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	<title>おごちゃんの雑文 &#187; 雑感</title>
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	<description>おごちゃんの雑文</description>
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		<title>gdgd言うんだったら、もったいぶらずに書け</title>
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		<pubDate>Thu, 09 Feb 2012 10:39:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[ネット]]></category>
		<category><![CDATA[雑感]]></category>
		<category><![CDATA[上から目線]]></category>

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		<description><![CDATA[Android案件の見積り というエントリのはてブ。 Android案件の見積り ｜ Classmethod.dev() ブコメで「自称わかってる業界人」達がgdgd言ってる。 おまいら経験豊富で見識あって頭いいことはわ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://dev.classmethod.jp/smartphone/android/estimate-android/">Android案件の見積り</a></p>
<p>というエントリのはてブ。</p>
<p><a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/dev.classmethod.jp/smartphone/android/estimate-android/">Android案件の見積り ｜ Classmethod.dev()</a></p>
<p>ブコメで「自称わかってる業界人」達がgdgd言ってる。</p>
<p>おまいら経験豊富で見識あって頭いいことはわかったから、ブコメでgdgd言うくらいだったら、その素晴しい経験でこのエントリを凌駕するようなエントリ書け！</p>
<p>そんなことしてる暇がない？ だったら、はてブなんか見てないで仕事片付けろよ社畜ども。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>「啓蒙」「布教」「善行」から離れると、ネットは居心地がいい</title>
		<link>http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/3531</link>
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		<pubDate>Mon, 06 Feb 2012 07:12:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[ネット]]></category>
		<category><![CDATA[雑感]]></category>

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		<description><![CDATA[まーT/Oなんだけど。 佐々木俊尚氏に絡む広告業界の人たち（第一幕） を見ていて気がついたこと。 「善行」ってのは実はたいてい偽善だったりする。だから、「名前」とか「看板」を維持することは大事だ。いや、それが悪いわけじゃ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>まーT/Oなんだけど。</p>
<p><a href="http://togetter.com/li/253174">佐々木俊尚氏に絡む広告業界の人たち（第一幕）</a></p>
<p>を見ていて気がついたこと。<br />
<span id="more-3531"></span></p>
<p>「善行」ってのは実はたいてい偽善だったりする。だから、「名前」とか「看板」を維持することは大事だ。いや、それが悪いわけじゃない。世の中のたいていの「良いこと」ってのは、</p>
<h5>自分にもメリットがあること</h5>
<p>でなければ、持続可能ではない。だから、「偽善行為」はもっと評価されるべきだと思う。</p>
<p>「名前」や「看板」を維持しながら、「啓蒙」とか「布教」といった行為をすると、なぜだかネットで絡まれる。面倒臭いのでスルーすると、</p>
<h5>批判には耳を傾けないのか</h5>
<p>的なことを言われ、無理やり相手することを求められる。「啓蒙」の類は、なるべく支持者を増やそうという行為だから、あまねく相手をすることを求められるわけだ。さらにそこに</p>
<h5>○○(善行)のくせに無視するのか</h5>
<p>みたいなことを言われる。「○○」はたいした善行でなくても、たとえば何かに執筆してるとか、コンシューマビジネスをやってるとか、そういったものでも対象にされる。<a href="http://hiro.asks.jp/46756.html">無敵の人達</a>って怖いからねー。</p>
<p>そこで一番楽な解決は、それらから離れること。まー、完全に離れなくてもいいんだけど、ネットには見せないこと。まー、みんながそんなことをやると、暗い未来しか思いつかないのだけど。</p>
<p>ある程度ネットに露出してると、自分に好意的な人達の相手をするだけでも、時間は足りないんだよ。いきなり罵倒する人達とか、語りあえばわかりあえる可能性もあるし、スルーしてる人達よりはそれに近いんだろうけど、そんな暇なんてない。面倒臭いからブロックしちゃう。そう考えれば、レトリックの類であっても、</p>
<h5>いきなりの罵倒</h5>
<p>はしない方がいいってことがわかると思う。まぁ、罵倒に罵倒が返って来ても嬉しいって人はいるだろうけど、それは運がいい方だ。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>政治とビジネスは似て非なるもの</title>
		<link>http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/3503</link>
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		<pubDate>Mon, 30 Jan 2012 06:35:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑感]]></category>
		<category><![CDATA[政治]]></category>

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		<description><![CDATA[話題のエントリっぽい。 橋下市長に「ついてゆけない」ひとたち。 基本的に正しいと思うんだけど、橋下氏も件のエントリの人も、致命的な間違いをしている。それは表題のこと。 政治にビジネス的なセンスを持ち込むのは良いことだと思 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>話題のエントリっぽい。</p>
