あれはいつだっけ?






―――――そう、ちょうど是ぐらいの時期だった。
暑い暑い真夏の思い出。


水面のようにキラキラ光るアスファルト。
まるで鏡のように上を走る車や自転車を反射する。

「ねぇ、あれ、なに?」

自分よりも少し背の高い手に引かれて、一緒に道を歩いた。

「ああ、あれは追い水ってゆうんだよ」

自分よりも少し高いところに有る自分と酷く似た顔は笑った。

「おいみず?あれ、みずなの?」
「水じゃなくて蜃気楼の一種なんだけど・・・・・ユウタはまだ小さいから解らないよね。そうだなー。ほら、まるで水たまりがあるみたいに光ってるでしょう?だから名前に水ってつくんだよ。ほんとの水じゃないの」
「ふーん」

追い水とやらを目指して歩いても、なかなか差は縮まらなかった。
何処までいっても距離は一緒。
ただ遠くで鏡のように銀色にひかっていた。

「ねえ。なかなかおいみずにおいつかないね?」
「追っかけても追っかけても追いつかないから、追い水ってゆうんだよ」
「おいつけないの?」
「そう、遠くで見ることしか出来ないんだよ」

なんだかその言葉が痛かった。










******手を伸ばして貴方の残像を捕まえてみた けれ     ・・・・ど









現在俗に言うお盆の真っ最中。
久しぶりに家に帰って懐かしい自分のベットで寝た。

寮とは違って自分だけの空間。
気持ちのいい朝になるはずだったのだが・・・・・・・・・。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

目覚めは最悪だった。

其れというのも朝から嫌な夢を見たからだった。
子供の頃の夢だった。

「あのヤロウ・・・・・あんな小さい時から頭良かったんだな・・・・・。」

オレ独り馬鹿みてえじゃん。



ぶつぶつ言って起き上がるとノックも聞こえることなくいきなりドアが開いた。

「オハヨ―――――。裕太。よくねむれた?」

低血圧なこの家族の中で、コイツが朝一番強い方だと思う。
勿論理由は夜たくさん寝るからだ。(中学生にもなって9時間睡眠はヤメロ)

「御飯食べよう、御飯」

何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべてはしゃいでいる。
なんだか幼稚園児のようだ。
誰だコイツを”オトナっぽい”なんていった奴は。


とりあえず腹も減ったし朝飯を食べる事にした。

朝食は俺の好きなものばかりだった。
姉貴が朝早く起きて作ってくれたという。
とにかく嬉しかった。

「三時のおやつにパイを焼いてあげるわ」

などとまで言ってくれた。
とにかく嬉しかった。






三時に約束どおり焼いてくれたラズベリーパイを食べて、幸せな気持ちで部屋に向かった。
でも、自分の部屋の戸を開けた瞬間、その小さな幸せも消し飛んだ。

「美味しかった?ねえさんのパイは美味しいよね。ボクも食べたかったなー」
「おい」
「今日は裕太に作ってあげるんだからっていって、ボクの分くれなかったんだよ?ひどいよね。まぁ、裕太丸ごと食べちゃうから仕方ないんだけどさ〜、ふたつ作るわけにもいかないもんねぇ」
「おい」
「ん?何」
「・・・・・・・なんで此処に居るんだ??」
「此処はボクの家だからだよ?」

そういう質問じゃあねぇだろう。
と、心の中で突っ込みをいれながらベットの上にねっころがった兄貴をどける。
足で蹴ってやると、うわ〜ひどい〜、なんて言って、ぎゃあぎゃあ喚きだした。
俺より何故か小さい体が、ごろんごろんとベットを転がる。
落ちそうになるところまで転がると、上半身を起こしてベットに座りなおした。
コイツ、あくまで此処に居座る気か・・・??

ぎろんと睨むと、にこにこ顔で返された。
無視して剥ぎ取った布団を被る。腹が一杯になったら眠くなってきたし、いっそコイツは無視して寝てしまおう。

「裕太?」

こくんと首をかしげて俺を覗き込む。

「ねぇ、裕太、お話しない?」
「俺は眠いんだよ」
「聞いてよ」
「ヤダね」



「裕太」

「な、なんだよ」

一瞬じっと見詰められた。静かな口調。

「聞いて」

子供に諭すような柔らかい口調。俺の持っていない姉貴ゆずりのしぐさと母譲りの柔らかさ。親父と俺はこれに酷く弱い。遺伝だろうか?結局、逆らえたことなど一度も無いのだ。

