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■ 休憩時間中、部室内で、喧嘩めいたものがあった。らしい。 そのときコートに居た、後輩に呼ばれ、少し時間が経過してから入ってきたレギュラーの面々は、 その事情を知らない。 部室にいたのは、菊丸英二・不二周助、他三年が数人(青学テニス部にも、レギュラーではない一般部員の三年生というのが、当然一応存在する。モブ扱いだが)。 菊丸が腕で顔を覆うようにして嗚咽していて、傍らで俯いて黙っていた不二が。 誰よりも早く気配を察し、振り返ると、じっと難しい顔で其方を見た。 ばっと面を上げて何か言いかけた菊丸を制し。 手塚が求めるはずだった、一言を先に。 切れた唇に血をこびりつかせ、腫れはじめた頬をおさえた三年と、心配そうに覗き込んでいる数名がぽかんとしたカオで不二を見て、菊丸を見たが。 不二に視線を戻したところで凍り付いた。 「ええと‥‥それは本当か?」 困惑したように双方を見比べるのは副部長の大石。 彼の目の前で、壊れた人形みたいにがくがく首を上下させる三年生。真っ赤になった顔でうーうー呻る菊丸、もう一度、にこりと笑って同じ言葉を繰り返す不二と。 その、通常の喧嘩とも思えない雰囲気に、こういった場では常になだめ役、仲裁役に廻る大石も。 居合わせた皆の視線が、部長に。手塚に収斂した。 ■■ 指が痛くてひりひりする。折り曲げた指の、節の部分が。風があたるたびに、ぴりぴり痛む。 少しめくれた皮膚、針で刺したみたくぽつぽつと薄赤く滲んだ血。 菊丸はぼんやりと手を見つめたまま握ったり開いたりを繰り返す。 うまれてはじめて、冗談とかじゃなくって、兄弟喧嘩でもなくて 本気で人を殴った。 ───しかもカオ、殴っちゃった。 (うわー、マンガみたい…。) あんまり考えたくないけど、この指の出っ張りの擦り剥いたのは歯にあたったんだよ。 ちゃんと消毒しなくちゃ。 きもちわるい、ちゃんと、ちゃんと。 菊丸の足をぶらぶらさせている植え込みの前を、十何度目かに不二が通り過ぎる。 息を切らせて、それでもちらりとこちらをみて、何か意志を伝えるには短すぎる接近で、息が苦しいから笑いかけてもくれないし、また離れていく背中を、ぐるりと首をめぐらせて菊丸は見送る。 不二の。 指にも。絆創膏。 黄色いガーゼに滲んで固まった赤茶色。 あれは不二が。不二の尖ったきれいな白い糸切り歯で咬み切った傷。ジショウ。(自傷?) ヒトを殴って出来たこの手の指と同じ場所に。 不二が見えなくなって、また一周して戻ってくるまでじっと待つ。 まばたきするたびに、ネガ写真に似たクラブハウスの暗い残像。 頭に血が上った瞬間。 あんまり思い出したくないけど。 気がつくと殴ってた、っていうよりはマトモに思考が働いてた気がする。 許せなかったから。ゼッタイに許せなかった。それはほんとう。今でも。 お腹の底は熱くてどろどろ黒くて、頭の芯はつめたくて薄くて赤い。ような。血の温度差にくらくらしながら。 もういっかい、そう体は決めて動いてた。痛む拳をかためて、もういちど。 それなのに、不二がすごく冷静に止めに入って。 何をしたのか解らないけど、上から手首を押さえられただけで肘までぎしぎしゆって動かなくなって。 「わかってる?大会前なんだよ」 いつもと変わらないトーンで云う不二が、見上げてくる。人形みたいなきれいな無表情。 不二には表情のバリエーションが少なくて、笑ってなきゃ無表情だ。そのかお。 「な‥‥んで?」 はじめ、びっくりした。ぐるぐるわけわかんない不安が、不満が、込み上げて。 