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	<title>おごちゃんの雑文 &#187; 外出</title>
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	<description>おごちゃんの雑文</description>
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		<title>JAXA iに行って来た</title>
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		<pubDate>Sun, 11 Jul 2010 13:31:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[外出]]></category>

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		<description><![CDATA[JAXA iというのがあるらしいので、行ってみた。 JAXA i 民主党の負け戦(笑)の時に言ってもしょうがないと思うのだが、これは仕分けられてもしょうがないなとゆーのが率直な感想。 場所は結構いいところで、東京駅丸の内 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>JAXA iというのがあるらしいので、行ってみた。</p>
<p><a href="http://www.jaxa.jp/visit/jaxai/index_j.html">JAXA i</a></p>
<p>民主党の負け戦(笑)の時に言ってもしょうがないと思うのだが、これは仕分けられてもしょうがないなとゆーのが率直な感想。<br />
<span id="more-2884"></span></p>
<p>場所は結構いいところで、東京駅丸の内北口から徒歩1分くらい。わかりやすいところにあるので、迷うことはない。</p>
<p>外から見ると、なんとなく<a href="http://www.helloproject.com/museum/ueno.html">アメ横センタービルにあるハロプロショップ</a>を連想する。まぁ、ビルの中にあるものとゆー点では大差ない。</p>
<p>ここの目玉だと思われるのは、H2のエンジンの実物があるということ。それ以外は、パネルやらビデオなので、</p>
<h5>詳しくはウェブで</h5>
<p>的なものになっている。てか、JAXAのサイトとか見る方が、よほど詳しい。</p>
<p>こういった博物館的なものの価値というのは、そういったメディアでは触れることの出来ない、「本物」があることだと思う。そういった点では、H2のエンジンがあるというのは非常に良い。実際に燃焼試験に使われたものなので、熱で変色したあたりも、なかなか味があっていい。</p>
<p>ところが、ここにある「本物」は、これだけだ。あとは何もない。はっきり言って、つまらない。説明員もおねーさんは積極的に話しかけてくれるのだけど、何のためにいるのかわからないおっさん達(idをつけてるので、多分職員)は、来訪者をスルーして世間話している。</p>
<p>展示されているものも少ない。1つのプロジェクトにせいぜいパネル1枚くらい。「旬」のはやぶさがちょっと多かったけど、それ以外のものは実にショボい。日本の宇宙開発の歴史的なものも全くない。JAXAのサイトを見る方がずっといい。</p>
<p>これは場所の広さのせいもあるかも知れない。ハロプロショップと大差ない、科博の売店くらいの広さなんだから、置けるものが限られてしまうのはしょうがない。とは言え、あーゆー「一等地」に博物館として機能するような施設を作るなんてのは、現実的ではない。</p>
<p>私が不思議に思うのは、この施設は上野公園ではダメだったのかということ。もっと具体的に言えば、</p>
<h5>科博の中ではダメか？</h5>
<p>ということだ。科博の中であれば、もっといろいろなものが置けるんじゃないか、実際<a href="http://www.kahaku.go.jp/exhibitions/permanent/outdoors/index.html">ラムダロケットのランチャー</a>とかも置いてあるわけだし。</p>
<p>多分、科博の中にないのは、いろんな「大人の事情」なんだろうけど、そういったのがムダなのではないかなと思うのだが。</p>
<p>また、あの程度の施設であれば、ちょっと大きなトレーラに入れられるだろう。となれば、あーゆー場所に置いとくのではなくて、「移動博物館」にしてしまえば、もっとPR効果はあると思うのだけど。満足な博物館のない地方はいっぱいあるんだから、そういったところを巡回するだけでも喜ばれると思うのだが。</p>
<p>まー、何にせよ、あの施設のままでは仕分けられてもしょうがないなぁというのが、率直な感想。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>「区」とは何か</title>
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		<pubDate>Sat, 03 Apr 2010 06:24:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑感]]></category>
		<category><![CDATA[外出]]></category>

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		<description><![CDATA[私は台東区に住んでいる。 うちの近くには蔵前橋通りがあり、これは墨田区、江東区、江戸川区とつながり、千葉方面へ至る。 大きな通りなので、区が変わる毎に「○○区」という看板がある。こんな奴だ。 東京23区　区章入り標識 こ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>私は台東区に住んでいる。</p>
<p>うちの近くには蔵前橋通りがあり、これは墨田区、江東区、江戸川区とつながり、千葉方面へ至る。</p>
<p>大きな通りなので、区が変わる毎に「○○区」という看板がある。こんな奴だ。</p>
