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管理人のノート
近況

登録日 96/02/07  更新日 19/04/21



ジグソーパズルのひとかけら




文書と電話で違って居たり、文書に記載が無かったり、文書自体が無かったり、 担当違いな人がいきなり名指しで面会に来たり、 公的な教員の集まりの場で名告らぬ人からいきなり馴れ馴れしく呼び捨てされたり、その他色々、 幾つもの支離滅裂な段取りに振り回されること甚だ多く、苛々し疲れ果て、 もう他人に期待せず、顧みて自分への興味も無い日々。金も無いし、(校医が言うには)先も無いし。

相変わらず、陰でゴソゴソ動き回っている。飛び交うメール、メッセージ。 助手として、触媒として。真摯に頑張っている教諭達の為に。教諭達を通して生徒達の笑顔の為に。 出来れば、心穏やかに。 マウント取りたいとも、感謝されたいとも、記録に残りたいとも、記憶に残りたいとも、元より思って居ない。


「再任用者版初任者研修」に行った。 内容は「これからの若い教諭達とコミュニケーションをとり自分の経験や知識を伝えて行きましょう」という、 普段考えていることとほぼ同じもので、共感しながら聴いて居た。 若いこれからの教諭が生徒にとってより良い授業を展開する為に役に立てれば、とても嬉しい。 ただ、この数カ月間殆ど聴こえない左耳をはじめ元々体調が良くなかった上に、広い会場に座席指定の関係でホワイトボードが凄まじく視辛かった (還暦が集まっているんだからさぁ…)事と、 研修とは関係の無い意味不明な雑音が幾つも有って、終った後はダウンした。
閑話休題。私の30有余年の経験では、TT授業のパターンは 「管理職の茶坊主をしているベテラン、中堅、若手教諭とペア」→「教諭が授業に出て来ない」→ 「管理職曰く『逆らえば助手ごとき不適格で直ぐにクビ、替わりなんて幾らでも』」→ 「成果は全て教諭のもの、管理職の覚えめでたく模範教諭、管理職へ」か、或いは 「授業を仕切れない似非教諭とペア」が全てだったが、近年は 「前向きな若手教諭とペアになり、私がサブで適宜サポートをする事で、教諭が頑張っている」か、希に 「ペアになったやらされ感満載な若手教諭が、私に授業を押し付け居なくなろうとして来る」か、 に変わって来ている。私の立場は実習助手(抑々教科書貰っていない)。 先ず、教諭が真摯に生徒と向き合い、自分の手法やアイディアでポジティブに授業をする意思が無いのであれば、 私の経験も知識も、全く意味が無い。 大昔も今も、 ワークシェアにすり替えた卑劣で甘ったれたパワハラ馴れ合いコミュニケーション には反吐が出る。 旧態然とした教諭の各々が、 「自分は特別な聖職者で多忙で可哀想なのだから、自分や自分の正義の為なら社会的な危機管理や法令は当て嵌まらず、 万人は自分に従うべき、他人なんざ使い捨て、『河豚料理屋でバイトに調理させる様な事』も当然」という伝統。 今の状況は、これが原因。真摯に頑張る教諭が増えてくれればと期待しているし、 それを踏まえた現実的なワークシェアリングが議論されれば、と切に思う。

「マニュアルリテラシー」って、要るんじゃないかと、思う。


「定年の朝を迎える迄は、勤務県の真摯な教諭達の為に 決して『おじいさんのランプ』にはなるまい」と、自己の利欲に執着せず其の先を求め、 実習助手として陰で独り足掻いて来た心算だが、 様々な現実や、以前から校医に脅かされている件、その他色々な思いも含め、正直しんどい。 私自身、自分がこの先長いとは考えていない(そう思っている人に限ってそうではないらしいが)。 勤務校の年度始の様子は、校務は超多忙だが、 皆、各々の立場で、若手は頑張っているし、ベテランも人材が揃った様だ、多分。 口を挟まず、宛てにされず、これからの人達に任せよう。私は低速で出来る事を粛々と。


小学生の頃、ラジオで気象通報を聴きながら天気図を描いていた。
全ての事象は繋がっている。一見バラバラな欠片に見えても。 与えられた目先の一欠片に大騒ぎするのでは無く、自ら欠片を探し集め、組み合わせ、 その背景を推測し、注意深く整合性を分析し原因を検証する事で、 過去、現在、そしてその先の、数年のスパンのトリガーが見えて来る。 全ての事象は事実。誰が嘘を言ったか、誰が何を言わなかったか、 誰がどんな思惑で動いているのか、誰が劇団員だったのか、 それらをROM(サイレントマジョリティ)はどう見ているのか、も。

頑張れ、繋がれ、形骸化させるな、これからの若い教諭達! その思いは23年前の chips-ml の時代から全く変っていない。 全国彼方此方での幾つもの化学反応と其の行方が、とても嬉しい。


I.
一般論として私が思っている、プログラミング教育の生徒への4つの要素。
  1. 目的(成績処理とか、会計処理とか、多角形描くとか、マイクロマウスとか)の処理の流れを把握し、モジュール化し、 反復、分岐などを通して、プログラムに落とし込める。
  2. 変数、データの型や構造、通信の仕組みなど、ICTの知識が有る。
  3. プログラム言語の文法を理解している。
  4. 「論(だけ)よりRUN」(古い!)。正解だけでは無く、エラーの出方を知る。 其の事で、エラーを予測したり、起きたエラーの対応策を想定したり出来る。
そんな時間が有る訳無い、と言われてしまうと身も蓋も無いが、世間では(3)にばかり注目されてしまうのが、悲しい。 プログラミングに限らず、WordやExcelなどについても、全く同じだ。
究極の「判り易い授業」=正解だけの対策プリント+そのまんまの考査+そのまんまの成績。 生徒は何が間違いなのかが理解出来ず、間違えるのは教諭の所為。 競技カルタ擬きに暗記するだけの「判り易さ」。教諭、学校、生徒、三方が楽。就職先は大変かも。