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| その只中に身を置くことで 回復の道を辿る という方法があるそうな。 確かに。 そうかもなって思うことが今でもある。 私みたいな性格の奴には、もしかしたら そっちの方が合ってるかもとなんてことまで 思うことがある。 これからも自分の傷とつきあっていくために。 これからもこのつきあうのがとっても難しい自分とそれでもつきあっていくために。 どういう方法があるかな、と、考えることが、時々ある。 「情報はあった方がいいんです、 もっともっと主張してください、 にのみやさんみたいな人が主張してくれるのが 一番参考にもなるし 励みにもなるんですよ」 そう言ってもらえること自体は、いやじゃない。 でも。 私は多分、 そこまで只中に身を置きたいとは思っていないんだな。 多分。 性犯罪被害者となって、 その心的外傷から回復する道筋は たとえ同じ被害があり得たとしても 受けた人間によって様々あり得るんだと思う。 たとえ同じ被害であっても。 私の、たとえば、 PTSDを抱えながらも出産したこととか、 そもそも今のパートナーと生活を営んでいることとか、 麻痺し空洞のように思える自己をそれでも言語化或いは表現するということに固執する私のこととか、 そういうことを 話すと、情報になるそうな、 参考になるそうな。 なるほど。ほんとかな。どうなのかな。苦笑 でも。 そうですかぁって今、笑って聞いてるけどさ、 正直、それだけなんだな。 一年前の私だったら その言葉を受けるたび憤るか、さもなければ 不愉快でそのたび顔を顰めていたことだろう。 なんで私が主張しなきゃなんないの? 私が主張しなきゃ変わらない程度の世の中ってこと? で、私が主張することで 私が得るものは何? 得るものなんて何もなくても、 なんて言葉もあるけどさ。 それでやっていけるときとやっていけないことと それぞれあるから。 まぁそんなことはいいんだけど。 私さぁ、 こうやって生きてることだけで、正直 充分だと思ってるわけさ。 性犯罪被害に遭っていようと それで穢れたと思って過ごすしかなかった時期がどんなに深く濃くあったとしても それでも今生きてここに在るということ、 それだけで私は充分だと思ってるわけ。 他の人がどう思うのか知らないけれど。 私は、 おのずから進んで自分の身を人の目に晒し 晒すことでまた主張することで 自分以外の人の励みになったり指針になったり 或いは自分自身もそれによって癒されてみたり と、 そういうこともいいんだろうけど、でも私は、 私にとってそれは、一番いい選択だとは思えない。 私はもっとしたいことがある。 ってか、 私、自分に可能なことは今すでにやってるもんな。 ネットで自分の名前で、自分が思うところのこととか 体験の一部とか、綴って、こうやって掲げてる、 もうすでに、そういうことしてるわけで。 それ以上、望まれても、なぁ、うーん。 望まれても…。どうしようもないや。 私は私自身が表現したいところのものを 為していくだけだし。 自分の尻拭い、自分以外の誰も してくんないもんね。 で、今自分が尻拭いしてられる範囲の、いや、それよりちょっと 背伸びしてるくらいの程度が、 私にはこのくらいってことで。 それが私の現実で。 理想と現実って 噛み合うときとそうじゃないときとってあるんだよね。 そもそも、できないことをできるとは言えないもんな。 そうして、 私の傷は、私が抱え、 たとえ生涯きれいに癒えることがなかったとしても 共に生きて。 毎瞬毎瞬、私は私を実現してゆくこと。し続けてゆくこと。 …昔、一時期、 何かの役に立ちたいとか、 何かの為になりたいとか、 そういうことをとってもとっても思っていた頃があったけれど。 それはそれでいいんだ、それはそれで。 今の私は、それを一番に考えることがなくなった、 というだけのことで。 大事にすることがなかなか難しい 自分自身を できるだけ大事にして、つきあって いくこと。 それが、私が今持っていたい自分の形。 |
| 2001.7.1 Sun. |
