孫たちに贈る森の科学

森林インストラクタ− 大森 孟            
[99/10/26 西会津の森も水も清らかな渓谷を撮す。]

孫たちに贈る森の科学 10 ---------------------------------------------------------------------- 「落ち葉と紅葉」の話  森林インストラクタ− 大森 孟 ---------------------------------------------------------------------- (1)はじめに

 日本人は古い時代から紅葉(もみじ)には特別な気持ちを持ちつづけてきま
した。日本で、いちばん古い歌集の「万葉集」を読むと、紅葉を詠った作品が
たくさんあることに気がつきます。「万葉集」は、今から千二百年ぐらい前に
できたものです。
 昔からなじみのふかいこの紅葉も、赤い葉、黄色い葉、あるいは赤茶色の葉
などさまざまです。ハウチワカエデ、メグスリノキ、ハゼ、イロハモミジなど
はあざやかな赤となりますが、シラカバ、ヒトツバカエデ、イタヤカエデ、イ
チョウなどは黄色になります。
 では、このような紅葉はどのようなからくりで起るのでしょうか。皆さんは
考えたことがありますか。紅葉すると、間もなく葉は落ちて行きます。つまり、
落ち葉になるのです。いいかえれば、紅葉は落ち葉の前触れのようなものです。
 樹木には、冬になると葉を落とす「落葉広葉樹」(らくようこうようじゅ)
と冬になっても緑色の葉をたくさんつけている常緑広葉樹(じょうりょくこう
ようじゅ)があります。紅葉するのは、前の「落葉広葉樹」なのです。

(2)なぜ葉は落ちるのか!

 樹木の葉が老化すると落ち葉となるのだと考えることができますが、その他
にも理由があるのかもしれません。冬、冷たい風が葉にあたると、葉の裏にあ
る気孔(空気の出入りする穴)から激しい蒸散(じょうさん)が起こります。
蒸散というのは、草木の持っている水が葉の裏の気孔を通して大気中に吸い出
されてしまうことです。これらの木の根本が凍っていたりすると、土の中から
水分を吸い上げることができません。そのために、その樹木が生命(いのち)
をたもつための大切な水まで失って、枯れてしまいます。葉がなければ、この
おそろしい蒸散をおさえることができます。つまり葉を落とす事によって、枯
れるのを防いでいるのだということができます。
 ところで、夏から秋にかけては日照時間(日の照っている時間)が次第に短
くなっていきます。それとともに、気温が低くなってくることは皆さんがご承
知の通りです。このように、日照時間が短くなり、気温が下がってきますと、
葉の細胞の中では大きな変化が起ります。
 まず、光合成を行っていた「葉緑体」(ようりょくたい:クロロフィルとも
いいます。葉が緑色に見えるのはこの葉緑体のためです。)が分解してしまい
ます。葉の細胞のなかで大切な働きをしていた、核酸(かくさん)やたんぱく
質も分解されてしまいます。こうして、夏中活躍していた葉の働きが衰えてい
くのです。
 やがて、葉の老化がある程度進んでくると、葉柄(葉のつけねの細いところ)
の付け根(基部)には「離層」(りそう)という特別な細胞組織が作られ、や
がて、ここから葉が枝を離れていくのです。これが「落ち葉」です。

