党首経験者である岡田か前原となるであろう。どうせ、2012年の春と2013年の春に予算案を通す為にそれぞれ辞職する羽目になるのだから、この二人は、早いか遅いかの差しかないとなる。その後で、総裁総理の分離を止めて、2013年夏の衆参同一選に雪崩れ込むというのが、民主党にとっての理想形となっているのではなかろうか。
 鳩山・小沢は、解散総選挙は避けたいが、これ以上、傍流派閥の菅首相に好き勝手をやらせるわけには行かないという事で、菅降ろしを行い、代わりの傀儡を立てることになる。菅首相がプッツン解散に踏み切らない限り、自民党に政権奪取の目は無くなったともいえる。


[2011.5.6]
 震災復旧の為の主張が出てきているようである。
 徳政令を出せとか、居住に適さない地域にされるのであれば買い取れ、東京電力の賠償額に上限をつけろ、電気代を引き上げろといった、無理筋の要求が出ている。
 徳政令は、借金棒引きの事であろうが、域内取り引きだけで完結している場合にのみ可能であり、かつての日本においても、鎖国中であったから可能だったと言える。現状では、海外から燃料や食料を輸入しており、一部で借金棒引きをやった結果、回りまわって輸入商社の決済資金がショートするという事態になってしまう。域外取り引きが介在する以上、個別に破産処理を進めていくしかなく、その為に便宜を図ってほしいという要求が、現実的な落し所となるであろう。この破産の発生による引き当て金処理は、非被災地の企業の経常利益を圧迫し、法人税収を大幅に引き下げるであろう。
 居住に適さない地域に指定されるのであれば買い取れという話も、天変地異による地盤沈下によって、最高潮位でも冠水しないという陸地の定義に当てはまらなくなった地域においては、水没による滅失登記を行うという処理が必要になる。担保価値等は消滅しているが、登記によって、破産の根拠として通用するようになる。土地を担保にローンを出していた金融機関は、自己破産の上、担保割れとなって、かなりの欠損を被る事になる。
 国費で埋め立てや堤防構築による干拓を希望しているが、それが無理なら、基準地価で買い取れというのが本音であろうが、私権の保護の為に公費を投じることはできない。水没によって私権の客体とならなくなった以上、その土地の利用から上がる収益を上回る復旧費用がかかる場合には、経済合理性から、単純に、水没地として滅失登記を行い、登記簿の記録上にのみ残る土地とする以外に無い。
 滅失によって国有地となった後であれば、埋め立てや堤防構築による陸地化によって、再び土地として利用できるようになる時期がくるかもしれないが、それは、その造成費用を、その土地の売却によって賄えるという投資行為の結果であって、滅失登記が回復するという事にはならない。
 東京電力は、地域独占会社である限り、どれだけ時間がかかっても、負債を返済する事は可能である。したがって、もし、東京電力の賠償額に上限をつけるのであれば、地域独占を廃止するのが条件となる。それが実現したら、東京電力管内の利用者は、全員、他の電力会社への契約変更を行うであろう。従業員の待遇を大幅に引き下げて、他の電力会社との待遇の差の分を、賠償の返済原資とするというのが、地域独占を継続する場合の最低条件となる。当然、電気代は、他の電力会社との間で差があってはならない。差を認めるのであれば、やっぱり、地域独占を廃止するのが前提となる。政府民主党が認めても、国民は認めない。日本の電気代は、国際的に見て割高であり、その原因は、東京電力の人件費や政治献金やマスコミ対策費や天下り対策費にある。東京電力が経費をじゃんじゃん使い、そのコストをそのまま電気代に転嫁しているので、他の地域の電気会社も電気代を引き上げる事になり、人件費や冗費をばら蒔くようになるのである。コストダウンをさせると、安全対策経費を削減し、経費削減を実現したとして、人件費を上積みするとなる。企業創建時の高邁な理想が建前に堕し、従業員の待遇向上のみが本音となるというのは、地域独占や電波帯域の独占が認められている企業に特有の現象である。
 キムチ臭いプロパガンダや曲学阿世を垂れ流すテレビ局や、被災者様であると勘違いした人たち、リコール手続きが無いから任期一杯まで好き勝手にやれると地位にしがみつく政治家と、地位や待遇が保証されると、それに甘えて暴走を始める人が増えてきている。地位や待遇を、大昔の先輩達の努力を無条件に引き継いだだけとか、他者の失敗や天変地異といった他力によって得た為であろう。
 独占の弊害を解消するには、市場原理を使うというのが、今の所、一番マシな手法となっているが、東京電力については、それを実現すると、メルトダウンによる被害者への補償が不可能になるという点で、矛盾が発生しているというのが、困った点なのであった。


[2011.5.5]
 震災時に、大量に物資を運び込むにはフェリーが便利だったという話。
 内航船業界は歴史が古く、未だ、蒸気機関車でやっていた頃の国鉄が競合相手だった時代の制度でやっている為に、競争力がなくなってしまっている。離島便のような、競合相手がいない場所でしか、商売ができなくなっている。
 これを避ける為には、価格競争力を引き上げるか、付加価値をつけるかという話になるが、どちらも、無理がある。
 時速30Kmで10時間の航海中を自由に過ごすよりは、時速100Kmで3時間走って7時間眠った方が良いというのも事実であるし、時速100Kmで7時間走って17時間休む方が、時速30Kmで24時間航海するよりも、休み時間を陸で過ごせるという点で、はるかに良いとなる。これが、高速道路が国道化されたら、ほとんど、生き残れないであろうという予想の根拠である。大きな船舶の入出港には相応の時間がかかり、積み下ろしの時間を考えると、ロスタイムはさらに増える事から、近距離でも遠距離でも、陸上輸送が可能な場所との競合は、どうやっても不可能となる。
 陸続きの地域では、ほとんどダメとなれば、陸続きではない場所へと車や物や人を運ぶことを考えるべきとなるが、日本の近くには、日本の交通常識が通用する先進国が無い。普段日本で自動車を運転している人が、問題なく運転できるような地域に車を運ぶのは、効率的と言えない距離になる。飛行機で人だけ運んで、現地でレンタカーを借りた方がマシであるし、貨物はトラックヘッドやタイヤによる空間といった無駄な体積を省いたコンテナで運んだ方が、合理的となる。
 となると、緊急時には民間船を徴用してという発想が、間違いと考えるべきであろう。
 兵站を軽視するのは日本軍の伝統的宿痾であり、現代の日本軍においても、渡海能力の保持は、他国への侵略に繋がるからダメと、拒絶している状態にある。
 しかし、自衛隊に輸送船団を持たせて、北海道から沖縄まで、大規模に兵団を移送して緊急展開させる能力は、射撃訓練等の場所の都合からも決して無駄ではないし、到着と同時に戦力を展開しなければならない軍隊の場合、主力は船舶で運んだ方が有効と考えられる。
 日本は専守防衛を前提としている以上、軍隊の投入は、占領された場所を奪還するという展開が主体となる。ならば、航空優勢、海上優勢を奪還し、陸上兵力を大規模に投入するという体制を、日常的に保持しておくべきとなる。輸送艦隊とそれを護衛する護衛艦群、潜水艦群を用意しなければならないという事になる。
 寸土といえども侵略させないという絶対防衛が可能なのは、日米同盟による米軍の後ろ盾があっての事であり、米軍の後ろ盾を失いつつある現状においては、自主国防の為に、米軍並の強力な軍事力を保有するか、一時的に占領されてもすぐさま奪還できる実力を保有するかを選ばなければならない。
 どちらも、かなりのお金がかかる話であるが、輸送船団の整備はやらなければならないであろう。その上で、民主党政権を終わらせて対米関係を改善する事であり、日本を同盟する価値のある国家、すなわち、基軸通貨体制を維持する為のドルポンプに戻す事が必要となる。軍隊は、準備はしておかなければならないが、使わない事が、一番安く済むのだから。

 昨日の日記を修正。"食中毒を出した焼肉屋の経営者も、特定アジア人ならば素行不良で国外追放にするべきであるし、創始改名や通名で勝手に日本人名を名乗っている帰化朝鮮人であるならば、きっちり前科者にして日本社会から追放するべきである。"を、"食中毒を出した焼肉屋の経営者も、特定アジア人ならば素行不良で国外追放にするべきであるし、創氏改名や通名で勝手に日本人名を名乗っている帰化朝鮮人であるならば、きっちり前科者にして日本社会から追放するべきである。"へ。誤変換。


[2011.5.4]
 焼肉屋が生肉を食べさせて食中毒、2人死亡。
 焼肉屋側は、生肉を出す事を法律で禁止されていないからだと主張している。確かに生肉を出す事は禁止されていないが食中毒を出す事は禁止されている。
 食中毒を出した責任を、生肉を出す事を禁止していないからだと主張するあたり、特定アジアの気質が出ている。
 生肉を出す事を禁止しても、生肉ユッケは民族料理の精気、禁止するのは民族差別だと騒ぎ出すだけであろう。生肉を出す事を認めろと騒ぎ、生肉を出す資格を獲得したら、以後、食中毒を出しても政府が認めたのだから、文句は政府へ言えと開き直るだけとなる。さらに、生肉を出せる資格を許可と言い換え、許可は民族料理を出す店だけに与えられるべきと主張して、参入障壁をでっち上げるというのも、予想の範囲となる。
 こういう焼け太りを狙う気質は、特定アジア特有の気質であり、日本人の旧来の性質とは相容れない。転んでもただでは起きないとも言えるが、転ばないようにするのが本筋であって、失敗によって回りにかけた迷惑の落とし前をつけるのが先である。業界の意思として、焼け太りを狙うという話はあるだろうが、直接の当時者がそれを口にしてしまったら、死者を出したのはその為となってしまう。騙す側よりも騙される方が悪いというのが特定アジアの道徳である。死者も、死んだ方が悪いという考え方なのであろう。反省しないし、罪の意識も無い。こういう不良品は、日本という社会にはなじまない。
 南鮮も北鮮も中国も、全員、日本人とは相容れない民族である。日本国内にいる特定アジア人は、速やかに、それぞれの祖国へと帰還させるべきである。食中毒を出した焼肉屋の経営者も、特定アジア人ならば素行不良で国外追放にするべきであるし、創氏改名や通名で勝手に日本人名を名乗っている帰化朝鮮人であるならば、きっちり前科者にして日本社会から追放するべきである。


[2011.5.3]
 オサマ・ビン・ラディンの抹殺完了。
 生かしておいても利用価値が無くなったばかりか、独裁政権に対する民主化運動に、イスラム原理主義が関わりあって三つ巴になると、イスラム原理主義が漁夫の利を得かねないという事で、原理主義ゲリラ自体を潰しにかかったという事であろう。
 史記に、"狡兔死良狗亨、高鳥尽良弓蔵、敵国破謀臣亡"とある。原理主義ゲリラは、戦争というビジネスを続ける上で、丁度良い獲物であったが、原油生産や経済活動の邪魔をされるわけには行かないと僻地に追いやった。生かさず殺さずで戦争を続けてきたが、そうなると、平和になった都市において、グローバリゼーションによる生活水準の向上から、独裁者や宗教独裁と、民主主義・自由主義との相克が表面化するようになった。軍隊は、原理主義ゲリラと遊んでいる暇が、なくなってしまったのである。
 戦うべき敵は、独裁者であり、宗教独裁制であるという、自由主義・経済主義の建前を実現しなければならなくなってしまったのだ。
 独裁者を潰す為に主力を振り向ける前に、原理主義ゲリラを潰しておかないと、転進ができない。
 そういうわけで、独裁者・独裁政権という新しい中東における敵が出てきた以上、原理主義ゲリラは用済みなので、本気で潰し始めた。もっと早くに潰せたのであるが、軍隊や軍事力には、丁度良い規模の敵が常に必要であり、狩り尽くしてしまわないようにするという心がけが必要となる。
 とりあえず、中東においては、独裁者が当面の敵であり、その後に、丁度良いサイズの敵となるのは、宗教独裁制となるであろう。中東のイスラム教や極東の共産主義国家が、敵となる。
 民主化を妨げ、人民の自由を奪う宗教や共産主義を止めさせるという大義名分に対し、反論できる国家・社会は、存在しないであろう。ただし、次の敵が出てくるまで、じっくりと戦争というビジネスを続けるというのが真の目的なので、本当に民主化を実現したければ、それらの国家の人民が、自ら血を流して革命を実現するのが、一番手っ取り早くて確実な手法と言える。やるなら、早い方が良い。遅れれば遅れるほど、次の、より強大で都合の良い敵が出てくるまで戦争をだらだらと続けさせる対象に選ばれてしまう可能性が高くなる。民主化できる状態にあっても、力ずくで独裁制を継続させられる事になる。
 イスラム原理主義ゲリラ達が、戦力的には壊滅状態なのに、強大な敵として存続させられ続けたように、最後に残った邪悪な国家とその国民は、その意思とは無関係に、邪悪な敵として存続させられる事になる。
 極東アジアには、東西冷戦の後始末において、北鮮がそういう存在として存続させられてきたが、北鮮にケリをつけて、より強大な敵として中国を引っ張り出すという話になっている。大地震の為に日本は協力できない状態になっているが、話自体は進んでいるのである。
 なお、オサマ・ビン・ラディン抹殺について、同盟国である日本に対して一切の事前情報提供が無かったのは、日本の現政権に伝えた事は全部中国に筒抜けになり、パキスタン経由でゲリラに漏れる為である。


