*** *** *銀雪*弐
オレが病室を訪れると、フジは決まって同じ台詞を繰り返した。
「エイジ、窓を開けておいて。ここからでも桜が綺麗に見えるように。」
もうどこの桜も散ってしまった頃だというのに。
オレがそう言うと、虚ろな目で窓の外を眺めながらフジは言う。
「でもきっともうすぐ咲くよ。僕、それを待ってるんだ。エイジ、僕が寝ている間に咲いたら、すぐに僕を起こしてね。
おねがいだよ。僕ずっとそれを待ってるんだ。」
オレは、分かった、絶対起こすから、と笑って言う。
哀れみではないと自分に言い聞かせる。
夕暮れの赤い部屋で、橙に染まったフジがどこかで聴いた歌を歌っていた。
「なんの歌だっけ?」
オレが尋ねると、フジは微笑みを返すだけで、また窓の外に目を向けた。
オレは気にせずベッド脇の椅子に腰掛けて、夕日でいつもより立体感の強調されたフジの横顔を眺めた。
以前よりずっと幼く見えるのに、どこかつかみ所のないものを感じた。
“ 果てしない、永遠の孤独 僕を縛り付けられるのは、そんなものではない
どんなに悲しいことも 誰もがついには忘れてしまう きっとそうでなくてはならないから
でもそんなものなら、僕はいらない もっともっとちっぽけな、たった一つのものでいい
だからこそ愛おしいから ”
透明感のあるアルトの声で、フジは呟くように歌う。
物少なに整然として、清潔感漂う病室は、穏やかな空気で満たされていた。
こんな風に和やかな二人の時間を過ごすとき、オレには、以前とは違った形ではあれ、平穏でささやかな幸せのある生活が帰ってきたように思えた。
いつの間にか、以前のフジを思い出すことも少なくなっていた。
本当は、前と何も変わっていないんじゃないかっていう錯覚にとらわれることさえあった。
きっとうまくやっていける、オレは唱えるように心の中で繰り返す。
夕日はさらに赤みをまして、夕闇が訪れるのも間もなくと思われた。
フジの歌が聞こえなくなった。物思いに耽っていたオレは、不二の変化に気付かなかった。
さっきまではただぼんやりと窓の外を見つめていたフジが、今ははっきりと“何か”に焦点を合わせ、そしてどこかうっとりとした目でそれを見つめていたのだ。
フジはまるで、子供がほしいくてたまらない玩具のショウウィンドウを眺めているような顔つきだった。
オレは、はっとしてフジの目線の先を追った。
夕日を浴びる町並み、時折通る路線電車・・・もっと奥だ。
手前から向こうの夕日に向かって延びる川、橋の架かった堤防の上の散歩道、その道の両側に立ち並んでいるのは、もうすっかり色の変わった葉桜だった。
ついこの間まで、あんなにも人々の目を引き、凛々しく立ち並んでいたころの、あの存在感は、今やどこにもない。
けれど確かに、フジがこの病院に運ばれた日、初めてこの病室に入った日、この窓からあそこに美しい桜の並木道が見えたのだ。
フジは魅了されてしまったように桜に見入っていた。
「・・・似てると思うんだ。」
何が?
「永遠っていうところとかね・・。」
ああ、歌の歌詞こと?
尋ねることも、相槌をうつこともせず、俺はただフジが話すのを待った。
「でもきっと孤独じゃないよ。だから、怖くはないよ・・・。」
そう言って目を細めるフジの顔は、情緒の発達が未熟であるかのようで、けれどオレはその表情に何かゾッとするものを感じた。
何を言ってるんだよ、フジ?
困惑するオレの隣で、フジは幸せそうに微笑んでいる。
「もう、一人で眠ることもなくなるよね?」
分からないよ、フジ。何?なんのこと?
「フジ、散歩でもしようか?看護婦さんに許可を取れば、中庭に行ってもいいって。ねえ、天気もいいよ?」
フジはゆらゆらと首を振った。
引き繋いでおかないと。
今日のフジはいつもよりひときわ曖昧で危うい感じがする。
オレは必死に考えを巡らせたけれど、うまく言葉が出てこなかった。
フジは、どうして俺を呼んだんだろう。漠然とそんな疑問が頭をよぎった。
おれはひどく憂鬱になる。熱心に窓の外を見ているフジを見て、信じていた相手に置き去りにされた様な気分になっていた。
フジは相変わらず何かを呟いている。
「母さん・・・」
フジが病室からいなくなったのは、その日の夜のことだった。
→戻ります。
有難うひよこ!
なんてゆうかアレよね!疑い様の無いアレよね!!(何よ)
キクちゃんってば恋しちゃってジュテ-ムよね!(妙に今日はハイテンションです)
菊丸君てばほんとに先輩のことが好きなんだからぁ!!(決定事項)
ってゆうかさ、この詩はひよこが考えたそうです。
わたし何の詩か聞いちゃったじゃないの!
自分詩ってか!そりゃこの世に無いよね。
次も宜しく(メガドック)←ヒゲ部発言。