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どうしようもなく伝えたいことが
どうしようもなく訴えたいことが
どうしようもなく叫びたいことが


山ほどあるはずなのだけれど


それは決して 言葉でなど表し得るものではなく


心の奥底 塊になって
鉛になってそれはどんどん
育ってゆくのだけれど
私の喉を押し潰さんばかりに大きく
育ってゆくのだけれど


吐き出しきれる術も
具現化する術もないまま


それでも足掻くのだ
何とかならないものか
何とかできないものか と


そこに倒れ臥し、諦めてしまうにはあまりに
あまりにその鉛は重くて
諦めきることはとてもじゃないが
できそうにないのだから
この先も 命絶える時までずっと


いくらこの手から砂粒が滑り落ちようと
掬い続けるだけなのだ
いつか幾粒かでもこの指に
残る砂を頼りに
たとえその砂の姿をこの眼で
見ることが叶わずとも
2001.10.1 Mon.

ここ数日娘が熱を出している。なかなかひかない。
そういえば子どもの頃の私はよく熱を出していたっけなぁ。思い出すといやになるほど。学校にいたいのに、熱やら嘔吐やら腹痛やらいろいろな理由で授業中先生に担がれて保健室へ運ばれ、そして結局早退させられ。同級生からは仮病とからかわれ、それがいやで、体の弱い自分もいやで、泣いてばかりいた。今思うとよくまぁあれだけの涙があったものだと思う。
いじめられたりからかわれたりの毎日を過ごし、このまま私はずっとそうやって、影でひとりで泣いて過ごすのかなぁと思って迎えた小学校最後の一年。その後私にとって大事にしたいと思える言葉をもらった。
泣いてばかりいたらだめなんだよ
自分の思ってることはちゃんと自分で伝えなくちゃ誰も代わりにはなってくれないんだよ
教えてくれたのは、同級生たちだった。
小学校時代を振り返るとき、あの一年間ばかりが鮮やかに思い出される。

誰も代わりにはなってくれないんだよ
そう教えてくれた君は、今頃何処で何をしてるのかなぁ

娘の熱い額に手を置きながら、ふと、そんなことを思ってみる。早く熱が下がるといい。
2001.10.4 Thu.

夜中に飛び出してみたものの、何処にも行くあてなどないものだから家の目の前の公園のベンチにとりあえず座ってみる。こんな時間なのだから誰もいないと思ったのにボクシングの練習をしているカップルの姿。一心不乱にパンチを繰り出す男の子とそれを受けとめる女の子と。二人を見ていたらなんだか泣けてきて、少し泣いてみる。泣いてみると、それまで喉元で四苦八苦していた葛藤がすぅっと下腹部に落ちてきた。
何が苦しいんだろう
何が熱いんだろう
何が痛いんだろう
自問して答えが出れば、答えのおかげで楽になるのだ。答えが出ないことは辛い。答えなどすぐに出るものではないと分かっていても辛いのだ。そんなふうに私はできている。他の人の場合は知らない。
何が苦しいんだろう
何がつっかえているんだろう
何が痛いんだろう
何度も訊いてみる
月も翳んで見えない夜中、公園のベンチに座って、見ず知らずの二人の一心不乱の姿を眺めつつ。
自分の中の葛藤と向き合うことから逃げていると、何処までも追いかけてくるから、向き合うときはとことん向き合う。家を飛び出すとき引っつかんだ鞄の中からいつものノートを取り出し書き殴る。また少し涙が出る。
そうだなぁ、泣けるのだから、私はまだやれるなぁ。
とりあえず家に帰って、鼾をかいて眠っている家族の顔でも見ようかなぁ。
私がベンチを後にしても、二人は汗をかき続けている。その姿が、ちょっとだけ羨ましく、そして、帰る家があるということに感謝しつつ。鍵をあける。
2001.10.5 Fri.

前髪が邪魔そうだったので切ってやろうとすると逃げまわる。今度こそとざっくり鋏を入れたらば、まさに金太郎の図。あぁ娘がまだ自分の髪型を気にする年頃じゃなくってよかった。
2001.10.7 Sun.