[2011.5.2]
 はわわっ。
 ねぼーんにゅ。
 o(>_< )oo( >_<)oじたばたじたばた
 目覚し時計、寝坊用に止めたのと、昼寝時間に合わせたままだった。
 えぐえぐぅ(;_; )( ;_;)


[2011.5.1]
 衆議院の解散以外に、会期中の国会を閉会させる方法はあるか?
 臨時国会・特別国会の召集・開会を宣言する詔書があれば、それを開催しなければならない。国会会期中に、臨時国会・特別国会の召集の詔書が届いたならば、それを公布しなければならないし、手続き的には、その日の前日の時点で、前会は閉会していたという解釈は可能となる。
 しかし、臨時国会・特別国会開催の詔書は、それぞれ条件があり、その条件を解散以外の手法で達成することは難しい。どちらかの院の4分の1以上の要求で臨時会を開けるという規定は、閉会中を前提としており、開会中にこれをやった事は無いし、合理的な範囲で、臨時会の開催を遅らせる事ができるとされているので、開会中の国会の会期を終了してから臨時会を開催するという事になる。内閣総辞職後の首班指名選挙で、野党側が連立政権を成立させて政権を奪取したとしても、院の構成が変わったとは、言えない。辞職や補選によって院の勢力の変動があったとしても、それを理由に院の構成が変わったという主張は、これまでなされてこなかった以上、与党が分裂して与野党が入れ替わった程度では、院の構成の変化とは言えないのである。
 というわけで、会期中の国会を強制的に閉会させるには、過去の実例と法解釈の範疇では、衆議院の解散をもってするしかないとなる。
 解散せずに与野党の立場だけを入れ替え、任期満了まで無責任な野党の立場を満喫し、自民党を叩いて人気を回復させるという、民主党の起死回生の政権交代プランは、民主党自身の行動によって消滅したのである。
 解散総選挙において、岩手、宮城、福島の震災・原発被災地についてどうするかという問題があるが、5月中に解散して、それから40日以内に総選挙となると6月中となる。統一地方選の延期は、2ヶ月から6ヶ月の間となっており、6月中であれば、2ヶ月以上の延期が行われたとなり、法律上の矛盾は無くなる。被災地は、復興の方針について民意を問う必要があり、一日も早く、地域の復興方針を争点とした選挙を行うべきであることを考えれば、総選挙によって同時に開催されるのであれば、むしろ、喜ばしい事といえる。現職達に、都合の良い状況が出てくるまで震災を理由に選挙を先延ばししようという考えが出てくる事を思えば、総選挙という外的要因によって選挙を強いられる方が、反発は出てこないであろう。


[2011.4.30]
 朝鮮王室儀軌問題。
 日本にある朝鮮王室儀軌の写本の完全セットを、南鮮に引き渡すという話が、衆院本会議で、民主党と公明党の賛成によって可決されていた。審議において、南鮮のみに引き渡す事について、なんら合理的な説明はされていない(cf.[2010.8.11],[2010.11.30])。
 二国間条約である事から、参議院において否決されても、衆議院の議決が優先されるので、事実上、成立したといえる。この法案を葬り去るには、参議院に送られてから三十日以内に、国会を閉会に追い込み、審議未了廃案にするという手段しかないという事になった。
 つまり、菅内閣の余命が5月末までとなったわけである。
 民主党は先の衆議院選挙で民潭にお世話になったからという理由であろうし、公明党は本体の創価学会の教祖が南鮮人であることから、南鮮の利益になることであれば、日本の国益を損なってでも実現させるという政党である。
 この二つの政党が、この問題において組む事は予想されていたが、まさか、本当に組んで賛成に回るとは思わなかった。
 信賞必罰における褒賞と取り引きとは、違うという事に気がつかないようである。事に当たる前に、何があたえらるか約束されていなければ褒賞であり、約束してあるのであれば、それは取り引きである。取り引きであれば事に当たる前にその契約内容を、味方に示し、そういう勢力の協力を得ている事を明らかにするべきである。さもないと、約束無しで協力した者と、約束ありで協力した者との間に、不平等が発生する。さらに、自分の財産や資産を約束の対象としているのであればまだしも、分捕りモノを対象としたら、それは、LBO(Leveraged Buyout)である。外資系ハゲタカファンドと同じ事を政治家がやってしまったら、反発を買わないわけが無い。
 信賞必罰が難しいのは、間違えた時に取り返しがつかないからである。一度離れた人心は、二度と戻らない。正しいと思って行動をしたとしても、その正しさが、独り善がりでないという保証はどこにも無い。罰する事も褒める事も、理由と与えるモノとの両方に、正当性がなければならない。多くの人に尋ねたとしても、権力者にはっきりと間違っていると指摘して不評を買うぐらいならば、追従しておいた方が、害は無いと判断する者が多い。間違いが積み重なっていく事に、本人だけが気がつかず、やがて、地位を追われる。
 民主党の衆議院議員は、民潭に選挙のお世話になっているが、民主党の参議院議員は、選挙のお世話になっていない。先の参議院選挙ではボロ負けしたし、その前の参議院選挙においても、民潭の協力を受けていない。したがって、この法案に賛成する義理が、どこにも無い。
 民主党参議院には、何もせずに時間を浪費し、不人気極まりない衆議院議員達に結果的に同調し、2013年7月13日満了の参議院選挙でさらに負ける事を選ぶか、首相に対する問責決議を通し、政党として生き残る道を選ぶかという選択肢が突きつけられているわけである。2013年夏が、衆議院の任期であり、最悪、衆参同日選になる。バランスを取る為に、衆参で捻れを作り出す投票行動を予測していたが、民主党に対する現状の風当たりの強さでは、衆参共に、非民主に投票するという行動が予想される。
 参議院選、統一地方選と、あれだけ負けて民意を失っているというのに、未だに政権にしがみ付いているというのは理解しがたいが、参議院に、日本国民の民意からかけ離れた決議を要求しているという点で、さらに理解しがたい。
 参議院は半数改選方式である事から、民意を失ったとしてもすぐには議席がなくならないので、次の衆議院選挙で民主党衆議院は壊滅的に減少し、参議院の勢力だけが残る事になる。参議院議員の存在によって民主党は政党要件を満たすしかないのである。参議院こそが民主党の生命線であり、そこに、民意にそぐわない議決を強いるというのは自殺行為なのだが、それすらも、理解できないというのは、さすがサヨクとしか言いようが無い。
 共産主義や社会主義は、短期間ならば合理的であるが長期間継続させられない。それに気がつかないという事、つまり、先の事を考えないという性質がなければ、そういった欠陥思想に殉じる事はできない。サヨクというのは、能力に致命的な欠陥がある不良品であり、民主党はそのサヨクそのものなのである。
 民主党参議院は、不良品である民主党衆議院と、どこまで付き合うつもりなのであろうか。
 解散ではなく、総辞職であったとしても、次の内閣は就任と同時に解散を宣言して、選挙に雪崩れ込む事になる。そうしないと、審議未了廃案にできない。参議院だけでなく、民主党の陣笠も、売国奴の汚名を着て任期一杯まで議席にしがみ付き、次の選挙で落選して、故郷をも石もて追われるか、ここで新党を立て、二期目の可能性に挑戦するかという選択に追い込まれているわけである。


[2011.4.29]
 ソニーのPlayStationNetwork/Qriocityで、大規模なクラック事件が発生したという話。
 プレイステーションをネットワーク端末とする、その接続先を、ソニーが独占し、インターネットを利用しながら、あたかもクローズドネットにおけるオンライン端末のような環境を実現し、クレジットカード決済や仮想マネーでの買い物等のサービスを提供して、ユーザーを囲い込んでぼろ儲け!という狙いが、大ハズレを起こしたという話である。
 この話の発端は、PlayStation3のCFW(Custom firmware、Clack firmware)である。この手のゲーム機は、ゲームを焼き付けた記録媒体を売りつけるという基本構造を持っている為に、記録媒体の内容を、ゲーム機内臓ハードディスクにバックアップできないというガードがかけられている。しかし、オンライン販売されるソフトウェアは、内容は同じなのに、ハードディスクに保存できるとなっている。
 となれば、ハードウェアのガードを外してしまえば、手持ちのゲームをハードディスクに入れられる。読み込みの際の時間待ちを省いて、快適なゲーム環境を実現できると考えるのは、当然となる。そして、その際に、そのディスクがメーカーが直接販売した純正品である事を確認するシーケンスに、ダミーデータを喰らわせてやれば、ディスク自体のバックアップが可能になる。オリジナルディスクに傷が入ったり、友人に借りパクされて中古ゲーム屋に売り飛ばされたりしても、ゲームを続けられるとなるし、torrentで流されているゲームディスクイメージをダウンロードしてDVDに焼けば、そのゲームを購入せずに遊べるようになる。
 ここまでは、普通のwarezであったのだが、PlayStationには、ネット接続機能があり、ソニーが顧客を囲い込む為だけに作られたネットワークが存在した。
 そのネットワークには、クレジットカード決済や、リアルマネーで購入する仮想通貨があり、それらは、PlayStationというハードウェアからの接続だけしか想定されていなかった為に、セキュリティがザルであった。CFWでハードウェアの機能の全てがユーザーのコントロール可能となった時、PlayStationNetwork/Qriocityのザルなセキュリティが破られるのは、時間の問題となっていたのであった。
 実際、PSNに接続可能なCFWが作られて以後、偽造アカウントが作られ、リアルマネーで購入する仮想通貨のセキュリティが破られ、仮想通貨の無限増殖が可能となっていた。クレジットカード番号が流出するだけでなく、既に登録されていた他人のカード番号を別人が登録できるという状態であり、不正な利用がなされていた。オンライン販売のゲームが購入され、そのデータがゲーム機内臓ハードディスクから吸い出されてゲームディスクイメージとしてインターネット上に公開されるという状況になっている。
 ここまで事態が発展して、ようやく、ソニーはPlayStationNetwork/Qriocityを止めたのである。クレジット会社から不正な利用が発生しているという証拠付きの指摘が来て、ようやく、カードの不正利用の原因が自社ネットにあった事に気がついたというマヌケっぷりなのである。
 カード情報の流出が外部であったならば、カードの不正利用によるカード所有者の損失はカード会社が加入している保険が負担するので、ソニーやゲーム提供会社の売り上げには影響が無いどころか、どんどん使って貰った方が、売り上げが増えるという状態であったが、情報漏洩がソニーの責任であるとなれば、その損失は、ソニーが負担しなければならなくなる。
 ソニーは、クレジットカード情報が流出したというアナウンスをしているが、本質は、セキュリティがザルなのに、決済機能や仮想通貨機能をやってしまったという身の程知らずにあり、ゲームという著作物を囲い込んで商売をするという、物質媒体時代の商売を、物質媒体を必要としない世界において強行しようとして、当たり前のように失敗しただけである。
 それを理解して反省するだけの頭は、無いであろう。あったら、セキュリティがザルな状態でお金を扱うシステムをやろうと考えるわけが無い。
 低機能なハードからのアクセスしか受け付けないのだから、クラックされるわけがないという思い込みが、セキュリティに対する投資を妨げ、最悪の事態を招いてしまったという事であろう。セキュリティを指摘する人は居ただろうし、CFWによるゲームディスクの売り上げが落ちる事への対策として、ファームウェアのバージョンアップを繰り返していたが、最悪の事態を想定して備えるという危機管理が、できていなかったわけである。東京電力のメルトダウンした原発と同じで、最悪の事態を想定して準備する事を、愚行として拒絶し、その分の予算をコストダウンに成功したとして、自分達の報酬に上乗せして喜ぶ風潮があったのであろう。
 さらに、SCEは、PlayStationNetworkからの退会規約をこそこそと変えているらしい。事件の公表前は、退会手続きが行えたのに、公表後に差し替えられた規約では、サポートセンターに電話連絡しないと退会できないというように変えられているという話である。本気でクラックする人は、踏み台を使ってIPアドレスを飛ばし、PSNのアカウント自体を偽造してやっているから、偽造アカウントなんぞ、ほうっておくだけである。律儀に退会手続きを取りに来ると思っているのだとしたら、恥の上塗りであろう。
 Playstationは、初代機は面白くなりそうだったのに、物質媒体や製品といったプロダクツ販売側が主導権を奪い取って牛耳ったせいか、どんどんゴミになっていった。ソニーも、大きくなりすぎたのかもしれないねぇ。