| 出掛ける段になって気付きました。 半袖の、服がないんです。 ただちょっと出掛けるだけなら、 普段着ている服、たとえば、 パートナーの着古した、脇の下に小さな穴のあるTシャツとか下着とか そういうのでも一向に構わないんですけど、 人と会う、しかも知らない人に会うとかいう時に 穴だらけの服を着ていくというのは さすがに 躊躇われるというもので。 要するに、 人と会うことを前提にして出掛けるときに着る 半袖の服が ないんです。 去年とかどうしてたのかなと省みれば 腰痛めて外出どころじゃなかったのであり、 じゃぁおととしはというと、切迫流産で 入院なぞしてましたからやっぱりどうでもよかったのである、 その前はっていうと。 夏でも寒いって言って過ごしてましたから長袖で。 要するに。 この何年も、半袖なんて服は、 あんまり必要じゃぁなかったんですね。 今年は。 半袖の服、欲しいなぁと思ったんですけど。 あの、 ぴっちぴちの、服 着たいとは思えないです。 どうにかならんか、あの服。あぁぁ。 |
| 2001.7.2 Mon. |
| 茹でたてのとうもろこしを指差して 欲しい欲しいという仕草をするので 差し出してみると 食べることができるんですね、まだ前歯上下それぞれ四、五本しかないのに。 びっしり実のつまったとうもろこし、 上の方ががじがじっと ちゃんと削れていました。 それから夕方の二時間、彼女はとうもろこしを齧り、 齧るのに疲れたら適当な場所によいしょっとのっけ、 気がつくとまた齧り、と していました。 すごいなぁ、人間って。 ゆっくりゆっくりだけれど、確実に 人間に向かって歩いてるんだなぁ。 変な言い方だけれど、そう思う。 そうそう、最近、うちでは包丁を扉の裏にしまっておくことはできません。 彼女が包丁をいとも簡単に取り出してしまうからです。 ゆえに、包丁は常に洗い籠の中、彼女の手の届かない洗い籠の中。 先日は、レコードプレーヤーの針を折ってくれましたし。 いろいろやってくれます。ほんとに。 猫は猫で、彼女に押しつぶされてンギュギューーーーーーーーっとかいう意味不明な呻き声を上げておりますし。 猫よ、がんばれよ、まんじゅうみたいに潰れるな。 いつかきっと、こんな怪獣ごんごんでも、撫で撫でと君を撫でてくれる日が来るよ、うん。 |
| 2001.7.5 Thu. |
| あぁこに、 ギターのピックを食べられた。 ピック、お尻からちゃんと出てくるんだろーか。 お尻、切れちゃわないんだろーか。 飲み込まれたことより今は 無事出てくるかどうかが心配だ。 あぁ…。 |
| 2001.7.7 Sat. |
| どうも私は狭くて小さい、ついでに壁で囲まれた場所が好きらしいということを最近とみに感じます。引っ越して、パートナーは自分の部屋兼音楽室という小さいながら個室を持ったのですが、私は、リビングの隅っこに机を置いて過ごしているという具合で。ゆえに、これまで過ごしていた空間より広いわけです。 これがどうも落ちつかない。眼をちょっと机から逸らせば前方は窓なんで、窓を眺めてなんとか背後を気にしないようにしようと思うのですが、どうも気になります。背後に誰かが立っているような気分になって、どうも落ちつかないのです。 うーん。困った。 これならどんなに狭くてもいいから、机の四方に壁が欲しいです。壁、壁、壁、壁。壁で囲まれたい。うーんうーんっ。 贅沢な悩みなのかもしれません。そうです、贅沢です。贅沢なんです、広い方が普通はいいに決まってます。でも。 私、背後に誰でも近づける、という空間、苦手です。背後は壁であって欲しいです。落ちつかない、ほんと、落ちつかない。ゆえにタイプしてても気があっちこっちに散ります。ほら右、左、上、下。あぁ困った。 お金に余裕できたら、背後にだけでも衝立でも買おうかな。 |
| 2001.7.10 Tue. |
| 左手が軍手のようだ。 薬指にしていた指輪もとらなければ痛いほど 手が膨れて、 肘も小山ひとつ肘にくっつけてるみたいに腫れて。 鍼行ってぶすっと太めの鍼をさして 血を抜いた。 どどどどどっと血が出た。 おかげで腫れが半分ひいた。 こういうところに血がたまるんだなー、 そうして腫れるんだなーと実感。ふぅむ。 にしても。 子育てってほんと、一に体力、二に体力なのね。 体がダメだと全部ダメ。ははは。 |
| 2001.7.15 Sun. |