<p><a href="http://d.hatena.ne.jp/syocyo/20120128/1327765979">橋下市長に「ついてゆけない」ひとたち。</a></p>
<p>基本的に正しいと思うんだけど、橋下氏も件のエントリの人も、致命的な間違いをしている。それは表題のこと。<br />
<span id="more-3503"></span></p>
<p>政治にビジネス的なセンスを持ち込むのは良いことだと思う。てか、そういったセンスは悪いことではない。石原都知事はあまり好きではないけれど、氏のビジネス的なセンスは悪くない。他の首長も見習うべきだ。</p>
<p>でも、せいぜいそこまでだと思う。なぜなら、政治とビジネスには、根本的な違いがあるからだ。</p>
<p>gdgdいろんなところを省けば、ビジネスの世界では「ついて行けない」奴はクビにすりゃいい。別にクビにしなくても、自分が「ついて行けない」と判断したら、気の効いた奴なら自分で辞めるだろう。それは「脱落」でも「卒業」でもいい。そこで働くことに価値がないと、自他共に認めれば、</p>
<h5>消える</h5>
<p>ということが可能だ。つまり、お互いに選択の自由があり、その「自由」を行使するハードルは、そんなには高くない。</p>
<p>でも、「社会」でそれは出来ない。「ついて行けない」からと言って、「お前死ね」ってのも無理だし、「引っ越せ」も容易ではないことが多い。そもそも、たいていの「ついて行けない」人達は、そんなに強くない。だから、基本的に「少数を切り捨てる」ってことは出来ないのだ。</p>
<p>橋下氏に「ついて行けない」とか思う人達、そういった人達を擁護する人達の何割かは、そういったことに気がついている人達だろう。「保証」だとか「担保」だとかを求めるのも、そういったことなんだろう。</p>
<p>もちろんなんつーか「面倒臭い少数派」ってのは確実にいて、下手にそういったのがいると無駄に自治体のコストがかかるってのも確か。だから、そういったのを無視したいってのは良くわかるし、無視した方がいい局面はあると思う。外野にいると、「ハシズム」なんて言葉に説得力があったりするけど、おそらく大阪の人達はそういったものが必要だと思ってるから、ああなってるんだろうと思う。</p>
<p>でもそこで必要なのは、そーゆー「面倒臭い少数派」を単に切り捨てるのではなくて、</p>
<h5>黙らせる</h5>
<p>ことなのではないかな。ビジネスと同じセンスで単に切り捨てるんじゃなくて、少なくとも客観的には「文句言えない」ようにする。まぁ、それでも文句言う奴は言うんだろうけど、やることやってりゃ切り捨てても周囲が黙らせてくれる。</p>
<p>そういったのが見えて来ないから、「ついて行けない」って人達がヒステリックに騒ぐ根拠になっちゃうんじゃないかしらん。何事も「飴と鞭」は必要で、その「飴」も「ビジョン」みたいな大袈裟なものじゃなくって、もっとわかりやすくすること。ファシズムの代表みたいに言われるていつも悪者にされてる<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%BC">ヒトラー</a>は、たいそうな「ビジョン」だけじゃなくて、もっと市民が喜びそうな「飴」も用意してたよ(<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%971">フォルクスワーゲン</a>とか<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3">アウトバーン</a>)。「ビジョン」に誇りがあるなら、そういった足元も大事でしょう。</p>
<h4>PS.</h4>
<p>ありむーが「切り捨てる側にいるつもりか。おめでてーな」と言ってたけど、「切り捨てる」ってのは油断してると自分が切り捨てられる側になる&#8230; ってのは、古今の諸々が証明してるのだよ。「自由の制限」について、よく<a href="http://www.syuppan.net/kyoto/s2-kan-07.htm">マルチン・ニーメラーの言葉</a>が引用されるのだけど、こういった「切り捨て」も同じようなもんだ。</p>
<p>また、効率ってのは、限りなく追求されて行く。「下位1割」を切り捨てると決断された時、もっと効率を上げるにはその切り捨てが完了した時に残りの9割のうちの「下位1割」を切り捨てるだろう。そして、さらに効率を求めて&#8230; と言えば、別にエントリで書くつもりでうろ覚えだったのを探して来た小噺で、</p>
<blockquote><p>昔・・・。お江戸に主人と女房、番頭と手代、丁稚を使う米問屋があったそうな。<br />
ところがその主人が吝嗇で、丁稚の飯代がもったいなくてしかたがない。<br />
そこで、丁稚を首にしてみたが、仕事はなんとかなる。<br />
今度は手代の給金がもったいなくなる。<br />
そこで、手代を首にしてみたが、仕事はなんとかなる。<br />
今度は番頭の給金がもったいなくなる。<br />
そこで、番頭を首にしてみたが、仕事はなんとかなる。<br />
今度は女房にかかる金がもったいなくなる。<br />
そこで、女房を離縁してみたが、仕事はなんとかなる。<br />
今度は自分の飯代がもったいなくて仕方がない。<br />
そこで、首を吊って死んでしまった。
</p></blockquote>
<p>ってぇのがある(テキストは「<a href="http://www2u.biglobe.ne.jp/~muuminn/03048.html">人生に起きる事象の９割は致命的ではない</a>」から)。「効率の追求」ってのはつまりこんなことで。それに、現代のビジネス界って、その結果みんながワープアになってると言えなくもない。</p>
<p><a href="http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20120130/204151/">安ければいいと誰が言う</a></p>
<p>それは「政治」が求めるべきものとは違うはず。</p>
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		<item>
		<title>「安全」だから「安心」ということはない</title>
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		<pubDate>Wed, 18 Jan 2012 07:18:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑感]]></category>

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		<description><![CDATA[低線量の放射線を怖がる人達がいる。まぁ、一々ソースを引き出して来るまでもなかろう。ネットのそこらじゅうにいるんだから。 片や、そんなに心配するもんじゃないと説明する人達もいる。 影響がはっきりわからないものを、はっきり安 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>低線量の放射線を怖がる人達がいる。まぁ、一々ソースを引き出して来るまでもなかろう。ネットのそこらじゅうにいるんだから。</p>
<p>片や、そんなに心配するもんじゃないと説明する人達もいる。</p>
<p><a href="http://radi-info.com/q-1272/">影響がはっきりわからないものを、はっきり安全とか言わないでください</a></p>