[2011.4.28]
 千葉県産農産物に風評被害が発生しているという話。
 出荷制限中に、それを守らずに出荷していたのが居たという事で、千葉県産の農産物全てに対して、消費者がNoと言っている状態を、風評被害だと主張しているらしい。
 規制破りがあったのは事実であり、その農家や出荷を認めた農協の責任者を廃業・懲戒解雇にまで追い込んでケジメをつけない限り、他の農産物も同じと取られる。つまり、風評被害が発生しているのは、規制破りを放置して済まそうとしている県や農協の姿勢が原因である。
 規制破りをした事は、風評被害の原因の一つであるが、本当の意味での風評被害の原因は、その処分を行わない側にある。信賞必罰は武門の拠って立つ所であり、権力とは、信賞必罰を間違わずに行うという智慧にこそ宿る。
 武力や権威や規則が権力なのではないのだが、権力を手にした者は、ほぼ確実に、その正当性を、武力や権威や規則・法律に求め、信賞必罰を捻じ曲げる事に使ってしまうのである。支えてくれてきた部下や手下、有権者から見放されるのは、本人の言動が間違っているからであり、それ以外には無い。
 所詮は水呑みの子倅共が成り手の居ない所で、逆選択の結果選ばれているだけでしかない、という事である。
 戦国時代においては、誰でも成り上がるチャンスがあったが、武士として支配階級に成り上がった者と、その環境においても水呑みのままであった者との間には、本質的な差があったという事である。現代においても、成り上がるチャンスはあるが、成り上がった者が、ことごとく、失敗をし、恥を晒していく。東大に合格し、官僚になったり一流企業にはいって、出世をしても、前任者達がやってきた事を繰り返すか、より悪化させるばかりで、積み重なった不手際や矛盾が表面化した時には、自称専門家や係長・課長レベルの言動が精一杯という恥を晒す事になる。問題が表面化しなければ、円満に定年退職し天下りをして、悠悠自適になれたのにと、逆恨みをしているような性根が透けて見えるので、肩書きに比べて能力・品性が低く見えるのか、あるいは、元からその程度の能力しかなかったのが、学閥と世渡りだけでそういう地位に上ったのかという事になる。
 信賞必罰を間違えずに行わなければならないという事の難しさを知っている者は、そのような職につきたがらず、その難しさを知らない者が、無邪気になってしまって間違いを繰り返すというのは、職業選択の自由がもたらす矛盾と言える。


[2011.4.27]
 クラウドは役に立つか?
 webサーバーを運用していくときに、突発的なアクセス量の増大に対応できるように予備サーバーを準備しなければならない。しかし、普段は使わないリソースを準備し続けるのは合理的とはいえない。そこで、予備のリソースを共有し、万が一の時には共有分を使って対応するというのが、クラウドの基本思想である。
 その為には、予備のリソースに簡単に展開できるように、サーバー内のデータを丸ごとコピーするだけでミラーサーバーが増やせるようにするという事前準備が必要となる。
 通常は、一台のサーバーで処理をしているが、スキャンダルや不祥事でアクセスが増大した時に、サーバーを複数化し、ロードバランサーでアクセスを振り分けるようにする。サーバーの複数化、ロードバランサーの追加といった作業だけで対応できるようなコンテンツ作りというのが、前提になる。
 ここで問題になるのが、webサーバーに対するアクセスには、特定多数と不特定多数の二通りのアクセスがあるという点である。
 特定多数のアクセスというのは、ポイントサイトや通販サイト等のログイン情報があって、ユーザーの購買履歴や懸賞応募履歴、ポイント残高等の個人情報との紐付けが常時必要なアクセスであり、不特定多数のアクセスは、それらの個人を特定する情報を取らず、データを提供しているだけの、普通のwebサイトと言える。
 この二種類のうち、クラウドによる突発的アクセスに対応し易いのは、不特定多数を相手にするタイプのwebである。
 特定多数を相手にするタイプでは、認証サーバーと個人データを記録しているデータベースサーバーをクラウド化する事ができないので、常に最大のアクセスを前提に、リソースを準備しておかなければならない。たとえば、株主電子投票制度を導入している場合、株主総会の直前だけに利用が集中するという状態では、その時期だけの為に、設備や回線を維持しなければならないとなる。臨時総会がいつあるかわからないという事を考えれば無駄ではないのだが、臨時総会に備えていると、経営に重大な問題が発生する事を期待しているのかと、システム運用部門は白い目で見られる事になる。
 特定多数のアクセスを前提にしたシステムを運用できるようにするには、株主による投票を頻繁に行う仕組みを導入してしまえば良く、この日記では、ミラーが簡単に作れるというwebコンテンツの特徴を生かした、世論操作手法としてコンテンツサイトのミラーを行い、どのサイトをミラーするかを、株主の投票に委ねるという手法を提案している。この手法の発展形として、製品やサービスに個別のコードを付与し、そのコードを入力することでポイントを集められ、懸賞に応募できたり、株主と同様にコンテンツに対する人気投票に参加できる権利を与えるという顧客囲い込みの手法もある。
 株主や顧客といった特定多数に対するwebサイト運用は、常にリソースが使われる前提でなければならず、その為の仕組みを作りこまないと、運用自体が不可能になるという事である。
 反対に、不特定多数に対するwebサイトは、毎日・毎時・毎分更新されるとしても、固定コンテンツであり、認証サーバーやデータベースサーバーとの連携が不要な為に、クラウド化することが簡単にできる。
 特定多数に対するwebサーバーと、不特定多数に対するwebサーバーとを、同じサーバーや同じアドレスで運用しようというのが間違いなのだが、対象が特定少数と不特定少数である間は、一台のサーバーで賄えてしまうというのが、間違いの始まりなのであろう。
 固定コンテンツを扱うサーバーはクラウド化や多数化したほうが良く、株主電子投票やポイントシステムといった個人情報やお金がかかわる重要なサーバーは一箇所で保有運用しなければならない。この切り分けが必要なのだが、問題の切り分けができない人が意思決定者になってしまったりすると、本人は精一杯やっているつもりなのだろうが、周りから見ていると、無駄な努力をしている無能な働き者となるのであった。


[2011.4.26]
 震災で選挙ができなかった東北3県以外の統一地方選が終わった。
 民主党政権に対する批判票が出た選挙であった。
 政権与党でありながら立候補者を立てられないという不戦敗や、かろうじて立てた候補もボロ負けと、党勢の拡大どころか、4年前の野党時代の議席の維持に汲々としていたわけで、民主党に対する国民の意思表示は、万年野党に戻るべきであると、明確になっている。
 民主党には政権を担えるだけの人材が居ない。素人と万年野党にしかなれない不良品の集まりであることを、全国民が認知したのである。
 この期に及んで、首相や幹事長を変えれば何とかなると思っているようであるが、人材が居ないのだから、首を挿げ替えても結果は変わらない。いや、もっと悪くなるであろう。
 民主党の命運は旧社会党と同様、次の選挙で泡沫に転落する所までは決定している。問題は、現在の民主党が、社会党の脱藩者と自民党を追い出された追放者の寄り集まりであるという点であろう。
 現在の民主党から脱藩し、大きくなりすぎた自民党から放逐される運命にある者達と組む事で、次の万年野党を作り出せる可能性は、存在している。
 次の選挙で生き残る為には、現在の民主党執行部と敵対し、脱藩してみせるというのが、最低限やっておかなければならないアピールとなるのである。
 今の菅政権に内閣不信任が出るのは時間の問題であるとして、泡沫に転落することが確実である以上、解散総選挙だけは無い。となると、内閣総辞職であるが、これを通す為に、決議を欠席するのでは、脱藩したとは言えない。ここは、新党を結成して脱藩し、自前の首相候補を擁立して連立政権へと持ち込まないと、民主党出身者という汚名を雪ぐことはできない。
 汚名を雪いだとしても、政権担当能力がつくわけではないので、そこから勉強となるのであるが、民主党時代の失敗を繰り返さないという事ができるかどうかというと、難しいであろう。
 何しろ、素人と不良品の集まりであって、政治献金者が有権者かどうかを確認する為に選挙人名簿を使うという基本的な事を、首相や外務大臣や党首経験者がやっておらず、外国人から多額の政治献金を受け取っていたぐらいだから、当選回数が多くても知識やノウハウを持っていない。知識やノウハウを持っていないのが幹部として上に沢山いても、若手に教える事は何もないし、組織という閉鎖的な環境では、むしろ、悪い部分だけを真似てしまうものであるし、若手が育つ事は、自分の立場を弱くするとして、情報や権力から阻害するという行動が出てくる。民主党の若手は、採決要員以外の仕事は一切させてもらっていないようであるが、その環境に甘んじるのであれば、次の選挙で落選の上、その土地に居られなくなるであろう。
 現職議員の間は、誰も何も言わないしやらないが、猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙で落ちれば犯罪人である。任期中の腐敗や無能を、有権者は忘れないのだ。


[2011.4.25]
 花粉が終わったら、今度は黄砂である。
 鼻水は出ないが、目がごろごろするのであった。
 花粉はマスクをしていれば、かなり軽減できるが、黄砂は、どうしようもない。目を閉じるわけには行かないのだ。
 地球温暖化は嘘であったことがバレているが、中国の砂漠化は、止まらない。温暖化によってではなく、農業用水の使い過ぎ、工業化による地下水の汲み過ぎによって、表土が乾ききってしまって、砂漠化が進んでいるのである。
 大陸型気候では、遊牧のように自然に負荷をかけないようにするか、三圃式農業のように地下水の水位を定期的に上昇させるような運用をしないと、あっというまに砂漠化してしまう。輪栽式農業(ノーフォーク農法)では休耕地を作らずに済ませられるが、この場合、地下水位の低下が無い、水の潤沢な地域でないと、砂漠化がおきてしまう。灌漑設備を整えることが難しい場所や、もともと水が少ない地域では、休耕によって地下水位を引き上げる三圃式が適応する。
 気候・環境によって、最適な農地の運用方法は変化する。党や最高指導者の指導によって、どんな場所でも指示どおりの運用をしなければならないとなると、地力を無視した作付けをしてしまうことになる。さらに、怠けさせない為に、余計に取れた分は個人の増収としてしまうと、少しでも収量を上げようとして、無理な作付けを繰り返し、地力を衰えさせてしまうことになる。
 三国時代以前の風水術には、ちゃんと、地力に応じた農業があったのに、三国以後の中国においては、皇帝の指示によって、土地の事情を無視した農業が行われるようになり、砂漠化が止まらなくなっている。税を取る側の都合が優先され、農地の側の都合が無視されるようになり、地力は衰えるばかりとなる。品種改良や灌漑水路の建設によって、一時的に地力が回復しても、すぐに人口の増加がその余裕を食い潰してしまうのである。
 さらに、灌漑水路を作っても、表層から水を撒くと、地中の塩分が表層付近に析出し、塩害によって農作物の生育が阻害されるようになる。塩分を洗い流せる程に潤沢に水があるならば問題は無いのだが、そうでないと、灌漑をすればするほど塩害が酷くなって、最終的には農地が塩田のようになって、放棄しなければならなくなる。そこから、砂漠化が広がる事になる。
 黄砂を止めるには、農業を変える必要があるが、収量の低下になるので、おそらく、今のままでは、受け入れられないであろう。中国の人口が大幅に減った後でないと、本格的な対策は検討すらされないであろう。
 地下水が減り、川が断流を起こし、砂漠化が進んでいるのを、地球温暖化のせいであると決め付けて、対策を先送りしている間は、黄砂が続く事になるのであった。