最近どうものぼせていけない。熱が体の中にぐぅっと溜まり込んでいる。鍼の先生に言うと、血の循環が悪いからよ、と言う。冷えも循環が悪いせいだというが、のぼせも循環が悪いせいでなるものなのか、なるほど。
ちょっとぬるめのお風呂にゆっくりつかるといいのよ、といわれたものの、先生と顔を見合わせて苦笑する。とてもじゃないが子ども連れでゆっくりお風呂なんて入れやしないわね。えぇほんと。

話は飛ぶが、先日、買い物に行った折のこと。
「ねぇほらほら、見て、あの人ズボンが落ちちゃってるよ、パンツが見えてる、なんか変な柄パンねぇ、かっこわるいぃぃ」
と、夫の耳元で囁いたところ、爆笑された。
あれはファッションなのだと言う。ファッションか、そうかそうか、まぁ別に本人がいいなら構わないのだけれど。どうせ人に見せるなら、何というかこう、かっこいいパンツにしてほしい。で、かっこいいパンツってどんなん? さて、どんなのだろう。うーむ。
2001.10.8 Mon.

まず家を出るのが面倒くさい。出るまでに何度もリビングをうろうろする。どうしようか出かけるの止めようかでも出かけないと。
ようやく玄関を出ると今度は駅までの下りの坂で迷う。ここでひき返そうか、ここだったらまだひき返せる、今ならまだ。
電車に乗る。この辺りでようやく私は覚悟ができる。でもまだちょっと危ない。一駅でも早く電車が進んでくれることを祈る。早く早く。早く進め。
終点の駅で降りると、もうこうなれば行くしかないわけで。生来の早足が物を言い、ぐんぐん進む。人ごみを闊歩する。邪魔だ邪魔だそこ除けそこ除けとばかりに突進する。人ごみを下手に眼に入れない方が我が身の為だ。
さぁて後少し、空いた席に座ってじっと目を閉じて、駅を数える。一つ二つ三つ四つ…わぁ着いた、着いたぞ着いたぞ。駅からはもう勇んで歩く。いや途中からゆっくり歩く。ここまでくればもう安心。訪問先はもう少し。
ピンポーン。
出てくるのは七十を越えたご夫人。私の友達で一番年上の、おばちゃま。
会えば、また会いたくなるのだ。ここまでくれば、何時間でもここでぼーっとしていたくなるのだ。でも遠い。出不精な私には、この距離が何とも辛い。
でも。
ここまで来る道々、いつだって感じるのだ、歩くたび。おばちゃまと出会った頃からずいぶん姿を変えた街並を見て感じるのだ。おばちゃまとの別れはそう遠くない将来必ずやってくることを。
そして何より。会うたびに…
出会った頃まだ黒く染めて艶々していた髪の毛が、今はすっかりグレーに染まっている。立ち振る舞いもどんどんゆっくりになる。話が時々あっちこっちに飛ぶのだが恐らく本人は何も気付いていないようで。同じ話を何度でも繰り返す。何度でも何度でも。
彼女のそうした小さな変化を噛み締め、
あぁもう少しこまめに会いに伺いたいと痛感するのだ。このためだけに自分の出不精を解消したいとも思うのだ。だって。
過ぎてしまってから後悔するくらいなら疲れるほど体を動かして心を使って、彼女との時間を少しでも多く作っておきたい、と。あとで悔やむくらいなら。

別れはきっと、あっけなくやってくるものだから。
2001.10.9 Tue.

最近、おなかがくちくなるほど食べて、こりゃきっと体重がこってり増えてるんだろうなぁと思うのに。恐る恐る体重計に乗ると、何故か増えていない。おかしい、絶対におかしい。今年の春から比べてみたって私はかなり食べるようになった。これで体重が増えないのはおかしい。体重計が壊れているのか? 夫に乗ってもらう、娘に乗ってみてもらう、うーん、壊れていないらしい、では何故なんだ。うーんうーん。
これはきっと、体重計の陰謀だ。私はきっと騙されているんだ、私を安心させて、ある日突然本当の体重を目の前につきつけてくるに違いない。やい体重計、私を誑かそうったって無理だぞ、騙されてなんかやらないからな、おい、そろそろ本性をお出しっ!
と、ひとり体重計と格闘してみたりするのだけれど。何度も体重計に乗ったり下りたりしている自分がだんだん恥ずかしくなってきて。
だから、改めて体重計に手を合わせることにした。
体重計さん、小突いたりしてごめんなさい、だから本当のことを教えて頂戴。ある日突然っていうのはお願いだから止めてよね。
2001.10.10 Wed.