じわっと、自分の目が熱くなって、鼻がツンとして。涙の被膜が不二のかおを歪ませた。。 なんで、なんで?俺が悪いの?何でおれが悪いの?だって、だって。不二が。不二は。俺は不二が。 「大人げないよ、英二。ただのいたずらでしょ」 ためいき。なんで。なんで不二がためいきつくの? 「‥‥きっとこれから手塚たちが呼ばれるけど。英二は黙っててね。ぼくが説明するから」 力を込めないで、おれの腕を降ろす。おれの手の上に少し冷たい不二の指の感触。 折り曲げて強張った指を、その上からつつんでくれるみたいに。 ────でも、手、離して、はなして、不二、ナミダ、出ちゃう、出ちゃうから。 喉に力を込めすぎて、我慢しすぎて痛い。痛い。 不二が。フジがおれに呆れて。でもフジが。痛いのは。悪いのはあいつで。 「…な…あ菊丸、どーしたんだよ」 痛そうに、でもよくわかんない愛想ワライを浮かべて不二の肩越しにあいつが。 「…なんで殴られたの?俺」 周りの奴等に首を傾げて。 不二が笑う。ちりんと鈴が揺れるように涼しいこえで。 「英二だって機嫌悪いときくらいあるよ。こんなでもニンゲンだからね」 あたまの中身はネコだけど。なんて不二は言い訳にもならないことを普通に言って、おれの頭を撫でた。 フジの為にオレは怒って。ぼろぼろ泣いて。 本気パンチまでしたのをなんでもないことみたいに、そんなふうに普通みたいにゆったって無理があってオカシク思われて・もうとりつくろえないよ。 喚きたかった。癇癪おこした子供みたいに・フジはおれのだって。ヒドイことしたら、おれがゆるさないんだって。 フジの好きなりんごジュースの。転がったペットボトル。 酸っぱいニオイ。 ■■■ たったったっ。 走る不二の、足音。 何十周だっけ。手塚が、顰め面で。 手塚は不二を怒鳴ったりしないけれど。 なんか、おれのほうを睨んでた気がするんだけど。 手塚には判ったんだろうか。悪いのは不二じゃないって。殴ったのは不二じゃないって。 おれは不二がすきで。だいすきで、フジもおれがすきって・云ったことないけど、言ってもらってないけど、 たぶん、なんとなく。すきじゃなかったら、居てくれないとおもうから、不二は。不二は余計なものなんにも持ってないし、何にも依存しなくても平気だから。おれが好きって云って、黙って微笑ってくれるのはフジもそうだってことだとおもう。 うれしい、うれしい、うれしいけど痛い。ナミダがまたちょっとでる。 (不二の手からおれが。 床に落としたペットボトル。溢れ出した中身。割れた卵みたいにみずたまり。) (もっと、もっと悪いのは前ウチにあった牛乳かもしれない。 傷んだまま冷蔵庫で冷えていた牛乳。) (硝子のコップ。 割れた欠片で怪我をした。あのときも。指に。) 「‥‥‥‥英二」 ぽたんと。 前髪を濡らした汗が、渇いた土に染む。 「シャワー、使ってくるから、待ってて」 「うん‥‥‥‥」 ■■■■ 「だって好きだから、ですませられるものじゃないって、」 なんにも云わない・アヤマラナイ、おれに、ほんの少し怒ったみたいに、不二が 「わかってるよね。英二も。」 言う。 ゆうやみに、部室棟の、最上階の天文学部の鍵の閉まった扉の前に。 二人寄りかかって座って胡坐なおれと体育座りの不二。 辛気臭いことこの上ない雰囲気。 「だってすきなんだもん」 半ば意地になったように呟く。 「‥‥どーぶつみたい」 「じゃあフジは磁器人形だよ。血もナミダもないもんね」 「疑われたらね、用心しないといけないんだよ。一度疑われたものは簡単に本当にされちゃうから。」 