こういう理解でよろしいか


 この本は、みんなが1つは持っているコンピューターの利用法について、
深い示唆を与える本として名高く、しばしば教科書にも登場しています。

 これは、あるソフトウェアハウスに入社した「私」の物語です。

 「私」は入社してすぐに、変り者の先輩プログラマーを尊敬するようになります。
 先輩は社内的には成功していませんし、それほど仕事を熱心にやっているわけでもありません。
 しかし「私」は先輩のコンピューターに関する深い知識に魅かれるのです。

 「私」は先輩にいろいろ話を聞きますが、先輩は短いアドバイスしかくれません。
 「先輩が新入社員だったころは、どうだったんですか?」
 と聞いても、はぐらかされてしまいます。

 そんな先輩がある日突然、会社を辞職します。
 そのとき先輩は「私」に長い手紙をくれました。
 その手紙に、先輩が新入社員だったころの話や、先輩が会社をやめるに至った理由が書いてありました。

 先輩はDOS時代の人でした。
 このWindows時代にDOSの話はやや古くさいのですが、
 コンピューターをはじめて導入したころの混乱や、先輩が新入社員だったころの気負いや失敗、挫折の体験談は、DOSとかWindowsの差を超えて「私」に伝わったのです。

 たとえば先輩はコンピューターは壊れない、と無条件に信じていたのに、
 ハート(おっと! ハードか)をクラッシュさせてしまい、ものすごくショックだったそうです。
 それ以来、先輩は必要以上にスキャン・チェックをするようになったのでした。

 また先輩が、だんだんコンピューターに詳しくなっていく過程を、
 ごく細かなことでもしっかり書いててくれてて、それがその手紙の魅力の柱になっていました。

 何も知らないのに先輩に生意気な口をきいたことを、あとで後悔したり、
 それほどコンピューターについて知らないのに知った風な口を聞く先輩を嫌悪したり、
 そのときは「ちょっとしたテクニックを覚えた」としか思ってなかったのに、
 あとで自分はとても重要なことを知ったんだと気付いたり、といったことです。

 そのうち先輩はあるクライアントと知り合い、とても良好な関係を築きあげます。
 そしてクライアントから、会社の命運を賭けた大きな仕事を貰えそうになります。

 しかし先輩はプライドのために「その仕事が欲しい」と言えなかったのです。
 先輩は、もう少しプログラムの技量を上げ、向こうに頼まれてから、仕事を引き受けようと思ったのです。

 ところがここで、Kというライバルが現れました。

 Kは先輩の子供の頃からの友達でした。
 Kはプログラマーとして優秀でしたが、バリバリのコンピューターオタクで、
 自分のコンピューター技術につねに不満を持っており、そのために精神的にまいりかけていました。

 先輩はKを人間的に成長させてやろうと、自分の会社に入社させ、気のいいクライアントに会わせたりしました。

 そのうちにクライアントとKは仲良くなりました。
 やがてKは、クライアントの仕事を奪ってしまいそうになりました。

 Kは人を疑うことをまったく知らない男で、先輩に「どうしたらクライアントの仕事が貰えるだろうか」と相談しました。

 これはマズいと焦った先輩はKに
 「君が得意としているUNIXの特性は、本来クラテCアントの要求しているような低レベルの作業には向いてない。
  クライアントの仕事を引き受けるより、UNIXの技量を向上させるほうに専念したらどうか」
 と言いました。

 先輩はKがコンピューターオタクで、コンピューター技術の向上を何より心がけている、と知っていたのです。
 そしてその直後に、先輩はクライアントに「仕事をくれ」と頼みました。クライアントは先輩に仕事をまかせました。

 Kはとても落ち込み、退職してしまいました。
 しかしKはあくまでお人よしで、仕事が取れなかったのはUNIXがクライアントに合わず、
 また自分にはコンピューターの技量がなかったのだ、と考えていたのでした。
 
 いっぽう、先輩の頭からは「Kを騙してしまった」という思いが離れません。

 クライアントの顔をみるたびに
 「自分よりKのほうが、ずっとうまくやれたのに」
 と思ってしまいます。

 そうなるとクライアントの仕事も熱中できません。クライアントを怒らせることもたびたびでした。
 それでも先輩は、すべてのいきさつをクライアントに打ち明けることができませんでした。
 先輩はクライアントに、「あなたはとてもアンラッキーだったのです」としか言えませんでした。

 先輩はいつ会社をやめようか、そればかり考えるようになりました。
 しかし自分を信頼してくれるクライアントを考えると、なかなか退社には踏み切れなかったのです。

 そこに大きなニュースが舞い込みました。
 Windowsの登場と、それに伴うDOSの「これ以上のバージョン・アップはしない宣言」です。

 先輩は、先輩の尊敬していた天才プログラマー「ノギ」が、DOS時代の終焉とともに退職した、という記事を読みました。
 「ノギ」の辞職願には、
 「私はある仕事で失敗して以来、ずっと退職しようと考えていたが、ついズルズルここまで来てしまった。
 DOS時代の終わりを機会に退職したい」
 と書いてありました。

 その退職願いは、先輩の心そのものでした。
 先輩もノギを見習って、会社を退職したのでした。

 夏目漱石「こころ」集英社文庫、1991.2.25、310円、ISBN4-08-752009-9。


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