電車の中で本を読んでいて困るのは、笑いたくなった時涙が零れそうになった時。鞄にいつもハンドタオルを入れているのはそのため。あくびをするフリをして、汗を拭くフリをして、ハンドタオルで顔を隠す。
最近、寝る前に、換気扇の下で煙草を吸いながら本の頁を操るのが習慣になってきた。がぁがぁ換気扇が回っていると、他の雑音が聞こえなくなって丁度よい。手の届くところに野草茶を入れたカップなぞ置いて。ぱらぱらと。
ぐふふとひとりで笑っても、ほろりとひとりで涙しても、ここなら誰も見ていない、大丈夫。私だけの至福のひととき。
2001.10.11 Thu.

 過日、私がよくテキストを読みにうかがうサイトに書かれていた、もし自分が為す事柄に順位をつけるとしたら自分にとってこのサイト運営は六番目あたりであり、それから考えると今のアクセス数は重荷になるのです、と。
 なんだか妙に納得してしまった。といっても、アクセス数が重荷になる、と書かれた文字が持つごくごく限られた部分だけの納得である。要するに我が身を省みて、という、話。
 私が以前営んでいたサイトでは、一日のアクセス数が自分にとっては信じられないような数であり、それはサイトを運営する者には誇らしいものであったはずなのに、私はいつしか、それが重荷にしか感じられなくなった。それと同時に、自分の本意は半分も伝わらず、周囲によって描かれたイメージばかりが先走り、私はいつか、そのイメージ通りに振舞わなければいけないような錯覚にさえ陥った。要するにその頃の自分はとても弱く、他者の目を気にせずには存在できないような脆さがあったから、そうやってどんどん縛り付けられるばかりになっていってしまったのだった。まぁこんなふうに言いきってしまうと身も蓋も無いのだが、しかし、営めば営むほど、サイトを続けていれば続けているほど、自分に対して抱かれた、名も知らぬ人たちによって抱かれたそのサイトのイメージは大きくなったし、私自身が日々生きている代物であっても、サイトのイメージというのは一度抱かれたらそうそう変化していくものじゃぁないから、今の私、と、サイトのイメージの私、というのは、その差異が日々広がっていくばかりだったのだ。
 今省みれば、あの時にしか書けなかったものを私はあそこで書いていたという自負はあるのだから、結果、やっていてよかったと思うことができるが…。

 今のこのサイトにしたってそうだ。もうすでにイメージはほぼ固定化されているだろうし、またそれは、そんじょそこらじゃ拭えないに違いない。そんなことを言うならば君はイメージを振り払いたいと思っているのかと問えば、そんなこともないのだ。別に、自分が作りたいように作りたいテンポで作っているものだし、それを見て他人がどういうふうに受けとめているかは、これ、自分のスタンスとは別次元の話なのだから。
 要するに、今の私は、よかれあしかれ、適度に対象と距離をおいているから、そこで多少何があっても、少し揺らぐ程度で済ますことができる、と、そんな具合。

 と、一体何の話をしようと思ったのだか。自分で分からなくなってしまった。
 えぇっと、そうだそうだ、太く短く、よりも、細く長く、このサイトは運営していきたいと自分は思うのだ、と、そういうことであった。
2001.10.12 Fri.