<p>真摯に説明してるようだけど、多分永遠に平行線だ。<br />
<span id="more-3483"></span></p>
<p>回答者の答えが正しいかどうか、どの程度信憑性があるか。それについてはどうでもいい。いや、「正しいものは正しい」と思っている人達にとっては、正しいのかも知れないけど、それはここでは触れない。</p>
<p>問題は、質問者(クレーマ？)と回答者の意識に根本的なズレがあることだ。</p>
<p>回答者は限りなく正しい答えをしようと心掛けているようだ。それ自体は悪くない。でも、ここではそれは間違いだ。いや、間違いってこともないんだけど、それでは不足なのだ。</p>
<p>質問者は「安心」を求めている。ところが、回答者は「安全」を答えているに過ぎない。</p>
<p>幅15cmの線の上だけ歩けと言われてと言われたら、まぁたいてい誰でも出来る。じゃあ、同じ幅の塀の上が歩けるかと言われれば、それはなかなか難しい。</p>
<p>耐荷重1tのロープが800kgの石を吊り下げていたとしよう。その下で心穏かにいることは容易ではない。</p>
<p>東京タワーの展望台にある、床がガラスの部分。あそこに立つとチョー怖い。</p>
<p>どれも「安全」ベースで見れば安全だろう。怖がることは愚かに見えるかも知れない。でも、「安心」出来るかと言えばそうではない。「もしかしたら」とかちょっとでも思ったら、もう怖くてしょうがない。ましてや、とんでもなくワーストケースであっても、「もしかしたら」が現実に起きてしまっているとしたら、もうダメだ。</p>
<h5>「安心」を求めている人に「安全」を説いても意味はない。</h5>
<p>中にはそれで安心出来る人もいるだろうけど、それは全てではない。「安心」を求めている人には、「安心」を与えなければならない。</p>
<p>システムを運用してる時にバグでえらい目にあった客が、「もうバグはありませんよね？」と聞いて来ることがよくある。技術者にしてみれば、「バグのないソフトウェアは存在しない」のが常識だから、「いや、まだあると思います」と、つい答えてしまう。まぁ実際私もそうだった。でも、それは顧客の求めている答えではない。最適な答は状況次第で変わるので何とも言えないけれど、顧客の求めているものは「安心」であって、ソフトウェアの品質管理上の真理ではない。</p>
<p>我々は、つい「不安」に対して「安全」を説いてしまうし、「理論的には」みたいな言葉を使いがちだ。でも、「不安」ってのは「安全」で払拭されるとは限らない。むしろ、</p>
<h5>大丈夫だよ。僕がついてる</h5>
<p>的な(根拠のない)言葉の方が、よっぽど意味がある。そこを間違えてると、いつまでたっても平行線になる。よく「理系はモテない」とか言われているのも、だいたいその辺に理由があったりする。</p>
<h4>PS.</h4>
<p><a href="http://sankei.jp.msn.com/life/news/120118/trd12011811500005-n1.htm">「お化けや幽霊見える」　心の傷深い被災者　宗教界が相談室</a></p>
<blockquote><p>
(幽霊が)いる、いないは別にして見ているのは事実。
</p></blockquote>
<p>こういったセンスが大事なんだよ。いるかいないか、そんなことと関係なく「見て」いる事実を肯定して、「じゃあどうするか」って話。「いるわけない」と言っても何の解決にもならない。</p>
<p>宗教よく知らん人のために蛇足つけるけど、仏教もキリスト教も、基本的には幽霊が出ることは肯定してない。「出る」とかゆー坊主は商売で言ってる。お寺でもらう冊子にそう書いてあったｗ だから、「いない」って言っちゃえば「安全」は提供出来るんだよ。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>昔からそうだし、そうあるべきだよ</title>
		<link>http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/3447</link>
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		<pubDate>Thu, 29 Dec 2011 05:24:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑感]]></category>
		<category><![CDATA[記事]]></category>

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		<description><![CDATA[多分twitterあたりから回って来た記事。 ジンガもフェイスブックも──腐敗する有望IPO企業 これ自体は「あー、そうなのねー、大変だねー」って話でしかないのだけど、最後にある 新興企業がまるで金融商品の一種のように見 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>多分twitterあたりから回って来た記事。</p>
<p><a href="http://www.newsweekjapan.jp/column/takiguchi/2011/11/ipo.php">ジンガもフェイスブックも──腐敗する有望IPO企業</a></p>
<p>これ自体は「あー、そうなのねー、大変だねー」って話でしかないのだけど、最後にある</p>
<blockquote><p>
新興企業がまるで金融商品の一種のように見えることがある。
</p></blockquote>
<p>ってのにちょっとひっかかった。それは昔からそうだし、これからもそうだろうと思うから。<br />
<span id="more-3447"></span></p>
<p>なんだかんだ言っても、世の中お金です。</p>
<p><a href="http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20111219/225362/">1に資金繰り、2も3も資金繰り<br />
毎日そのことばかり考えるのが経営者</a></p>
<p>「いや、金なんかでは」とか言う人も少なくないけど、それは君がお金に苦労したことがないからだ。どんな綺麗事も、金の前には無力だ。金より強いものがあるとしたら、、それは自分の内側にしかない。ただ、それを外に出すにはやっぱり金がいる。</p>
<p>経営者はそれを前提に動く。「ベンチャーは志だ」とか綺麗事を言ったって、金がなければ何も出来ない。小さければ小さいなりに、大きければ大きいなりに、金には苦労するものだ。そして、ある程度より大きな金になると、自分の力ではどうしようもなくなる。そこで他人様のふところを頼る。</p>
<p>「他人様のふところ」となると、これは元々は自分の金じゃない。いくらベンチャーへの「投資」は「資産を投げ出す」と書くもんだと言っても、出す側としては損のないように、得の多いようにするのが当然だ。出してもらう方も出す方も、それは暗黙の了解事項でなければならない。金出す方はそれを考えないといけない。市場金利よりも安いリターンとかしか約束出来ないのであれば、出資してもらうことは諦めるしかない。</p>
<p>この事実は「世の中が金」である限り、動かすことは出来ない。だから、</p>
<blockquote><p>
新興企業がまるで金融商品の一種のように見えることがある。
</p></blockquote>
<p>と言うのは全くその通りで、逆に言えばベンチャー経営者たるもの、</p>
