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| 昨晩まで蝉の声が聞えていたのに。 今日は鈴虫の声が聞える。 たった一日、雨の一日で、現れた変化にしばし、立ち竦む。 船を出すのなら九月。 切る糸 残す糸 それぞれに。なるがままに。 |
| 2001.9.1 Sat. |
| 公園の入り口で. 猫と犬がキッスをしていました. ほんとかな? ほんとだよ. ふと見たらマグカップの中 珈琲の上に帆船が浮かんでいました. ほんとかな? ほんとだよ. 昨日目を覚ましたら あの世にいるはずのおばあちゃんが 窓のこっち側で手を振っていました. ほんとかな? ほんとだよ. ほんとかな? ほんとだよ. うん、ほんと. 全部 嘘. |
| 2001.9.5 Wed. |
| こういう時。 情けないなぁとつくづく思う。 台風だというのに、雨がざんざん降りつけているというのに。 今日は保育園お休みにしよう。 なんで? だってさ、台風来てるって。危ないもん。 だから? 夕方には去るよ。 でもさ、お迎えだって大変だし。何かあってからじゃ遅いじゃない。 おまえ、一日、パニックなしで子ども見てられるのか? 無理じゃん。 …。 雨がびゅんびゅん降りつけているというのに、 そんな中、娘を保育園に送り出す母親である自分を つくづく情けなく思うのだ。 なのに娘は、早く行こうとパパにしがみつき。抱きつき。 バイバイと手をふって玄関を出てゆくのだ。 五年前にくらべたら。私は元気だ。 四年前にくらべたら。私は元気だ。 三年前にくらべたら。私は元気だ。 ニ年前にくらべたら。私は元気だ。 一年前にくらべたら。私は元気だ。 それでも。 一日を無事に過ごすということが、いまだに難しいという自分を、 こういうとき、思い知らされるのだ。 「生き延びることが目標なのよ」 先週の主治医の言葉が改めて思い出される。 何年も経つのに、いまだに生き延びることが目標なのかと自分に吐き捨て、けれど、実際それが現実なのだということに唇を噛み締め、 窓の外の暴風雨をじっと見ている。 一日、早く過ぎればいい。 |
| 2001.9.11 Tue. |
| アメリカの同時多発テロを知らせる映像が最初に流れたとき、私は娘の隣で横になっていた。眠りかけている娘のそばで団扇を仰ぎ、風を送っていた。 夫に呼ばれ、娘が眠ったことを確かめてからテレビの前へゆく。 あっという間に私の耳からは音声が遠のいていった。 映像だけが淡々と流れる。 そうなのだ、こうやって、 或る日突然、あっという間に、崩壊してしまうのだ。 私はそう思いながら、映像を見ていた。 音は聞えないまま、夫が何か言っていることだけは分かったけれど、その映像が何を意味しているのかもなかなか把握しないまま、これが現実なんだと思いながら見ていた。 これが現実なのだ。 私の日常はいつでも、そんなふうに、 足元から崩壊する代物だ。 明日も同じように日常が営めるはずと信じる気持ちと同じ分量だけ、 いや、いつ崩れるか分からないのだ、それは唐突にやってくるのだ、という危機感が常に常に自分の中にある。 あの事件以来。 そして日常生活を営んでいる最中に、たとえば 夫と娘が仲良く並んで語らっているのを見ている、その並んで笑っている映像が突如、鏡が割れるように粉々に割れるのを私は見る。 現実の映像に、そうやって危機的な映像が重なる。 あの日突然事件に遭い、自分の日常がひっくり返った時のように。 日常は、いつでも粉々に砕ける、そんな 脆く儚い代物なのだ。 日常とは。 |
| 2001.9.12 Wed. |