「姉ちゃんたちはきっとわかってくれるもん。っていうかカゾクはきっとなんとかしてくれるって。」 「うちはそうはいかないよ。まあ家なんて出ればいいんだけど。どう考えても高校三年までは扶養に入っているほうが楽だよ。進学したいし、ぼく。」 ‥‥ああ、でも外聞悪いから事故死させられるかも。 本気とも冗談ともとれない不二的発言。 「じゃあカケオチするんだよ」 絶対本気・実現性ゼロの菊丸的宣言。 「学校通いながらバイトして生計支えるなんて無理だよ。テニス続けたいし」 「うん。おれもテニスしたい。」 やっぱりダメだね。そう小首を傾げて、窺ってくる不二がカワイイにゃあとか端っこで思イながらも・菊丸の思考はもう全然関係ないとこに跳んでいて。 「うんとね。思い出してた。フジが。おれんち来たとき、間違って古い牛乳飲んだ」 よね。憶えてる? 「‥‥‥‥‥‥‥‥あれは‥‥大変だったね。ぼくが。」 さすがに思い出したくないのか、どことなく不二の声が低くなり。 勝手知ったる菊丸家で、 『喉乾いた』 『冷蔵庫の中のてきとーに飲んで』 こんなやりとり。 家族の人数分広い家の広いダイニングキッチンに戻った菊丸は、微かに漂う異臭に鼻をひくつかせ、 『ねえ、これ、なんか、』 半分も飲んでからやっと不二は菊丸に訊ねた。ニオイが変なんだけど、と。 『もしかして、牛乳じゃないのかな?』 そんなコトがあって。(病院にいかなきゃいけないような事態には至りませんでした。が。) “麦茶と蕎麦つゆ”くらいならカワイイ間違えですむのに。(のに?) 「今日のはお酢。しかも林檎酢なんでしょ?体に悪くはないよ、きっと」 わざわざ用意してきたんだね、ご苦労様だよねなんてほんとうに平然と、不二は笑う。大体いつの時点で中身の正体に気付いたのか、菊丸がペットボトルを取り上げてからか、口に含んだ瞬間か。怪しい。と菊丸はおもっている。 そう思うのは菊丸だけじゃない。 冗談みたいな不二の味覚。りんごジュースと、林檎酢の、区別が付くでしょうか。なんて。怪しい。ホントに。 しかし後輩だったら、絶対やれない。賭けのネタにするにしても、相手はちゃんと選びましょう。いや選びます。 でも同じ学年の。3年の彼らは。レギュラー至上主義の青学庭球部で、いつのまにやら3年にもなっちゃって、今さら死ぬ気でテニスもなあ。中学部活だしなあ。みたいな・ヒラ部員な3年生は。 乾汁を美味しく飲める『天才』不二の味覚に抑えきれない人並みの好奇心で。 それ以外の、レギュラーにも非ず・未来と可能性のある下級生にも非ズで、透明な空気かもっとアレな余剰二酸化炭素みたいに無為無駄無価値の存在として扱われてきたようなそれ以下だったようなあと数ヶ月の部活生活に沈殿した澱をナントカ自力でふわりと攪拌するような。そういうイタズラ。 実際には、菊丸が騒がなければ。あんなことしなければ。まったくもって、何事もなく、他愛のない、いたずら。 みんなドッと笑って、賭けに勝ったり負けたり。 不二だって、そんな程度でキレたりしない。手塚じゃあるまいし。海堂じゃあるまいし。亜久津じゃ(以下略) 「不二はさ、なんでわかんないの?」 菊丸は涙目で眉を吊り上げる。 また何やら自分内で感情を盛り上げてしまった様子だなあと不二は英二を窺って。 「‥‥‥なにが?」 わかんないよ。そう言外に滲ませて、階段の下に視線を落とす。 だって、菊丸と不二はぜんぜん違う。性格も。価値観も。考え方も。色んなことが。 『英二が猫なら、自分は泥人形みたいなものなんだろう』と不二はおもう。 猫の眼には、人間に見えないことが視えて、暗やみでもものが見えて、聴覚だって嗅覚だって、ずっと鋭い。 