引っ越しはおおわらわ


 6月中入居の予定が7月に伸び、中旬が海の日にのびました。7月中には何とかという工務店の言葉を信じて8月の終わりからは2週間の外国出張をいれました。イタリアのフィレンツエとスエーデンのストックホルムの2ヶ所を訪問する調査旅行です。スエーデンは工業省を訪問し、ITとR&Dを担当するバックルーンド博士と会談をもつ約束をしています。

 ピーター・メイルのベストセラー、「南仏プロバンスの12ヶ月」の中の一話のように工事は遅れに遅れます。「プロバンス」の中で彼の妻は完成パーティの招待状を職人に出す、という奇策を講じましたが、同じように私の妻は引っ越しの見積もりを取りたいので引っ越し日を決めて欲しいと工務店に打診しました。いまの官舎は日割り精算ですが、15日をこえると一月分の自治会費など余計な出費もかかります。Xデーは8月10日と決まりました。

 ハードカバーの本にも、URLが載ってしまうほどのインターネットな妻は早速ウエッブとタウンページで引っ越し会社を調べ、見積もりを依頼しました。次々に見積もりが届き、実際に人が来て部屋の状態を見回して値踏みします。妻から見せられた見積額は、それぞれ使うトラックと人員などでかなり違います。
「この会社、最初から高くってたくさん値引きしたみたいに見せているけど、他の会社よりまだ高いわ」
2重価格を見抜く妻の分析力もなかなかです。

 そのなかからM社<リンク>を選択しました。知人が使って問題がなかったこと、営業の方の説明が明確であったこと、パンフレットでは床、壁など新居をきれいに養生してあること、価格がリーズナブルであること、保険に加入してあることを考慮して決めました。他社は4トンと2トンの2台を一度に投入する、M社は4トントラック1台を2回使うということでしたので、長年住んでボトルシップ状態になっているオーディオセットやホームシアター設備を後の回に回すことが出来ます。

 梱包は妻がせっせと集めてくれた段ボール箱のおかげで2人でなんとかなりました。50箱の段ボール箱のサービスもあります。妻は計画的に始まったのですが、案の定、私は子供と一緒に眠ってしまったりして、大慌てで実質2日で梱包しました。

 新居の間取り図にアルファベットを振ってそれにあわせて段ボールにもアルファベットと内容物名、「すぐ使う」「易損品」などと書いていきます。すぐに使うものはできるだけ後回しにすれば、引っ越したときに積み上げた箱の上部になるはず、とおもったけれど、結果的にそれほどうまくいきませんでした。トラックの荷室は想像以上に広く、段ボールの出し入れだけでシャッフルされてしまうのでした。

 事前に寝室のエアコンを取り外してくれたので、その晩は階下のガスエアコンのあるリビングで一家で眠りました。

 さて、いよいよ当日です。4トントラックが1台と屈強な若者5人が「おはようございます」といってやって来ました。大学で体育の水泳の集中授業を手伝っていたことのある私にとって頼もしい体躯をしている体育会系のノリはきらいではありません。てぎわよく玄関ドアをラバーバンドで引っ張って開放し、テープで内ドアも固定していきます。

 それ!という感じであっという間に段ボール箱の山が運ばれていきます。壊れ物とはいえ、隆々とした筋肉にささえられて少々粗っぽくは見えましたが、安定して運ばれていきます。アルバイトさんが2人入っているらしく、「オラッ、なにやってんだっ!メシくってんのかっ!このっ!やめちまえっ!」と罵声を浴びせられながら家具を階段から降ろしてきます。引っ越しのバイトはきついが金になる、っていうのが私の学生時代の常識でした。今もそうなのでしょうかね。私は効率最優先の「動いてなんぼ」の引っ越しではこの手の罵声というか、発破というか、はアリだと思っていますが、お客さんによってはこうも連発されると不快に思う人もいるでしょうね。

 半分ほど段ボールや家具が運ばれたところで、
「お客さぁん、これはどうしますか?」
「ああ、こちらは2回目に運ぶんで、あとです。」
私がいうと、
「いつもより長い4トン車なんで1回で運ぶんで、2回目はないんです」
ええっ!?予定が違ってしまったではないですか!私も妻も動揺して慌てて後半の荷造りをしました。そのあいだにも
「これはどうします?」「これは?」
おおわらわです。それでも荷出しは袖机の横の壊れたのを確認させられたぐらいでおしまいです。

 「下ろすほうを見ていただきたいのですが、移動はどうされますか?」
「妻が行っていますが?」
「一人じゃたんないと思うもんで」
「それでは便乗できますか?」
ダメもとで聞いて見ると
「5人で一杯なのでだめです」
やはりだめ。
「ではすぐに自転車でいきます。」
5人の引っ越し部隊は汗だくです。8月10日、一番暑い時期です。水分補給はどうなっているのでしょうか?妻と心配してしまいました。

 玄関に出ると、官舎の棟の階段が壊れていました。トラックはもういません。古くなりつつある官舎は大蔵省関東財務局が管理しています。住人で組織する自治会では出来るだけ壊さないように大切に住んでいます。これはまずいなぁ、と思いました。また玄関を開放したまま、内部の扉も固定したままでした。固定するのに使ったテープなどは使いかけのものがいくつも放置されていました。もうこちらにはこないっていってましたけど???