<p><a href="http://homepage3.nifty.com/seisho-kozu/23ku.html">東京23区　区章入り標識</a></p>
<p>これを見てもわかるんだけど、「区」についての英語表記がいろいろだ。<br />
<span id="more-2380"></span></p>
<p>いろいろあるってことに気がついたのは、江戸川区と江東区の表記の違いからだ、江戸川区は「Edogawa City」だし江東区は「Koto Ward」だ。あれ？ って思って台東区を見たら「TAITO-KU」だ。「City」「Ward」「KU」というのは、それぞれいくつかあるようだ。</p>
<p>「City」ってのは、なんか明らかに違うような気がするんだが、それでも江戸川区千代田区練馬区で採用されているので、支持者はいるのだろう。もっとも千代田区に関しては「市政の導入を検討している」という話があるので、そーゆー気持ちの表れだと言えなくもないだろうけど。</p>
<p>ちなみに、自分で英語表記の住所を書く時は「Taitou-Ku」と書いている。「区」ってのは、あまり世界共通の理解がないような気がしているから。</p>
<p>と言えば、「○○町」の「town」という表記も、なんとなく落ちつかない。私が「town」に感じるニュアンスは、むしろ「街」の方だ。日本で「町」と呼ばれているものは、多分「village」じゃないかって気がする。</p>
<p>英語が母国語の人達は、こーゆー違和感はないのかな？</p>
]]></content:encoded>
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		<title>そろそろ「独立家電師」がいてもいい</title>
		<link>http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/2150</link>
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		<pubDate>Fri, 04 Dec 2009 12:33:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[経済]]></category>
		<category><![CDATA[外出]]></category>
		<category><![CDATA[仕事]]></category>

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		<description><![CDATA[先週の日曜日に、「電子工作コンテスト」なるものに行って来た。 電子工作コンテスト2009 あまりイベントには出掛けないんだけど、審査員とゆーことで呼ばれたわけ。まぁ詳細は件のサイトで。 そこで出品した人達といろいろ話して [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>先週の日曜日に、「電子工作コンテスト」なるものに行って来た。</p>
<p><a href="http://www.engineeraward.jp/ele/">電子工作コンテスト2009</a></p>
<p>あまりイベントには出掛けないんだけど、審査員とゆーことで呼ばれたわけ。まぁ詳細は件のサイトで。</p>
<p>そこで出品した人達といろいろ話してて思ったのが表題のこと。<br />
<span id="more-2150"></span></p>
<p>この中で「審査員特別賞」なるものになった、MP3プレイヤがある。</p>
<p><a href="http://www.chiaki.cc/Timpy/rev80.html">Rev8.0 【有機ELディスプレイ付きインナーイヤープレーヤ】</a></p>
<p>実は投票の時に私はこれに凄く低い評価をつけていた。と言うのも、</p>
<h5>あまりに完成度が高過ぎて逆につまらん</h5>
<p>と思ったからだ。それくらい完成度が高い。</p>
<p>こういったものはあまりに完成度が高いと、市販の商品と同じになってしまう。つまり、家電屋で売っているレベルとの比較になってしまう。そうなると、単に「ちっちゃいMP3プレイヤ」とゆーことで、下手すりゃ1000円くらいで売ってる&#8230; ってことになってしまう。そういったレベルで見れば、「そういった価値」に見えてしまうわけだ。</p>
<p>とは言え、技術的には物凄いエネルギーがかけられているし、当然完成度も高い。そう言った意味では当然高く評価されるべきだ。</p>
<p>と共に、下手すりゃヨドバシで1000円、高くても10000円くらいで売ってるようなものを、自分で作ってしまったという「モチベーション」は凄い。動機は「コードが邪魔にならないMP3プレイヤが欲しい」ということらしいのだけど、その辺の解決方法はいくらでもあるわけで、そういった細かい部分に注力して作るというエネルギーのかけ方はハンパない。</p>
<p>当然、これくらい完成度が高いと「欲しい」とかゆー人も出て来るわけで、実際にそういった声があったし、「作りたい」という人もいた。まぁ、普通の人がキットで作れる程は簡単なもんじゃないんだけど。</p>
<p>でもここで気がついたのは、こういった「市場にありそうだけどない製品」に対する需要は確実にありそうだということ、また「家電」に対して作ってしまう程の思い入れを持つことは不可能ではないということだ。</p>
<p>今時の「家電」ってのは虚しいもので、多少高価でも量産されている。お影でハイスペックなものが安かったりするのだけど、結局のところ</p>
<h5>消耗品</h5>
<p>であって、その「品」に思い入れを持つことは難しい。</p>
<p>でも、かつてのテレビやラジオなんてのは、値段も凄かった(大学卒初任給の○倍とか言われる)だけではなく、その値段に見当った意匠もされていた。よくネタにされる、「観音開きのケースに入ったテレビ」とか、ランプシェードに組み込まれたラヂオとか。つまり、値段に見当った</p>
<h5>アート</h5>
<p>であった。だから、こういったものは今でも「骨董品」としての価値を持って取引される。買った人も多分「一生もの」のつもりで大金をはたいたんじゃないだろうか。</p>
<p>今の家電はそういった点では面白くも何ともなく、「大卒初任給の○倍」なものであっても、まぁいいところ数年で使い捨てだ。下手すりゃ故障時の修理すらされない。意匠がいいからと、不動品になっても所持され続けるというものでもない。カフェの飾りにもならない。</p>