| なんだかテレビでもインターネットでも、アメリカのテロ事件のことでいっぱいで、 正直に言うと、私はパニックになっており。 自分が出遭った被害と直接結びつかないはずの類の事件の映像だというのに 私はだんだん、これに関する映像を見るたびパニックの頻度が増し。 自分が倒れたらどうしようもないから自分の為に とりあえずテレビを消して 見ないようにしているのですけれども 一度目に入ってしまった映像はひどく克明に 私の中に残っており、 しんどいです。 なんでこんなにしんどいんだろうって思います。 でもしんどいです。 重なるのです、映像が。 自分が常日頃見てしまっている映像と。 日常が突然砕け散る、といった類の映像と。 それがPTSDというものの症状のひとつだということを今の私は充分知っています。 知っているのだけれど、 知っているからといって、体や心が反応してしまうのを止める術はない。 突然心臓が止まるほど早く脈打ち、息ができなくなり、頭がくらくらしてきて床に倒れる。 持っていたコップも手から落ち、目の前が真っ暗になって自分が何処にいるのか全く分からなくなる。 あんまりしんどいので、 違うことを考えようと試みます。 でもどうしても同じ所に戻ってきてしまいます。 ぐるぐるぐるぐる 回る回る だからいっちょ、叫んでみることにします。 わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ わぁわぁわぁわぁーーーーーーーーーーーーーっ 私が何を言ったって、何も変わらない たとえ何を言ったって、何も変わらない でもこうしてパニックになるということは 私が生きているから、で。 生きているってことを、今日も明日も、ただ、 大事にしたいです。 |
| 2001.9.13 Thu. |
| 娘の様子によるんですけど。 今日は娘が父親が帰宅する前に眠ってしまったので。晩御飯はパートナーとふたりだけということで。なんか静かな食卓だなぁ。で、今日は蓮根と椎茸と人参と筍と鳥のつみれとをくつくつ煮込んで、その煮込みの他に麻婆春雨を作って、胡瓜の浅漬けなんかもテーブルに並べたんですけれども。 せっかくあったかいのをとテーブルに並べたのに、その途端、先ほど寝入った筈の娘がわーんっと。泣き出しまして。 寝かしつけているうちに全部、冷たくなってしまいました。あぁ。 いきなりですが、時々びっくりされます。 写真写真って、私、自分で 写真撮ってますが、 実は、自分の写真って少ないです。 ついでに、 夫と一緒に写っている写真など 一枚もないです。 え? 結婚式の写真は? 結婚式なんてしませんでした、ははは え? でも家族で旅行とか? 旅行なんてしたことないです え? でも、ちょっと出掛けた時とか? ちょっとは出掛けますが、一緒に写っているしゃしんはないです なんでぇ? ふたりで撮った写真一枚もないのぉ? うっそー。 嘘じゃないです、ホントです。 なんでー? …なんでーって聞かれても。 なんでなんでしょう? 分かりません。 みんなそんなに家族写真って持ってるんですか? …小さな不思議です。 |
| 2001.9.14 Fri. |
| シーソーなんて、何年もやってなかったのですけれど。 家族三人で、昨日、シーソーをやってみました。 私と娘が片側に、パートナーがもう一方に、と乗ったのですけれど、 それでも私たちの方が軽かったりして。わはは。 油が切れているらしく、一回揺れるごとにキィィッと大きな音を出すシーソーは、 それでもバッタンバッタンと動き。 大きく揺らすと娘が大きく笑い。 小さく揺らすともっともっとと娘が体を揺らし。 シーソーって、ただ楽しいだけだった。 子どもの頃は。 でも、遊び相手がいないと、シーソーはできなくて。 一人遊びが好きだった私は、そんなにたくさんシーソーに乗って遊んだ覚えはなく。 乗って遊ぶときは、ただ楽しいという、そういう乗り物で。 大人になって乗ってみると、 その揺れごとに、日々のいろんな綴りを、 走馬灯のように思い出してみたりして。 微かな郷愁を、首筋あたりに呼び込む 不思議な乗り物。 |
| 2001.9.17 Mon. |
| お豆を甘く煮るときは、 お砂糖は何回かに分けていれなさい、と教えられました。 お豆が固くなるそうです。 強火で煮るのは最初の一煮立ちだけで、あとは弱火でことことと ゆっくりゆっくり煮なさい、と教えられました。 誰から? 母でも祖母でもない、 赤の他人である、絵描きの奥様からでした。 動作のゆっくりした、一つ一つの仕草が とても丁寧な奥様で、 その方と一緒にお茶を飲んでいたりなどすると 時間もいつもよりゆっくり流れているような 繭のようなやわらかさを感じます。 頭痛がしてきそうな気配があるときは、 子ども用として冷蔵庫に常時保管してある 冷えピタを貼るといいです。 おでこと首の後ろに、二枚、ぺたんと。 それでもダメなときは、 横になるとき、アイスノンを使います。 ともかく頭を冷やすこと。 頭痛薬を飲まないために、使う術です。 今日も私のおでこと首筋には 冷えピタがぺたんと貼ってあります。 |