 自転車をこいで約5キロの道のりで新居です。間に合いました。上がり框を養生して、それから間取りと場所のチェックです。階段と階段上にあるキズを確認してほしいといわれました。そしてその上を養生します。吹き抜けから「おーい、ロール!」身を乗り出して若者が叫びます。ちょっとちゃめっ気のある方がいるのでしょう、階下から投げ上げるマネをしました。吹き抜けには長いペンダントランプが下がっています。流石に投げ上げることはせず、階段を駆け上がっていきます。

 ロールと呼んでいた保護材で階段や吹き抜けの手すり周りなどの通路を養生すると、どっと運びはじめます。次々に荷物が運ばれて行き先の指示を求められます。行き先が一巡するとFは2階のあの部屋だ、と解ってくれて効率良く運び込んでくれます。それにしてもすごい汗です。このままだと脱水で熱中症になっては大変です。妻の提案でペットボトルのお茶を人数分用意しました。

 「10分休憩します」と言われましたがもう昼時です。子供が小さい我が家では定刻に食事を取らさなければなりません。どうやら引っ越し屋さんは食事抜きで作業を終えてしまう計画のようです。ちょっと気がひけましたが私たちは食事をとることにしました。
「見積もりのときお昼どうするとか、話なかったよね?」

 10分後、なんと地べたに座り込んで休憩していたらしく、尻は泥汚れでどろどろの若者たちが作業開始です。「つなぎの替え、もってないもんで。」

 子供たちとコンビニのおべんとうの食事をとりおわったころ、作業終了ということで、問題点はないか、聞かれました。とりあえず、宿舎の玄関の滑り止め破損、と無塗装の飾り丸太についた汚れた左手の跡<画像>を指摘しました。 「階段は壊れかけていたんです」
「丸太は養生してあったんでウチじゃないと思います」

 階段は壊れかけていたから大切に使っていたので、壊したのは認めています<画像>。
 丸太には養生する前に「ロール!」と吹き抜けから声をかけていたときにつけたのです。ちょうど身を乗り出すときの左手の位置です<画像>。ちなみに私とこだわりの家を造っている工務店では、オープンハウスをするときにはスリッパと手袋を来訪者に配るほど細心の注意を払います。職人さん達もよく心得ていて汚れた手の跡などつけるはずもありません。同席してくれた工務店の社員に「落せます?」と聞いたら「できます」とのことでしたので、終わりましたという責任者の筋骨隆々とした青年の差し出す伝票とチェックシートの項目を見て取りあえずサインしました。

 引っ越し業者が引き上げると大問題が。床です。玄関の上がり框からリビングにいたるまでが黒ずんでしまっています。お尻から落したらしいざらざらの泥はそっと取り除きましたが、古い家の中をあるきまわって家具を移動したほこりを吸った靴下のせいです。別稿にまとめたように、我が家は息子のアレルギーのために自然素材にこだわって作ってあるのです。もともとは旧我が家の汚れとはいえ、宮大工の様な棟梁が張ってくれた柾目の無塗装材が足拭きマット代わりになってしまったのです。これはアタマの痛いことになりました。

 もうひとつはエアコンの取り付けです。契約の業者が取り付けてくれたのですが、「エアコン内部に水があったので畳が濡れたんです。」と畳の液染みを説明して帰りました。しかし、いつまでたっても乾きません。エアコンの冷媒だったのです。

 「これが一つこわれちゃった」
と、妻がいいました。見ると結婚記念の1992年の年号入りゴブレットをみせました。
「たくさんあったガラス器の中でたったこれ一個ってことは助かったわ」
妻は言います。
「それに私も梱包してから動かしてるし。」

 ホームシアターの機器類にも汗の跡がポツポツと。出来ればふき取って欲しかったけれど、あの暑さです。これは目をつぶらねばならないでしょう。


 成り行きからも含めて、いくつか問題点が浮かびます。まず、責任者がだれか挨拶がなかったこと。最初から運送の計画変更の説明がなかったこと。また、そのために第二陣用の梱包に時間をとられ、新築の家屋が特別な仕様であることを説明する時間を設けられなかったこと。また、責任者が私にしてみればどうでもいい「死んだ木」である階段の養生のみで、無垢で無塗装の床に価値を見いださず養生しなかったこと。

 さっそく翌日11日、千葉のセンターに電話をしました。丁寧な対応の男性が一通り話を聞いてくれましたが、最後に一言「担当者がもうすぐ出社しますので、そちらに」いっきに力が抜けます。15分後、担当の営業から電話がかかってきました。また同じ話をすると「私では分からないので実際に担当したものに聞いて見ます。」あれれ、責任体制はどうなっているのでしょう?でも、現場の判断でお客さんが希望すれば掃除のためにドアのテーピングや玄関のラバーバンドはそのままにしておくこともあるとの説明をうけました。何にも訊かれなかったけどなぁ。おまけに養生用のテープの使いかけのがごろごろ投げ捨ててあるし。

 その晩夜8時、引っ越し部隊の責任者から電話が有りました。外を走るクルマの音がします。出先での電話はくたびれているでしょうから大変です。3度目になる、おなじ話を噛んで含めるように説明しました。手際良く引っ越ししてもらえて嬉しく思っていることを伝えることがが大前提です。瑕疵責任は4点。旧住居玄関の階段破損、エアコン冷媒による畳の染み、新居無塗装飾り丸太の手の跡、新居の床、特に玄関からリビングに至るまでの黒ずみです。
「...床の件ですが、なんの説明もなかったんで」
「いえ、だれが責任者か挨拶が無かったことと、2便あるはずのトラックの計画変更の説明が最初に無かったので、お伝えする相手も判らず、時間がなかったんですよ」
「尻の汚れはあのときも叱ったんですよ」
「叱ったからといってその場では何も改善しませんよね」
 最初は、否定的あるいはちょっと反抗的な返答でしたが、最後はその通りですね、自分じゃ判断できないんで上司と相談します。といって電話は切れました。それからなにも連絡がありません。私は待っています。汚れがどんどん落ちにくくなるといやだなと思いながら。

 顛末はまた後日


2000.08.15