<p>話が外れるのだが、「時計」も似たような状況にある。私が子供の頃くらいまでは、時計は高級なもので、一生ものとして購入されることが多かったように思う。「形見の時計」なんてものが大事にされたりしたし、実用品でもあった。</p>
<p>ところがちょうど私が腕時計をしようかという頃に、「クオーツ」なる技術が普及して、同級生が持っている時計がことごとくクオーツだった。つまり電子化されていた。液晶表示の時計とか最先端な臭いと共に使われ始めた頃でもある。まぁ私は親父にもらった</p>
<h5>機械式<a href="http://www.seiko-watch.co.jp/p_search/detail/do.php?no=SVBR001">鉄道時計</a></h5>
<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=ussn-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=B000WF75R4&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;m=amazon&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
<p>だったんだけど。</p>
<p>この頃からクオーツはほぼ使い捨てだ。液晶は数年でボケるし、そもそも単価が安い。パチンコの景品になってたりしたし、今や100円ショップであったりする。私が子供の頃は「おもちゃの時計」はシールが文字盤の本当におもちゃだったけど、今時は時計機能が本物だったりする。その程度になってしまった。そんなものでも、スペックだけ見れば、高級品とされるスイス製なんて目じゃなかった。そのせいで、スイスの時計産業は打撃を受けたらしい。</p>
<p>ところが、「スイス時計」は別の方向に走り始める。時計の持つ「精度」は既に達成されている、あるいは重視されるポイントでなくなってしまったがために、</p>
<h5>個性</h5>
<p>で勝負に出た。ブランドや宝飾に走るものもあれば、高度なメカで勝負に出るもの、また「一品もの」の特注生産するものとかだ。</p>
<p>「複雑時計」なんてのは、ある意味「馬鹿の極み」だ。修正不要の万年カレンダーやら、位置を入れると日の出日没を表示してくれるとか、デジタルでやればちょっとのプログラムで済むことを、歯車でアナログ計算をする。ポケット電卓をリレーで作ってるような、そんな感じさえある。そういうある意味「誰得？」と思うようなものを腕時計や懐中時計に組み込んでいる。その存在そのものがアートだ。</p>
<p>このお影で、時計におけるスイスの地位は、それまでとは違った意味での地位を持つようになった。また、「職人」も単なるライン工ではなくなった。文字通りの「職人」という地位を持つに至った。その究極は「<a href="http://www.google.co.jp/search?q=%E7%8B%AC%E7%AB%8B%E6%99%82%E8%A8%88%E5%B8%AB&#038;lr=lang_ja&#038;ie=utf-8&#038;oe=utf-8">独立時計師</a>」と呼ばれる人達で、年に数作、あるいは受注生産で時計を作る。彼等はパーツレベルで手作りだ。</p>
<p>実は件のMP3プレイヤを見て思ったのはこのことだ。たいていの家電は、製品としてのスペックはもう十分になってしまったのだから、そろそろ</p>
<h5>品物としての価値</h5>
<p>が求められても良いんじゃないか、あるいは「一品もの」があっても良いんじゃないかということを思ったのだ。特に個性が欲しい人向けに、あるいはプレゼントとして、こういったものが作られるということがあっても良いんじゃないかということだ。</p>
<p>家電が使い捨ての消耗品になってしまっているのは、それを作る技術者としてどう感じるところなんだろうか？ 私はそういったものを作ったことがないのでよくわからないのだが、著書がBook OFFにあったりすると悲しかったりするというのと似たものがあるんじゃないかって気がする。もちろん「とっととディスコンにしてくれ」な思いをするものもあるのだろうけれど、やっぱり「作者」としてはいろいろ思うところなんじゃないかと思う。また、実際に作る人も設計する人も、つまりは「ライン工」でしかなく、その地位もあまり高くない。</p>
<p>とか考えたり、「中国製」に侵されつつある世界の家電のこととか考えたら、スイス時計の「独立時計師」のような</p>
<h5>独立家電師</h5>
<p>が出ても良い時期ではないか。「一本もの」を作るとか、言われた仕様で作るとか、いわゆる「職人」でないと出来ない領域の「家電」を作るということがあっても良い時期ではないだろうか。特にアクセサリー性の高いものはプレゼントにも使われたりするので、需要は少なからずあるだろう。</p>
<p>てーか、もう技術的に十分熟成して完全にコモディティ化してしまったものは、</p>
<h5>「早い、安い、うまい」のスパイラル</h5>
<p>から抜け出す方向に行くべきだ。<a href="http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/2132">スペック勝負の世界では、コモディティ化という改良は必要</a>だけどね。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>メイドの道</title>
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		<pubDate>Sun, 27 Sep 2009 08:17:28 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[ネタ]]></category>
		<category><![CDATA[生活]]></category>
		<category><![CDATA[外出]]></category>

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		<description><![CDATA[うちは秋葉からちょい外れたあたりにある。 一応「秋葉」って言ってるけど、台東2丁目なんで、周囲に秋葉っぽいものはない。 ところが、うちの近所で時々「メイドの集団」を見掛けるのだ。 「集団」ってどれくらいかと言えば、2人く [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>うちは秋葉からちょい外れたあたりにある。</p>