<h5>優良な金融商品</h5>
<p>になることを意識しなきゃいけないし、そういった絵が描けない限りは「他人の金」を頼ってはいけない。「自己実現」だの「社会的使命感」だのというのは、「自分の金」とか「志を同じくする人の金」でやらなきゃいけないものなのだ。</p>
<p>といった腹の括り方をしないと、会社なんてやれないよ。だから、「新興企業がまるで金融商品の一種のように見えることがある」なんてことを言う人は、この世界にはお呼びじゃないんだ。</p>
<p>まぁだからと言って、件の記事に書かれているようなことが肯定されるわけではないのだけどね。約束は約束。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「スキャン代行業者提訴」って誰得？</title>
		<link>http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/3445</link>
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		<pubDate>Wed, 21 Dec 2011 08:27:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑感]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/?p=3445</guid>
		<description><![CDATA[スキャン代行業者提訴とかあったそうな。 スキャン代行業者提訴で作家7名はかく語りき 文系書籍の人達はいいなぁと思いつつ、いろいろ批判はあるだろうけど、それはしないでおく。 でも、この手の話が出て来る度に「誰得？」という疑 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>スキャン代行業者提訴とかあったそうな。</p>
<p><a href="http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1112/21/news044.html">スキャン代行業者提訴で作家7名はかく語りき</a></p>
<p>文系書籍の人達はいいなぁと思いつつ、いろいろ批判はあるだろうけど、それはしないでおく。</p>
<p>でも、この手の話が出て来る度に「誰得？」という疑問が起きる。<br />
<span id="more-3445"></span></p>
<p>私は紙の本はとっておく方で、またかつては大量に本を買っていた。東京に来てからは抑え気味にしているのだけど、引越しとかする時に一番重い荷物は本だ。ちょっと前までは、その置き場のために倉庫借りてた。</p>
<p><a href="http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/2398">キュラーズの遅延管理料は合法か？</a></p>
<p>まだ私は「物は大事にしなさい」と言われて育った世代だから、「自炊」して本を捨てるとか、自炊のために背表紙を切るとか出来ないので、当分紙の本とは付き合うことになるだろう。これから電子で出るものは電子にするんだろうけど、古い本までそうしようとは思わない。</p>
<p>そんなことがあるので、別に「スキャン代行業者」を頼みたいとは思わないのだけど、古い本についてスキャンしたいなとゆー欲求がないわけじゃない。さらに言えば、</p>
<h5>スキャンして共有</h5>
<p>とゆー、著作権法違反になることさえしたいと思っているものがある。</p>
<p>それは何かと言えば、</p>
<h5>古い専門書</h5>
<p>だ。昭和の時代のもうとっくに絶版になっている、古い専門書が山盛りあるのだが、その中には現代の人が読む価値があるものも少なくない。理論書や数学書は今だって価値があるだろう。でも、絶版となって入手出来ないのはもったいない。名著でさえ、売れなきゃ絶版だ。</p>
<p>また、電子系の古い雑誌、古い時代の「無線と實驗」とか「CQ ham radio」とか、広告も含めて面白いものだと思う。「真空管時代の先端技術」も「ラヂオ街だった時代の秋葉原」も出ている。1970年くらいまでを目安にして、結構コレクションしてるのだ。古い「無線と實驗」には、「<a href="http://www.ojisan.jp/">森本おじさん</a>」の学生時代のインタビュー記事とかあるよ。</p>
<p>ところが、極端に古いものを除けば、こういったものも「スキャンして共有」は著作権法違反であることは間違いない。でも共有はしないまでもスキャンはしておきたい。ページめくるのだって怖い本があるんだから。</p>
<p>こういった「古本」はオークションとかAmazonマーケットプレイスとかでは、結構いい値段で取引されている(「無線と實驗」が2000円とか)。そんなに古いものでもない、私の昔書いた程度の本でも、時々「その値段なら俺の持ってる分売るよ」と言いたいような値段になっていることがある。</p>
<p>それはそれで結構なことだと思うのだが、古本が高値で取引されたところで、著者も出版社も1円にもならない。でも、良心的な読者は著作権を遵守して、コピーを配ったりしないし、ましてや自炊したものを共有したりもしない。お陰で「貴重な古本」は値崩れしないで、古本屋は商売が成り立つ。「内容が読めれば満足」な人であっても、「骨董的価値」に金を払うハメになる。</p>
<p>「スキャン代行」とかも実は同じようなもので、既に持っている本を自炊したい人が使うものだから、してもしなくても著者も出版社も1円も損も得もしない。古本はいろんな人に消費されて販売機会を失なうものだったり、妙に高い値段になってて悔しい思いをしたりするけど、「スキャン代行」にはそれもない。まぁ、裁断後の本を売るとか、スキャンしたデータを販売するとかされたら、そりゃー困ることではあるけど、それはそれで取締ればいいだけのこと。単にスキャンを他人にやってもらうことに損も得もない。もちろん業者が儲かるんだから、古本屋が儲かるのと同じくらい悔しいことだろうけど。</p>
<p>それとも、スキャンされると電子書籍が売れる機会を失なうと言いたいのだろうか？ 個人的にはハードカバーで買った本が文庫が出ようが電子が出ようが、あらためて買うなんてことは絶対にない。そんな金があったら、別の新しい本を買う。と言えば、いつぞやの「百度」が自炊を共有しちゃってるのがきっかけで、「聖☆おにいさん」は紙で買ったよ。スキャンなんてその程度の価値だ。オリジナルに近いものを持つことに価値があるのだ。</p>
<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&#038;bc1=000000&#038;IS2=1&#038;bg1=FFFFFF&#038;fc1=000000&#038;lc1=0000FF&#038;t=ussn-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as4&#038;m=amazon&#038;f=ifr&#038;ref=ss_til&#038;asins=406387026X" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
<p>また、自炊したものが仮に手元にあって、それの電子版が出れば、必要を感じれば買うだろう。画像で取り込まれたものより、テキストの方が扱いやすい。</p>
<p>つまり、どこまで行っても</p>
<h5>「自炊」は代用品</h5>
