近況 Profile Stance Documents Software Thanks! はみだしRyn
上へ
まいります
Rynのページ(情報教育研究室)

管理人のノート
近況

登録日 96/02/07  更新日 18/09/22



ジグソーパズルのひとかけら


人生二度目の戊戌の夏は、暑さが半端無くて、本気で、精神的に瀕死状態だった。
流石、先駆者&エキスパート集団なWorld Youth Meetingは凄い。 初めてな事が多く色々と課題も見えたけれど、来年度以降も上手く進化して行くのだろう。 高校生 ICT Conference も、サミット、提言へ向けて進行中。 色々と有るけれど、これからの社会のICT活用の為に、 高校生を中心に、参加した全ての人達がwin-winな関係になれれば良いな、と願っている。 私は、体調と相談しながらサーバの保守と上記2つの資料の整理、そして年末のASEPの準備。 来年度以降は、♪どうに~かな~るさ~...たぶん。


現在の勤務校は「ICTを活用した学び直し」に取り組む普通高校で、 私自身も商研とは昨年秋の引退宣言以降距離を置いているが、別に商業が嫌いな訳では無い。 吉商本舗も、産調ガールズも、レガロ工房も、とばっこも、かわうそガールズも、 他も皆、真摯に頑張っていて大好き。 ただ、科目の学びという対価が無い達成感搾取 (科目名を「達成感」に変えたら良いと思う)だったり、 生徒がやった事にして生徒に発表させたり、検定の最中に不正の指示をしたり、 採点基準が「知識の正しさ」では無く「自分が教えた通りか」で解答が滅茶苦茶でもマルだったり、 授業に来ない+成果は自分だったり、その他色々な組織風土が、 地区大会の審査委員長の件も含め、もう関わりたくない程度に大嫌いなだけ。 でも、最近の若い先生って、教科を問わずきちんと色々な工夫を考えていて面白いな。密かに期待。


TVの「諸説あります」が大嫌い。 諸説あるのなら、諸説には、どの様なものが有るのか。 何故、その中から、1つだけを選んだのか。それを選んだ根拠は?...が、全く無い。 「諸説あります」が通用するのなら、嘘でも願望でも、何でも言えるさ。 そんな都合の良い説をひけらかされ、「ぼーっと生きてんじゃねぇ」なんて言われたくも無い。



教諭の仕事の一つの理想は、生徒全員の一人一人の個性や才能を見出し、 日常の input、thinking、output、reflection & modify、のスパイラルによる教科の確かな学びの過程で上手に気付かせ、 失敗を含め、生徒自身の力で自分自身のoutcomeとして次へ繋げられる様にしてあげる事であり、 教諭の思想を押し付け、議論する事を逃げ、話をすり替え、 藁人形論法な切り貼り、不都合な相手の口を力づくで塞ぎ、事勿れで、 全員が強制的に仲良くおててつないで同時にゴールイン、 皆同じ!皆一緒!達成感!!成功体験!!!とアピールさえすれば自分の既得権益は安泰、ていうのは、 それが出来ない、その意思が無い教諭達の誤魔化しにしか私には見えない。 全く試行錯誤の無い上膳据膳他力本願な達成感や成功体験は、思考の方法論が無いから、 結局、指示待ち→躓くと直ぐ諦める→出来ない言い訳、責任転嫁、に陥り、大人になって傍迷惑なだけ。 商業に関して言えば、 モノを作る人づくりの農工水産林業が基本とする try and error を、 人づくりを謳う商業が全く出来ていない。その言訳は山程聞いている。
各々の手法でそれが出来る教諭は校種を問わず全国に大勢知っているし、これからの若い先生達も意識して欲しいと切望しているが、 それ以前の、「どうせ~」でインチキな検定試験や競技大会の運営、シネコンやゲームセンター状態の授業で良しとする井の中の殿様蛙教諭も一杯居る。


例えば...。
プログラム言語が使えるだけではプログラムは作れない。 プログラミングには、目的(会計処理とか、成績処理とか、迷路脱出とか、描くとか、演奏とか) へ落とし込む問題解決の為の知識が必要になる。 文法エラーが有ると動かないが、論理エラーが有るプログラムは最悪だ。 全ての物事はプログラムの対象になる。 小学校のプログラミング的思考って、其の事の気付きなのではないかと思ったりする。 その点でScratchはオブジェクト指向だし文法エラーが無いから論理の試行錯誤がし易い。
図は、Rynが作ってみた「チューリップ」の前半の例。
最初から右側を教えるのではなく、自由に左側の様に作らせ、 その中から規則性を見付けさせ、少しずつ段階的に右側の方へ試行錯誤させていく。 楽譜を置き換えさせるという手も有る。 論理的なアルゴリズムになっていれば、答は一つでは無い。 小学校でScratchやロボットを使いこんな授業を受けて来た生徒が数年後高校生になるのですよ。