<p>一応「秋葉」って言ってるけど、台東2丁目なんで、周囲に秋葉っぽいものはない。</p>
<p>ところが、うちの近所で時々「メイドの集団」を見掛けるのだ。<br />
<span id="more-2059"></span></p>
<p>「集団」ってどれくらいかと言えば、2人くらいのこともあれば10人くらいのこともある。多いのは4人くらいの集団か。「メイドの集団」と言うくらいだから、メイド服だ。これがうちの近所の道を集団で歩いているのを見掛ける。</p>
<p>ガン見するわけでも、追跡するわけでもなく、たまたま同じ方向のに行く先を見ていると、秋葉 -> うち 方向に移動している集団は、最終的に東側(千葉方向)に折れて見失う。追いかけてるわけじゃないから、見失うってのもおかしいけど。</p>
<p>なので、わりとうちの近所(台東2～3)あたりに、何かアジトのようなものがあるのだと思っていた。</p>
<p>ところが、先日<a href="http://maps.google.com/?ie=UTF8&#038;ll=35.705674,139.77724&#038;spn=0.001825,0.002626&#038;z=19">多慶屋の手前の7-11のT文字</a>のところで、東に行くメイドを発見した。どうやら、アジトがあるのはうちの近所ではなくて、佐竹商店街のあたりの模様。</p>
<p>まぁそれはいいんだが、彼女達はなぜあのあたりに「アジト」を持ち、メイド服で通勤(？)をしているのだろう。あの辺に待機所でもあるのかね？</p>
]]></content:encoded>
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		<title>誰得？</title>
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		<pubDate>Sun, 08 Feb 2009 11:09:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[外出]]></category>

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		<description><![CDATA[「誰得？」って最近の言葉としてはいい言葉だなと思う。 世の中のナンセンスなものを、「それを言ったらおしまいでしょ」的なdisりではなく、サラっと「で、誰が得するの？」という現実的な問い方をする。便利な言葉なんで濫用すると [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「誰得？」って最近の言葉としてはいい言葉だなと思う。</p>
<p>世の中のナンセンスなものを、「それを言ったらおしまいでしょ」的なdisりではなく、サラっと「で、誰が得するの？」という現実的な問い方をする。便利な言葉なんで濫用するとグダグダになるんだろうけど、こんなつっこみをされるようなものは、かなり負けてるよなという感じがする。行政的な馬鹿げたものを批判するのは、結構いいのかも知れない。</p>
<p>最近、「誰得？」と思ったのは、</p>
<h5>LEDのイルミネーション</h5>
<p>だ。<br />
<span id="more-1527"></span></p>
<p>最近結構見掛けるようになったLEDのイルミネーション。適当な木にクリスマスツリーのようにLEDがぶら下げられている。たいてい青とか白とか。「いろどり」として赤やオレンジが混ざっているけど、基本的に青やら白だ。これをあちこちで見掛ける。前はクリスマス時期の新宿くらいだけだったような気がするんだけど、最近はわりといつでもどこでも見掛ける。千歳烏山の駅前の商店街はずらーっとそんなのがあったし、上野公園にもある。「木」に限定しなければ、それこそどこにでもあると言ってもいい。</p>
<p>これ自体はそう悪いものでもないと思うのだけど、こうあちこちにあると「誰得？」と思ってしまう。</p>
<p>何しろ今やいつでもどこでもある。特に珍しいものでも何でもない。また、だいたいどこのも似ているので、わざわざそれがあるからと言って人が見に来るものでもない。明るいことは明るいと思うんだけど、街灯の代わりになる程でもない。多くは点滅しているので、明るさがあっても街灯の代わりにはならない。イベントな時だけにあるわけじゃないから、イベント気分を盛り上げるわけじゃない。なんとゆーか、</p>
<h5>単にあるだけ</h5>
<p>でしかない。</p>
<p>「あるだけ」と言っても、電気代はかかるし、メンテナンスも必要だろう。つまり、かかる経費が0というわけじゃない。だから、誰かが得をしなきゃいけないはずなのに、それが見えて来ない。</p>
<p>昔は結構珍しいものだったし、「ハレ」の日のものだったからそれなりにやるだけで価値があった。ところが、今やそこらじゅうにあるから、誰も価値を感じなくなっている。大昔は「町内のテレビのある家に人が群がる」みたいなものが、今や携帯にだってついてて「はぁ？」になってしまったのと、ちょっと似ている。昔は家の外からもテレビが見えるように配置したらしいのだけど、今やそれは「誰得？」でしかない。</p>
<p>最初はそれなりに価値があったんじゃないかなぁと思うと、ちょっともったいない。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>その対応はおかしくないか？</title>
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		<pubDate>Thu, 08 Jan 2009 04:18:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[外出]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/1500</guid>
		<description><![CDATA[実家に帰るのは車だった。 高速でうまく走れば10時間程度、実際には渋滞で死んだのだけど、それでも14時間くらい。 あちこちにいろいろ連絡事項が書いてあるのだけど、その中に「ETCレーンのバーの開閉タイミング」について書い [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>実家に帰るのは車だった。</p>
