秋津島はトンボの島

シオカラトンボってどこが塩からに似てるんだい?

 秋津島、日本の古い名前だ。秋津とはトンボのこと。いまでも随分種類は減ってきているが日本では夏から秋にトンボの乱舞を見ることが出来るのは幸せなことだ。

 イトトンボ、ほんとうに糸のごとく細く繊細なトンボである。読んで字の如し、見て納得。

 モノサシトンボ、たしかにスケールのように見える環状の模様がある。言い得て妙。

 ウチワトンボ、しっぽの先がなるほど団扇になっている。

 オハグロトンボ、湿った湿地や川沿いの日陰にハラハラと舞う、ちょっと色気かはかなさを感じる雰囲気のある名だと思う。

 オニヤンマ、たしかに鬼というほど大きい、が、大型のトンボをなぜヤンマと呼ぶのか筆者には判らない。ヤンマガやヤンマー、ヤンママとも異なるもっと雅やかな古語の香りがするのだが、能く舞う、なんてのから来たんだろうか。

 カトリヤンマなんかは食性由来の命名だし、ギンヤンマやコシアキトンボ、ルリボシヤンマはその文様から来ている名前である。ムカシトンボは生きた化石と言われているから、昔、俺がトンボだったころ、という松鶴家千とせ師匠風命名、というわけではない。赤トンボは何々アカネという茜色を名前にしている。

 こうしてみると、トンボの命名は植物に比べると割合と素直に行われている気がする。植物なんて、大きいのはカラス、小さいのはスズメ、役に立たないのはイヌなんて動物から取っている伝統みたいな暗黙の了解がある気がする。カラスウリとスズメウリ、カラスムギにスズメノテッポウ。カスマグサなんてカラスノエンドウとスズメノエンドウの中間サイズだから、カとスの間の草という由来らしい。確かに、ハトノエンドウとかヒバリノエンドウとか中間をとると誤解をされたりもするかもしれない。日本一長い和名、リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシなんて竜宮に居ない乙姫はどこに御外遊中なんだ、乙姫が外出する話なんて聞いたこと無いし、なんで「てんしょういんさまのごゆうひつのおよめにいったさきのおいのまごなんですって」系の命名をするのか良く判らないとツッコミを入れたくなりもする。第一、リュウグウノツカイという魚まで居るじゃないか、筆者の頭の中では魚介類を召使いながら乙姫様はいつも優雅に竜宮にいなくっちゃいけない...おっと脱線。

 トンボの中でもだれでも知っている麦わらトンボのオスのシオカラトンボ、いや、シオカラトンボのメスが麦わらに似ているからムギワラトンボと呼ばれているわけだが、こいつの名前の由来はいったい何なんだろうか?灰色に水色を混ぜたような色の腹の先が黒い、まことによく見かけるトンボである。

 シオカラと言ったら、動物性の、特にその内臓を中心とした加塩発酵(あるいは自己消化)物でである。イカの塩辛は新鮮なイカのワタに強めの塩をして1〜2週間冷蔵庫で水を切ったものに新たに新鮮なイカの身を刻んで漬け込んだものが最高である。漁師流カツオの塩からは鰹の内臓のうち腸と一対ある器官(こいつは漁師も名前を知らなかった)を刻んであら塩を1〜3割加えて一升瓶に入れ、漁船の船室に転がしておくと、漁に出ているうちに勝手にごろごろと転がってひと月もすると労せずして極上の酒盗に仕上がる。好みで材料に鰹の心臓を刻んで入れておくとこりこりとした食感が楽しめる。筆者は心臓入りの酒盗が好きである。魚の珍味には酒を盗ませたり、ご飯を借りに走らせたりまったく罪なものがあるねぇ。
 川魚ではアユは骨が柔らかいので背中越しに筒に切って刺身にするのでアユの刺身はセゴシと呼ばれるが、鮎を内臓を塩からにするとウルカという苦くて美味いものができる。豪快な作り方だと丸ごとの鮎と塩とを瓶に放り込んで棒を突っ込んでぐちゃぐちゃと潰してしまって作るらしい。もっとも、卵巣だけを丁寧に取り出して塩からにした真子(まこ)ウルカは流石に高級品である。
 ちなみに、塩からの絶品といったら猟鳥のキジだとテレビ放映されていたのだが、例外的な陸上動物性の塩からとしてはこんなものもある。太平洋戦争中に南方で軍医をしていた人の自分史を読んでいたところ、「戦友がネズミの塩からを作って『美味いから食え』と勧める」と書いてあったのである。「あ〜あ、こんなに美味いものを」そういって戦友はもう一箸食べた、と書いてあったが故人と成られた軍医殿はとても食する勇気はなかったそうである。
 流石にキジやネズミのはお目にかからないが、サケの腎臓の塩からであるメフン、小さい頃はオタマジャクシ、大きくなるとパイナップルのような我々の祖先原索動物ホヤの塩から、韓国ではキムチに必須のアミエビの塩から、ワタリガニの塩からなど、塩蔵法と発酵法を利用した食品はあまたあるが、シオカラトンボに色つやの似た塩からにはついぞお目にかかったことがない。

 となると、シオカラトンボの名前の由来は...勘の良い読者には答えが浮かんでいるかもしれない。トンボの名前の付け方は割合と素直。だとすると...シオカラトンボは塩蔵発酵食品の塩からとはおそらく関係がない。そうなんである。シオカラトンボは実際に「塩辛い」のだ。

 ヒヌマイトトンボの発見者の一人、廣瀬先生に教えられて、小学生の息子はおそるおそるシオカラトンボのお尻を嘗めてみた。多数居る参加者の中でそんな蛮勇を奮えるのは我が家の一員だけだろう。他の参加者は大人も子どもも尻込みした。シオカラトンボはしょっぱいのである。な〜んだ、やっぱり単純明快な命名法。

 ちなみにオオシオカラトンボは嘗めると塩加減が丁度よろしいようで「美味しい」そうである。


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