| わーわー、すごい。 朝からいろいろ動いちゃったぜ。 って、そんなの、他人から見たら「だから何?」ってことなんだけれど、 それは重々承知の上なんだけども。 それでも喜ばずにはいられないのだ、私は。 いえーい、やった! そもそも、ここ数年の私は、夜、眠剤を服用して眠った後、朝一番から動き出す、体を動かす、ということがひどく難儀だった。私にとっては夜眠らないで過ごす方が楽だったし、眠らないで過ごした朝なら何だってできたのだ。が、そうしていたら体を壊す。夜眠るように人間の体は出来上がっている。24時間心身の神経を張り詰め続けたら何処からか狂ってくる。そうして夜眠るようにと薬を飲む、が、薬は効かない、なかなか眠れない、ようやく寝つけたら今度は朝体が動かない、という具合で。 が、最近ようやく少し、昼間の薬が効き始め、それにともなって医者と相談し、夜の薬もこれまた変えてみたりして。 そうして試行錯誤して数ヶ月。 最近やっと、朝、目を覚ましても体が起きあがらなくて困って罪悪感に苛まれるということがなくなってきた。 だってさー、考えてもみてよ、 娘は朝の5時6時に起き出すわけで、それにともなって、薬で起きない私に代わってパートナーが眠い眼をこすって起きて娘につきあってるわけよ。こういう状況を毎日続けてて、目が覚めてふたりが起きてるのを眼にしても体を起こすことができずにうんうん唸って布団の上転がってるってな私に、罪悪感を抱くなという方が無理だ。 そうした朝の悲しさ。 それから解放される日が来るなんて、嘘みたいだ。 そうして昼も、バタンキュウと倒れずに過ごすことができるなんて。 あぁ、なんていう解放感なんだろう! 信じられない、本当に嬉しい。 昨夜からパートナーが出張で留守になり、娘とふたり、痛めた腕のこともあるしどうなるかなぁと思ってたけど。 朝、体が、まだ不自由があるとはいえ何とか動くんだから、どうにかなるのよ、うん。ふたりきりでも。で、えっしょえっしょと長い坂を上り下りしながら保育園へ娘を送り届け。正直言うと、ここでもう家に帰りたい衝動にかられたんだけども、それじゃダメだとともかく足を動かし。 なんと、私が通勤ラッシュの電車に乗り。 うわー、すごいよー、ラッシュの電車だぜ、ラッシュの。何年ぶりだ? パニックなしでラッシュの電車に乗れるなんて。一度も途中下車しないで目的地まで行けるなんて。 そうして鍼に行き、帰宅。 そうなんだ、混雑した電車に乗るということは、すなわちパニックを引き起こすという、そうした公式が私にはあったのに。 それはもう、あの事件以来、不動・不変のもののように私の中にどっしりあったのに。 だから、展覧会の最中も、電車にのって会場へ行くことがとてもとても、私にはしんどかったのだ。電車に乗る、乗って何処かの駅まで行く、電車の中に座っている、立っている、そして街中を歩いて目的地まで行く、これが、パニックひとつなしにこなせる行為ではなかったんだ、私には。パニックパニックパニック、フラッシュバックの嵐にあいながら、結局目的地に辿りつけず救急車で病院行きとか。そんなのが当たり前だったのに。 すごいなぁ、人間て。 こんなことってあるんだなぁ。 腕は、炎症を起こして腫れあがっていたところから、この間血をどどっと抜いたおかげで、腫れも半減し、もうしばらく養生が必要なものの、腰のように悪くしないで済んだ。これも鍼のおかげ、うぅ、鍼さまさま。 ともかくともかく。 私は今日は嬉しいんだよ。うん。 一時を過ごすだけでこれでもかってほど苦しかった頃、 一日を一日とみなすことさえできずに過ごしていた頃、 いろいろあったけれど。 長かったけど。 多分また揺り返しとかもあるんだろうけども。 明日になればまた明日でしんどくて 泣きが入ったりするのかもしれないけど、 そう、まだまだ、一日を一日として過ごすだけで精一杯なんだろうけども。 それでも。 すごいなー、 生きてると、こんなこともあるんだなぁ。 嬉しいなぁ。あぁ。 生きてるってこんなにすごいことなんだ。 生きてる、というただそれだけで もう、すごい。 |
| 2001.7.17 Tue. |