23年間もこんなサイトをやっていると、全国の様々な立場の様々な人達と、 徘徊先で実際にお会いしてお話をしたり、メールを遣り取りしたりする。 皆、色々な思いを持ちながらやっているのだなぁ、と思う。 其々の思いがジグソーパズルのひとかけらの様で、とても参考になる。 私は、30年近く反吐が出る程度に卑劣で茶番な教育現場を見て来た助手の立場で、やっている。
あのさ、教諭って例え2週間研修だろうが臨時だろうがライセンスを持ってるんだよね? そして採用されたんだよね?生徒の所為でも知った事でも無いよね?「教え諭す」プロフェッショナルだよね? 「だって」「どうせ」や詭弁はもう飽きた。つべこべ言わず、コソコソせず、 常に「総合訪問」レベルの意識でやれよ。
若いこれからの教諭は好きだし、内心は、期待しているんだよ。


全ての発言には意図が有る。 様々な人達が、様々な立ち位置で、様々な思惑で、様々な発言をする。 大切な事は、その発言の肯定か排除か、という単純な対立軸では無く、その発言の意図。 大局的に、時系列に沿って、過去の事実に対し、 例えば誰がどんなデマカセを言ったか、誰がどんな事実を言わなかったか、それは何故か、という事実の積み重ね。 真実は人の数だけ有るが、事実は一つだけ。
NNTPやNiftyのBBSの大昔から、ネットの世界には、 人数は兎も角として、決して特別な人達では無く、フツ―の人達が存在する。 今のご時世ならば、尚更。 私は基本的には、自分は自分、他人は他人、正義は人の数だけ有る、なので、 誰がどんな発言を言って居ても構わないし、 その発言が自分にとって納得するなら「成程そういう考え方も有るのか」と思い、 その発言が都合の良い切り貼り、根拠の無い言掛り、すり替え、だったり、感情的な人格攻撃だったりすれば、 この発言者の意図は何なのだろう、と思う。 その発言が自分にとってキツイならば避ける様にしようとは思うが、 発言者の口をガムテープで塞ごうと迄は思わない。 私は全てを「発言した」事実として処理をする。それだけ。


働き方改革か知らないが「定時に帰れ!」とか「この日は強制的に特休!!」とか矢鱈と五月蝿い。 実際の仕事量が減る訳では無いから、ともすると結局は帳面上だけで、 根本的な解決にはならず、若い先生方が大変そう。 個人的には特休が自由に割り振り出来ないから損した気分。


近畿や東海地方程では無いけれど、それなりに酷暑な毎日に、 見た目程に決して若い訳でも無く実年齢平均よりも遥かに身体がボロボロで暑さに滅法弱い私は、 全身がオーバーヒートし、酸欠で朦朧とした脳で気力体力の限界を痛感している今日この頃。 数年前校医に「このままなら後5年で突然死」と脅かされ、それも良いかなぁ、等と思っては居るが、 こういう精神状態の時は必ず連鎖的に何かとやらかすので、 8月は密かにフェードアウトして静かに養生している予定。 今はただ皆様に大感謝。
この30年、情報教育の現場の巨視的なCatalystを目指し自己流に頑張って来た積りでは居る。' Cemistry'に対する'Catalyst'である事の理解はしているし、 自分自身の来年度以降も全く見えていないが、後は万事塞翁が馬。 この道が何処に辿り着くのか知らないけれど、地道に前へ歩いて行けば、 良くも悪くも、なる様になるのだろう、たぶん。