<p>でしかないし、その代行業者に制限をかけたところで、本が売れるようになるわけじゃない。制限をなくしても、電子本が売れなくなるわけでもない。「代用品」が世の中の主流になるとも思えない。</p>
<p>「古本」も「自炊代行」も結局同じことで、印税とか出版社の報酬とか入手とかの仕組みを変えない限り、「正直者が馬鹿を見る」どころか、「正直者のせいで商売上手が儲かる」という図は変わらない。</p>
<p>そういったことって、多分賢明な作家の方々もわかってると思う。それでもあれだけ頭の悪い反対論をブチ上げたりするのは、きっと誰かに</p>
<h5>反対させられている</h5>
<p>のではないかなぁ。それは誰かと言えば&#8230; おや？ 誰か来たようなので。</p>
<h4>PS.</h4>
<p>なんか自炊した人の「良識」の問題だって言いたい人がいるようなんだが、そういった問題じゃないよ。音楽をMP3で流すのも同じだけど、「自炊」されたものってのはオリジナルで配布したものよりも、明らかに品質が低い。</p>
<p>昔々、「UNIXプログラミング環境」が絶版になってた頃、どうしても手元に置いて読みたかったのだけど、その当時は手に入らなかった。たまたま先輩が持っていたので、<strong>全ページコピー</strong>して読んだものだった。</p>
<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&#038;bc1=000000&#038;IS2=1&#038;bg1=FFFFFF&#038;fc1=000000&#038;lc1=0000FF&#038;t=ussn-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as4&#038;m=amazon&#038;f=ifr&#038;ref=ss_til&#038;asins=4871483517" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
<p>でもまぁ、結局コピーはコピー。入手可能になったらちゃんと買った。それは私に良識があったからではなくて、「コピーの本」なんてのは読むのにも面倒臭いし、これくらい厚い本だと置き場にも困るし運ぶのも面倒臭いからだ。</p>
<p>じゃあそのコピーしたのはどうしたかって？ 裏紙で使うだけだよ。誰かにあげたらそいつは喜んだかも知れないけれど、私は根がケチだから</p>
<h5>なんで俺が手間かけてコピーしたものを、<br />
タダで他人にやらんといかんの？</h5>
<p>って思ってたし。クレクレ厨視点だと、むしろ「良識」ないかもねｗ</p>
<p>そんな奴がなんでFLOSSをやるかって？ それはまた別の理由があるからさ。</p>
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		<title>「わからない」は自慢にならないよ</title>
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		<pubDate>Thu, 15 Dec 2011 08:00:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[お言葉]]></category>
		<category><![CDATA[雑感]]></category>

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		<description><![CDATA[毎度書いてるような気がするんだけど。 今回はござさんのエントリへの反応から。 人月商売が悪だと思っている、イノセントなあなたへ 内容そのものはいろいろ思う人もいるだろうけど、今回はその辺はどうでもいい。ただまぁ、ブコメが [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>毎度書いてるような気がするんだけど。</p>
<p>今回はござさんのエントリへの反応から。</p>
<p><a href="http://d.hatena.ne.jp/gothedistance/20111212/1323676223">人月商売が悪だと思っている、イノセントなあなたへ</a></p>
<p>内容そのものはいろいろ思う人もいるだろうけど、今回はその辺はどうでもいい。ただまぁ、ブコメが酷い。disや反論の類なら、「それも一つの意見」だから価値もあるのだけど、「何を言いたいのかよくわからない」的なブコメが痛々しい。<br />
<span id="more-3430"></span></p>
<p>ござさんの文章が上手いかどうかは、主観なんでこれもどうでもいい。難解かどうかもどうでもいい。問題はその文章を読んで、「何が言いたいのかよくわからない」的なブコメを書いてしまうことだ。</p>
<p>難解だとか読みにくいとか思えば、読む努力をすればいい。その努力のわりに実りを感じないのであれば、スルーしておけばいい。世の中に良い文章、わかりやすい文章、自分の好きな文章なんてのはあふれている。</p>
<p><a href="http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/3027">言い方が不快な人の言葉は聞かなくていい</a></p>
<p>自分がいいなと思う文章だけ読んでいたって、自分の人生は短過ぎるはずだ。</p>
<p>とは言え、読むというのであれば、</p>
<h5>ちゃんと読め</h5>
<p>いい加減な読み方をして、「何が言いたいのかよくわからない」なんてのは、単なる馬鹿自慢でしかない。他人の著作物を読んで「よくわからない」と言って良いのは、「わからない」という言葉で対象を否定的に言う程度に見識のある人だけで、高々ブコメでgdgd言うような奴等が言ってしまえば、単なる</p>
<h5><a href="http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/1098">馬鹿自慢</a></h5>
<p>にしかならない。書いてる奴は「上から目線」の「評論家」か何かのつもりなんだろうけど、傍から見れば痛々しくさえある。「わからない」なんて言っていいのは、これから何かを教えてもらおうという立場の人(つまりわからない自覚のある人)と、「観客」に見識が「上」だと思われている人が否定的に使う時だけだ。まぁ本当に「偉い評論家先生」であっても、「観客」がそれを理解してなきゃやっぱり馬鹿自慢に見えるので、あんまり使うもんじゃないだろうと思うけど。</p>
<p>本当にわからないんであれば、「後で読む」とかにしてゆっくり読み返してみればいいだけなので、ブコメに「わけがわからない」とか書かない方がいいと思う。</p>
<p>まぁ書く側はわかりやすい文章にする努力をするべきだけど、「らいたー」や「あるふぁぶろがー」は日頃そう心掛けているものだ。それなりの人達が書いた文章が難解なのは、難解にする理由があるか、自分の読解力が不足していると思っておいていい。</p>
<p>そう言えば、作文としてはあまり褒められたことじゃないようだけど、読みにくい文章の方が、読む努力をする分内容は通じるらしいよ。ついでに言えば、「お願い」する時は騒音の中の方がいいらしい。「理解」は目や耳じゃなくて、「脳」がするもんだからね。</p>
<h4>PS.</h4>