(3)紅葉するということ。

 老化し始める前の樹木の葉には、緑色(みどりいろ)の本であるクロロフィ
ルという色素がたくさん含まれています。このクロロフィルが光合成では重要
な働きをしていました。しかし、秋になり、光合成の必要がなくなると、葉の
中のクロロフィルは自然に壊れていくことになります。
 葉の中には、このクロロフィルのほかに、黄色の色素であるカロチノイドが
含まれています。このほかに、赤色の色素であるアントシアンが葉の老化が進
むにしたがって、新たに合成され、蓄積してきます。このアントシアンは葉の
中に含まれていた「たんぱく質」が分解されてできる、フェニルアラニンとい
うアミノ酸の一種から合成されてくるのだと考えられています。
 樹木の黄色になる黄葉は、緑色のクロロフィルが分解されてなくなると、残
り物の形で、葉の中にあるカロチノイドが、人目につくようになるのです。こ
れに対して、紅葉する樹木では、緑色のクロロフィルが分解されてなくなると
きに、新たな物としてアントシアンが作り出されて、人目を引く、美しい赤色
になっていくことになります。
 研究によりますと、アッケシソウやヨウシュヤマゴボウの葉では、アントシ
アンができるのではなく、これとは異なるベタレインという物がうまれ、これ
が紅葉の原因となっているそうです。秋から冬にかけて、樹木の葉の働きが衰
えていくなかで、なぜ、赤色の色素だけが盛んに合成されるのか、その理由は
まだわかってはいません。


(注1)葉のなかに含まれるカロチノイドは黄色い色素の総称で、葉の中には、
 βカロチンを主とするカロチン類、ルティンを主とするキサントフィル類が
 含まれています。
(注2)葉緑体にはクロロフィル(葉緑素)と呼ぶ緑色の同化色素のほかに、
 カロチノイド系やフィコビリン系の色素を含む物があります。
    高等植物の葉緑体にはクロロフィルa(C55H72O5N4Mg)とクロロフィルb
  (C55H76O6N4Mg)の2種類のクロロフィル色素のほかに、カロチンとキサン
  トフィルの2種類のカロチノイド色素が含まれています。

   (4)太陽の光と私たちの目にうつる色について

[1] 私たちの目に見える光

  私たち人間の目がとらえることのできる光は、「可視光」(かしこう)と呼
ばれています。その光は電磁波(でんじは)という波で、毎秒30万kmの速さで
空間を伝わっていきます。よく、「光は一秒間に地球を七まわり半する」とい
うのがこれです。この光の波長は、「可視光」では、約400〜800ナノメ−トル
の範囲に収まってしまいます。これは、私たち人間が見ている光は電磁波のう
ちのわずかな部分に過ぎないことを示しています。太陽の光も電磁波です。
  この太陽の光のおかげで、私たちはものを見ることができるのです。太陽の
光を見ることのない夕方遅くから翌日の早朝にかけては、物の色を見ることは
できず、わずかに明暗だけを感じることになるのです。
  自然のものを明るく照らしている太陽の光を「自然光」といいますが、この
光のお陰で、私たちの目は明るさを感じ、周囲の物やその色を見ることができ
ます。周囲のいろいろな物の色を私たちが感じるのは、これらのものが反射す
る光の中の、特定の波長の部分を私たちの目がとらえるからです。
 このように私たちの目が感じとることのできる光が「可視光」(白色光)と
いうことになります。
  十七世紀の半ば過ぎのことですが、ニュ−トンはプリズムを使って、自然光
を光の帯に分け、その色が七色であることを示しました。これを光の「スペク
トル」と呼んでいます。これは、虹の色と同じで「赤・橙・黄・緑・青・藍・
紫」の七色です。


  自然の色はこれらの太陽光のスペクトルの色が重なり合ったものです。
  私たちが物の色を見ることができるのは、自然の光のある部分、すなわち、
きまった波長の光をその物が反射し、それが私たちの目にとらえられるからで
す。反射しなかった残りの色は物に吸収されてしまうのです。従って、光のな
い世界にはどの色も存在しないということになります。

[2] 光の三原色

  十八世紀のことですが、マックスウェル、ヤング、ヘルムホルズといった学
者たちが、「光の三原色」という考えをまとめました。現在では、それは赤
(R)、緑(G)、青(B)の三色で、コンピュ−タ−グラフィックスでも、この
三色がもとになっています。
  また、私たちの目の網膜の上には光の三原色(赤、緑、青)によく反応する
錐体という視覚器官があるといわれています。