「・・・・・・」

一度被った布団をどけて、身体を起こして兄貴の隣に腰掛ける。それを許可と受け取って、兄貴は静かに話し始めた。



 * * *




「あのね裕太、ボクね、ずっと考えてたことがあるんだ。裕太がこの家を出てから、ずっとずっと考えてた。
ボクね、裕太がいて、姉さんがいて、父さん母さんの居るこの家が大好きだった。父さん母さんは家に居ることが少ないけど、それでも姉さんが居てくれたし、裕太だっていた。僕は恵まれているって、そう思ってた。
それでね、裕太が出て行った後、考えたんだ。
『いつになったら元に戻れるのか』って」

「はじめは漠然と、裕太が中学校を卒業したら戻ってくるんだって思ってた。後2年もすれば、また裕太が居る生活に戻れるんだって。ずっと、そう思ってたんだ。
けどさ、よおく考えたら可笑しいよね。だって裕太はあっちの高校に入るつもりなんでしょ?ルドルフもエスカレーター式だもんね。それに、ボクと一緒なのが嫌で向こうに言ったのに、わざわざ青学の高校に入る筈も無い。ちょっと考えれば解ることだよね。うん、実際ボクもそんなことは解ってたんだ。でも。
でもね。なんでかなぁ。裕太が中学を卒業すれば元に戻れる、って、馬鹿みたいに信じてたんだ。毎日指折り数えて待ってた。季節が過ぎるたびにわくわくした。馬鹿みたいだよね」

「裕太が居た頃の生活はボクにはかけがえのないもので、簡単には諦めきれなかった。それでね、中学卒業後がだめなら、って考えたんだ。高校卒業後はどうだろう?答えは簡単だった。
馬鹿、だよね。時間は還ってこないのに。」

「楽しかった日々は過ぎていくけど、二度と還らない。あの日にはもう戻れないんだ。
ボクはそれに気が付かなかった」

「それでね、嫌になっちゃうんだけどね、裕太の居ないこの家が、ボクの普通になっちゃんたんだ。裕太の居る家が本当なのに。裕太の居ないこの家が、生活が、あたりまえになっちゃったんだ。ってことはだよ?裕太にとってもそれは言えるって事で、それってとても悲しいことだよね。きょうだいなのにね」


ノックしても返って来ない声・開けても誰もいない部屋・当然のように使われなくなった弟の茶碗。

そんな毎日を過ごしてきた兄貴はなにを思う?
残された側と残す側の違いは?




 * * *



兄貴は話し終えるとゆっくりと目を閉じた。顔は依然として無表情。少し俯き加減で、長めの髪が頬にかかる。

正直、何を言っていいのか解らなかった。考えたことも無かった、其の先のことなんて。
兄貴はこう見えて酷く寂しがり屋。そして誰より孤独だった。
誰よりも壊れやすい兄を、だれよりも理解していた筈なのに、如何してだろう。
置いていってしまったことに悔いは感じない。
でも、深い思いに気づかなかった事は本当に悔やましい。

じゃあ、何故?
俺は・・・・・・・・・・・。

うん、きっと俺も、望めばいつでも昔に戻れると思い込んでいたからだろう。そんな筈は無いのに。
それに、俺は兄貴や姉貴を遠くに感じたことは一度も無い。




「周助、あのな。血は水よりも濃いんだ」

「兄貴の血に一番近いのはきっと俺と姉貴」

遠くに感じたことなんて一度も無い。寮の部屋の壁の向こうに居るような気がしてた。
きっとそれがきょうだいの繋がりなんだろうな、って、なんだか俺らしくないことを考えてしまった。

「うん、そう、そうだね」

切っても切れない見えない鎖。其れが血縁。







「還って来るよ、兄貴に追いついたら」
「うん、待ってる」





追いつけないことを知っていて追いかける俺と、追いつかれることの無い事を知っていて待っている兄貴。どちらも酷く滑稽だけれど。
初めから定められた距離は絶対に縮まらない縮まる筈が無い。それでも。

まだ距離は縮まらない。











 * * *

兄弟話は私の趣味なのよ・・・・・(泣き)
手直しもなにもしてないけど・・・・・ええい!女は度胸!!
ピー子ちゃんへ!オメデトウ一万ヒッツ!イエー―!!(何)
文字の色は最近のハマリ、深緑にしてみました・・・・・。変えちゃっても勿論オッケイさ!(万が一UPする気ならを前提とした話)(笑)
結局何がいいたんだか良くわからない話だけど、ピー子ちゃんに捧げるわ!!
某ピカ子ファンより!(笑)