<p>さっき他の人のエントリのコメント見て気がついたんだけど、エントリを書いた人は一々「わかりにくくてすいません」とか謝る必要はないよ。もちろん誤解されないような文章に心掛ける必要はあるんだけど、原稿料や購読料をもらってもいないブログのエントリまで、そんなに気をつかう必要はない。「お客様は神様」ですら、いい加減にしろと言われてるご時世に、客でもない人達に気をつかうことはない。下手な文章だったら読まれない、難解過ぎても読まれない、誤解されても嬉しくない。単にそれだけで、それをどう取るかは書いた人の問題。「わかりにくい」と言われるのが嫌なら、文章の訓練をするべきだけどね。</p>
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		<title>青プリン氏の処分がもにょもにょする件</title>
		<link>http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/3427</link>
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		<pubDate>Fri, 09 Dec 2011 06:44:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[ネット]]></category>
		<category><![CDATA[雑感]]></category>

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		<description><![CDATA[青プリンこと早川氏が訓告処分を受けたらしい。 青プリン（早川由紀夫氏）訓告問題に対する侃々諤々 青プリン氏も1ミリも同意するところはないし、意見に賛成出来ないし、出来ることであっても「もっと言い方考えろよ」と思うことばか [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>青プリンこと早川氏が訓告処分を受けたらしい。</p>
<p><a href="http://togetter.com/li/224492">青プリン（早川由紀夫氏）訓告問題に対する侃々諤々</a></p>
<p>青プリン氏も1ミリも同意するところはないし、意見に賛成出来ないし、出来ることであっても「もっと言い方考えろよ」と思うことばかりなので、正直</p>
<h5>ざまｗｗｗｗ</h5>
<p>とか思うのだけど、<a href="http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/3327">「海外ニート氏」のblog閉鎖</a>以上にもにょもにょする。<br />
<span id="more-3427"></span></p>
<p>「言論の自由の保証をせよ」ということについては、<a href="http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/3327">海外ニート氏の時に書いた</a>んで、繰り返すつもりもない。あのエントリの「海外ニート」の部分をそっくり「青プリン」と書き換えて読めばそれでいい。</p>
<p>ところが、それ以上に青プリン氏のはもにょもにょする。</p>
<p>青プリン氏をこうやって黙らせたことが、彼を黙らせたかった人達の「勝利」なのかということだ。</p>
<p>正直私は黙らせたかった一人ではあるのだけど、こういった形で彼が黙らされたことによっての「勝利感」というものは全くない。いや、むしろ</p>
<h5>雨天コールド</h5>
<p>みたいな残尿感がある。勝った負けたとゆーことそれ自体が目標で、勝てれば何でもいいと思う人達は嬉しいのだろうけど、私はそっちはどうでもいい。だからなんだろうと思うのだが、すっきりしない。陰謀論的なものが負けそうになった時に「黙らされた」なんて、絶好の言い訳だろう。</p>
<p>だいたいこの手の「勝負」なんてのは、勝った負けたそれ自体よりも、「どっちが正当性があるか」ということ、あるいはその支持者の数とか質いったことに意味がある。だから、誰か一人に「あんた負け」とか言われても負けじゃないし、騙された人々が大勢マンセーしたところで勝ちでもない。むしろ、そういった「勝負」を公開の場でやって、それぞれが納得するということの方に価値がある。</p>
<p>どうせ青プリン氏は自説を曲げないだろうし、あの言い方を変えるとは思えない。だから、説き伏せる類のことに意味はない。勝手に「負けました。もういいです」と言われても、意味はない。</p>
<p>逆の人達だって同じだろう。青プリン氏の言うことを納得する人達は最初から反対側には立たないだろうし、生理的に気に食わん人達が好きになったりするとも思えない。</p>
<p>では一連の議論、水掛け論の平行線に意味はないかと言えば、「観客」は意味を見い出すことが出来る。そこには山と積まれた「他山の石」があるわけだし、「本当かよ」とつっこみたくなることもたくさんある。あるいはこの文章のようにネタにしてしまうという使い方だってある。これでブロックの仕方を覚えた人もいるだろう。当然、どっちの言い分が正しいか自分で検証してみる機会も与えられるわけで、こういった「くだらない口論」であっても、公開の場で行われることには意味がある。つまり、こういった「くだらない口論」であっても、</p>
<h5>納得のためのプロセス</h5>
<p>なのだ。</p>
<p>それとは別にこういったものは、もっと「ドライ」に対処するべきだと思う。</p>
<p>彼の言っていることが間違っていると思う？ それは議論の一部なんだから、本人に@すればいい。</p>
<p>彼を気にいらない？ それは個人の趣味だ。だったら、それは本人に@すればいい。</p>
<p>彼の言っていることに誤りがあってそれで被害を受けた？ だったら、彼を訴えればいい。あるいはその人達を支援すればいい。</p>
<p>彼を殺したくなった？ それなら殺したくなった奴が殺しに行け。</p>
<p>つまりはそーゆーことで、「問題」があれば「当事者」がその内容と目指すところに応じたことをすればいいだけだ。それを「大学」あたりに「圧力」をかけて「黙らせる」というのは、問題解決の方法として間違っているだけじゃなくて、そもそも解決にならない。</p>
<p>「一騎打ち」の勝負を火縄銃で終わらせてしまえば、「剣ではこっちが上だった」とか言い続けることを許しかねないのだ。</p>
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		<title>「自転車総合対策」の無茶</title>
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		<pubDate>Mon, 21 Nov 2011 16:57:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑感]]></category>
		<category><![CDATA[制度]]></category>
		<category><![CDATA[愚痴]]></category>
		<category><![CDATA[上から目線]]></category>

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		<description><![CDATA[都心の自転車は嫌いだ。 横を通過する自転車がいたら、足でも傘でもひっかけて倒してやろうかと思うくらい嫌いだ。なんでこのクソ狭い歩道を我が物顔で走れるのか、しかも空いている田舎の歩道じゃなくて、都心の歩道を走るとゆー神経が [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>都心の自転車は嫌いだ。</p>