<p>高速でうまく走れば10時間程度、実際には渋滞で死んだのだけど、それでも14時間くらい。</p>
<p>あちこちにいろいろ連絡事項が書いてあるのだけど、その中に<a href="http://www.c-nexco.co.jp/etc/etc_guide/yokusei.html">「ETCレーンのバーの開閉タイミング」について書いてある</a>のがあった。どうもETCレーンでは事故が起きるので、減速を徹底させるべく、タイミングをわざとズラして、あまり速いと開閉のタイミングが合わないような「改良」をしているらしい。</p>
<p>でも、冷静になって考えてみよう。その対応って、</p>
<h5>むしろ逆</h5>
<p>じゃないか？<br />
<span id="more-1500"></span></p>
<p>ETCの価値は、面倒な料金のハンドリングをしないで、そのまま通過出来るところにある。だから、事故さえ起きなければ、速く通過出来れば速いだけ価値があるはずだ。究極的には料金所ゲートなんて廃止出来ればいい。そうすれば、渋滞の原因となる「本線での減速」がなくなる。</p>
<p>とは言え、システムはそう理想的には作れないから、ゲートを作らなきゃいけないし、機器には反応時間があるから、「減速してゲートを通過」は現実にはしょうがない。現実にはしょうがないけど、目指す方向としては「なるべく本線の流れを悪くしない」ようにするべきだ。実際、料金所付近は渋滞起きやすいわけだし。</p>
<p>車運転する側にしても、それまで80km/h以上の速度に身体が慣れているところに、いきなり20km/hにしろと言われても困ってしまう。その速度変化に感覚がうまくついて行かない。40km/hくらいでも十分減速したような気がしてしまう。まぁそんなことがいろんな事故の元になるわけだけど。</p>
<p>だから、こういったETCレーンでの事故を減らそうと思ったら、むしろ</p>
<h5>あまり減速しなくていいシステム</h5>
<p>にして行くべきだ。そうすれば事故も減るし、渋滞も減る。</p>
<p>ところが、高速道路側の対応は、</p>
<h5>減速を徹底させる</h5>
<p>という、どちらかと言えば後向きの対応を提示している。減速で事故が起きるのは、中途半端な減速を急に本線でさせるのが原因であって、減速の必要がなければ事故は起きない(普通の本線と同じ程度の事故確率)はずなのだ。</p>
<p>料金所突破する馬鹿とか、モタモタする人とかいるというのもあるけれど、そういったリスクよりは「減速による事故」のリスクを下げる方向で考えるべきだと思うのだが。</p>
<h4>PS.</h4>
<p>コメント中の起業ポルノの人も国交省の中の人も同じことを言ってるようだし、JHの人も同じことを考えてるんだろうと思うけど、↑は「それは間違いじゃないけど正しくないんじゃないか」ということを言ってるわけです。</p>
<p>元々、「高速道路」というものは高速移動のためのインフラとして作られたもので、そのために莫大な金をかけて作られている。だから、何か問題が起きて対策を考える時には、その価値を極力下げない対策をするべきなわけです。「事故が多発するから速度を下げる」というのは、「高速道路」の意味をなくさせてしまう対策。だから馬鹿げていると。</p>
<p>だから、料金所職員のための安全確保とか、ETC通過のための確実な処理のため、あるいは課金処理の失敗のための対応というような、料金所付近での問題を解決するために速度を落とすという対策は、「愚策」なわけです。ここでのわずかな出費をケチって、高速道路の価値を下げるのは愚かだろうと。</p>
<p>ETCでの減速要求が、安全確保のためなのか、機器の動作のためなのかってのは、直接的にはどうでもいいことです。ただ、諸々の対策が安易に「速度を落とせばいい」的な方向に行くのは、高速道路にかけた莫大な投資を無駄にすることだと。また、「低速でいる」のは安易ではあるけれど安全だけど、「低速にする」というのは渋滞の元になるだけではなく危険でもあるので、そっち方向の対策はあまり好ましくないだろうということでもあります。</p>
<h4>PS2.</h4>
<p>案の定、「ETC渋滞」なる状況があるらしい。JHにとってはETCは省力化や安全のためだろうけど、ドライバーの立場としてはETCは</p>
<h5>通過時間が短くてすむ</h5>
<p>のが一番の存在意義なんだよ。てか、そうでなかったら自腹で買う飛鳥ないし。だから、それをスポイルするような対応はナンセンスだっつーの。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>最近のエンターテイメント</title>
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		<pubDate>Sat, 25 Oct 2008 04:49:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[生活]]></category>
		<category><![CDATA[経済]]></category>
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		<description><![CDATA[平日は雑文もあまり書かず、仕事をしているのだけど、仕事の他に私の時間を多大に消費して行く「遊戯」がある。 かつては、それが「雑談メール」だったり「mixi」だったりした。最近は「雑文書き」だったり「RSS消化」だったり「 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>平日は雑文もあまり書かず、仕事をしているのだけど、仕事の他に私の時間を多大に消費して行く「遊戯」がある。</p>
<p>かつては、それが「雑談メール」だったり「mixi」だったりした。最近は「雑文書き」だったり「RSS消化」だったり「Wikipedia」だったり「ニコ動」だったりする。こいつらは結構時間を浪費し、それでいて明確に悪いことでもないものだから、ついやってしまっている。</p>
<p>ところが、最近はもっとタチの悪い時間浪費にハマってしまった。それは、</p>
<h5>市況チャートのヲチ</h5>
<p>だ。<br />
<span id="more-1422"></span></p>