このページが取り留め無く長過ぎる認識は持っているので、キーワードに分散させる計画は、有る。 サイトをリニューアルする計画も、有る。 実現出来るか否かは不明。




天知る、地知る、我知る、子知る。損して『徳』取れ。万事塞翁が馬。 邪気は振り払い、まだまだ勉強。


なけなしの気力、掛けられる時間や全て持ち出しの心細い資金などと相談し、断捨離しながら、 少しずつ、一歩ずつ、地道に、淡々と、catalyst and backroom boyで。 当面は新しくしたサーバの保守管理に掛かり切り。 今年で20年目の節目を迎える World Youth Meeting の日台交流や、8年目となる高校生ICT Conference など、 今年も更なる大きな進化をしながら動き始めている。
日台交流では、単に衣装を着て写真を撮って歌を歌って楽しかったね、的な、 上膳据膳で学校目線な成果達成で終わるのでは無く、 生徒同士で、先生同士で、生徒と先生で、お互いに、限られた時間の中で、課題を明確にし、議論し、時には衝突し、 形骸化した Best よりも more better へ合意形成の為の建設的妥協点を試行錯誤し、 より良いWin-Winな協働活動にしようと誰もが真剣だ。 其処から「もっと知りたい」「もっと議論したい」「もっと解り合いたい」という次への意識が生まれる。 これをアレンジ出来る日台の仲間達が大好きだし、とても尊敬している。まだまだ勉強。
そして高校生ICT Conference。 今年も各地でキックオフが行われ、本格的に動き出している。 昨年の地元開催の高校生懇親会の挨拶で一寸お話をさせて頂いたのだけれど、 私は、この会は、 商業、工業、農業、水産などの実業系や、 情報処理、新聞、弁論、生徒会、吹奏楽、などの特別活動などを含む、 様々な視点の地元県の高校生からの提言を全国に発信すると同時に、 参加した各校が提言を持ち帰り、或いはサミットに参加した代表がその提言を県に持ち帰り、 各校で更に議論する、それを毎年繰り返す事で、地元県全体の高校生のICTの意識が変化して行く、 そんな議論の場になったら良いな、という、密かな願いで動いている。 地道な派手さが手段なのだろうな。



お陰様で23年目。近年、ずっと考えていること。
『特定の教科の枠が無い中で各教科の授業の中にプログラミング的思考の要素、 例えば、物事や思考のフローの分析→構築(穴埋めでは無い!)→抽象化(多角形の概念など)や、 ミニロボット(の制御)を利用した◯◯、など、を取り入れようとする小学校と、 教科の枠の中で他教科とも連携しプログラミング教育を模索する高校。 両者をどの様に段階的に繋げ、学びを上昇スパイラルさせるか。』

『(達成感、主体的・対話的、など)X(教科の "深い" 学び)』の両輪を見失わず、 多忙な校務の中で、社会的なスジを通し 各自の手法と持ち味できちんと授業と向き合い、 頑張っておられる全国の多くの教諭の方々、 また、様々な情報をいただく全国の高校生の皆さんには、この22年間、心より大感謝です。 本当に有難うございます。


頑張れ、繋がれ、形骸化させるな、これからの若い教諭達! その思いは22年前の chips-ml の時代から全く変っていない。 全国彼方此方での幾つもの化学反応と其の行方が、とても嬉しい。


所謂「ファーストペンギン」と呼ばれる言葉は、 21世紀以降に自己啓発セミナー的に持て囃され出した ペンギンも困惑する様な、闇雲な個人の損得勘定の解釈(*1)も否定しないけれど、 インターネット黎明期のハッカー(*2) 的な感覚の方が、 勇気もリスクも変わらない分、より現実的でクリエイティブだ、と思っている。
例えば私は、 22年前のchips-MLも、22年前と21年前の全国珠算競技大会の成績処理(*3)も、 20年前の全国図書館研究大会の参加者DBも、18年前の地元のICT研究会も、・・・(中略)・・・ そして今の地元の高校生ICT Conferenceも、その他色々も、 全て其の時の仲間の力が有ってこそだし、個人的な損得勘定でやっている訳では無いさ♪ と、ボソッと言ってみる。 あの頃は、県外の高校にLAN入(ネットデイ)したり、色々と楽しかったな。

(*1) ファーストペンギンが喰われている間に他のペンギンが餌にありつく、という解釈も有ったりします。
(*2) ハッカー=クラッカーでは無いよ。
(*3) 初めてPC単独で処理をした年。判定の複雑さも大変だったが、当時の微妙なアウェイ感は判る人は判る、多分。 私は、珠算の思考は、コンピュータの思考の基礎基本の一つとして重要だと考えております。