[2011.4.24]
 Radiation Dosage Chartという、面白い図が出ている。元は、線量による症状をまとめた表である。日本語化したのもある
 放射性物質から発生する高エネルギー粒子は、遺伝子の鎖を物理的に切断してしまう。
 切断された遺伝子は修復されるが、その修復が完璧である保証は無い。一定の確率で間違った修復が発生し、間違った修復がされてしまった細胞の大部分は、生体にとって異常な細胞として排除されるが、ごくごく稀に、異常な細胞として排除されずに、生体にとって害を与えてしまう存在になってしまう。これが、ガン細胞である。
 ガン細胞が増殖し、本来の臓器を侵食して機能を消失させたり、栄養分を奪ってしまったりといった事が起きて、生体に異常が発生すると、発病となる。
 ガン細胞の塊とガン細胞が流出している可能性のあるリンパ節を嫡除するというのが、外科的対応であり、ガン細胞に選択的に付着する物質に細胞分裂を阻害したり細胞を死滅させる物質をくっつけた抗ガン剤を内服させるのが、内科的対応となる。ガン細胞だけに選択的に付着するというのは理想であって、毛根細胞やその他の細胞にも付着してしまうというのが、抗ガン剤の問題点であるが、外科的対応だけでは取り除けない小さな細胞を相手にするには、抗ガン剤の併用が必要となる。
 放射性物質の近くにいたり、大気圏外にでたりすると、高エネルギー粒子を浴びる事になり、長期的にはガンの発生リスクが高くなる。短期的には、損傷したDNAの修復が間に合わなくなって、死滅した細胞の増加や再生不良によって、人体が欠損を起こして死亡に至る。
 どの程度の放射線を浴びると、どうなるのかという点がわかりにくいのは、一過性被爆と長期被爆、長期的リスクと急性症状の区別が必要だからであろう。
 一過性被爆においては危険性を無視できるとされる被爆量であっても、体内に取り込まれた放射性物質から長期間浴び続けるとなれば、致命的な結果を招く被爆量となる。一過性被爆量と、長期被爆量とを区別しないと、何が危険かを間違える事になりかねないのである。
 福島第一原発のメルトダウン以降、後付けで大き目の暫定安全基準値を出しているが、その数値は、長期被爆においては十分に危険な被爆量であり、安全とは言いがたい数値となっている。
 おそらく、一過性被爆と長期被爆の区別がついていない人が基準を決めているか、さもなくば、危険性を認識していないのであろう。
 自称清純派であれば害は無いが、自称専門家は、害がある。


[2011.4.23]
 日の出が五時、日没が十八時と、昼間が十三時間もある。
 春分から一ヶ月もたつと、さすがに、夜明けの早さ、日没の遅さに馴れてくる。徐々に暖かくなり、春物では、時折暑すぎるとなる。
 着たり脱いだりを繰り返し、温度調節を行うのであるが、なんとなく、うまくいかないのであった。
 夏物にするには朝晩が寒いし、かといって、昼間の盛りに合わせでは暑いとなる。
 暖かくなるのは望ましく、嬉しい困惑なのである。
 杉の花粉もそろそろ終わったようだし、ようやく、春の暖かさを屋外で満喫できる季節がやってきたのであった。


[2011.4.22]
 はわわ。
 ねぼーんにゅ。o(>_< )oo( >_<)oじたばたじたばた
 100円均一で、新しく購入した目覚し時計が、かなり良い。5分のスヌーズ機能があるという基準で探していたのだが、十分な目覚し時計を見つけた。
 欠点は、照明がついてないので、夜中に目が覚めて時間を見たい時に見れないという点、設定してある時間を確認するのに、いちいちボタン操作が必要であるという点、そして、毎日、同じ時間にタイマーが鳴るという点である。
 この時計の欠点は、毎日同じ時間にタイマーが鳴るので、設定してある時間を確認せずに寝てしまうと、昼寝用に時間をずらして朝の時間に戻し忘れていた時に、朝に鳴らないという失敗がおきるという点である。
 昼寝用にさらに同じ時計を買い増しするという判断に傾きつつあるのだが、もしそうしたら、外出している時に、昼寝用にセットした目覚ましが鳴り始めて、ずうっと鳴り続けてしまうという可能性がある。
 そういうわけで、今朝は失敗であったのである。

 昨日の日記を修正。"政府が介入するのは、100%減資で株主不在となる東京電力と、東京電力新社への出資であり、一時的な賠償金支払いに対して、現状と将来の人件費の差額を支払い減資とするローンを提供することだけである。"を、"政府が介入するのは、100%減資で株主不在となる東京電力と、東京電力新社への出資であり、一時的な賠償金支払いに対して、現状と将来の人件費の差額を支払い原資とするローンを提供することだけである。"へ。誤変換。


[2011.4.21]
 東京電力を存続させるか否か?
 東京電力そのものを消滅させると、損害賠償の負担者が消滅してしまうから、存続させるべきである。問題は、その形式にある。
 福島の原発をメルトダウンさせてしまったのは、より震源地に近い東北電力女川原発が無事に残っている以上、東京電力の失敗とせざるを得ない。天災ではなく努力・準備が足りなかった人災である。
 したがって、東京電力に全責任を背負わせるしかない。
 有限責任を負う株主は100%減資で責任を取り、無限責任を負う従業員は、全員解雇の上、東京電力新社に再雇用。東京電力は設備を保有し、新社はそこから設備・営業権類を借りて営業を続けるとなる。その際、賃金水準を大幅に切り下げ、人件費の差額を賠償金支払いにあてるというのが、この問題の唯一の解決策となる。
 政府が介入するのは、100%減資で株主不在となる東京電力と、東京電力新社への出資であり、一時的な賠償金支払いに対して、現状と将来の人件費の差額を支払い原資とするローンを提供することだけである。
 まかり間違っても、増税や電気代の引き上げ、人災を発生させていない他の電力会社への負担の押し付けなどをやってはならないし、天下り先と勘違いするのも、筋違いである。東京電力は賠償金を完済したら、東京電力新社と合併し、再上場となるというのが、この問題の最終的な決着となり、その時を一日も早く実現させるのを、東京電力従業員のモチベーションとするしかないのである。
 東京電力を存続させる際に、従業員にも株主にも責任を背負わせず、電気利用者からお金を集めて賠償金を支払うだけという、虫の良い話がでているようであるが、それは、市場で取り引きされている東京電力株の価格を操作する風説の流布と考えるべきであろう。
 株価を吊り上げ、あるいは、暴落させる為に、あらゆる手段が使われるのが相場であり、道理に沿った決着を予想する側と、それから外れた決着を実現させようとする側とで仕手戦となるのは、やむを得ない事であるが、政府がそれに与するのは、いただけない。
 市場参加者は、売り方にしても買い方にしても、noisy minorityでしかない。公営競技で車券や馬券や船券を買った人達と、同じである。発行される券の総量が決まっていて、買いたい人が増えれば一枚あたりの価格が上昇し、売りたい人が増えれば暴落する。レースが超長距離で、ゴールが存在しないので、一期毎の成績の変動で売買していくのが、株式というギャンブルである。レースのゴールは存在しないが、出走者が破綻や倒産や解散によって倒れる事があるし、新しい出走者が出てくる事もあるというのが、短距離戦で数分で結果のでる公営競技とは違う点である。
 東京電力のような地域独占が認められている巨大な企業は、その株式を保有している人や年金ファンドや金融機関の数も多く、また、天下り先としてしがみ付いている官僚OBや東京大学を始めとする寄付口座も沢山ある。100%減資の上、そういった役立たずだった部分を廃止・切り捨てとすれば、大きな影響が出る。しかし、それをせずに存続させるのは、原子炉をメルトダウンさせても責任を追及されないという悪い前例を残す事になる。原子力発電を続ける以上、二度とメルトダウンをさせない為に、厳しい処分を行う必要がある。株主として、ステークホルダーとして管理監督責任を全うしなかった以上、株主には、重大な責任があるのである。
 大きすぎて潰せないというのは、責任を取らずに済ませるという事ではない。潰させないのは、責任を取らせる為であって、既得権益層の待遇や権利を存続させる為ではない。
 市場でおもちゃにされている為に、情報が混乱するのである。一日も早く100%減資の方針を打ち出し、相場を終わらせるのが、東京電力に対する流言飛語・風説を沈静化させる手法となる。


[2011.4.20]
 消費税を8%に?
 現状5%の消費税を8%に引き上げて、3%を震災復興に充てるという話がでているらしい。しかし、消費税だけでなく、税収全体が、大幅に減る事が予想されている。
 2011年度予算案では、消費税は10兆1990億円の税収があると見込んでいるが、実際には、前年度割れは確実と考えるべきであろう。
 震災による景気の低迷分を加算すると、税収は6掛け程度に減ると考えた方がたほうが良いとなる。
 消費税の税率を上げて税収の増加を狙っても、日本国内の景気自体が低迷している状態では、予算案どおりの税収を確保するのすら、難しいとなる。
 税率を上げても、税収増どころか、景気の低迷によって、税収はさらに減るという事が想定されるのである。
 日本の産業を復活させ、雇用を増やし、人民の担税能力を高めるという対策が無ければ、税収は増えないのだが、そんな基本的な事すらも、理解できないのが、国会議員を占めているというのが、困った所である。


[2011.4.19]
 広域図書貸し出しシステムについて。
 複数の図書館が連携し、蔵書を共有して利用者に貸し出すというシステムを、旧来の単館型蔵書貸し出しシステムの上で実現しようとすると、書籍の運搬経費がかさむという欠陥が表面化するという問題である。
 旧来の単館型蔵書貸し出しシステムは予約された順番に、図書を貸し出すという仕組みで、このシステムの上で複数図書館の連携を実現すると、先約順に書籍を、予約者の指定した図書館に運ばなければならない。この運ぶという費用と手間が無視できない規模になってしまっている。
 そこで、利用者が受け取り館に指定している図書館の蔵書と、他の図書館の蔵書の予約を別枠に切り離し、他館蔵書の予約については、蔵書館の予約者が0になってから、他館蔵書予約枠で一番最初に予約された利用者のいる図書館に蔵書が移動し、その図書館の予約者を消化、その図書館での予約者が0になったら、リストの中で一番古い予約者の居る図書館に蔵書を移動というやり方で、予約を消化していくという手法が思いつく。図書館間輸送の冊数は、大幅に減少する事になる。
 この場合、予約は受け取り指定館毎に処理されるので、予約順が無視される事になる。したがって、予約冊数に制限は無い方が良いとなる。急ぐ人はその時点での蔵書館で受け取ると予約しなおして受け取りに行くコストと自前で購入するコストを比較して合理的な方を選択するであろうし、急がない人は、予約リストが消化されるのをずうっと待つ事になる。
 他館と蔵書館で予約受け付けのシステムを切り離すのにかかるコストと、図書館間輸送を続けるコストとでは、どちらが高くつくかという問題になるが、図書館間輸送のコストは、制度を変えない限り増加し続けるので、システムを変えた方が安くつくとなる。
 副本を大量に持つという手法は、著作権者側から営業妨害だと主張されるほど不評なので、副本を減らしつつ、横持ち運送費用を減らそうとすると、貸し出しルールを変えるという事に落ち着かざるを得ないのであった。


[2011.4.18]
 風邪を貰ったようである。
 鼻水が止まらないのは花粉のせいだと思っていたら、熱と咳が出てきたのであった。
 症状が軽いので、ウィルス性ではないだろう。風邪薬を飲むだけで治ると思うのであった。
 φ⊂(_ _ ⊂ zzzZZZ(←風邪薬を飲んだら眠たくなって、そのまま寝てしまった。