<p>横を通過する自転車がいたら、足でも傘でもひっかけて倒してやろうかと思うくらい嫌いだ。なんでこのクソ狭い歩道を我が物顔で走れるのか、しかも空いている田舎の歩道じゃなくて、都心の歩道を走るとゆー神経がわからん。</p>
<p>とゆーところで、</p>
<p><a href="http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/111025/dst11102523210018-n1.htm">幅３メートル未満の歩道、自転車通行原則ダメ　警察庁規制強化</a></p>
<p>ってのがこないだ出たんだが、双手を上げて賛成&#8230; なわけない。<br />
<span id="more-3419"></span></p>
<p>冒頭に書いてるように、都心の歩道を自転車で走る奴の気が知れないし、見つけ次第引き倒してやろうかというくらい腹が立つ。もちろん自転車乗ってる奴の言い分もわからないではないが、何も都心で乗ることはなかろう。いや、別に乗るのは我慢してやろう(上から目線で)。でも、狭い歩道を自転車で走るな。せめて押せ。いや狭い歩道なんだから、その自転車自体が邪魔だ。歩道に来るな。</p>
<p>車で走ってると、車道の自転車がうっとおしい。とゆーか怖い。きっと相手も怖いんだろうが、自転車は見えにくい上にチョロチョロと進路変更をする。いきなり車線に出て来られて轢いたらどうするんだよ。車に傷つくじゃん。</p>
<p>「じゃー、自転車は車道も歩道も走れないじゃん」と思うだろうが、要するにそうだ。大変気の毒だが、</p>
<h5>都心は自転車が走る環境じゃない</h5>
<p>都心には自転車の走るスペースはない。自転車は乗り入れないのが正しい。異論は認めない。</p>
<p>とゆーくらい都心の自転車は不愉快なんだが、乗ってる奴には乗ってる奴の理由があるだろうし、車で走るよりはずっと環境に良かろう。個人的には↑のようなことを腹の中で思ってるものだから、きっと他人もそうだろうと思って遠慮してるんだけど、もし乗れる環境があるなら、都心の自転車はいいと思う。だが、残念なことに都心は自転車が走る環境ではない。だから、出来るだけ避けて欲しいとか思ってる。</p>
<p>そういった中で、件の対策。一番大きいところは「狭い歩道は自転車に乗るな」ということらしい。歩行者の立場からすると全く素晴しい&#8230; とは1ミリも思えないのだ。</p>
<p>そもそも、幅の広い歩道はなぜあるかと言えば、</p>
<h5>その広さが必要</h5>
<p>だからだ。そして、「歩道」であるからには、人間の交通量がそれだけ必要な程あるということだ。だから、無駄に広いわけではない(そんなところもあるけど)。だから、自転車の走る余地なんて、結局ない。</p>
<p>また、ある程度幅の広い歩道は、なぜだか物置になっていたり、非公式自転車置き場になっていたりする。うちの近所で言えば、<a href="http://www.takeya.co.jp/">多慶屋</a>の前あたりはかなり幅の広い歩道なんだが、ここは完全に非公式自転車置き場と多慶屋の商品スペースになっている。そして、残るスペースは特定老人施設だ。歩くのすら容易ではない。</p>
<p>そんなわけで、「歩道の幅」をベースに規制をしたところで、現実的な解決にはならない。広いところは広いところなりに、乗られては困る事情があるのだ。</p>
<p>ということもあるのだけど、自転車を乗る立場になってみても、これは大変困る規制だろうと思う。なぜなら、「歩道の幅」をベースに規制されると、</p>
<h5>どこが良くてどこが悪いかわからない</h5>
<p>からである。</p>
<p>普段走っている道であれば、まぁわかるだろう。また、しばらくすればそれなりの標識が立つだろう。だから、「規制」としては意味があるのかも知れない。しかし、よく知らないところを走ろうと思った時、そこの歩道が通行可能かどうかは、行ってみなければわからない。そして、そこに行ってもしダメだということがわかれば、迂回するなり車道を走るなりしなきゃいけない。つまり、良く知らない道だと、所要時間の見積りが出来ないということになる。これはかなり厳しい話だと思う。</p>
<p>一般論として、道の幅は交通量に合わせてあると言っても、必ずしもそうじゃない。「あら、こんなところに広い歩道が」という時は、自転車は快適に走れるだろうし、別に歩行者がイラっとすること危険なことも少ない。そういった「拾いもの」な道は、別に自転車を走らせてやって構わない(まだ上から目線)。それに多少狭い道であっても、交通量が少なければ共存可能だろう。そういったことも一律に「3m以上」とか言われると無理だということになってしまう。それはそれでもったいない(*1)。</p>
<p>そんなことを考えると、件の規制はますます自転車と歩行者と自動車の関係を悪くする方向だとしか思えない。思考停止的に自転車を車道に追い出し、歩道にある本質的な問題は解決されず、自動車にとってはうっとおしいものを増やす。自転車はますますユーティリティを下げる。</p>
<p>個人的には、自転車は一律「駅の○m以内は歩道走行禁止」として欲しいところだ。だいたい歩行者が多いところは駅の近くだし、「駅の近く○m」であれば、実際にそこに行かなくてもわかる。東京は駅を中心に街があるので、ある程度駅から離れてしまえば歩行者の数なんて知れてるところがほとんどなので、自転車が走ろうが馬が走ろうが、あんまり邪魔にならない気がする。それを前提にいろいろ整備してくれれば、そんなに関係を悪くしないで共存出来るように思うのだが。</p>
<p>私の思う方法が正解かどうかは知らないし、実現不可能なことなのかも知れないが、「歩道の幅○m以内は走行禁止」みたいな<a href="http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/2501">頭の悪い規制</a>は、結局規制が増える割に幸せになる人が少ない気がするのだが、どうだろう。</p>
<p>まぁそーゆーイライラのほとんどは多慶屋の前の異常さから来ることで、警察はもうちょっと多慶屋を厳しく指導して欲しいところなんだが。</p>
<h4>PS.</h4>
<p>*1 ちょっと街を外れると歩道は狭いところが多い。となると、自転車は車道を走ることになる。車道を走るのは、自転車も嫌なら車も困る。また、東京の車道は一部の場所を除けば意外に空いているので、車はそれなりの速度で走る。そうすると、自転車も車も、怖い思いをする。「安全」という点では、あまり意味がない。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>成功 = 運 + 実行力</title>
		<link>http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/3398</link>
		<comments>http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/3398#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 08 Nov 2011 07:17:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogochan</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑感]]></category>
		<category><![CDATA[仕事]]></category>