昨年10月、今回も私的に、さんフェア秋田に行って来た。 今回は3年前の宮城大会以来の分散会場で時間的にも体力的にも「摘み食い」は不可能だったので、 総合開会式・閉会式と、AIプログラミングコンテスト、ツアープランニングコンテスト、 の4つに絞って観て回った。
「AI~」の テーマは重力四目並べ。 トーナメント形式で全国から24チームが参加。 試合が始まると人間は何も出来ないのが面白い。見応えの有る対戦も有る。 運営側は大変だろうけれど参加側も遊びに来ている訳では無く、出場校としての面子も有る。 企画自体は面白いし、前向きに少しずつ改善を重ね、 工業のロボットコンテストの様に定着して行けば良いな、と願う。
「ツアー~」は、 こういうコンテストって、 小、中、普通高校との違いを主張する為にも、 派手な誇張に騙されず、ツアーの条件や、 どの観点で審査するのかを明確にすることが問われていると思うな。 学校や教諭の御膳立ての代理アピール合戦になっても仕方無い。 「やった事」では無く「考えた事」「学んだ事」。 例えば大昔に学会で発表した「4つのT」。 校種を超えて、全国彼方此方を徘徊していると判るんだけど、 最近の小中学校って、「総合的な~」でも、「プログラミング的思考~」でも、 新学習指導要領に向けての取り組みが、 曲がり角を曲がらずに安穏としている今の商業系高校を超えているものが多いよ。マジで。
展示では、札幌東商業や、函館商業や、山形市立商業、荒川商業、高崎商業、 敦賀高校など、全国の高校生達が積極的に自分の言葉で説明してくれて、とても楽しかった。 有難うございます。 身体が辛くて多く観られなかったのが残念。




「様々な場における人の言動に対する第三者(様々な立場)の視点と反応」は私の古くからの研究テーマの1つだが、 最近は、リアルでもネット上でも、改めて考える事例がとても多く、興味深い。

情報は、知ろうと、知るまいと、其処に在り、その情報に対する言動という事実を含め、全てが繋がっている。 その繋がりを何処まで客観的に正確に見極め、 場当たりでは無く数年先迄のシナリオを幾通りにも予測出来るかどうか、は、その人次第となる。
リアルだろうとネットだろうと、都合良く切り取られた情報に乗っかりたい人達は、 脊髄反射的にセンセーショナルにレッテルを貼りお祭り騒ぎを起こすが、 その情報の様々な背景や時系列、意図して流された情報、意図して流されなかった情報、 その信憑性、信頼性、などを、矛盾や虚偽捏造だという事実や意図、原因、理由も含めて、 きちんと整理、精査、分析し、様々な立場の他者と議論し、 其処から、平生の為人や言葉の使い方を含め、憶測や伝聞、願望、感情的な誹謗中傷や人格攻撃などを排除し、 自分が納得出来る根拠を自ら拾い集めようとする人達の影響は、 ほぼ3日後から顕れ、約1週間で空気が変わる。 その一連の事実の全てはアーカイブされて検索閲覧が可能となり、 最初の情報発信者や取り巻きが虚偽捏造した事実が幾度も積み重なれば、 その日数は徐々に短くなり、相手にされなくなり、大勢には影響しなくなる。


例えば、『検定や競技大会で、運営、実施、監督、審査、報告、など全てを、 第三者の目も無く、互助的な自治によって仕切る教諭自身が、 自身の人事考課や保身、学校としての成果などの為に、蓋をされた澱んだ井戸の底で不正三昧、 答が出鱈目滅茶苦茶でも「そう教えたから」「どうせ~」、と合格、優勝、ではなく、 生徒が何を学び、学んだ事をどの様に活かし次へ繋げているのか、という第三者評価への自浄意識(機能)を持たなければ、 井戸の中の世界で自己完結は出来ても、外界からは信用されず、話題にされず、見放されている儘だろう。 一番の被害者は生徒達だ』と、私が約25年前から言い続け、 変えようとせず現状にヌクヌクとしていたい殿様蛙達から嫌われているのは承知しているが、 今の私はもう「井戸の外」なので、敢て、庇い立ても御節介もする立場に無いし、 そもそも井戸の中に関する話は全く聞こえて来ない。


新学習指導要領に取り組む小中学校や工業高校、支援学校などではそんな雰囲気は無いが、 高校の商業教育の発表では、ウンザリするほど達成感至上主義が蔓延していて、 しかも、どの様な商業的な学びから来る、どの様な達成感なのか、 それをどの様に更なる商業の学びへと繋げるのか、を具体的に詳細に説明されたことは、殆ど無い。 以前にも 『プログラミングの目的は論理的思考ではなく(それは数学の授業ででもすれば良い)、 何よりも達成感だ、どうせプログラマになる訳でも無いのだから、 「自分で動かせた」事が最重要で、 アルゴリズムの正しさも、プログラムが多少スパゲッティでも、 他者からのコードの見通しの良さも、全く頓着しない』と断言された、 その手の本まで出版されている高校教諭の方とお会いして、物凄く面食らったが、 商業教育が前提を無視した「人づくり」にしがみつき、 「どうせ~」と最初から生徒の教科の気付きや学びを放棄するのならば、 第三者から見て紛らわしくて迷惑だから、科目名を「商品開発」「観光」や「プログラミング」ではなく 「達成感I」「達成感II」に変えたら良いのではないかと、提言したい衝動に駆られる時が有る。 教科「情報」を大学入試科目に、という曲り角は、 今回は曲がるのか。今回も見ない振り、素通りするのか。