[2011.4.17]
 ギリシャ国債のヘアカット率は70%?
 もし、ギリシャ国債の債務再編がこのヘアカット率で行われると、額面の30%しか手元に帰ってこないという事である。
 ギリシャ国債を保有している人(主に金融機関や年金基金が相当する。個人で持っていなくても、事実上、保有しているに等しい状態にあるという事)は、資産価値がごっそり目減りするという事になる。
 問題は、それだけに留まらない。ギリシャ国債の価値が割り引かれる事で、バランスシート上の債権にそれらを組み込んでいた金融機関や年金基金は、大損を計上することになる。この損失は、それらの機関投資家が所属する国家の税収に大きな影響を与えることになる。歳入が減るのである。さらに、景気に対してマイナスの影響が出る。消費が冷え込み、経済が停滞する。これは、やっぱり税収が減るという結果につながる。歳入が減っても、歳出が変わらないとなれば、財政赤字が発生する。
 ギリシャの破綻がもたらす本当の影響が、いよいよ、ユーロ参加国に吹き荒れることになる。
 この影響を最小限に留める為に、債務再編を先送りさせてきたというのが、ユーロがこれまで取ってきた対策の本質である。ユーロ経済を立て直すという本質的対策は、未だに行われていないので、時間を稼いで状況が好転するのを待っていたとも言える。
 もうそろそろ時間切れかなというコンセンサスが、市場において形成されつつある。
 時間切れになってから行う対策は、手遅れな上に後手に回る事になるので、戦力の逐次投入に陥り易く、非効率的な上に、問題解決まで長引く事になり易い。コンセンサスができたからといって、それじゃどうするという質問に対して、正解を出せるとは限らない。コンセンサスが成立しているという事は、多くの人が問題を認識しているという事であり、その対策も多くなる。中には正解で無いモノも含まれ、多数決によって、間違った対策が選択されてしまうという多数決の失敗が起こりやすくなるのである。多数決が常に正しい答えを選ぶとは限らない。その危険性が表面化してしまうのが、時間切れというコンセンサスが発生することによる、最大のデメリットなのである。
 問題についての情報を公開する事は、正しい対策を作り出す為の最善手であるが、同時に、多数決の暴走を生み出してしまう原因ともなりかねないのであった。


[2011.4.16]
 凡人の会議程時間の無駄は無い。
 ブレインストーミングをしても、参加者が全員凡人では、平凡な答えと平凡な組み合わせが出てくるだけで、凄い結果は絶対に出てこない。インターネットにおいて、衆知を集めるというのは、とんがった、普通の組織内では絶対に存在できないような奴が、勝手にやってしまったのを、誰でも情報を公開できるという環境によって、誰もが認知できるようになるという状況を、あたかも、衆知によって発生したと評しているだけに過ぎない。インターネット上に参加者は沢山いるが、そのうち、本当に価値のある情報を生産しているのはほんの一握りである。誰もが情報を公開できるが、継続してwatchの対象にする価値のある"誰か"というのは、本当に少ない。
 エリートというのは、教育によって作られるモノではないが、そういう人を作り出せるという仮説を実証実験するというのは、それなりに効果がある。というのも、本当にエリートが必要とされるような事態は、それこそ、大地震や戦争といった滅多に発生しない時であって、そういう万が一の時に備えた人材をプールするのは、制度として必要であるという理屈が成立する。もっとも、困った事に、制度内で作られたエリートにできるのは、制度内の仕事だけで、大地震や戦争といった、制度そのものの枠を越えて判断・活動をしなければならないときには、まるっきり役に立たない。
 万が一の時に備えてエリートを育てるというプランも、平時に通用する自称エリートを育てるという方向に、簡単に捻じ曲がってしまい、結果的に、本当にエリートが必要な時に、役に立たない人材ばかりとなってしまうのである。
 無能な人材が、無能である事を自覚せずに、枢要な地位にしがみついてしまうと、全体が動かなくなる。本来やれる事をやれないというのは、やって失敗するよりも、実は、罪深い。なぜなら、やって失敗したならば、その失敗を自覚できるが、やらない事で失敗をしている場合、その失敗を自覚する事は、普通の人にはまずできない。
 ミズ・クリントンが来日する前にケリをつけたかったのだが、時間切れのようである。独立国家として忸怩たるモノがあるが、同盟国によって、首相に引導を渡してもらうしかない。首相が拒否をするならば、日米同盟の解除の上、"Operation Tomodachi"の経費分として、日本が保有する米国債の差し押さえが行われる事になる。米国債はアメリカ国内の銀行を通さなければ換金できないので、日系銀行を国債引き受けから外した上で、日本からの米国債に関する全ての取り引きをストップさせるというやり方で、日本が保有する米国債をすべて、止めることができてしまう。
 日本製品は度重なるジャパンバッシングのせいで輸出は目立たなくなったが、日本製の部品や原料は、高品質な製品を作る為には欠かせなくなっている。最終製品ではなく部品や原料という形なので輸出額は低いが、それでも、部品や原料が来なければ、工場が止まるのである。
 それらは、グローバリゼーションにおいても日本から外に出せなかった部分であり、日本という環境と日本人技術者という組み合わせでなければ作れない商品である。その、日本という環境を、民主党政権が壊していて、そのことに自覚が無いという以上、そして、自ら政権を放棄しない以上、圧力をかけて降ろすしかないとなるのである。
 無能であるという事は、平時においては美徳とすらなりうるが、有事においては、最大の罪なのである。


[2011.4.15]
 復興構想会議。
 またしても面妖な会議が作られたようである。会議や委員会を作る事が仕事だと勘違いしているのであろう。
 復興構想会議は、復興をするという前提で議論をするようで、復興をしないという前提は無いようである。さらに、その権限を自由に揮う為には財源が必要であり、その財源を、ヒモの付いていない自由な掴み金にする為に、復興税という目的税を主張しているようである。霞ヶ関文学においては特別会計を作るという事で、天下り先や埋蔵金を作ると解釈される。
 始めに復興ありきで会議をスタートさせるという点で、政治というモノを理解していない。現場から遠く離れた安全な場所で決定する事は、全体に対して配慮した判断であって、現場で大変だ大変だと騒いでいる人に同調する事ではない。
 復興には、金がかかる。そのお金は、贈与ではない。投下した資金が、どれだけの利益を生んでくれるかで判断すべきである。そこで、現在、統一地方選が停止されている福島、宮城、岩手の三県について、返済能力である国税の税額を調べると(cf.都道府県別の課税状況(その2)ブラウザで開こうとすると落ちる事があるので、pdfファイルとして保存して、pdfリーダーで開く事を推奨する)、それぞれ、所得税が208億5000万円、352億7300万円、142億1200万円、法人税が550億9900万円、839億3700万円、304億1800万円となる。消費税が、50億7300万円、61億1700万円、40億5800万円となる。合計はそれぞれ、810億2200万円、1253億2700万円、486億8800万円となる。他にも税はあるが、税目別に分割されていて、地域の税収を直接知るには、全てを抜き出して合計しなければならないので面倒だったからこれだけにした。国税局の内部が税目毎に縦割りになっているという事であろう。このうち、地震だけの被害で、すぐにでも復興が可能な宮城と岩手を合わせると1740億1500万円である。この金額を元利返済額として、いくら借りられるかを計算すると、民事法定利息である年6%だと、元本が2兆9002億円未満。長期プライムレートの1.70%だと10兆2361億円未満でないと、金利分の支払いすらできなくなる。
 税収を全額返済に回すというこの考え方では、国防や外交といった、本来の国家のサービスにただ乗りすることになるし、社会福祉等の、現状で過大なサービスにおいても、ただ乗りすることになる。なによりもその地域の公務員の給料すら支払えなくなる。
 福島については、放射能で汚染されている地域は、汚染がなくなるまで再利用不可能なので、その間、復興すらもできない。非汚染地域にしても、汚染が広がるリスクがあることから、経済活動を再開する事自体が難しい。当然、復興の為にお金を費やしても、元利回収の目処すら立たないのである。
 ちなみに、地方交付税の算定額は、福島県市分4149億6200万円、宮城県市分3586億600万円、岩手県市分4226億8700万円である。国税局の資料と見比べると、金額が間違っているのではないかと思うのだが、間違っていない。地域の納税額のおよそ5.1倍、2.8倍、8.6倍のお金が、中央から配布されて、地域が成立していたのである。もともと大赤字の地域であり、お金の世界の基準では、お荷物であり、リストラ対象間違いなしの地域である。こんな子会社を放置していたら、総会で吊るし上げを食らう事間違いなしである。
 赤字でも存続させるべきというなんらかの価値を訴えることができて、それを国民が是とするコンセンサスがあるのであれば、復興という名の融資を行う事は不可能ではないが、元利返済能力も無ければ、補助金や年金や医療保険や介護保険にぶら下がるだけというのでは、復興の為の融資すら難しいであろう。
 増税は、融資の為の資金作りであればまだしも、この状態では、回収不能の単なる贈与にしかならないであろう。震災前ですら、地域の生産能力の2.8倍8.6倍の地方交付税交付金を出さなければ維持できない状態であったのだから、だらだらと資金を投入し続けるしかなくなるのは目に見ている。効率的な米作りによって国際競争力のある価格にまで生産コストを切り詰めて海外輸出を行って外貨を稼ぐ等の、根本的な財政改善策が伴わなければ、復興そのものを諦めて、原生林に戻した方が、地球環境の為にも、日本の国家財政の為にも、優しいとなるであろう。
 国税局と総務省の資料を見比べると、リストラ対象とすべき地域は、他にもあることがわかってしまう。どうすればいいのかは、それぞれの地域の人々が考えることであるが、国家経営という視点すらないまま、復興復興と騒ぐのがいるというのが、歯痒いのである。


[2011.4.14]
 はわわっ。ねぼーんにゅ。
 o(>_< )oo( >_<)oじたばたじたばた
 昼間は20度まであがるのに、夜中が寒い。気温の上下が激しすぎて、体力がごっそり削られてしまい、いくら寝ても寝たりない。


[2011.4.13]
 福島第一の空撮写真
 いろいろと事情があって、現在では非公開になっているという事だが、非公開になる前にキャッシュされた分が、勝手に公開されている(cf.世界の三面記事・オモロイド市民エネルギー研究所)。
 沢山ある写真の中で、一番興味深いのが、"3号機(3月24日撮影)"という、3号炉のほぼ真上から撮り降ろした写真である。
 この写真において、銀色の細長い棒状のモノが、付近に飛び散っているのが写っているのである。
 3号炉は、プルサーマル(MOX燃料)を使っていたとある。もし、この銀色の細長い棒状のモノが核燃料棒であるならば、プルトニウム入りという可能性もある。もっとも、格納容器内から爆散するならば、このような形が残っているわけが無いので、この写真に写っているのは、保管プールに沈められていた使用済み核燃料棒だと思うのだが、それでも、ペレット状のウラン燃料が詰め込まれている筈である。
 折れているモノや、破れているものもあるだろうから、燃料ペレットが何の遮蔽も無く、ばら撒かれていると考えられる。
 格納容器が爆散した際の圧力で、保管プールに貯蔵されていた使用済み核燃料棒が散らばったと考えるならば、プルトニウムの入った燃料ペレットも、同じようにばら撒かれている可能性があるし、逆に、プルトニウム入り燃料ペレットはとっくにメルトダウンして、格納容器の底にたまって勝手に臨界しているという可能性もある。
 どちらにしても、現場は、中性子と発ガン性の高いプルトニウム粉末が撒き散らされている場所となっている。
 この危険物を、速やかに回収して密封しなければ、福島第一の処理は終わらない。
 というわけで、東京電力の役員・幹部諸君には、決死隊を結成し、福島第一で飛び散った燃料棒やペレットの回収に勤しんでもらいたいものである。一族郎党が路頭に迷ってシケモク拾いに落ちぶれるくらいならば、おとなしくペレット拾いに行った方が、家族や親類は面目が立つであろう。時給一万円で作業員を募集とかやっているようであるが、まさか、使い捨てにするつもりではあるまい(cf.水上興業有限会社)。
 ロボットや遠隔操作できる機械でという話が出ているようだが、中性子はメモリーの内容を破壊してしまう高エネルギー粒子であり、電子制御型のロボットは、良くて機能停止、運が悪ければ暴走を起こす。多少のノイズが入っても害の無い視覚系だけを電子化し、残りを全部油圧制御型にすると、安全な場所から長大な油圧パイプを引き摺らなければならず、その総重量と抵抗から、パイプや電線があちこちに通してあるプラント環境では、使い物にならない。人間が入っていってやるしかないのである。
 死刑囚や懲役囚を投入するという考え方ができるほど、今の日本政府は吹っ切れていないだろうし、死刑廃止や取り調べ可視化といった主張をしている間は、まさか、やらないであろう。したがって、原発の運営企業である東京電力が、責任を持ってケツを拭かなければならない。一日も早い事態の収束が求められるのであるが、さて、東電幹部による決死隊の結成は、いつになるのであろうか。

