97年4月27日執筆

ビジネスアプリ


前向上

私事であるが、4月末に13年間勤めたTV局を退職して、システム屋を本業にす ることになった。現在のところ「サーバ屋」といった感じの仕事で、主力OSは 言うまでもなくLinuxである。ある見方をすれば、「Linuxでメシ食っている」 と言えなくもない。

とは言え、私がLinuxの諸々を独占するといった類のことではないし、自分の 商売のためにLinux界を都合の良い方向に動かして行こうという気はさらさら ない。仮にそのようなことをすれば、当然非難の対象になるであろうし、自分 で自分の首を締めるようなことになってしまう。その中で商売と成り立たせる ためには、「freeとビジネスの共存」をいかにするかということがポイントと なるであろうと思われる。また、ビジネスで得た成果をいかに社会に環元する かということも重要な課題である。まぁそのようなことが言えるのは、商売そ のものが軌道に乗ってからではあるのだが。

また、個人的立場で言うなら、これでフルタイムでLinuxのための働くことが 出来るようになる。今までアイディアだけであったことのいくつかは、実現可 能になったということになるので、そういった意味では非常にラッキーなこと である。

ビジネスアプリとは何か

表題の「ビジネスアプリ」とは何を指すだろか。もちろん「ビジネスに使うア プリ」であるから、設計を生業としている人にとっては、CADを始めとする設 計支援ソフトあたりがそうなるかも知れないし、それが広義の「ビジネスアプ リ」であることは否定しようとは思わないが、今回はもう少し限定された話を しよう。広義のビジネスアプリについても色々話題はあるので、それらはまた 次回以降と言うことにしておく。

さて、今回話題にしようと思っているアプリケーションは、Windowsで「三種 の神器」とされている、「ワープロ、表計算、データベース」あたりの話であ る。つまり、主に「事務処理」のためのパソコンとして使いたいという話であ る。

ビジネスアプリの必要性

「三種の神器」を動かすという話をした時に、必ず出るのが「Linuxにそのよ うなものは必要がない」「そんな使い方はしない」「その時はWindowsを使え ば良い」といった類の意見である。つまり、そのようなものはLinuxには必要 ないということである。それは果してそうであろうか?

今、この時点で事務処理のためにLinuxをインストールするかと言われれば、 それはたとえ私であっても「NO」と答えざるをえない。実際、冒頭で言ったよ うに「Linuxでメシ食って」いる私の会社であっても、事務部門ではPC98のDOS である。まぁこれはLinus自身もOHP資料を作る時にはWindowsであると言って いたし、同じハードウェアで動くOSなのであるから、「便利な方を使う」とい うのが「大人の選択」であろう。と言ってしまえば、「必要ない」という結論 が出てしまうのも、無理はない。「UNIX(Linux)はサーバとして使え」という 意見も、色々うなずける点も多いので、エンドユーザが直接触れる部分で Linuxが使われる必要がないという意見には、一理も二理もある。

しかし、それでも私は「必要である」という結論を出したいと思う。例えば、 多くの人は以下のような理由が挙げると思う。

もちろんこの他にも、自分はLinux原理主義者だからLinuxでやりたいとかとい う意見の人もいるだろう。しかし、私はこれらよりももっと簡単な理由を挙げ たいと思う。それは、

欲しいから欲しい

ということである。確かに「今」は「必要性」を挙げるには、屁理屈のような ことを言うしかない。「ビジネスアプリ」は本来仕事で使うものなのだから、 ある程度のレベルに達っしていれば、「仕事だと思って」使えば良いのだから、 そこで趣味を通してしまうのは、一種の「わがまま」として切り捨てても構わ ない。だから、「Linuxでビジネスアプリ」というのは、そういった理性的な 考察から導くのはナンセンスなのである。

しかし、パソコンの歴史に目を向けるなら、パソコンの上で「ビジネスアプリ」 を動かすこと自体がナンセンスだったのである。その上で「ビジネスアプリ」 を動かしたというのは、市場動向とかの話よりも、「自分が使いたいから作っ た」的な話が先にあったりするものである。市場性を考えずに、つまり実需要 を調査せずに作った製品ではあるが、多くの「使いたい」と思う人に使われた のである。つまり「必要だから存在した」のではなく、「存在が必要を産んだ」 という部分は多大にある。

しかも、現在では実際にWindowsでもMacでもビジネスアプリが存在しているの だから、Linuxの上にあっても、別段不思議ということもないし、無理のある ことではないと思う。それ故、議論なしで