昔からずっと漠然と思っている事を 何となくイマドキの言葉で極端に書いてみただけ。 図の右側の人達を如何に裏でサポートし、それを県全体に広げるかが私の長年の課題。
某野球監督の話。 「投手は全ての投球の一球一球に対して理由を説明出来なければならない」。 あなたは、授業で使うツールの一つ一つに対して、 きちんと切り分けて、その効果について詳細に説明出来ますか? 出来なければ、他者から見れば、あなたは左上の人です。 巷の掲示板をチェックした方が良いかも。 少なくとも「○○を使っているから最先端! カッコイイ!!」じゃない事は、 アポ無しで彼方此方を見て廻れば判ること。傍からはアホにしか見えない。 目的は「生徒の深い学び」でしょ?




昨年、運営している地元の高校生 ICT Conference開催予定日(休日)に後出しで学校行事を入れられ 白い目で年休扱いにされた事が有ったが、 今年は8月中旬の固定の3日間を暗黙の強制で一斉に特休を取らなければならなくなった様で、 万一の急病時等の為に年休を極力消費せず、wymやasep、NEE等に振り分けて使いたい私としては、 例年wymに使っていた分に更に年休を使う事になるので困惑気味。
かつては、黄金週間全日を使って終日一人きりで実習室40台のPCを修理させられたり(無手当)、 同様に3つの実習室の全PCを修理させられたり(無手当)、 或いは、複数の教諭から 「(自分が授業をサボれないから)年休を取ったら評価を下げる、出張なんて以ての外、 毎土日も盆正月も学校で保守(生徒の悪戯を元に戻す)をし 課題を実習している生徒の相手もしろ(無手当)、 ←に逆らえば不適格でクビ、助手なんて替わりは幾らでも居る」と 前任校迄の約25年間暗黙に脅迫され続けたり、 代休を取った事になっているけど実際は無かったり、 その他色々な経験をして来たが、身勝手な建前ばかり。 特勤手当とか殆ど貰った事無いな。 今の若い人達の立場も、此処迄では無いと思うけれど似た様な状況なのかしらん。 冒頭の3日間も結局は、特休扱いだけど出勤、みたいになるのかな。何時もの話。 抑々本質は其処ではなく、 特休を使う人は使うし、使いたくとも使えない人は使えない。 特定日に強制的に特休を消費させる意図が解らない(出張が入ったらどうするのだろう?)。 これは批判では無く、問題解決の為の予測です。 はみだしRynとか、キーワードのワークシェアとかも含め、この辺の話は何れ、何処かで。


私の対外的な公式な職名は「その他」だそうだ(←つい最近の実話)。 教諭から見れば、そうなのだろう。 結局、実習助手の公的な幾つかの立場っていうのは誰も判っておらず、その事に因る危機管理の意識も無く、 各自がバラバラの勝手な都合の良い解釈を排他的に押し付けて来て、 最終的に可哀想なのは実は生徒達、というのは、22年間全く変わらないな。 根底が「自分の替わりに授業しないなら助手なんざ不適格でクビ、替わりは幾らでも居る」 「生徒の為だからソフトウェアをコピーしろ。もしバレたら助手の責任」 (←過去の実話)思考の人達だからね。
【ひとつの事例】


陰陽系の某占いでは、私は「高潔で純粋なライオン」 「ゴールデンチャイルド(確かに五行の金ばかり)」だそうな。 「誕生日が4年に一度だから若く見える(苦労をしていないからでは無いらしい)」の根拠が不明だし、 そもそも占いはアルゴリズムの関心だけなので、 当たっているとかいないとかの自己判断はしないが、 少なくとも、碌な人生じゃないな。 それでも、私が気付いていないと、判っていないと、思っているのか否かは知らないが、 私は、卑劣で金に汚い人達は、未来永劫許さない。



5月上旬、私的に、幾人もの方々のお蔭で、 過去の幾つもの「点」が繋がり「線」からさらに「面」となる実感が有って、 7年振りにバッテリリフレッシュをした気分。 生きて居ると偶には嬉しい事が重なるんだな、と、大感謝しつつアーカイブ。 今回は自分だけの冥土の土産。深夜の茉莉花茶。 勤務校を含め、これからの若い人達は頑張っているし、 私は大人しく静かに不甲斐ない体調を整え、淡々と夏へ向けて裏で動く。