 昨日の日記を修正。"やっかいなのは、おそらく、その時点で、衆議員も総選挙になるであろうという点である。"を、"やっかいなのは、おそらく、その時点で、衆議院も総選挙になるであろうという点である。"へ。誤変換。


[2011.4.12]
 統一地方選のまとめ。
 今年の統一地方選は3つに分かれている。最初は、4月10日投開票の分、次が4月24日投開票の分、最後が、6月中旬くらいに投開票が想定されている福島・岩手・宮城の分である。
 本来は前後半で別れるのだが、今年は、放射能の影響で居住地すら定まらない状態の流民が発生しており、それらをまとめて、例外として、その時点での住所に係わらず住民と見なして東北3県分だけを行わなければならない。
 やっかいなのは、おそらく、その時点で、衆議院も総選挙になるであろうという点である。
 4月10日分の結果であるが、知事選において、民主党と自民党の直接対決は北海道(鳩山前党首の地元)と三重(岡田幹事長の地元)だけとなっているが、両方とも、自民党候補に負けている。
 議会がどちらか一方に傾く事は珍しいので、知事は相乗りになりやすいのであるが、さすがに、民主党幹部のお膝元だけあって、自前の候補を出さずには居られない。勝てると思っていたのであろうが、現実認識が甘い事を曝け出す結果となった。もっとも、党幹部のお膝元でありながら、自前候補を立てられないという不戦敗は、もっと悪い。政権与党にありながら、候補者にすら事欠く状態で、自分の選挙が戦えるわけが無い。
 道府県議選挙においては、推薦を含めて、民主党は改選前から12増、自民党は改選前から18減となっているが、当選者数が、民主党は346人、自民党は1119人と、相変わらずのトリプルスコアとなっている。
 政権与党でありながら、このトリプルスコアを動かせなかったという点で、民主党は、実質、野党時代並の支持しか集められなくなっていると考えられる。
 前回の統一地方選は4年前の2007年であり、小泉首相が任期満了で引退して、安倍政権になり、半年たった時点で行われている。
 自民党を総主流体制にしようとしていた時期であり、三ヵ月後に行われる参議院選挙の前哨戦として行われた。この統一地方選は自民党の圧勝であり、この余波を買って、参議院選挙でも単独過半数を取れるとして、参議院単独選挙に挑み、自民党は大敗した。
 統一地方選での圧勝と参議院選での大敗との間に、何がどれだけ変わっていったのかといえば、現職農林水産大臣が自殺し、防衛大臣が辞職し、さらに、次の農林水産大臣が事務所費等の経費の不正で辞職しているという、スキャンダルが思い出せる。
 鳩山前首相の違法子供手当てや、小沢前幹事長の日銀謹製ザブトン四つとかに比べれば、はるかに小額であるし、失言と無能を晒しまくっている現首相に比べれば、はるかに軽い失言だけで能力的には問題が無かったが、個人のスキャンダルを内閣が庇うという点で、党ぐるみと見られて、失速していった。直前の統一地方選の大勝もあって、個人が責任を取れば自分の選挙区には響かないと甘く見ていたのであろうが、実際には、安倍政権が改革を後退させていく姿を見て、国民は、昔の自民党に戻ってしまったと判断し、批判の票を、参議院選挙において民主党に入れたのであった。
 自民党は、かつての与党であった頃の支持を取り戻しつつあり、民主党は野党であった頃の支持者数まで減っているというのが、この選挙の結果から出せる結論となるであろう。
 本来、与党というのは、地方に対して交付税交付金や公共事業の箇所付け等で、とてつもなく有利な立場にあり、利権を求める企業は、従業員を運動員として送り込み、こぞって伝手を求めて立候補者を担ぎ上げるモノなのだが、民主党には、そういう支援企業が一切つかなかったという事である。しかも、民間企業からの支援を受けられなかった自民党候補が、金も運動員も居ない状態で細々とやった選挙戦において、勝てなかったのである。
 このトリプルスコアは、民主党政権が、万年野党時代レベルの支持しか受けていないという証拠である。
 政治とは、国民の望みをかなえることである。今の国民の望みは、民主党政権の終焉である。選挙において示された民意を実現できない政権は、存続を許されないというのが、民主主義の基本原理である。これは、法や憲法よりも上位の概念である。国家は、国民がその存在を必要だと判断しているから存在する。国家が先にあって国民が居るのではない。政権も同じで、国民が不要であると意思表示をしている以上、その政権に存在意義は無い。リコールの取り決めが無いのは、このくらいの事は弁えていなければ国政は勤まらないという常識によるのだが、民主党政権の酷さを鑑みるに、衆議院をリコールする制度が必要となるであう。こうやって、本来は必要無い筈の制度が増えて行くのである。世間知らず、常識知らずが増えると、法や制度で馬鹿に知恵や常識を教えなければならなくなるのであった。


[2011.4.11]
 日本国内のことにかまけていたら、ポルトガルが吹っ飛んでいた。
 ECB全体が金利を上げるってことは、ジャブジャブにしていた資金供給を絞るという事で、ポルトガルを始めとした、財政危機ど真ん中の国家群は、国債の金利がいくら上がっても、必要な資金を集めきれなくなるという事になる。ポルトガルがとりあえず800億ユーロの財政支援を求める羽目になったのは、金利を青天井に上げる事になるくらいなら、さっさと白旗を上げて、財政支援を受けて、低金利で資金調達をした方がマシという判断であろう。
 金利上昇よりも、資金供給が絞られたからという判断基準は、正しい。agflation対策として、資金供給を絞らざるを得なくなるというのは、資金供給だけしかやってこなかったからで、実のある成長策が、どこも取れなかったという事である。ガソリンや食物を、長期契約をせずスポット契約に頼っていたイスラム諸国等においては、悪いインフレが発生していたわけである。
 次の破綻候補は、スペインかイタリアとなる。どちらも規模が大きく、実際に破綻したら、EUが傾く事になるので、なんらかの対策が取られると思うのだが、EU全体の経済を活性化できる策となると、やはり、デフレの供給元である中国を潰すという事になるであろう。
 中東での民主化デモの高まりも、日本の大地震も、政治日程を狂わせるという点では中国に味方していると言える。本来のスケジュールが全部キャンセルになってしまって、仕切りなおしであるが、日本は地震と原発の後始末で、後方拠点は勤められるが裏方を勤められなくなってしまっている。EUが裏方をやるとしても、フランスはスパイや情報の漏洩という点で過去にきらびやかな実績があるので、こういった政治工作には信頼が無い。ドイツがやるくらいであろうか。
 アメリカとドイツが組んでごそごそとやってもらうにしても、日本側の今の民主党政権では、後方拠点としても信用されないので、早急に、政権を入れ替える必要がある。日本民主党が、これほどまでに無能だとは思わなかったが、アメリカも、思っていなかったのである。


[2011.4.10]
 混ぜて薄めれば出荷可能。飲んでも直ちに健康には害は無い!
 酪農家から集めた牛乳を、個別にチェックをするのではなく、福島県内全ての牛乳を混ぜてから、サンプル調査を行ったら基準値以下だったという事である。
 酪農家がタンクに貯めている時点で、複数頭分の原乳が混ざっているわけだから、一頭毎に検査をしていない以上、混ぜて検査しちゃダメとは言えないが、それにしても、一牧場ごと安全かどうかを検査していくのが筋で、汚染区域を明確にするというのが、普通であろう。
 プルトニウムだろうがストロンチウムだろうが、薄めていけば、自然界に存在するのと同じくらいの濃度にまで下がるとはいえ、最初から、それを目的に混ぜてしまったら、本末転倒である。放射性物質は食べ物に含まれていると、生物濃縮をおこす。人体に取り込まれてしまった核物質は、希釈されない。
 中国で、たんぱく質量を高くするために、メラミン粉を牛乳に混ぜていたが、まさか、検査を通す為に事前に細工をするという点で、中国と同じレベルになるとは、一体、誰がこんな馬鹿げたことをやらせたのであろうか。
 中国のメラミンミルクは、利益を上げたいという個々の業者の不埒で済むが、放射能牛乳を薄めて売ってしまえというのは、業界ぐるみ、規制当局ぐるみと考えざるを得ない。
 牛乳でこれとなれば、福島県産の農産物、魚介物全てが、この調子であると考えざるを得ない。福島県産でも、安全なものもあればダメなものもあるというのではなく、これからは、福島県産は全部ダメと考えなければならない。また、この考え方がまかり通るようならば、福島県と隣接している宮城、山形、新潟、群馬、栃木、茨城といった周辺地域からの産品にも、警戒しなければならないであろう。なにしろ、混ぜれば出荷可能と政府がお墨付きを出しているのだから、隣接県産に混ぜて出荷してくると、予想せざるを得ない。
 風評被害を発生させているのは、政府自身であるのだが、福島県の農民・漁民は、これに対して、何も感じないのであろうか。だとしたら、福島を復興させる為に血税を注ぎ込む事自体を止めるべきと、主張せざるを得なくなる。


[2011.4.9]
 インターネット上の流言飛語について適切な対応を取れという命令が出ていたという話。
 流言飛語の最たる物が、"放射性物質や放射性ガスが漏れているが、健康に直ちに被害はない"であると思うのだが、自分の事は棚に上げるという本性で、無かった事にしているのであろう。
 原子炉の圧力解放をヘリで視察するから止めろと圧力をかけたり、自民党を支持する企業が提供を申し出たポンプ車をたな晒しにしたり、支援物資や義捐金として集まった物を党勢拡大の為に恣意的に分配したり、ポケットに捻じ込もうとしていたりといった恥知らずな事を、これ以上暴露されたくないから、言論統制をやろうとしているとしか、思えない。
 民主党政権は、国会での答弁で嘘を言っても道義的・政治的責任には問われないと質問主意書に対して正式に政府見解として回答している。
 嘘を取り締まったり、都合の悪い事を知られないようにする事よりも、自らの言動を正すのが先であろう。そのためには、まず、この政府答弁を撤回する所から始めるべきであるし、国会において嘘となってしまった答弁を並べた総理大臣以下全大臣が辞職をするのが、筋であろう。
 国民に道徳を強いるのであれば、まず、自らがそれを実践してみせるべきである。
 資治通鑑に、為政之術、先屏四患、乃崇五政とある。四患とは、偽乱欲、私壊法、放越軌、奢敗制であり、嘘をつき、法より私を優先し、道徳を無視した放埓が行われ、実力も無いのに奢り高ぶるという、まさに、今日本民主党がやっている事である。五政とは、興農桑以養其生、審好悪以正其俗、宣文教以章其化、立武備以乗其威、明常罰以統其法、であり、衣食を賄えるようにし、好悪をもって俗風を正し、文教を広めて化を章かにし、武備を立てて舐められないようにし、常罰を明らかにしてその法を統めるとなる。
 流言飛語を禁止するというのは、好悪をもって俗風を正すという事になるが、他人に命じる前に、自らが行いを改めなければ、それは、奢り高ぶっているという結果にしかならない。同じ事であっても、聖人が行えば教化の術になり、俗人が行えば世を乱す原因の一つにしかならないのである。
 当たり前の事しか書いていないのであるが、それを実現する事が、いかに難しいか、そして、悪い方の例は簡単に実践者が現れてしまうというのは、資治通鑑が成立した約1000年前から、全然変わっていないのであった。

 日記を分割。
 十月上旬分十月中旬分十月下旬分十一月上旬分十一月中旬分十一月下旬分十二月上旬分十二中旬分十二月下旬分一月上旬分一月中旬分一月下旬分二月上旬分二月中旬分二月下旬分三月上旬分三月中旬分三月下旬分
 ミラーサイト-パブリシティへの自己言及の記録その6を更新。


