「エイジ、窓を開けておいて。ここからでも桜が綺麗に見えるように。」
フジが笑う。歪んだ病室。オレは気が遠くなるのを感じていた。
** ** * *** *銀雪
フジは、オレの初めてのアルバイト先のコンビニで働いていた。
オレはフジの、歳とはかけ離れた純粋さが気に入ってすぐに仲良くなった。
フジは学校に行っていなかった。中学を卒業してからすぐに働き始めたという。歳も二つくらいごまかしていた。
ときどき頬に痣をつけてバイトにでてくることもあって、オレにも彼が家庭内で何か問題を抱えていることは察しがついていた。
後になって、彼の生きる姿勢はひたむきと言うより必死で、それは純粋さとは裏腹な何かを、奥の方に押さえ込んでいたからではないかと思った。
オレはフジに惹かれ、彼に興味を持ちながらも、彼の蔭の部分を知ること避けていた。
一年ほどたって、フジが急にバイトを休み始め、見舞いに行こうと決心したとき、オレは自分がフジの家がどこか聞いたこともないことに気付いた。
それから一週間後、バイト先に電話が入って、オレは近くの病院にフジが運び込まれたことを知った。
二時間ほど意識のなかったフジが目を覚まし、最初に言った言葉が「エイジを呼んで」だったという。
哀れみを含んだような看護婦の目から顔を背けた。
オレが何かに押しつぶされそうな思いで、案内されたドアを開けると、フジは何もかもが白い病室で力無く笑んでいた。
病室のドアを、ノックも忘れて押し開けたオレに、小さく久しぶり、と言った。
病院で与えられたのであろう寝巻きが、彼をいっそう弱々しく見せていた。
静かな瞳の色も、穏やかで柔らかな表情も変わってはいなかったが、おれはフジが何かを決定的に欠いてしまったような気がしてならなかった。
心臓が鉛のようにひどく重く、鈍い冷たさを持っているようだった。
「フジ・・・少しやせた。」
やっと絞り出した言葉だった。
実際フジの頬は、一週間前に見たときより幾分痩けているようだ。
顔には見慣れない痣や絆創膏が増えていて、オレはいたたまれなくなる。
「ねえエイジ、桜、見た?」
「え?」
「ほら、あの窓から桜が見えるんだよ」
フジの指さす窓からは、確かに桜の木が見えていた。堤防の上の小道に,こんもりとした薄いピンク色の固まりが並んでいる。
まさに今が盛りのその姿は、一年間待ち望んだこの時を歓喜しているかのようだった。
「ね、綺麗でしょう。」
「ホントだ・・。」
フジの目はうれしそうに桜を見つめる。
「さっき、どうしても桜のみえる部屋がよくて、看護婦さんにお願いしてこの部屋に変えてもらったんだ。」
オレは少し怖くなった。言いようのない違和感が俺を取り巻いていた。
「・・・フジ、そんなに桜好きだったっけ?」
「今日、好きになった。」
フジはオレに無邪気な笑顔を向けた。その笑顔が、どうしようもなく空っぽな気がした。
もしくは強烈に一つのことしか詰まっていないような。
何が変わってしまったのかはオレには分からなかった。
前までの純粋さは、色を変えて残っていたけれど、でもそれでは全く違うのと等しい。
妙にけだるい、無力感漂うような雰囲気の中、でもなぜか目の奥には何かを待ち望む、ひどく幼いような表情が見える。
彼は全く矛盾した成長を遂げたみたいだった。擦れた表情と、無邪気な表情が同時に彼に与えられている。
もう違うんだろう。彼は、新しく始まってしまった。
でもきっとそれは喜べないことだ。きっと代わりに大切な物をなくしている。
何かがひどく歪んでいる。・・・否、オレもかもしれない。
オレは心のどこかで、以前よりもずっと強く、フジに惹かれている自分に気付き始めていた。
ドアを開ける音がして、さっきオレをここまで案内してくれた看護婦が入ってきた。
「今日の面会はこれくらいにしてください。フジ君、もう消灯ですよ。」
「じゃあね、エイジ。また、明日も来てね?」
子供のような顔で言う。
「うん、また明日」
そう言って病室を出た。
オレはここに、フジの元に、これからも通うことを決めていた。
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ひよこさんに貰ったんです。レイアウト勝手に変えちゃってごめんね。
(題名気に入ってくれた??)
いいですね〜、36レボリューションですね!!(彼女が)
彼女の36は儚くて良いですね。
またちょうだいね!(鬼)
受験頑張ろうね(笑)
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きっと泣いて喜ぶでしょう。