[3] 波長と色

  ところで、光は電磁波という波ですから、その波長を用いて光の特性を表す
ことができるはずです。この波長から考えてみると、赤い側の光は、紫の側の
光に比べ波長が長くなっています。
 私たちの目で見ることのできる光の場合、一番波長が短いのは紫で、約400ナ
ノメ−トルで、一番波長が長いのは赤で、波長は約800ナノメ−トルです。つま
り、約400ナノメ−トルから、約800ナノメ−トルの間の光を見ていることにな
ります。スペクトルの色も同じです。
 1ナノメ−トルは10億分の1メ−トルのことです。

[4] 千変万化の色彩

  物にあたった自然の光の複雑な反射や屈折の仕方によって、千変万化(せん
ぺんばんか)の色あいが生まれますが、これは、太陽の光と地球の持つ環境
(さまざまなものの集まり)との互いの作用によって作り出されます。
 自然の光のままであれば、太陽そのものと同じように真っ白なのに、自然の
光が物と出会うときに、そのものが決まった波長の光を反射するので、そのた
めにさまざまな色あいが作り出されるのです。
  自然界で豊かな色あいが作り出されるのは、私たちが見ている、いろいろな
物が、それぞれ固有な波長の光を反射し、それらが目に入ってくるからです。
反射して色を生み出す光以外の光は、その物に吸収されてしまい、私たちの目
には届きません。
 たとえば、植物の葉の緑は、緑色の元であるクロロフィルが緑の波長帯の光
をよく反射するために、私たちの目には緑に見えるのです。同様に、紅葉にお
いても、アントシアニンが赤色の波長帯の光をよく反射するので、私たちには
赤く見えるのです。また、カロチノイドが黄色の波長帯の光を反射するために、
私たちはカロチノイドを含む葉を黄色に見ることになります。

[5] 茶色や波頭の白い色

  大地の色はしばしば茶色に見えますが、これは、土に湿気があることが原因
です。大地の表面や表面付近の水分は、波長の短い青い側の光を効率よく散乱
する(ばらばらの方向にちらすこと)ので、大地の表面からの反射光や散乱光
が私たちの目に届きます。その結果大地の本来の色が失われて茶色に見えるの
だといわれています。
  また、大地は水分を含むため、大地の表面からの反射は効率が下がるので、
少し暗く感じられたり、あるいは黒っぽく感じられます。木々の枯れ葉が茶褐
色に見えるのも、葉の持っている水分が波長の短い青い側の光を効率よく散乱
することが生み出す色ということになります。

  海へ出かけられたことはありますか。あの海辺で見る波頭や波の砕けたとこ
ろは白色に輝いて見えますね。これは、水の飛沫により太陽の光が吸収される
ことなくすべて散乱され、私たちの目にとどいてくるので、波は太陽の色のよ
うに、白く輝いて見えるのです。

[6] 夜間の色

  街灯のような人工の照明では、日中の自然の光より暗く、また、光の強さも
弱く、その波長の分布も赤色側にずれています。そのため、周囲の景色は黒ず
み、色を失い、見えるものは、全体として赤みを帯びているように感じられる
のです。
 全く、照明のない山間部などでも、ものが全く見えないという事はありませ
ん。木立はくろぐろと見えますし、濃淡のわかることもしばしばです。水溜り
なども見えますね。これは、太陽の光が大気中の浮遊物にぶつかり乱反射して
わずかに届いて来たり、あるいは、月などの天体に反射されて届いてくるから
です。
 その、わずかな光をものが反射しているので、私たちは、暗い所でもものを
見ることができるのです。

(5)おわりに

 おわかりになりましたか。太陽の光がなければ、紅葉の美しい赤も黄色も見
ることができないのです。ものがそれぞれ持っている特定の波長の光を反射す
るという性質から、ものの色が見えてくるのです。人間の目でとらえることの
できる太陽の持つ七つの色の組み合わせから、私たちは複雑な色を感じ、美し
い色を感じているのです。

(参考書: 桜井邦朋「自然の中の光と色」)

(2000/11/15) 

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