空が好き
音が要らないから
でも、貴方の声は良く響く
何処までも何処までも








・・・・・・・・・声




『またね』

不二が菊丸にそう伝えてから、一日がたった。

今はお昼休みで、本当なら菊丸はいそいで旧校舎の屋上に向かっているだろう時間帯だ。昨日から、とにかく菊丸は不二に会いたがった。クラスも学年も分からない。でも、屋上に行けばまた合えるかも知れない。菊丸はそう思っていた。
しかし、朝方はどうにか持っていた天気も昼前にはとうとう崩れだし、今はここぞとばかりに雨が降り続いている。

お昼を食べ終えて、自分の机に突っ伏して、昨日の出来事を反芻する。

『またね』

音のない声で綴られた言葉は、耳に響く変わりに心に響いた。口の聞けない少年を思う。

「あいつ、何組なんだろー。背低かったし一年だとは思うんだけどなー」
「あいつって誰だ?」

いつもの菊丸らしかぬ態度を不思議に思い、クラスメイトである乾が声をかけてきた。

「俺に言えばすぐに悩みは解決するぞ?さあ、誰か言ってごらん」

乾は菊丸の後頭部をポンポンたたいて、含みのある口調でそう言った。元気のない菊丸を励ます・・・・というよりはからかう為にやってきたという感じだ。

菊丸もそれを悟ったが、乾の情報量の多さにつられて、口を開いた。

「不二ってやつ、何組か知らない?」
「なんだ、不二か。お前あいつに会ったのか?」
「乾、知ってるの?」
「知ってるも何も、俺とあいつは幼なじみだからな」
「え――――――!!」

叫ぶと同時にガタンと椅子から立ち上がった。
クラスの視線が菊丸に集中したが、本人はそれどころじゃあなかった。聞きたいことが山ほどあって、ちょっとしたパニックを起こしかけていた。