| 2001.9.18 Tue. |
| ニュースを最近余り見ていないのだけれど。 ちょっとつけてみたテレビから流れてきたニュース。 アメリカのメディアで、 ビル崩壊の映像などを流さないようにしようという動きが出てきたとか。 子どもたちに与える影響を考えて、ということをアナウンサーが喋っていた。 どういう理由であれ、よかったなぁと思う。 ああした映像を流すことによって テロの悲惨さを伝えるということも大切なメディアの仕事なのだろうと思う、でも同時に、 そうした映像が繰り返し繰り返し流されることによって生ずる影響、心へ与えるダメージというものも在る。 それを忘れてほしくはない、と、思う。 一方、日本の政府は、日本の支援の仕方についてあれこれ意思表明しているわけで。 どうして中立の立場をとることが出来ないのかなぁと、私個人は思う。 戦争による、原爆による、敗戦国になったことのある一国として、 訴えられる事柄はもっともっと他の形で様々あるだろうに、 伝えられることが、もっともっとあるだろうに。 一被害者として、 かつて犯罪被害に遭った一被害者として、 目には目を、の構図にのっとって復讐してやりたくてたまらなかった時期というものがあった。どうして私がこんな目に遭わなくちゃならないんだと何度も何度も思った。これでもかってほど思った。どうして加害者側がのうのうと生きていられるんだ、とどれほど泣いた日があったか知れない。 けれど、 私にとっての加害者に、私が同じ仕打ちをしたとして。 それが解決になるかといったら。 何の解決にもならないのだ。 そこからは何も生まれない。 繰り返されるという構図がもし何かを生み出し得るというのなら それは一体何なんだろう そんなことをつらつらと思う夜、雨が降り、 そして、三日前に植えたプランターからは ひまわりが芽を出し、早いものは双葉を広げ。 生きる力ってすごい。 花が咲くかどうかなんてどうでもいい。 ぐんぐん伸びろ。 思うまま。 |
| 2001.9.19 Wed. |
| なんとなく白い紙が恋しくなったので、白い頁を。 北の国の友達から小箱が届く。 まつぼっくりとほおづきが入った小箱。 かたかたかた、と小さな音を立ててここまでやってきたのかな。 まつぼっくりをはじめて見る娘は、手に触れるのを怖がって最初のうちじっと見入っているだけ。この町にまつぼっくりは落ちていない。 やがて触り始めたまつぼっくりは固く乾いており。 私には何処か懐かしい感触。 涼やかな風が頬を撫ぜる季節は、自然と口元も緩んでくるようで。 こうした時期が多分、一番過ごしやすいのだろう。 私が何より好む真冬より。 すかんと抜けた夜空に浮かぶ月は真っ白。 |
| 2001.9.23 Sun. |
| りんごがおいしいです。 何故毎月毎月生理があるのかなぁって思います。知識は持っていますけれども。それにしても、何故それが生理でなければならないのだろう、と。遅れても早まっても生理。赤い血がとくとく、と。この世から生理なんて消滅してしまえばいいのに、と何度も思います。 ふと、生理が遅れに遅れた或る日、二人目が欲しいなぁと思いました。娘を眺めながら、二人子どもがいるっていうのもいいよなぁ、って。けど。 直後、とてつもない恐怖に襲われるのです。今服用している薬はどうしよう、お金はどうしよう、私自身この体で心で二人目の子育てに耐えられるのか、いやそもそも今だって保育園を利用してる身分なのに二人目なんて一体どうすれば云々。情けないですが、全く見通し立たず、自信も微塵もありません。 子どもを産むことは何とか可能であったとしても、育てることは多分、ほぼ100パーセント、不可能です。それが私の現実であり。 いやそんなことないよ、大丈夫だよ、何とかなるよ、なんて他人から言われても、私の現実は現実です。 なのに、一瞬でも、二人目が欲しいなぁなんて思ってしまったが為に。遅れていた生理がやってきた日、私はちょっと泣いたのです。自分の現実から目を背けて。ひとりでこっそり泣いたのです。 今月もそうして赤い血が流れ、 私の中の空洞は大きくなり、 その内奥で、悲しい の芽が密やかに育っていきます。 |