 娘の運動会であった。運動会といっても…。まだ二歳にも満たない子どもがかけっこをやれと言われたってまっすぐ走れるわけがないのである。お母さんやお父さんの姿を見つければすぐさま泣いてその方向へ走り出すし、気になる何かを見つければそこにしがみついて走るどころじゃぁなくなるし。結局、親がその子を抱えてゴールまで走る、と。そういう具合になるわけで。
 うちの子が通う保育園は基本は三歳までだけれど三歳以上学齢までの子どもたちもかなりいる。三歳くらいにもなれば自分で走るしお遊戯も楽しそうにやったりするけれど、二歳前後の子どもには、ちょっと無理なのではないか、と。そう思った次第。何でもかんでも全員参加がいいとは限らないのではないだろうか。
 まぁそんなこんなで家族全員ぐったり疲れて帰宅、夕飯は餃子をと作っていたらフライパンに肘をくっつけて大火傷。うぅイタイ。
 そうそう、火傷には、紫雲膏という真っ赤な軟膏がよく効きます。ひどい蚯蚓腫れになるに違いない火傷も、素早く紫雲膏を塗りつけておけば、蚯蚓腫れにならずに何とか済みます。火傷を負ったら紫雲膏、どうぞお試しあれ。
2001.10.13 Sat.

ベランダでひょろひょろに伸びた向日葵に、棒で支えを作ったり。
本棚を漁ったり。
掃除機で猫をいじめてみたり。
冷蔵庫をあけて夕食のメニューを考えてみたり。
換気扇の下で原稿片手に煙草吸ったり。
珈琲とルイボスティーを交互に飲んで味比べしてみたり。
思い出したようにウエストとヒップのサイズをはかってショックを受けたり。
あまりのショックにしばし布団に突っ伏して、ぼんやりしてみたり。

そんなこんなでふと気付けば、秋晴れのとある日がとっぷりと暮れてゆくのでした。
2001.10.15 Mon.

慌しく日が過ぎる。その間にも小さな変化がどんどん積もってゆく。こんなに積もっては、後片付けが追いつかないと思えるほどに。変化が変化を呼び込むかのようだ。
そうしている間にも季節はどんどん深まってゆく。雨が降るたび、冬が近づく。
2001.10.17 Wed.

まるで嘘のような夕焼けである。雨が上がったとはいえ、いまだ空は雲に覆われている、その雲を纏って橙色の光が広がっている。日が堕ちる直前だ。まさに今日が堕ちようとしているのだ。
見ている間に空はぐんぐんその装いを変えている。雲のヴェールがその染まり具合を変えてゆく。西方向を除く他方角の空の裾ではゆっくりと雲が流れ。
あぁもう光が止む。ひとりで見入るにはあまりに切ない夕暮れだ。
2001.10.18 Thu.

短い時間だったけれども撮影に出掛ける。海にかかる桟橋には平日にもかかわらず釣人が溢れていた。雨後の、眩し過ぎる日差し。

つい昨日、娘が突然ままごとを始めた。小さなおもちゃのカップとポットを持って、お茶をいれては飲む真似事を繰り返す。カップを口に運んで飲む真似をするときは「くーーーっ」という声付きだ。娘の前でくーーーと言いながら飲み物を飲んだことなんてあったっけ。なかった気がするんだが。
娘は何処でそんな仕草を覚えたのだろう。
2001.10.19 Fri.

たとえば朝顔の種を撒いて、それをずっと日陰に置いておくと、蔓だけが伸び続けるという。花をつけずにひたすら蔓だけが伸びる。少しだけ日に当てると今度は蔓を伸ばさず短い丈のまま花を咲かせる。植物は自分の環境に合わせて成長の度合いをどんどん変える。それを知って思わずベランダへ走る。
先月植えた向日葵は、ひょろひょろと伸び、葉を八つほど出して、そこで成長をほぼ止めている。ここからどうなるのだろう。葉と葉の間をじぃっと見ると蕾なんじゃぁないかと思える物の姿が見えるのだが、そこから一向に変化がない。
やはり日差しが足りないのだろうか。気温のせいだろうか。
花はやっぱり無理なのかな。でも。花をつけずこのままいったとして、じゃぁ向日葵は何処まで寒さに耐えられるのだろう。種の状態なら冬眠もあり得ようが、もうこうして葉をひろげているのだし。気になる気になる。

そうそう、四年前から探し続けていた、長いこと絶版で、手に入れるのはもう無理だろうかと半ば諦めていた本が、今日、突然、手元に届く。まさか今になって手に入るとは。こうして手にしてみても、なんだかまだ信じられない。ほんとかな? 消えちゃわないかな? 夜になった今も、表紙に見入るばかりでまだ本を開くことができないでいる。
それにしても…
思い続けてみるものなのだな、諦めずに。うん。
2001.10.20 Sat.