| この間、病院に行った帰り道の電車で隣り合わせた女子高生らしき女の子たち。ひとりは私の隣に座っており、もうひとりはその子の前に立っており。 ふたりして帰っているんだろうけど、ふたりとも黙々と何かやっている。 立っている子は、つり革につかまりながら、もう一方の手で携帯をパパパパパッ。恐らくあれが携帯電話についているメール機能というやつだろう、と思いながら隣の子の手元に目をやると、彼女は彼女で、足の上にのせたカバンを半分あけて、その中で、同じように携帯のボタンをダダダダダッと押しまくっている。 いやぁ、その押す様子の早いことといったら。 ダダダダダダダダダッ。 一心不乱にボタンを押しているというふうで。 あまりの様子に思わずどきどきしてしまったりして。 あんなふうにみなさん、携帯電話でメール交換してるんですね。初めてその様子を間近で見ました。 んでもってそのおふたりのうちの立っている子の方が先に電車を下りていくのですけど、その時もふたりともおたがいの携帯電話の画面に見入っており、声だけで「じゃね」「ん」と交わすだけ。結局、電車に乗り込んで来た時からずっと、何一つ言葉交わすことなく、眼をちらっとも合わすこともなく、ふたりともひたすら自分の携帯電話の小さな画面に見入っているという具合で。だったらひとりで帰ればいいじゃんと思うのは私だけか? 私だけなんだろうな、うん。にしても、いやぁ、すごいわすごいわ。みなさん、こんなふうにして携帯電話なる便利な代物を生活に活用なさっていらっしゃるのね。すごいわすごいわ。確か、携帯電話から文字を送る、その速度を競ったコンテストとかってあったわよね。最初聞いたときは何だそりゃと思ったけども、今日の見て、なるほどなーと思ってしまいましたですよ。みなさん、すごい。 でも。 こんなんでいいの? 携帯電話、私、持っておりません。 多分生涯持たないでしょう。肌に合いません。 携帯電話持っていればいつでも何処でも電話かけられるし電話受けられるしって確かにそうでしょうけど、何処にいても電話に追いかけられるのは私としてはたまりません。 携帯電話持ってれば約束の時間に遅れても大丈夫って、 そういうのも肌に合いません。携帯持っていようと何だろうと、 約束した時間は時間ですから。 携帯電話おたがいに持っていれば、連絡取り合って適当にやれるだろう、 っていう約束の仕方自体、 私には理解できません。そんな約束だったらしたくないです。はい。 でも一方、 便利であることは確かなことで。 よく迷子になったりする私が携帯電話とか持っていれば、 私を探す人はとっても探しやすい見つけやすいだろうし、そうなれば 周囲にかける迷惑も少なくて済むし。自分でも出先で何かあったらSOS出しやすいんだろうし。 そうです、はい、そうなんです。 でも、 「携帯持ってみれば?」 いえいえ、いいんです、遠慮しときます。 便利なんだろうなーって思うんですけど。便利さより、私には、ああいう機器はちょっと、いや、かなり、コワイです。はい。 携帯電話を持っている、忙しそうにしているみなさん、お疲れ様。 指どうぞ大切に。 今日も明日もがんばって。 |
| 2001.7.19 Thu. |
| あたいは 結構頭が固いので あたいは 結構 いい加減なので あたいは結構 好き嫌いが烈しいので、あ、かなり あたいは結構 あからさまなので そのくせあたいは結構 いろんなこと貯め込むタチだったりして 何も言いたいこと言えなくて ぐすぐすとひとり泣いたりして どっちもホント どっちもハテナ どっちも どっちか だけじゃないんだよ そうやってぐちゃぐちゃ、ぐっちゃぐちゃに 両極端や中間色が混じってできているのが この あたいでごんす。 あぁ、窓から吹いてくる風、 気持ちいい。 |
| 2001.7.19 Thu. |
| 昨日はうちの近くの港で花火大会だったようで。 すごい人出でした。買い物の帰り、駅前の道を通ったんですけど。 何処もかしこも人の山。ありんこがエサに群がっているかのように。夥しい人の山。いやぁ、壮観でした。あんな人込みを見るのはとても久しぶり。 「みんなすごいねぇ、こんな中、花火をわざわざ見に行くんだねぇ」 「すげっ。よっぽどヒマなんだな」 「あー、浴衣姿の子がいっぱい」 「こんなに人がいちゃ浴衣もへったくれもあったもんじゃねぇや」 「色気ないなぁ、女の子はきっとおしゃれしてるんだよ、ああやって」 「興味ないもんねー」 「ったく相変わらずだなぁ」 こんな奴相手にしてたらおしゃれする気なんてちーっともおきねぇよ、まったく、と思いつつ、ふと気付いたんですが。 