まばたきの回数や、ほんの僅かな声の高低、そんなもので相手の気分を当たり前みたいに自然に探り出す。 ぼくは鈍くて。今もわからない。英二を苛立たせているんだろうと思う。漠然と、いつも。もっと。変わりたいと思う。思うけれど。 薄闇に、自分のほうが余程ビスクドールみたいな、彩変わりの瞳孔を菊丸は、熱に潤ませて、 「もしさ、」 そう、息苦しいくらい早口にひと息に。 おれのシンユウとか奥さんとかコイビトが。耳の聞こえない人で、 聞こえないのに目の前でみんなにイヤなこと言われてたらね。 もし目の見えないヒトで、バカって書いてある手紙をもらったらね。 「‥‥‥‥‥‥‥‥。」 「───ぜったい殴るもん・そんなことしたやつ」 きっぱりと毅然と言い募る。 「ゆるさないし、おれ、アイツらのこともゆるしてないからね!」 そういうことなんだよ!って。真剣な、怒りに濡れた瞳。 のろのろと不二は、菊丸の横顔を見つめて。 瞠目なのか、困惑なのか──────ぼくは。唇だけが、幽かに動く。 (だってね、だってね。) 菊丸まめ知識。 ニンゲンの痛覚は体をまもる為にあるんだって。ぎゃーイタイ・手当てして!とか、胃が痛い!ストレスだよ飲みすぎだよ食べすぎだよ休養して!とか。アラームみたいな自己ボーエイ機能なの。 だから、味覚も、きっと同じで。 だから。 食べられないモノとか、お腹をこわすようなものがワカンナイ不二は、きっと生きものとしてすごくヨワイ。 エェ不二が!? なんて笑わないで。 確かに不二は天才でなんでも出来て強いけど。 何度もワルイお妃サマに暗殺されかかっているくせに・賢いくせに・誰が見ても怪しい毒りんごを食べちゃう白雪姫みたいだって思うんだ。面白がってるだけなの?ホントに気付いてないの?わかんないけど。 エチゼンスマッシュやジャックナイフが打ち返せたって、プリンのキャラメルソースと灰皿の底のタールの区別がつかないのって、とてつもなくどうしようもなく・もー、お皿取り上げたいくらい駄目でしょ。 そうゆうフジを守るタメ。なんでも毒見でもなんでもしてあげるよ。ねえ。フジがテスト前に、おれに公式の覚え方とか、暗記の仕方考えてくれるみたいになんてゆうと真剣味薄いけど、とにかく。 向けられる悪意をなんでもないみたいに不二が許しても、おれは赦さないから。 決めてるし、お姫様をまもるナイトみたいにジブンジシンに誓ってるし。 菊丸英二にとって、これ以上ないくらい、正論。なのに。 当の不二に怒られて、みんなにわかってもらうのも駄目だって。 「なんで‥‥なんで、おれ、フジがすきなのに。」 ぎゅっと拳を握る。今日はもう何度目か。ぱたぱたと、その上を、濡らす雫。 「フジはおれのだもん。フジをまもるのはおれで、だから」 他の誰に出来ることでも。ホントは要らないコトでも。 だって、誰にも云えなくても、好きドウシなんだよ。 きれいなフジ。じっとこっちを見てる、なんかの拍子にはみんながどきどきするくらいキレイで、そのたびにおれが焼餅ヤクんだよ、不二。 たとえば手塚が顰め面でムズカシイカオでフジを見てる目とか。苦しそうな。 部室で。不二が当たり前みたいに制服を脱ぐ、そゆときにおれがフジにさわりたくってしょーがなくなるのに、そゆときに他のヤツも手が止まってて不二のことチラチラ目の端で見てんのとか、さらさらした髪の毛とか、骨格の細い薄い肩とか背中とか腰とか、そゆ目で見られてるって不二はわかってない。そういうのむかむかしてガマンできないって云っても解ってくれない。おれがヘンなの?