ママチャリを買った。家族三人で早速出掛ける。びゅんびゅんびゅーん。娘は風が好きなので大喜び。
出掛けた海の公園で、娘はあちこち歩き回る。大きな頭を前のめりにして歩く。てくてくてく。とことことこ。傍らに座っていた見知らぬおじいさんが、「無我の境地です」と一言。意味が分からぬので適度に笑んでいると、おじいさんが娘の姿を眺めながら喋り始める。「この頃自分はどうしていたのかと。ふと思いまして。何も覚えていやせんですな、もうこの歳ですし。もし知ることができたら私はどうするんだろう、と。あぁ、そうなんです、一人娘が近いうちに結婚するんですよ、この子のように小さかった娘が。僕の代で家名も終りです、はい」。
独り言のようにずっと喋っているおじいさんに、相槌しかうてず。会釈して別れる。
子供の姿というのは、人に、いろんなことを思い出させるものなのだ。そこに血のつながりがあろうとなかろうと、ただ小さき者であることだけで。

人は、多分、自分のことを、何処までも知りたがる生き物なんだ。
2001.10.21 Sun.

ヨーグルトにいちごジャムを適当に混ぜて。シャカシャカシャカ。果たして娘は食べてくれるのだろうか。うぅむ。私はこんなに牛乳が好きなのに、我が娘、何故に牛乳が嫌いなのじゃ。牛乳、おいしいよ。
2001.10.22 Mon.

小匙一杯の黒ごまをすって、そこに塩を混ぜて飲む。これを生理が始まる三日くらい前から毎日一回飲んでいると、生理痛が楽になるとか。同じ生理痛に苦しむ友人が教えてくれた。ほんとか? ほんとにごまなんかでよくなるのか? 騙されたと思ってやってみなよー、私は楽になった感じがするよーと友の言。今度ぜひやってみよう。うん。

夜の眠りが浅いこの一週間、おかげで、日中どうにもこうにも眠い。頭がふらふらするほど眠い。気がつくと床に突っ伏して眠っていることしばしば。あぁこんなんじゃいけないわ。いろいろ用事はあるはずなのに。何もしていないじゃないの、私ってば。
気がつけば日はすでに傾いており。今日も一日が終わってしまうのです。
2001.10.23 Tue.

最近巧くなってきました。不機嫌或いは疲労に塗れた表情をしている時の相方との間合いの取り方。当たり前のように放っておくのが一番なんですけど。そうなんです、それはだいぶ前から分かっているのですけど。でもですね、他人と一緒の空間にいながら放っておくというのは、結構気を使うもんですよ、ほんとはね、はい。
ついでに、仏頂面をしている相方の周りで、適当に一人芝居をやっていると、何やってんのと覗きにくるので。そうすると会話が成り立って向こうも気分転換できるみたいなので。私はよく独り言を声に出してブツクサ言ってみたりしてます。ブツクサブツクサ。
他人と一緒に暮らすには、いつも、適当に気を使う。いくら慣れても、そこに誰か他の存在がいるということには変わりはない。
ま、だからこそ面白いんですけど。他人と暮らすってことは。
2001.10.24 Wed.

どうも風邪をひいたみたいです。鼻水たらたら。くしゃみ連続。頭がぼーっとして、でも熱はそんなにあるわけじゃないようですが。娘の鼻水が気になって病院にでも行こうかなぁと思っていた矢先。あぁだらしない。この季節に風邪をひくなんて。
今日はガザニアが咲きました。季節外れのガザニア。白と黄色があるのですが、黄色いのがひとつ。日が傾くと花も萎みます。明日日が昇ればまた花びらを開かせる…という具合。真っ直ぐに空を向いているかわいい花です。菊の仲間。
二十七日から読書週間だとか新聞に書いてありました。新聞に書いてなかったら知らずに過ごしていたでしょう。近いうちに本屋さんに行こうかな。
そういえば最近、また、以前読んだ本をちらちら読み返しています。といっても、斜め読み。とりあえず今日は、岸田劉生の「内なる美」(ニ玄社)をちょこちょこと。
2001.10.25 Thu.