| 2001.9.25 Tue. |
| 最近の娘の食欲は目を見張るばかりです。今日の夕飯も大量でした。まず、三つ葉の卵とじ入りうどんを大人一人前と、ぶどうを三分のニ房、さらに私の好きなパン屋のあんドーナツを一個ぺろんとたいらげ、さらに、大人の夕食分にと作った茄子焼きとサラダのトマトを殆ど一個とそれからそれから、旦那が明日食べようと思って買ってきたらしいカレーパンを半分。どうですか、この量。樽腹になるのが当たり前です。樽です、おなかがぽこっと、なんてもんじゃぁありません、ばんっとおなかの皮が張ってます、娘。一日の量にしたら絶対に私の二倍以上の量です。いいえ、一食分を比べてみたって私よりずっと食べてます。よく食べることができるなぁ、呆れるを通り越して感心してしまいますよ、母は。 だから、今のうちにしつこく言っておこう。君が将来おでぶちゃんになって、私だけどうして太ってるのよーとぼやいたら、それは君がこんなにいっぱい食べていたからですよ、と。 決して産んだ私のせいじゃぁありません。ははは。 |
| 2001.9.26 Wed. |
| コンビニで、ハーゲンダッツのマロングラッセというアイスクリームを見つけたので、ひとりでこっそり食べました。こってりと栗の味。あぁやっぱりアイスクリームはおいしいんだなぁ。 昨日の新聞だったと思うのですけれど。 同時多発テロ事件に関するニュースの中に、小さく触れられていたこと。 あの同時多発テロで多数の人命とともに、彫刻家ロダンの作品など多くの美術品も灰になった、と。ロダン作品のプライベートコレクションで世界最大とされる債券取引会社キャンター・フィッツジェラルド社が世界貿易センタービルに入居しており、当時社内にあった三百点以上の作品が失われたそうであり。 あぁそうだ、そうやって灰になってしまうんだよな、と今更だけれど記事を読んで思う。 ロダンとカミーユ・クローデル、および日本人の荻原碌山という彫刻家は私にとって思い入れのある彫刻家で。大学のときあぁだこうだと調べまわっていた頃があり。 なんだか胸が、ちくりと痛んだ。 もう見ることは叶わないんだなぁ、灰になってしまった作品たちは。もう二度と。 人にしてもたかがモノにしても、自然に風化し、存在がやがて消え失せてゆく、自然な形ではない、言ってみれば不自然な力によって、無理矢理に、破壊され、その命を失われざるを得なかったものたちの、 彼らの泣き声は今、どのあたりをさまよっているのだろう。ふとそんなことを思う。 |
| 2001.9.28 Fri. |
| ひまわりの芽が昨日からの強い風にとうとう負けて、倒れ臥している。日差しを浴びてもひとりではもう立ち上がることができないようで。 試しに根元をちょっと押す。芽がちょっと置き上がる。ちょ、ちょ、ちょ。何度か根の周りを押してみる。ちょちょちょちょちょ。 うんうん唸りながら置き上がる細い芽に、伸びた西日が眩しい。 明日はもう土曜日か。あっという間だったなぁ。 |
| 2001.9.28 Fri. |
| 窓からいい風が滑り込んで来て。 あぁ秋だなぁと嬉しくなって。 秋だ秋だやがては冬だ と思うだけでもう、私は嬉しくて。 多少のことなら何とかなるさと笑ってみることもできる気分で。 面倒くさいあれやこれやをいっそのこときれいさっぱり切り捨てることもできそうな気がしたり。 それもこれも全部 秋なので。 秋なので、やがて冬なので。 薔薇の棘が刺さった指先から、ぷちんと血がふくらんでも。 この風が吹いているなら、大丈夫とそんな気がするのです。 とある土曜日。 |
| 2001.9.29 Sat. |
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