Linuxにはビジネスアプリが必要

という結論を天下り的に出しておこうと思う。「Windowsで動いてる種類のア プリがLinuxの上で動いてもいいジャン」ということなのである。

現状と問題点

さて、現状のLinuxのアプリを見ると、どうであるかと言えば、「意外」と言っ て良い程、商用ソフトとしてビジネスアプリが出ている。本家Linux Journal には、その手の広告がかなり多く出ているし、ftp siteにもそれらのデモ版が 置かれていることが多い。残念ながら「Excelそのもの」といった感じのものは 存在してないが、「あるかないか」と言えば「ある」という結論になるし、十 分使えるもののようである。残念なのは、それらのほとんどが日本語を受けつ けてくれないということであるが、市場規模のことを考えれば仕方がない。ど こかの会社が日本語が使えるようにして出してくれれば良いと思うのだが、現 状では諦めるしかない。それでも、まぁかなり健闘している方ではないかと思 う。

しかし、やはり「Linuxで」となると、free softwareを期待したい。free softwareなら、自分の好きなようにいじることも可能であるし、日本語に対応 してなくても、やる気さえあれば日本語対応にすることも不可能ではない。ま た、まだ「Linuxでビジネスアプリを使う」ということ自体が、市民権を得た こととも言えないので、いきなり商用ソフトにお金を出す気になる人も少ない と思う。多少機能が低くても、freeものでノウハウを蓄積してから商用に移る という道も考えられるので、ぜひともこの世界にも「使えるfree software」 があることが期待される。

ところが、この世界のことを考えると、「お寒い限り」というのが現状である。 例えばGnuの表計算であるOleoであるが、これは使い勝手とか以前に、「数値 が浮動小数点である」という大問題がある。事務計算というのがわかっている 人であれば、これが非常に深刻な問題であることがわかると思う。またこれを、 別の見方で捉えれば、こういった事務計算の常識を知らない人がこのようなソ フトを開発しているということであるから、これもまた「寒い」ことである。

実はこの辺の「意識の低さ」は結構根の深いものがあって、他の多くのところ にもよく顔を出して来る(元の原稿では、ここに具体例が挙がっていたのだが、 紙面の都合で省く)。今までfree software界を支えて来た、Gnu的hacker(つま り、普通のhacker)にとっては、いわゆる「ビジネスアプリ」的なことや、そ の基盤には興味がないようなのである。そういった意味では、Gnu的hackerに この方面のことを期待することは出来ないということである。ところが、今ま でのfree softwareの多くが、Gnu的hackerの手によって作られて来たことは言 うまでもないことであるし、技術あるhackerはたいていこのタイプなのである。 だから、現状で一番「寒い」ことは、「そのようなfree softwareが存在して いない」ということではなく、「そのようなアプリに興味のあるhackerがいな い」ということではないかと思う。

実は、さらにこの辺を追及すると、最初の「そんなものはLinuxには不要」と いった意見等とも根は同じである。一般人の「ワープロが欲しい」という意見 に対して、hackerは「LinuxではTeXが使える」という答えるだろうし、「便利 な4GLがない」と言えば「Tcl/Tkがある」という答えるだろう。この辺の一般 人とhackerの意識の違いというのが、大きな問題なのではないだろうか?

では何をするか

さて、その「寒い」状況を何とかすることを考えてみよう。

Linux界には今日も「新人」がどんどん入門していることと思う。一口に「新 人」と言ってもレベルは色々で、コンピュータの素人もいれば、それまでWS等 を使っていた人、大型コンピュータを使っていた人も、Linux界から見れば同 じ「新人」である。つまり、同じ「新人」でもレベル差があるということであ る。

だから、いわゆるGnu的hackerでない人の中にもプログラムを書ける人はいる はずであるし、そういった人々を育てようということである。さらに言うなら、 もっとプログラムの書ける人を増やそうということである。つまり、色々な人 がプログラムを書くようになれば、その中にはビジネスアプリでも書こうかと いう人が出るかも知れないということである。

そうなると、「プログラミングしやすい環境を作ってやる」ということが必要 だということになる。実際のところ、Linuxのプログラミング環境は非常に充 実していて、プログラムを書くこと自体は、非常に快適に出来る。だから、問 題となるのは、狭義の「プログラミング環境」ではなく、むしろ「プログラム を書く気にさせる環境」といった部分であると考えられる。

パソコンの黎明期を知っている人なら、「プログラムは書いて当然」という雰 囲気を覚えていると思う。また、free softwareを公開したことのある人なら、 使った人の声は大きな励みになったことを覚えていると思う。また、いわゆる 「タコ」な人なら、自分が悩んでいた疑問に答えてもらった時の喜びを覚えて いるだろう。つまり、そのような精神的な部分での支援が、「プログラムを書 く気にさせる環境」であると考える。もっとわかりやすく言うなら、今まで 「タコ」を支援して来たのと同じようなことを、「プログラマ候補」に対して 行うということを提言したいわけである。

Linuxの今日の隆勢は「タコ」を大切にしたことから来ているものだと思う。 だから、同じような手法で「プログラマ支援」をするということは、きっと成 功するだろうと思う。「タコ支援運動」はユーザの底辺を広けたが、同じよう にしてプログラマの底辺を拡げることが出来るのではないかと思うのである。


もどる