最近そうなんです甘栗むいちゃいましたというお菓子を一度食べ始めると止まらないんです今日も食べてます毎日食べてますこんなんじゃいけないわと思うのですがぱくぱくぱく止まりませんどうしようもう夜中近いのにこんなに食べたら太っちゃうと思いながら袋に手が伸びますぱくぱくぱく夫が呆れていますそういう夫もポテトチップス食べてたりするんですがそんなことはどうでもいいんです私が食べるのを止めればいいだけの話でって言いながらまだ食べてる私はどうなってるんでしょう甘栗にとりつかれてしまったんでしょうかもう少しで袋も空になりますそうすれば嫌でも止まるんだしって書きながら多分あたしは明日になったらまた甘栗むいちゃいましたを買いにコンビニエンスストアへ出掛けるのだろうなぁと思っていたりするわけでってこうやって句読点をなくして書いていると一体何が何だかさっぱり分かりませんこれって文章ですか文章じゃないですねやっぱり言葉にも休止符というものが必要なんだと思いますそう句読点のことこれじゃぁ息をつく暇もありませんってそうやって書いてるのあんたでしょって話なんですけどあぁ私ってかなりおバカな暇人ですねほんとに

袋が空になりました。やっと食べるのも止まりました。ってことで句読点もちゃんと付きます。あぁやっぱり句読点って必要なものなんですね。句読点ありがとう。君がいなくては私はやっていけないよ。
2001.10.25 Thu.

久々の風邪で首から上がぼーっとしてます、要するに頭がぼーっと。下を向こうとするともうダメです、床に倒れ込みます。血圧の調整が全然出来てないようで。自律神経完全に壊れてます。ただでさえ壊れてるのに風邪ひくとこんなに滅茶苦茶になるものなんですね、忘れてました。喉元過ぎると熱さ忘れるって奴でしょうか、体が動く時は忘れちゃうんですね、あぁ体だけじゃない、心が元気な時ってやっぱり元気じゃなかった時のことを忘れてますよね、逆もそう、元気じゃない時って、元気だった時のことを忘れちゃう。あぁもうダメ終わりだって思えちゃう。立ちあがることなんてできそうにない、とか。こうやって書くと大袈裟なんですけれども、その最中は真剣にそう思っているわけで。思っている最中はもうどうしようもないですね。
そんなこんな言ってる暇があったらいっぱい寝て、早く元気になりましょう、私。

そう、自分を信じることを自信といいます。自信、自信、自信。私は自分、信じてますか。
2001.10.26 Fri.

大輪の薔薇がふたつばかり咲いて。いい香りです。
と、花の話題より夫に感謝です。あぁありがとうよ夫、午前中娘を連れて公園に出掛けてくれたおかげで私は寝ていられました。風邪もだいぶ楽になりました。ほんとにありがたいなぁ。
で、ふと思ったのですけれども。夫が娘を公園に連れていって、ひとりでぼーっとしていても別段おかしくも何ともないわけですよね。父親がひとりでぼーっと立っていても誰も何とも言わない。なのに、母親が娘を連れて公園に行った場合、ひとりでぼーっとしてると冷たい視線を浴びるのは、あれ、何故なんでしょうか。いや、母親の数が少ないときはどうってことないんですけど。ほら、たくさんお母様方が集まってて、子供達遊ばせててって時。ああいうとき、一人でいる人間に妙な視線を向けたりするときがあるじゃないですか、それもチラチラ何度も見るんですよね、自意識過剰かもとか思って気にしないようにしてるんですけど、それを差し引いても余る視線があったりするわけで。あれって何なんでしょう、女はつるんでいないといけないとでもいうんでしょうか。もっと言うと、派閥に属してないととやかく言われるっつーのは、あれ、何なんでしょうか。この間、私、指さされちゃいましたよ、あの人あんまり来ない人よね、あれ誰、とか言って。誰って何よあれって何よ、そっちこそ誰よあんた。心ん中で思いっきり思っちゃいましたよ、って、ここで噛みついてもしょうがないんですけど。うーむ、でもやっぱり言いたい、そうですよ、毎日毎日はわたしらは公園に来てませんよ、でもね、だからって指差してあの人だーれ、何なのとか聞こえるふうに言われる筋合いはないわけで。そんなに知りたいならあたしにあんただーれって聞けばいいだけでしょーが、でなけりゃ聞こえないようにやりとりしなさいよ、あんたら、そのくらいの気を使えないのか? まったくもー、あたしゃぁね、そういうのが一番嫌いなんですよ、指差して聞こえよがしにひそひそって奴が。あががががっ。女が嫌いなわけじゃないけど、女のそういう粘っこいところが嫌いなんだよな、って、こんなこと言ってツンケンしてたらこれもまたイヤな奴ってことになるわけで。イヤな声が聞こえても一応にこにこ笑って会釈なんかして。嘘でもそういう素振りだけはしっかりやってたりする私です、別に好んで嫌われたいわけじゃないもんね、ふふんっ!
あぁ一通り憤って、もうこのことは忘れることに致しましょう。きれいさっぱり。休日の公園はできるだけ夫に頼むことにしようかな、って、そりゃずるいよな。まぁいいや、今日は考えるのやめよう。やめやめっ。
そういえば明日は雨が降るとか。何色の雨が降るんでしょう。本当は晴れてほしいけど。
2001.10.27 Sat.

