「不二はー、オレのことー…好きっ」
「………。」
「キライッ」
「……。」
「スキッ」
「…。」
「あのさ。」
「何」
「何か反応してよ。真面目にやれよ、とかさ」
「真面目にやれよ」
「……ムカつく。」






学園祭直前の学校には、他では感じることの出来ない空気が漂っている。生徒達は知らず知らずの内にその独特の空気に呑み込まれて行くのだ。


「なぁんかさ、不二、あんま楽しそーじゃないよね。何かあったの?」
「別に……。ただ、こういうのって、何か冷めちゃうんだよね。だから楽しそうに見えないんじゃない?」
「ふーん…」



勿論、何時何処の学校にもその空気に馴染めず、何時までも溶け込むことの出来ない生徒が居る。
それでも不二は表面的には溶け込んでいる。
だから、その内面を見抜いたのは何時も傍に居た菊丸だけだった。

創り掛けのティッシュの花を投げ出すと、菊丸はクラス委員の所へ歩いていった。






「不二、買い出し」
「ん?ああ、うん」

戻って来た菊丸は不二に短く告げた。
不二も同じ様に短く答える。

「何買うの?」
「ガムテープと、絵の具の白と、あとはスーパーかどっかで段ボール貰って来いって」
「ふぅん。」

不二は立ち上がり、丁度完成した紙の花をふわりと落とした。

「じゃあ、行こうか」

一瞬だけその花を褪めた眼で見ると、不二は菊丸に微笑んだ。
決してその一瞬の表情を見逃しては居なかったが、敢えて菊丸は黙って微笑みを返した。














               ウソツキトウソツキノユウジョウ。
               ソレって何時マデ続くの?
















手際良くガムテープと絵の具を購入し、二人は帰り道に在るスーパーへ向かった。
通り掛った公園では乳児やその母親達が高い声を上げている。

ふと菊丸が口を開いた。

「変なの」

不二は無表情に菊丸を眺める。
菊丸の方が前を進んでいるので、顔は見えない。

「そりゃ、確かに、変かもね。真昼間に学校のネーム入りジャージで堂々と街をうろつけるのはこんな時だけだし」

幼児がボールを転がす。
母親が笑顔でそのボールを受ける。
――コミュニケーション。愛情のある遣り取り。



――僕達は?



「違うよ」

菊丸はゆっくりと手を掲げ、顔の前で四角を造る。
写真を撮る時の、構図を取る様な格好で。

「不二、違う。」


ゆっくりと菊丸は言葉を綴る。


「オレが思った『変』ってのは、オレの知らないこんな所にも、当たり前みたく『日常』があるってこと」



眩しそうに眼を細める。



「凄い、何か、新鮮。――『日常』って、オレだけのもんじゃないんだって改めて思った」




「そう。」

不二は微笑んだ。

「良かったね。」



菊丸の横顔が普段と変わらないモノだったからか、不二は深く考えずにそう言った。
客観的に判断しても、不二の応答は適切なものだったと言える。

しかし、菊丸は極度の不快感を表情に表した。

「……『良かったね』?……今、不二、『良かったね』って言った?」

不二は瞬時に菊丸の変化を感じ取り、不味いことをした、と心の中で舌打ちする。

「良くないことなの?」

表情を変えずにわざと尋ねる。
初めは何も解っていない風を装うのが、菊丸には効果的なのだ。
そういう事に関しては、不二は菊丸を知り尽くして居た。


「……良くない。全然。」


微笑んだ表情を変えない不二に戸惑い、菊丸は視線を再び母子へ向けた。

「良くないよ。だってオレ、未だそんなにエゴイストじゃない……」



寂しそうに放った菊丸の言葉が、不二の精神を刃の様に斬り付ける。





――未だそんなにエゴイストじゃない。


          『日常』は自分だけのモノじゃない。
          誰もが持っているモノ。
          例え自分がそれを壊したいと思って居ても、
          相手はそれを守ることを望んでいるかもしれない。


          だから、壊さない。

          未だ、そんなにエゴイストじゃないから。




僕は。

――僕は。

――僕は如何だろう?

――エゴイストで無いと言えるか?