ヘンタイなの? おれが厭なのって、あたりまえだと思うのに。誰にも、なんにも、いえない。 「─────女の子だったらよかったのに。フジが」 自然に声がきつくなって。こんなこといったら、フジが痛いのに。 「こんな隠さなくってもいいし、いろんなことに気をつかって、ガマンしなくちゃいけないのって‥‥」 癇癪おこしたみたいに、ドン、って、床を、痛いのに、殴って。これ以上言わないように。痛くする。 そしたらエイジ、って不二がびっくりした声で。呼んでくれて。俺の拳を両手でぎゅっとくるむ。それ以外は何にも云わないでくれて。 居てくれたから。まだ平気だって。怖くなる。余計に怖くなる。 ぅう、と喉の奥で押し殺した。嗚咽を。 フジは、もうどっか行っちゃうかと思った。立ち上がって、おれを置いて、なんでもないことみたいにどこかに。 不二の膝を跨いで、壁に頭をぶつけた不二に、無理矢理キスをした。息が続かないからすぐに離れる。じっと不二を見る。 やわらかい唇。やわらかい頬。やわらかい髪。咎めるような瞳。 学校でこんなことして。そうやってまた不二は怒るんだろう。誰かに見られたらどうするの、って。 「‥‥‥でもおれは、フジが好きなんだ」 ぐいぐい袖で拭いても涙はとまんなかった。鼻をすする。 みっともないのに。 フジの前で泣きたくないのに。 ■■■■■ 手を伸ばして、きみの頭を抱く。 「ありがと・エージ」 ぼくの上で。 怒ったり・急に泣き出したり。 自分のためにそんなふうに心を動かす英二を、少し感動して・でもぼんやりと不二は眺めてる。 ────彼の持つもの・感受性・こころのありよう・おしなべて菊丸英二という少年に、憧憬ヲ思イ。 “チャンネルを持っている” のは英二だと思う。 たとえば自分(ぼく)は。 少なくとも彼よりは用心深くて。迂闊なことをしでかすコトもあるにしても、英二よりはよほど周到にこの関係を隠していったり・なんでもないトモダチのように演出して日常や社会というものから、変わり者のふたりを守っていけるんでしょう。 でもぼくの。この鈍い舌のように鈍い心は。 エージの神業的に器用で繊細な指先や・塩が半抓み多いとか、そういうことが解るような味覚に喩えられるセンシティヴさや、良く切れるナイフのような鋭敏さやひといきに野菜を加工できる火力みたいな熱情を、きっと、まもっていくことができない。 ぼく自身も。いま認識できる、エージといっしょにいるときにどうして・すごく時間が短いようにおもう感じとか、理屈づけられない曖昧な痛みとか、そういうきもちも、上手にながもちさせることができない。 だから。だけど。 英二が考えなしに簡単に壊そうとしてしまうものを、もし本当に無くしてしまったら、ぼくたちには行き場所もなくてきっと後悔して、簡単に。そうしようとおもった気持ちのほうがつぶれてしまう。そんなの解ってる。 英二のおもうとおりに振る舞ったら、現状の維持だって出来ないよ。出来ないのに。 何を痛がってエージが泣くのか、わかるんだ。 もしエージが。エージじゃなくてこんな風じゃなくて、喜怒哀楽の哀のそのまま抜け落ちた僕を・奇蹟を前にしたひとみたいに泣かせたり痛くさせたり怒らせたりするエージじゃなかったら。ぼくはこんな気持ちをもったりしなかった。絶対に同じ瘡蓋を剥がすみたいなきみで、たとえば他愛なくて口に出すのも億劫な忘れてしまいそうなことをいつまでもねえねえなんて切り出しで嬉しそうに話したり、もう厭きない?ってくらいだいすきだいすきだいすきって連呼してくれたり、そんなきみじゃなかったら、とっくにこんな気持ちは摩耗してしまって完治した病のように免疫抗体の出来た相手になってただのひとになる。