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		<description><![CDATA[楠君に黒歴史を発掘されてしまったのでｗ @ogochan そうでしたね。matzさんが入るなり3週間くらいでMotifとか使わずにビルドできて、普通に日本語もレンダリングできるブラウザがX Window上で動いた時はホン [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/">楠君</a>に黒歴史を発掘されてしまったのでｗ</p>
<p><a href="http://twitter.com/#!/masanork/statuses/133631019575283712">@ogochan そうでしたね。matzさんが入るなり3週間くらいでMotifとか使わずにビルドできて、普通に日本語もレンダリングできるブラウザがX Window上で動いた時はホント驚きました</a></p>
<p>まだ<a href="http://www.netlab.jp/">某社</a>が影も形もない頃、HTMLがまだ3.0になる前、私とmatzはウェブブラウザを作っていた。<br />
<span id="more-3398"></span></p>
<p>まぁ結局諸般の事情で世に出せなかったものだし、いろいろ権利関係もあるし、黒歴史でもあるんでコードは公開出来ないのだけど。</p>
<p>HTML2くらいの頃は、ウェブブラウザはそんなに難しいものじゃなかった。CSSやJavascriptはないし、divもなけりゃtableすらない。今みたいに複雑怪奇なものである必要はなかった。</p>
<p>難しいと言えば、レンダリングについてどうやるべきかが確立してなかったので、そのアルゴリズムも含めて考えなきゃいけないとか、そもそも今で言うCSSプロパティに当たるものに何があるかさえはっきりしてなかったので、要素についてどんなデータを保持しなきゃいけないのかよくわからないとか、そんな混沌とした時代だった。いや、仮にそれがあったにしても、その通りにやることにあまり意味がなかった。規格なんて、あってなきが如しだったし。</p>
<p>とゆーこととか、経緯はさて置き、私はウェブブラウザを書いていた。</p>
<p>でもいかに「そんなに難しいものじゃなかった」とは言え、一人で書くには大変だったので、誰か手伝ってくれないかなーとどこか(もう忘れた)で募集したら、助けてくれたのがmatzだった。その頃は彼のことをよく知らんかったので、「なんか釣れた」「良かった良かった」くらいに思っていた。Rubyは世に出していたようだけど、まだ知る人が少ない時代だ。</p>
<p>実はその前にも助けてもらっていた人がいて、彼も凄く生産性高くて「うへー」と思っていたんだけど、忙しいということで約束のところまでやって抜けていた。</p>
<p>matzが当時暇だったかどうかはよく知らないけど、とにかく凄いハカーで</p>
<p><a href="http://twitter.com/#!/yukihiro_matz/statuses/133644909595996160">@masanork @ogochan でも、作業の大半はすでにおごちゃんが書いてたコードを動くようにしただけだったり。一番手がかかって楽しかったのはスレッドのない環境でアニメーションgifを表示する機能。</a></p>
<p>とか軽く言ってるけど、当時の諸々を考えれば、「SUGEEEEE」としか言いようがない仕事をあっと言う間にやってのけた。前の彼が凄かったので、「あれ以上の奴はそうそういないよなぁ」とか思っていたら、モットスゴイノガイタヨ&#8230;</p>
<p>まーそんな昔話をしてた時に思ったのは、</p>
<p><a href="http://twitter.com/#!/ogochan/statuses/133631604923969537">@masanork 彼のあーゆー面は意外に知られてないんじゃないかなぁ。実はあーゆーことの方をよっぽど評価してるんだけどな。「やっちゃう」って実行力は凄い。</a></p>
<p>ということ。今はもちろんmatzは</p>
<h5>Rubyのパパ</h5>
<p>と知られているし、いろいろ炎上ネタも蒔いたりしてて「屈強」なイメージがあるんだろうけど、実はあーゆー泥臭いこともさっさと片付けてしまう人でもある。</p>
<p>彼の「名声」の大部分は「Rubyのパパ」に起因することに異論はないと思う。「Ruby」という題材がたまたま彼のところにあったとゆー「運」の要素は小さくないだろう。「いや、あれは本人が頑張ったからだ」とか「コミュニティをうまく育てたからだ」とかいろいろ後付けのことは言えるのだけど、「世界の歴史」とかから見れば、「たまたま」この時代に生まれ、「たまたま」あーゆーニッチがあり&#8230; ってことは事実だろう。彼には間違いなく「運」があった。</p>
<p>また、その「運」を形に出来たのは、「あーゆー泥臭いこと」も平気でさっさと出来てしまうとゆー、「実行力」があったからでもある。「言語処理系」なんて、まーマトモに情報系学科の勉強している人であれば誰にでも作れるはずのもので、それを「単なる課題提出」に終わらせるか「世界的に利用者のあるもの」まで育てるかは、まさに「実行力」だ。もちろん、それを支えるものは「能力」であることは言うまでもない。</p>
<p>「運」と「実行力」どちらが欠けていても、あの「成果」は出なかっただろう。「流産」してしまったブラウザは「運」に欠けていたのだろうｗ</p>
<p>長く人間やっていると、「運」とゆーものは案外いっぱい転がっていることがわかる。「あの時あれやっていれば今頃は&#8230;」と、後付けで思うことはいっぱいあるものだ。でも、それはタイミングが悪かったりして、うまく拾い上げることが出来ない。うまく拾い上げた人は「成功」をする。その「拾い上げる」ことが、いろんな意味での「実行力」だ。</p>
<p>不幸にして我々は</p>
<h5>「運」そのものは制御出来ない</h5>
<p>制御可能なのは、「実行力」の部分だけだ。あまりに「俺には運がないなー」と思う人は、運をうまく拾い上げる「実行力」に欠けているのではないかと反省してもいい。逆に「実行力」が十分あると思っていても成功してないと思うのなら、それは「運」のせいだ。非科学的に見えるだろうが、世の中が(数学的な)カオスで複雑である限り、「運」は否定出来ない。</p>
<p>「成功」を感じている人もそうでない人も、このことは覚えておいていいと思う。どっちが欠けていても「成功」はないのだ。</p>
<h4>PS.</h4>
<p>ちょっとだけコードの話をすると、私は「名前」をキャメルケースで書く習慣があった。matzはご存知のようにスネークケースで書く。お互いにそれは譲らなかった結果、どのコードをどっちが書いたか良くわかって良かった。まぁ、お互いのコードを直した時は、お互いの習慣に合わせたりしてたんだけど。</p>
<h4>PS2.</h4>
<p><a href="http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/">楠君</a>との縁も、このプロジェクトだった。彼は高校生だったと思う。いや、不登校高校生と言うべきか。まー、他の関係者ほじくり出すといろいろアレなことになるので、これ以上はｗ</p>
]]></content:encoded>
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	</channel>
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