<p>ここのところ、世の中の景気がとんでもないことになっていて、株価も為替も凄いことになっている。</p>
<p>私は昔から株はやっているんだけど、ちょっと前までは「定期預金よりは積極的」という程度でしかやってなかった。長期的に見ればだいたいヘマしない限り株は儲かるものだという意識があるので、日々の動きなんぞ追わないで手頃な会社のを買って放置する。適当に上がったら売る&#8230; というのんびりしたものだった。だいたい私が株始めた頃なんて、注文は電話でするものだったから、デイトレみたいなものは出来ないし、仕事があるとやってられないし。</p>
<p>株のいいのは、「貯蓄欲」と「消費欲」を同時に満たしてくれることだ。「買う」ってのは消費に近い感覚だからね。そのくせ資産性があるから消えてなくなるわけじゃない。たいていの「消費」が最終的には価値0に収束するのに、株は下手してもなかなか0にはならないし、上手くすれば増えてしまう。道楽にはちょうどいい。まぁそーゆーことなので、現物しか扱わないんだけど。</p>
<p>とかというゆっくりしたペースで遊んでいたのだけど、最近の株の下落は激しい。手元現金があまりないということもあって、積極行動には出てなかったので、どんどん資産価値は落ちて行った。これじゃあマズいということで、もうちょっと積極行動に出るようにした。何せ下手すりゃ1日に10%近く動くから、油断も隙もあったもんじゃない。そこで、</p>
<h5>デイトレ</h5>
<p>に手を出した。先日爆下げした日に無人君の金をつっこんだら、1日で1割以上儲かってしまって味をしめたわけだ。と言ってもまぁ1日中見てるわけにも行かないので、立合い開始、前引け、後引けあたりを注視するだけなんだけど、まぁこれでもそこそこいける。</p>
<p>という実用上の意味もあって、時間内の市況のチャートを眺めるようになって、これがなかなかクセになる。前は他人事でしか見れなかったので、それ程面白いものではなかったし、比較的最近でも実用ばかりで見ていた。せいぜい<a href="http://stooq.com/q/?s=usdkrw&#038;c=1d&#038;t=c&#038;a=lg&#038;b=0">USDKRWのワロス曲線</a>を見て喜ぶ程度だった。ところが、最近これはエンターテイメントの一種だと思うようになって来た。</p>
<p>と言うのも、最近某チャットの有志達が、市況板あたりの悲鳴のまとめサイトを作るようになったからだ。</p>
<p><a href="http://blog.livedoor.jp/ohagya/">散っていった兵達の記録</a></p>
<p>こういったのを見ると、チャートが単なるチャートではなくなって来る。それは単なる数字を可視化しただけではなくて、その裏にあるであろう</p>
<h5>ドラマ</h5>
<p>を想像させるのだ。<a href="http://bigcharts.marketwatch.com/quickchart/quickchart.asp?symb=djia&#038;sid=1643&#038;o_symb=djia&#038;freq=9&#038;time=1">DJIAをリアルタイムで見ている</a>と、トレーダ達あるいは金融機関、さらにはFRBの人々とかの姿が目に浮かぶようだ。一本調子で下げているところでポンと返すと、「ああ、どこかで介入が入ったな」とか、それでもトレンドが変わらずに下げてると「けっ。食いやがって」とか。</p>
<p>数字は確かに数字でしかない。チャートは単なるチャートでしかない。しかし、その背景には「人間の営み」がある。単なる数字が「生きた人間」を表現するわけだ。テクニカルな理論がどーだこーだも面白いことは面白いのだけど、「人間ドラマ」を想像(妄想)すると、いろいろなものを語りかけて来て、より面白いものになる。</p>
<p>まぁそれは良いとして、あの悲鳴を上げている人達はどうなったんだろうね。</p>
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		<title>凄いサンド屋を発見した</title>
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		<pubDate>Wed, 22 Oct 2008 08:45:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[食べ物]]></category>
		<category><![CDATA[労働]]></category>
		<category><![CDATA[外出]]></category>

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		<description><![CDATA[ダウが下げると、昼飯にあまり金をかけたくなくなる。 つか、そんなに金に余裕があるわけでもないから、コストパフォーマンスを追及するのは当然なわけで。あくまでも「コストパフォーマンス」であって「コスト」だけじゃないんだが。  [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ダウが下げると、昼飯にあまり金をかけたくなくなる。</p>
<p>つか、そんなに金に余裕があるわけでもないから、コストパフォーマンスを追及するのは当然なわけで。あくまでも「コストパフォーマンス」であって「コスト」だけじゃないんだが。</p>
<p>「コスト」ということでは、あまり遠くだとコスト的に好ましくない。散歩は散歩として、食糧調達は近場で出来る方がいい。</p>
<p>という課題を持って今朝出掛けたら、凄いサンド屋を発見した。<br />
<span id="more-1421"></span></p>
<p>何が凄いと言って、まず店構えが凄い。多慶屋の裏の公園に面した店舗なのだけど、まるっきり昭和の臭いがどっぷり。まぁあの辺はそんな建物が少なくないので、「そこだけ昭和」って感じでもないんだけど。</p>
<p>さらに凄いのは値段だ。普通の長めのロールサンドが130円。コンビニだと200円前後はするであろう長さで、具も充実。「メンチカツサンド」とか「カツサンド」とか買って来たんだけど、カツが充実している。コンビニでは売ってない品質だ。コンビニで売ってるような三角サンドもあったのだけど、あれが1つ60円。コンビニと同じものにするには3つ必要だから180円。コンビニなら210円相当。とにかく安い。</p>