――言える訳が無い。







「エージはちっともエゴイズムな所なんか無いじゃないか。さっきだって、僕に気を遣って、こうやって買い出しに連れ出してくれたし」

「いや、オレはエゴイストだよ。自分の利益しか考えて無い。」

「そんなこと無い。如何してそうやって自分を責めるのさ。エージらしくも無い…。エージは何時もイイコトしてるよ。」

「……こうして二人きりになって、少しでも不二を独占したかったから、…って言っても?」














「……それでも」


不二は唾を飲み下した。

「それでもエージは………違う。」



「サンキュ」


口の端を僅かに上げて、菊丸は微かに笑った。


「でもお前、『自分の方がエゴイストだ』とは絶対言わないんだな」



「ごめん。」



「謝ること無いよ。」



「……ごめん…。僕は……」



「止めろって。……その先、聞きたくないから」







ああ、涙が溢れる。

如何して。

如何して彼はこんなにも僕を想ってくれるのだろう。

如何して彼は思い留まってくれるのだろう。

切ない。

彼に済まないと思うことすら自分のエゴの様に思えて。

それでも彼以外のある一人の人間しか愛せない自分が虚しくて。






「泣くなよ〜。もう置いてくぞ?!」




優しい彼が好きだ。

でも、彼の欲しい『スキ』は違うモノ。

それが彼を苦しめている。

だけど気持ちを変えられない。

変えたくない。



――認めたく無かった。

認めようとしなかった。

だけど。

――僕こそ、エゴイストなんだ。





「スーパーのおばちゃんに怒られるよ〜!ね、不二お願い!」
「……だったらエージ一人で段ボール貰いに行ってよ。」
「あ、そっか!その手があった!」

菊丸は走り出す。
ネコの様な俊敏さに不二は笑顔を漏らした。

一人で行けと言ったのは自分だが、不二は菊丸の後を歩いて追う。

「おばちゃん!おっちゃん!段ボールありませんか?!」
「学園祭かい?」
「ハイ!」
「前に来た青学のコ達が結構持って帰っちゃったからなあ…。ああ、まだあった。ココの、自由に持って帰って良いよ」
「有難う御座います」
「……あれ、不二」
「ふふ。復活。」
「にゃ〜んだ。心配してソンした!」
「早いトコ纏めて括って持って帰ろう。もうあんまり無いから今誰か来たら取り合いになるよ」
「そうだね。んじゃ……じゃじゃ――ん!ヒモ!」
「あ、用意良い」
「へっへっへー!末っ子は要領良くないと生きていけないのさ♪」

菊丸は段ボールを纏めると、縦にぐるぐるとヒモを巻いた。

「うしっ!レッツラゴー!」
「じゃ、僕はこれ持ってるから、エージは段ボール宜しく。」
「え?」

ガムテープと絵の具の入った小さな袋を持ち、不二はにっこりと微笑んだ。数分前まで涙を流していた様子は微塵も残ってはいない。

「そんなんアリ〜?!不二ずりー!」
「ずるいも何も、エージが持ってるんだから、交換する必要も無いし」
「駄目駄目!ジャンケン!」
「あ…手、離さない方が良いよ」

どさどさどさ――!!

「……あアッ!!」
「だから言ったのに。」
「うわー!バラバラー!!」
「ま、物理的に考えて当然の結果だけどね」
「チクショー!もっかい!」

菊丸は再び段ボールの束を縦にぐるぐる巻きにした。
勿論、さっきの倍の強さで。
諦めたのか、もうずるいの何のと騒ぎ立てなかった。

「………。」
「にゃに?まだ何か文句アル?」
「ううん、無いよ。」

にこ、と不二は笑う。
何かあるな、と勘付きはした菊丸だったが、其れが何なのかは解らなかった。
店員に礼を言い、二人は歩き出す。





そして学校の門が見えた頃。

「………ムカつく。」

振動が伝わる度に形を崩してバラバラになって行く段ボールと、それを意地だけで引き摺る菊丸の姿が在った。

「そりゃそうだよ。大きさの違う段ボールを縦にだけ巻いたんじゃ、横から滑り落ちるに決まってるじゃないか。言わなかった?」
「言ってない!!そんなの言ってない!!」
「あれ?そうだっけ」

不二はにこっと微笑む。
その瞬間、ついに段ボールは完全崩落した。

「……っだあ――っ!!!も―――!!!イヤ――!!!」

「……あ、ホラ言ったじゃん、物理的に考えればって。ね?」

ぽん、と手を打つ不二に菊丸は恨めしげな視線を送った。

「不二のカバ!カーバカーバ!!バーカ!!!」
「何一人で怒ってるのさ。早く段ボール纏めて。皆待ってるよ?」
「悔しい悔しい悔しいー!!にゃんだよも――!!」

再びヒモを巻き始めた菊丸に、不二は苦笑しつつ助言する。

「エージ、あのさ、十字に結ばないと、また崩れるよ」

「え?…………あ。」

口をぽかんと開け、菊丸は数秒放心した。
くすくすと不二は笑う。

「気付かなかった?」

「……あぁあああ〜〜〜……」

菊丸は段ボールの上に崩れた。

「ウソ〜…。全然気付かなかった〜……。」
「ごめんね。」

にこにこと笑いながら不二は言った。










               ウソツキトウソツキノユウジョウ。
               取り敢えず暫くは、続くのダロウ。





















「不二サイテー大ッキライ」
「ごめんってバ」




               どちらかが壊すマデは、ズット続くのだろう。


















++++++++++++++++++++++++++++






我侭なお願いをお聞き届け頂き有難う御座います。
あんまり黒くないですね…(汗)済みません……!
何ていうか、こう、段階を踏んで徐々に漆黒になって貰いたくて(苦笑)
明度 0 になっちゃったらその先が無さそうで。
 limit (x−1) って感じで(笑)。無限大引く1って感じで。
x→∞

……実は答え=∞(無限大)になるんですけどね(死)

兎に角黒菊は大好きです。
時として黒と暗がごっちゃになって仕舞う場合もあるのですが(苦)
嗚呼、何かもっと賢くて色々企んでる菊丸が書きたいです……!!
精進致します。


之からも、ワタクシめとAlbinoを宜しくお願い致しますv
それでは。


007/01/09/28/Thanks for your 700 hit.


戻る


***
彼方様アリガトウ御座いました!!!
いやあ、先輩が可愛いです!泣かせてみたいです!(え?)
(一応)理系なんでリミットも解ります!xを(笑)無限大に飛ばすんですね!
菊丸君も無限大に飛んじゃってください(死)
黒菊をアリガトウ御座います!
エゴの塊菊丸英二がいとおしくてたまりません(歪み)

こちらこそ宜しくお願いしますね!