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AM12:00 中洲
「カラン、コロン」
夜はカラフルなネオンの景観が素晴らしい博多最大の歓楽地、中洲を望む
那珂川に下駄の音が響く。
男は天神から国体通りを東に歩を進め、ちょうど那珂川にかかる橋を渡っ
たところである。
男の風体はこの時代にそぐわない…いや、むしろ新鮮であった。久留米絣
だろうか、紺色の甚平を粋に着こなし、もちろん素足に下駄である。
200年以上前の幕末、薩摩に名を轟かせたヒーローの容姿を彷彿とさせた。
名は坂崎という。
「ルルルル…」
軽やかな和音が坂崎の耳に届いた。坂崎は足を止め、懐から取り出した
スティールブルーの携帯電話の着信メッセージを確認した。すばやく、意外と
しなやかな人差指でフックアップボタンを押し、左耳にあてた。
「もしもし、僕だけど…」
「あぁ、江本君…」
東京に住むハーフの友人 Cool April 江本からの電話であった。
「うん。早速だけど、知ってる?」
「なにを?」
「公式大会の告知。今日13:00からナゴヤであるみたい。」
「……」
坂崎は無言だった。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない…久しぶりで…」
坂崎は右手で細い銀ブチの眼鏡に手をやりながら、戦略が頭を
駆け巡っていることに気付き、軽い興奮を覚えた。
「じゃ、会場で合おうね。」
江本は、坂崎が参加しないことなど、まったく考えていない様子
だった。
「ああ」
「じゃ、切るね…」
江本が電話を切ったにも関わらず、坂崎は耳に携帯電話を押しあてた
ままであった。3回目のビジートーンが丁度鳴り終わるや、坂崎は
携帯電話のフックダウンボタンを左手の親指で押し、その身を翻し、
駆け出していた。
「カラッ!カラッ!カラッ!」
那珂川に甲高い下駄の音が響いた。
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