<p>さらにとどめは、店番の人だ。とってもかわいい眼鏡っ娘&#8230; ではない、つーかおねーさんですらない、つーか</p>
<h5>終戦直後でもおねーさんですらない</h5>
<p>婆さんが店番している。「いくつに見えます？」とか聞くんで、「80くらい？」とか言ってみたら、</p>
<h5>「今度の誕生日で90よ」</h5>
<p>とのこと。凄いよ、凄過ぎるよ。90でお店番だよ。若干計算は怪しいけど、それでも釣り銭なんて当然のごとく暗算だよ。いろいろ買ってしまったから、足し算は面倒臭いことになったので、途中でわからなくなって算盤でやってたけど、それでもちゃんと算盤で計算してくれるし、楽しく会話してくれる。お婆ちゃん子だったせいで、ガキの頃から婆さん萌えだった私に、ビンビン来るぜ。</p>
<p>冷静に考えてみると、あのサンドのあの価格は、とても外注では作れないだろう。近隣の商店の値段と比較すれば、2割以上安い。どういった調達をしているのだろう。あの婆さんが自分で作っているとも思い難いのだが。とか考え始めると謎が多い店なのだ。でも、一言で言えば、</p>
<h5>90の婆さんが、現役でビジネスやってる</h5>
<p>ってことで、それはそれで凄いよ。しかもあの価格だ。立派に競争力すらある。内容も充実しすぎで、2つ食ってお腹いっぱいになった。たったの260円だよ。</p>
<p>生きてるだけでも凄いと言える歳なのに、元気に競争力のあるビジネスやってるのだ。もちろん身体は歳相応にヨボヨボしているんだけど、ボケてない。ボケの徴候すらない。凄過ぎる&#8230;</p>
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		<title>ドコモの広告の馬鹿らしさ</title>
		<link>http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/1414</link>
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		<pubDate>Fri, 17 Oct 2008 01:45:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[メディア]]></category>
		<category><![CDATA[経済]]></category>
		<category><![CDATA[外出]]></category>

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		<description><![CDATA[朝の散歩にいい季節になった。 デイトレ的には悪い習慣かなーと思うのだけど、いろいろ用事も出来るし、身体にもいいはずなんで、やっぱり欠かさない。雨降ったり寝坊したりすると行かないけど。 で、お散歩コースの中にドコモショップ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝の散歩にいい季節になった。</p>
<p>デイトレ的には悪い習慣かなーと思うのだけど、いろいろ用事も出来るし、身体にもいいはずなんで、やっぱり欠かさない。雨降ったり寝坊したりすると行かないけど。</p>
<p>で、お散歩コースの中にドコモショップや販売店が結構あるので、広告ポスターをよく見掛ける。最初はあれを見る度に、「馬鹿だなー」と思っていただけなんだけど、毎日のように見るものだから、あまりの馬鹿さ加減に腹が立つようになって来た。<br />
<span id="more-1414"></span></p>
<p>まー、私はドコモのユーザではないので、腹を立てる義理はないんだけどさ。</p>
<p>何に腹が立つかと言えば、「タレントの顔の大写し」のポスターだ。いや、別にそのタレントが嫌いってわけじゃなくって、その構成ニダ。</p>
<p>まぁあれを見れば誰もが気がつくと思うのだけど、あのポスターを見ても</p>
<h5>何の購売意欲もわかない</h5>
<p>わけだ。もちろん購売意欲を増すことだけが広告の意味ではない。でも、たとえば同じように重要な「商品のイメージアップ」ということにもなっていない。他にも広告の要素はいくつもあるのだけど、早い話が何の効果も感じない。</p>
<p>「本当か？」と思う人は、じゃあ「ドコモの広告ポスター」に何が出ているとか、どんな構成だったか思い出してみるといい。多分、何も覚えてないと思う。それくらいまず印象がない。あるとすれば、「タレントのでっかい顔」くらいだと思う。</p>
<p>さらに実際にそのポスターを前にして、「ドコモ」の部分を他の携帯キャリアに変えたつもりで見てみるといい。はっきり言えば、何の違和感もない。</p>
<p>さらに、それを「携帯電話」から離れて、「電気釜」とか「自動車」とかに変えたつもりで見てみるといい。これもまた何の違和感もない。</p>
<p>なぜなら、件のポスターは「携帯電話」とか「携帯キャリア」について、何の宣伝もしていないからだ。辛うじてそれとわかるのは、ポスターに書かれている「ドコモ」の文字たちと、小さく描かれている携帯だけだ。簡単に言えば、件のポスターは</p>
<h5>素材であるタレントのイメージポスター</h5>
<p>に過ぎないのだ。</p>
<p>確かに彼女達のいくつかの画像は、携帯を耳に当てている。でも、それはほとんど見えない。だから、別に「ドコモ」である必要性はない。「au」でも「SBM」でもいいし、ラジオでもいい。</p>
<p>この手のタレントを使ったポスターに期待されるのは、「あのタレントの使っている携帯電話が欲しい」的な需要喚起や、「あのタレントの使っている携帯電話っていい感じ」というイメージ向上とか、そういったものだ。ところが肝心の「携帯電話」がまるっきり見えない(中には全くないのもある)ものだから、そもそも</p>
<h5>何を宣伝しているのかわからない</h5>
<p>のだ。単にタレントのデカい顔(本当にデカい)があるだけ。タレントのイメージポスター以上のものになっていない。</p>
<p>たとえば、同じようにタレントがデカく出ている、「三井住友銀行のカード」のポスターだと、しっかり「カード」を全面に出している。また、ポスターには「カードの宣伝である」というメッセージがいたるところにある。タレントのポスターとしてはイマイチな構図だけど、「あのタレントが宣伝しているカード」ということは覚えてもらえるし、イメージ的にも悪くない。つまり、広告としての目的を達しているのだ。</p>
