手紙   詩三篇   大谷良太


手紙


いろいろな人からもらった
たくさんの手紙の束を
整理していて見つけた
細い、なつかしい字
白い封筒
裏返してみて
差出人欄に小さく書かれているあの人の名前だった
消印の日付が
二年前の秋になっていたから
便せんを取り出してみて
「返事が遅くなってすみません」という書き出しだったから
この返事の前に僕はどんな手紙を書いたのかなー、
この時期僕は何をしていたのかなー、と
考えてみて
思い出そうとして
たいしたことは思い出せなかったけど
手紙はいいなと思った
会えない距離で暮らすようになってからは
電話でやりとりしていたから
あの人からの手紙は珍しい、きっとこの一通だけ
この二ヶ月後に別れたのだ、でもそんな雰囲気は全然なくて
あの人らしい
質素な文章の手紙だった






Mさん



僕と一つしか違わないのに、どこか大人びた雰囲気があって、
そのくせよくボーッとしていて、
ボーッとしているときは本当に
金魚鉢の金魚みたいにボーッとしていて、
結局数回しか会わなかった、
会話らしい会話もほとんどしたことがない人だったけれど、
変わった人だったな、Mさん……。

いつかの会議のときには、
ある議題についてみんなが煮詰ってしまった場面で
突然、今まで黙っていたMさんが
それまでの議論をサッとまとめて
それから自分の意見をばしっと言って、
それでその議題はすんなり済んでしまった。
でも、Mさんは
後は会議中なのにずっとボーッとしていて、
指に挟んだタバコを時々吹かしながら
窓の方をぼんやり見ていた。
タバコの灰が、セーターの上にぽとりと落ちて
「あ、タバコの灰、落ちましたよ」って言ったら、
「ああゴメンゴメン」って、セーターをはたいていた。
誰に対しても特に理由なく「ゴメンゴメン」って謝る人だった。
何を見ていたのかと思って僕も窓に目を向けたけれど、
ガラスの向うには、曇り空と
葉を全部散らした裸の銀杏の並木が見えるだけだった。
あの時Mさんは何を見ていたのだろう?

Mさんに最後に会ってから半年近くたった、今日
Mさんのルームメイトだった人に偶然出くわして
「そういえばMさん最近どうしてるんですか」って聞いたら、
恋人が青森に就職することになったから、Mさんも一ヶ月前に大学辞めて青森に行っちゃ
った、って。
あと一年で卒業だったのにね、って。
「へえ、Mさんも恋愛なんかしてたんですかぁ」
でも、Mさんみたいな人だったら心も広いいい人なんだろうなぁ、と思えて、
でも、大学を辞めてまで青森の恋人についていったMさん、というのを想像すると、何だ
かおかしくて……、
やっぱりおかしかった。



夜、目が覚めて

影も曳かずに消えていった
あのひとは誰だったんだろう
夢のなかでは今も
真昼が続いている

ベッドから起き上がって、ぼくは
麦茶を飲むために冷蔵庫を開けた


雨の音がしている