それは今は考えられないくらいつらいことで。 生きていくのがきっとつまらない、なんて信じられないことまでも思う。エージがいなかったら。 心配になるくらい、いろんなことに、へこんだり傷ついたりする彼は、 隣から覗き込むだけで、見えないたくさんのものをその手にしてゆくのが、わかる。 感じることの少ないぼくは、同じコトに遭遇しても受け取るものがほんの少ししかなくて。そのまま何も持たずにきみのあとをついていくだけで。 今は。ぼくの感じるべき痛みを己のものにして怒ったり、泣いたり、してくれるエージが いなければ、ぼくの世界はどんなだろうと、考えて。 「フジ‥‥‥?」 (英二の言う『ふわふわオムレツ』だって) (英二との真似事のセックスだって) 「姉ちゃんお手製!ふわふわオムレツだにゃあ」 にぎやかな家族もペットもいっぱいの英二の家で。リトルセブンの家にずうずうしく上がり込んだスノウホワイトみたいに・エージと向かい合っていっしょにご飯食べるのはすき。 「うまーい★」 「あまくて、やあらかくて、しょっぱくて、とろとろ。」 「もお頬っぺたオチソウなんだにゃあvv」 英二がいっこいっこコトバを織ると、ぼくの中に味がうまれる(ような気がする)から。 きしきし、ちいさな音でベッドが軋む・音を・聞く・ときも。 ぼくの上で動く・ときたまぎゅっと眼を瞑ったり、熱っぽく食い入るように見下ろすシているときの表情が好きで・悪趣味かな、なんて思いながらもそのエージのカオでぼくは。きもちよくなる。上手いとか巧くないとか、比較対象を知らないからなんともいえないけど・ポタンと汗をこぼして、荒い息を吐ク 「キモチイイ、スゴイきもちいいよお、フジ・ねえフジは…ッ?」って訊いてくる英二はあそこがすごくきもちいいのかな・そう考えるだけで、ぞくぞくして。乱暴に、つよく、されるだけで、ぼくは。 (きみはぼくの世界のチャンネルをもっていて。 きみを自由に遊ばせて。好きにさせて。きみの眼の中の舌の上のセカイをぼくはたのしんでる。 ──────変態・変人?言われても仕方ないね。) ■■■■■■ 「ネエ不二」 ぽつんと云う。上目遣い。 「どうしたら。よかったのかにゃー‥‥」 今日のこと。 それに応え、もう何ということもなさそうに不二は笑んだ。 「まあ、いいんじゃない?証拠さえ掴ませなきゃ黙らせる自信はあるし」 気のもちよう、とも云うね。 「さっすがフジ!言ってることがさっきと全然チガウにゃあ」 ───じゃあ、あーゆうの、遠慮なく怒るよ?おれ 菊丸は、瞳眇めて、唇を半月みたいににやんと。 「冗談ぽくなら、逆に」 もーヘイキ。殴るのも平気。いちどやったらコワクナイ。舌だってまわるんだよん。言いくるめにもホントにあんなにカッとならなきゃ自信あり☆ 「ヒドイコトシテもへーきかもニャ」 ちょっと黒い?英二サン。不二もにこにこ。 「ほどほどにね。」 そんな結論に。 ■■■■■■■ 「あーなんか今日は、つっかれたー!」 廊下に、菊丸は寝そべって。頬にぺたんとついたリノリウムの冷たくて滑らかな感触に眼を細める。 相変わらず天文学部のプラネタリウムの観音開きの大きな扉に、寄りかかって投げやりに脚を投げ出して座った不二の・床に垂れた、腕に、手を伸ばしてかさねたてのひら。同じ温度の、かわいたてのひら。 「お腹がすいたね。」 怒って泣いて癇癪おこした菊丸も。部活して後に余計に走って泣く子の相手をした不二も。 普段でも下校には腹ぺこ、ただでさえ食べ盛り伸び盛りの十四歳、もう動けないよーなんて英二が言う。遭難しちゃうかも。