[2011.4.8]
 道路財源を復興予算に使い込む方針が示される。
 高速料金定額制や無料化を行う為に、特別会計である道路財源から一般会計に振り込まれていたお金を、定額制や無料化を廃止して、震災復興に使い込むという方針が示されている。
 東日本での生産が壊滅的被害を受けたという状況に対し、企業は、復興させるよりも、新しい工場や製造ラインを別の場所にという判断に傾いている。というのも、震災被害だけならば復興は可能であるが、メルトダウンした原発から放射性物質が撒き散らされている以上、工場を設置する事自体がナンセンスとなっている為である。当然、新規立地のコストは、東京電力に請求される事になる。東京電力管内に生産工場を置いておくと、請求した後で嫌がらせをされかねないので、速やかに、転出させて後の裁判沙汰に備える必要がある。電力規制もあって、工場の稼動が制限されるようでもあるから、効率的な生産の為に、工場を移転させるというのは、合理的な選択となりえる。
 そこで問題になるのが物流コストである。日本国内で生産して販売するというのが望ましいのであるが、国内物流コストは海外コンテナ輸送コストよりも、はるかに割高である。となれば、日本国内の工場にラインを新設したり、工場を新設するよりも、海外に工場を新設してという発想に至る。
 高速道路の無料化という国内物流コストの改善手法を、目先のばら撒きの為に取りやめた民主党政権は、日本企業の工場が海外に流出する事を望んでいるとなる。
 政府がそういう方針を示すのであれば、企業は、わざわざ逆らったりせずに、より良い条件を求めて、海外立地を探し始めるだけとなる。かくして、国内の雇用や生産は、またしても減じる事になる。
 地震と津波は天災であるが、原発のメルトダウンは東京電力による人災である。そして、それに伴って日本国内から工場が逃げ出していくのは、民主党政権による人災である。
 震災被害だけしか見えない状態になっているのであろう。日本全体と世界との係りを見る視点が無いという事で、国政の適性が無いのだが、その自覚すらないから、地位にしがみついていられるのであろう。恥を晒しているという自覚が無い奴が、一番始末に困る。


[2011.4.7]
 千葉県銚子市の市場で茨城県産海産物の水揚げ拒否。
 入荷してセリにかけても、誰も買わない以上、セリにかける手間が無駄になる。誰も買わないで返品された場合(これを主取りという、競走馬の競り市場ではよくある)、その商品の経費は、出荷者に付け回されることになる。つまり、水揚げ拒否は、出荷者に対する思いやりであるが、残念な事に、不当に差別的な取り扱いであるとして、行政指導を行うようである。
 ならば、水揚げを受け入れて、全量、セリ場で値付かずにして晒し物にするしかない。
 返品を引き取ってくれと申し出て、出荷者が引き取らないならば、産業廃棄物として処理して処理費用を出荷者に請求するという所まで、やる必要があるという事であろう。
 被害額を確定する為には、そうする必要があるが、一回やれば十分であり、二回目以後は、必要無い。不当に差別的な取り扱いを市場に禁止することはできても、購入者に禁止することはできないし、そもそも、放射性物質が検出されている以上、不当な差別ではない。それは、根拠のある区別である。食べても直ちに被害が発生するわけではないと主張しているようだが、急性症状は出なくても慢性症状は出るという事であろうと解釈される。今の民主党政権に対する国民の信頼は0どころかマイナスである。
 気象庁が作っていた汚染物質や放射性ガスの拡散予想も、公開するなと圧力をかけていた事がばれているし、三重県の建設会社が保有していたドイツ製の遠隔操作可能なポンプ車を、自民党支持の企業だからと拒絶し、現場への投入が遅れた事も、ばらされている。
 福島の原発から放射性物質を含む廃液が垂れ流しになっている間は、濃度が薄まる事は無い。垂れ流しが終わった後でも、生物濃縮されている分が十分に拡散するまでは、あの海域の魚介類は食べない方が良いとなる。
 安全な魚と危険な魚の区別を行うべきであるし、魚だけでなく、野菜や食肉に対しても、できることならば、全入荷品に対しての抜き打ちの抜き取り調査を行い、産地偽装に対して警戒を行うべきであろう。産地が違えば検査されないとなれば、産地偽装はやり放題になってしまう。産地偽装で検出されたら、その産地全体も出荷不能になるというリスクを思い知らさなければ、利益の為に、産地偽装をやる者が、必ず出てくると考えるべきである。出荷不能になったとして賠償金を取りつつ、産地偽装で出荷して売り上げをGetという二重取りの誘惑に逆らえるほど、できた人間は少ないと考えるべきである。お金の誘惑は、逆らいがたいのだ。
 市場は取り引きの場であると同時に、食べ物の安全を守る最後の砦でもある。毎日同じ物を見続け、目利きをしてきた業者が、おかしいと判断したモノは通さないというゲートの役割も果たしている。この役割が無いならば、仲や卸といった存在は手数料を乗せるだけの寄生虫に過ぎなくなってしまう。放射性物質にしても、漁業者がその危険性を認識せずに漁獲を続け、出荷しようとするのであれば、仕入れてしまった小売業者が売り逃げする為に産地偽装をしないという保証が無い以上、市場で止めてもらうしかないのである。
 農水省は業者寄りと言われてきたが、国民の食生活を守るという観点が無い事を、このような場面で曝け出しているのである。


[2011.4.6]
 大相撲八百長問題で22人が引退。
 現役力士の場合、協会の意向に逆らって土俵に残ろうとしても、怪我をさせられて引退に追い込まれるだけなので、勧告に従って引退するしかない。
 八百長がばれたら引退という筋道ができたというのは、それなりに頑張ったのであろうが、八百長が発生してしまうような待遇と取組編成を続けてきたという怠慢については、誰も責任を取ろうとしていないようである。
 自分達が入門する以前からの決まり事であると言うのであれば、最高意思決定機関は必要無い。法律ですら変える必要があるから立法府が必要なのであって、取組編成ルールの変更こそが、再発防止対策の本筋となる。
 自分達が入門・入社する以前からそうなっていたからと既得権益化して、その上に更なる権益の拡大を狙って禄でもない事をやらかすという不祥事は、長続きしている組織においてのみ発生する。官僚機構やNHKや東京電力は、その具体例である。
 たとえば、NHKは、標準日本語を広めるという事こそが放送の役割であったのに、何を勘違いしたのが、多チャンネル化して娯楽の提供を始め、外国ドラマの放送や歴史の捏造に荷担するといった事までやっておきながら、受信料を値下げどころか値上げしたいと主張している。あまつさえ、散々ネットを便所の落書き・著作権法侵害の犯罪者の巣窟とくさしてきたのに、ストリーミング放送をやるから、PC一台毎に受信料を払えと言い出してきている。これでは、税金で賄われる国営放送と、娯楽に特化したペイチャンネルに分割するべきという主張が出てくるのは、当然となる。
 東京電力については、津波の危険性を指摘されながらも、対策を先送りし、諸外国に比べて高額な電気料金を取り続け、政治家対策である政治献金やマスコミ対策である宣伝広告費や天下り対策である役員報酬や従業員の賃金に使い込み続けていた。想定を越える津波というが、その想定の根拠について、過去の記録を十分に調査したとは言い難く、勝手なでっち上げを想定と主張しているだけでしかない。単なる思い込みを想定と言い張り、それを裏切られたから天災だと主張するのでは、経営陣も従業員も必要無い。東京電力はおそらく、一旦国有化され、従業員は全員解雇の上、東京電力新社に再雇用となるが、その賃金水準は大幅に引き下げられるであろう。それに不満を持って再雇用を断ったとしても、元東京電力という肩書きがある人を、停電で迷惑を蒙った企業が雇うとは思えないので、再雇用に応じるしかないとなる。
 東京電力の営業地域を、東北電力と中部電力で折半して、それぞれに東京電力の従業員と資産を吸収させるという手法では、損害賠償の負担責任がうやむやにされてしまうし、賃金水準が引き下げられない。それに、東北や中部が、引き取った東京の従業員を経営の中核に据えるとは思えない。圧力をかけて辞職に追い込むだけとなるであろう。そうしないと、東北や中部も東京電力と同じ体質と見られ、世間体が悪くなるばかりとなる。東京電力職員という肩書きは、今の日本においては、最悪の烙印となっているのである。
 組織の中に入ってしまうと、世間の目が気にならなくなる。組織の為に働く事が正義となってしまい、組織の中でしか通用しない論理を正しいと盲信してしまうようになる。組織の中で正しいとされてきた事が、何かの弾みで表沙汰になり、世間の常識との乖離が表面化して不祥事となった時には、個人を切り捨てて組織防衛に走るが、その時には、もはや手遅れとなっているのである。
 組織内引きこもりになってしまうのは、組織内の人員や階層が多すぎる為に、組織内の問題を処理するのに専従する事が出世の最短コースとなってしまい、外との関係を希薄化させてしまう為であろう。定年退職したら、世間との関係が一切消滅してしまう濡れ落ち葉な元会社人間というのが、このパターンに当てはまる。階層を減らし、少ない人員で事に当たる分社化やダウンサイジングと、独占をさせない知的財産権や規制・許認可の運用によって競争を激化させることこそが、本当は一番の対策なのかもしれない。


[2011.4.5]
 放射性廃液を海洋投棄。
 海に流れ出た放射性物質は、海草や海水中の微生物が摂取する。それを食べた貝類やエビ・カニ・ゴカイ類を魚が食べる。食物連鎖によって問題物質が濃縮されていく事を、生物濃縮(生態濃縮、生体濃縮)と言う。
 もし、放射性廃液が人畜無害であるならば、排出制限をする必要など無い筈である。いくら薄めてあるといっても、半減期が極端に長い放射性物質が生物濃縮されてしまうと、食物連鎖の上位にある生物には高濃度で溜まってしまうという危険性があるから、廃棄規制をしていた筈である。
 同様に、野菜や穀物や牧草に放射性物質が付着し、それを草食動物が食べ、肉食動物が食べるとなると、やはり、生物濃縮が発生する。
 一時期話題になった仮想水という考え方もある。牛肉1トンを生産するのに、20トンの水が必要であり、鶏肉1トンを生産するのに4.5トンの水が必要であるという、生産に必要な水の量を計算し、食物を輸入するということは、その食物を生産するのに使った水を輸入するに等しいと主張するトンデモ学説である。使われた水は、尿や汗や水蒸気として現地で排出されているので、実際には水は運ばれない。しかし、排出されにくいプルトニウムやストロンチウム、有機水銀やPCBといった物質は、水に含まれていた分が、生物濃縮されてしまう。有機水銀が原因であった水俣病は、工場廃水に含まれていた有機水銀の濃度は低かったが、生物濃縮によって人間に水俣病を発生させた。PCBにしても同様に、生物濃縮によって人体に蓄積されてしまっていた。
 今回、海に放流された低濃度放射性廃液に、生物濃縮されてしまう物質が含まれている可能性は低いとはいえ、0ではない。
 メルトダウンして、盛大に中性子を撒き散らしている原子炉周辺の水に比べれば、それが含有されている可能性が低く、原子炉周辺の高濃度放射性廃液を海に流すよりは、マシという判断で行われるようである。
 政府の許可を得て行っている以上、犯罪としては処罰されないが、放射性物質を排出した事による民事損害賠償責任は免責されない。福島第一原発周辺の土地と産業及び、日本全体が蒙っている被害を賠償する義務が、東京電力には発生している。
 シートで原発を覆うというプランが出てきているらしいが、台風や嵐が来ないのであれば、シートで覆うことは応急処置としては有効であろうが、残念ながら、地震が避けられなかったように嵐や台風も避けられない。よって、シートが飛ばされて、工事自体が丸ごと無駄になるという結果にしかならないであろう。ドームを被せて陽圧で支えるとしても、台風に耐えられるだけの強度を維持できるとは思えないし、陽圧では、放射性ガスや放射性微粒子の漏出を止められないので、無意味である。
 溶けて崩れてしまった燃料棒は回収できないし、原子炉下部に溜まっているであろう燃料ペレットは、勝手に反応を続けてしまい、盛大に中性子を飛ばしまくっている筈なので、誰も近寄れない。格納容器が無事であるならば、格納容器内に水を循環させる事で冷却が可能になるが、格納容器の底が溶け抜けてしまっている場合を考えると、原子炉を囲うような容器を作り、内部に水を満たし、この容器全体を核廃棄物保管プールとみなし、その容器内に冷却水との熱交換装置を沈めて、装置全体の温度を管理するという手法が、とりあえずの落し所になるであろう。
 原子炉を囲う容器は筒状となるであろう。筒を落とす事で、原子炉に繋がる配管を全て断ち切る。筒は外筒と内筒の二重にして、筒と筒の間に水中コンクリートを投入する。筒の内側には冷却水を流し込むとなる。この、コンクリと水を同時に流し込む作業員が必要になるが、これは、東京電力の役員と幹部にやってもらうしかない。
 コンクリートが固まったら、二次冷却水用の配管を通す穴と水位管理用のセンサーが通る穴、補水用の配管穴があいた蓋を被せるとなる。
 筒を二重にするのは、単体では持ち運べないほど重たくなるからであるし、設置するだけなので原子炉周辺での作業時間を短くできる。筒と筒の間にコンクリートを流し込むのは、下部からの水漏れ防止と全体の強度補完と蓋の重さを支えられるようにするためである。図抜け大一番小判型ならぬ金属製丸型の桶棺である。
 原子炉周辺の地盤の強度や建屋上部が邪魔で筒を下ろせない場合には、チェルノブイリ流の人海戦術による石棺作りにならざるを得ない。