喋り過ぎたことを後悔する。後悔したってもう遅いのだけれども。後悔という字は後で悔いると書くからこれはもうどうしようもないのかとひとりごちてみたり。喋らなければよかった、いや、あの時誰かと何か話をしていたかったのだから喋ったこと自体はどうってことない、いや、それはそれでよかったなと思っているのだけれど、だから、どうして私はあんなことまで喋ってしまったのかということなのだ。自分のことばっかり。
時々あるのだ、こういう後悔が。猛烈に襲い来るのだ、こうした後悔が。口を潰してしまいたいくらいに。あぁ喋らなきゃよかった、こんなことなら何も喋らないで一日一人でずぅっと押し黙って過ごしていればよかったと。
誰かと何気ないお喋りを、ただそれだけを楽しむことができていれば、今頃こんなふうに私は自己嫌悪に陥らずに済んだのか。いやそれは分からない、その時の私の心持次第で全く色合いが変わってくるんだろう、あぁそうだ、すべての事柄においてそうなんだ、私の心持次第で世界は色を変える。
相槌を打って耳を傾けていてくれたヒトのコエがまだ耳に残っている。ありがたくて、でも、だからこそ、喋り過ぎた自分を私は後悔する。
2001.10.28 Sun.

ぐるぐる回る 地球は回る 私は回る ぐるぐると
2001.10.29 Mon.

清宮質文先生の版画が好きだ いつまでも絵の前に座っていたい絵の前に座って絵と話しをしていたい絵の向こうに漂うお化けと話しをしていたい
清原啓子さんの版画が好きだ 絵の前に立つとどうしようもなく胸をしめつけられる鷲掴みにされる心臓がばくばくいって心がいっぱいになって涙が零れる
白須純さんの版画が好きだ 伸びやかな線と彼の息遣いをちゃんと写し取った絵たち体温の感じられる決して大きくはない彼の散文のような作品群はいとおしい
掛井五郎先生の彫刻が好きだ 誰の心にも住まう懐かしさを引き出すようなカタチは思わず手を伸ばして触れたくなる
カミーユ・クローデルの彫刻が好きだ 内へ内へと向かうその力に吸い寄せられる決して大仰に叫びはしない内へ向かう彫刻が
そして私は
今日も探している まだ見ぬまだ手の届かぬ 存在しているか存在し得るかさえ分からぬいとおしいカタチを
2001.10.30 Tue.

ちょっとしんどくて、先生のところで少し泣いた。
最初涙なんて出ないと思ったのだけれど、出ないつもりでいたのだけれど、気がついたらちょっと零れてた。
人ごみに紛れて自分を隠してみようかと思ったけれど、やっぱり気付いたら人ごみを避けて俯いて唇キッと締めていつものように歩いてた。
電車の中にはたくさん人がいて、でも何だろう、これは人なんだろうか。自分とかけ離れた、何か。いや、かけ離れているのは私なのかも。
どちらでもいい。どちらでもいいけど。
もう少し楽に呼吸がしたい。空に手を伸ばしたりして。
2001.10.31 Wed.

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