<p>思い出せば、10年以上前のバブルの時代、「ドコモの広告」のような「何を宣伝しているかよくわからない広告」というのが流行った。それは経費としての広告費の消化と、使われている素材(タレントや場所)の宣伝にはなったけど、肝心の「商品」の宣伝にはなってなかった。あの時代、「作品としていい広告」はあったけど「販促としていい広告」は少なかった。「ドコモの広告」はそれを思い出させる。</p>
<p>もしかしたら、広告の何たるかがよくわかっていない宣伝部長あたりが、広告代理店に騙されて「イメージ広告」をやってしまったのかも知れない。広告代理店は素材になっているタレントの事務所に「いっちょドコモひっかけてこの娘宣伝しますね」みたいなことを言ったのかも知れない。そんな妄想をさせられる広告なのだ。</p>
<p>まぁそんなことが許されているってことは、ドコモはまだまだ大丈夫だって意味かも知れないけどね。実はそういったメッセージを送っている？</p>
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		<title>聘珍樓「特上肉饅」</title>
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		<pubDate>Mon, 13 Oct 2008 10:15:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[食べ物]]></category>
		<category><![CDATA[買い物]]></category>
		<category><![CDATA[外出]]></category>

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		<description><![CDATA[天気もいいし、新栗も出てるだろうということで中華街に。 中秋の時にも行ったのだが、その時にはまだ新栗はなかったのでリベンジ。 リベンジと言えば、前回の時に聘珍樓の「特上肉饅」を食ったのだけど、あの時は自分のコンディション [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>天気もいいし、新栗も出てるだろうということで中華街に。</p>
<p>中秋の時にも行ったのだが、その時にはまだ新栗はなかったのでリベンジ。</p>
<p>リベンジと言えば、前回の時に聘珍樓の「特上肉饅」を食ったのだけど、あの時は自分のコンディションのせいかイマイチだったので、これもリベンジ。<br />
<span id="more-1410"></span></p>
<p>今日の中華街は混み混みだった。まぁ連休だし天気いいし。なんでもない肉饅屋も行列が出来ているので、逆に普段行かない客の少なそうな肉饅屋で食う。それでもそこそこ食えるのを発見する。</p>
<p>個人的には、「江戸清」の肉饅と、あちこちにある「チャンピオンの店」とかので十分満足。どちらも値段はほんのちょっと高めだけど、わけのわからないところで食うよりはずっとリスクもなく楽しめる。「チャンピオンの店」はいかにもな宣伝してるし、行列も多いし店も多いのでちょっと「食通」的には敬遠したい空気があるのだけど、別にそんなこともない。敬遠してる人は食ってみるといいよ。</p>
<p>で、問題の<a href="https://www.29man.com/cateProdPrep.do?categoryCd=020&#038;subCateCd=001">聘珍樓の「特上肉饅」</a>だ。これは1140円もする。中華街の肉饅は普通200〜350円くらいが相場だから、とんでもなく高い。まぁサイズも大き目なんではあるけど、それでお普通の肉饅の延長からすれば600円も払えば十分だろうというサイズ。つまり、それだけ中身に価値があるということなんだろう。</p>
<p>確かに一口目はかなりおいしい。まぁ皮も厚いから具まで食うのが大変だけど、まぁおいしい。</p>
<p>じゃあ全部食うかと言えば&#8230; ちょっとごめんなさいだ。</p>
<p>材料は悪くない。いい材料を使っているようだ。干し蝦やら干し貝柱やらもいい感じに戻って入っている。そういった意味では、値段だけのものはあると言える。実においしい。</p>
<p>とは言え、逆にこれがアダになる。旨味成分が多過ぎて、飽きるというか嫌になる。マズいってことは全くない、むしろおいしい、つーか超おいしい。でも、ダメ。途中で飽きて嫌になる。最後には無理やり押し込むことになる。</p>
<p>材料もなかなか頑張っていて、</p>
<blockquote><p>
豚肉、エビ、竹の子、玉ねぎ、ねぎ、フカヒレ、帆立貝、干貝柱、風味原料、砂糖、ごま油、ラード、酒類、香味料（八角、ちょうこう等）他
</p></blockquote>
<p>なんだそうだけど、結局のところ、</p>
<h5>旨味が多過ぎ</h5>
<p>でダメなのだ。もう食べて行く端からどんどん飽きて来る。</p>
<p>これを3倍くらいに薄めても十分おいしい肉饅になると思うし、このままであれば1/4くらいのサイズでいい。</p>
<p>飽きると言えば、韓国食材の「<a href="http://www.google.com/search?q=%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%AE&#038;btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&#038;lr=lang_ja">ポンテギ</a>」も同じ理由で飽きる。見た目はグロなんだけど(リンク先は自己責任でね)、味はそれなりにおいしい。臭いはちょっと×なんだけど、味はそうでもない。個人的にはおいしい部類に入ると思う。とは言え、こいつもちょっと食べると嫌になって来る。旨味成分が多過ぎなのだ。おそるおそる1つ食って「食えるじゃん」と思い、2つ目で「わりとおいしいじゃん」と思い、3つ目で「もういい」になってしまう。まぁ普段食わない食材だから、抵抗感も相当なものではあるんだけど、それにも増して</p>
<h5>飽きる</h5>
<p>のだ。</p>
<p>件の肉饅も、1口目で「おいしいじゃん」と思い2口目で「なかなかいい内容じゃん」と思い3口目で「もういい」みたいになってしまう。</p>
<p>過ぎたものは作っちゃダメだ。</p>
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