「じゃあ、じゃあ、不二、しゃべれないってのも・・・」
「本当だ」
「そっか・・・・」

がっくりして、倒れた椅子を起こして、再び席についた。急におとなしくなった菊丸を見て、乾は笑った。

「不二にあったって事は、手塚にもあったのか?」
「うん。あ、ひょっとして、手塚ってひとも幼なじみなわけ?」
「ああ、俺たちは小さいころからずっと一緒だ」

こんな身近なところに不二の過去を知る人がいるなんて、世界は意外とせまいな、と菊丸は思った。

「不二と手塚は5組だ。あっち校舎じゃ有名みたいだが・・・・・まぁ、校舎が別だから、お前が知らなくても無理はないな」
「あっちで有名??」

それって、見世物にされてるって事?菊丸は乾の言葉に敏感に反応した。誰にともない怒りが込み上げてくる。
目つきがするどくなった菊丸に苦笑して、乾はつけたした。

「いや、お前が思ってるような事じゃなくてだな、ほら、あいつらは良く目立つだろう?二人で居ると特に。だから、そういうことだ」

ああなるほど。聞いて納得した。確かに言われてみればそうである。かたや長身の眉目秀麗、かたや華奢で少女ともみまちがえるような美しい少年。目立たないはずがない。

「俺か手塚か、どちらかが不二と同じクラスになれればいいと思っていたんだ」

菊丸は乾の発言に昨日のことを思い出した。
乾も、手塚のように不二の言いたいことなどが分かるのだろうか。
いいようのない感情が、少しずつ芽生えていった。




・・・・・・・




暫らく経って、手塚が菊丸のクラスにきた。

「乾!不二、来てないか?」

教室の戸を勢い良く開けて、乾と菊丸のところに歩み寄った。

「不二?いや、今日は一度も来てないが。また居なくなったのか?」
「ああ、まったく。傍から離れるなって、あれほど言っているのに」

呆れたようにため息をつくと、二人のやり取りをボーっときいている菊丸と目があった。

「・・・・お前、昨日屋上にいた・・・・」
「お前じゃなくて、菊丸エージ!」
「そんなことはどうでもいい。不二を見なかったか?」

どうでもいい発言に菊丸は少しカッとなったが、そこは堪えて答えを返す。

「見てないけど・・・・。居なくなっちゃったの?」

手塚は無言で頷き、それなら用は無い、と言った感じで足早に教室から出て行った。

「感じ悪」

呟くと、乾が笑って、あいつは不二のことになると性格が変わるんだよ、本当はいい奴なんだ、と教えてくれた。

「乾は心配じゃないの?」
「まぁ、あいつももう中学生なわけだし、大丈夫だろう。しかし、最近あいつは独りで何処へでも行き過ぎるな。学校内ならまだいいが、街中を独りで歩かれるのは困る。人攫いでも居たらどうするんだ、まったく」

大丈夫だろう、といった割には口数が多い。きっとこいつはこいつなりに心配でしょうがないのだろうと菊丸は思った。
大切に思われている口の聞けない少年を思う。

一目見たら忘れることなんて出来様のない、その姿。砂色の髪と砂色の瞳。空に溶け込みそうな白い肌。声を出さない口。


『またね』


「!」

菊丸は何かを思い出したかのように、勢い良く立ち上がった。

「どうした?菊丸」
「俺、ちょっと行って来る!」
「行くって何処へ?もう授業が始まるぞ??」
「うん。乾!後は任せた!」

後ろで何か言っている乾を置いて、菊丸は教室を飛び出した。

もしかして、あの場所に居るのかもしれない。

外に降る雨の音が、やけに耳についた。






旧校舎の階段を上って、最上階を目指す。屋上に出るための最後の踊場を曲がろうとすると、そこには不二が居た。

「・・・・・・」

不二はにっこり笑って手をひらひらとさせていた。その間の抜けた仕草に脱力して、菊丸も不二の隣に座り込んだ。外に通じる、重い扉の前に座る。外からは雨の音しか聞こえなかった。

「手塚が探してたよ・・・・・もう、こんなところで何やってるんだよ」

怒ったように言うと、不二は困った顔をして俯いた。
ため息をついて、ほら、授業始まっちゃうよ、いこ?と手を差し伸べると、その手を無視して不二は訴えるような目で菊丸を見た。

「・・・・・?何??」

訴えられるような目で見られても、菊丸には不二が何を伝えたいのか解からない。其れを悟ったのか、不二がさし伸ばされてほったらかしにされたままの菊丸の手を掴んで、なにやら手のひらに書き始めた。

『またねっていったから』

不二の細い指が、文字を連ね終えて、一つの文章になる。

『ここにくればまたあえるかとおもって』

一字一字ゆっくりと丁寧に書き終えて、不二はにっこりと笑った。

「俺に会おうとおもって此処に来たの???」

 こくり。

「もしかして、ずっと待ってた??」

 こくり。

「・・・・あのねぇ、不二、外は雨が降ってるんだよ?」

 こくり。

「普通こんな日に屋上なんか来ないって」

不二は菊丸の言葉にしゅんとして俯いた。
心なしか口を尖らせて。その子供のような仕草に、菊丸は顔を緩める。

「それにね、俺だって会いたかったんだからね!」

言いながら砂色の髪をくしゃくしゃにしてやると、不二は顔を上げて嬉しそうに、うん、と頷いた。

「明日は雨が降っても来るから、今日はもう教室に戻ろう?授業ホントに始まっちゃうよ」

 こくこく。

「!そうだ!!明日から一緒にお弁と食べよっか!屋上でサー。どう?嫌??」

菊丸の提案に不二は笑顔で返した。

出逢ってたった二日しか経っていないのに、どうしてこんなにも同じ時間を過ごしたがるのかが、二人にはまだ解からなかった。

「ま、いっか」

だれにともなく言って、菊丸は不二の手を引いて教室に戻っていった。




・・・・・・・・・・・

モドル
→ススム

9:40 01/05/05




マイ設定では、手塚ブッチョとデータマン乾と先輩は幼馴染なんですよ・・・。
菊丸君とは中学校からの付き合いがイイです。
そんな話。(違う)