学校の中で。校舎の最上階で。めんどくさがりの守衛さんはここを廻らない。それを知ってて此の場所にいるのだけれども。 「ね・エージ。ぼく、再確認しちゃった」 「なんだにゃ」 「英二が怒ってくれて。泣いてくれて。ぼくがわからないことを。おしえてくれるから。 ‥‥‥‥‥‥あのね、えーじは」 くすくすと喉奥で笑う。 「ぼくの世界の全部かもしれないよ」 伸びをしている最中で、菊丸の眼は、面食らったみたいにびっくり見開かれた。 すぐにきらきら・生きたネコの瞳を想起させられる虹彩が昏やみとさっきまで泣いていた泪の残滓と校庭の燈火を、煌めかせる。 賢しげに疑い深げに。(…猫は、ナミダを、流すんだっけ?) 「‥‥‥‥‥‥それくらい、おれがスキって、こと?フジ」 「さあ。────でも・エージが死んだら、いっしょに死んであげるよ」 「いいよ別にそんなん。 っていうかヤダ!」 ぶんぶん首を振って。でも 英二はとろけそうな笑顔で。 「フジがね、いっかい泣いてくれたらそれでいーにゃ」 本当に 「むずかしいことをいうね」 難しイ顔になる不二に悲鳴をあげる。 「ウソっ、なんで!!?」 でもこんなにも違うぼくたちが、たったひとつ 似通っているところは、楽天的なところで。 結局不二からのキス一つで機嫌が治った。 額をくっつけて微笑う。 明日、クラスで休み時間普通に話したり。 あと半年ある中学生生活のために。 ぼくたちは地道にぼくたちの課題をこなし。 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ |
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心のどこかで、ぼくらは普通に 世界の破局を願ってる。 たとえばマンガでよくある流血事態の未来みたいに。 平和じゃなくて安全じゃなくて東京都と千葉県が血みどろの地域紛争をしているような世界でいい。 法規がめちゃくちゃで、武器が流通していて、モラルも人命も軽くてみんなが生きることに必死になって、 いろんなことに余裕がない、一般的な生活というものが恒常的に飢えや傷病の危険に晒されて 辛いのも痛いのも普通の時代や国や社会やスラムや廃墟や荒野ならば。 主人公の少年少女にはありがちにカゾクもいなくて 誰も庇護してくれない代わりに誰にも咎められず あんまり特殊な事情もなく生きていく必然で 当たり前にいちばんすきなきみの手を取ってたすけあって きみを庇って死んでも。大好きだって云って いっしょに生きてこうねって云っても それがあたりまえみたいにうなずきあえて強く手をつないで |
→…途中でスゴイ話の趣旨を見失った気がします…(涙)
キリリク失敗物です…。
エエト、無茶な行動力があれば本当の紛争地域に出奔できないコトもないですよね。
消息不明音信不通外国に家出。
不可能ではないけれども。
まあそこまで思い切りよくはなれません。
だからこう、不可抗力に世界がこうなっちゃえばいいのに、みたいな。
まだ中学生。
私的に3−6はブラックだー!と思っていたのですが、
両想いの菊丸サンはどうしてなかなか黒くなってくれませんでした‥‥。
そしてやはり不二を書くのは不得手です。
…うっかりすると不二菊に見えるんじゃないかなあと脅えます(焦)
‥‥‥こんなアレですが、
わたこ様、よろしければキリ番進呈品のオマケとしてお持ちください…
もももちろん返品可能です(>△<)
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