うちら、デートってもの、したのって、一度きりです、一度きり。 あの頃お互い仕事に追いまくられてましたんで、デートなんてしませんでした。仕事の合間に、どちらかの仕事を手伝いに行ったりするという、そういうつきあいで。一度きりのデートというのも、いわゆるデートという色っぽいものからは遠く離れた代物で。 そう考えると、わたしら、恋人同士っていう時期があったんだろうか??? とても疑問に思えて来ました。わっはっは。どうでもいいや。所詮そんなもんさ、気付いたら一緒になっていたということで。あぁ私ってばいい加減な奴。 ま、そんなこたぁ棚上げしといて。 この人込みの中、手ついないでる恋人同士、腕組んでる恋人同士、肩抱き合ってる恋人同士、いっぱいいっぱいいるんだろうな。 今日一緒にいたと思ったら明日別れることになったり、明日別れた者同士が何処かで出会って新しく恋におちたり。 みんないっぱい恋をして、 みんないっぱい傷ついて、 みんないっぱい泣いて笑って、 あぁみんな、それぞれに、それぞれのカタチで、生きていくんだなぁ、 と。 とりたてた意味もなくそんなことを、しみじみ思ってみる夕べです。 |
| 2001.7.20 Fri. |
| ただいま部屋の中がダンボールの山です。 って、ただダンボールが積んであるわけじゃなくて。 ダンボールでトンネルを作っております。わーい、わーいっ 工作だっ 今日は娘とふたりだけなので、さて何をして遊ぼうかということで。 思いついたのがトンネル。 引越しのダンボール、まだ引越し屋さんに返却してないからたくさんあるんですよね。だもんで、大と中のサイズ、それぞれくっつけて、途中に窓あけたりしてトンネルです。いえーいっ こういうの好きなんだなぁ、作るのが。 で、私が作り終えたトンネルの中に入って、娘、何を始めるかと思ったらお絵描きです。私が普段使っているボールペンやらサインペンやらを引出しから自分で持ち出してきて、カキカキ。わぁ、トンネルの中が色の線だらけだ笑。 時々ダンボールからはみ出て床の上にまで線は伸び。これは娘には申し訳ないけど発見次第雑巾でふきふき。へへへ、共同作業さ。 それにしても。 四角い小さな紙の上に書くんじゃなく、 この中でなら何処にでも書いていいよーってなお絵描きの仕方、楽しい。 今日使ったダンボール、もったいないからとっておこうかな。 これをタイプしている今、娘はお昼寝中。 寝てる最中は天使なんだけどなぁ。 起きてると…こっちのエネルギーをきゅうきゅう吸い上げてゆく怪獣だ。 エネルギー吸い取られすぎて干からびないように気を付けなくちゃ。苦笑 |
| 2001.7.21 Sat. |
| あのとき手を離していなかったら あのときすれ違いさえしなければ 時々 そうやって思い出す人たちのことを 心の中で右に転がし 左に転がし 時々そうやって この人あの人を 思い出してみたりすることを 心地いいと思ったり 何となく後ろ髪引かれたり それでも 今こうして在ることは 自然なことだったんだろうなぁと 自然なことなのだろうなぁと ひとり頷いてみたりして あっちに転がし こっちに転がし 思い出を 手にとっては置き 置いては手にとって 思い出はそうやって 磨かれていってしまうもの 今はただそのままに ここに在るもの |
| 2001.7.23 Mon. |
| あまりの暑さにボケたらしく、 友達がくれたケーキの箱を冷凍庫に入れ、 そのことに気付かずにいる私。 しかもその箱を冷凍庫から出してからしばらく 冷凍庫からケーキの箱を取り出したというそのことに これっぽっちの疑問も抱かず。 気付いたときはびっくりです。 あぁせっかくのケーキが…涙。 私は娘に伝えたいと思います。 内科も外科も精神科も心療内科も 自分が必要なら使うべき場所なんだということを。 内科や外科には何の後ろめたさもなく通えるのに 心療内科やら何やらという場所に行くには 後ろめたさや恥ずかしさを覚えるなんて そんなバカな話ありません。 どうして日常的に用いるという感覚を育てられないんでしょうか。 体の病気と心の病気って そんなにかけ離れたものですか。違うでしょ。 心も体も繋がってる、密接に。 体だけ治そうったって 心だけ治そうったって 多分、無理な話だよ。 