[2011.4.4]
 雇用が重要であるという認識が、なぜかケインズ主義をよみがえらせてしまう。
 雇用が必要なのは、税収を確保する為である。
 政府が直接資本を投下して介入するのは、非効率なやり方が行われている市場において、政府が介入する事で効率化を実現し、投下した資金以上の税収が確保される場合においてのみ有効となる。
 投下した資金以上の税収という概念を説明する為に、乗数効果という数値が出てきて、これが実効税率の逆数以上でなければ、財政出動は財政赤字を増加させるだけとなる。
 ケインズ主義の問題点は、雇用を増やす事と、税収を確保する事とが切り離されてしまい、雇用を増やしさえすれば、つまり箱モノや道路工事をばら撒きさえすれば、景気が回復するという、景気対策として利用されてしまっている点にある。政府の市場への介入を正当化する方便を、大衆に受け入れさせる為に景気対策として宣伝したら、景気対策と財政出動が結び付けられてしまい、税収の確保の為という本質が無視されるようになっているのである。
 政府の介入で効率化が可能なのは、市場を寡占している大企業や独占状態で効率化や改革をする必然性が無い業種・業界に限られる。大企業でなくても、独占状態が法や規制によって成立してしまっている業界においても成立するのであるが、そういった所は既得権益層として、手がつけられない状態にある。競争が無い業界、競争の必然性を理解できていない業界だけが、対象となる。
 箱モノや道路工事や補助金・社会福祉といった、乗数効果が明らかに低い分野に財政出動と称して税金をばら撒く話が出てくるのは、本来の業務をサボるばかりか、税金を無駄遣いしますと公言しているのだが、その自覚が無いのである。
 規制や許認可、不合理な法制度が、効率化を妨げているのだから、それらを改正するのは、立法府の本来の業務であり、余計な税金を使う必要は無い。財政赤字を発生させずに、税収を引き上げられる可能性のある本来の業務が目の前にあるというのに、それをやらないばかりか、余計に税収が減るような改悪を繰り返し、さらに、ばら撒きによって財政赤字を増やすというのが、道路族の自民党と、自民党から追い出されたのと社会党の生き残りが野合した現在の民主党がやってきた事である。

 3.29の日記を修正。"盛大に放射性物質を撒き散らしている原発がある福島県は、6選挙区すべてが民主党で占められていて、原発誘致から、整備不良の揉み消しや地震・津波対策の先送りを承認し、さらに、耐用年数を過ぎた原発を使い続けられるように保安基準を緩和して古い設備のままでの運用を延長したのも、すべて、民主党議員・政権がやった事である。"を、"盛大に放射性物質を撒き散らしている原発がある福島県は、5選挙区すべてが民主党で占められていて、原発誘致から、整備不良の揉み消しや地震・津波対策の先送りを承認し、さらに、耐用年数を過ぎた原発を使い続けられるように保安基準を緩和して古い設備のままでの運用を延長したのも、すべて、元自民党で現民主党の議員と、民主党政権がやった事である。"へ。


[2011.4.3]
 はわっ。ねぼーんにゅ。
 o(>_< )oo( >_<)oじたばたじたばた
 何日ぶりであろう。木蓮と白木蓮が同時に咲いているのに気付いたり、寝坊をしたりと、だいぶ、平常に戻ってきている。
 春霞 寝坊のできる 平和かな 彼岸も此岸も 目の前にあり


[2011.4.2]
 支持政党なし(無党派層)40.8%、自民党35.1%、民主党7.3%。
 国政において考えなければならないのは、世界市場と日本の関係であり、敵は海外にあるというのに、田舎代議士にとっては、自分の選挙区に金を持ってくる事が何よりも重要な事であった。選挙制度の欠陥から、議会が地域の利権代表の集まりとなってしまっている日本の政治においては、ばら撒きを正当化する積極財政派と、敵対する勢力の選挙区へのばら撒きを妨害し、平等なばら撒きを実現する事を目的とする財政再建派が、お互いを仇敵とみなして、政争を繰り広げてきたのである。
 敵が何なのかという認識において、国政を担う資格が無い者が多数派を占めていたわけで、国民は、このままでは日本がダメになってしまうという事で、改革を訴える小泉純一郎に対して圧倒的な支持を与えた。
 この時点で、野党であった民主党ではなく、自民党内において野党的立場にあった小泉純一郎を選択したのは、まだ、自民党が国民に信頼されていた為であり、目を覚ましてくれると期待していたのである。小泉政権の主張した改革は、自民党にとって最後の機会であった。
 任期満了で退任した小泉氏の後を継いだ後継者達は、この改革を、裏切ってしまった。国民の自民党に対する信頼は、ここに潰えた。自民党に日本を任せておけないという層が、民主党に一票を投じたのが、先の衆議員選挙であった。
 民主党は消去法で票が集中しただけであって、自力で政権を取ったわけではないのだが、それを弁えず、結果的に、鳩山政権は空中分解し、後を継いだ菅政権も参議院選挙で国民の信任を得られなかった。参議院選挙の票において、民主党も自民党も単独過半数を取れなかったが、これは、現在の自民党が道路族の自民党であり、残念な事に、日本を任せられないと判断を下した先の衆議員選挙の時と、何も変わっていない為である。
 尖閣沖事変や外国人からの政治献金、東北・関東大地震への対応と、民主党政権の失策が続いており、民主党への支持はほとんど消滅しているが、それに対して、自民党への支持が増えているとは言い難い状況にある。政権崩壊レベルの敵失がこれだけ続いているのに、支持率が上昇せず、無党派層が最大派閥を形成しているということは、自民党も、支持されていないと言う事である。
 選挙をすれば、民主党よりはマシという消極的選択によって、票を集められるであろうが、その支持は消極的選択の結果でしかなく、開票直後から、支持率は低下し始めるのが目に見えている。
 国民の支持を集められていないのが、現在の職業政治家達なのである。
 日本の産業を再生する為に必要な事よりも、震災対策のばら撒きや増税の方が重要であると判断をしているようであるが、ばら撒きをやるには財源が必要で、財源を確保する為に増税が必要という所までしか、考えていないのであろう。そこからもう一歩、先を考える力があれば、この筋は間違っていると気がつく筈である。
 増税で税収が増えるのは、担税能力があっての話である。担税能力とは、雇用であり、所得であり、売り上げである。雇用も無く、所得も売り上げも減っている状態で増税しても、税収は増えない。
 日本の国力の回復という大目標よりも、目先のばら撒きと増税の方に引張られるというのは、民主党も自民党も、田舎代議士レベルの視野と判断力しか無いという事である。今の自民党と民主党を足しても42.4%にしかならない。過半数にすら届かない。大連立・救国内閣と主張するのであれば、せめて、国民の3分の2を越える支持は必要であろう。
 日本国内での競争を妨害して大企業の寡占体質を放置している知財権や規制・許認可、国内に工場をもってくることを妨害する立地規制や国内での物流を非合理にしている高速道路の高い料金、社会においてお金を回すポンプの役割を担うべき企業がお金を使わなくなっている税制や経費認定基準等、改正すべき問題は山積みであるが、それらの本質とはかけ離れた法案を作り、あさっての方向に進むべきか止めるべきかの無駄な議論を繰り返しているのは、既得権益層の意向を受けて活動する有識者と天下り先を温存したい官僚の誘導が原因であるが、無意味な仕分けや子供手当てや授業料無償化といったばら撒きで時間を浪費した民主党の不明も、同じぐらい罪深い。
 国民の願いの最大公約数は、国内の競争を活性化させる為の改革であって、ばら撒きでも増税でも無いし、被災地の復興支援でも無い。自民党も民主党も支持しないという無党派層を取り込むには、それをやらなければならないのである。
 世間体や個人的利害から、ばら撒きや被災地の復興を心から望んでいると主張する事を、嘘吐きだと批判するつもりは無い。個人の意見は個人の意見として尊重するべきであり、たとえそれが間違った意見であっても、それを表明する言論の自由は、常に尊重されなければならない。
 天の声にも変な声が混じる事がある。変な声を変な声であると判断できるのは、その主張のもう一歩先を考える能力だけなのである。


[2011.4.1]
 三陸の津波にあった地域を復興させるべきか否か。
 石碑や文献には、定期的に津波に襲われる地域である事が書かれていたが、明治三陸大津波(1896年6月15日)と今回の津波被害によって、それが証明され、過去の記録は嘘ではなかったという事が確認されたわけである。
 賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶと言うが、実際に、経験したわけである。
 そういう訳で、三陸の津波にあった地域を、どうするかという問題がでてくる。
 いつ来るかはわからないが、確実に津波に襲われる以上、過去の津波到来記録にある海抜高度以下の土地は、津波被害を織り込んだ利用方法しかできないと考えるべきである。
 地震が来たら山に逃げれば大丈夫といっても、それは、命は大丈夫という事であって、持ち運べない家屋や畑や船や工場や店は、全滅するという事である。
 船の場合、沖に出てしまえば津波は乗り越えられるのだが、常に沖に出て行ける気象条件であるという保証は無い。同様に、山に逃げられるとは限らない。
 居住の自由がある以上、罹災は自己責任であり、罹災によって困窮したから社会保障によって生活を立て直してもらうというのは、筋が通らない。
 三陸地域はリアス式海岸であり、山塊が険しい崖になって海に繋がっている。平地は波打ち際のわずかな部分と、崖を登った山の頂上か、峠を越えた向こう側にしかない。津波に対して安全な場所に住居を置いて漁港に通うというのは、距離があるが、昔と違って、今は自動車が普及しているので、無理ではない。海が見えないと、出漁判断をしにくいという欠点はあるが、それも、定点カメラ等で時化ているかどうかを判断できるようになれば、いくらかは補えるであろう。
 津波に直接襲われた地域の復興だけならば、居住に適した場所を山側に動かして再開発で済むのだが、放射性物質による汚染については、広範囲に立ち退きを強制しなければならない。
 高濃度放射線汚染区域として人間の立ち入りを禁止するには、そのあたりに住んでいた人々の私有財産を放棄させなければならない。代替となる開拓地があれば、基準地価による等価交換なりの手法が使えるが、今時の日本国内に開拓しなければならないような土地は無いし、三陸海岸一帯に住んでいた人々だけでなく日本全体が高齢者が多くなっていて、開拓労働に適した人口構成になっていない。
 移住先を世話しても、そこで定着できるとは限らないし、ずうっと自作農をやってきた人に、サービス業や工場勤務は無理がある。そもそも、大学新卒にすら仕事が無い状態なのだから、仕事があるわけが無い。
 復興内需を期待している者も居るようだが、復興に注ぎ込むだけの体力があったらの話である。復興を支えきれるだけの体力が無ければ、温存するよりも切り離して処置終了という手法も選択肢になる。
 現在の日本に、復興を支えるだけの体力は無い。体力を取り戻す為の改革をやる為の時間を無為に過ごした為に、震災が無ければ緩やかな衰退であったであろうが、急激な衰退になる可能性が出てきているのである。

 昨日の日記を修正。"残り5億2000万株を押さえればぼろ儲けができる上に、日本の産業を破壊し尽くし、世界市場におけるシェアを奪い取れるというおまけもついてくる。"を、"残り5億株を押さえればぼろ儲けができる上に、日本の産業を破壊し尽くし、世界市場におけるシェアを奪い取れるというおまけもついてくる。"へ。誤記。


 これらの発言は、個人的な判断を並べているだけですので、深謀遠慮に基づく重大な意見であると解釈されると、とても困ります。
 もし、異論があるのであれば、あなたのwebで発表してください。mailされてもすぐに読めるとは限らないし、返事を書かない可能性の方が高いです。
 その日その時の判断ですから、あなたが反論を書く前に、ころっと転向しているかもしれません。
 この日記へのリンクや引用に、許諾を求める必要はありません。リンクや引用したから自分のサイトを見て欲しいという要求は、ブラクラやウィルスの散布手段として使われる場合があるので、基本的に見に行きません。サーチエンジンで検索してヒットしたり、信頼できるサイトからリンクが張られている場合にのみ、見に行きます。


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