心と体と、どちらもシーソーみたくバランスとってる、お互いに。 どっちが欠けてもダメよ、 心も体も、お互いがお互いを支えてる。 治るとか治らないとか、そういう話もいいけれど 背負い込んだ荷物、より巧くつきあっていくのに どうしたらいいのかを考えることって大事だと思う。 傷とかさぁ、荷物なんつーのはさぁ、 歩いてれば必ず持つものだし、 避けて通ろうったって避けられないことの方が多かったりするし。 じゃぁぶつかっちゃったとき、転んじゃったとき、 より巧く受身をとることができるか、その方法を 学ぶ、そのことって、 とても大切だと思う。 凛と立つと同時に しなやかに しなやかに ゆるやかに立つ ということも。 うん。 |
| 2001.7.24 Tue. |
| すごいすごーいっ 雷雨だ雷雨 すんごい勢い よかった、病院から帰ってきた後で。 こんな中、歩けないよ。 今窓の外へ目をやっても あまりの雨足の勢いで景色がけぶってる 雨粒、跳ねあがる水飛沫、とどろく雷鳴、雷光、 すごいぞー、うわぁぁぁっ 一緒になって叫び出したいくらいのきもちよさ! が。 どうやって娘を迎えに行こうか。 どうやって娘を家に連れ帰ろうか。 うーむ。難問だ…あがが。 少しだけ。そーゆーこと忘れて この雷雨、ただただ見惚れて過ごそう。 |
| 2001.7.25 Wed. |
| 自分のことは、 自分で決めて、 もし後になって「あぁやっぱりあっちを選んでおけばよかった」なんて思うことがあっても、それでも、 自分で決めたことなんだからという納得を、することができる。 けど。 自分のことじゃない、他人のこと、 もっとはっきり言えば、 今まだ自分で主張することができない、娘のことを、 代わって主張してやる、ということって、 こんなに難しいのか。思ってもみなかった。 娘が二度続けて、保育園で大きな傷痕を作ってきた。 一度目も二度目の今日も、連絡帳にその傷痕のことについて全く触れられていない。退園時、先生が口で私に「すみません、実はこれこれこうで…」と話すだけだ。 おかしいと思う。 預けている、他人に預けている、という時点で、 多少の生傷は、仕方ないと覚悟はしている。 が、 だからといって、預かる方が、 多少の怪我は当たり前でしょ、なんて考え方されていたらたまったもんじゃない。 娘が自分で自分の身をどうこうできる年頃ならば。 娘が自分で、これこれこうだ、とか、あれだ、とか、 自分で説明したり主張したりできる年頃ならば、ある意味放っておくという手もある。こちらもそれについて、こういう回避の方法があるよ、とか、そういう話をきかせてやることもできる。が、 今娘は一歳半だ。指でモノを指差すことはできても、それ以上のことはできない。 そういう年頃で、 怪我について主張などできない。説明などできない。 先生から説明されたら私は、それを受け入れるしか術がないのだ。 だからこそ、 …! 見えない場所での出来事。 見えない壁を、見えないけれど厚い厚い壁がそこに在るのを 感じる。 雨の上がった、湿気をたっぷり含んだ夜空を見上げながら、溜息をつく。 何を信じて、何を疑って、 何を主張して、何を沈黙して、 歩いていったらいいんだろう。 |
| 2001.7.26 Thu. |
| 黒と赤紫を混ぜたような色をしている花豆は、朝顔の代わりに庭先に植えたりしても花を楽しめる豆らしく。私はその花をまだ見たことがないのだけれど、そういう豆らしく。ちょっと大きめの豆で、ついでに皮が厚いので。ことことことこと長いこと鍋で煮るわけで。 昨夜から水につけておいた豆をことことことこと煮るわけで。 「うげっ。何それ。豆ってキライ」 という旦那の悪口にもめげず、私はことことことこと煮るわけで。 砂糖は少なめ、とっても少なめ。仕上げに日本酒をちょっとたらして艶をつけ。 「誰が食べんの、そんな手間かけてさ」 という旦那の悪口にもこれまためげず、私はずっと煮ているわけで。 旦那が食べてくれなくても、豆が大好きな私は、花豆が大好きな私は、時間をかけて豆を煮て、ひとりでぱくぱく食べるのです。 あぁやっぱり花豆はおいしいなぁ。ふぅっ! |
| 2001.7.28 Sat. |
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